第37話 レッツ・パーティーⅡ

「思ったより~強いのれすよ~」


 巨大な骨の眼鏡蛇コブラの頭で、12本の三つ編みを揺らす少女が戸惑とまどいをもらす。


「泣き言を申すでないのじゃ!」


 複数の巨獣が融合した四足獣の背で、燕尾服テールコート姿の少女が叫ぶ。


「……とは申せ、此奴こやつの力、あなどれぬのじゃ……」


 ハクハトウが渋面で見すえるのは、全長30メートルを超える人面の八岐大蛇やまたのおろち

 対して少女が使役しえきするのは朱色と青の入り混じる体毛に覆われ、本来の頭の他に4本の足の付け根と尾の先にも頭を持つ、全長30メートルを超える異形の四足獣である……その時、


「ぬ!?」


 八岐大蛇が多数のうろこを鋭い矢のように飛ばしてくる。と、四足獣は本来の頭と前足の肩の頭から咆哮ほうこうし、その衝撃波で鱗をはじこうとする──が、一部の鱗は衝撃波を突き抜け、四足獣に浅いながらも傷を負わせた。


「おのれ、よくも我が〝混生凱獣こんせいかいじゅう〟を……!」


 ハクハトウが目元を険しくし、四足獣も針金のような体毛を逆立ててうなりつつ獰猛どうもうな瞳で敵をにらみつける……一方、


「ひゃあああ!?」

 

 パトラが頭に立つ巨大なコブラの骨格が、八岐大蛇の突撃を受ける。

 八岐大蛇は長大な体をコブラの体に絡めつつ、8つの首の巨大な人間の頭で少女を襲う。が、少女がヒザに届く三つ編みの先のリビアングラスを光らせると――


 ザンッ!!


 8つの頭がね飛ばされ地面に落ちる――が、首の断面から刎ねられた物と同じ頭が生え出し、再び少女に襲いかかる。


「キリがないのれすよ~」

「ええい! 此奴こやつ如何いかにしてこれほどの力を!!」


 ハクハトウの四足獣が全ての口から衝撃波を発し、八岐大蛇の全身を引き裂いて吹き飛ばす。


「ひどいのれすよ~」


 だがバラバラになった無数の人骨はすぐにコブラに戻り、その頭に立つの少女が可愛く頬をふくらませる……直後、斬り裂かれた八岐大蛇の残骸から強烈な重圧がわき上がり、


「なんじゃと!? この重圧は──」


 大蛇も体を再生させ、少女たちへ8つの口から紅蓮の炎を吐いた………


                   ◆


「ちぃっ、やってくれるんだぜい!」


 紺碧こんぺきの髪の少年が舌打ちする。

 視線の先では多くの地球人や異星人が、でっぷり太った上半身から6本の虫のようなあしを生やす、身長50メートルに及ぶ異形の怪物に苦戦していた。


「ぐ…ははは……こんなものか、虫螻むしけらども………」


 怪物……異形化した弥麻杜やまとが10を超える目をギョロギョロさせつつ愉悦ゆえつする。


「調子に乗るんじゃねえんだぜい!!」


 対して紺碧の髪の少年……マウジャドはアイスホッケーのスティックで弥麻杜になぐりかかる。が、上半身を硬い外皮で覆う弥麻杜は腕でスティックを受け止め、


「ぐあっ!?」


 はじき飛ばされたマウジャドは空中で体勢を立て直し、地面に着地すると怪物をにらみつけ、


「この強さ……何か仕掛けが──さがるんだぜい野郎ども!!」


 眉をひそめるマウジャドだったが、弥麻杜が外皮の各部を開き多数の分泌腺ぶんぴつせんを出すと悪寒にとらわれ叫びつつ、弥麻杜の周りにいる海賊団の団員それぞれの前に黒い氷を発生させる──刹那、


「喰らえ……!!」


 弥麻杜が分泌腺から団員たちへ液体を発射、それを浴びた氷がみるみる溶ける間に団員たちは船長マウジャドの後に退避した。


「溶解液たぁ、面倒なんだぜい……!」

「ぐ…ははは……次は、逃がさんぞ……!」


 弥麻杜が分泌腺の発射口をマウジャドたちへ向け再び溶解液を放つ──寸前、多数のビームが降りそそぎ分泌腺を破壊し、


「ぐああああああああああああああああ……!!」


 飛び散った溶解液を浴びた弥麻杜が苦悶し、マウジャドはビームが飛んで来た空を見て、


「よぉ、うちの暴君……じゃねえ、副会長に用があったんじゃねえんだぜい?」

「我、今一いまひとつの任務を遂行中すいこうちゅうなり」


 手足に大型の戦闘ユニットをつけて空に浮く少女は、無機質な瞳で地上の弥麻杜を見おろし、


「我、敵と内通せし〝反乱分子〟を処分するなり」


 無機質な声で宣告する。

 

