第8話「後夜祭を抜け出して」

 電車は満員だった。

 榎本は泣いた後で顔が大変なことになっている。

 見られないように、俺は榎本の顔を俺の胸に近づけていた。

 数駅過ぎて話しかける。

「榎本、平気?」

「はい。もう大丈夫です」

 少し落ち着いたのだろう。顔は真っ赤だが笑顔は戻っていた。

 篠水駅に着いた。

 俺たちは駅を出て公園まで歩いた。

 夜の公園は誰も居なく、俺たちで貸切だった。

「ブランコ乗りませんか?」

「いいね。乗ろっか」

 2つしかないブランコを2人で独占した。

「久しぶりにブランコに乗りました」

「俺も。小学校以来かな」

 もう漕ぎ方を忘れたレベルだ。

 榎本は一周するんじゃないかってレベルで漕いでいる。

「すげえ!」

 俺が言うと揺れてる状態で立ち、立ち漕ぎでもっと高くなった。

「やば!」

「すごいでしょ!」

 と言いながら榎本は足でがっがっと勢いを弱めて止めた。

「俺漕ぎ方忘れたわ」

「じゃあ私が漕いであげますよ。ちょっと両端スペースあけてください」

「2人漕ぎか。よくやったな」

「私もよくやってましたね。男の子とやるのは初めてです」

「俺も初めて」

 榎本は俺が乗ってるにも関わらず、一週するんじゃないかってレベルで漕ぎ始めた。

「やば、高くね!?」

「七城くんは絶叫系無理ですか?」

「全然余裕だね! 大好物!」

「そうですか。じゃあ私の作戦は失敗です」

 と言って榎本は立ってる状態からしゃがみ始めた。足を伸ばし俺の上に座ってきた。

「重くてすみません。吊り橋効果狙ってました」

 そう言って額を俺の額に当ててきた。

「私、これ好きです」

「俺も好きだよ。榎本の顔が近くで見れる」

「私はそれもありますけど、何より七城くんを感じられて幸せです」

 言われてドキッとした。

 俺を感じられるって。

 ほんと物好きだなあ、この子は。

 ブランコの勢いは収まらない。

「あっ」

 額の次は鼻と鼻がくっついた。

「ごめんなさい!」

 榎本は顔を離して言った。

「いいよ。全然」

「いえ。申し訳ないです」

 俯きながら言う。

「照れたの? 赤いよ?」

「だって好きですもん。七城くんのこと」

「そっか」

 会話が終わるとブランコの勢いも弱まり、止まった。

「降りますね。よいしょっと」

 榎本が降りてから俺も降りる。

「楽しかったですね。ブランコ」

「うん。楽しかった」

「……今日は本当にごめんなさい」

 榎本は頭を下げた。

「気にしなくていいって。顔上げて?」

「私は最低です。あの時七城くんがいるって気づけてれば、七城くん傷つかなかったのに」

「そんなこと」

「私は最低な人です。七城くんの元カノだからって嫉妬して、その元カノが七城くんのこと利用してたとか聞いて腹が立って、イライラして。感情的になって。私の最低なところを七城くんに見られてしまいました。もう、私はダメです」

