グルカントの家族
タチアナは、夕方までフルに働いてフラフラだった。
豚から、牛から、羊から夕食用の鶏の締めまでやりこなし。
モルファーム村の家での仕事のほうが楽だった。
しかし家で仕事をこなしても、家族を助けるだけで一ギニーにもならないが、白晶城で働けば現金になる。
これが、母がタチアナを城勤めに出した一番の理由である。実際は口減らしになることも知ってはいるが。
「こっちに来な」
女性だが親方のエルナがタチアナを呼んだ。
「その裾が泥だらけのドレスだったらハスラム卿どころか全部の
渡されたのは、きれいなお仕着せだった。タチアナが男の料理人がせっせと働いている中モゴモゴ着ていたドレスを脱ぎ、下着一枚になって着替えた。
調理部屋はモアモア蒸気が立ち上り着替えるのには丁度よい。
「若さってのは良いもんだね。あんたみたいな器量でもなんとか見栄えがするもんだ。レクシアみたいにお手付きがあるかもよ、いひひっひひ」
エルナは下品に笑った。
「それに私だって、若い頃は給仕で晩餐室に上がったもんだよ」
タチアナはなんとなく、年を取り中年となりありとあらゆるところがたるんできているエルナの顔をじっと見てしまう。
自分もこうなるのだろうか?。
「さぁ、このテーブルに置いてある順番に二階の晩餐室に皿を持っていくんだよ、わかったかい。万事は給仕長のソネアの言うとおりにして。それからあんたはキョロキョロしがちだけど、絶対目上の人と目を合わせちゃいけないよ。ここは村じゃなないんだから、皆自分より偉いと思わなきゃいけないよ」
ソネアなる背だけはスラッとして見栄えのする目の細いキツそうな給仕長がタチアナを見る。
極々、かんたんな打ち合わせを行いざっとした流れをソネアがタチアナに説明する。
「私の言い付けを一言でも守らないと後でとんでもない目に合わせてやるからね」
ソネアが言った。目がマジだ。
「はい」
タチアナの返事は色んな意味で小さい。
「さぁ、行っといで」
エルナが言った。タチアナはやっぱりおおきなお皿は任されなかった。銀の小皿を運ぶ。顔がうつるほどピカピカだ。家の皿などザラザラの陶器と木をくり抜いたボールだ。タチアナは自分で言うのもなんだが、あまり見栄えのする顔ではない。
器量が良くないのは自分でも知っている。モルファ村でも美男と美女から順番にカップルになっていった。
しかし、晩餐室に行くのはめちゃめちゃ楽しみだ。貴族様との淡い恋なども想像して昨日の晩はあまり良く眠れなかった。
タチアナは、エルナと同じひっつめ頭もきっちり整えさらに枝毛も含めてひっつめる。
晩餐室は長剣を腰にぶら下げただけの簡易装備の衛兵が扉を開けて待っていた。
日が落ちるとこの季節、カルカルラ地方は冷たいネヴィアと呼ばれる風の女神が息を吹き出し急激に冷えこむ。
木製の雨戸は締めてある。晩餐室の中は蝋燭のあかりだけで予想以上に暗い。
一人の黒髪と黒ひげの黒い太い眉毛の大男が晩餐室細長いテーブルを縦にしてi一番奥に座っている。
カルカラ地方三州の総督にして白晶城の城主、グルカント・ハスラムだ。
座っているだけで大男なのはわかる。なにより圧力を感じるほどの威厳だ。
ここは、政務や謁見の間ではないが背後の壁には<白きライオン>を表した巨大なタペストリー、一体何人の老女で編んだものなのだろう?。
そして、グルカント・ハスラムを挟むように縦長のテーブルの側面、ハスラム公の右手に、レディー・ハスラムこと、イヴォキア・ハスラム。晩餐室が蝋燭の明かりのみで暗いせいもあるが、年齢不詳で美しい。髪は大きく上に盛り上げ、舟形の帽子。 胸元の大きく空いたドレスを着てそこには大きな胸の谷間が存在する。
村の誰もが知っていてタチアナでも知っている、あだ名は<淫乱公女・イヴォック>、レディ・ハスラムとなるに至るまでに幾度の結婚、恋愛、出産を繰り返し、産んだ子は十指に足らないと言われている。
そのレディ・ハスラムの正面には、ハスラム公の正式な長男、フェヴィアント・ハスラムが座っている。見るからに弱々しげな子供だ。年の頃は十二歳。
フェヴィアントの左隣、ハスラム公からは離れるが着座しているのは次男のエルグント・ハスラム。八歳。こちらは兄とは真逆に足をブラブラさせキョロキョロ。父親似でエラの張った真四角な顔をしている。
そこから、かなり、末席に離れて着座しているのが、リリック・ザ・バスタード。
