第4話「償いの日曜日」

『すみません、待ち合わせ13時から14時にずらしていただけないでしょうか……?』


 そんなラインから始まった昼の12時半。

『いいよ。ゆっくりでいいからね』

 と送り、スマホを置き椅子に座る。

「あぶねー、家出る前でよかった」

 お得意の独り言を呟き今日どこにいくのかを考える。

 映画館は行ったし、服も見たしな。

 昨日の「俺に興味ある」って発言も気になるなぁ。俺のこと好きなのかな。

 確かかっこいいとか言ってたな。

 立ち上がり鏡の前に立つ。

「うん。安定のブサイクだ」

 俺はもっと塩顔に生まれて来たかった。今はもうどうでもいいけど。

「ゲームでもやるか」

 iPadを開きFPSゲームをやる。お、こいつ強いな。全弾ヘッドやん」


 ゲームをやってる時の時間の流れは早い。

 いつのまにか13時50分になっていた。

「嘘だろやらかした」

 こめかみに手をやりすぐさま靴を履く。

 ライン♪と音がなりスマホを見る。

『本当にごめんなさい。もう家出ちゃいましたか?

出てますよね、ごめんなさい、あと15分待ってください、、』

『ゆっくりでいいからね』

 なんか助かったようだ。

『じゃあ、ゆっくり準備するので14時半に待ち合わせでお願いします、これが変更ラストです』

『了解笑』

 よし今すぐ家を出よう。

 すぐさま家を飛び出し、篠水駅に向かった。


 10分前に着いたがまだ榎本さんの姿はない。自販機で水を買い飲みながら待つ。

 今日の天気は曇りだ。天気予報では洗濯物が乾きにくいと言っていた。

 パズルゲームでもやるか。

 スマホを取り出しついでに時間を確認すると、既に14時半ぴったしだった。

 時間の流れ早、水飲んでただけなのに。体感2分しかすぎてない。


「お待たせしました、ごめんなさい!」


 全然いいよ、と言おうとしたがその言葉は出てこなかった。

 榎本さんの服装に見とれてしまったのだ。

「その服」

「あ、はい! 七城さんに選んでもらったもの着てます! 今日天気悪くて1日中干しても半乾きで、あと1時間あれば乾いてくれるかなあって思って待ち合わせ時間ずらさせていただきました。ごめんなさい」

「う、ううん! 気にしないで。イヤリングもつけてくれてるんだね」

「はい! 七城さんのファッションセンスすごいです! めちゃくちゃ合いましたよこの服に!」

「そっか。ならよかった」

 だが一つだけ訂正したいことがある。俺はファッションセンスは一欠片も持ち合わせていないのだ。ファッションセンスあったらこんなダサい服装していない。

「じゃあ行きましょうか」

「今日はどこに行く? 着いてくよ」

「いえ。今日は七城さんに決めてもらいます」

 え? 俺が決めるの?

「なので今日は私が七城さんに着いていきますね」

 ひょこひょこ歩き俺の隣に来る。近い近い。

 少し照れていると見覚えのある奴が目の前に通った。

 今一番、俺が見てはいけない人だった。茶髪のロングの……。

「榎本さん、行くよ」

 早く移動したかった俺は榎本さんの手を引きエスカレーターを歩いて降り改札を通る。

「ど、どうしたんですかいきなり」

「あ、ごめん」

 言いながら手を離す。

「手を握ってくれたのは素直に嬉しかったけど突然すぎますよ」

 嬉しかったのかよ。

 やっぱりこの子俺のこと好きなの? こんな可愛い子が俺を?

