第6話 【回想】これが「お弁当お届けレース」だ!
入学式の後、体育館を出たあたしに、如月七海が話しかけて来た。
「ねぇ、美園はクラブ、どこに入るの?」
「え?う~ん」
そうか、クラブ活動か……
やっぱり大抵の人はクラブに入るのかな?あまり考えてなかったけど。
あたしは面倒臭い事、疲れる事が嫌いだ。
運動そのものも、そんなに好きじゃない。
やれば楽しいと思うし、そこそこ運動は出来る方だけど。
でも集団行動って、なんか苦手なんだよね。
他人に合わせて行動して、他人に合わせて発言する。
さらにそこに「先輩・後輩」の関係もあるんでしょ。
想像しただけで疲れちゃう。
「七海はどのクラブに入るか、決まっているの?」
あたしは逆に聞き返した。
返答に困った時は、逆質問っていうのも一つの手だ。
「あたしは新聞部。スポーツは苦手だし、将来はマスコミ関係に進みたいんだよね。この学校の新聞部は、マスコミ業界に強いコネがあるんだって」
へぇ~、ただの噂話好きかと思ったら、意外に先の事まで考えている娘なんだな。
だがあたしは正直な所、頭の中は先ほどの『真・生徒会』から聞いた『お弁当お届けレース』の事で一杯だった。
七海を観察する。彼女は情報通な上、色んな事に目敏い。
「実はあたし、クラブ活動よりさっき聞いた『お弁当お届けレース』に関心があるんだよね」
七海の視線とあたしの視線がぶつかった。
何かを探るような目だ。あたしは続けた。
「この学校にはイケメンな上、将来有望かつ家が金持ちなお坊ちゃまが揃っている訳でしょ。もし高校生の内にそんな男子を一人確保しておいたら、人生すごく有利だと思うんだ」
「確かにこの学校をバックアップするAWSSCの力なら、高校生と言えど婚約者確定は無理じゃないだろうね。女子の方から断るのは自由だから、気が変わったら交際終了しちゃえばいいんだし」
よし、彼女も乗って来そうだ。
「でしょ。だからあたし、『お弁当お届けレース』に参戦してみようと思ってるんだ。七海も一緒にやらない?」
七海はビックリしたような顔をした。
「え?あたし?どうしようかなぁ、あたしは運動はそれほど得意じゃないし、足も早くないんだ。あたしは頭脳派、コッチで勝負するタイプだから」
彼女は自分の頭を人差し指でつついた。
このヤロウ、そう言うとまるであたしが『知性が無い脳筋女』みたいじゃないか。
七海はさらに言った。
「それに『お弁当お届けレース』はかなり過激な上、競争率は相当に高いらしいよ。上級生は自分達が有利な様に、色んな対策が立てられているんだって。入学したての一年が勝てるのかなぁ」
さすがだ、この女。学園に関して色んな情報を持っている。使える。
それに『お弁当お届けレース』に、それほど関心を持っていない点も好都合だ。
何とか七海をうまく引っ張り込んで、その情報網を活用させてもらおう。
「だからぁ、一人じゃ不安なんじゃない。ね、お願いだから、一緒に『お弁当お届けレース』に参加してみようよ。最初の何回か、様子を見るだけでもいいからさ。あまりに過酷だったら止めればいいんだし」
あたしがそう頼み込むと、七海はちょっとだけ考えていたが、すぐに明るく返事をした。
「いいよ。あたしも参加してみる。考えてみれば、こんな体験、この学校でないと出来ないもんね。イケメン御曹司の婚約者、なんて中学の友達にも自慢できそうだし」
ヤッた!彼女も乗ってくれた。
この学校に知り合いのいないあたしにとっては、これは心強い。
(唯一の知り合いである兵太は男だ。『お弁当お届けレース』には参加できない)
「ありがと!早速だけどさ、生徒会長の赤御門凛音さんの情報って、他にはないの?」
「赤御門先輩に関して、あと知っている事は『家が戦前は日本を代表する財閥だった』って事くらいかな。今でもその財閥系商社の重要なポストは、赤御門さんの一族が占めているらしいよ。それから容姿はあの通りだからね。ちょっと繁華街を歩くと、スカウトがすごいらしい。三十メートルに一回は声を掛けられるって。他校にもファンクラブや追っかけしてる子がいるしね」
やはりそうか。あれだけのイケメンだ。
たとえ無一文の路上生活者でも、ついて来る女はいるだろう。
それが「大金持ち」「頭脳明晰」「スポーツ万能」とオプションが付けば、女が放っておくはずがない。
だが山は高ければ高いほど、征服欲が湧くってもんだ。
あたしは更なる闘志を燃やして、決心を固めていた。
翌日、あたし達は早速、『赤御門凛音様へのお弁当お届けレース』を偵察することにした。
学校新聞のサイトを見ると、赤御門様の『お弁当お届けレース』のスタート位置は、二階の図書館前と掲載されていた。
スタートは四時間目の授業終了のチャイム。
よって女子は、四時間目の正午になれば教室を出て構わないとの事だ。
行ってみると、集合場所には四十人近い女子が集まっていた。
その中には、あのセブン・シスターズの雲取麗華、天女梨々花、咲藤ミランの三人がいる。
七海がそっとあたしに耳打ちした。
「上位五番までが、赤御門先輩にお弁当を渡す権利があるらしいよ。赤御門先輩がその中の一つを選んで、一緒にお弁当を食べるんだって」
セブン・シスターズの三人は、当然のように最前列に並んだ。
他の女生徒はクジを引いていたはずだ。
おかしい。
学園の女王である彼女達は、最初から別枠と言うことだろうか?
ふと見ると、その三列ほど後ろに、金髪をツインテールに纏めたアニメ顔の美少女がいる。
名前は、え~っと、確か『渋水理穂』だったっけ?
入学式で周囲の男子に騒がれていた子だ。
あたしと同じ一年生なのに、もう既に『学園一のイケメンの、お弁当お届けレース』に参戦しているのか?
あたしはちょっと焦りを感じた。
こりゃウカウカしてられない。
八人が横一列に並んでいる。よって今回は五列だ。
四時間目終了のチャイムが鳴った。
スタート・ゲートを持っていた生徒が、一斉に左右に開く。
四十人近い女生徒が、一斉に走り出した。
誰もが我先に前に出ようとする。狭い廊下を女生徒が団子状態になって駆けて行った。競馬のスタートより激しい。
イメージとしては、マラソンのスタートの瞬間で、全員が押しのけるように全力疾走する感じだ。
さすがのあたしも呆気に取られた。
まさか、こんなにも激しいとは……
彼女達は廊下の端で左に曲がり、消えていった。
あそこは階段があるはずだ。
あの勢いで行って、転倒しないだろうか?
七海も呆れたように言った。
「これでも、まだ一年はあまり参加してないから、少ない方だって言うけど……」
だが、この戦いの向こうにしか、イケメン御曹司の婚約者の道は無いのだ。
あたしは拳を握り締めた。
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