黒ノ三

「はあっはあっはあっ」


私は一体どれだけの時間をこうして走っているのだろうか?


30分?1時間?


ここでは時間の感覚がまるで解らない


しかしこれだけ走っているのに疲れはなく汗も掻いていない、なぜだろう?

体は火照るどころかむしろ寒いくらいに思える


人は極限の恐怖の中だと何も見えないというのに全く躓く事を恐れずに走って

行けるようだ

自分が真っ直ぐ走れているのか?さえわからないこんな暗闇の中でも


しかし今はそんな事よりも不可解なのはあの声だ


どれだけ走ってもその声は遠ざかる事はなく常に私の後ろにあり続ける

付かず離れず常に私の後ろに...


あの悲鳴は誰のモノなの?

私と同じようにこの世界に連れてこられた人?


あの笑い声は誰のモノなの?

私をこの世界に連れて来た暗闇の世界の住人?


そして、私はなぜあの声を知っているの?


全て心の中で問いかける、決して声には出せないから

私がここに居ることを暗闇の住人に教えてしまうような気がして


もしばれたらあの悲鳴は私のモノに変わるだろう

今はただ逃げる事しか出来ない、あの声が聞こえなくなるくらい遠くに


ここが何処だかわからなくても無限に続く空間はこの世界には存在しないのだから

大丈夫


いつかきっと出られる、絶対に帰るんだ


そして母に思いっきり抱きしめて貰おう、父と昔みたいに沢山話そう


二人に笑って「おかえり、小夜」って言ってもらったら

あの朝よりももっと元気な声で「ただいま~」って言うんだ


ほんの少しだけ勇気が湧いてきた


まだ恐怖の割合の方が多いかもしれないけど

今の私には十分走っていけるだけの力にはなる


さて、私はいつから走っているのだろうか?全く覚えていない

気づいた時にはカバンも持たずにただ走っていた


腕時計に目をやるがアナログ盤に電飾はない

せめてスマホがあれば時間もわかるし、この先も照らせるし

親にも電話できる...


「今頃お母さん心配してるだろうな」


私が口うるさいのを嫌うせいかいつの間にか余りくどくは言わなくなったけど

昔から私の事を一番に考えていてくれる、思っていてくれる


「お父さんも...そうだよね」


うんわかってる、最近口数は減ったけど昔と変わらない優しい父だ


どうしよう、希望に繋がるカバンは今まで走ってきた何処かにあるとは思うの

だけど...私には来た道を引き返す程の勇気はない


後ろを振り向いても「黒の世界」が続いているだけでそこに光はない

もしかしたらこの暗闇に紛れて住人に気づかれずに戻れるかもしれない


あの住人もおそらく人間だ、この暗闇の中では...


...やっぱり私には無理だ、生憎そんな勇気は持ち合わせていない

「臆病者」細く呟く、実際に声は出ていないだろう


よしっ引き返すのは最終手段にしようと自分の中で一つの答えを出した


それはこのまま出口を探しながらなぜ自分はここにいるのかを考えるという凄く

シンプルな答え、直接の解決法にはなり得ないだろう


でも戻るという選択肢を消すために必死で頭を働かせる

今の私の一番新しい記憶は...


さぁ、あの朝から時を進めていこう

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