けちょんけちょん
14歳のあの夏、私は自分の子供を殺した。私は両親に誰の子なのか言わなかった。私を問い詰める母親をなだめる父親。母親は父親にすがりついて私を憐れんで泣いた。
まさか自分の娘を孕ませたのが自分の最愛の夫であるとも知らずに。例え私が真実を話しても誰も私を信用しないだろう。だって父は子供を救済するとある団体の偉い人で著書も多く書いていて、誰からも尊敬される人であったから。
私は今でも自分の子宮に子供がいるのを感じる時がある。勿論気のせいだ。けれど一度はここに命が宿った。そしてそれを私は葬り去った。あの時、私は自分の何か制御すると言う感覚が一度全て死んでしまった。涙も言葉も全て留めることなく吐き出て行った。殺せと何度も母に言った。殺せ、私を殺せ、そう言っているといつの間にか私は知らないところに一人ぼっちにされた。
誰も周りにいなくなると、私は自然と大人しくなった。
数日後に自分が精神病棟に移されたことを知ったがとりわけ何も感じなかった。一か月後に見舞いに来た母親に施設で暮らしたいと話し、私は遠い児童施設に送られ、平穏な日々を手に入れた。いじめや暴力は少なからずあったけれどどの出来事も私にとっては痛くもかゆくもなかった。
そして18歳になる年に就職し、仕事先で彼に出会った。
あれから約6年が経つ。彼は出会った時から一向に変わらない。けれど私の人間としての営みはどんどん壊れて行っているような気がする。人間らしくなったのではない、制御能力が落ちてきているだけだ。たくさんの制御機能が、壊れてらりって、けちょんけちょんに。
未だに鳴り続ける彼のスマホ。彼がふろ場から出てきた。私は彼のスマホをガン見していた。
「鳴っているのに気づいているなら教えろよ」
彼は裸体の私に何も触れず真っ先にスマホに向かった。
『もしもし』
少し声の調子を変えて喋る彼、私にクラミジアの報告をしてきたときの声とは雲泥の差だ。私は自分の服が散乱しているベッド周りに行った。すると私の寝ていたベッドのシーツが少し血で染まっていたことに気づいた。
クラミジアの治療で抗生物質を飲んでいた私は飲み合わせが大丈夫なのか分からない為、そう言えば避妊薬を飲んではいなかった。
多くの不安が脳裏をよぎる。そして思い出される昔の記憶。14歳の夏に流した血液が今目の前に広がっている血痕に被る。
「どうした?」
電話を終えた彼が私に話しかける。
私は何も答えずただシーツを見続けた。
「あーあ、汚したな」
拭いておけよ、彼はそう言ってバスタオルで自分の頭を拭いた。
私は自分のおなかを触りながらベッドに力なく座った。
チクリと子宮が痛む。私は思わず身をかがめた。
「どうした?」
彼は珍しく私のことを気にかけた。私は彼を見上げた、きっとその表情はいつもは浮かべることがないひ弱な顔だろう。
「できたら、どうしよう……」
私はお腹に手を置いたまま、彼に聞こえるか聞こえないか分からないくらいのか細い声で彼を見れずに聞いた。
「おろせば?」
私は上から降ってくる彼の声に、自分をせき止めていた最後の堤防を壊された。おなかに手を当てたまま私は彼を見上げる。瞬きなんて忘れ、全ての力を眼差しに注ぎ込んだ。彼は私をもう見ていない。彼は服を着ながら鼻歌を歌っていた。
「何言ってるの……?」
私は彼に近づきながら言った。
「私の赤ちゃん、また殺すの?私の赤ちゃん……。」
私は彼の腰にへばりつきながら言った。
「なんだよ、気持ち悪ぃな!」
そう言って彼は腰に抱きついた私の腕を取り払い、私を床に打ち付けた。あまりの勢いに私は身体全身を床に打ち付けた。
「干からびた蚯蚓みたいな姿して、てめぇは俺にしがみついてないと生きていけねぇんだから、てきとうに言う事聞いてりゃいいんだよ」
彼は私の前髪を鷲掴み私の顔を持ち上げた。
「お前は一生俺が好きなんだよ。俺のことを愛しているからな」
彼はそう言い捨てると私から離れた。
もう私のことなんか忘れて、これから会う女のことを考えている彼。鼻歌が聞こえてくる。私の鼓膜を震わせるその鼻歌は私の心と体まで震わせていた。
ーーそうよ、私は世界で一番貴方を愛してる。
「そうよ、そうなのよ」
私は立ち上がって彼の背中に向かって言った。少しも彼は私の声を聞いていなかった。
「殺して罪を被れるほどね、あなたをね、愛してるの、あなたとは違ってね」
ハァハァと息が荒くなる。息を吸う度に肺の動きを感じて私の脳みそまで振動させている。
私はカーテンを止めるタッセルを手に取った。
「こんなゴミクズ、愛させたあなたが、悪いのよ」
お前は俺がいなきゃダメなんだよ。
「だめね、いっちゃいそう」
蚯蚓 狐火 @loglog
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