第24話 あたしが慈円多学園を選んだ訳(前編)

 今日も赤御門様にお弁当は渡せなかった。

 よって今日も兵太と屋上で2人並んで弁当を食べている。

 (もちろん、距離は空けている)


 突然、兵太が聞いてきた。


「なぁ、おまえって、昔からそんなに『上を目指す!』って言う性格だったっけ?」


 あたしはホウレンソウとニンジン入りのだし巻き卵焼きを口に入れながら考えた。

 ・・・この話って、兵太にもしていなかったのか。


 そう、あたしが『人生、勝たなきゃ意味が無い』と思ったのは、中一の秋からだった。

 あたしと兵太は、普通の公立中学校に通っていた。

 どこにでもある、一般的な中学校だ。


 中学に入って最初の頃は、同じ小学校の子と集まっていたが、すぐに新しいクラスで何人かの仲の良い友達が出来た。

 こうしてクラスの中で女子は三つか四つのグループに別れていった。


 だがその中で一人、どこのグループにも属さない子がいた。

 ー 杉村綾 -

 彼女はまぁまぁ可愛い感じの子だったが、どこか調子のイイ所があった。

 そして中1の割りにはマセていたのか、中学に入って早々にバレー部の先輩を付き合いだしたのだ。


 これだけでも杉村綾は、他の女子から目を付けられやすいのに、彼女はクラスの男子にも八方美人的な所があったのだ。

 クラスの女子連中の中で、彼女に対する不満が蓄積して行った。

 特に当時のクラスで、あたしが密かに「ボス女子三人衆」と呼んでいた連中の怒りを買ってしまったようだ。


 ついにはある日の放課後、雑談中に、彼女に対する欠席裁判とも言うべき状態になってしまったのだ!


「あの子さぁ、男なら誰でも色目使うでしょ」


「バレー部の先輩にも、自分から言い寄ったんだって」


「『先輩、すっご~い!カッコいいです~』とか媚売っちゃってさ。見てらんないよ」


「それなのにクラスの男子にも、ベタベタして行くよね」


「今日も『石田く~ん、何してるの?』とか言ってさ、バッカみたい」


「あいつ、男の前だと声変わるんだよね。『く~ん』とか伸ばしちゃって」


「マジ、鼻につくよ。あたし、アイツとはもう話さない」


「あたしも!」


「あたしも!」


 話が流れていく内に、杉村綾には『クラスの女子全員で、村八分の刑』に決まってしまった。

 あたしは「何だかなぁ~」と思いつつも、特に彼女を庇ってやる義理は無いので、何も言わなかった。

 と言って、他の女子に合わせて、彼女を無視するつもりも無かった。

 (こういう所が周囲から「雰囲気を読まない奴」って思われる点なんだろう、と自分でも思う)