 振り向き榎本さんの顔を見ようとした時、電光掲示板に映った今日の日付を見た。

 7月29日。よりによってあいつを見かけた日がこの日付かよ。神様も最悪だな。

「榎本さん、今日は俺が行く場所決めてもいいんだよね」

「はい! 今日は私が着いていきますよ!」

「わかった。じゃあ着いて来て」


 俺と榎本は電車に乗った。

 2人で並んで座り雑談をする。


「榎本さん、オムライスは好き?」

「はい! 好きですよ」

「ん。そっか」


 今から行く場所は榎本は楽しめると思う。

 でも今から行く場所に、この日に、あいつの代わりとして、榎本を連れて行く俺はつくづく思う。


 最低な男なのだろうな、俺は。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「すごい! 水の街だ!」


 都内にある有名な場所に着いた。

 ここは水の街と呼ばれており、有名な人たちが手を組んで作った水で輝く街だ。

「ここ有名ですよね! 確かカップルとかが……」

「そうだね。カップル多いね」

「七城さんは、ここに来たことあるんですか?」

「ないよ。榎本さんが初めて」

 笑顔で言うと榎本さんも笑って言う。

「そ、そうなんですか。私も初めてです」

「そっか。じゃあ初めて同士だ」

「えっ。あ、いや、あ、そうですね。はい。うん」

 ちょっと意味深な感じでいうと戸惑って下を向いてしまった。かわいいな。

「こっちのコーナーも行ってみようか」

「は、はい。着いていきます」


「すごい! 水の風船だ!」


 子供みたいにはしゃぐ榎本さんはまさに子供だった。

「七城さん! すごい、下にライトも付いてますよ!」

「綺麗だね」

「うん!」

 はしゃぎながら下に設置されている複数の一つのライトを踏み、光か通らないようにしている。やることが子供だな。

「七城さんもこっちこっち!」

「はいはい」


「そこのお二人さん! 写真はいかがですか?」


 声をかけられて足を止める。

 カメラを持った従業員が居た。

「このカメラで撮るとすごく綺麗に撮れるんですよ。美男美女カップルだなんて絵になるなあ。どうですか一枚!」

 そう言われて榎本さんが戸惑う。

「違います、私たちはカップルじゃ」

「一枚お願いします」

「ありがとうございます! じゃあ二人ポーズ取って! もっと顔近づけて!」

 言われた通り俺は顔を近づけた。近づけた分榎本は顔を離すけど。

「写真写らなくなっちゃうよ」

俺は榎本さんの逃げる頭を右手で抑え左手でピースをした。顔の近さは頬が若干触れるぐらい近かった。

「ありがとうございます! 写真本当は1枚1000円なんですけど美男美女カップルで絵になったので2枚で千円にします! どうですか?」

「ありがとうございます。じゃあお願いします」

「写真は帰りのカウンターで受け取れます! お会計もその時に一緒に」

「わかりました」

 会話が済むとカメラマンの従業員は去っていった。

「榎本さん、ごめんね。いきなり顔近づけたりして」

「いえいえ、幸せでした」

 うん。これやっぱり俺のこと好きだわ。

 俺もドキドキしたなあ。かわいい子と顔近づけられるって俺も幸せ者だな。

「そっか。もういい時間だね。ほとんど見たし写真買ってご飯食べに行こっか」

「はい!」


 カウンターで写真を買い榎本さんに一枚渡した。大事そうに抱えてニコニコしている。


 その後俺たちはレストランに向かった。

「今から行くところはね、オムライスが美味しいところなんだよ」

「そうなんですか。詳しいですね」

「まあね」

 本当は今日ここに来るはずだったんだからな。あいつと。

「七城さん、どうしました? ぼぉっとして」

「ううん。なんでもないよ」


 そうこう話してるうちにレストランに着いた。


「うわ、高い……」

 榎本さんはメニュー表を見て目を丸くしている。

「値段は気にしなくていいから、食べたいの食べて」

「じゃあさっき七城さんが言ってたオムライスを……って一番高いじゃないですか」

「気にしなくていいって。すみません」

 礼儀正しい店員がきた。

「特製オムライスを二つください」

「かしこまりました」

 一礼をしてから去る姿はプロのものであった。

「七城さん、やっぱりやばいお店なのでは……。ここ都内ですし」

「気にしないでってば」

「気にします! まだ付き合ってません!」

「まだ、ね」

 俺がそう返すとはっ、となり俯いて黙ってしまった。

「そうだ、俺に興味あるって言ってたよね。あれってどういう意味でかな?」

 大体は察しているがあえて聞くことにした。

「鈍感」

 ボソッと呟き姿勢を直して言う。

「今年の7月の1日、私は寝坊しました。

学校が始まる時間に起きて、もういいやってなりました」

「うん」

「で、もうどうせ遅刻だからいいやって思って行きにコンビニに寄ったんです。その時に店員だった七城さんに出会いました」

「ほう」

「いらっしゃいませってすごくいい笑顔で言われて、やべ私かっこいい人に会っちゃったって思ったんです」

「俺もすごいかわいい子が店に来たって思ったよ」

「ええ!? そんな、かわいくはないですよ」

 両手を振りながら榎本さんは否定する。あるあるだな。

「いいから続けて、かわいい榎本さん」

「むぅ。それでサラダパスタとジュースを買ってありがとうございました、って七城さんに言われて店出る時心臓バクバクしてたんですよ」

「うん」

「その日から私はたまに故意的に遅刻するようになりました」

「なんで」

「七城さんに、また会いたかったからです」

 ニコッとしながら榎本さんは言う。

 正直やられた。ドキッとした。やっぱりこの子俺のこと好きじゃん。やば。

「たまにいない日もありますけど、いる日だとあたりだあ! って思って。また会いたいなあとか思ってました。なのでもう七城さんでもわかるそーゆー興味です。わかりましたか?」

