第29話 セカンド・チャンス到来!神様は見放さなかった!

「よし!」


 あたしは満足して、作り終わったばかりのお弁当を見下ろした。

 今日のお弁当のおかずは、

 ウィンナー、卵焼き、牡蠣のベーコン巻き、キャベツとダイコンとニンジンとコーンのコールスローサラダ、茹でたブロッコリーだ。


 あたしが作る弁当にしては質素だって?

 ヘヘン、そこはちゃんと工夫がしてある。

 ご飯が全て創作寿司なのだ!


 実は、あたしにはもう軍資金が無い。

 さすがに一週間置きに、母親にお金を無心する訳にもいかない。


 昨日のお昼のことだ。

 あたしはため息交じりに、こう言った。


「もう、お金が無いんだよなぁ」


 本当はホンのちょっぴり、兵太がお弁当の買い上げ価格を上げてくれる事を期待しての発言だったが、奴は別の提案をしてきやがった。


「おまえ、料理の腕は確かなんだから、高い素材じゃなく自分のできるもので勝負しろよ」


 あたしは横目で兵太を睨む。


 んな事は、わかってんだよ!

 だけど相手は『金持ち・土地持ち・会社持ち』のセブン・シスターズなんだぞ。

 弁当だっておそらく、専属の料理人かなんかに作らせているに違いない。

 そんな相手に、料理の腕だけで勝てると思ってるのか?


 とは言え、兵太の言う事はもっともだ。

 金が無いなら、腕と工夫で何とかするしかない。

 だが創意工夫だけでウマイ物が作れるなら、

 この世に潰れる飲食店はないはずだ。


「そういや、赤御門先輩ってソバも好きらしいぜ。この前『たまには学食でもいいからソバが食いたい』って言ってた」


 ソバ?

 馬鹿か、こいつ。

 弁当にソバなんか出せる訳ないだろ!

 カップそばでも出せって言うのか?


 しかしその後、なぜか「蕎麦」というキーワードが、頭にこびり付いて離れない。

 蕎麦自体を弁当にする事は、まず無理だ。

 水気があればふやけてしまうし、逆なら乾いて固まってしまう。

 麺つゆの方は水筒にでも入れておけば、温かろうが冷たかろうが、問題ない。


 そこで閃いた。

 蕎麦を巻き寿司にしたら、どうだろう?

 どっかでそんなのがあったような気がする。


 家に帰ってさっそく、蕎麦を茹でてみた。

 水洗いした後、海苔に包んで一口サイズに切ってみる。

 そのまま三時間ほど放置して、麺つゆに付けて食べてみる。


 うん、意外といける!

 蕎麦が一口サイズに切られているので、麺つゆで適度にほぐれるし、汁気が無いのでふやけてもいない。

 よし、これで行こう!

 蕎麦は巻き寿司用に一束分を糸で縛って茹でれば、水洗いしてすぐに海苔巻きに出来る!


 こうして作った、あたしの創作寿司は以下だ。


 蕎麦寿司…酢飯の代わりに蕎麦を使った海苔巻き。中の具は、軽く塩をしたサーモンと、漬けマグロ、しめ鯖。

 茶巾寿司…中身のちらし寿司には、海老と味を付けたアサリが入っている。上にはイクラ。

 生ハム寿司…酢飯を生ハムで撒いたもの。

 スパム寿司…ガーリックバターで炒めたご飯の上に、焼いたスパムを乗せる。間にはからしマヨネーズを付ける。グアムで食べた事がある。

 ジャンボ焼売寿司…ジャンボ焼売の皮で包む。下にはチャーハン、上にはオイスターソースと醤油と砂糖とチキン・スープの素で味付けした挽肉を乗せてある。

 酢付けキャベル巻き寿司…甘酢でつけたキャベツで包んだちらし寿司。中にはそれぞれナス、カブ、キュウリの糠漬けを上に乗せている。

 普通の海苔巻き…具はキムチ納豆。(あたしが大好き)


 試験的に家族の夕飯に出したら、大変好評だった!

 これだ、これしかない!

 問題はレース中の振動によって、寿司が崩れてしまう事だ。

 おかずは別容器に入れるとして、寿司は同じ種類のもの同士をラップで包むくらいしか、対策はない。

 後は明日のクジ運と、あたしの脚力次第だ。


 そして翌日、図書館前。

 出走位置は二列目四番。いい位置だ。

 そして最も都合がいいのは、私の真ん前、一列目四番が咲藤ミランと言う事だ。

 その絶好の位置なら、咲藤ミランは絶対に好スタートを切るだろう。

 そのまま独走態勢になるに違いない。

 あたしは一位を狙わず、咲藤の後ろをピッタリとキープすればいいのだ。

 お弁当を出せば、選んでもらえる自信があった。

 五位までに入りさえすればいい。


 怖いのは前回と同じような渋水の妨害工作だが、咲藤ミランの後ろに付いていれば、それも防げるだろう。

 渋水だってセブン・シスターズにまで、あんな妨害工作はできまい。

 ザコメン共なら尚更だ。

 神様が『今日はあたしに勝て』と言っている気がする。


 4時間目終了のチャイムが鳴った。

 スタート・ゲートが開く。

 予想通り、真っ先に飛び出したのは、咲藤ミランだった。

 あたしも彼女に神経がシンクロしたがごとく、同時に飛び出す。

 妨害役に囲まれたら終わりだ。

 一列目の好位置にいた雲取麗佳、天女梨々花よりも前に出られる。

 渋水理穂なんて、さらに後ろだ。


 やった!今日は行ける。

 予想通り、咲藤ミランのスリップストリームに入っているあたしに、妨害役は手を出せない。

 計画通りだ!

