第17話 念願のポール・ポジション! (後編)

「赤御門さん、私の作ったお弁当、一緒に食べて下さい!」


 あたし、咲藤ミラン、雲取麗佳、天女梨々香、そして最後に五番目に入った渋水理穂の五人が、それぞれ自分の弁当を開いて、学園一の美男子で貴公子に差し出した。


「いつもありがとう。こんなに毎日おいしそうな弁当を作って貰って来て、一人しか選べないなんて、すごく残念だよ」


 赤御門様、いや凛音様は、その爽やかな笑顔と心に響く渋みのあるテノールの声で、そう語りかけてくれた。

 これだけでも、けっこう幸せかも。


「あれ?君はお弁当を持ってきてくれるのは、初めてだよね?」


 そう言われて、あたしはハッとした。

 もしかして、あたしに話しかけてる?

 あたしは怖々、顔を上げてみた。

 そこには凛音様の澄んだ瞳が、優しい笑顔が、あたしを見つめていた。


 ああ、男の人でこんなキレイな人が存在したんだろうか?

 目はクッキリとしたアーモンド型の涼しげで、鼻も大きくも小さくもなく、それでいてスッと整っている。口もバランスのいい大きさで、唇だって天然の健康そうな赤い色だ。

 肌だって男とは思えないくらい、白く透明感がある。

 凛音様に比べたら、そこらの男子なんてジャガイモかカボチャにしか見えない。


「へぇ、君のお弁当、すごい美味しそうだね。ボリュームもあるし」


凛音様はあたしのお弁当を覗き込む。


「今日はお腹も空いているし、初めてだから君のお弁当にしようかな?」


 凛音様の口からその言葉が出た時、あたしは思わず失神するかと思った。

 更年期だったら尿失禁くらいしたかもしれない。


「ぁぁぁ、ありがとう・・・・・・ございます」


 声が震えていた。

 感動のあまり、顔を上げられない。

 顔が発火するかと思うぐらい熱くなり、目が潤んでくる。

 ヤバッ!ここは泣く所じゃない!


「うん、じゃあ学食行こうか?」


 そう言って凛音様は自然に私の二の腕をつかんでくれた。


 あくまで、優しく、そっと・・・・・・


 あたしは凛音様から発せられる『幸福かつ至福のオーラ』に包まれていた。

 あ~、この状況を誰か動画に撮っておいて欲しい!

 WEBに上がっていたら、あたし一人で一万回は再生するだろう。


 だがそんな幸福のオーラさえ、突き破るような憎悪の視線を感じた。

 もはや明確な殺気だ。

 あたしはそっとその視線の発生源を盗み見た。

 美しき三人の美女とその候補一名だ。

 彼女達は、その視線であたしを焼き殺そうとしてるがばかりに、睨み続けていた。


 慈円多学園 第一上級学生食堂 VIPラウンジ…

 あたしは今、憧れの赤御門凛音様と一緒に、その中でも最上階テラスの通称”ホワイト・テーブル”に座っている。

 二フロア分をぶち抜いたこの上級学生食堂は、階下を通って普通学食に行く生徒達を見下ろすことが出来る。

 ここは、全部で十テーブル二十席しかない”選ばれた人間だけの席”なのだ。


 ウェイターがやって来て凛音様に尋ねる。


「赤御門様、お飲み物は何にしましか?」


「フィリコのキングキャップを二つ。あと食後のコーヒーはコピ・ルアクを二つ」


 ウェイターはうやうやしく一礼すると下がって行った。


 フィリコのキングキャップ……一本七二〇ミリリットルで一万円は越えるというミネラル・ウォーター。

 たかが水にどうしてそんな値段が付くのか、あたしの頭では理解ができないが、ともかくセレブ御用達のすごい水だ。


 そしてコピ・ルアク。

 これはコーヒーの実を食べたジャコウネコの糞から取り出した、最高級コーヒー豆だ。

 こちらも一杯で一万円近い値段がする。

 動物の糞を食べてみようってだけでも罰ゲームなのに、それを飲むのに一万円なんて常軌を逸しているんじゃないか?


