第13話 ブルータス、おまえもか?

 体育の授業中だった。


「ウチラの担任の伊藤ってさぁ~」


 隣に座っていた如月七海が、突然話しかけて来た。

 今は他のメンバーがバレーの試合をしており、あたし達は順番待ちで見学中だ。


「付き合っている相手は二十一歳って知ってる?」


「えっ、マジで?」


 あたしは思わず振り向いた。

 そりゃそうだ。

 だってあたし達の担任の伊藤美奈代は、確か三十五歳だ。

 四捨五入すれば四十歳。

 アラフォー一歩手前である。

 本人に「アラフォーですか?」と言えば怒るだろうが、アラサーではないだろう。

 そんな『イイ年齢した女性』の彼氏が、二十一歳?

 あたし達が付き合っている方が、まだ釣り合うんじゃないか?

 驚くのが普通だろう。


「相手って、どんな人なの?」


「それがねぇ」


 七海はじらすように、そこで話を区切った。

 『面白くて勿体ないから、すぐには話せない』と言った顔つきだ。


「大人しい感じだけど、背が高くてクールな感じのイケメンだよ。サラサラヘアで『いい所のお坊ちゃん』って感じ。大学も私立一流大学だし」


「マジでぇ?そんなの、伊藤はどこで見つけて来たの?」


 悪いけど、あたしは『十四歳も離れた女性としか付き合えない、モテないダサ男』を想像していた。

 いや、無意識にだ。

 それが『クールなイケメン。一流大でイイ所のお坊ちゃん』とくれば、後学のためにも是非とも聞いておかねば。


「ココ」


 七海は下を指さした。


「ハッ?」


 あたしは一瞬、キョトンとする。


「だから『ココ』だって。この学校!」


「イーーーッツ」


 あたしは再び驚いた。

 つまりそれって『先生と生徒の間の恋愛』って事だよね?


「それ、伊藤は相手が在学中から付き合っていたの?それとも卒業してから」


 あたしは興味津々だった。


「一応、タテマエ上は『卒業してから』だけど、本当は在学中から付き合っていたって、もう公然の秘密だったらしいよ」


「はぁ~、マジか?」


 まるで『フランスのお菓子みたいな名前の大統領』みたいな話だ。

 日本でもあるんだなぁ。


 確かに伊藤美奈代先生は美人だ。

 スタイルだって若々しいし、超グラマーだ。

 バストはFカップはあるだろう。

 『熟れた大人の女性の色気』がムンムンだ。

 思春期の男子高校生が、あの豊満なボディで言い寄られたら、アッサリと陥落してしまうのかもしれない。


 だがそうは言っても、やはり『歳は誤魔化せない』。

 遠目には目立たないが、近くで良く見ると小皺があるし、化粧ノリも悪い。

 髪もキチン栗色にと染めているが、この前は白髪が一本あった。

 ヒップはガードルで持ち上げているのは間違いない。


 そんな事を考えていたら、七海がさらに驚くような発言をした。


「しかもねぇ、伊藤が生徒に手を付けるのは、これが初めてじゃないんだよ。今の彼氏で三人目」


「信じられねぇー、マジか、それ」


 あたしはさっきから『マジか』と感嘆詞しか言ってない事に気づいた。

 でもそれぐらい衝撃的だったのは確かだ。

 だって中学じゃ、そんな話は聞いた事ないし。

 だがそこであたしは疑問が一つあった。


「それってさぁ、今まで問題にならなかったの?世間的に考えると『先生と生徒が付き合う』って、かなりマズイんじゃないの?」


 しかも三人も生徒で取っ替えひっかえって・・・ありえないだろ。


「そこがAWSSCの力なんだよ」


 七海がなぜか得意そうに答えた。


「まずAWSSCが『こういう場合、女性からの積極的なアプローチはあり得ない。女教師はあくまで指導の一環として男子生徒の相談に乗っていた。しかし男子生徒が一方的好意を持ち、それに対して女教師は良識ある大人として一定の距離を保った。だが卒業後まで続く男子生徒の熱情により、女教師もついに交際に至ったのである』って主張してね。伊藤の非は一切認めなかったんだって」


 はぁ~、そんなもんですか?

 それでも『三人も続けて男子生徒と交際』ってのはマズイと思うだけど。

 さらに七海の解説は続く。


「しかもAWSSCが、マスコミがその件を記事にする事には圧力を掛けたんだって。その新聞や雑誌に広告を出している企業にまで手を回してね。AWSSCの息がかかった女性雑誌だけには『女教師と男子生徒の純愛』って形で、一部記事にもなったみたいだけどね。でもそれは女教師を応援する内容だったよ」


 AWSSC、恐るべし!

 この通りなら、確かに『男子生徒は女生徒の一生に責任を持つ前提で交際する』というルールも守らせる事が出来るだろう。

 まぁ女としては有難い話だけどね。

 ちなみにウチの学校の教師は、全員女だ。


 最後に七海が急に真剣な表情になった。


「わかった?だからあたし達の敵は、セブン・シスターズや他の女生徒だけじゃないんだよ。教師でさえもライバルなんだよ。何と言っても、ウチの学校の男子達は他の学校では考えられないくらいの優良物件なんだから。先生と言えど女だからね。目の前の美味しそうな獲物をみすみす逃す訳ないよ」


 あたしは何となく、北海道の河川を遡る鮭とヒグマを連想した。

 川を遡ろうとする若いオス鮭を、伊藤というヒグマがその太い腕と爪で、片っ端からピシピシと捕まえて行く。

 あたし達はその横を泳ぐ未成熟なメス鮭だ。

 将来の配偶者になるかもしれないオス鮭が、ヒグマに連れ去られていくのを眺めている。


 さすがは慈円多学園。

 『女子たるもの、野獣であれ!』を心得としているだけの事はある。


「負けてらんないね」


 七海が言った。


「うん、負けてられない」


 そう返したあたしだが、『将来はこの学校の教師もいいかも』な~んて思ってしまった。

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