第3話 あたしの弁当が三百円なんて安すぎる!
「お、今日もまた旨そうな弁当だな」
今日の弁当は、おかずは揚げギョウザと、レンコンの酢付けに自家製ピクルスを詰めたもの、ほうれん草・コーン・ニンジンとベーコン炒めだ。
勿論、冷凍食品や既製品なんて一切使っていない。
揚げギョウザだって、白菜と豚挽き肉と生姜を刻んだ餡に、オイスターソースで味付けし、別に鶏皮から取ったゼラチンを練り込んでいる。
ご飯の方だって、一段目には海苔を、2段目にはほぐした鮭をまぶしている。
毎日、朝五時に起きて二時間かけて作るのだ。主な仕込みは前日に済ませておく。
あたしは兵太から二メートルは離れて、同じ内容の自分用弁当を広げる。
あんまり近いと、周囲から「あの二人は付き合っている」なんて、噂されかねない。
兵太は揚げギョウザを一気に口に入れた。
「おお、このギョウザ、冷えているのに口の中でジュワっと肉汁が広がるよ!中の餡のほぐれ方も丁度いいしな」
そんな感想を述べる兵太を、あたしは横目で睨んだ。
馬鹿やろう、あたしのせっかくの手作りを、そんな一口で食うんじゃない!
もっと有り難みを持って、三口くらいに分けて味わって食べるのが、礼儀ってもんだろうが!
だが無神経な兵太は、揚げギョウザ三個をご飯と一緒に一気に食べきる。
そして次には酢付けレンコンのピクルス詰めにかぶりついた。
「このレンコンも旨いなぁ。甘酢の具合もバッチリだし、中のピクルスと相性もいい。中身はアスパラときゅうりとダイコンとニンジンだな。うまい、うまいよ!」
兵太は豪快にあっと言う間に、あたしの手作り弁当を食べ終わった。
あたしはまだ半分も食べ終わってないのに。
コイツ、本当にちゃんと味わって食べているんだろうな?
「あ、これ、昨日の弁当箱。ちゃんと洗っておいたから」
そう言って兵太は背後に持っていたもう一つの弁当箱を、あたしの方に差し出す。
あたしの口から思わずため息が漏れる。
毎日毎日これじゃ、まるで兵太のためにお弁当を作っているようなものだ。
兵太の家は、両親とも正社員として働いている。
兵太の母親は、弁当なんて作っているヒマはない。
よって兵太は毎日、学食で食べるために四百円を貰っている。
そこで「
お弁当を作るのだってタダじゃない。
あたしの労力は計算に入れなくても、食材などの原価はかかる。
”フツーの中流家庭の娘”であるあたしの小遣いでは、凝ったお弁当を作り続けるのは難しいのだ。
少しでも実入りが欲しい。
だから仕方なく、兵太に売ることにした。
本当は千円は貰いたい所だが、あたしも遠慮して「七百円」と最初は要求した。
だが兵太は「俺、昼飯代は四百円しか貰ってないんだよ」と、あたしの思いやりを踏みにじる返事をしやがった。
「じゃあ、四百円!」
あたしは憮然として言った。
四百円じゃ元は取れないが、この際は仕方がない。
誤解を受けずに弁当を食べさせられる男子は、この学校には兵太しかいない。
だが兵太は
「いや、四百円は部活の後の飲み物代も含まれているんだ。だから昼飯には三百円しか掛けられないんだよ」
と苦笑しやがった!
な、何ぃ~!三百円だとぉ!
あたしの特製手作り弁当を、
渾身の力作を、
前日から準備して朝五時に起きて作っている傑作を、
本当は兵太なんかじゃなく、赤御門凛音様に食べてもらうための未来への架け橋を!
たったの、
さ・ん・びゃ・く・え・ん!だと!
確かに、この学校の一般学生用の学食は安くてうまい。
かけうどんなら百六十円だし、天ぷらそばでも二百円だ。
カレーライスや牛丼は、並なら二百五十円で、大盛りでも三百円だ。
つまり三百円あれば、それなりに昼飯は食えるのだ。
だがそれにしても、女子高生が『手間ヒマ愛情となけなしの小遣い』を込めて作った弁当が、三百円は酷すぎないか?
あたしは怒りに震えた。
「だったらいいよ!他の人に売るから!」
あたしはそう言って、弁当を胸に抱き、クルリと兵太に背を向けた。
「悪ぃな。俺も金がなくって……」
兵太のその本当にすまなさそうな言い方が、胸に突き刺さった。
言っちゃ悪いが、兵太の家も普通の家庭だ。
両親が共稼ぎの分、ウチよりはゆとりがあるかもしれないが、それでもこの学校のバカ高い学費を払い続けるのは、それなりに苦しいのだろう。
ウチの親だって、学費の支払い時期になるとため息をついている。
それにここで兵太に売れなかったら、他に弁当を売る相手もいない。
ええぃ、クソっ!三百円でもゼロよりはマシだ!
「わかったわよ!三百円でいいわよ!」
あたしは兵太の方に向き直り、右手を差し出した。
「え?マジでいいの?」
兵太は驚いた様子で言った。
長い付き合いですからね。
あたしが折れることは珍しいのを、よく知っている。
「仕方ない。その代わり、味に関して、的確かつ有効な感想を頂戴よね!アンタのためのお弁当じゃないんだから!」
「サンキュー!恩に着るよ」
こうしてあたしと兵太の契約は成立した。
あの時のことを思い出して、再びため息が出た。
一体いつになったら、あたしの弁当を赤御門様に食べてもらえるのだろう?
この学校に入学してから二ヶ月が経つ。
あたしがこの弁当お届けレースに参戦するようになってからでも、既に一ヶ月以上だ。
兵太から返された弁当箱を見つめる。
弁当箱は綺麗に洗ってあった。
こいつのこういう律儀な点は認めてやろう。
「おいおい、そんなため息なんかつくなよ。せっかく食べた弁当の旨さが半減するだろ」
兵太が、あたしの思いも知らずに、無神経な台詞を吐く。
「うるさい!ため息ぐらいで美味しさが半減するような弁当で、悪かったね!」
兵太はちょっとたじろいだ様子を見せた。
「いや、悪い悪い。そんな意味じゃないんだ。美園の作る弁当は美味いよ、ホント」
あたしはプイと横を向く。
あたしの方こそ、弁当を食べ続ける気が薄れた。
「でもさぁ、おまえ、この弁当作り、いつまで続けるの?もう一ヶ月になるけど、一度も赤御門先輩に手渡せたこと、無いんだろ?」
カチンと来た。
こいつはどうしてこう、無神経なんだろう。
もちっと、幼馴染の女心を察して発言しろよ!
「ウザイなぁ。だからなに?アンタに関係ある?もしあたしの弁当に飽きたって言うんなら、ハッキリそう言えば?だったら明日から契約解除で構わないよ!」
「いやいや、そういう意味じゃないよ。俺は毎日、美園の弁当を食べられてありがたいと思っているよ。たださぁ、毎日これだけの弁当を作るのって、大変だろ?いかにも手間がかかってそうじゃん。俺はおまえが無理してんじゃないかと思って……」
あたしは無言で自分の弁当を片付け始めた。
こんな所で、兵太ごときの説教なんて聞きたくない。
そのまま立ち上がると、あたしは大股でドアに向かった。
「おい、ちょっと待てよ」
そう言う兵太の言葉も、完全に無視する。
あたしが大変だぁ?無理してるだぁ?
そう思うなら、部活の後のジュースを止めて、あたしに四百円払え!
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