「我、地球軍司令官のめいにより〝草薙の里〟当主を処分するなり」

「ぐうう……地球軍め……直接、刺客しかくを送ってきたか……!」


 弥麻杜が痛みと怒りに顔を歪めると、


「ふざけるな……返り討ちに、してくれる……!!」


 大地が砕け、地中から身長100メートル近い〝人影〟が現れる。

 すすけた真鍮しんちゅうのような色をした、人間の〝骨格標本〟を思わせる機械の巨人だ。


「うげ、こいつぁ……」

「南米ニ巣食すくってイた〝カルージャンの遺物〟……ノ、成れノ果てデすね」


 目をむくマウジャドのそばに、一輪車のような車イスに座った少女が現れた。


「〝カメレオン〟だったんだぜい? だが南米の雑魚ザコどもは暴君……じゃねえ、副会長らが〝掃除〟しやがったんだぜい?」

「はイ、確かニそのハずダったノでスが……」

「ぐ……ははは………」


〝カメレオン〟の声を弥麻杜の笑いがさえぎり、


「我が〝草薙の里〟の秘術……〝黄泉国よもつくに〟の力、思い知るがいい………」

「チッ、あんな宇宙のガラクタまでゾンビにしやがったんだぜい──ぐおっ!?」


 目元を歪めるマウジャドが巨大な〝骨格標本〟に踏み潰されそうになり、団員ともども跳びのいた。


〔カルージャンのぉ……復活ぅぅ………〕

「くたばりぞこないの〝さまよえるオランダ人〟……じゃねえ〝カルージャン人〟なんだぜい」


 うつろな声をもらす〝骨格標本〟から距離を取ったマウジャドが、大地に屹立きつりつしスティックを構える。片や空では手足に戦闘ユニットをつけた少女が、無機質な声を苛立いらだちでかすかに震わせつつ、


「我、見窄みすぼらしき人形を抹消まっしょうするなり……!」


 サークレットの水晶を光らせつつ両腕の戦闘ユニットから〝骨格標本〟へビームを撃つ。が、〝骨格標本〟は全身から立ち昇らせた赤いケムリでビームを拡散させ、戦闘ユニットの少女……エスティリトゥへ紅蓮の炎を吐いた。


「危ナい!」


 奇妙な声と同時、エスティルトゥの前に30センチ近い金色のうろこが多数現れ、壁を作って炎を防ぐ――が、あっけなく鱗は砕け炎がエスティルトゥを襲う……と思いきや鱗の後に少女の姿は無く、地上の車イスの少女の側に降り立っていた。


「……我、東の本家の捜査員に感謝するなり」


 鱗が炎を防いだ一瞬で地上に移動していたエスティリトゥに、〝カメレオン〟はヘビのような二又ふたまたの舌をチロッと出しつつ微笑みかけ、


「オ気にナさらズ。せっカくノ〝同類おなかま〟なノですカら。ソれニしてモ……」


 エスティルトゥがわずかに眉をひそめる一方、〝カメレオン〟は口元を引きしめ〝骨格標本〟を見て、


「私ノ〝シシック〟を破ルとハ……そレに、コの重圧ハやはリ……うっ!?」


 重圧に少女が身を固くした時、周囲が紅蓮の炎に包まれた………


                  ◆


「風は容易たやすく吹き散らす。蜥蜴とかげの無駄な抵抗を」


 空をける一角獣ユニコーンが、背に乗る若草色の髪の少女の指示でつのから烈風を放つ。


「小娘が!!」


 対して女の上半身を背に生やす真紅の竜がうずく水流を吐き、烈風と水流は一角獣と竜の中間で激突、双方ともに散り消えた。


「風は不満を吹きもらす。蜥蜴の小癪こしゃくな抵抗に」

駄馬だばが竜に勝てると思ったのでござりまするか? 手勢てぜいがこの程度なれば、東の本家の次期当主もたかが知れるのでござりまする。ならば……」


 ペンテシレイアが眉間のシワを深める一方、湖乃羽このはは余裕の笑みを浮かべ、


黄泉国よもつくに不甲斐ふがいないあるじを待つが良いのでござりまする!!」


 ひときわ強烈な水流を竜に吐かせた──瞬間、1本の落雷が水流を打ち、水を伝った電流が竜と女を内側から焼く。


「ぎああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

「〝王〟ヘノ・不敬……イコール……電気いすノ・刑………」


 湖乃羽が苦悶くもんすると同時に機械的な声が聞こえ、ペンテシレイアが乗る一角獣の近くにヒザを抱える別の少女が現れて空に浮かぶ。と、激昂げきこうする湖乃羽が竜のツノから少女たちへ多数の水のやいばを撃ち、


