第6話「文化祭 上」

『今日はありがとう。傘いつ返せばいいなな?』


 お風呂から出てリビングでテレビを見ていると七城くんからラインが来た。

『いつでもいいですよ!

雨すごかったですよね、一応あったかくして寝てくださいね』

『ありがと。そうするね』

 私はおっけースタンプを送って会話が終わった。

「仁美、さっきまでどこ行ってたの?」

 お母さんが聞いてきた。

「七城くんのバイト先。傘持ってないと思ったから届けに行ってた」

「ふぅん。でも結局相合傘してたんじゃ意味ないんじゃない?」

「見てたのお母さん!」

「2階からいつ帰ってくるかな? 七城くん一緒なのかなって思って見てたのよ。相合傘で前通られてびっくりしたわ!」

 そう、帰り道は私の家の前を通るのだ。

 気をつけなければ……。

「で! どうなの? ちょっとは進んだ?」

「うーん。まあ少しずつかな!」

 私は胸を張って言う。

「そういえば仁美、胸少しでかくなってきた? Bはあるんじゃない?」

「ここだけはお母さんの遺伝子を引き継げずB寄りのAだよ」

「じゃあBまでもう少しね! 付き合ったら七城くんに大きくしてもらいなさい!」

 大きくしてもらう? 付き合ったら大きくなるものなの? 胸って。

 私は部屋に行き調べる。

 「【彼氏に胸を大きくしてもらう】と」

 そこで私は後悔した。

「も、揉む!?」

 そーゆー系のビデオのサイトも出てきたので速攻ブラウザバックする。

 お母さん変態じゃん!

 こんなこと考えて言ってたの!

 少し考えてからもう一つ調べ物をする。

【カップル 初体験 時期】

 調べると1ヶ月が8割を占めていた。

 早くない!?