 彼女は顔を上げる。

 涙に染まった顔だった。

 泣きながらも必死に笑顔を作っていた。

「私は七城くんを傷つけてしまいました」

「俺はお前に傷つけられてない。あいつだろ」

「でも私があの時暴言を吐かなければ七城くんの悪口は言わなかったはずです。火種は私にあります」

「そんなことはない」

「そんなことはあります」

 と、笑って言って。

「今まで優しくしてくれてありがとうございました」

 彼女は頭を下げ、後ろを向き歩き始めた。

 俺はその後ろ姿をただ見ている。

 そして考える。


 これが最後なのだろうか。

 これで俺と彼女の物語が終わってしまうのだろうか。

 もう二度と隣で歩けないのだろうか。

 もう二度と一緒に話せないのだろうか。

 もう二度と、あの笑顔は見れないのだろうか。


「榎本!」


 俺は走って彼女を呼んだ。

 振り向いた彼女を抱きしめ、言った。


「好きだよ」


 強く、強く、抱きしめた。

「七城くん、ダメだよ」

「ダメじゃない」

 彼女は抵抗するが、それを抑える。

 すぐに彼女は抵抗しなくなった。

「七城くん。私はダメだよ」

「ダメじゃない。俺はあの時嬉しかったんだよ」

「……え?」

「あの時俺のために言ってくれたんだよね。

 すごく嬉しかった。

 本当に嬉しかった。

 俺も言ってやりたかったけど言えなかったんだよ。

 怖くて言えなかった。

 俺でも言えなかったのに、お前は俺のためにあいつに言ってくれた。

 それ見たとき、本当に俺のことが好きなんだなって思ってさ。

 すごく嬉しかったんだよ。

 それに、謝るのは俺の方だ」

「七城くんは謝るところないですよ」

「元カノがそうだったってだけで、榎本もいつかは裏切るって決めつけてた。それが怖くて答えも出さなかった。トラウマからも解放されなかった。お前が救い出してくれた」


 そう。

 あの時俺は救われたのだ。

 あの場面であいつにあんだけ言われたのに、榎本は屈しなかった。

 それがどんなに嬉しかったか。


「くだらないことで先延ばししてて、ごめん」

 彼女を放し、頭を下げる。

「くだらなくないですよ。あれは誰でもトラウマになります」

「いや。今考えるとくだらないよ」 

 俺は笑って言う。

 彼女の目に浮かぶ涙を拭った。

「それに、俺はお前にだったら傷つけられてもいい」

「それはダメですよ。傷つけるのは良くないことです」

「それもそうだね」

 2人で笑う。

「俺を過去から救ってくれてありがと」

 言って、抱きしめる。

 彼女も俺を抱きしめてくれた。

「もう過去から解放されたんですよね」

「うん。バッチリね」

 そう返すと、彼女は言った。


「じゃあこれからは、私との未来を見ててください」


 え。それって。


「七城くん。大好きです」


 彼女の抱きしめる力が強まった。

「俺も大好きだよ。榎本」

「へへ。幸せです」

 榎本はえへへと笑いながら俺の顔を見る。

「じゃあ。俺から」

 そう言って、俺は言う。


「好きです。付き合ってください」


「はい。喜んで」


 答えをもらった瞬間、彼女にキスをした。

 ファーストキスってやつだ。

 10秒ほどだろうか。

 ずっと、キスをしていた。

「前一緒に見に行った映画みたいですね」

「そうかな?」

「はい。もうキスしちゃう!? ってやつです」

 彼女は背伸びをして俺の肩につかまりキスをした。

「仕返しです」

「かわいい仕返しだな」

 そう言うと彼女は俺に抱きついた。

「本当に大好きです。七城くんのこと大事にします。ずっとずっと」

「俺も仁美のこと大好きだよ。絶対幸せにするからね」

 彼女は顔を真っ赤にして俺の顔を見た。

「いきなり名前呼びはずるいですよ!」

「仁美も悠人って呼んでいいよ」

 むむむ、と迷って、

「呼び捨ては嫌です。ゆうくん、はどうでしょうか」

「じゃあそれで」

「ゆうくん、ゆーくん」

 俺の胸に顔をつけ連呼している。恥ずかしいな。

「ゆうくんの匂い」

「仁美さん!?」

「前からしたかったんです。恋人なので許してください」

 恋人、恋人。

 そっか。

 恋人か。

「じゃあ、送ってくよ」

「お願いします」

 恋人繋ぎで歩いた。

「仁美、今度デートしないか?」

「いいですよ」

 即答。その速さはウサインボルト選手もびっくりよ。

「どこがいい?」

「そうですね。一緒ならどこでも」

「んー。じゃあどこにしよっか」

 俺は考える。

 仁美が楽しめる場所がいいよな。水族館とかかな。無難に。

「1つわがまま言っていいですか?」

 仁美は足を止めて言った。

「いいよ。どこ行きたい?」

「2人っきりになれる場所がいいです」

 ……。

「じゃあ……家?」

「はい。じゃあそれで」

「は、はぁ」

「歩きましょっか」

「う、うん」

 やばい動揺するな俺。

 落ち着け、深い意味はないぞ。

 でも男の子的に2人になりたいと言われるとそれしか思いつかん。落ち着け、落ち着け俺。

「来週の土日、親いないんです。よかったら泊まり来ませんか? お泊まりデートです」

「考えとくよ」

 やばいやばいやばい。

「あ、ゆうくんなんか考えてる」

「か、考えてない!」

「考えててもいいのに」

 ……え?

 それはどういう意味ですか仁美さん。

「は、早くないかな?」

「何がですか? お泊りですか?」

「いや違くて」

「なんですかゆうくん! なんですか!」

 こいつわかってやがる。

「いや。俺したことないし」

「私もないですよ」

 ほらわかってた。

「私、ゆうくんのになりたいんです。それでもって、ゆうくんを私のにしたいんです」

「そっか」

 ちょうど仁美の家の前に着いた。

「着いたね」

「着いちゃった」

 仁美は寂しそうに言う。

「一生着かなくていいのに」

「ダメだろ」

 俺は笑う。

「もっと一緒に居たかったなあ」

「そうだね。居たかった」

 言った直後、俺は仁美にキスをした。

 舌先で仁美の唇に触れると仁美は受け入れてくれた。お互いの舌を絡め、お互い求めあった。

「これで俺は仁美だけの男だよ」

「はい。これで私はゆうくんだけの女です」

 そう言ってもう一度ディープキスを交わした後、仁美は家に帰った。


 いつも別れは寂しそうな顔をしていた彼女が、今日は笑顔だった。

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