「財団の犬め斬り刻んでくれるのでござりまする!!」


 だがペンテシレイアは一角獣の周りに風の障壁を展開し、シューニャは電撃で身を包み刃を防ぐ──が、刃の1つが電撃を突き破り、シューニャのロングカーディガンのすそをわずかに斬り裂いた。


「〝王〟ニ・称賛しょうさんサレタ衣装……イコール……一生ノ・至宝しほう………」


 直後、シューニャが無表情のまま赤銅色しゃくどういろの髪からおびただしい火花を放ち〝草薙の里〟の地下空洞を埋める――刹那、


「風は吹き消す一万の火を!!」


 目をくペンテシレイアが一角獣の突風で全ての火花をき消した。片や湖乃羽は目元を引きつらせ、


「と…殿方とのがためられた服を傷つけられたからと、〝里〟を焼き尽くそうとしたのでござりまするか……これが、〝封印災害指定〟……数多あまたの州を滅ぼし、数知れぬ命を奪った〝人間の姿をした悪魔ヒューマンデビル〟………」


 ゴクリとのどが鳴り、冷や汗がほおを伝う……


「……なれど! 身共の敵ではないのでござりまする!!」


 一転、湖乃羽が傲慢ごうまんに笑むと、周囲の大地から大量の水が噴き出して真紅の竜を包み、渦を巻きつつ空高くそそり立ち巨大な水の竜巻となった。


止処とめどなく力がき上がるのでござりまする! 悪魔をひねつぶせと天が命じるがごとく!!」

「同ジ・行動……イコール……同ジ・結果………」


 再び竜を感電させようとシューニャが迫りくる水の竜巻へ電撃を放つ……が、人面の八岐大蛇が竜巻の前に現れ、竜巻の代わりに電撃を浴びて苦鳴を上げる。


「風は斬り裂く。誇りなき臆病者おくびょうものを」


 ペンテシレイアも一角獣に竜巻へ烈風を撃たせるが、これも八岐大蛇が苦しみつつ身をていして受け止めた。


「風は怒りに吹きすさぶ。眷族けんぞくを盾とする卑怯者ひきょうものに」

笑止しょうし! 主家しゅけじゅんじてこそ家臣のほまれにござりまする!!」


 非難めいたペンテシレイアの声に竜巻の中から胸を張るような声が応えた。


「それはむを得ぬのう」


 そのとき異形の四足獣に乗り、頭頂に一本角いっぽんづのを生やす少女が現れ、


「君主たる者、家臣を犠牲にしてでも生きびねばならぬ時もあるのじゃ」


 顔に強い険を刻み重い声を吐くハクハトウ。


「れも~フクカイチョーはそんなことしないのれすよ~♪」

 

 次いで巨大なコブラの骨に乗る、12本の三つ編みをヒザまで伸ばす少女が現れ、


「らから~〝ファラオ〟のためにいっぱいがんばるのれすよ~♪」


 小麦色の顔に優しい笑みを浮かべる……と、少女が立つ頭を残して巨大なコブラの骨格が大量の人骨に分解し、再び組み合わさって絵のようにも文字のようにも見える奇妙な形を……『砂』を表すエジプトの古代文字ヒエログリフを形成し、


「ヒミツの〝奥の手〟なのれすよ~♪」


 少女が優しい笑みをほころばせ、古代文字と三つ編みの先のリビアングラスを光らせた――瞬間、湖を囲む町の全てが……建物や植物や住民の死体、果ては破壊された〝純人教団〟の機械人形までが一瞬で崩れて砂と化し、水の竜巻めがけ飛んで来る。


「こ…これは……!?」


 とまどう湖乃羽の声をもらす水の竜巻におびただしい砂が迫る。と、またも八岐大蛇が竜巻を守ろうとするが、全方位から飛来する砂の全てを防げるはずもなく、大量の砂が流入した水の竜巻は泥の竜巻となり自らの重みで回転を鈍らせていき……


「ば…馬鹿な……このような……!」


 焦燥しょうそうする湖乃羽の声が響いた時、水の竜巻があった場所にはじれた大木のごとき土の棒が空高くそびえ立っていた……が、それもゴバッと音を立てて砕け、中から出てきた真紅の竜が大量の土塊つちくれと共に大地に落ちる。


