第16話 念願のポール・ポジション! (前編)

 十二時四分。

 あたしはいつものように、図書館前にいた。

 既に三十人は集まっているだろう。

 あたしはスタートゲート前のくじ引き箱の前に立つ。


……ああ、神様、仏様、キリスト様。どうかあたしに最前列のチャンスを……


 あたしはそう祈りながら、くじ引き箱の中に手を突っ込んだ。


 どれだ?どれが、当たりクジだ?

 指先に全神経を集中して、クジを探りまくる。

 後ろの女子が「早くしろよ」と言いたげな目をしているが、気にしてはいられない。


 えい!


 気合いで引いたクジを役員に渡す。

 役員は、背後に置いてあった机から、その番号に該当する札を渡してくれた。

 急いでその番号を見る。


 『1列目4番』


 え?

 あたしは一瞬、自分の目を疑った。

 印刷のかすれ具合も疑った。

 まさか『7列目4番』とか『10列目4番』じゃなかろうな?

 間違いない。

 札にはハッキリと『1列目4番』と書かれている。


 ベストポジションじゃないか!

 一列八人のこのレースでは、四番と五番がちょうどゲートの開く最初の場所、ということになる。

 つまり「誰よりも一番先に走り出せる」と言うことなのだ!


 ああ、神様か仏様かキリスト様か知らないが、どれかはこの可哀想な少女の切なる願いを聞き届けてくれたらしい。

 あたしは意気揚々とゲート内側の出走位置に着いた。

 これでもう、例の”妨害役”に邪魔されず、思う存分走ることが出来る。


 おそらくあたしは、セブン・シスターズやその他の主力メンバーに、マークはされていないはずなのだ。

 彼女達は「たまたまベストポジションに当たった、運がいいだけの普通の子」と思っているはず。

 スタートダッシュで一気に引き離せば、彼女達や妨害組が牽制し合っている間に、あたしは独走することが出来る!


「スタート一分前」


 生徒会役員の声がかかる。

 左隣の三番が咲藤ミラン、右隣の五番が雲取麗佳、六番が天女梨々香だ。渋水理穂は二列目六番の位置にいる。

 ちなみに咲藤ミランはハーフだ。

 身長一七四センチ、バストは推定Fカップで外人モデル並みのスタイルをしているが、陸上部中距離のエースでもある。

 雲取麗佳も「テニス部の女王様」と呼ばれているだけあって、体力も脚力もあるはずだ。

 天女梨々香は確か文芸部のはずだが、実はスポーツ万能らしい。このレースでも遅れを取っている様子はない。

 渋水理穂は、身長は私と同じ一五六センチくらいだが、卓球部の中では一、二を争う俊足だ。

 つまり、どいつもこいつも”決して侮れない相手”と言うことだ。


 心臓がドキドキする。

 あたしは普段より多目に呼吸する。

 ともかく、スタート時に頭一つでも抜け出すことが大切だ。

 失敗して、二列目妨害役軍団にでも巻き込まれたら、目も当てられない。


 ――キーン コーン カーン コーン――


 四時間目終了のチャイムが鳴った!

 役員の手によってスタートゲートが左右に開かれる。

 極限まで高まっている神経のせいか、開くゲートの速度がやけにゆっくりに感じられた。


 あたしの前で一人分の空間が開いた。

 右太股、右足首に爆発的に力を込める。

 ほぼ同時に左太股を跳ね上げる。


 ヨシ!絶好のスタートダッシュだ!

 同時にゲートが開いている右側五番の雲取麗佳に半馬身は差が着く。

 (馬じゃないけど)

 左側三番の咲藤ミランは、まだスタートできない。

 最大の強敵は咲藤ミランだと考えているので、これは大チャンスだ!

