1-2 新しい俺の家族

1-2 新しい俺の家族



 生まれてから何日かが過ぎた。変な言い方だが仕方がない。意識があったりなかったりするから正確な時間がわからないのだ。


 それゆえにその間に分かったことは少ない。


 赤ん坊の活動範囲なんてたかが知れているというかほとんどないからね。


 基本的にこうして考えられるのは眠っている間だけらしい。

 明晰夢というのだろうか、夢の中でならちゃんとした思考を保つことができるのだ。


 目が覚めているときは何かふわふわした感覚の中で、本能的な部分に引きずられているような感じで、考えるな、感じるんだ! の世界だ。

 うむ、こうして考えると赤ん坊はすごいな。悟りの境地にある。なんちて。


 まあそれで助かっている部分もある。

 オッパイとかおもらしとかね。

 いや、おっぱいはまあまだ納得ができる。味が薄いのが難点だが、これはいい。

 だがおもらしはきつい。ウンチ漏らすとかこの年では何というか何かが壊れそうな衝撃だ。


 明確な意識がないのはまさに救いだといえる。


 さて、この状況を俺なりに解釈してみると起きているときに明確な思考を維持できないというのはごく当たり前のことだといえる。


 人間は脳で思考するわけで、赤ちゃんの脳にはほとんど明確なシナプス配列など存在しないのだ。まともに考えることなんかできるはずがない。


 では夢の中はというとこれは魂の世界ではないだろうか? と考察する。つまり肉体がなくても思考できる世界。


 では夢の中でのみ明確な意識が保てることの意味は何なのか?

 それこそは夢ではないだろうか。

 夢というのは経験を整理して定着させるためにある…なんて話を聞いたことがある。

 前世の記憶を消化するために今俺は明晰夢を見ているのではないだろうか。


 神様(仮)は言った。

 記憶は持ち越せます。と。

 つまり前世の記憶を肉体に定着させるためにこの夢の世界に保存されているのではないだろうか? ということだ。


 つまり夢を見ている間に赤ん坊の脳に記憶に即したニューロンネットワークが構築されるわけだ。


 であれば桜もきっと俺のことを覚えていてくれるだろう。

 いつかまた会えるかもしれない。ということだな。

 今となっては何もできることはないが、桜の無事と幸せを祈ろう。神様(仮)に。


 あの存在はものすごくシステマティックではあったが、聞けばちゃんと答えてくれたからな。なんか頼りになる。ような気がしなくもない。


 さて、スキルに関してだがこれが全く使えない。


 まず夢の中では全く反応がない。手ごたえがない。

 逆に起きているときはなんかあるような感じがするが意識がふにゃふにゃだから使うことができない。


 これはもう少し成長するまで待つしかないのではないだろうか。うん、保留としよう。


 さて、俺の生まれた家だがどうやら農家であるらしい。いや、農家かどうかはともかく普段の仕事として農作業をしているようだ。


 さらに数日の時間が流れ、母親が仕事に復帰した。

 すごいバイタリティーだね。


 生まれたばかりの俺を置いていくわけにはいかないので仕事に出るときは俺は何かを編んだ籠のようなものに入れられて持っていかれる。

 そしてそのままあぜ道において畑仕事をしているのだ。


 ここはどうやら小さな村のようで他にもたくさんの農夫の人がいるようだ。

 動物などもいるようだ。


 まだはっきりと目が見えるわけではないが間違いないと思う。


 動物といえば父親はクマのような大男だ。どうも気のいい男らしい。母親に小言を言われて笑いながら頭を掻いていることがよくある。


 母親は肝っ玉母さんだ。

 小柄で(親父に比べれば誰でも小柄ではある)割とスタイルがよくておっぱいが大きい。かわいい感じの人だと思う。だがやっぱり肝っ玉母さんだ。

 赤ん坊の俺を手玉に取って、俺から見たら『あぶねえやんけ』みたいな扱いで持ち歩き、でも問題なく子育てをしている。

 二人目だから慣れているのかもしれない。


 そう、そして姉が一人いるようだ。


 はっきり言ってこの姉、俺の魅力にメロメロだぜ。


 俺が畑のあぜ道に籠でおかれているときは飽きることなく俺を眺め。楽しそうにしている。

 母親が俺を風呂に入れているときなどは自分もやりたがって仕方ない。

 多分五歳ぐらいじゃなかろうか。五歳児が育児は危ないのでぜひやめてほしい。


 母親の真似をして俺の顔を自分のおっぱいに押し当てるのもやめてほしい。まっ平だしくすぐったがって俺を落としそうになる。マジ怖い。


 ただ母親も姉もやせ細っていたりはしないし、親父は熊だ。オッパイも十分に出るようだし、食事の量は足りているというべきだろう。

 であれば農民ではあってもそう貧しくはないのかもしれない。


 割といいところに生まれたのかもしれないな。

 ありがたやー、ありがたやー、とりあえず神様(仮)よ、ありがたやー。


 ◆・◆・◆


 さらに数週間。

 起きている時間はふやふや『夢幻ゆめまぼろしのごとくなり』だけど眠っている間は明確な意識があるのでたぶんそんなものだろと思う。今は生後二か月ぐらいだろう。


 首も少し安定してきて手や足も少し動くようになってきた。いや、動かせるようになってきた。

 そう、とうとう起きているときでも意識を保てるようになってきたのだ。


 まだまだ十全ではないけれど、なんかふやふやしている時間が多いのだが短時間なら明確に思考できるようになってきたのだ。

 それはつまり俺の記憶が赤ん坊の体になじんできたということなのかもしれない。


 思考できるといろいろ楽しい。

 空想はとても楽しい。

 というか今となっては唯一の楽しみだ。


 俺は、実は小説書きが趣味だったんだよね。

 なのでいろいろなことを考える。

 物理法則とか、お金の計算方法とか、設定づくり?