「エジプトは~ナイルのたまものなのれすよ~♪」

「お…おのれえ……!」


 古代文字をコブラの骨格に戻して優しく笑む少女に、湖乃羽が下半身の竜をヨロヨロと立ち上がらせつつ剣呑けんのんな視線を向ける……しかし、


「水が枯れ果てたならば、家臣ともども末期まつごの水を取ってやるのじゃ」


 真紅の竜と人面の八岐大蛇は、異形の四足獣、空を駆ける一角獣、コブラの骨格、そして電流をまとって空に浮く少女に包囲されていた。


「くっ……このような所で、身共はつるのでござりまするか……」


 湖乃羽は奥歯を噛みしめ、


「このような所で……このような小娘どもの手にかかって……ならば身共は、何のために〝里〟を捨てようとしてまで……!」

「風はさげすみ吹き捨てる。馬脚ばきゃくを表すれ者を」


 冷ややかに言い捨てたペンテシレイアを湖乃羽がにらむ一方、ハクハトウが重々しくうなずき、


「自明なる世の真理さえかいせぬ、底なしの痴れ者じゃな」

「世の……真理……?」


 湖乃羽がいぶかしげに眉をひそめる……と、


「世界ノ・真理……イコール……弱肉・強食………」

「風は無情に吹き滅ぼす。怠惰たいだなる弱輩じゃくはいを。風は無慈悲に吹きやす。世を腐らせる弱卒じゃくそつを。風は傍若無人ぼうじゃくぶじんに吹き散らす。世を花めかす死花しにばなを成す弱志じゃくしを」

「ナイルのたまものみたいに~世界を元気にする栄養になってくれるのれすよ~♪」

「よ…弱き者がついえることで、世は栄えると……それが、世の真理だと申すのでござりまするか!?」


 愕然がくぜんとしてわめく湖乃羽。


「なんたる傲慢ごうまん……身共は……弱き者は世のために滅びろと!?」

「滅ぶるは、精進しょうじんおこたりし無能のみじゃ。弱き者は強き者に救われるが当然と付け上がり、己の無力を知りながら精進を怠りし無能のみじゃ……!」


 ハクハトウは静かな怒りをめて言うと、わずかに顔に陰を落とし、


「……かえりみれば、我がシーカイ王朝も長き太平の果てに付け上がり、精進を怠りし末に滅ぼされたのじゃ」


 忌々いまいましきは脅威をねのけられず滅び去ったおのが非力と知れ……南米でのオブシディアスの言葉を反芻はんすうしつつ、深く嘆息すると目元を引きしめ、


「この星においても同様のことが起こらんとしておるのじゃ。平和ボケ……この星では左様に申すのじゃったか。ドミネイドとの戦端せんたんが開かれてより数十年余、しかるに民の多くは事実まことより目をらし続けておる」


 どこか過去をいるように、


「長き太平の余韻よいんおぼいくさ脅威きょういに背を向けた挙句あげく、この星に残るエヴォリューターを腹いせに害さんとするなぞ骨頂こっちょうであるのじゃ。その愚挙ぐきょたるや、駄々をね泣きじゃくる幼子おさなごがごときよ」


 どこか自己嫌悪をにじませつつ、


「増してや南米にて滅びしペドロなにがしのごとく、人の上に立つ者までが愚挙に加担するなぞ世の末に他ならぬ。この星を守らんとドミネイドに立ち向かうエヴォリューターもおるに、己の首をめて何とするのじゃ」

「……身共も、それらと並ぶ無能であると!? 戯言ざれごとを! 三千さんぜん世界せかいかんたる身共の何が無能と申すのでござりまするか!?」


 湖乃羽が瞳に憎悪を燃やす……と、


「〝欲〟じゃ」


〝王族〟は四足獣の背から冷徹ににらみ、


なんじの〝欲〟は、我らが〝君主〟の〝欲〟の前に無力であったのじゃ。さらに申すならば、汝の姉の〝欲〟にすらおとっておったのじゃ」


 冷淡な声に湖乃羽が絶句すると、少女は一転、声に感銘をにじませ、


「先刻ちらと目に留めたのじゃが、汝の姉には、まっこと身震みぶるいしたのじゃ。手負ておいを装い想い人をもたばからんとする……想い人のためならば想い人をも謀らんとする、なんと深く純粋なる〝欲〟であることよ」


 古風な美貌を尊大に笑ませ、


「なれど、何よりわらわを揺さぶりおったのは〝深き純粋〟なるたがみずから外し……〝欲〟を狂奔きょうほんさせおった末にいたりおった、狂気とも呼びる〝器〟であるのじゃ」


 尊大かつ凄艶せいえんな笑みを浮かべ、


「あれこそは、我らが〝君主〟の手駒てごま相応ふさわしき〝大器たいき〟なのじゃ」


 笑みの凄艶が極まる……と、急に呆れたように溜め息し、


「とは申せ、あれをいとする津流城つるぎとやらは、さぞ苦労するじゃろうて。この星では何と申すのじゃったか……『あねさん女房』、否……『カカア天下』じゃったか?」


 他人事ひとごとのように笑いつつ、


「まあ、あの手のやからは三歩さがって夫を立てるていで、夫を思うままに操る手合いじゃからのう。〝クズ参謀〟の右腕としても、さぞ相性が良かろうて」

「あ…あの姉と……〝魔女〟と比べられるなぞ屈辱にござりまする!!」

「じゃが、その〝魔女〟は想いを寄せる男子おのこに加え、我らが〝君主〟の手駒たる地位をも手中しゅちゅうに収め憂世うきよ活路かつろひらきおったのじゃ……ここで果つる、汝とちごうてのう」

