第25話 あたしが慈円多学園を選んだ訳(後編)

 ちょうどその頃、教育実習生が来た。

 あたし達のクラスを受け持つことになったのは、背はそれほど高くなかったが、

髪の毛をボブカットにした、カッコいい女性だった。

 彼女の名前は宮田さんだ。

 宮田さんは教育実習生の割りには、授業や勉強を見るのも熱心だったし、

 あたし達生徒とも、よく話をしてくれた。

 あたし達にとっては「身近な良きお姉さん」と言った感じだった。


 ある日、あたしは学校から帰ろうとした時、宮田さんに呼び止められた。

 クラスの女子から除け者にされているあたしは、当時は帰りは一人だ。

 宮田さんは空き教室に私を呼び入れた。


「天辺さん、あなたクラスの女子と仲が良くないみたいだけど、何があったの?」


「別に、わからないです」


 あたしは別に、この件を人に話す気は無かった。

 だが宮田さんは、それで納得はしなかった。


「何か思い当たること、あるでしょ?天辺さんは成績もいいし、クラブ活動には入っていないけど、足も早くて運動神経もいい。性格もサッパリしていて、他人に嫌われる性格じゃないと思うのよ」


 あたしは黙っていた。理由は二つ。

 面倒臭いのが一つ。

 二つ目は、クラスで除け者になっている事を他人に話すのは、それはそれで苦痛なのだ。

 宮田さんがあたしの目を見る。


「実は私も、中学生の時にクラスの女子全員から除け者にされた事があったの。キッカケは本当に些細な事だった。学校で女子に人気のあった先生が、私の事をすごく誉めたことがあった。それが気に入らない女子達が中心になって、私を除け者にするようになったの。だから天辺さんにも、同じような事があったんじゃないかと思って」


 先生がここまで腹を割って話をしてくれたんだ。

 あたしも正直に言うのが筋ってもんだろう。


 あたしは今までの事を話した。

 最初は杉村さんが除け者だったこと。

 あたしだけが彼女と話す存在だったこと。

 夏休みに杉村さんが、クラスの中心女子と話すようになったこと。

 そこで杉村さんは、あたしが彼女達の悪口を言っている、と言い回ったこと。


 宮田さんはじっとあたしの話を聞いていた。

 あたしの話が終わると、宮田さんは言った。


「天辺さん、あなた、高校は慈円多学園に行きなさい」


「は?」


 何を言っているのかと思った。

 ここでいきなり高校の話?


「慈円多学園は、私の母校なの。あなたみたいに実力はあるけど周囲に合わせず、ストレートな人は、周囲の嫉妬を集めやすい。普通の学校に行ったら、あなたはまた標的にされる可能性があるわ」


 そんなものか?と、思った。

 そこまであたしは、自分に実力があるとは思わないが。


「慈円多学園のモットーは『女子たるもの、野獣であれ!』。だから競争も全てストレート。女子の嫉妬によるイジメとか、そんな陰湿な物が入る余地がない!」


 そう熱く語る彼女の言葉に、あたしもいつの間にか引き込まれて行った。


「慈円多学園では、こう教えている。『女は全て女であるだけで素晴らしい』全ての女性の生き方を肯定してくれる。だからより良い男を捕まえる事も、勉強や仕事を頑張って社会でのし上がる事も、両方とも価値があって重要だと言っている。あなたや私みたいなタイプにはピッタリの学校だわ!」


 宮田さんは立ち上がると、強く言った。


「もうすぐ文化祭があるわよね。C組の出し物は演劇。そこで天辺さんは、周囲を意見を気にせず、自分の思う通りにやりなさい。そしてあなたの存在を他女子に見せつけるの。『人生は常に勝負』よ!」


 その時のあたしには、宮田さんの言ったことは全部は理解できなかったが、宮田さんの強い意思だけは響いた。

 あたしは宮田さんの言う通り、文化祭の演劇については率先して発言し、活動した。

 題材選びから脚本、台本作成、道具の準備まで、できる事は全て!

 少しでもより良いモノを、上を目指して!


 最初はあたしを無視していた女子達も、男子があたしに協力的になってくれると、自然にあたしの回りに集まり始めた。

 時には議論を交わし、時にはみんなの意見を調整して行く内に、熊本達ボス猿女子もあたしの事を認めるようになって行った。


 そして文化祭はクラス一丸となり、大成功を納めた。

 各クラスの出し物の投票結果でも、あたし達の1年C組が上級生を押さえて一位だったのだ。


 その頃には、あたしはクラス女子の中心となっていた。

 あたしはそこで宮田さんの言った事を実感したのだ。


『人生は常に勝負』


 そしてそこにはこう付け加えるべきだ。


『勝たなきゃ意味がない。上を目指し続けるべき』


*****


 文化祭から一週間ほど後のこと。

 下駄箱で、杉村綾があたしを待っていた。


「あの……」


 彼女がオドオドしながら、声をかけて来る。

 あたしは感情を込めずに、彼女の方を見た。


「あたし、天辺さんに謝らなきゃって思って……」


 あたしは無言だった。


「あの、ごめんなさい。天辺さんはあたしに優しくしてくれたのに……」


 あたしは答えない。


「あたしは嫌だったんだけど、熊本さん達に『天辺さんと話をしたら許さない』って言われて。あたし、またイジメられるのが怖くて……」


「嘘つき」


「えっ?」


「嘘をつくな、って言ってるの」


「えっ、あたし、嘘なんて言ってない」


「あたし、もう聞いているんだよ。他のクラスの子から。杉村さんが夏休みに熊本さんと偶然会って、それから『あたしが熊本さん達の悪口を言っている』って杉村さんが言ったって」


「・・・」


「ちなみに同じ事は熊本さん達からも聞いたよ。他の女子はわかっていたみたいだけどね」


「う、うう」


 とうとう杉村さんは泣き出した。

 泣けば許されると思ってるのか?この女?

 あたしはそんな彼女にさらに言った。


「一学期の時は、あたしには杉村さんを嫌う理由が無かった。だけど今はハッキリとある。あたしはあなたを信用できない」


 彼女は泣き続けた。


「だけど、あたしはあなたを除け者にはしない。でも関わりたくもない」


 あたしは泣いている杉村綾をそのままにして、その場から立ち去った。


 確かに不愉快な出来事だった。

 だけどあの事件によって、あたしは人生において一つの教訓を学んだのだ。


 そしてあたしには当面の目標が出来た。

 それは『慈円多学園に行くこと』

 名門私立高校だけあって、学力的には難しいかもしれないが、これがあたしの今の目的だ。

 あたしは宮田さんみたいな人になりたい!

 あたしは上を目指すんだ!


 弁当を食べながら、あたしはその事を思い出していた。

 そう、あたしは上を目指す。

 妥協はしない。

 普通で満足しない。

 つまらない女にはならない。

 人生は常に勝負だ。勝たなきゃ意味がない。

 『女子たるもの、野獣であれ!』だ!

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