第31話 あたしは自力で幸せをつかむ!

 兵太のことなんて、気にしてられない!

 あたしには「学園きってのイケメン御曹司の婚約者になる!」という、崇高かつ壮大な目的があるのだ!


 そもそも昨日まであたしの特製手作り弁当を

 ”たったの三百円”で食べさせてもらっていてヤツが、他の女の子にちょっと


「あたしのお弁当を食べて下さい」


 って言われたくらいで、すぐに乗り換えるか?

 少しは躊躇しろっつーの!


 あんな薄情者、別に惜しくも何ともない。

 川上さんが兵太を好きだって言うなら、喜んで譲ってあげるよ。

 別にあたしの彼氏じゃないしね。


 お弁当を捨てた時にちょっと涙が出たのだって


「一生懸命作ったお弁当を捨てた」


 という事実が悲しかっただけ。

 別に兵太がどうこう、って話じゃない。


 これでより一層、赤御門様に食べてもらわなければ、ならなくなった。

 でないとお弁当はゴミ箱行きになる!


 あたしはお年玉と高校入学祝の残り全てを銀行から引き出し、キャビアを買った高級スーパーに行った。

 そこで松坂牛すき焼き用肉、飛弾牛のステーキ用肉を買う。

 どちらもA5ランクの最高級品だ。

 そして魚は鮭児!

 鮭児は、普通の鮭一万匹に対して一匹程度しか漁獲されない。

 「幻の鮭」と言われる、大変美味な鮭だ。

 さらには本マグロの大トロ。

 もちろん冷凍物じゃない、近海で獲れたものだ。

 鮭児も本マグロの大トロも、値段は時価だ。

 他にも野菜は国内産有機野菜を買う。


 翌朝は三時に起きた。

 さっそく昨日買った高級食材達をお弁当に入れるべく、調理を開始する。


 まずは松坂牛のすき焼き用肉。

 醤油・砂糖・酒・味醂で作ったタレに浸けておく。

 (松坂牛の旨味を活かすため、あまり長時間は漬け込まない!)

 そして下茹でしてあったゴボウを肉の幅に切って、松阪牛を巻く。

 最後にタレと一緒にフライパンで熱を通すように焼く。

 これで”牛肉のゴボウ巻き”が完成。


 飛弾牛はステーキ用の肉として最高だと聞く。

 ただ弁当なので、分厚い食べ応えのある塊り肉のステーキには出来ない。

 それでも厚さ一センチ近いお肉だ。

 肉全体に細かく包丁による切れ目を入れておく。

 その上で叩いて伸ばす。

 そして塩・コショウを満遍なく振る。

 それを熱して牛脂を溶かしたフライパンで、軽く両面を焼く。

 肉が薄いので、火を通し過ぎないように注意した。

 ステーキソースには、醤油とタマネギのみじん切り、すり卸したニンニクに、同じくすり卸したリンゴ、バター、赤ワイン、最後に肉を焼いた肉汁を入れて、火を通したものだ。

 これらはご飯がベトベトにならないように、別容器に入れ、食べる直前に肉にかけるようにする。


 鮭児は、下にマイタケやタマネギ、ジャガイモの細切りを敷いて、アルミホイルで包む。

 上から塩・醤油とオリーブオイルを少し垂らす。

 それをトースターで五分ほど焼く。

” 鮭のホイル焼き”の完成だ!


 本マグロの大トロは、シンプルに表面だけ炙り焼きにする。

 その横にワサビ塩を別に入れる。

 もちろんワサビも、本物をすり卸したものだ。


 これにスティック野菜とバーニュカウダ・ソースを付けて、本日の特製ステーキ弁当の完成だ!


 どうだ!

 この内容なら、セブン・シスターズのブルジョワ弁当にだって負けやしない!

 原価だって、いくらかかっているか、考えるのが嫌なほどだ!

 今までの料理の腕と、これ以上はないという程の高級食材の合わせ技!

 これで赤御門様に食べて貰えれば、彼のハートと胃袋は鷲掴みだ!


 どんな傑作弁当であろうと、赤御門様に食べて貰えなければ意味がない。

 モナリザだって、レオナルド・ダ・ビンチのアトリエに眠ったままなら世紀の傑作とは呼ばれなかっただろうし、モーツァルトだって楽器が無い時代に生まれていたら、ただの変わり者で終わっていたかもしれない。


 あたしは四時間目の授業はサボった。

 イケメン御曹司の婚約者になる事に比べれば、数学や英語の一時間くらい、何だと言うのだ!

 あたしは必勝のための作戦準備を行っていた。


 十二時過ぎ。

 あたしは図書館前に移動する。

 クジを引く。

 ふむ「三列目、五番」か。

 あたしはほくそ笑んだ。

 今日のあたしは何番だろうと、さほどの影響はない。


 出走位置に着く。

 一列目は、三番が天女梨々香、四番が渋水理穂、五番目が雲取麗佳、六番目が咲藤ミランだ。

 よし、目標は決まった。

 渋水理穂だ。

 この前の借りは、キッチリ返してやる!


――キーン、コーン・・・――


 スタート・ゲートが開き始める。

 そしてあたしはゲートが完全に開く前に、既にスタートしていた。

 前にもスタートしようと待っている人がいる。

 当然、その人にブチ当たる!