 少し照れながら彼女は確認するように言う。

「俺のこと好きってことでいいんだよね」

「はい。一目惚れです」

 榎本さんは認めた。

「そっか」

「七城さんは今お付き合いされてる方とかいますか?」

「いないよ。いたらこんなことできないでしょ」

「それもそうですね、よかったです」

 笑って榎本さんは胸を撫で下ろす。


「お待たせしました、特製オムライス2つです」


 オムライスが届き、「いただきます」と声を合わせる。

「美味しい。すごい美味しい!」

「そっか。よかった」

 確かに美味しい。

 卵がトロッとしていて家で作るものとは別格だ。


 食べ終わり、会計を済ませ店を出る。

 現在の時刻は19時2分だ。


「ご馳走様でした」

「いえいえ」

 返事をした俺はまず空を見た。

「雲ないね」

「そうですね」

「うん、絶好の日だね」

 え? と榎本さんは首を傾げている。

「榎本さん、門限とかあるかな?」

「うちは放任主義なので特にないですよ。お父さんが家にいるときはうるさいですけど、今は出張中なので大丈夫です!」

「そっか。もう一つ行きたい場所があるけどいいかな?」

「はい! どこでも!」


 電車に乗りとある駅で降りる。

「乗り換えるよ」

「了解です!」

 手でピシッと作り後ろをついてくる。


 着いたのは都会も都会。八本木だ。

「すごいですね! キラキラしてます!」

 夜は年中ライトアップだからな。さすが都会と言ったところか。

「行くよ」

「はい!」

 隣り合わせで歩いていると榎本さんがそわそわしている。トイレかな? でもレストランで行ってたしな。

 考えていると榎本さんは言った。

「七城さん」

「はい七城です」

 言いながら彼女の顔を見ると真っ赤に染まっていた。夜だから涼しいはずなのに。

「手、繋ぎながら歩きたいです」

「いいよ」

 榎本さんの手を引き、歩き始める。

「んー、幸せ」

「そんなに?」

 榎本さんは片手を頬に当て幸せそうな顔をしている。俺なんかで。

「初恋の人とこうして手を繋いでキラキラしてるところを歩いてるんですよ。幸せに決まってるじゃないですか」

 ニコッと笑いながら俺を見る。

 それを聞いてびっくりした。

「今まで彼氏とかいたことないの?」

「ないですよ」

 榎本さんは言い切った。

 ないのか、こんなにかわいいのに。

「七城さんは今まで」

「着いたよ」

 俺は話を遮るようにして言った。

 その質問はされたくないし嘘もつきたくないからだ。

「八本木ヒルズだ!」

「来たことはあるでしょ?」

「はい。でも何年か振りなので嬉しいです!」

 中に入り、エスカレーターに乗り上に行く。

「展望台?」

「そう。展望台。そこ行くよ」

「え! 絶対綺麗じゃないですかそんなの」

「楽しみにしてて」

 そう言って展望台の受付に行く。

「並んでますね」

 チケット売り場には長蛇の列が出来ていた。

「こっち」

 榎本の手を引き、隣の受付に行く。

 そこでチケットを提出する。

「特別チケットをご購入頂きありがとうございます。こちらです」

 と案内される。

「特別チケットってなんですか?」

 背伸びをして俺の耳元で囁き聞いてくる。いい匂い。

「まあまあ」

 誤魔化しながらエレベーターに乗る。

「耳がきゅーしてます」

「鼻押さえながらふんって息吹くと治るよ」

「ほんとだ! 治った!」

 そんな会話をしているとチン、と音がなった。着いたか。

エレベーターから出るとガラス張りの夜景が広がっていた。

「すごい!」

 真っ先に榎本さんはスマホを取り出し、写真を撮り始める。

「それって後で見返すの?」

 俺もスマホ持ちたての時はたくさん撮っていたが見返すことがないことに気づき、夜景などは撮るのをやめた。

「見返しませんね!」

 やっぱり。

「でも、ツーショットなら見返すので撮ってもらえませんか?」

 ぐはっ。

 なんだこのかわいい子は。人間なのか。