「……!?」


 クローン工場での沙久夜さくやとの会話を思い出し湖乃羽は息をのむ……そして、嗚咽おえつするような声で……


「……ついに身共は、姉に及ばなかったのでござりまするか……同じ日、同じ時に生を受けた姉妹でありながら、こうも運命さだめに差が生じるとは……!」

「まさに〝欲〟が生みし差であるのじゃ」


 冷徹な〝王族〟の顔と声で、


「そのさまじゃと、当人より事の次第は聞いておるのじゃろう。ならば〝魔女〟が成し得た行いを、汝は成せると申すか? それを成せるほどの〝欲〟を、持ち合わせておると申すか?」

「……っ!?」


 たった1人の男のために10年以上も石となり、故郷をも生贄いけにえささげる……


「汝には到底とうてい成し得ぬ行いじゃろうて」


 湖乃羽が肩を震わせてうつむいた。


「汝の望みは、汝の矮小わいしょうな〝欲〟を収めるが精々せいぜいの〝器〟には、到底収めきれぬ過分かぶんなものであったのじゃ」

「何をもって、身共の〝器〟を矮小とするのでござりまするか……!?」

「今の汝の姿が、何よりのあかしじゃ」


 下半身を竜にした女が弱々しくも最後の意地を込めてにらむが、〝王族〟は斬って捨てるように鋭い声で、


「汝はまことに追い詰められるまで、己の手を汚そうとはせなんだのじゃ。その果てに進退しんたいきわまり、ようやく自ら出陣しおった末に成り果てた今の姿こそ汝の本性……〝器〟の化身けしんに他ならぬ。すなわち……」


 鋭く威厳に満ちた瞳で、


「見てくればかり大きく中身はうつろ、それが汝の〝器〟じゃ」


 湖乃羽の顔が氷のくいで貫かれたように凍りつく……と、


「うがあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 悲壮な絶叫と共に、竜が吐いた激しく渦巻うずまく水流がハクハトウを襲う──が、


「申したじゃろう。中身はうつろと」


 四足獣の咆哮ほうこうで、あっさり水流を散らすハクハトウ。


最早もはや、水芸を演ずるもかなわぬか。やはり汝には〝器〟が不足しておったのじゃ。我らが〝君主〟の〝覇道〟へつらなるに足る〝器〟がのう」

「は…覇道……?」


 茫然と声をもらす湖乃羽にハクハトウは凄絶せいぜつに笑み、


「左様じゃ。いよいよ我らが〝君主〟が真の〝王〟へと登極とうきょくする時が来たのじゃ。数多あまたの王の例にならい、数多の命を散らせし屍血山河しけつさんがの上に国をおこす時がのう」

「あ…数多のかばねを、いしずえに……〝覇道〟を、成すと………」


 湖乃羽が青ざめるもハクハトウは凄絶な笑みを深め、


「〝王族〟とは国で最も命をあやめし一族にかんせられる称号であり、国で最も血にまみれし醜い一族であるのじゃ」


 湖乃羽がさらに青ざめ息をのんだ。


「そしてその一族のいただきに君臨くんりんし、国で最も命を殺めさせ、血塗られた過去を〝代償〟として輝かしい未来を成す者こそが〝王〟であるのじゃ。それこそが我らが〝王〟の〝覇道〟……否」


 凄絶な笑みが清々しい笑みになり、


「我らが〝大魔王〟の、そして我らの〝覇道〟……〝世界征服〟であるのじゃ」


 清々しい笑みで瓜種顔うりざねがおを輝かせるハクハトウの声に、他の少女たちは深くうなずき、湖乃羽は蒼白そうはくとなる。

 六音がいたら『お前もブッ壊れたな』と溜め息していただろう……しかし、


「とは申せ、〝世界征服〟とて、わらわたちには道程みちのりの一つに過ぎぬのじゃ」

「……?」


 眉をひそめる湖乃羽へ尊大に笑み、


「この星では何と申すのじゃったか……大奥おおおく後宮こうきゅう、はたまた……ハーレムじゃったか? 〝世界征服〟のあかつきには、わらわを始めりすぐりの〝大器〟を持つ女子おなごらが〝王〟のそばはべり──」