 しかもどちらも一人分だけで、優にあたしが作ったお弁当の材料費を越えている。

 なんだか申し訳ない気がして、あたしは小さくなった。


 赤御門様は私の弁当を開いた。

 まずは鶏のひつまぶしを一口。


「……うまい……」


赤御門様の口からその言葉が漏れた。


――やった!――


ついにその言葉を言わせる段階まで来た!


 次に赤御門様は豚の角煮を口にする。

 数回咀嚼し、ゆっくりと飲み込んだ。

 さらに野菜のテリーヌ風酢漬けや一口サラダも、次々に口に運んでくれる。

 あっと言う間に私の力作弁当は空になった。

 彼は一本一万円のミネラル・ウォーターを半分ほど飲み干すと、満足したように言った。


「いや、本当に美味いよ。ウチのシェフでも弁当でここまで作れる人は中々いない。君、本当に料理が上手なんだね」


 あたしはもう有頂天だった。

 これで御曹司の記憶に『天辺美園』の名前は、しっかりと焼きついただろう。

 あたしの人生の階段は、一段上に進んだのだ。


「これからも赤御門先輩に食べて貰えるよう、一生懸命に作ります。また是非食べて下さい。よろしくお願いします!」


 私は深々と頭を下げ、普段より一トーン高い声で、可愛くお願いした。


「勿論だよ。本当に美味しかった。食が進む弁当だったよ。お腹一杯になれたしね。こっちこそ、またよろしく頼む」


 赤御門様は神々しい爽やかな笑顔を、私に向けてくれた。


――やった!――


 本日二度目の、心の中でのガッツポーズ!


 その時、二フロア下の一般学生用学食のフロアが目に入った。

 そこを兵太が歩いていくのが見える。


 そっか、あたしが赤御門様にお弁当を渡すことに成功した事実を、兵太は知る方法がないのだ。

 それで今まで屋上で、あたしが来るのを待っていたのかもしれない。


……今からだと、学食のパンとか残ってるかな……


 あたしの心が、チクっとだけ痛んだ。


「悪いんだけど、僕は五時間目の授業の準備があるんだ。先に行くね。君はもう少しゆっくりしていっていいよ」


 赤御門様はそう言って席を立った。

 本当はもうちょっと個人的なことを、色々話したかったんだけど……まあ、仕方が無い。


 赤御門様がいなくなった以上、この席に一人で座っているのは忍びない。

 あたしは二人分の弁当を片付けると、テーブルを離れた。

 下に降りる階段の手前、咲藤ミラン、雲取麗佳、天女梨々香の三人がいるテーブルが見えた。

 三人ともあたしの方を、嫌な目つきで睨んでいる。

 その前を通る時、あたしにわざと聞えるように、彼女達が話し始めた。


「でもあ~んな粗末で貧乏臭い弁当を、赤御門さんが選ぶなんてね~」


 雲取麗佳の声だ。


「ほぼ茶色一色でしたものね。あとは野菜だけ?コンビニ弁当かと思いましたわ」


 と天女梨々香


「まぁ、赤御門さんも男の子だからね。ボリュームだけ、欲しい時もあるでしょ」


 "だけ"を強調してそう言ったのは咲藤ミランだ。


「でもあんな粗末な弁当を人前に出せるなんて、神経を疑うわぁ。あたしなら犬のエサにしか出来ないけど」


「あら、ウチの犬なら食べませんよ、あんなの。だって産地もわからない素材で作った料理なんて」


「いつも私達のちゃんとした弁当を食べているからね。たまにはゲテモノ料理を試してみたくなったんじゃない?」


 そう言って三人は笑い声を上げた。


 あたしは拳を握り締めた。

 クソ女共がっ!

 聞こえよがしに当てこすりやがって!

 テメーらが負けたのが、そんなに悔しいか?

 だったら実力で勝ってみせろよ!

 そりゃ、あたしはアンタらみたいに金の掛かった食材は使えないけど、その分、調理法と手間でカバーしてるんだよ!

 あたしは下唇を噛みしめ、無言で階段を降りていった。

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