 あたしは自慢の俊足に物を言わせ、一気に突っ走った。

 前に誰も走る人がいない、という状況は気分がいい。

 特にこのレースは、今まで抑制して走らなければならかったので、余計にそう感じる。


 だがライバル達も、そう易々とあたしの独走を許してくれない。

 雲取、天女、咲藤が、物凄い勢いで追い上げてくる。

 あたしはトップで左角を曲がる。


 次は階段だ。

 階段を早く駆け上がるには、少しコツが必要だ。

 階段前までの走るスピードを、いかに階段を跳ね上がる勢いに変換できるかどうかだ。

 階段前でブレーキをかけてしまってはならない。

 あたしはうまい具合に、それまでの走るスピードを殺さずに、そのまま階段を駆け上がることが出来た。

 しかし他3人もこの辺のコツは既に掴んでいる。

 差は広がらない。


 だがこの階段で追い抜くのも、難しいはずだ。

 後は四階に出てから、いかに再ダッシュをかけられるかが決め手だ。

 あたしはトップで四階に上がる。

 次は水道場前の角を右に曲がって、渡り廊下を通って赤御門様までの百メートルの直線だ!


 トップの利点の一つは、思い通りの走行ラインを取れること。

 角はインコーナーぎりぎりで斜めに走り抜ける。


 そして最後の直線!

 ここで各クラスから恐怖の障害物である、フツメン・ザコメン軍団が沸き出してくるのだ。


 だが今日のあたしは先頭だ。

 フツメン・ザコメンをかわすのも有利だ。


 そしてあたしには、もう一つ有利な点がある。

 それが他ならぬ弁当だ。


 他女子のお弁当は、綺麗に可愛く飾ったデコレーション弁当。

 当然、思いっきり走って振り回してしまう訳にはいかない。

 綺麗なデコ弁が、汚らしいゴミ弁になってしまう。

 その点、あたしの弁当は、丁寧に見映え良くは詰めているが、デコ弁ではない。

 彼女達より、揺れ・振動に強いのだ。

 その分だけ、思いっきり走れる。

 究極のレースの中で、この差は大きい。


 だがこの予想を覆す恐るべき女がいた!

 咲藤ミランだ!


 咲藤ミラン。

 彼女はその長身から繰り出すコンパスの長さを活かし、百メートルの直線で見る見るスピードを上げてきたのだ!

 悲しいかな、こっちは平均的日本人体型。

 単なる直線スピード勝負なら、絶対に負ける!


 だが今回は、前回にあたしの邪魔をした「フルメン・ザコメン軍団」が、彼女の足を止めてくれた!

 多数現れる障害物に、さすがの咲藤ミランも、その脚力を十分に活かす事ができない。


 やったぜ!

 ”復讐するは我にあり”、”昨日の敵は今日の友”

 どっちも違うか?


 目の前の廊下に、神々しく光る人物が現れた!

  赤御門凛音様!

 そこらの男子とはオーラが違う!

 一キロ離れていたって、赤御門様なら見分けられるかもしれない。


 あと少し、あと少しで、この弁当を、あの人の手に・・・・・・

 だがそんなあたしの希望を討ち砕かんと、真横に現れた影があった。

  咲藤ミラン!

 もうあたしに追い付いたのか?


 そしてすぐ背後にも迫る足音が聞こえる。

 おそらく雲取麗佳と天女梨々香だろう。


 最後の勝負だ!

 あたしは既に乳酸が溜まりまくっている両足にムチを入れた。

 太股の大腿四頭筋、ふくろはぎの下腿三頭筋、アキレス腱が悲鳴をあげる。


 持ってくれ、あたしの脚!

 そう必死の願いと共に、光輝くゴールが確実に近づいてくる。

 だが咲藤は同一線上だし、雲取と天女もすぐ後ろだ。


 赤御門様の直前3メートル前。

 あたしは急制動をかけた。

 これが西宮神社の福男みたいに、ゴールが抱き止めてくれれば最高なんだが。


 このブレーキのかけ時が、また一つの勝負のポイントなのだ。

 早すぎれば追い抜かれてしまうし、遅すぎればゴールである赤御門様を通りすぎてしまう。

 だから暴走族のチキン・レースよろしく、『ちゃんとゴール前で止まれるギリギリのタイミング』でスピードを落とさねばならない。


 だがこのタイミングで、追う者は追われる者より有利らしい。

 雲取、天女が、あたしと咲藤に追い付いた。

 ゴールの赤御門様の前に着いたのは、ほぼ四人同時だった。

 競馬ならビデオ判定になるだろう。


「赤御門さん、私の作ったお弁当、一緒に食べて下さい!」

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