黒ノ二
「小夜ぁいつまで寝てるの?」
とあるマンションの一室
その声はドアを開けなくても壁から響いてくる聞きなれた声
「うぅ~~~っ」と唸るような返事を返す
それは母の声で目覚めるいつもと変わらない平凡な日々の始まりを告げる朝
カーテンの隙間から眩しい太陽の光が差し込む小さな部屋
目をしょぼつかせながら私は起き上がって伸びをした
ズキッと右手に微かな痛みを感じ
痛みの方へ睨むように顔を向けるとギプスにくるまれた右腕が目に入る
文化祭の準備でハシャギ過ぎて骨にヒビが入ったのだ
そのせいで利き手が使えず不便が続いている
あれからもう十数日は立つのに何を今更と、苦笑いを浮かべるが壁に掛かった
デジタル時計を見て思わず目を丸くする
「07...21っ!?」
慌てて布団を跳ね退けてベッドから降りると
寝起きのせいか足をもたつかせながら壁に掛かったセーラー服に手を伸ばした
~しばらくおまちください~
部屋の隣にはリビングがあるがそこには寄らずに
洗面所から出てくる私はある程度の身支度を済ませてリビングのドアを開ける
ダイニングのイスに座る母とすぐ横のソファーに座る父が
肌の色より少し濃い朝食後のコーヒーを片手にくつろいでいる
気だるそうにショートヘアーをかき上げながら一言「オハヨ」
そんな私にいつも通り優しく笑いかけるポッチャリした母
ガッシリした父は背を向けたままテレビを見ていて向き直る事はない
でもこれが私の家、空知家のいつもの光景だ
昔は良く話していたのにいつからこうなったんだろう?
そんな事を考えながら母の向かいに座ると
テーブルには溶けたバターが香るトーストと半熟の揚げ卵(昨日の夕食の残りモノの一つだろう)
小麦色の手に握られたグラスには白く冷えた牛乳を注いで貰って
ウンウン朝はこれに限るな
トーストの上に揚げ卵を乗せて食べるのは行儀が良くない?
大丈夫「私は利き手が使えません」から
サクサクッそうそうこの歯ごたえ
そして口の中に広がるバターの上品な香り...からの~とろけ流れる卵黄
一口目を噛み終える事なく二口目に進む
「うまっ」そんな私の至福の時間を妨げるかのように母が話しだした
「あっそうだ小夜、昨日は何時に帰って来たの?部活は休んでるんでしょ?
いつまでも文化祭気分で遊び歩いて...何回電話したと思ってるの?
お父さんもお母さんも0時まで起きて待ってたのよ?」
その言葉に応えようと寝ぼけた脳が動き出す
昨日は...新しく出来た友達と話が盛り上がり22時過ぎまでファミレスの席を占拠
していた
ふと見たスマホの着信履歴が母と一回だけの父で埋まっていたのに気付き
家に着いたのはたしか23時くらいだったはず
ソファーで寝ている父にタオルケットを掛けたのを覚えている
「あ~昨日は、打ち上げ打ち上げw」軽く話を流す私にため息が混じる
「あのね、打ち上げってそんな何回もするものじゃないのよ?
それにほら、何かあってからじゃ遅いんだから」
手元にあったテレビのリモコンを取り音量を上げていく母
少しビクッとなる父越しにお馴染みの朝の顔が神妙な面持ちで告げる
「...聞き込みを続けてはいますが周囲の目撃情報は得られず
依然として行方の分かっていない音子さんの安否が気遣われます
尚、警察では今後操作の範囲を広めると共に...」
トーストを片手に最近近所で起きた失踪事件のニュースを眺める
「ほら、まだネコちゃん見つかってないんだから~」
彼女の身を暗示て心配そうに頬に手を当てて呟く
馴れ馴れしくも「ネコちゃん」などと呼んではいるものの
別に彼女は知り合いではない
ただ私の通う女子高の生徒と言うだけ、話したことの無いその子に親近感を持った
ようだ
「星井音子」学年は同じ一年生だかクラスは別
というかクラス、生徒数、共に多すぎて知り合いの方が少ないくらい
特に話したことは無いがあの金髪は学校の何処にいてもすぐわかるぐらい目立つ
というか少し有名な生徒
見た目こそあれだが推薦で入ってきた優等生との噂がある
そしてこの話しは当然全校生徒が知っている
その容姿のせいかただの家出だろと、事態を軽視している生徒がほぼほぼだ
これのせいで学校外で教師に合う確率が高い高い
昨日も生活指導の山中部とすれ違って冷や冷やした
ま、学校側からすれば当然の対応だ
確か文化祭の期間中?彼女が失踪したと思われるのは一週間ほど前になる
学校側の思惑がわからない
マスコミも本当の彼女を知ったらこの事件を取り上げないという可能性も出てくる
だろう
「ふぅ~ん、まだ見つかってなかったんだ
ってかこれ学校では家出って話になってるよ?
写真だって誰だよ?って感じだし
実際のこの子見たらお母さんも家出でしょ?って言うよ絶対」
口をモゴモゴさせ、他人事とテレビに映る黒髪の星井音子を見ながら話す
「そうなの?家出だとしても夜遅くまで遊び歩いてると巻き込まれるの」
家出に巻き込まれる!?言い切ったけどそれってどんな状況?
ふと父と目があった、おそらく同じことを考えたのだろう
口の中の噛みかけのモノを牛乳で無理やり流し込む
ゴクップッ「ごちそうさまっ」
父と目があった事?が何故だか急に恥ずかしくなり食べかけのトーストを皿に置き
慌ててその場から離れる
溢れないように絶妙な位置で保っていたドロドロの黄身が皿へと流れ落ちた
何してんだろ?私
自分のとった行動に首を傾げながら廊下に用意しておいた大きさのわりに軽い
カバンを手に取る
中には小銭少々の財布、デコレーションだらけのスマホにバッテリー
安物の化粧ポーチに手帳、これだけあれば授業に着いていける?
腕時計を着けながら指針に目をやる、何だかんだでいつも通りの時間だな
何か忘れているような気がするけど...まぁいいか
「小夜忘れ物、ちょっと待って」
靴を履きながら声の方に振り向くと母が弁当箱を袋に詰めながら近づいてきた
あぁと差し出す手はその袋をわし掴みで受け取る
「怪我だって治ってないのよ、学校終わったら真っ直ぐ帰って来なさい」
話す母越しに半開きのドアの隙間から見えるリビング
相変わらず背中を見せたままの父が手を挙げているのが見えた
何故か嬉しくなり声も弾む
「いってきま~す」
自然とゆるむ口元
しかしあの悲鳴と笑い声が私を現実へと連れ戻す
そうだ今私がいるのは見慣れたあの眩しい朝などではなく
全てが暗い闇に覆われたこの「黒の世界」だ
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