 次の日から、杉村綾に対する全女子の態度は徹底していた。

 杉村綾が近寄ると、露骨に女子達は会話を止めて離れていくし、彼女には挨拶もしない。

 授業中のプリントを回す時も、彼女に対しては顔を向けずに投げ捨てるように渡す。

 杉村綾が男子と話すのを見ると、その男子に


「あの子と話さない方がいいよ。あの子は女子全員に嫌われているから」


 とわざわざご注進に及ぶ女子までいた。


 ある日、あたしが先生の手伝いのために遅くなり、一人で下校しようとした時だ。

 下駄箱に杉村綾がいた。

 彼女はあたしの方をチラっと見たが、黙って下を向いていた。

 既に彼女も十分に、クラスで除け者にされていることを理解していた。


「さよなら」


 あたしは普通に声をかけた。

 そのまま横を通り過ぎていく。

 杉村綾は驚いたように顔を上げると、小さな声で「さよなら」と言った。

 それで終わりかと思ってあたしが歩いていたら、後ろから彼女が追いかけてきたのだ。


「あの、天辺さん……」


 並ぶと彼女はおずおずと聞いてきた。


「なに?」


「その……天辺さんは、あたしと話して大丈夫なの?」


「なんで?」


「みんながあたしのこと、避けているみたいだから……」


 あたしは正直言って、そういう女子達の”群れ作り”みたいなのが嫌いだった。

 昔はみんな普通に仲良くしてたのに、小6くらいから、そんな雰囲気が出来てきたような気がする。

 そんな事に関わっているのも、面倒臭い。


「話したくない人は、話したくない理由があるんじゃないの。あたしは別に杉村さんと”話さない”って理由も無いから」


 そう答えると彼女はホッと安心したようだ。


 それからあたしと彼女は数言、言葉を交わした。内容は覚えてない。

 別れ際、彼女が言った。


「これからも、あたしと友達でいてくれる?」


 あたしは内心「めんどくせーなー」と思いながら


「友達とか何とかじゃなくて、同じクラスなんだから、話しかけてくれればいいじゃん。あたしは別に普通に話すよ」


 と答えた。


 翌日から、杉村綾は休み時間の度にあたしの席に来た。

 どこに行くにも一緒にくっついて来た。

 正直「ウザイ」とは思っていたが、特に口に出すことは無かった。

 そんなあたしの態度は、ボス猿女子の目には余ったらしい。


 ある時、女子トイレでボス猿女子の一人・熊本典子と一緒になった。

 まあ彼女はサルより、どっちかと言うとブルドックの方が似ているんだが。

 手を洗っていると、熊本典子が背後に来た。


「美園、あんた、何で杉村綾なんかと仲良くしてんの?」


「別に、特別仲良くもしてないけど。杉村さんが話しかけてくるから、話してるだけだよ」


 熊本典子は強い調子で言った。


「みんなで『杉村綾とは話さないようにしよう』って決めたじゃん!」


 は?あたし、そんな事に賛成した覚えはないけど。

 あの場にいたからって、全員が賛同したと思われちゃ困る。


「もう一回言っておくけど、杉村綾と関わらない方がいいよ。最後の忠告だから」


 熊本はそう言ってトイレを出て行った。

 おいおい、手、洗ったか?


 その後、しばらくして夏休みになった。

 あたしの杉村綾に対する態度は変わらなかったが、

 ボス猿女子達も特にあたしに何かを仕掛けてくることは無かった。


 夏休み中、あたしはただダラダラ~っと家で過ごしていた。

 クラブ活動をしていないあたしは、夏休みは特にお誘いがない限り、どこにも出ない。

 日々、テレビを見て、マンガ読んで、ラノベ読んで……

 つまり食っちゃ寝の生活を過ごしていた。


 状況が変わったのは、二学期に入ってからだ。

 クラスの女子全員が、今度はあたしを除け者にし始めたのだ。

 あたしが話しかけても、ほとんど返事もしない。

 あたしが近づくと、みんながその場から離れていく。


 そして、あの杉村綾でさえ、あたしに対してそういう態度を取っていた。

 何があったのか知らないが、杉村綾はボス猿女子達の腰巾着となっていたのだ。

 彼女達と一緒になって、露骨にあたしを無視する態度を取る。


 まぁそっちがそういう態度を取るなら、別にいいか。

 あたしはそう思っていた。


 あたしが無視されるようになってから2週間くらい経った頃、

 小学校時代に仲が良かったが、今は別クラスの女の子と、帰りに一緒になった。


「美園ちゃん、いまC組女子から除け者にされているんだって?」


「そうみたいだね」


 あたしは軽く答えた。隠したってしょうがない。

 その子はちょっと考えた様子で、次の事を言った。


「あたし、C組の女子で塾が一緒の子がいるんだけど、その子から話を聞いたんだ……」


 彼女の話によると、こうらしい。


 夏休みに、偶然デパートで熊本さんと杉村さんが出会ったそうだ。

 そこで2人が話したところ、思いがけず意気投合し、

 夏休み中に他のボス猿女子とも一緒に遊ぶようになったらしい。

 それだけなら「めでたし、めでたし」で終わるのだが、ここからが問題だ。

 杉村さんがボス猿女子達に、こう言ったそうなのだ。


「天辺さんは、熊本さん達の事を悪く言っている」


 あたしはそんな事は一言も言った覚えは無いが、彼女達の中ではそれが盛り上がり、ついにあたしを除け者にする事が決定したらしい。

 (勿論「ボス猿女子」は心の声だ。それを口に出していうほど愚かじゃない)


 なお熊本さんは兵太が好きらしいが、あたしと兵太の仲がいいのも、気に入らない原因の一つだと言う。


「教えてくれてありがと。でも大丈夫だよ、あたしは気にしてないから」


 その子にはそう言って別れた。


 だがあたしの中にも、フツフツと杉村綾に対する怒りが込み上げてきた。

 別にクラスの女子に合わせて、あたしを除け者にするのはいい。

 熊本達の事だ、彼女の言う通りにあたしを除け者にしないと、その相手を標的にしかねない。

 人間、誰しも自分が可愛い。


 だが自分の立場を良くするために、他人にデマを吹き込むか?

 それも一学期は唯一の話し相手だった、あたしに対して!

 くだらない争いは御免だが、杉村綾のやり方は腹に据えかねた。


 と言っても、あたしもそれで正面切ってケンカするほど馬鹿じゃない。

 そうして”あたしが除け者の状態”は、一ヶ月以上続いた。

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