第18話 大ピンチ!小遣いが足りない!(前編)

 ぐぅぬおぉぉぉ!


 あたしはひっくり返った。

 何度、見直してみても、サイフの中にあるのは五千円札だった。

 あたしはまだ一万円はあると思っていたのに……

 五千円札と一万円札を見間違えていたのだ。


……おい、樋口一葉。アンタ、今朝までは福沢諭吉だったよな?今からでも遅くない。福沢諭吉になれ!……


 そんな呪いの言葉を胸の内で呟く。

 だが何度見返そうが、どんな呪文を唱えようが、樋口一葉は福沢諭吉にはならなかった。


 くっそう、どうすれば……


 あたしが、ここまで『樋口一葉と福沢諭吉の違い』に拘るのは理由がある。

 何と隣駅のスーパーでキャビアの缶詰20グラム入りが、特別品として三九八〇円で売り出されているのだ!

 先日、やっと念願かなって、赤御門様にあたしの手作り弁当を食べてもらうことが出来た。

 赤御門様も至ってあたしのお弁当に満足してくれ、「また食べたい」と言ってくれったのだ。

 だがその帰りに、セブン・シスターズの連中に言われた「粗末な貧乏くさい弁当」と言う単語が、あたしの繊細なハートに大きな傷を残したのだ。


……何とか彼女らを見返してやりたい……


 そう思っていた時、天からの福音のごとく、今朝のチラシが目に入った。


――タイムセール!(本日四時から)特価!シベリア産キャビア二〇g 三九八〇円、限定50個、お一人様一個まで――


 これだ!これしかない!

 高級食材、世界の三大珍味の一つ、キャビア。

 これが入れば、彼女達だって文句は言えまい!

 小遣い日まであと一週間、サイフにはまだ一万円札が入っていたはずだ・・・


 ……と、ここで冒頭の事態に至った訳だ。

 連日のお弁当作り、ただでさえ材料費に圧迫されて、小遣いはいくらあっても足りない。

 既に今年のお年玉はあらかた使ってしまった。

 かくなる上は、母親金融にお願いして、小遣いの前借りを頼むしかないか?

 累積債務が嵩んでいる気がするが、まさか腎臓までは取られまい。


 あたしは階下に降りて行くと、母親の様子を伺った。

 母親はコーヒーを飲みながら、HDDレコーダーに撮り貯めていた歌番組を見ている。

 うん、今なら大丈夫だ。

 これがドラマだったら、話しかけられないところだった。


「ねぇ、お母さん。ちょっと頼みがあるんだけど」


 母親は関心無さそうに、小分けされたお菓子の袋を開けた。


「なんなの?」


「いやぁ悪いんだけど、お小遣い、前借りできないかな?」


 十分に母親のタイミングを見計らって言ったつもりだが、母親の反応は悪かった。


「また?アンタ、二週間おきに前借りしてるじゃないの!もう二ヶ月分は先渡ししてるわよ!」


 うう、予想通りの返答だ。

 だがここで引き下がっては”赤御門様に届ける弁当にキャビアを入れる”という崇高な目標が、泡と消える!


「頼むよぉ~。あたしだって毎朝、お父さんの分のお弁当も作ってるじゃない。お母さんだって随分助かってるでしょ?」


「お父さんのお弁当に、そんなにお金はかかってないよ。それにその分はちゃんと渡してるでしょ」


 あたしは両手を合わせて、拝むように頭を下げた。


「お願い!高校に入ると付き合いが増えるんだよ!特にウチの学校は、裕福な家庭の子が多いでしょ!だからぁ……」


「アンタ、この前もそう言って一万円借りて行ったじゃないの!」


 クッソ、細かい事を一々と!

 この女、娘が可愛くないのか?

 娘の将来設計を応援しようって気は無いのか?

 娘が「お金が欲しい」って行ったら、黙って万札握らせてくれるのが、親ってもんじゃないのか?

 あたしが援交とかパパ活に走ったら、どうするつもりだ?

 悔しいが最後の手段だ。


「わかってるよ。だから夏休みにはバイトして返すから。ね、だから今回だけお願い!」


 母親を拝み倒す!


「全く、仕方がないね。お父さんには内緒だからね」


 母親はそう言って五千円を出してくれた。


 サンキュー、ママ!

 大丈夫、お父さんには内緒にしておくよ。

 お父さんにはこの間、別口で一万円貰っているから!


 あたしは貰った五千円札をサイフにねじ込むと、早速隣駅のスーパーにチャリンコを飛ばした。

 急がねば、あたしのキャビア(特価三九八〇円)が売り切れてしまう!

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