第5話 警備隊

 気が向いたら、とは言ったものの、あの様子では案内の仕事など無いだろう。そう思っていたのに、シャイラは朝から教会に呼び出された。風の魔法で運ばれてきた手紙を読んで、隠すことなくため息をつく。朝食もまだだというのに。


 魔物が蔓延る街の外を、徒歩で国境から抜けてきた少年。濃い精霊の血を引く戦士。強いと分かっている〈精霊の子〉に、シャイラだって興味が無い訳ではない。風の精霊の加護が強いアリアネス帝国に生まれ育ったのだから。


 けれど、虫除けのためだと明言されている仕事にやる気が湧かないのは当然のことだ。


 教会は何か勘違いをしている。確かに案内役の娘たちは、街の外から来る客たちに出会いの場を求めることもある。けれどそれ以上に誇りを持って仕事をしているのだ。このシーレシアの街を愛しているからこそ、務まる役目だ。


 そして時にはそういう「勘違い」をする客から身を守るため、案内役は警備隊の所属となっているのだ。


 あの少年――フィスクが騒がれるのを嫌うだろうことは目に見えている。だから教会がシャイラを指名したことは間違いではなかっただろう。ただ、案内役に対する偏見が透けて見える気がして、どうにも不愉快な気分だ。それを表に出すことはしないけれど。


 むっすりと頬を膨らませたまま、ウィンスのパン屋で朝食代わりのサンドウィッチとクッキーを購入し、シャイラは教会へ向かった。


 礼拝堂に足を踏み入れると、何もないだだっ広い空間で朝日を浴びたアロシアが、一心に祈りを捧げていた。フィスクの姿は見えない。


 フィスクを傭兵ギルドと警備隊に案内してほしい、という要件だったはずなのだが、肝心の客がいなければどうしようもない。シャイラが周囲を見渡しながらアロシアに近づくと、石の床を歩く足音で気づいたのか、声をかける前に彼女が振り返った。



「シャイラさん、おはようございます。朝からお呼び立てしてすみません」



 申し訳なさそうに眉を下げるアロシアに、シャイラは慌てて首を振った。シャイラをここに呼んだのは司祭であって、アロシアではない。



「いいえ! お手紙には今すぐ来て欲しいとだけ書かれていましたけど……。フィスクさんのことですよね?」



 道なら昨日教えたし、大通りをまっすぐ行くだけだから迷うはずもない。それでも案内役が必要かと首を傾げていると、アロシアは目を瞬かせてふわりと微笑んだ。



「さすがはシャイラさん! もうあの方と仲良くなられたのですね!」



 一体何をもってそう判断したのか、アロシアは随分と嬉しそうにしている。昨日はほとんど会話らしい会話などしていないし、名前を聞いてすぐに帰ってしまった。仲良くはなれていないと訂正しようとしたが、礼拝堂の奥から聞こえた足音に遮られた。


 細い通路からくたびれたマントがひらりと現れる。前に見た時よりも汚れは減っている気がするが、やはりみすぼらしいことには変わりない。あの美しい顔は、フードがすっぽりと隠してしまっていた。



「お部屋は気に入っていただけましたか?」



 アロシアの問いを無視して、フィスクはシャイラたちのすぐ傍で足を止めた。



「まとまった金が入れば、宿代は払う。案内役の依頼料も」


「まあ……。お部屋はどのような方からもお代をいただいておりません。お気になさらないでください。シャイラさんへの依頼についても、あなた様とシャイラさんに教会から押し付けているようなものなのですから」



 穏やかに、だがきっぱりと金の支払いを断ったアロシアは、フィスクの顔を下から覗き込むようにして微笑んだ。



「あなた様は尊き精霊の血を持つお方。昨日も申し上げました通り、わたくしどもはあなた様のお力になりたいのです。それが、精霊にお仕えする者としての務めですから」



 フィスクがふいとそっぽを向く。フードに隠れてその表情は見えないが、純粋なアロシアに強く言えないのは確かなようだ。


 今回の仕事に思うところはあれど、アロシアが真摯に精霊を信仰しているのは知っている。教会も、基本的には市民の味方だ。根に持つのはここまでにしようと、シャイラは息を吸い込んだ。



「それで、私はどうすれば? フィスクさん、行きたい場所がおありですか?」


「……ギルドと、駐屯地へ」



 簡潔に過ぎるフィスクの返答に、アロシアが補足を加えてくれる。



「例の護衛依頼の件で、調査をするならばすぐに済ませてしまいたいのだそうです。それと、お金をお持ちでないので、ギルドで依頼をお探しになるのだとか。ですので、傭兵ギルドはともかく、警備隊での手続きや案内をお手伝いして差し上げて欲しい、と司祭様がおっしゃっておりました」



