第5話 【回想】春の嵐?慈円多学園、入学式!(後編)

 あたしと兵太は教室に飛び込んだ。


 ギリギリ、セーフ!

玄関前に張り出されていたクラス分け一覧で、あたしは一年E組。

兵太も同じクラスだ。

同じ中学から慈円多学園に入学する生徒は二人しかいないから、兵太と同じクラスなのはちょっとだけ安心感がある。


 パッと見て、やはり「女子が多いなぁ」と実感する。

まあ男女比が三対七だから当然だが。

こりゃ「野獣」にならなきゃ、高校三年間、彼氏ナシかも……


 出席番号順に席が決まっていた。

席に着くと、さっそく隣の子が話しかけて来た。


「ねぇ、あなた、内部生?それとも外部生?」


 内部生は慈円多学園中等部から上がって来た生徒。

ただ中等部は女子のみで、全体の三割程度のはずだ。


「外部生。中学は地元の公立校だから」


「じゃあ『リリィ・エンジェル』の人じゃないよね?」


「リリィ・エンジェル?」


 あたしは疑問に思って聞き返した。

なんじゃ、そりゃ?


 彼女はあたしの制服を指さした。


「その制服。ボレロの制服で胸のリボンを百合型に結んでいる人は『リリィ・エンジェル』の宣言なんだって」


意味がわからず、ポカンとしているあたしを見て、彼女は「あちゃ~」という感じで、頭に手を置いた。


「ネットとかで、この学校のこと、事前に調べてないでしょ」


「うん、まぁ、あんまり」


 学校の公式サイトくらいは見ているが、それ以外は噂の類なんで、あまり見てない。


「『リリィ・エンジェル』、日本語に直すと?」


「『百合の天使』?」


「そう、それ!」


彼女は指をパチンと鳴らした。


「『百合の天使』つまり女性同士しか愛せない、って意思表明なんだって!」


「いっ!」


 あたしは一瞬、息を飲んだ。

別にLGBTの人を差別する気はないし、この学校はそういう点も含めてOKなのだが、あたし自身が周囲にそう思われるのは迷惑だ。


 だって「男、お断り!」って宣言してる、ってことでしょ?

いやいや、あたしはまだこれから咲く乙女だし、素敵な男性と出会って恋もしたい。

例えば、今朝出会ったあの人のような……


 そこで思い当たった。

まさか、あの今朝のイケメン先輩も、あたしが「リリィ・エンジェル」だと思ったんじゃなかろうな?

それだと、あたしは出会った瞬間に失恋したことになってしまう。


 あたしの不安げな顔を見たせいだろうか。

彼女は慌てて訂正した。


「まぁ胸のリボンは普通だしね。あたしも多分違うだろうと思ったけど、念のため聞いてみたんだ。それにそのボレロの制服も可愛いくて人気があるから、普通の子も着ているし、大丈夫だよ」


 な、何が大丈夫なんだ?

オマエが不安にさせるような事を言ったんだろうが?


 だがあたしは、このズケズケ物を言う彼女に、何となく親しみを感じ始めていた。

彼女は右手を差し出して来た。


「あたしは如月七海きさらぎななみ。よろしくネ!」


彼女の言動には一抹の不安があったが、あたしも彼女の手を握り返した。


「あたしは天辺美園あまべみその。こちらこそ、よろしく」


 その後、担任の教師がやって来て、全員で体育館に移動する。

ちなみに担任は伊藤先生と言う、中年の独身女性教師だ。


 入学式の直前。

体育館前で一年生が整列している時、ちょっとした騒ぎがあった。

周囲の男子生徒達が、ある一年女子を見て、ざわついているのだ。


「あれ、リホピンじゃね?」


「マジか?マジでリホピン?」


「本当だ、絶対あれ、リホピンだよ」


「リホピン降臨?」


 彼らが騒いでいる先には、小顔で目がパッチリとした、金髪ツインテールの美少女がいた。

まるでアニメのキャラクターから抜け出て来たような美少女だ。

背はあたしと同じくらいで平均的な身長だが、スラっとしたボディに制服の上からでもわかるくらい、形よく胸が盛り上がっている。


 チッ、同学年のくせに気分の悪い。

しかも、制服はあたしと同じ「ボレロのお嬢様風」だし……


 彼女は、周囲のざわめきなど気づかないように澄まして前を向いているが、この手の女は、絶対に自分が周囲の注目を浴びていることを知っている。

そして取り澄ました様子で、さらに周囲の男達の目を惹くことを狙っているのだ。


 七海があたしに耳打ちした。


「アイツは渋水理穂しぶみずりほ。動画投稿サイトで人気のある、いわゆる”ネットアイドル”ってやつ。中二の頃から自撮り動画をサイトに上げていて、けっこう人気があるらしいんだ」