 またも速攻でブラウザバックしてスマホを閉じ布団に入る。

 もう今日は寝よう。


 また変な夢を見た。

 前見た夢の続きだ。

 要するに、まあ私と七城くんがうんぬんうんぬん。


 やっぱり私えっちな子なのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 月曜日。

 起きて準備をしてバイトに向かう。

 バイトが終わるとすぐ帰って寝て学校。

 平日はほとんどこれのループだ。

 学校に着いてすぐ三木のクラスに行った。

 三木を見つけ話しかける。

「三木、おはよ」

「おはよう七城。今日はいい天気だね」

 気分が良さそうだ。

「何かあったのか?」

「いや、咲と昨日お泊りしたんだよ。そしたらあいつから。これで察してくれ」

 あーはいはいなるほどね。お盛んだな今のカップルは。

「で? なんか用があったんじゃないか?」

 三木に言われて俺は言う。

「昨日の話の原因がわかった。お前に言われた通りだった。俺はあの子に裏切られるのが怖い」

 言うと三木は考え込んだ。

「やっぱりか。じゃあトラウマに近いな。トラウマと言っても間違ってねえけど」

「そうだな。榎本を好きになるまでわからなかった。俺ってかなり傷ついてたんだな」

「好きな人と恋人になった結末があれじゃあ仕方ねえよ。でも」

「ん?」

「これはお前の問題だ。早くなんとかしねえと榎本さんかわいそうだろ? 時間かけすぎたら他の男に行っちゃうぞ」

 それを言われた途端、黒い感情が出てきた。

「それは嫌だな」

「お、独占欲か! いい顔してるじゃねえか」

 三木は俺の背中を叩き、

「じゃ。授業始まるから自分の教室行け。またなんかあったら言えよ。相談乗るからさ」

 言われて俺は自分の教室に行く。

 少ししてから担任の角田も来た。


「今日は授業丸々文化祭について話し合います。出し物はわたがしで決まりましたのでどう工夫するかなど話し合ってください」


 文化祭? もうそんな時期か。

 考えているとクラスの奴らは立ち上がりグループになって話し合っている。

 俺のところには三山が来た。

「なんでお前こっちきた」

「私とあんたが話し合いのグループだからに決まってるでしょ」

「え? そうなの?」

「あんたいっつも総合とロングホームルームの時間寝てるもんね。文化祭の話し合い前から始まってるのすら知らないんじゃない?」

 知らなかったです。今初めて知りました。

「だって授業じゃないじゃん。単位に問題でないし」

「私はいい子だから起きて話聞いてるけどね」

 お前は授業は寝るのか。バランスの悪いやつめ。

「で、なんで俺たち2人なの? 向こうは4人とかおかしくね?」

「私たちのグループも他に2人いるんだけどその2人不登校だからこうなってるのよ」

 なるほど。

「で、文化祭っていつ?」

「来週の金曜と土曜日」

 金曜バイト休み入れなきゃな。専門生のあのデブに頼むとしよう。学校昼からとか言ってたし。朝勤してから向かってもらうとしよう。

「金曜と土曜って去年と同じだな」

「うん。金曜が生徒だけで、土曜日は他の学校の子とか小学生たちが来るって」

「でも去年小学生来なかったよな。他の学校のやつはきたけど」

 そこで一つ思いついた。

「なあ三山。てことは人を誘ってもいいってことだよな?」

「うん。あのかわいい子呼べば? 榎本さんだっけ」

「あってるよ。じゃあ呼ぶわ」

 俺はスマホを開き榎本にラインを送る。


『来週の土曜日、うちの高校で文化祭やるんだけど来ない?』


 送るとすぐに既読がついた。


『私も送ろうとしてました!私は今週の日曜に文化祭なんですよ。日曜日なら他の高校の人も招待したら入れるんで七城くんを招待しようかなと!』

『女子校だったよね?男でも平気なの?』

『招待すれば平気です!七城くんかなり目立っちゃいますけど』

『いいよ。じゃあ日曜日ね。楽しみにしてる!』

『はい!出店は焼きそばです!友達が七城さんが来たら変わってくれるんで回りましょう!』


 おっけースタンプを送り会話が終わる。

「俺今週の日曜に榎本の文化祭行くことになったわ」

「ふーん。よかったじゃん」

「女子校なんだよね。大丈夫って言ってたけど不安だな」

 言うと三山は俺をギョッと見る。

「女子校!?」

「うん。女子校」

「あんた平気? あんたなんかが行ったら注目の的でしょ!」

 なぜか榎本と同じようなことをこいつは言っている。どう言うことだ。

 顔がキモいからか? なるほどな。

「なんだあのブス、こんなところに来るんじゃねえって思われるな。やっぱり断るか」

「逆逆! その逆だよ」

 なに、じゃあ俺イケメンってことなの?