 それならば、先に駐屯地だろう。どれくらい時間がかかるか分からない。


 ふむ、と頷いて、フィスクを見る。



「それじゃあ、早速行きましょう」



 フードを引いて深く被り直したフィスクは、返事もなくさっさと歩き出した。慌ててアロシアに頭を下げ、シャイラも外に続く扉に向かって駆け出した。






「昨日はよく眠れました?」



 雑談に応じてくれるだろうか、と思いながら話しかけてみたが、予想通り質問に対する答えはなかった。その代わり、ぶっきらぼうな声が降って来る。


「敬語はいらない。お前の依頼主は俺じゃない」


「……でも、お客様ですし」


「そもそも案内役も必要ないと言った」



 ちらりと横目で見上げたが、フードの下から僅かに見える綺麗な顔は、いっそ恐ろしいほどに無表情だった。シャイラの方を見ることもしない。今回の同行を許したのは、調査に必要な手続きのために人とやり取りするのが、煩わしいからに違いない。


 本人が言うならば、とシャイラは頷いた。



「じゃあ……、フィスク」



 妙に居心地が悪くて、腕に提げたままだった小さな籠を持ち直す。中でクッキーの袋がかさりと音を立てて、朝食を食べ損ねたままだったことを思い出した。



「あの……。朝ご飯、もう食べた?」



 教会には調理場もあったはずだが、今朝診療所から移ったばかりのフィスクに、食事を摂る時間があったとは思えない。


 フィスクの足取りが、やや鈍った。



「……まだだが」


「だったら、このサンドウィッチ食べる? 私もまだで、さっきパン屋さんで買ってきたばかりなの。クッキーもあるよ」



 二種類あるサンドウィッチを籠から取り出してみせると、ようやく注意がこちらに向いたのが分かった。迷っているように見えたので、先んじて彼が気にしているであろうことを口にする。



「お金なら、後で返してくれればいいよ。どうせしばらくは、この街にいなきゃいけないんだから」


「…………もらう」


「ハムチーズと玉子、どっちがいい?」



 無言のままハムチーズサンドウィッチがフィスクに引き取られていった。行儀が悪いけれど、通りを歩きながらサンドウィッチにかぶりつく。小さな「……美味い」という呟きに、笑いそうになったのをなんとか堪えた。


 ウィンスの作るものは、帝都からやって来た貴族も買って行くほど美味しいのだ。本人は金棒でも持っていた方が似合いそうな見た目をしているが。


 パクパクとサンドウィッチを食べ終えたフィスクに、クッキーの袋も差し出してみる。今度は素直に手が伸びて来て、クッキーを数枚掴んだ。


 ゆっくりと玉子サンドを食べながら見ていると、クッキーを一枚食べたフィスクは、すぐさま二枚目も口に運んだ。三枚目からは味わうように咀嚼している。クッキーもお気に召したらしい。



「このパン屋さんも中央広場にあるの。ウィンスって人がやってるから、良かったら覗いてみて」



 せっかく気に入ったのなら、と店の場所を教える。フィスクがちらちらとクッキーの袋を見ているので、数枚だけ自分の分として確保して、残りも全部あげた。



「悪い……」



 もそもそと礼を口にして、フィスクはクッキーの袋を抱え込んだ。気に入ったのもあるだろうが、やはり空腹が勝ったらしい。


 あっという間にクッキーを平らげるフィスクを眺めているうちに、警備隊の駐屯地に到着した。


 警備隊は魔物や盗賊などから市民を守るために、帝国が配備している部隊だ。主要な都市や大規模な街には駐屯地が設置され、街の治安維持、外敵からの防衛、配属地近くの小さな村々の巡回などを担っている。帝都に次ぐ主要地域であるシーレシアとその周辺には、大規模な編成の部隊が配備されている。