「ユーチューバーってこと?」


「動画サイトだけじゃなくて、インスタグラムなんかのSNSもやってるね。基本的にはコスプレして歌ったりダンスしたり、美味しい食べ物やお店の紹介とかしてね。自分の事を『渋谷系美少女コスプレイヤー』とか言っちゃってさ。キャッチフレーズが『渋谷の水で育った純渋谷産天然美少女』だってさ」


 あたしは噴き出した。

渋谷の水って目黒川か?キッタない川じゃん。あの水で育ったら病気になりそうだけど。


「ただ、アタシはアイツと隣の中学だったんだけど、かなり性格は悪いらしいけどね」


 さすが高校、色んな奴がいるなぁ……



 入学式が進む中、在校生代表として、五人の男子生徒と七人の女子生徒が壇上の現れた。

彼・彼女達が壇上に上がると、全体からどよめきと押さえきれない歓声が、そこかしこから聞こえた。


 そしてその中には、今朝のあの人、一目であたしの心を虜にした美少年先輩がいたのだ。


 赤御門凛音!

壇上に上がった彼ら五人は慈円多学園を代表するエリートであり、かつトップ・イケメン・メンバーなのだ!

彼らは「ファイブ・プリンス」と呼ばれている。

(実際に、先生自体が紹介する時に、そう呼んでいたのだ!)


 その中でも赤御門凛音様は、生徒会会長でありながらバスケ部の部長を務め、ファイブ・プリンスのリーダーでもあらせられる。

そして文系での成績は学園トップだ。

あたしは一日に二度も赤御門様のご尊顔を拝見する事になり、もう心はメロメロだった。


 ちなみにファイブ・プリンスの他のメンバーも、全員が少女マンガから抜け出て来たようなイケメン揃いだった。


青磁館翔人は、テニス部キャプテン。軽く日焼けした感じに、白い歯が映える爽やか系イケメンだ。


紫光院涼は、剣道部主将。端正で理知的な顔立ちだが、クールなイメージだ。理系では学園トップの秀才と言われている。


緑宝寺ミハイルは、サッカー部部長。ちょい悪な感じのするイケメンだ。


黄金沢道標は、ダンス部キャプテン。見た目はチャラい系だが、ダンスに関してはプロ級らしい。家はITベンチャー企業だ。


 女子七人も、やはりファッション雑誌から抜け出て来たのではないかと思われる、スタイル抜群の美女揃いだ。

 いや、実際に彼女達はファッション雑誌のモデルでもあるらしい。


テニス部の雲取麗華、文芸部の天女梨々花、陸上部の咲藤ミラン、華道部の菖蒲浦あやめ、吹奏楽部の海野美月、弓道部の竜宮翠子、ダンス部の京奈月理鈴。

彼女達は、実質的に学園を支配する「セブン・シスターズ」と呼ばれている。


 なお上記の情報は、全て隣にいる如月七海からだ。

セブン・シスターズの説明が雑なのは、あたしのせいじゃない。


 だが彼女達の本当の力を知るのは、その後だった。

入学式が終わった後、普通の学校なら「クラブ紹介」があるはずだ。

だがこの慈円多学園は違った。


 壇上にいた雲取麗華はマイクを持つと


「男子生徒は速やかに退場すること。女子生徒はその場で待機するように!」


とハッキリと指示を出したのだ。

そしてそれを見ている教師陣も何も言わない。


 全男子生徒が体育館から出て行き、体育館の扉が閉められた後、雲取麗華はこう宣言した。


「これより『真・生徒会』より、学園のルールについて説明します」


 『真・生徒会』だって?

じゃあ今まで入学式で話していた生徒会は?

赤御門様が会長であられる、あの生徒会は?