「あんた、もっと自分の顔自覚しな? そうそういないよあんたみたいな顔」

「褒められてるのか貶されてるのかわからねえな」

「私の友達とかみんなあんた狙ってたからね。おかげで陽人を取れたけど」

「そうですか」

 その辺は大丈夫だろう。

 こいつが言ってるだけで、俺の顔は酷いものだ。

 例えるならカルボナーラに醤油を入れているようなもんだ。


 楽しみだなあ、日曜日。


  学校が終わり電車に乗って篠水駅に寄った

榎本が招待券をくれるそうだ。

 改札を出るとすぐ榎本がいた。

「七城さん! 来てもらっちゃってごめんなさい」

「いいよ。会いたかったし」

 素直に言うと榎本は固まった。

 固まった機械は叩くと治ると聞いたことがある。が、榎本は人間なので肩をトントンとやる。

「はっ、すみません。ぼーっとしちゃいました」

 顔が赤い。わかりやすくてかわいいなあ。

「榎本なんか食った? ご飯」

「夜ご飯は食べてきました!」

 んー、じゃあ。

「クレープ食べてかない? お腹入りそう?」

「入ります! 別腹です!」

 榎本は笑顔で言う。

「そっか。じゃあ行こ」

「はい!」


 トンキホーテの1階にクレープ屋さんがある。

 そこで榎本とクレープを買った。

 榎本は一番でかいいちごスペシャルを食べている。

「よく食べるね」

「はい! 別腹ですから! ん〜おいしい!」

 美味しそうに食べる顔もかわいい。

 俺はスマホを出し榎本に向ける。

「榎本」

「はい」

 こっち向いた瞬間にシャッターを切った。

「あ」

「お、口にクリームついてる」

 かなりレアな写真が撮れた。

「七城さん! ダメです消してください!」

「わかった、いい? 消すよ」

 榎本の前で消してみせた。

「知ってますよ。それ削除した項目から復元できますもんね。そのも消してください」

 く、こいつ詳しい。

「お願い。この一枚だけ」

「むむ。仕方ないですね。特別ですよ?」

 やった、と思いさっき消した写真を復元する。


 お互い食べ終わり、ゴミを捨てる。

「ごちそうさまでした」

「いえいえ。送っていくよ」

「いえ。今日は私が送ります。改札前までですけど」

 榎本に改札前まで送ってもらった。

「あ。渡し忘れるところだった。これ招待券です!」

「ありがと」

 と言って受け取る。さすが女子校の文化祭の招待券と言ったところか。すごくピンク。

「じゃあ、文化祭行くね」

「はい! お待ちしております!」


 その後俺はいつも通り電車に乗り家に帰った。


 日曜日、早くこないかな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 待ちに待った日曜日。


『じゃあ13時にうちの高校来てください!お待ちしております!』


 了解スタンプを送って家を出る。

 1時間早く行って驚かせてやろう。

 どこで出店してるかは聞いてないけど焼きそばとは聞いている。行けばもらえるであろう見取り図を見れば余裕だな。

 電車に乗り篠水駅で降りる。

 10分ほど歩いて高校についた。

 12時ぴったり。よし。

「招待券受け取ります!」

「はい。お願いします」

 俺は手慣れた接客スマイルを出し受付の子に招待券を提示する。

「はい。おっけーです! どうぞ!」

「ありがとうございます」

 笑顔を向けてそう言う。

 今の受付の子すごいな。ちゃんと笑顔を向けてくれる。うちのコンビニで働かせたい。

 受付の子からもらった見取り図を見る。

 焼きそばは一つしかない。

 よし、向かうか。

 廊下を歩いているといろんな子に声をかけられる。

「うちに寄って行きませんか! 今ならサービスしちゃいますよ!」

「いえ。あとで伺いますね」

 笑顔で言うときゃー! と声を上げて戻って行った。

 なんだ、ものすごく居づらい。

 焼きそばの教室に着いた。

「ここか」

 引き戸のガラスから中を覗く。

 エプロンをつけた榎本が頑張って焼きそばを作っている。

 主婦の榎本、うん。良き。

 引き戸を開け、中に入る。

「いらっしゃいま、え!?」

「よ。早めに来ちゃった」

 榎本は戸惑っている。

 やべ、申し訳ないことしたかな。

「仁美! あれが七城さん!?」

「聞いてた通りの顔だわ!」

 どういう顔だ。

 榎本は焼きそばを詰めてから俺のところに来る。

「この人が七城くんです!」

「「おおー!!」」

「七城くん、紹介するね! この人が七海でこの人が優里、でもう1人奈々って子がいるんだけど今呼び込み行っちゃってて」

「そうなんだ」

 紹介してくれた以外の子からも見られる。

 居づれえ……。

「仁美! 早いけど変わってあげる! 七城さんと回ってきな。七城さん、ゆっくりしていってね!」

 七海って人に言われる。

「ありがとね」

「ありがと七海! じゃあ行きましょうか七城くん!」

「ちょっと待って。はいこれ」

 七海さんが渡してきたのはパックに入った焼きそばが入った袋だ。

「ちゃんと二つ入ってるし仁美が作ったやつだよ。じゃあ楽しんでこい!」

「ありがと! じゃあ行こ! 七城くん!」

 手を引っ張られた。

 教室を出ると中から「大胆〜!」と聞こえてきた。

 まず最初に榎本が連れて行ってくれたのは喫茶店だった。

「いらっしゃいませ! あ、噂の!」

 噂の? なんだ。

「どうぞ! ゆっくりしていってください!」

「ありがとうございます」

 接客スマイルに接客スマイルで返す。

 椅子に座りメニュー表を見る。

 が、この子はいつ厨房に戻るのだろうか。ずっと俺たちの席の前で立っている。そんなに早く注文して欲しいのだろうか。

「俺ミルクティーで」

「私はレモンティーで」

「かしこまりました!」

 と厨房に行った。

「お待たせしました!」

 早。いくらなんでも早くねえか?

