青ノ二

「...ねぇ、まだなの?」


ざわつく外の音と光を遮断する窓にスモークが貼られた大きな車の中

限界まで倒された座席に寝そべりながら天井を見つめ女が呟く


耳に付いていたであろうイヤホンはもう聞き飽きたと言わんばかりに

音と光を微かに発しながらイヤリングに絡み付いていた


薄暗い車内には他に数人の男たちがいるがみな揃って口を閉ざしている


その反応が女の片方の眉をあげる

視線だけを動かし一番近くの三列目の席に座る中年の男の顔を睨み付けながら

問いかけた


「ねぇ、まだ?って聞いてるんですけど?」


男は一瞬ピクリと眉を動かすが

手に持ったスマホに視線を落としたままでこちらを向くことは無い


「あぁ~もぅ少しだから待っててね~」


子供でも相手に話しているかのようなそんな言い方


「...」無言の視線がもう一度その男の顔を強く睨み付ける


だがその視線は気づかれる事はない

他の数人の男たちも閉ざした口が開かないままイタズラに時間だけが流れていく


「あっそ」と、また天井に視線を戻す女の目は死んだ魚のそれだ


一体何時間こんな檻の中に閉じ込められているのだろう、息苦しい


手元にある窓の開閉スイッチに指をかけるが

微かに見える外のざわつく様子が指に込めようとした力にストップをかける


目に見えるようなあの不快な音でこの空間を埋めるくらいなら

まだ息苦しさに潰された方がマシに思えるのはもはや病気なのかもしれない


そう、これは職業病なんだろう


「チッ」やり場の無い苛立ちについ口が歪む


「まぁまぁ、そう腐りなさんな。折角の可愛いお顔が台無しッスよ」


足元の方から聞こえた若い男の声に視線を向けると

肩に担いだ大きなカメラのレンズ越しにこちらを見ている男


突然自分の席を離れ女の爪先を股に挟むと

そのままスカートから伸びる足の上をすり上がってきた


レンズ越しに暫く無言で見つめ合う二人


女がカメラに向かってニコッと笑って見せると

男は少し羽上がりながら喜びの声を上げズームボタンに指を掛ける


「おほっ!!いいッスね~、ん?」


女の視線が一旦下を向きまたレンズ越しに目があった

その先に有るものを想像する男に向けさっき以上の笑顔で問いかける


「これ...潰してもいい?」


「ぃゃぃゃぃゃ、そんな笑顔で怖いこと言わないで下さいよ。アッ!」


何とも情けない悲鳴と共に

商売道具のカメラを天井にぶつけながら身をよじり崩れていく男


揺れる車に合わせて運転席に座る無口な男の首が上に下にと頷いてみせる


その様子を見て「フンッ」と鼻で軽く笑い捨てながら、また殺風景な天井を

見つめ返した


そんな二人のやり取りを聞いていた中年の男の視線がスマホから外れ

深いため息と共に口からいつもの言葉が溢れる


「原ぁ仕事に対してもう少し緊張感を持て

もうこの前みたいなグダグダは勘弁してくれよ

何だよ5分ネタだから予備持っていかなかったって

自撮り棒で今っぽくしてみたって

はぁ、その辺の奴等と違ってウチらプロなんだからな?」


この男の口から出てくるのはほぼほぼいつもの言葉

だから話の途中で返す言葉もいつもと変わるわけがなくて当然


「それ私関係無いからね?今回1、2分顔作れば良いだけだし」


「あっはい、今回は...あれっ?電源が...」


二人の返しにまたため息を吐き中年の男は窓の外に目を向けた

献花台に飾られた新たな写真への供え物が行き場を無くして溢れている


「こんな奴らの飯食うネタに使われるだけじゃなく

犯人も未だに捕まってないんじゃ全くもって彼女達も浮かばれないな」


その言葉を聞いて同じく窓の外を見つめ呟く


「...まだ捕まってないんだ」その声が聞こえようが聞こえなかろうが

他の数人の男たちは揃って口を閉ざすだけ


窓の外には人だかり

そのほとんどは同業だろう


更に奥にたたずむ青で覆われた建物


女の目には鮮やかなはずのブルーシートが黒くくすんで見えていた

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