第15話 この素晴らしい弁当をあの人に!

 朝四時四五分。

 暴力的なまでの目覚まし音に、心底怒りを覚えながら、身体を布団から引き剥がす。

 手早く歯と顔だけ洗って、誰もいないキッチンに立つ。


 最初に鍋に水と煮干しを入れ、火にかける。

 これは味噌汁用だ。冷たい弁当には暖かい味噌汁が最高の相性のはず。


 フライパンにサラダ油をひくと、鶏もも肉を皮を下にして中火で焼く。

 肉は前夜の内に厚さを一センチ以下に均して、塩コショウで下味をつけてある。

 皮側がパリッと焼けたのを確認したら、ひっくり返して弱火でじっくり焼く。

 ある程度焼けたらフライパンから取り出し、鶏もも肉を肉の繊維を断ち切るように五ミリ間隔で切っていく。

 こうして長さ三センチ幅五ミリ厚さ一センチに切り分けられた鶏肉を、もう一度フライパンに入れてさっと熱を通す。

 最後は焼き鳥のタレに絡めて、しばらく放置する。

 焼き鳥のタレも、醤油と砂糖と味醂と日本酒から作った自家製だ。

 隠し味として、生姜を擦って絞った汁と鷹の爪を入れてある。


 この合間に、沸騰直前の状態でダシを取った鍋に、手早く味噌を溶かす。

 味噌はここの所は、千葉県の”佐倉のお味噌”を使っている。

 千葉に住む親戚の叔父さんが送ってくれたのだが、これが美味しいのだ。

 味噌汁の具は、おかずが肉中心のため、ワカメとネギだ。


 豚の角煮の方は、既に昨夜の内に作ってある。

 こちらは醤油と砂糖と日本酒とめんつゆで二時間煮込んだものだ。

 下味には水で薄めた豆板醤を塗っておき、食べた時にピリカラを感じるようにしてある。

 この角煮は豚バラ肉の中でも、脂肪・脂肪混じりの肉・薄い脂肪・肉の比率が二:四:一:三の比率になっている部分だけを、お弁当に入れる。

 この比率が冷たいお弁当に入れる角煮としては、最高だと思う。


 野菜は、ダイコン、キュウリ、アスパラガス、ニンジン、キャベツ、ナス、ほうれん草をひとまとめにし、外側をキャベツでくるんで輪切りにする。

 野菜はそれぞれ別々に火を通し、うすく塩コショウで味をつけて、柿酢に浸けてある。

 昨日、兵太が「うまい、うまい」と言って食べていたレンコンの酢付けも、この柿酢を使ったものだ。

 この柿酢は、やはり千葉に住む叔父さんが、自宅の庭の渋柿から自分で作っているものだ。

 とってもフルーティでいい香りがする。

 これで「歯応えはシャッキリしながらも、固すぎない野菜のテリーヌ風酢付け」の完成だ。


 それ以外にもやはり軽く火を通したキャベツを3センチ角に切り、キャベツ3・生ハム1の割合で爪楊枝に指す「一口サラダ」も作った。

 最後はウズラの卵を1つ付ける。

 他の彩いろどりとしてはプチトマトだ。


 味が通ったはずの鶏もも肉と、暖かいご飯を手早く混ぜる。これで「鶏肉のひつまぶし」も完成だ。


 箸休めには「桜えびの素揚げ」を入れている。

 大量に作れるし、兵太が食べる可能性もあるから・・・・・・。

 兵太はバスケ部なのに、身長が一六九.五センチしかなく、それをけっこう気にしている。

 奴のためにカルシウム分を少しは入れることにしている。

 顧客は大事にしないと、ね。


 あたしは、お弁当では雑菌の繁殖を防ぐため、酢を使った料理以外に、梅干しもご飯側に入れるようにしている。

 これも紀州梅の高級梅干しだ。

 ただしこっちは衛生用なので、食べる事を重視していないが。


 あたしのお弁当を食べた赤御門凛音様が、万が一にも”食あたり”なんて事になったら大変だ。

 人生設計が音を立てて崩れていく。

 念を入れるに越したことはない。


 保温ポットに味噌汁を入れて、本日のお弁当が完成!