 ミルクティーを飲む。

 うん。午後ティーだ。早いわけだ。

 榎本のレモンティーもそうだろう。

 2人で飲んでいると一つ聞かれた。


「お二人は付き合ってるんですか?」


 ぶふぉ、とミルクティーを吹きそうになった。

「ち、違いますよ! 付き合ってません!」

「そうなの? てっきり仁美ちゃんの彼氏さんなのかと」

「違いますよ!」

 敬語を使ってるあたり先輩なのであろう。

「じゃあ、付き合う前か」

「先輩しつこいです!」

「ごめんごめん。お会計はいいから飲んだら次行っちゃいな」

 と厨房に戻っていく。

 お互い飲み終わり、店を出た。

「次はどこ行くの?」

「撮影してくれるところです!」

 ほ、ほう。そんな場所があるのか。

 場所に着くと確かにカメラやよくわからない衣装が置いてある。

「いらっしゃい!」

「写真一枚お願いします」

「って噂のイケメンじゃん! 仁美の彼氏なんだ!」

「違うけど、写真お願いします!」

「はいはいじゃあ並んで」

 言われた通り並ぶ。

「あ、そうだ」

 カメラマンの子はそう言いながら近づいてくる。

「彼氏さん彼女のコスプレって見てみたいですか?」

 んー。見てみたくないと言われたら嘘になる。

「軽い感じのやつなら見てみたいです」

「了解! 仁美借りるよ」

「え、ちょっと待って、どこ連れて行くの!」

 仁美はカメラマン引っ張られて行った。

「ちょっと着替えさせますんで目瞑っといてください。あ、もうお互い見合ってるなら変わらないか」

「後ろ向いときます」

 後ろでは、

「これ着るの!? やだよ!」

「じゃあこれは? これなら平気だよ。私が寝巻きで着てるやつだし」

「寝巻きで!? まあこれならいいけど」

 何に着替えるんだ。なんだ。

 後ろで榎本が着替えているのだろうか。

 ってことは。

 考えるのをやめ瞑想をした。

「彼氏さんいいですよ!」

 言われて後ろを向くと榎本はピカチュウになっていた。

「ほんとはメイド服着せようとしたんですけど、嫌がるんで緩い感じにしました!」

「ほ、ほう」

 かわいいからよし。

「じゃあ並んで!」

 言われて並ぶ。

「はい!ボルト!」

 カシャッと音がなる。

 なんだよボルトって。ピカチュウだからか?