 誇らしげに胸を張り、


「〝王〟の寵愛ちょうあいを得て〝王〟の子を成す……それこそが〝覇道〟を超えし、我らの〝悲願〟であるのじゃ」

「……………は?」


 尊大なの笑顔に頭が真っ白になる湖乃羽………だったが、


「ふ…ふしだらな!!」


 一転、怒りに顔を紅潮させ、


卑猥ひわい煩悩ぼんのうまみれた淫魔いんまの一団にござりまするか!!」

「わらわも、これな女子おなごどもを左様にとらえておったのじゃ……先刻まではのう」


 周りの少女たちを見回し苦笑しつつ、


「じゃが、南米にて男子おのこの〝器〟に触れた時、わらわもかいし……否、感じてしもうたのじゃ。底知れぬ〝恐怖〟と……〝愉悦ゆえつ〟をのう」


 古風な美貌を悠然ゆうぜんと笑ませ、


「あれこそは我が魂を〝情愛〟なる牢獄ろうごく永遠とこしえとらえ、数多あまたの〝大器〟を屈服させる〝大器〟を超える〝大器〟、すなわち……」


 悠然とした笑みに〝つや〟を混ぜ、


「〝冷徹〟、〝傲岸ごうがん〟、そして〝非情〟を極めし真の〝王器〟なのじゃ」

「世界でイチバン〝残酷〟で〝欲ばり〟で〝人でなし〟の〝ファラオ〟なのれすよ~♪」


 陶酔とうすいするような亡国の姫の声に、おっとりした声が続いた。

 片や湖乃羽は戸惑とまどいもあらわに……


「しょ…正気で、ござりまするか……それは〝王〟にあらず……最悪の〝暴君〟にござりまする………」

「申すに及ばず。〝国〟とは巨大な〝統治機構〟であると共に、強大な〝暴力機構〟であるのじゃ。ならば、その支配者が〝暴君〟なるは当然じゃろうて」


 お姫様が我が意を得たりとうなずく……と、 湖乃羽は仕返しのように挑発的な声で、


「〝暴君〟に、本当にそれほどの〝器〟があるのでござりまするか? 宴席えんせきで姉に近づこうとしただけでネブリーナ・テクノロジーの跡取あととりを打ちせ、その商社まで潰すなど、これこそな〝器〟なのでござりまする」

おのが不明を恥じるが良いのじゃ。確かに我らが〝王〟の行いは、全て〝女王〟只一人ただひとりのためにするものであるのじゃ……なれど」


 上から目線でたしなめるように、


「それも全ては、我らの遠大なる〝計画〟の一端いったんであるのじゃ。そして己の身勝手みがってのままに振る舞いつつも世をさかえさせられるならば……それこそは比類なき〝天祐てんゆう〟であり、至高しこうの〝王器〟であるのじゃ。何より──」


 己を誇るように胸を張り、


「〝大器〟を持つ者のもとには〝大器〟を持つ者がつどうものじゃ。すなわち、わらわ以下〝大器〟を持つ者らが集い臣従しんじゅうしておる事実こそ、世を征すべき〝王器〟の証に他ならぬ」

「そ…それは『臣従しんじゅう』にあらず『盲従もうじゅう』にござりまする!」


 尊大ながら清々しい声に湖乃羽は苛立いらだち、


「左様な〝暴君〟に忠義を尽くし何が得られるのでござりまするか!?」

「ふむ……此度こたびたくらみとて、己に想いを寄せる女子おなごらを他の女子おなごのためにり出すなぞ、まさに〝暴君〟のみが成せる傲岸ごうがん不遜ふそんの極みであるのじゃ」


 あきれ半分、感心半分で、


「とは申せ、此度の件をたんとして我ら其々それぞれのためにも事が起こされてゆくじゃろう。そのおりには、〝暴君〟めに存分にねぎろうてもらうのじゃ」

「風は身をささげ吹き乱れる。この身に〝悲願〟を勝ち得るため」

「個々ノ・濃厚接触……イコール……はーれむノ・第一歩………」

「〝たいへんよくできましたのチュー〟を~してもらうのれすよ~♡」


 を想像し喜悦きえつする少女たちに、湖乃羽はありったけの嫌悪感を込め……


淫猥いんわいな、〝人間の姿をした動物ヒューマンアニマル〟どもが……!」


 続けて嘲弄ちょうろうを込め、


「ふしだらな〝色欲しきよく〟に曇った目にはのでござりまするね。〝弱肉強食〟をむねとするならば、あなた方とて己を超える強き者にかかれば蹂躙じゅうりんされるのみであると」


 意趣いしゅがえしとばかりに口のをつり上げる……が、


「……そして、己の〝器〟を見誤った愚挙ぐきょいつつ、世に必要とされず捨てられた末……」


 笑みに卑屈ひくつさがにじみ……


ぶんを超えた妄執ひがんに身を焼かれるか、いつくばって強き者の慈悲にすがり生き長らえるか……いずれにせよ、無力であわれな〝身のほど知らず〟なのでござりまする………」


