黒ノ五

「はぁっはぁっ、あっっ!?」


私の意識が「黒の世界」に引き戻される


今微かに、だが確実に私の体に「何か」が触れた

視覚を無くした分を取り戻そうと他の五感が冴え渡る


その「何か」は右腕のギプスに触れたため感覚が鈍い、壁?木の枝?

いやまさか...その出来事に私の体は走るのをやめてその場に凍りつく


そうだ常に意識をこっちに向けていなくてはいけないのに何をしてるの?


後悔とは常に物事の後に付いて回るもの、私は取り返しのつかない事をして

しまったのでは...色の無いこの世界で顔が真っ青になるのを感じ取る


「フゥッフゥッフゥッ」


上手く息が吸えない、走っていた時よりも更に呼吸が荒くなる


ヤダヤダッ頭の中が既に一つの「結果」に支配されていた


逃げるという選択肢さえ忘れるほどに...終わった

いやそれは始まりなのかもしれない、鳴り止むことのない恐怖の


何もわからないこの暗闇の中でただ一つだけ私に確かな恐怖を植え付けてくる

絶対的な存在、直ぐ後ろから聞こえてくるあの...聞こえる?


私との一定の距離を保った後ろから今もあの悲鳴と笑い声が聞こえる

少なくともそれは右からではない

それどころかあの悲鳴と笑い声は私に近づいてくる様子もなく常に...


その事実が私の心に変化をもたらす

絶望に近い恐怖は暗闇をも恐れぬ安堵へと変わり、更に好奇心へとその姿形を

変えていく


「何か」って何?

誰しもが行き着くであろうごくごく単純な疑問


右手のギプスの隙間から出た指に全ての意識が集中する


普段なら気づかないほどの細かい振動

それは喜びから来るもの?不安から来るもの?右手は小さく震えていた


「お願い、私に出口を見せて!!」


心の中でそう叫び、右手は吸い寄せられるように「何か」に向かって伸びる


これは...


そこには覚えのある感触があり同時に私の口を開かせた

「あなたは誰?」そうこれは肌の感触

私と同じように冷えきってはいるが間違いない、これは人間の肌の感触


「あなたも逃げているの?」相手の答えを待ちきれずにまた問う


「...」返事はない


確かにそこに存在している「誰か」は沈黙を貫く


この人も今までの私と同じなのでは?

ただこの暗闇に脅えているのでは?

だから聞いても答えないのでは?

住人に気づかれたくないから


私は自分の中で答えを出すと同時に「誰か」の左手を取り走り出した

右手の痛みなど微塵も気にせず暗闇の中をあてもなくただ走る


それは自分に向けた言葉なのかもしれない


「大丈夫だよ、絶対にここから出られるからね」


「...」返事などいらない


あの時の彼女のように全く何も聞かずにただ走っていた

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