 そんなのあいつ転々に言われたことないぞ俺は。

「いいよ。撮ろっか」

 隣に立ち、膝を曲げ身長を合わせる。

 榎本さんは腕を斜め上に伸ばしてスマホを調整する。


「撮りますよ。はいピース!」


 カシャ、とツーショットを終える。

「一周しよっか」

「うん!」

 と俺より早く歩き写真を撮りながら見つめている。

「綺麗だなあ。見てみて七城さん! 東京タワー見える! こっちにはスカイツリーも!」

「ほんとだ、見えるね」

 どうしよう、光ってる街だけだからどこも同じ景色に見えてきた。


「綺麗だったなあ」


 榎本さんは満足しているようだ。

 だが、

「満足するのは早いよ。まだ上がある」

「そうなんですか!」

 ちょっと歩きスカイデッキ行きのエレベーターの前に行く。チケットを渡すと案内された。

 再びエレベーターに乗り上に上がる。

 榎本さんは鼻をつまみながらふんっとしている。

 上に着き、ドアが開くと風が押し寄せた。

 このスカイデッキは屋根もなく壁もない、手すりしかない場所なのだ。

 俺は榎本さんの手を握りながらエレベーターから出た。

「空見て」

 榎本さんは上を向いた。

「きれい!」

 榎本さんは微笑んで俺の顔を見ながら言う。

「よかった」

 榎本さんは一旦俺の手を離し、恋人繋ぎに変えてきた。

 恋人繋ぎのまま一番端まで歩くと撮影スポットがある。東京タワーをバックに撮ることができるのだ。

 俺は膝を曲げ、スマホを手に腕を伸ばし高さを調整する。

 榎本さんは風で乱れた髪を治して俺に顔を近づける。

「はいピー」

 ス、の前にシャッターを押した。

「七城さん早いですよ!」

「素の榎本さんもかわいいからさ。ごめんね」

「そう言われると責める気無くなります」

 榎本さんはむぅ、となりながら言う。

「あの、七城さん」

 手を前にして改まっている。

「なに?」


「初めて会った時から好きでした。大好きです。付き合ってください」


 頭を下げて言ってきた。

 榎本さんは顔を上げ、俺の目を真剣な目で見つめている。

 正直、最初会ったときはかわいいなとしか思わなかった。

 でもこうやって昨日や今日みたいに2人で出かけるとわかったところがたくさんあった。

 子供っぽいところとか、照れるところとか。

 色々わかった。

 その全てにドキドキさせられた。

 俺は昨日の時点でこの子に恋をしている。

 ならこの告白を断るわけがない。

 俺は彼女と付き合って、幸せにしよう。


「俺も榎本さんのこと」


 好きだよ、と言おうとしたが、言わせないと言わんばかりの吐き気が俺を襲った。

 同時に胸が痛くなりその場に跪いた。

 地面に顔をつけ、必死に胸を抑える。


『本当にいいのか? この子と付き合って』


 声が聞こえた。自分の声だ。


『前の女を思い出せ。浮気をされて、使われて。最後は裏切られたじゃねえかよ。女なんて嘘の塊だ。違うか?』


 違う。この子は違うと思う。


『と思う? なんだそれ。まだちゃんと関わって2日だろ? それでなにがわかるんだよ。また裏切られて悲しみたいのか? ドMかお前は』


 違う。この子はあいつじゃない。


『あいつじゃなくとも浮気はできるぞ? 女ってのはそうだろ。すぐ飽きる生き物なんだぞ女なんて』


 違う。


『違うしか言えねえのかお前は。まだこの子の事全部わかっちゃいねえだろ。なんでわかる』


 俺はこの子を信じてる。


『確か元カノの時もそうだったよな? 一回浮気されて「もうしないから」とか言われて。それを鵜呑みにしてお前は許した。結果3回も浮気されたじゃねえか』


 ……。


『言葉も出なくなったか。いいか? これはかなり大事な決断だぞ。一時の好きに流されるな』


 その言葉を最後に吐き気と胸の痛みは治まった。

 それと、声も聞こえなくなった。


「七城さん! 大丈夫ですか? 汗ひどいですよ」

 顔を上げると榎本さんはハンカチで俺の顔を拭いてくれた。