「現像しますんで、待っててください!」

 彼女はそう言うとパソコンをいじる。

 榎本は自分が着ているピカチュウの服をずっと見ている。

 結構似合ってるな。

 俺はスマホを出し、榎本を撮った。

「七城くん!?」

「わり。似合ってたものでつい」

「現像終わりました! はいどうぞ! ありがとうございました!」


「お腹空きましたね」

「空いたね」

「焼きそば食べましょうか」

 どこで食べるか、見取り図を見る。

「飲食コーナーあるんだな。そこ行くか」

「いえ。そこは人目が気になります。着いてきてください」

 人目が多いのはさっきからだろ。

 言われた通り着いて行くが階段を上るばかりだ。

 最後まで登ると屋上行きのドアがあった。

「鍵しまってるな」

「今開けます」

 榎本は鍵を取り出し開けた。

「なんでお前がそれ持ってるの?」

「前に先生がスペアキー落としたって言ってて、七海がそれを見つけて今ではみんなで使いまわしてます」

「悪い子だ」

「はい。悪い子です」

 てへ、と舌を出しながら言う。かわいい。

 屋上は広かった。

 下は緑で周りには鉄の柵がある。

 一番端っこに寄り、座る。

「はい。七城くん」

 焼きそばを受け取る。

「いただきます」

「いただきます」

 2人で言って食べる。

「うま!」

「美味しいですか? よかったです!」

 そっか。これ榎本が作ったやつか。

「料理上手いんだね」

「いえいえ! 焼きそばなんて誰でも美味しく作れますよ! 簡単ですし」

 誰でもではない。俺は作れないし。

「そうか? ここまで美味しいの食べたの初めてだぞ」

「大袈裟ですよ七城くん」

「でもうまい」

 黙々と食べていると榎本は言う。

「これ、どっちか味違うんですかね」

「え?」

「私のはそこまで美味しくないです。もしかしたら七城くんの分だけが美味しいのかもしれません」

「そうなのか? 」

「確認してみましょう。七城くん、あーん」

 榎本は自分の箸で自分の焼きそばを取り、俺の口にやる。

 人目が気になるってこういうことか。

 あーん、と食べる。

「え、うまいんだけど」

「そうですか? 私も確認したいので七城くんのください」

 言いながら口を開ける。

 男性諸君なら気づいただろう。

 七城くんのくださいと言って彼女は口を開けているんだ。少し変なコトを考えてしまう。

 俺は自分の焼きそばを取り、榎本の口に運ぶ。

「美味しいです。七城くんがあーんしてくれた焼きそば」

「そっか。俺も榎本があーんしてくれた焼きそば美味しかった」

 傍から見たらバカップルにしか見えないのだろうな。これは。

 だから人目を気にしたのだろう。

 これがしたくて屋上か。かわいいなこいつ。


 食べ終わり、その後もいろんなお店を回った。

 そこでもからかわれたりもしたが彼女は途中否定したりしなかったりだった。

 そこでいろんな言葉を彼女に言われた。

 「楽しいです!」や「2人で回れて良かった」など。

 その度に俺は嬉しくなった。

 そして気持ちが強くなっていった。

 だが1つ問題がある。


 どんどん榎本のことを好きになっていくのが怖くなった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 今の時刻は17時半。

