1-12 旅立つ若者たち

 1-12 旅立つ若者たち


『簡単じゃったの』


「当然」


 魔物と言えども呼吸して生きているものだ。溺れれば死んでしまう。

 俺が水を操って作った巨大な蛇、胴の直系二メートル。全長約三〇mの巨大な蛇に一飲みにされて熊はあえなく撃沈した。


 とはいってもそこは魔物。なかなかにしぶとく蛇の腹の中で激しく暴れている。

 本気で暴れられると爪が外に届きそうなのでちょっと変形させることにした。

 クマがとらわれている胴体あたりを太くするのた。


 うにににににににっ。


 うむ、変になった。


『面白いです?』

『愉快です?』

『土の子です?』

『カタツムリです?』


 あーも最後のが近いかな、まーるく盛り上がっ巨大な胴体から蛇の頭とシッポか生えているデザインだ。

 銅の直径は10mもあるのでこれなら熊がいくら暴れても平気だろう。


『それにあの魔物の特殊技『咆哮』は空気がないと使えないからの』


 咆哮というのは魔物の特殊攻撃の一つで、吠えた声に魔力を乗せて精神的、物理的にダメージを与えるというやつだそうだ。思ってたよりずいぶん危ないやつだな。

 だが『音』を媒介して発動する技なので空気がないと使えない。


 いやね、水というのも実はよく音を伝える物質なんだよ、空気なんかよりはるかにね、そして水の振動を音に変換できるという性質もあるのだ。振動は伝わるからね。

 でも熊はそんなこと知らない。だからできない。


 残っていた空気で一回、弱弱しい咆哮を放ってそれで終わり。

 でもしぶといから圧力上げようか。


 俺は熊をとらえた水を中心に向けて移動させることで内圧を高めていく。

 高めていく、高めていく、たかめて…


 ごぱっ!


 クマが残っていた空気を吐き出した。

 一時は激しく暴れる。断末魔だ。


 そして沈黙。

 動きも完全に停止して血走った目を見開き、水の中を漂う熊。


「よーし、討伐完了!」


「カイちゃん!」


「姉ちゃん」


 よしよしみんな無事だった。

 俺は蛇の頭を巡らせて姉ちゃんを迎えに…


「お願いこっち来ないで~おねえちゃんもれちゃった~」


 ありゃ


 ◆・◆・◆


 姉ちゃんは着替え中。

 女の子の不思議。


 おしっこでぬれてしまった服は恥ずかしいらしい。なので着替えを出して渡したら当然着替えるんだけど、それは平気。

 すっぽんぽんで濡れた手拭いでお股とか拭いて、全然隠さずに着替えている。


 分からない、姉ちゃんの羞恥心のラインが全く見えない。

 丸見えだよ? それはいいの?


 というかわざと見せてないか?

 お尻向けてフリフリする必要があるんだろうか?