この者はハスラム家の人間ではないということを思い知らされるようにエルグントから大きな間隔が開けられて着座している。
背は高いがひょろひょろで『爪楊枝のリリック』と呼ばれている。十七歳。
タチアナがハスラム家の面々に見とれていると肘鉄がどすっと銀製の皿を落とさない程度にタチアナの脇腹に入った。
「私の目で合図したとおりにやるんだよ、このグズ」
給仕長のソネアである。すべてはこのソネアの合図と差配一つで決まるようである。
他にも給仕する女性に押されたりなんかして気がついたらタチアナは一番末席のリリックの給仕をすることとなった。
タチアナはリリックの席の斜め後ろに立つ。
五人分の料理は結構大量だ。それに城主、
メイン・ディッシュのカモの腹にロットン・ベリーを詰めた丸焼きだけは家長のハスラム公が取り分けるので、でんとテーブルの真中に置かれる。
貴重なロットン・ベリーが張り裂けんばかりにカモの腹に詰め込まれている。
『一体、何人で何時間かけて拾ったんだろう?』
とタチアナがぼーっときつね色のいい色に焼かれたカモの姿を見ているとほぼ殺意ともとれる突き刺さる視線をソネアが送ってきた。
小川の土手に生えるパルチダック・ウィードとフィンガー・キュロットの前菜はとりわけられたのがタチアナの横に小さなカートに載せられ置かれていた。
「
タチアナが背後から小さな声で尋ねる。
「僕は、
その声は小さく、若干苛立ちと怒りに満ちていた。おそらく幾度とくり返されてきた呼びかけなのだろう。
そうリリックは答えると、ゆっくりタチアナの方に振り向いた。
タチアナはこんな近くで貴族と対面したことはない。
タチアナは顔が真っ赤になった。
リリック・ザ・バスタードは背はそれほど高くないが、とにかくなにもかもが細い。
身体も、腕も、顔も、そして目も開いているのかわからないぐらい細い。<爪楊枝公>や<爪楊枝のリリック>と呼ばれても仕方がない。
しかし、タチアナは気付いた。リリックの目の色が赤であることを。
「たっぷりだね。パルチダック・ウィードもフィンガー・キュロットも好みだ」
そうリリックは続けた。
「うえーっ、キュロットーっ」
不味そうに、幼いエルグントが付け加えた。
「
同席していないが、エルグンとの後ろに控える養育役の侍女がエルグントをたしなめる。
キュロットはともかく、パルチダック・ウィードは村の平民でも苦いので嫌がるものが多い。
「お前は、そんなに野菜ばかり食べているから、十七だというのにそんな細身なのだぞ」
思わぬところから声が飛んできた。グルカント・ハスラムである。
「これは、父上。リリックはカモ肉もたっぷりいただきまする」
「うむ、後で取り分ける。リリックお前は強くなりフェヴィアントに仕え守らなければならぬ」
リリックがフェヴィアントを見る。がフェヴィアンとは目線すら合わせない。
「そのとおりですわ」
イヴォキアである。女性なのにものすごい枯れた声をしている。一方でタチアナはせっせとリリックの銀食器にパルチダック・ウィードとフィンガー・キュロットの山を築きあげている。
「父上はご存知でしょうか?今日の剣術稽古でサー・ロランをこのリリックが打ち負かしたことを」
「夕方前にサー・ロランが剣術指南役を辞任したい意向を伝えてきたが、留め置いた。ロランといえば、数年前にスチュワードからナイトに叙任したばかりではないか、まだ若く息子たちとも年が近いゆえに指南役を任したのだ」
「リリックがナイフでサー・ロランを負かした僕見た」
エルグントが言った。
「家令のシャットランドによれば、フェヴィアントはサー・ロランのことを気に入っておる様子だが、、、」
グルカントが語尾を濁した。子供の剣術指南役だと興味がない様子である。
「殿方のなさることは存じませんが、胸にナイフを隠すなんて少し卑怯ではなくて、あなた?」
イヴォキアが夫に向かい尋ねる。
「いや卑怯ではない。剣術とは申せ、
リリックは前菜をむしゃむしゃ食べながら、言った。
「胸にしまった抜身のナイフは稽古の動きの最中いつ自身の胸に刺さるか気が気ではありませんでした。父上も私という抜身のナイフを胸中に置いていなさる。そうとうの胆力だとお見受けいたしまする」
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