 そんなあたし達の疑問など、一切介さずに、雲取麗華はこう言い放った。


「ここ、慈円多学園は『女尊女偉』!女性の、女性による、女性のための学校よ!」


雲取麗華は威圧するように、一年女子を見渡した。


「この学校をバックアップしている組織『女性地位向上安定平穏委員会』、通称AWSSC(オウソック)は『全ての女性はあるがままで美しい』という理念の元に活動している。仕事に生きるキャリア・ウーマンだろうが、家事に専念する専業主婦だろうが、その両方を手掛けるワーキング・ママだろうが、全ての女性の生き方を肯定している」


そして彼女はその右手を上げた。


「よってこの慈円多学園では、女子は『男社会でのし上がる能力』と『よりよい男をゲットする能力』の両方を高めることが求められているわ。そのため、この学園の心得その一は『女子たるもの、野獣であれ!』」


雲取麗華は力強く、そして高らかに宣言した。


 普通の女がこんな事を言ったら反感を買うだろうが、光を放つような美貌を持つ彼女が言うと、やけにサマになる。

カリスマ性とは、こういう事を言うのだろうか?


 多くの一年女子は圧倒されただろう。

だがそれと同時に、心が高ぶる者もいたと思う。


 そしてあたしも同様に心を揺さぶられる気がした。

普段のあたしなら


「扇動が上手い女だなぁ。前世は独裁者かなんかじゃないの?」


と思う所だが、今日は違った。

 高校入学初日で気持ちが高揚していたのか、

それともあの『赤御門凛音』様に出会った事で、運命を感じていたのか?

どちらにしてもあたしは


「よし、やってやらぁ!」


という気持ちになっていたのだ。


 雲取麗華がさらに言い放つ。


「まだ世俗の垢が抜けていない一年女子が、いきなりそう言われても、中々すぐには行動に移せないと思う。だから女子の積極性を高めるために、この学校では一つのルールがある。それは『男子生徒は女子生徒から弁当を十日間連続で受け取ったら、その女生徒と生涯において責任を持つ前提で交際しなければならない』というルールよ」


「おお」とも「ええ」とも、どちらもとも着かないようなどよめきが起こった。


そりゃそうだ。

『生涯のおいて責任を持つ交際』って、そりゃ『結婚前提の交際』って事だろ?

そんな事、高校生で出来るのか?

こんなルール、あたしに慈円多学園を薦めてくれた教育実習生の宮田さんも、言っていなかった。


「意外に思う人も多いでしょう。だけどこの学校のバックにはAWSSCが付いている。AWSCCの力は大変なものよ。逆らえば人生は終わりと言ってもいいくらい。少なくともエリート人生は、もう歩けないでしょうね」


そこで雲取麗華の眼が、ふっと和らいだ。


「安心して。この縛りは男子生徒に対してだけなの。女生徒から交際終了するのは自由だから」


 だがすぐに彼女の言葉は厳しさを持つ。


「だけどこの学校は元々男子の数が少ない。そしてどの男子も『お勉強が出来ただけのガリ勉君』じゃない。この学校に入学するには学力プラス『イケメン、金持ち、スポーツ万能、天才、由緒ある家柄』の最低二つは揃っている事が必須。そんな選抜男子をゲットするには、女子にもそれなりの覚悟と闘争心が必要なの」


 う~む、そんなすごい選抜男子の中に、あの兵太が入れた事はますます疑問だが、今はそこを追及する時ではない。


 雲取麗華は最後のダメ押しをした。


「よって人気男子にお弁当を手渡すために、真・生徒会は毎日『お弁当お届けレース』を開催しています!一般男子なら普通にお弁当を手渡すだけでいいけど、学園のトップであるファイブ・プリンスにお弁当を食べさせる事は簡単じゃないわ。かなりの競争率よ。そして私達『セブン・シスターズ』が相手になるって事を忘れないで!」


 あたしはそれを聞いて燃えて来た。

 やってやる。

この『お弁当お届けレース』に勝ち残れば、あたしはあの『赤御門凛音様の婚約者』になれるのだ。

イケメン御曹司を高校生の間に確保できるなんて、人生においても超有利に違いない。

あたしは足の速さだけではなく、料理の腕にも自信があるのだ。

これなら、一般女子であるあたしでも、あの壇上に並ぶセブン・シスターズに対抗できるかもしれない。


 よし、やるぞ。やってやる!


あたしは入学初日にして、その決意を胸に固めたのだ。

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