「ありがと。もう大丈夫だから」

「もう帰りましょう。顔色悪いです」


 電車に乗り、席に座る。

「今日も篠水まで送るよ」

「いえ、七城さんはまっすぐ帰ってください」

「もう平気だからさ。このデートは俺が榎本さんに嘘をついたお詫びなんだからさ。それに」

 周りには人もいる。恥ずかしいから聞かれたくない。

 俺はスマホを取り出しラインを開いた。榎本さんのトーク画面を開き送った。


『見送るまで一緒に居たい』


 榎本さんはスマホを開きそれを見て俺に言う。

「特別ですよ。その代わり帰ったらすぐ寝てください」

「わかった」

 榎本さんは俺の手を握ってくる。それも周りに見えないように。


 俺もその手を握り、彼女の手の温度を感じた。


 篠水駅に着き、榎本さんは改札を出る。

 俺も後に続くように出る。

「え?」

「言ったでしょ。一緒に居たいって。だから家の前まで送る」

 エスカレーターに乗り、外に出る。

「バイト行く時思い出すなあ」

「憂鬱ですか?」

「憂鬱だね。でも榎本さんが来た時は癒されたね」

「毎日行こうかな」

「学校は遅刻せずに行きなさい」

「はい……」

 会話をしながら恋人繋ぎしながら歩く。

 これだけで幸せだ。手を握らせてくれるだけで。

「七城さん。ここで相談なんですが」

「ん?」

「私のことさん付けで呼ぶのやめません? 私年下ですし。榎本だけでいいです。仁美でもいいですよ」

 仁美、か。考えるだけでも照れるな。

 まだ付き合ってないし榎本にしとこう。

「榎本でいいかな?」

「はい! 榎本で!」

「じゃあ、俺のことも七城とか悠人でいいよ」

「それは無理ですので、七城くんって呼んでいいですか?」

「いいよ。大して変わらないだろうけど」

「変わりますよ。さんとくんじゃ全然。くんの方がちょっぴり特別な感じがします」

 俺の顔を笑顔で見つめて言う。

「七城くん、七城くん、ふふ。なんか恥ずかしいです。でもやっぱり特別な感じがして良きです」

「そっか。なら良かった」

 そう答えると榎本の足が止まった。

「ここです」

 榎本の家は駅から少し歩いた場所にある一軒家だった。ここバイト行く時通るんだけど。

「送ってくれてありがとうございます」

「全然。送らせてくれてありがと」

「なんで!?」

「一緒に居たいっていうわがままをギリギリまで聞いてくれたからさ」

「そんなのわがままじゃないです!」

 そっか。わがままじゃないんだ。

 やっぱり違うな、あいつと。

「じゃあね」

 俺は手を離しその手を振る。

 後ろを向き、歩き始める。


「七城くん!」


 呼ばれて振り向く。


「私、返事いくらでも待ちますから! 何回でもデート誘いますから! 誘ってもらえても喜びますから!」


 うん。違う。

 やっぱりあいつとは違うな。この子は。


「わかった。絶対誘う。榎本も誘ってね」

「はい! 絶対誘います!」

「じゃあ」


 今度こそ俺は駅に向かった。


 家に帰り風呂に入る。

 上がって速攻でベッドに潜る。

 言われた通り早く寝ることにしよう。

 その前に榎本に今日撮ったツーショットを送っておこう。

 その後、少しだけ会話をし、俺のおやすみスタンプで会話が終わった。


 寝る前に今日のことを思い出そう。そしたらいい夢が見られるかもしれない。

 考えていると眠気が襲ってきた。

 やばい、早く考えないと。

 そうだな。

 一つ、思い浮かぶとしたら。


 今日が今まで一番幸せなデートだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ただいま〜」


 私はドアを開けて家に入る。

「仁美! 今の男誰!? 彼氏!?」

 目を星のように光らせて聞いてきたのは私のお母さん。二階の窓から見てたのかな。

「彼氏じゃないよ」

「じゃあ付き合う前か! 返事待ちますから! って言ってたもんね! この乙女〜!」

