第28話 汚い!「敵は本能寺にあり!」だった

 化学実験の授業中のことだ。

 如月七海が、やけに嬉しそうな顔をして近寄って来た。


「いい情報があるんだけど、買う?」


 うっわー、ストレートな女だなぁ。

 普通、友達ならもうちょっとラッピングした言い方を出来ないかね?


「どのくらい有効な情報?」


「美園のお弁当クエストでは、一回は使えるレアアイテム!」


 う~ん、一回限りのレアアイテム・クラスか。

 これが雲取麗佳や天女梨々香、咲藤ミランを一撃で倒せるような

 ”超強力魔法属性有りの伝説の剣”なら、一万円(消費税込み)くらい出してもいいんだが。


「新しく出来たトトアック・ガーデンのビッグ・ストロベリー・パフェ一つ!」


 これは今、この学校で人気のあるスイーツ店の主力商品の一つだ。

 かなりの量で、一二九〇円だから、まあ納得できる範囲だろう。

 あたしは買わないけど。


 如月七海は、ちょっと悩む顔をした。

 演技だな、これは。


「ま、いいか。それで手を打とう!」


 七海はポンと、軽く手を叩いた。


「あたしのバスケ部の彼氏に聞いたんだけどさ……」


 なに?こいつ、彼氏出来たの?

 いつの間に?

 情報も気になるけど、そっちの話も気になるぞ。


「赤御門先輩が『お弁当でご飯もいいけど、サンドイッチとかなら、部活の後でも分けて食べられるんだけどなぁ』って言ってたんだって」


 なぬ?サンドイッチとな?

 確かに、ご飯物のお弁当は、二回に分けて食べるのは、何となく抵抗があるものだ。

 その点、サンドイッチのようなパン系なら、昼食時と部活後の二回に分けて食べるのに、都合がいいかもしれない。


「ね、グッドな情報でしょ?じゃあ、ビッグ・ストロベリー・パフェ、よろしくね!」


 如月はそう言って、自分の席に戻って行った。


 なるほど、サンドイッチか。盲点だった。

 部活男子はみんな”元気一杯、白いご飯”が好きかと思っていた。

 あたしの事前リサーチでは、赤御門様がご飯以外の弁当を選ぶことはなかったのだ。

 あれは作って来た量が少なかったためなのか。


 よし、明日はサンドイッチ弁当にしよう!

 少なくとも今は、赤御門様はサンドイッチに目が行くはずだ。


 でも如月七海の彼氏がバスケ部だって?

 そう言やぁ、兵太もバスケ部だ。

 赤御門様は、バスケ部の部長でもあらせられる。

 まったく、兵太もこれくらい有用な情報を持って来いよな。

 仲の良いクラスメートに「彼氏が出来た!」なんて言われると、

 多感な女子高生としては焦るじゃないか!

 あたしも頑張らないと!


 帰り道はメニューに悩んだ。

 あたしはご飯物の料理はけっこう研究したが、サンドイッチのバリエーションはあまり知らないのだ。

 基本は卵、ツナ、ハム、チーズ、ジャム。

 そんなところか?

 ここからオリジナリティを出すには?


 それとサンドイッチには、もう一つ欠点がある。

 あまり汁気があるものは使えない、という点だ。

 パンがぐちょぐちょになってしまう。


 帰りの電車の中でも、スマホで料理レシピ・サイトとにらめっこをしていた。

 よし、方針は決まった!