 このお弁当を作っている時、あたしはある種の幸福感を味わう。

 料理を作りながら、この弁当を赤御門様に手渡した後の計画を練るのだ……


・・・


 上気した顔で、あたしはお弁当を赤御門様に差し出す。

 もちろん、ちょっと可愛く、恥じらいながら上目使いで。

 周囲の女子は”ただ見た目が可愛いだけ”のお弁当だが、その中にボリュームがありつつ、かつ何種類もの料理が込められてあり、栄養バランスも考えられた、あたしのお弁当がある。

 赤御門様は他女子のお弁当をうんざりした目で見ているが、あたしのお弁当で驚きに目を見張る。

 そしてあたしの手とお弁当を取って、こう言う。


「こんな美味しそうな弁当、初めて見たよ。ぜひ食べさせて欲しい」


 あたしは恥じらいながら、小さくうなずく。

 そして二人は学生食堂へ。


 ファイブ・プリンスには、特別な席が用意されている。

 その指定席に、あたしは赤御門様と一緒に座る。

 赤御門様はあたしの弁当を一口食べる。

 そして・・・・・・


「美味しい、とっても美味しいよ。最高のお弁当だ。これからは毎日、僕のために弁当を作って欲しい!」


・・・


 完璧だ!

 あとはこのお弁当を、赤御門凛音様に食べさせるだけ!

 (ちなみに、この計画を練る事を兵太に話したら、「そりゃ計画じゃなくて妄想だろ」と言いやがったので、思いっきりケリを入れてやった!)


 他の多くの女子は”可愛く飾ったデコ弁・キャラ弁”みたいのを作ってきているが、食べ盛りの男子高校生が、それで喜ぶとは思えない。

 だからあたしはバランスとボリュームで、食欲に訴える作戦なのだ。

 食べて貰えば、味には自信がある。


 とは言え、あたしも最初は可愛く飾ったお弁当を作っていた。

 だが兵太が「男は弁当に可愛さとか、求めてねーよ。たっぷり食えて、美味けりゃ、それが一番だろ」と言ったのだ。

 言われた時はかなり悔しかったが、確かに兵太の言う事にも一理ある。

 それに”可愛い系キャラ弁”は、多くの女子が作って来ているので、逆に目を引きにくいかもしれない。

 唯一の不安は「精神構造が少年ジャンプ・レベル」から抜け出せていない兵太の意見という点だが、ここは賭けるしかない!


 この時点で、ほぼ六時五〇分。

 母親が起きてくる時間だ。

 母親はいつも、あたしが弁当を作り終わると、しかめっ面をして一言いう。


「あんた、たまにはお父さんのお弁当も作ってあげたらどうなの?」


 あたしはそんな母親の小言を無視して、洗面台に向かう。


 冗談じゃない!

 登校前の女子は忙しいのだ!

 父親の弁当なんか作っているヒマはない!

 調理した後には、シャワーは必須だ。

 もう一回洗顔しないとならないし、化粧はしないが保湿と乳液くらいのお肌の手入れは必須だ。

 洗った髪の毛だって、ドライヤーで乾かして整えなくてはならない。

 中流サラリーマンの父親の世話は、母親の役目だ。


 まぁそうは言っても、あたしの料理は少し多目に作ってある。

 母親はあたしが作った豚の角煮やひつまぶしを、弁当箱に詰めればいいだけのはず。

 これで一回三百円のバイト代である。


 午前七時三〇分。

 あたしは渾身の力作弁当をカバンに入れ、家を出る。

 今日こそ、今日こそ、計画を実現するのだ!

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