 まあそれがものになるとは思わないけど、もともとプロではなかったし、自分で楽しむために小説を書いていたのだから、ここでもそういうのは楽しい。

 もちろんほかの人に認めてほしいという欲求はあったけど、自分で楽しんで書いていた…ううっ、悲しくなんかないやい…


 星とか評価とか感想とか欲しくなんか…欲しくなんか…うう、欲しかったよ。とっても。


 さて、空想と思考だけど科学的に考えて間違いじゃないと思うんだ。

 人間の体というのは鍛えればそれだけ能力が上がって、怠ければ怠けられるぎりぎりまでなまける。そうなっている。


 これは筋肉もそうだし、ぷっちゃけ自律神経系でもそうなんだ。恐ろしいことにね。

 だから脳みそを鍛えるには思考しなくてはいけない。

 そして文学的なこととか、科学的なこととか、数学的なこととか、鍛える方向はいろいろある。


 うんうん、これはいいことを思いついたものだ。


 つまり今から計算や科学知識の復習などをしているとそれに見合ったスペックを脳みそが獲得してくれるということだね。


 うん、頑張ろう。

 知識の持ち越しには制限があるみたいなことを言っていたけど、四則計算や九九なんかは普通に思い出せる。

 因数分解だの幾何学とかも大丈夫。


 というか暇つぶしにいいよね。

 というか他にやることがないよね。

 これも意識がふわふわしててよかったことだよ。そうでなかったら退屈で気が狂うかも。


 さて、短時間とはいえ、この体で正常な思考ができるようになったのだからスキルの検証をしようかな。


 水芸。

 水を自在に操ることができる。


 夢の中では全く機能しなかったスキルもこの体ではちゃんと動くようだ。

 水に干渉できているという実感がある。


 例えばおしっこ。

 うん、これも水分です。


 最初は温かくてまあまあ良いのだが、冷えてくるとかなり気持ちが悪い。いやだなあ…と思っていたらスキルが発動した。

 肌に触れないようにシッコが移動したようだ。


 まあその後また意識がふやふやしてしまってスキルが切れたから元の木阿弥なんだけどね。何とかなくできることが分かったので良かった。

 ちなみに泣き声でおむつは交換されました。


 さて、他にはなんかのどが渇いた~と思っていたらどこからともなくお水がやってきて喉を潤してくれたりする。

 この水がものすごくおいしいんだよね。なんだろ。


 しかしどこからともなく飲み水がやってくるというこのスキルはすごいと思う。例えば旅に出るような時でも水の心配をしなくて済む。


 つまりその分荷物を軽くできるのだ。


 これがなければ一日分の水として2キロは運ぶ必要があるだろうし、水の補給の心配もしないといけない。

 量? それはあまり心配していないな。多分慣れればもっとたくさん出せるような気がする。レベルアップかな?


 いやー、ありがたいスキルだ。

 しかしそうなるとこのおいしい水を家族にもおすそ分けしたいなあ。


 さて、ここでこの世界の水事情だが、基本的に外の井戸でくんできて室内の瓶で保存するという形になっている。

 水魔法があるんじゃね? と思うのだが、なぜかそれが使われる形跡はない。


 だが魔法がないわけでもないのだ。

 料理の時の火は魔法、たぶん着火とかだよね、それでつけられている。


 うーん分からん。


 だがまあそれは今はいいや。問題はおすそ分け。亀の中に水を補給してあげよう。

 といっても人目は避ける。


 なぜか今部屋には誰もいない。

 まあ今までの経験から直に帰ってくるだろうが、今は絶好の機会。


「あうあ~(おみずよおいで~)」


 するとどうでしょう、俺の伸ばした手の先にミカンほどの大きさの水の球が。

 何かに入っているわけでもないのに球形を維持している。すごいぞ!


 そしてこれを瓶に…


「う゛」


 俺の目論見はぱちゃっという音とともに失敗した。

 水の球が数センチ離れたところで制御を離れ、崩れてしまったのだ。

 おいらびしょぬれ。


「うあ~~~っ」


 そしたら感情が高ぶって意識が…

 どうやら制御範囲がまだ狭いようだね。


 ◆・◆・◆


 親子の会話。


「あらあらへんね、おしめは濡れてないのにおくるみと布団が濡れているわ」


「よこからもれたのかな?」


 母親がおむつをペロンとはがし、俺を着替えされる。泣き声で飛んできたらしい。

 それを姉がのぞき込んで…


「こら。ばっちい手でカイトのちんちんつつくんじゃありません。カイちゃんが病気になっちゃうわ。ちゃんと手を洗ってらっしゃい」


「はーい」


 夢の中でそんな会話を聞いていていた。


 姉は勇躍手を洗って戻ってきた。


 姉よ、興味津々なのは理解するがつつくのはやめれ。

 ついでにつまむのもやめれ。


 弟の切なる願いである。

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