 つやめいた美貌を、疲れ果てた自嘲じちょうよどませた……一方、


「やはり真理をかいせぬれ者じゃのう」


〝王族〟は冷徹な声で、


「偉大なる〝王〟の世にいては、〝王〟に必要な者こそが世に必要な者なのじゃ」


 傲岸ごうがんな光を瞳にともし、


「そして無力ゆえに〝王〟より慈悲をほどこされるなぞ、屈辱の極みに他ならぬ」


 非情な覚悟で瓜実顔うりざねがおを引きしめ、


「なればこそ、我らは常に強き者であるよう、何より〝王〟のそばる者として相応ふさわしくあるよう、精進を絶やしてはならぬのじゃ」


 自戒じかいめて冷徹、傲岸、非情を自らに課すようなハクハトウの声に、周りの少女たちも神妙にうなずく。


「〝王〟に……相応しくあるよう………」


 少女たちの真摯しんしな態度に呆然となる湖乃羽を、ハクハトウも深く頷いて鋭くにらみ、


さかしまにおのれの他は眼中に無く、おのがためにのみ動く者なぞ、早々にまり身を落とすが必定ひつじょうじゃ」


 一層視線を鋭くし、


「その違いこそが〝器〟の違い……すなわち、汝の命運を分けた違いなのじゃ」

「み…身共は、おのがためにのみ動いていたがゆえ……〝器〟を矮小わいしょうと断じられ、財団に……次期当主に、取り立てられなかったと……」


 鋭い視線と声に湖乃羽は気圧けおされる……と、


「〝冷徹〟に~1人1人を見さだめて~」

「〝王〟の風はり分ける。強者と弱者を〝傲岸〟に」

怠惰たいだナ弱者ヲ・〝非情〟ニ排除……イコール……真ノ・〝王器〟………」


 湖乃羽が息をのみ、ハクハトウは誇らしげな微笑を浮かべ、


「加えて我らが〝王〟自身、精進をおこたれば我らに見限られ世の革新かくしんかなわぬとかいし、常に精進を重ねておるのじゃ。ゆえに我らは──」


 瞳を誇らしく輝かせ、


「我らが〝王〟に、あらん限りの〝忠義〟と〝情愛〟を捧げるのじゃ。平定せしこの星を結納ゆいのうの品としてえてのう」


 ハクハトウを始め、少女たちが輝くような誇らしさと喜悦きえつを全身から放つ。


「……………………………………」


 片や湖乃羽は、異世界の言葉を聞いたように茫然ぼうぜんとしていた。

 事実、湖乃羽と少女たちの間には、世界が異なるほどのみぞが開いているのだろう。

 有能と無能、強者と弱者、そして……勝者と敗者をへだてる、絶望的に大きな溝が。


「……あ……悪魔め………!!」

「これよりは、わらわもしきりに申し渡されるのであろうのう。じゃが……」


 恐怖に声を震わせる湖乃羽に、少女は尊大に笑みつつ荘厳そうごんな威厳をまとい、


「左様な恐怖こそ、我らが有能であり強き者であり勝者であるあかしなのじゃ」


 圧倒的な敗北感に震える湖乃羽。

 それは〝人間〟としてではなく、〝生物〟としての圧倒的な敗北感………


(身共は……この者らには勝てない………)


 全身を脱力感が襲うと同時、頭は妙にめて冷静になる。


(そも……なぜ身共は、この者らと事を構えようなどとしたのか………)


 目に映る周りの光景に、まるで現実感が感じられない。


(ああ……身共は……ここで死ぬのか…………)


 じきに己を襲う〝死〟すら遠い世界のことに思える………その時、


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 一帯を炎の大波が襲い、大地が紅蓮の炎に包まれた。


何事なにごとじゃ!?」


 四足獣の咆哮で周りの炎を散らしたハクハトウが炎の波が来た方向を見る……と、すすけた真鍮しんちゅうのような色をした、人間の〝骨格標本〟のごとき機械の巨人が全身から炎を噴き出していた。


「なんじゃと!? あ奴は南米にて〝王〟とわらわがほうむりし──ぬっ!?」


 ハクハトウが目をみはった直後、巨人の姿が消えたかと思うと轟音を上げて湖乃羽の側に降り立ち、


〔カルージャンのぉ……復活ぅぅ………〕

「あ…あなたは……カルージャンの遺物なので、ござりまするか……うっ!?」


 動揺する湖乃羽の前で、うつろな声をもらす巨人の肋骨ろっこつのような胸部が開き、中から小さな球体が……赤いビリヤードの球が現れまばゆ赤光しゃっこうを発する……と、


「ぐ…ぐああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 急に湖乃羽が苦しみ出し、その胸に紫に輝く欠片かけらが浮かび上がる。