 学校の外で榎本を待っている。

 文化祭の片付けをしているそうだ。

 先に帰っててと言われたが待つと言ったのだ。

「お待たせしました!」

 走って校門を出てきた榎本は額に汗を浮かべていた。

「走んなくても良かったのに」

「でも走ったら1秒でも早く会えるじゃないですか」

「あっ」

 思わず声に出てしまった。

「あ、七城くん照れた? な訳ないかー」

 ふふっと榎本は言う。

「いや。照れた。文化祭来て思ったけどズバ抜けてるよな、顔が」

「それはいい意味ですか? 悪い意味ですか?」

「いい意味で。かわいいってこと」

 榎本は固まった。

「照れた?」

「て、照れてません!」

「そっか」

 そう会話を交わして俺たちは歩き始める。

「今日は家まで送るよ」

「ありがとうございます」

 榎本はそう返すと、

「七城くん。今日私はすごく案内をしました」

「うん」

「私から誘ったから当たり前ですけど、七城くんのために頑張って焼きそば作ったり七海から屋上の鍵を借りたりしました。頑張りましたよ私」

「うん」

「なので、ご褒美ください。手繋いでください」

 と彼女は手を差し出す。

 その差し出された手と俺の手が交わるように握る。

「恋人繋ぎだ。すごく贅沢なご褒美です」

「そっか。2人の時はいつでもするよ」

 俺は笑って言うと、榎本は

「それだと会うたびに幸せになって爆発しちゃいますよ」

「幸せが溢れるって俺はいいことだと思うんだけどな」

「そうですね。私も思います」

 彼女は笑って言う。


 その笑顔を見てなぜか俺は悲しくなった。

 そして思った。

 このままの関係の方がいいのではないかと。

 このままの関係なら、俺は傷つかない。

 そしてずっと、永遠ではないけれど幸せな時間は続くだろう。

 自己中心的な考えだが、俺はもう傷つきたくないのだと思う。

 彼女は何も悪くない、全ては俺の問題だ。

 彼女と付き合わず、このまま。

 それが今の俺の一番の理想なのだと思う。


「着いたね」

「はい。着きました」

 だが榎本は手を離さない。

「もうお別れなんですね。寂しいです」

「そう? また会えるじゃん」

「そうですけど……」

 と榎本は上目遣いで見つめてくる。

 瞳は潤っていて目で「もっと一緒に居たい」と言っているように感じた。

 俺は手を離しその手で彼女の前髪をあげた。

 前髪で隠れていた額に自分の額を当て顔を近づけた。

「え」

 彼女の息が当たるほど距離が近い。

「俺ももっと一緒に居たいよ」

「は、はい」

「でももう今日は終わり。土曜日会えるじゃん。俺の文化祭でさ」

「うん」

「ラインだってあるし、電話もかけてきて。俺からかけるのは恥ずかしいからかけてなかったけど」

「かけていいんですか?」

「いいよ。榎本の声聞きたくなる時があるからさ。結構な頻度で」

 彼女の額が熱くなるのを感じた。

 空いていた手で彼女の柔らかい頬に触れる。

「顔真っ赤。柔らかいんだね」

「ふぁ、ふぁあぁああああああああ」

 プシューーーーと顔から蒸気を出し俺と距離を取った。頸

うなじ

を切り取られた巨人のようだ。

「はい。楽しみにしてます! では私はこれで! 土曜日楽しみにしてます!」

「うん。じゃあね」

 榎本は鍵でドアを開け家に入って行った。

 今日も榎本は可愛かった。

 でも、やっぱり別れは寂しい顔をしていた。


 俺はその後いつも通り電車に乗り家に帰った。

 さっきまで思っていたことを思い出す。

 このままの関係の関係の方がいいと考えていたな、俺は。

 前言撤回。

 俺は彼女と恋人になりたい。

 心の底からそう思った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ドアを閉めて家に入った後、私はすぐに崩れ倒れた。

 七城くんのおでこが私のおでこに……。

 自分の頬にも触れる。

「や、柔らかいって言われた。顔真っ赤なのも見られた。しかもあんな近距離で」

 それも七城くんの息が当たるほどの。

 あと七城くんに言われた嬉しい一言。

 「俺ももっと一緒に居たいよ」

 きゃああああ! やばい! ドキドキ止まんない! 死ぬ! 私は今死ぬかもしれない!

 そう思いながらお風呂に入る。

 今日は湯船に浸かるのはやめておこう。

 今湯船に浸かるとのぼせてしまうかもしれないから。

 お風呂から上がって髪を乾かしてすぐベッドに潜る。

 そういえば七城くん、電話してもいいって言ってたな。

 もう声聞きたくなったなんて言ったら引くかな。引くよね!

 でも聞きたい。

 この気持ちはどうすれば……。

 電話かけていいって言ったのは七城くんだもんね。うん。責任を取ってもらおう。

 私は七城くんにラインで電話をかける。

 1コールもしないうちに出てくれた。


「もしもし」

『もしもし』

「どうしたの?」

 聞かれて戸惑ったが正直に言うことにした。

「七城くんの声が聞きたくなりました」

『奇遇だね。俺も榎本の声聞きたくなってた』

 わわわわわわわ。

「そうですか。ならよかったです。今忙しかったですか?」

『ううん。でも今風呂に入ろうとしてたとこ。ちょうど服脱いでたとこ』

「ふ、服を!?」

『うん。どした?』

「い、いえ! 失礼しました!」

 私は通話終了ボタンを押してスマホを閉じた。

 服脱いでるときに電話しちゃった……。

 ダメだ考えるな、考えるな〜!


 自分に言い聞かせていると私は寝ていた。

 そしてまた夢を見た。

 今回は私と七城くんが2人っきりの世界で楽しそうに話していた。

 お互いに好きを交わし、き、キスをして。

 そのまま……。


 私はえっちな子だ。

 七城くんに嫌われてしまうかもしれない。

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