 そのまま階段も一気に駆け上がる。


 前回、転倒した水道場には、やはり”黒い三ザコメン”がいた。

 しかし咲藤ミランのすぐ背後にいるあたしには、手も足も出ない。

 一気にその横を走り抜ける!

 ふふん、舌の一つでも出してやりたい気分だ。

 あとは百メートルの直線勝負だけだ。

 ゴールはもう目前……


 だがその時、あたしの目に入らなくていいものが、入って来た。

 それは前を走る、咲藤ミランの揺れる巨乳だ!

 後ろにいるあたしが分かるくらい、

 彼女の豊満なバストが揺れ動いている。


 あたしの中で、何かが切れた。

 無意識の内に両脚に力が入る。

 身体が勝手に前に出た。

 咲藤ミランの横に並ぶ。


 ちくしょう、乳のデカイ女には負けたくない!

 それまで独走していた咲藤が、驚いたようにあたしを見る。

 だがすぐに彼女も、より一層スピードを上げる。

 さらに彼女の『胸の揺れ』が強調された!


 この女、なに食えばそんな胸になるんだ!

 あたしなんて毎日1リットルの牛乳を飲んでるけど、

 その4分の1もないのに!

 この学校のモットーは

 『女子たるもの、野獣であれ!』だ。

 『乳牛であれ!』じゃねーんだよ!

 あたしは心の雄叫びを上げ、乳牛女との一騎打ちとなった。


 赤御門様が教室から廊下に出て来る。

 その赤御門様さえ、いつもよりも決死の勢いで走って来る女子二人に、驚きの表情を見せた。

 あたしと咲藤ミランは、ほぼ同時にゴールに到着した。


……陸上競技だったら、胸の差で咲藤の勝ちだったろうな……


 そう思いながら、あたしは息を整えて、お弁当を差し出す。


「赤御門さん、私の作ったお弁当、一緒に食べて下さい!」


 その頃になって、やっと後続女子が追いついて来た。

 雲取麗佳、天女梨々花、その他一名。

 渋水理穂は入ってない。ザマーミロ!


 赤御門様の目は、既にあたしの弁当のみに注がれていた。

 あたしの創意工夫の賜物・蕎麦寿司を指さして


「これって、なに?」


 と聞いてい来る。

 あたしは自信満々に答えた。


「お蕎麦の巻き寿司です。麺つゆは別にあるので、それに漬けて食べてください」


 「蕎麦」というキーワードを聞いて、赤御門様の目の色が変わるのを感じた。


「本当?僕もちょうど蕎麦が食べたいと思っていたんだ。蕎麦の寿司なんて変わってるね。今日は君の弁当を頂こうかな」


 やったぁ!

 計算通りだ!

 あたしの知恵と努力の勝利だ。

 あ、情報くれた兵太にも、ちょっと感謝。


 その時、あたしの肩をポンと叩くヤツがいた。

 咲藤ミランだ。


「中々やるな、オマエ。だけど次はこう行かないぜ」


 そう笑顔で言うと、背を向けて去って行った。


 もしかして、もしかして、今、あたしを激励してくれた?

 そう思って彼女の長身を見つめる。

 そのスラっとした背中も美しい。

 咲藤ミラン、イイ奴じゃん!


 慈円多学園 第一上級学生食堂 VIPラウンジ。

 ここに二度座ることが出来た。

 憧れの赤御門凛音様が、あたしの力作・蕎麦寿司を食べている。


「うん、本当においしいよ。蕎麦の巻き寿司なんて初めてだけど、かなりイケるね」


 あたしは満足して、笑顔でうなずいた。

 もちろん、可愛い女の子の笑顔でだ。

 (普段の地で見せる笑い顔は封印だ)


 赤御門様の前には、二つの麺つゆ用の容器が置いてある。

 冷たい麺つゆ用と、温かい麺つゆ用だ。


「君、この前も美味しい弁当を持ってきてくれた子だよね。料理が上手なんだね。これからも時々頼むよ。君の弁当を食べると元気が出る」


 ぃエイッツ!ヤッター!


 これって最高の誉め言葉じゃない?

 ついに言わせた「これからも時々頼む」!

 ”毎日”じゃないのが、あたしの計画と違って少し残念だが、まあそこは妥協しよう。

 これから、これから!


 赤御門様は、本当に美味しそうに、あたしの創作寿司を食べてくれた。

 愛する人の食べる姿を見てるって、幸せ!


 あ、そうだ。

 あたしばっかり、幸せに浸っている訳には行かない。

 腹を減らして屋上で待っているヤツがいるんだった。


 あたしはスマホのSNSで、兵太にメッセージを送った。


>弁当お届け成功!

>あたしの弁当、すごく美味しいって食べてくれてる。これからも頼むって!

>もう兵太の口に入ることは無いかもね!


 送信、っと。

 これを見れば、兵太も学食にパンを買いに行くでしょう。

 安心、安心。


 しばらくして、兵太から返事があった。


>わかった


 なんだ、素っ気ないヤツだな。

 幼馴染が大戦果を挙げたんだから、もうちょっと祝福してくれてもいいだろ。


 顔を上げると、赤御門様があたしにニッコリと微笑んでくれた。

 あたしのハートは成層圏を突き抜けて、大気圏外まで舞い上がった。

 これであたしの人生計画は、また一歩進んだのだ。

 今日は一杯一万円のジャコウネコの糞コーヒーも、美味しく飲めそうだ。

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