第30話 え?私の弁当……

 やっぱり二連覇は難しいか……

 あたしはお弁当を抱えて、トボトボと四階・赤御門様のいる教室前を立ち去る。


 今日のお弁当も、食べて貰えば自信はあったんだけどなぁ。

 そう思ってお弁当を見つめる。


 今日のごはんは、鶏そぼろ、シラスのバター炒め、炒り卵の三食ご飯。

 おかずの方は、サバ缶を使ったコロッケ。

 コロッケ自体に味を付けているので、ソースなしでも食べられる。

 サバ缶の汁は全部使うと生臭くなるので、量は調整した。

 三回も作り直したのになぁ。

 それと竹輪にツナマヨを入れて揚げたもの。

 ピーマンの肉詰め。

 ナポリタンを包んだオムレツ。

 アボガドとトマトとマグロのサラダ。

 別口でスティック野菜とバーニャカウダだ。


 目新しい物は無いかもしれないが、味には絶対の自信がある。

 赤御門様は昨日の弁当をすごく気に入ってくれたから、今日も選んでもらえる可能性は高いと思っていた。


 しかし……

 今日はスタート位置も悪かった。

 五列目一番。

 既に全員にマークされているあたしは、スタート直後に妨害役に取り囲まれていた。

 今日はいつも通り、セブン・シスターズ間の争いだったようだ。

 気に入らないことに、そこに渋水理穂も入っていたが……。


 あたしは結果を見ないで、屋上に向かった。

 誰が勝ったかを見ても、ムカつくだけだ。


 階段を昇り、屋上へのドアを開ける。

 と、屋上ドアのすぐ横に兵太がいた。

 いつも屋上端の柵沿いにいるのに。


「今日もダメだったよ」


 あたしは明るく話しかけた。

 だが兵太は無言だ。機嫌でも悪いのかな?


「はい、今日のお弁当」


 あたしはいつものように、兵太に向かって手作り弁当を差し出した。

 だが兵太は、ドアの横に寄り掛かったままだ。

 いつもなら腹ペコで、すぐに手を出すのに。

 不思議に思って兵太の様子を見る。

 兵太は下を向いている。

 時々あたしの方を見る。

 何か『言いたい事があるけど、言いにくい』、そんな様子をしていた。


「どうしたの?」


 あたしがそう尋ねると、兵太は壁から身体を起こし、あたしの前に来た。

 なんか雰囲気がおかしい。

 しばらく黙っていたが、やっと兵太は口を開いた。


「ゴメン。悪いけど、美園の弁当は食べられなくなった……」


 ん、何でだ?

 今日は昼飯代を貰い忘れたか?

 それともサイフを落としでもしたか?


「お金、無いの?じゃあいいよ。明日まとめて払ってくれれば」


 だが兵太は、さらに言いにくそうな態度を取った。

 こいつがこんな態度を取るのは、珍しいことだ。


「いや、そうじゃないんだ。明日からも、美園の弁当は食べられない。たぶん……」


 あたしが疑問に包まれていると、「ガチャ」と言う音がして、入口のドアが開いた。

 そこにやって来たのは、川上純子ちゃんだ。

 手には可愛らしいお弁当を二つ持っている。


「あっ」


 川上さんはあたしの顔を見て、そう小さな声を上げた。


……そうか、そういう事か……


 ここであたしは、ようやく事態を把握した。

 川上さんが兵太に、お弁当を持ってくることになった訳ね。

 そして兵太もそれを了承した、と。


「そういうことね」


 あたしはニッコリ笑って言った。


 別にあたしと兵太は付き合う前提で、お弁当を一緒に食べていた訳じゃない。

 兵太は美味しい弁当を食べられる。

 あたしは、余っている弁当をお金に換えられる。

 それだけだ。

 ビジネスだからね、ビジネス。


 兵太が川上さんと付き合う気になったんなら、

 あたしの弁当を食べていたんじゃ、川上さんも気分が悪いだろう。

 彼女を焚き付けたのは、あたしだし。


 川上さんは兵太の隣に立った。

 その行動にも、彼女の意思を感じる。


「わかった。じゃあ契約解消ね。これからは二人、仲良くね」


 あたしはそう言って二人に背を向けた。

 そのまま屋上のドアに手をかける。


「……悪いな……」


 あたしは、その言葉を聞き終わるか終わらないかの内に、屋上のドアを閉めた。


 その日、あたしは作った弁当を、久しぶりに家に持って帰った。

 作った弁当を持って帰るのは、一番最初の時以来だ。

 学校で捨てるのは、流石に惨めな気がしたのだ。

 中身がぎっしり詰まったお弁当は、やけに重く感じられた。


 家に入る。

 家の中は無人だった。

 母親はパート、お姉ちゃんは大学から、まだ帰っていない。

 家族が誰もいない内に、残ったお弁当は捨ててしまおう。

 あたしは台所に行くと、生ゴミ用のゴミ箱を開け弁当を捨てた。


  ドサッ

 何か、心に響く音だ。

 ゴミ箱の中に、あたしが一生懸命作ったお弁当が捨てられている。

 あたしが工夫して、前の夜から準備して、朝五時に起きて作ったお弁当……

 色とりどりのご飯の合間から、コロッケやピーマンの肉詰めや、オムレツが顔を出している。

 コイツラが、何か寂しそうに見えた。


 ポロン

 右目から何かがこぼれた。

 指で拭うと濡れている。


 涙か……

 あたしは捨てられたお弁当を見て、声を出さずに泣いていた。

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