 スーパーで買い物してから、家に帰る。

 メニューは以下だ。

 フランスパンを使った、生ハムとソフトサラミとローストビーフと茹で玉子のビッグサンド。

 これは1つで、フランスパン四分の一を使う。

 野菜はレタスとタマネギのスライスだ。

 タマネギは事前に水で晒して、その後でザルに上げて水気をよく切ってから使う。

 もう一つには生ハムの代わりに、スモークサーモンを使った。


 それと五穀入りパンを使ったカツサンド。

 やっぱりボリュームならカツサンドでしょ。


 後は、細かくつまめる一口サンドとブルスケッタにする。

 これなら部活の前でも後でも、適当に軽く食べられるはずだ。

 これはタマゴとマヨネーズ、ツナマヨ、コンビーフとタマネギのみじん切り、ハムとチーズとベーシックなものを作る。

 ブルスケッタには、小型の一口ハンバーグとクリームチーズにスモークサーモン、自家製鶏ハムにトマトだ。

 フランスパンには水気に対抗するために、バジル入りのオリーブオイルを塗っておく。


 今夜から作っておくのは、ローストビーフと一口ハンバーグだけだ。

 今夜は久しぶりに、たっぷり眠れるかもしれない。


 翌日、12時過ぎの図書館前。

 あたしはいつものように、”赤御門様にお弁当を届けたい女子の集合場所”に居た。


 参考まで言うと、ファイブ・プリンス毎にスタート地点が違っている。

 コースが出来るだけ、重ならないようにするためだ。


 二番人気・青磁館翔人様は音楽室前。

 四番人気・緑宝寺ミハイル様は美術室前。

 五番人気・黄金沢道標様は玄関前だ。


 ん?そう言えば三番人気・紫光院涼様のスタート位置って、どこだろう?

聞いたことないなぁ。


 そんな事を漠然と考えながら、いつものようにクジを引いた。


――二列目、二番――


 おお、いいじゃないか!中々の位置だ。

 二列目なら、あたしの俊足を持ってすれば、そうおいそれと妨害役に取り囲まれる事もないだろう。


 出走位置に着く。

 左前(一列目、三番)には、咲藤ミランがいた。

 あたしは心の中で、ニヤリと不敵に笑う。

 これはチャンスかも。

 なお一列目は、左から咲藤ミラン、渋水理穂、天女梨々香、雲取麗佳の順だ。

 渋水理穂、あの女がベスト・ポジションか。


 そう思って見ていると、渋水があたしを振り返った。

 一瞬だが不気味な笑いを浮かべる。


……なんだ、何があるんだ?


 その時、4時間目終了のチャイムが鳴った。

 スタート・ゲートが開かれる。


 全車一斉のスタート!

 じゃない、全女生徒一斉のスタートだ!

 あたしは一列目二番の女を、素早く追い抜いた。

 咲藤ミランの後ろにピッタリ付ける。

 F1で言う、スリップ・ストリーム走行だ。

 もちろんスリップ・ストリームと言っても、車のように本当に空気抵抗を避ける訳じゃない。

 咲藤ミランの後ろにピッタリ着くことで、他の妨害役が前を塞ぐことを避けているのだ。

 さすがに学園の支配者たるセブン・シスターズの妨害は、よほど心臓が強い奴でないと出来ないだろう。


 予想通り、トップは咲藤、ほぼ並んで雲取、そしてあたしと天女だ。

 好位置スタートだった渋水は、少し出遅れている。


 左コーナーを曲がり、階段を4階まで駆けかけ上がる。

 だが中三階の踊り場から四階までの最後の階段で、あたしの右側に陸上部女子と渋水が並びやがった!


 マズイ!ここで一番左側なのは非常にマズイ!

 階段を上がると、水道場を右に曲がって渡り廊下だ。

 つまり右側二人にインを取られて、あたしは前に出られなくなる!


 あたしは一瞬、全脚力を解放しようかと思った。

 だが躊躇する。

 今日のお弁当はサンドイッチなのだ!

 しかもブルスケッタもある。

 あまり振り回すと、サンドイッチとブルスケッタが崩れてしまうかもしれない。

 不覚!見映えを捨てて、一つずつラップで包んでくれば良かった!


 階段を昇りきる。

 水道場のところを右に曲がる。

 少しでもインに入りたいあたしと、入らせまいとする陸上部女子と渋水。


 しかも運が悪いことに、早めに教室を出たのか、三人のザコメン男子がこっちに向かって歩いてくるではないか?