「えっち」


 姉ちゃんがね。


 この言葉が真理をついていたのちに俺は知ることになる。が、ここでは関係ない。


 ◆・◆・◆


「これからどうしようか…」


「町に行って冒険者になるんでしょ?」


「うん、そうなんだけど…一回村に帰りたい。母ちゃんたちの荷物…」


 ああ、そういう意味か。

 俺は家の荷物を全部、ひとつ残らず持ってきたことを告げた。


「ありがとー、さすがわが弟。これでもう、村には未練はないね」


 姉ちゃんが悲し気につぶやいた。確かに最後は大変なことになってしまった。だがあそこは俺の生まれた村だ。

 姉ちゃんにしたって赤ん坊の時から暮らしてきた村だ。


 父ちゃんたちとの楽しい生活。

 やることは目白押しだったから退屈もなかった。


 人口が少なかったから同年代は少なかったがみんなと楽しく魚を取ったり野草を取ったりもした。

 それが何でこんなことに…


 苦しいと人は愚かになるというのはこういうことなのだろうか…


「だけど今更もう帰れない」


「うん、そうだね…帰ってもろくなことにならないよね…」


 村での優しい生活は失われたのだ、父ちゃん母ちゃんと一緒に、もう二度と帰ってこないのだ。


 村に隷属するという選択肢などないし、ではどうなるかというとあとは力づくで隷属させるという形になるだろう。

 それも…楽しくないな。


 なら旅立つしかないのだ。


 だけど現実問題あの村は苦しくなると思う。


 なぜってあの村が水に困らなかったのは水精霊の力があつたからだ。

 精霊の泉も精霊仙人が付いてきたことで門が閉じてしまった。

 後は普通の水脈があるだけ。


 昔は暮らしていくのに足りるだけの水でみんなうまくやっていたらしい。でも今の村は際限なく湧き出す精霊の泉に依存した形で回っている。

 それがなくなればもとの生活…

 いや、少ない水を効率よく使う方法をなくしてしまった今の村ではなお苦しくなるだろう。


 川の水では村の畑を潤すには足りないのだ。


 なぜなら俺がいるうちに畑はすっごく拡張されたしまったから。


 しかも水質もあまりよくない。

 今までのような快適な生活は望むべくもないだろう。


 だがそれも彼らの選択ということだな。


 サヨナラバイバイ生まれた村よ、サヨナラバイバイ思い出よ。

 もうこれで縁きりだ。


 俺はもう一度蛇を変形させる。

 すでに死体になった熊は精霊界に放り込んである。あの世界には腐敗という法則がないからいつまでも新鮮なままだそうだ。

 町に行けば売ることもできるだろう。


 スマートになった蛇はもう蛇でいる必要がない。

 ならあれを作ろう。


 俺は蛇を変形させる。


「まずカプセル」


 丸いやつだ。中空の球体。これがコクピットになる。

 その周囲に分厚い水の層。

 ヤジロベエのような構造で、外側の層が動いても中のカプセルは上下を保つような構造にする。


 つまり外側を回すことで移動できるのだ。


 姉ちゃんと一緒に中に乗り込む。


 椅子も作った。並んで座る。


 座るとゆっくりとボールが回りだす。

 つまり前進する。


 正面には水鏡の魔法で進行方向の映像が浮かんでいる。


 これは水に遠望の風景を映し出す魔法で、まあ、至近距離でも使えるのでこういう使い方もできる。


 ここら辺は木が密集しているから走りづらいがそこは水。方形の器に従う存在もの。変形しながら進んでいける。


 そしてしばらくするとボールは街道にたどり着いた。

 単なる踏み固められた道なんだけどね。


 あーつかれた、あとの制御は任せよう。

 うねうねと木をよけながら進むのは結構神経を使ったよ。


 俺は水鏡の前に座る精霊たちに後を任せる。


 水鏡の前には小さなシートが四つあって、そのシートには精霊勇者チームが座っている。まるで宇宙船の艦橋のようだ。

 頼んだよ。


『クライホイール始動です?』


 なんでクライホイールがあるんだよ。


『エネルギー、ちんぱー内で異常に加圧中?』


 なんだよちんぱーって、しかも異常に加圧しちゃだめだよ。


『イぐにっしょんシーケンス?』


 いや、すでに動いているよ。


『波〇砲発射?』


 うつなー!


『全部お前さんのイメージじゃ。汚染されてしまったの』


 さーせん。マジでさーせん。

 俺のオタク知識を精霊たちが面白おかしく解釈したものでした。


 まあ、そこらへんはどうでもいいんだが、かくしては水で出来たボール状の乗り物はゆっくりと街道を動き出した。


 整備などされていないでこぼこ道だがこの乗り物、クッション性は無限大。石も凸凹もものともせずに加速していく。


 名前何にしよう…『ボール…ローダー?』道を進むボールだから。

 ちょっと違うかもだがまあいいか。


「姉ちゃん、近くの町に行く?」


 姉ちゃんは首を振った。


「近くだと村の干渉とかあるかもしれないし、ちょっと遠いけどヌテラの町に行こう」


「ここからだと馬車で二週間ぐらいかかる町だね。でもなんで?」


「母ちゃんたちその町で昔冒険者してたんだって、どうせ冒険者になるんならその方がきっといいよ」


 うん、ゲン担ぎみたいなものかな。

 確かに父ちゃんたちが活躍していた町は見てみたいかも。


「よし、じゃあヌテラの町にゴー!」


 俺たちの冒険が今始まった。









 まだ続くよ。








 しばらく後この辺りに回転しつつ道を進む巨大な魔物(イビルジェリー変種と推測される)の目撃情報が飛び交った。


 さーせん。

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