 聞かれてたんだ。そう思うと恥ずかしくなってくる。親に聞かれるとは……。

「うるさいなあ! 私もうお風呂入って寝るよ」

 お母さんを素通りしてお風呂に入る。

 お風呂の用意するためにタオルを出す。そのためには手を洗わなければ。

 ……洗いたくないなあ。

 今日は何回も七城くんと手を繋いだ。

 しかも両手、今日くらいは洗わずに取っておきたい。やばいかな私。

 でも次会う時に汚い手だと嫌われちゃうから洗うことにした。

 髪と体を洗って湯船に浸かる。

「ふぅ……気持ちいい」

 ちょっと髪伸びてきたかな。七城くんはショートとロングどっちが好きなんだろ。

 七城くんに会うまではロングだったなあ、そういえば。バッサリ切った後に会ったんだっけ。

「ふふ」

 七城くんとの出会いを思い出すだけで頬が緩む。

「やっぱり好きだなあ。七城くんのこと」

 好きを再確認してお風呂から出る。

 服を着て髪を乾かす。

 そしていつも通りベットに入って寝る用意をします。

「あ、そういえば」

 一つ思い出したことがあった。

 私が……その、人生初の告白をした時、七城くんはなんて返事をしようとしたのだろう。

 「俺も榎本さんのこと」までは聞こえた。

 俺もってことは、好きだよって言おうとしたのかな。自意識過剰かな。

「むぅ」

 その時に七城くんが倒れ出した時はびっくりした。

 本気で苦しんでた。

 小さい声でなんか言ってたし。聞こえなかったけど。

 何か病気とかあるのかな。

 過去に見た映画で初恋の人が病気持ってて余命後わずかとか、そんな作品があった気がする。リアルでそれになったら辛いなあ。

「なんか送ろうかな」

 私は七城くんのトーク画面を開いて文字を打つ。

『今日はありがとうございました! また誘います! 誘ってくれてもいいですからね』

 うん、やめとこ。

 トークを消してスマホを閉じる。

 具合悪そうだったし、もしもう帰ってて寝てたりしたら迷惑になってしまう。

 ライン、と音がなって通知が来た。

 七城くんが画像を送ってきた。

「あっ」

 今日スカイデッキ撮ったツーショットだった。

 私幸せそうだなあ。

 私も今日一緒に撮ったツーショットを送った。

『今日はありがとう。楽しかった!途中で具合悪くなっちゃってごめんね。デートが楽しみすぎて寝不足だったんだ。また誘って。俺も誘うけど』

 ふわあああああああああああああ。

 だめだ、頬が緩むよ。七城くんやばいよ。

『はい!デートが楽しみで寝不足だったんですか、可愛いです。また誘いますし誘ってください!おやすみなさい』

 と送ったら七城くんはおやすみスタンプを送ってきた。

 それで会話は終わった。

 あ、そうだ。

 今日七城くんに水の街で買ってもらった写真を見る。これも私幸せそうだなあ。

「この子が七城くんか。2階から見てもイケメンだとは思ってたけどやっぱりイケメンね。いい男見つけたじゃない!」

「でしょ! かっこいいだけじゃなくて優しいの! 色々ドキドキしすぎて……。ってお母さん!」

 いつの間にか部屋にお母さんが侵入してきていた。

「早く出てって! 寝るんだから!」

「はいはい、出て行きますよ」

 お母さんはドアを開け出て行く前に言った。

「子供は結婚してからにしてね。それまでは気をつけなさいよ〜!」

 んっっっっっ、、、、。

 お母さんが出て行った後、私は1人で考えた。

 そっか。付き合ったら、あ、あ。

 付き合ってからすることと言って思いつくのがデートだけだと思ってた私はまだ子供だった。

 そうだよね、お母さんの言ってることは間違ってないよね。うん。

「でもまずは付き合わなきゃ! アプローチ頑張らなきゃ」


 どうやってドキドキさせようかなって思いながら私は寝た。


 そして夢を見た。

 その夢を見て思った。


 私は変態なのかもしれない。

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