第26話 男子攻略のためのお弁当講座

 その日は土曜日。

 当たり前だが、翌日は日曜なので『お弁当お届けレース』もない。

 よってその日は、あたしの一番の仲良しである如月七海と一緒に、学校帰りにカラオケに行くことにしていた。


 だが七海は帰る前に「新聞部の原稿を先輩に提出に行く」と言うので、

 あたしはその間、図書館で時間を潰すことにした。


 慈円多学園の図書館は明るく近代的で、自習室以外にも音楽やビデオなどの視聴覚機器も完備されており、居心地もいいので利用者は多い。


 あたしはそこで「お弁当作り百選」という本を開いて眺めていた。

 こういう日頃の地道な努力が、『王子様の心を掴むシンデレラ』として必要なのだ。


「天辺さん・・・」


 そんなあたしに、おずおずと掛ける声があった。

 顔を上げると、そこにいたのはバスケ部の一年マネージャー・川上純子ちゃんだった。


「あ、川上さん」


「お久しぶりです・・・」


 相変わらず、自信無さそうな、大人しい話し方だ。

 その上、同学年のあたしに敬語だし・・・。


「うん、久しぶり。川上さんは今日は部活は?」


 兵太は確か授業が終わると、ダッシュで部活に行ったはずだが?


「今日は一年マネージャーは、部室の掃除だけだったんで」


「そうなんだ」


 会話が途切れた。

 あたしと川上さんは、友達って訳じゃないからなぁ。クラスも違うし。

 そんなに話すことがある訳じゃない。


 だが川上さんは、あたしの横に立っていた。

 まだ何か、あたしに話すことがあるらしい。


「お弁当作りの本を読んでいるんですか?」


 しばらくの間の後、彼女はそう聞いて来た。


「うん、やっぱりレパートリーは増やしておかないとね。赤御門先輩に食べてもらう時は最高のお弁当を食べて欲しいし、そうでない時でも毎日同じ内容じゃ、兵太もイヤだろうしね」


 兵太の名前を出した時、川上さんの表情が少し曇ったように感じた。


「天辺さんは料理が得意なんですよね。『天辺さんのお弁当は凄く美味しい』って中上君はいつも言ってますし、赤御門先輩も『とても美味しかった』って言ってました」


 ンフフ、赤御門先輩までそう言ってくれているのか。

 同じことは渋水理穂からも聞いたが、やはり気分がいい。

 赤御門様と同じバスケ部の兵太が普段からそう言っているのも、イイ宣伝になっているだろう。

 ヤツに三百円で弁当を売っているのも、ムダじゃなかった訳だ。


「あの、天辺さん。あたしにお弁当の作り方を教えてくれませんか?」


「えっ?」


 あたしは驚いて、思わず川上さんの顔を二度見した。


「あたしはそんなに料理は得意じゃないんです。でもこの前、天辺さんに『中上君にお弁当を作って渡したら』って言われてから、ずっと考えていました」


 川上純子ちゃんは決心したように、握り拳を胸に当てて言った。


「天辺さんの言う通りです。中上君に好意を持っている女子は、他にもいるみたいですし。だからあたしは決心しました。中上君にお弁当を渡して食べてもらおう、って」


 あたしはマジマジと彼女の顔を見た。

 どうやら川上さんは本気らしい。

 だがあたしの胸は、何となくモヤモヤしていた。

 何だろう、この気持ち・・・


「でも、あたしだって料理の先生って訳でもないし、あくまで自己流でやっているだけだから、他人に教えるような事は何も無いよ」


 あたしは自信なく、そう答えた。


「それに他の人に教えられるような時間も無いし・・・」


 まるで言い訳のように、後から付け加える。


「それでもいいんです。あたしは何も知らないから。中上君が『美味しい』って言う、天辺さんのお弁当の作り方を知ることが出来れば」


 あたしは黙っていた。


・・・そんな、人に教える程の腕前じゃないよ、あたし。


 それと胸の中のモヤモヤが消えていない。

 なんかスッキリしない。

 気乗りしないんだ。


「じゃあせめて、中上君の好きなモノとか、教えてもらえませんか?」


 川上さんは必死だった。


・・・仕方ない。言い出しっぺはあたしだしな・・・


 だが改めて考えてみると、兵太の好きな物って思い浮かばない。

 割と何でも食うヤツだからな、アイツは。


「う~ん、ハンバーグとか、コロッケとか、オムレツとか、唐揚げとか、割と子供っぽい料理が好きかな、兵太は」


 川上さんはあたしの隣に腰掛けると、手帳を取り出してそれを書き始めた。


「ハンバーガーとかジャンク・フードをよく食べてるイメージあるけど。あ、あとラーメンが大好き」


 川上さんが顔を上げた。不審気な目であたしを見る。


「でもハンバーガーとかラーメンって、お弁当には出来ないですよね?」


「あ、そうだね。ゴメン、ゴメン。ん~、味は濃い目が好きかもしれない。牛肉のゴボウ巻きでも、筑前煮でも、どっちかと言うと味が濃い方が喜ぶみたいだから」


「逆に嫌いなものとか、食べられないものはあります?」


「兵太は納豆は食べられないね。メカブとかも嫌いだったような。まぁどちらもお弁当には使わないと思うけど」


「天辺さんはお弁当を作る時に、コツとか気をつけていることってありますか?」


「一番気をつけているのは、やっぱり食中毒かな。これからの季節は怖いしね。だから殺菌効果のある梅干とか酢を使ったものを入れるようにしている。あと直接に手では触らないとか」


 通り一遍のことしか言わないあたしに、川上さんは拍子抜けしたのかもしれない。


「他には何かあります?」


 軽く不満そうにそう聞いた。


「汁気が多い料理は、入れる時にラップに包むとか気をつけているかな。他の料理に味が移っちゃうから。あと運動部の男子だから、やっぱりボリュームがあるお弁当の方がいいよね。肉類はメインのおかずで大抵は入れるようにしてる」


 川上さんには悪いけど、料理に秘密なんて、そんなに無い。

 自分で作って試してみて、自分の納得する味を見つけるしかない。

 たとえば「肉じゃが」一つとっても、ネットで検索すると様々なレシピが出てくる。

 その中でどれが自分に合うかは、自分で試行錯誤して探すしかない。


「後は自分で楽しんで作ることが大切じゃないかな?毎日作るとなると、義務感だけじゃ中々続かないし」


 川上さんはメモを閉じて立ち上がった。


「ありがとう、天辺さん。あたしもこれから頑張ってお弁当を作ってみます。今すぐは無理だけど、いつか中上君に『天辺さんに負けないくらい美味しい』って言って貰えるように・・・」


「別にあたしもそんなに大したモンじゃないと思うけど。まぁ頑張ってね」


 川上さんはペコリと頭を下げて、立ち去って行った。

 あたしは再び視線をレシピ本に戻す。

 だがさっきほど、本の内容に集中できない。


……そうか、川上さんは兵太にお弁当を作ることに決めたのか……


 その事が、あたしの心をざわつかせていた。

 別に兵太に彼女が出来ようが、誰と付き合おうが、あたしには関係ない事なのに。


……あたしと兵太はただの幼なじみ。お互い、別に恋愛感情なんて無いでしょ……


 でも、何となく、無意識だが、さっき川上さんの質問に対して、あたしは親身になって答えていなかったかもしれない。

 そりゃ別に、わざわざ一緒になってお弁当を作ってあげる義理は無いけどさ。

 だけどあたし、どうしたんだろ?

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