黒ノ六

「はあっはあっはあっ」


夕方と呼ぶにはまだ早い午後、古びた建物が並ぶ路地


自分達がスカートである事も忘れて手を引かれるがまま私は走っていた


たった一週間部活を休んでいただけなのに自分の体力が落ちていることに気づく

と同時に帰宅部の彼女の体力に驚かされる


そもそもなぜ私たちは走っているのか?

クラスの掃除を終え待ち合わせの校門に着いた途端「走るよ」とだけ言った彼女は

私の手を取った


「ねぇ優ちゃん、私たち何処に行くの?」


その言葉は風を切る音でかき消され風上を行く彼女の耳には届いていない

そんなスピードにさえ思えた


初めて来た人は帰り道を悩むような入り組んだ路地を抜けると

目の前に多少開けた空間が現れた「超矢水屋PIN」?...スーパーの駐車場?


微かにスピードが緩む、どうやらここが目的地のようだ


手を繋いだまま入り口へと走り込むと、群がる女たちの前で不意に手を引く力が

弱まり校門を出て以来10分ぶりに彼女の顔を拝むこととなる


それはまるで憧れの先輩を前にしているかのような輝きに満ちた目

人だかりの上から先のそれを見下ろす


「広告の品 お一人様一個まで」という貼り紙しか目に入らない私の前に

トイレットペーパーの塊が弧を描くように舞い降りる


まぁその顔と売れ行き、店名らしき暗号から察するに安いんだろうけど

まさかねと、肩を落としかけた私の左手はそれと小銭を同時に握らされた


え?と顔を見返すが、彼女の視線はどこから出したかわからない他の店らしき

チラシを真剣な眼差しで見つめていた

もう一つのそれをチラシで隠しながら


「働かざる者、ねっ?」あっやっとこっち見た


「...頑張ります」



「フウーハアーフウーハアー」


夕方と呼ぶのに相応しい午後、古いわりに綺麗な校門


息を切らす私は終わりを確信していた

それは前に会話の中で学校の近くのアパートと聞いていたから


下校途中の生徒たちが私たちを見て目をそらす、いや私を見て

涼しげな顔で隣を歩く彼女はせいぜい連れでしょ?と言わんばかりに


左手につけた腕時計に目をやると、戦闘時間約60分=1時限を軽く越える課外授業?

(内半分は体育会系)


うちの母親も日々これだけハードな日常を送っているのだろうか?

それとも学生というタイムロスが生んだ結果なのか?


いやどうでもいい、それが正直な答えだ


うちの部よりもキツイ、決して流行ることのない帰宅部系ダイエット


片手では持ちきれず右手も使っているが今は痛みより疲れだよ


彼女の指差すアパートを見上げながら一階であることを強く願う

どうやら彼女もそこまで鬼ではなかったようだ...二階か


「たっだいま~」「...おじゃまします」


誰もいない部屋と私の頭の中に元気な声が響き渡る


両手に持った荷物を置くと同時に玄関に座り込むように眠りに落ちた

そんな私を見て彼女がクスリと笑ったような気がした



ガンガンガンッ「おぉいるんだろっ!?」


夕方と呼ぶにはもう遅い午後、古時計が似合う茶の間


リズミカルに戸を叩く音で目が覚める

思わず私は枕代わりにしていたヨダレ付きの座布団を前に構えながら辺りを見回す


茶の間に隣接した台所では、そしらぬ顔で炊事をこなす彼女の姿があった


夢?ボーと見つめる視線に気づき、彼女が唇の前でそっと人差し指を立て

「し~、もう少しで出来るから座って待ってて」


声には出さない彼女のジェスチャーに頷くと、手に持った座布団を敷き言われた

通りその上に座って待つ

部屋に漂う昔ながらの木の匂いが心を落ち着かせる


座ったまま時計の振り子に合わせウトウトする後ろで突然叫び声があがる


「出来た~!!」ハッ!?慌てて自分の口を塞ぐ


シ~~~ンいつの間にか熱烈なラブコールは冷めてしまっていたようだ


ホッと胸を撫で下ろし気づかれないように口元を小さく拭うと

鼻歌混じりでエプロンを脱ぐ彼女に問いかける


「ねぇ、さっきのって...」「あ~パパ」


「やっぱり...ん?」「あの声は絶対そう」


「パパか...えっ?」「まだ寝ぼけてるw」


あっさりと出てきた予想外の答えに寝ぼけた頭がついてこない


「借金の取り立てだと思った?w」笑い話?は続く


「昔からガラの悪いしゃべり方だったからw

借金ばっか作ってさ、ママに愛想つかされた私の元パパ

でも何でここわかったんだろ?」


視線の先には片側を不自然に破られた二人の女性が並んでる写真が置いてある

彼女と母親と...


「そんなことより食べよ、運んで小~ヤァ~」

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