第14話 渡るスーパーに鬼ばかり
授業が終わったら、さっさと帰る!
これが鉄則だ。
うっかり教室の中に残って、”女子同士の恋バナ”に巻き込まれてしまったら最後だ。
スーパーで”夕飯の仕度をする主婦との買い物競争”に遅れを取ってしまう。
この前はタッチの差で、『黒毛和牛、三割引』を主婦に掻っ攫われてしまった。
明日のお弁当のメインは「鶏もも肉のひつまぶし」と「豚の角煮」だ。
これはもう、昨夜の段階でネットを見ながら決定していた。
野菜関連は、スーパーで見て決めよう。
地元駅を降りると、駅に近い『チョイと高めのスーパー』と、駅から離れているが『生鮮食料品が少し安めのスーパー』の二つがある。
「鶏もも肉のひつまぶし」も「豚の角煮」も、どちらも調理が重要であって、食材の高級さはあまり関係ない。
よって今日は、『生鮮食料品が少し安めのスーパー』に行く事にした。
最近は軍資金の状況も乏しいしね。
だがこれが判断ミスだった。
価格については、あたしよりも日々の家計を担っている主婦の方が、はるかに敏感だ。
彼女達は日夜「より安く、より良いモノ」を求めて、新聞の折込チラシを目を皿のようにして探しているのだ。
おそらくその感度は、自衛隊のミサイル防衛システムよりも高度に違いない。
あたしは『生鮮食料品が少し安めのスーパー』に入ってそれほど進まない内に、『中学時代の同級生のお母さん』という厄介な相手に出会ってしまったのだ。
名前は・・・・・・思い出せない。
「あら、美園ちゃん。久しぶりね。元気?」
あたしの健康状態が、この主婦のライフスタイルと何の関係があるのかとも思うが、ここは大人しく女子高生らしい返事を返しておこう。
「こんにちは。ありがとうございます、元気にしてます」
無駄な会話は出来るだけ避けたい。
それには、相手にこれ以上の話す糸口を与えない、”当たり障りの無い返答”が一番だ。
だが敵もさるものだ。次なる会話を仕掛けてくる。
「美園ちゃん、どこの高校に通っているの?」
なぜだ、なぜ主婦は、よその家の子供が『どこの高校に通っているか』それほど知りたがる?
あたしがドコの学校に通っていようと、アンタの子供の偏差値が上がる訳でも、ましてやダンナの給料が上がる訳でもなかろうに。
「はぁ『慈円多学園』です」
あたしは少し小さい声で、そう答えた。
別に学校名が恥ずかしい訳じゃない。
むしろ慈円多学園は都内でも有数な名門高なので、誇らしい方に入るだろう。
あたしが控えめに答えたのは、別の理由だ。
「あら、美園ちゃんは、あの慈円多学園に通っているの?すごいわね~、優秀よね~」
うん、ありがとう。あたしは優秀だよ。
でもそれは、おばさんとは関係のない事だよね。
「いえ、私なんて全然です。頭イイ人は一杯いますから」
謙遜って言えば謙遜だが、事実あたしより頭のイイ人はウンザリするほどいる。
日本全国のコンビニの店舗数よりは多いだろう。
(ホント、高校入ってイヤって言うほど実感した)
こんな当たり前の言葉を口にしてるなんて、脳みそが腐る。
「ウチの麻紀も美園ちゃんくらい、しっかり勉強してくれればねぇ」
あ、この人、三浦麻紀の母親か?
彼女は確か、成績はかなり悪かったはず。
サッカー部やバレー部の人気男子とかばっか、追っかけていた子だ。
話題と言えば人気男子の事か、アイドルの話ばかり。
そりゃあたしもジャ○ーズとかジュ○ンボーイとか好きだし、見てるけどね。
だけど「ちょっとマイナー系のアイドルを知っていることを自慢にしている」ってのは、どうかなと思う。
しかもそれでマウントを取ろうとしてるなんて、
『あたしは○○系アイドルの事以外は、なんの取り得もありません!』
と公言してるようなもんだ。
あんた、それ以外に頭を使うことは無いのか、って聞きたい。
あの子じゃいくら勉強しても、あたしと同じ成績になるとは思えないけど。
「でも慈円多学園なんて、名門だからお金もかかって大変でしょう?塾代なんかも掛かって大変だったんじゃない?」
ホラ来た。
名門高校に通っているとなると、最初は「頭いい」とか持ち上げておいて、後で大抵はお金の話になる。
いかにも
『アンタ、頭は普通だけど、カネだけかけて無理矢理成績を上げたんでしょ』
って言いたげだ。
特に女の人って、この傾向が強い気がする。
「ハイ、親には感謝してます」
無駄な会話だ。
ちなみにこの主婦は、あたしに何の返答を期待して、話しかけて来るんだろう。
何を問いかけられても、この人にとってプラスになるような事は言えないと思うのだが?
この後、”国会での野党の代表質問”レベルでどうでもいい話が、しばらく続いた。
横では『今日の夕飯の食材を買いに来た主婦』が次々に通り過ぎて行く。
ああ、こんなムダ話している間にも、特価品やお薦め商品が無くなっていくかもしれないのに・・・
いい加減に解放してくれないだろうか?
早く切り上げたい私が
「食事の仕度があるんで」
と言っても、
「勉強だけじゃなく、家の手伝いもしてるの。エライわねぇ」
と、プライベートにまで踏み込んだ、どうでもいい会話を続けようとする。
『食事の仕度』は本当だが、誰も『家の手伝い』とは言っていない。
十分以上『中学時代の付き合いの浅い友人のお母さんの無駄話』に付き合わされ、あたしはMPを二十は吸いとられて、スーパーを出た。
この前も、別の中学時代同級生の母親に、やっぱり同じような感じで絡まれたんだよな。
これだから近所のスーパーは嫌だ。
明日は違う駅のスーパーにしよう。
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