「キャッ!」「なによ!」


 あたしに後ろからぶつかられた妨害役は、悲鳴をあげた。

 だがあたしは構わず、そのまま左斜め前に突進する。

 狙いは、一列目四番の渋水理穂だ。

 あたしは渋水に体当たりを食らわせた。

 今まさに走りだそうとしていた渋水は、後ろから突然の体当たりを受け、大きく体制を崩した。

 その隙にあたしは渋水の前に出る。


 ちっ、渋水の野郎、転倒しなかったか。

 渋水は一瞬、呆気に取られた表情をしたが、すぐに状況を把握すると、顔を真っ赤にして鬼の形相で追いかけてきた。


 ハハ、もっと怒れ、もっと怒れ、あたしの復讐はこんなものじゃない。


 あたしがこんな強引な作戦を取れるのには、ちゃんと理由がある。

 普段ならお弁当が心配で、タックルなんて出来ない。

 だが今日はご飯の上にステーキを乗せたステーキ丼、鮭のホイル焼き、大トロの炙り焼きだ。

 そもそも崩れにくい上、それぞれの料理にはクッションとしてパスタを間に入れてある。

 パスタは余計な汁気や脂も吸ってくれるし、緩衝材にもなっているのだ。


 あたしの前には、雲取と咲藤が並んで走っている。

 その次が天女だ。

 あたしは四番手という事になる。

 そしてすぐ後ろには、赤鬼と化した渋水と、想定外の方法であたしに前に出られた妨害役軍団が追いかけてきて来ている。

 妨害役軍団も、このままあたしを先頭集団に入れたのでは、女王様方のどんなお仕置きが待っているかしれない。


 だがあたしも、ここでトップに立つつもりは無かった。

 咲藤、雲取、天女にプレッシャーをかけられれば十分だ。

 それに後続の渋水と妨害役軍団も、引き離す気はない。


 階段を駆け上る。

 四階に着いた時は、咲藤、雲取、天女、あたし、渋水、妨害役5人の順だった。

 そしてこれが先頭集団として、ほぼ一団となっている。


 四階水道場前、右コーナー。

 あたしか渋水の策に陥った、屈辱の場所だ。

 あたしはスピードを緩めた。


 真っ先に入った咲藤が、大きく体勢を崩す。

 そのまま派手に転倒した。

 すぐ後に続いた雲取、天女も同様だ。

 ほぼ咲藤と同じ場所で、足を滑らせて飛ぶように転ぶ。


 そして渋水が、スピードを落としたあたしを追い抜こうとして、水道場前に突進していた。

 先行三人が転倒したのを見て、あわててブレーキをかけるが、それが余計にマズかった。

 派手に尻から仰向けにスッ転び、そのまま水道場に激突していく。

 その短いスカートのおかげで、パンティ丸見えの大股開きで大転倒だ!

 ザッマー見ろ!


 妨害役も次々と転倒して行った。

 あたしはと言うと、十分にスピードを落とし、唯一滑らない右側の廊下角だけをジャンプしながら、通り抜ける。


 これがあたしの作戦だ。

 あたしは四時間目の授業中に、清掃用ワックスを四階水道場前に塗っておいたのだ。

 スタートであたしが先頭三人の直後にいれば、三人は必死で走るだろうし、渋水だって死ぬ気で追いかけてくると予想していた。

 その状態で、この右コーナーのワックス・エリアに飛び込めば、どうなるのかも。


 渋水以外の女子には、ちょっとやり過ぎな気もしたが、

 今日だけは勝利のためには、手段は選んでいられない。

 そう、今日のあたしは悪役だ、怪人だ、テロリストだ!

 暗黒面に落ちたジェ○イ騎士なのだ。


「勝てば官軍、負ければ賊軍」


 あたしは転倒している彼女達を尻目に、最後の百メートルを順調に疾走していた。

 後ろに続く者は、誰もいない。

 今日のお弁当お届けレースは、あたしの一人勝ちだ!


 教室からゴールである赤御門凛音様が出てきた。

 あたしはその前に、単独トップで駆け寄る!


「赤御門先輩、私の作ったお弁当、一緒に食べて下さい!」


 お弁当を開いて、そう叫んだ。

 今日はあたしの弁当しかない。

 他の連中はほぼ全員転倒して、弁当もオシャカになってるしな。

 あたしの独占・完全勝利だ!


 だが赤御門様は、何故か曇った表情であたしの弁当を見つめた。

 明らかに迷惑そうな顔だ。

 そして教室から出てきたフツメン三人の方を親指で指した。


「悪いけど、今日はみんなでラーメンを食べに行くんだ。せっかく作って来てくれて本当に悪いけど、今日は弁当はいらない」


 あたしは目の前が真っ暗になった。

 ショックのあまり、何も言うことが出来ない。


 赤御門様はそのままフツメン男子3人と一緒に、廊下の反対側に歩いて行った。

フツメン男子の声が聞こえる。


「いいのかよ。せっかく女の子が弁当を作って持って来てくれたって言うのに」


「いいんだよ。俺だってたまには好きにさせて欲しい。それにこのラーメン屋は評判の店じゃん。男同士は気がねしないしな」


ラーメンを食べに

・・・ラーメンを食べに

・・・・・・ラーメンを食べに


 硬直したままのあたしの耳に、先程、赤御門様から言われた言葉がリフレインしていた。


 飛弾牛のステーキ、

 松阪牛のゴボウ巻き、

 本マグロの大トロの炙り焼き、

 一万匹の一匹の鮭・鮭児のホイル焼き。


 それがラーメンに負けたのか?

 あたしの手作り弁当は、最高級素材を使ってもラーメン以下か?


 あたしはしばらく、石化したようにその場に立ち尽くした。

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