第19話 大ピンチ!小遣いが足りない!(後編)

 あたしの猛ダッシュにより、二十分後には隣町のスーパーに到着した。

 ここはスーパーはスーパーでも、ただのスーパーではない。

 都内に何店舗か構える”高級スーパー”なのだ!


 だが既に「タイムセール 四時から」の午後四時は三分ほど過ぎてしまっている。

 あたしはチャリンコの鍵もそこそこに、店に飛び込んで行った。


……目的のキャビアはどこだ?……


 そう思って探索モードに入るあたしの横を、キャビアの缶詰をカゴに入れた主婦が通りすぎて行った。


 あっちか?

 その主婦がやって来た方向にダッシュする。


 予想通り、生鮮食料品売り場の前に人だかりが出来ていた。

 おそらく目標物は、あの人だかりの向こうだ!

 群がっているオバサン連中の中に、あたしは割って入って行った。

 一人のオバサンがあたしを睨むが、そんな事を気にしていられない。


 目的地までは後一列!

 だがその一列が強固であった。

 推定体重六五キロはオーバーしていそうな、オバサン連中の肉の壁だ!


 ちくしょう。

 誰か一人でも退いてくれれば、あたしなら二人は入れるのに!


 そう思っている間にも、特価台に置かれたキャビアの缶詰は次々に無くなって行く。

 何故か二個も三個もカゴに入れているババアがいた!

 一人一個って書いてあっただろうが!


 その時、幸運にもあたしの斜め前にいた主婦が前線から離脱した。

 あたしはすかさずそこに身体を滑り込ませる。

 既に特価台の上には、キャビアは三つしか残っていなかった。

 四個目を取ろうとしていた強欲ババアより一瞬早く、あたしはキャビアの缶を捕獲することに成功した。

 ガッチリ掴んだあたしの手の隙間に、ババアが手を差し込もうとする。

 あたしはすかさず胸にキャビアを抱え込む。

 ババアがあたしを睨んだ。


 残念だな。一人一個なんだよ!


 あたしは心の中で舌を出すと、モンスターの群れから離脱した。

 お宝アイテム”キャビアの缶詰”をゲットしたのだ!


 あたしは満ち足りた気分でレジに並んだ。

 ふっふっふ、これで明日のお弁当クエストには、スーパーアイテム”キャビア”がセットされる事は確実だ。

 あたしの攻撃力も、五〇はUPした事は間違いない!


「あら、もしかして・・・」


 そんな幸せな気分のあたしに、頭から冷水をぶっかけるような声が、背後から聞こえた。


「あなた、昨日の?」


 あたしは恐る恐る背後を見た。


 そこに居たのは、雲取麗佳ではないか!


「あなたの名前は、え~っと……?」


 このクソ女、貶した相手の名前くらい、覚えとけ!

 だが相手は先輩だ。しかも学園を支配する女王・セブン・シスターズの一人。

 ここは大人しい後輩を演じるしかないだろう。


「一年の天辺です。こんにちは」


「あなたもここで買い物してるの?」


 ちょっと意外そうな表情だ。

 なんだ?一般ピーポーの娘が、この高級スーパーで買い物してちゃ、おかしいってか?

 だが雲取は目敏かった。

 あたしの買い物カゴに一つだけ入った”特価三九八〇円のキャビアの缶詰”をロックオンしたようだ。


「そのキャビアを買いに来たの?」


「ハハァん」と言いたげな侮蔑の表情が浮かぶ。


 しまった。


 だがあたしはこの特価のキャビアしか買ってない。

 隠しようがない。

 こんな場面に備えて、ポテトチップでも買ってカモフラージュしておけば良かった。


「そういう安いキャビアってね、シベリア産か養殖が多いのよ。それと使っているチョウザメも養殖用の交配種なの。ベステルとかハイブリッドって呼ばれているわ。それに塩分濃度も高くって、それじゃあ本物のキャビアの味は味わえないんじゃない?」


 うるっせーなぁ、聞いてもいないウンチクをペラペラと。

 キャビアはキャビアなんだから問題ねーだろ?

 さらに雲取は自分の買い物カゴから、瓶詰めのキャビアを取り出した。


「これが本物のキャビア。カスピ海産ベルーガのキャビアよ。塩分は五%以下。値段は二〇グラムで二万円はするけど、これくらいじゃないと、キャビアの本当の味はわからないからね」


 ムカつく!この女、心底ムカつく!

 せっかくあたしがいい気分に浸っていたって言うのに、それをブチ壊しやがって。

 ベルーガだかガルーダだか知らないが、ファンタジーに出てきそうな名前付けてリャいいってもんじゃねーぞ。


 だがそれと同時に、あたしが打ちのめされたのも事実だ。

 キャビア一つで二万円?

 あたしのは同じ二〇gで三九八〇円だ。

 本当に五倍もの値段の差が、味にあるのかはわからないが、キャビアの世界にも確実に格差はあるようだ。

 あたしは屈辱感と敗北感に苛まれながら、レジで一個三九八〇円の特価キャビアを買った。


「失礼します」


 あたしは下を向いたまま、急いでその場を離れようとした。

 そんなあたしに雲取は追い討ちをかける。


「そのキャビア、お弁当に出そうと思っているなら、止めた方がいいわよ。赤御門さんも本物の味を知っている人だから。逆に見透かされるわよ」


 あたしは後ろを見ずに、店を後にした。

 ちくしょう、もし神様がいて、あたしの望み通りに誰かを転生させられるなら、雲取麗華の来世はチョウザメにしてくれ!

 あたしが腹かっさばいて、卵を取り出してキャビアにして食ってやる!

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