 幸い縦一列なのでそこまで邪魔ではないが、あたしのいる廊下の左側を歩いてきやがる。

 だが右側に避けるには陸上部女子と渋水が邪魔だ。


 仕方ない。


 縦一列で歩いてくる男子を、直前で右に避けようとする。

 しかし一番前の男子も、一瞬あたしと同じ方向に避けようとした。

 「え?」と思って、さらにあたしは走行ラインを変える。

 だが二人目男子も横に出てきたせいで、軽く身体が接触した。

 思わずバランスを崩しかける。

 そこへ三人目男子が、拳から何かオレンジ色の小さいモノをばら蒔いた。

 あたしのシューズが、そのオレンジ色の物体を踏んだ瞬間、大きく足が滑る!


「!」


 何を思う時間もなく、私の身体は吹っ飛んだ。

 横倒しになったまま、水道場に叩き付けられる。


……ちっくしょう、何だ、これ?……


 あたしの足を掬ったオレンジ色の小さい物体を手に取る。

 BB弾だった。

 あの三人目の男子は、あたしの直前で、このBB弾をばら蒔いたのだ。


 あたしはキッと、その三人の男子を睨み付けた。

 三人ともニヤニヤ笑いを浮かべて、立ち去っていく。


 クソが!このクソザコメン共が!

  一人目があたしの走路を惑わせ、

  二人目がぶつかってバランスを崩し、

  三人目がトドメでBB弾のマキビシで転ばせるってか?

 某ロボットアニメの三人一体みたいな攻撃をしやがって!

 テメーらは昭和世代か?


 あたしは怒りに任せて立ち上がろうとした。


「痛っ!」


 すぐに座りこんでしまった。

 膝と右腰を強く打ってしまったのだ。

 立とうとしたら、強い痛みが足と腰に響いた。


 だが被害はそんな所じゃなかった。

 お弁当だ。

 水道場の前、一面にあたしの作ったサンドイッチ弁当がブチ撒けられている。

 見るも無惨な惨状だ。


 廊下の向こうには、今日の勝利者の姿が見えた。

 渋水理穂だ。

 ムカつく事に、赤御門様の腕にかじりついている。


 その渋水がチラっと、あたしの方を見た。

 またもやニヤリと不気味に笑う。


 その瞬間、あたしは全てを理解した。

 そうか、この罠を仕組んだのは、渋水だったのか。

 スタート前の笑いも、この結果を予想しての事だったのだ。

 あの三ザコメンは、渋水の親衛隊か!


 あたしの中に押さえきれないくらいの怒りが込み上がって来た。


・・・必ず、必ず、この借りは返す!・・・


 そう心の中で誓う。


 あたしは痛みを我慢して立ち上がると、

 周囲にブチ撒けられたサンドイッチの残骸を拾い集め始めた。

 横を通る一般男子生徒達の声が聞こえた。


「あ~あ、こんなにしちゃって」


「いつも全力疾走してる女子達だろ?いつかこうなると思ってたよ」


「ハッキリ言って迷惑なんだよな」


 あたしは目が熱くなるのを感じた。

 クソッ!こんな所で泣いてたまるか!


 あたしは下を向いたまま、黙ってサンドイッチの残骸を拾い集めていく。

 その時、一人の男子生徒の手が視界に入った。

 その手も、ゴミと化したサンドイッチを拾っていく。

 視線を上げると兵太だった。

 何も言わずに、一緒に拾い集めてくれている。


 全て拾い集めると、兵太は言った。


「屋上、行こうぜ」


・・・・・


 あたしは兵太と一緒に、いつもの屋上に上がった。

 兵太が言った。


「サンドイッチ、どのくらい無事だったんだ?」


 あたしは箱の中を見る。


「プチサンドが4つだけ……」


 これはお届け用と、自分の分とを合わせてだ。

 一人分の半分にも足らない。


「じゃあ、二つは俺の分だな」


 そう言って三百円を差し出して来た。

 あたしは驚きの目で兵太を見る。


「一回三百円って約束だから。別に量が決まっている訳じゃないだろ」


 あたしはマジで爆泣するところだった。

 息を窒息寸前まで止めて我慢する。


 あたし達は四つのプチサンドを、二つずつ分けて食べた。

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