 正式名称はアリアネス帝国軍シーレシア駐屯警備隊というのだが、シャイラたちは単に警備隊と呼ぶことの方が多い。


 シーレシアの駐屯地は、広場に面したレンガ造りの建物が本部となっている。案内役の窓口もここにあり、二階には案内役が待機するのにも利用するサロンがある。


 シャイラは開け放たれた扉からロビーを覗いた。案内役の窓口には旅人らしき格好の人間が幾人か立っているのが見えるが、朝早いこともあってほかは空いているようだった。


 フィスクを手招きして中に入ると、それに気付いた隊員が、何やら慌てて奥へ駆けて行った。


 呼ばれて出て来たのは、シーレシアの警備隊長レオディエだった。まさか隊長が直々に対応に当たるとは思わず、シャイラはぽかんと口を開く。



「レオディエさん!」


「よう、シャイラ。教会の依頼、受けてくれてありがとな」


「それは、いいんですけど……。どうして隊長が?」



 さっぱりした麻の服を着たレオディエは、焦げ茶色の髪を後ろに撫でつけながらにやりと笑った。



「そりゃもちろん、教会がなりふり構わず保護に動くような〈精霊の子〉を相手にするのに、平隊員なんかじゃ失礼だからな」



 失礼だから、といったその口で、黙りこくってシャイラの後ろに立つフィスクに「よっ」などと軽く挨拶をする。失礼などとは絶対に思っていないだろう。


 じっとりと良く知る髭面を見上げて、シャイラは腕を組んだ。



「どうせ、コーニに話を聞いて会ってみたくなっただけなんでしょう?」


「あっはっは! ま、そういう訳だ。あいつ、昨日の夕飯時は珍しく饒舌だったからな」



 快活に笑ったレオディエは、フードで顔を隠したままのフィスクに右手を差し出した。しかしフィスクはふいと顔を背けてしまう。



「ほんとにコーニが言った通りだな! まあいい、こんな朝早くにどうしたんだ?」



 それこそ失礼なフィスクの態度も笑い飛ばして、レオディエはようやくシャイラに用件を尋ねた。



「昨日コーニから、あの傭兵たちの調査をすると聞いて。協力するなら早く済ませてしまいたいってフィスクが言うので、案内してきました」


「ああ、その件だな。奥で話そう。シャイラも来てくれるか」



 レオディエは頷いて、二人を奥に続く扉へ誘った。案内役として駐屯地に出入りしているシャイラも、本部の奥に入るのは初めてだ。普段は窓口で依頼を受けたり、情報交換のためにサロンを利用するくらいだ。


 廊下は広く、人が四人はすれ違えるほどの幅がある。場合によっては鎧を着こむ必要もあるため、十分な広さが取られているのだろう。左右には等間隔に扉が並んでいたが、レオディエはそのどれにも入らず、ずんずんと先へ進んでいった。途中、部下に調査の資料を持ってくるように命じている。


 シャイラたちが通されたのは、どうやらレオディエが使っている司令室のようだった。部屋の隅に置かれている応接セットを示され、フィスクの隣にやや間隔を開けて腰を下ろす。


 対面のソファーに座ったレオディエは、姿勢を正して真面目な表情を作った。



「それでは、改めて自己紹介をしよう。俺はレオディエ。このシーレシアで、警備隊長を務めている。警備隊なんてのは街の雑用係みたいなもんだが、ま、こういう犯罪の捜査も仕事のうちだ。すまないが、協力して欲しい」



 建物内に入ってもフードを下ろさず、ずっと沈黙を貫いていたフィスクだったが、そこでようやく口を開いた。



「……何をすればいい?」


「まずは情報の整理といこう」



 レオディエがそう言ったところで、タイミングよく調査資料が届いた。一緒に運ばれてきたお茶を一口飲み、レオディエはぺらぺらと紙をめくる。



「お隣さん、土の国ハルクメニアからアリアネス帝都に向かう予定だった商人アゲリは、傭兵ギルドにその間の護衛依頼を出した。雇われたのは、ドク、ビオ、リゴの三人パーティーと、フィスクという名の少年一人。アゲリとその部下二人、そして護衛の四人は順調にハルクメニアを出国したが、関所を抜けた辺りで魔物が出現。アゲリたちは逃走、フィスクが脱落。ドクたちの話によると、アゲリたちを安全に逃がすためにその場に残ったという。アゲリたちは実際にその姿を確認せず。だが、魔物が出たにしては静かだったのが気になってはいたらしい。その後、アゲリは報告と護衛の補充のために、進路をシーレシアに変更した」



 簡潔にまとめたレオディエは、ここで資料を投げ出してシャイラを見た。



「しかし、シャイラも知っての通り、ドクたち三人はフィスク一人が取り残されたことを、まるで喜ぶような言動を取った。で、お前と揉めたわけだが。そのためにアゲリも不審に思い、警備隊に調査を依頼してきた」


「そうだったんですか?」



 それは初耳だった。目を丸くすると、レオディエはにやりと笑う。



「そうだったんだよ。だから、捜索隊を出す話も出ていたんだ。その前に、あんたが街まで歩いてきたわけだが。……この取り残された護衛の傭兵というのは、あんただな?」



 フードの下でじっと話を聞いていたフィスクは、何かを少し考え込んだ後、小さく頷いた。



「アゲリに雇われたのは、俺で間違いない」

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