「こ…これは〝瀬織津せおりつ〟のうろこ……いつの間に……まさか、先ほど相見あいまみえた時……」


 脳裏にクローン工場で沙久夜さくやと戦った記憶がよみがえる……


「よもや……止処とめどなくいていた力は、この鱗から……ぐっ!?」


 欠片がビリヤードの球の赤光と呼応こおうするように強く輝く。と、湖乃羽の巨大化していた上半身が下半身の竜もろとも炎に包まれ……否、炎にし……


「あ…姉上えええええええええええええええええええええええええええええっ!!」


 炎と化した湖乃羽が巨人の開いた胸部に吸い込まれていく。


 ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!


 湖乃羽の変じた炎を全て吸い込むと、巨人は胸部を閉じて雄叫おたけびつつ一層激しく炎を全身から噴き出す。

 おびただしい炎は〝草薙の里〟を収める地下空洞全体に広がりつつ、骨の隙間すきまを埋めるように〝骨格標本〟のごとき巨人を覆っていき……身長100メートルを超える、炎の巨人を誕生させた。


「……これが、最後の仕込みであるのか〝クズ参謀〟……じゃが……」


 ハクハトウは目元を険しくし〝巨人〟へ……いな


「この重圧……やはり、汝であるのか………〝守り刀〟よ……!」


 刀のような1本のつのを生やす、炎の〝鬼〟へつぶやいた………


                   ◆


「強い重圧コスモを感じるっぺよ!!」


 空間に生じた波紋から、メガネをかけて黒髪を肩に届かせる少年が現れた。


【ふくはうち おにはそと】


 同じ波紋から、乳白色の髪をヒザまで伸ばす表情に乏しい少女も出てきた。


節分せつぶんには、ちょっと早いかな」


 やはり同じ波紋から、柔和にゅうわな顔立ちの少年がタンクトップとホットパンツを着た少女をお姫様だっこしつつ、白金色の髪の少女をともなって現れた。


「てかせまいぞ、なんとかしろ煌路」


 お姫様だっこされる少女りくねの言う通り、少年たちが現れたのは折り重なった無数の岩塊がんかいの間にあるわずかな隙間だった。


「そうだね……お願いするよ、姉さん」


 狭い隙間に5人の少年少女がすし詰めになっている中、煌路がかたわらのウィステリアを見ると、


「はい、コロちゃん♪」


 姉は神がかった美貌を微笑ませ、足首まで伸びる髪から白金色の光のツブを大量にき出させる……と、周囲を埋めていた岩塊が光のツブとなって〝消滅〟し、神秘的な空気に満ちた純白の鍾乳洞しょうにゅうどうあらわになった。


葛葉くずはの報告通りだね」


 他の少年少女たちと鍾乳洞に着地して六音を床に下ろす煌路。その眼前には、澄んだ水をたたえ神秘的かつ厳粛げんしゅく畏怖いふを感じさせる巨大な地底湖が広がっていた。


「この湖が火焚凪かたなのいるトコにつながってんのか」

「そうだよ……それじゃ、僕たちも仕事を始めようか」


 六音の声にうなずいた煌路はメガネの少年へ目を向け、


「準備はいいかい、ジョクタウ」

「〝クズ参謀〟からあずかってるっぺよ。SSRの術式スキルだっぺ」


 少年が緑色のカードを取り出すと、煌路は乳白色の髪の少女を見て、


「どうかな、チロル」

【いつでも おーけー】


 少女が手帳サイズの液晶タブレットに文字を表示すると、その髪から乳白色のきりがあふれ出す。


「さすがだね。あと必要なのは……」


 微笑む煌路が光の剣を右手に出す。と、六音がイタズラっぽく笑み、


「それが最後の〝生贄いけにえ〟ってか♪」

「否定はしないよ。火焚凪の……大切な幼馴染のためなら、このくらいはね」


 毅然きぜんとして光剣の刀身を見て、


「本当はケトンってトロニック人の〝司元核〟を使うつもりだったんだけどね。重圧からして彼の〝核〟は強力そうだったから」

「文字通り〝魂を売り渡す契約〟ってか……〝大魔王〟め♪」

「彼も納得した上での取り引きだったんだよ。でも、彼はあんなことになっちゃったからね……」


 残念そうに煌路が見つめる刀身に、複数の光点がともる。


「まあ〝正道派かれら〟の〝核〟でも、これだけ数があれば用をたせると思うよ」

「機体はブッ壊れたけど〝核〟は〝吸収〟して保存してたってか……魂だけになってまで使い潰されるとか、悲惨だな♪」


 六音があきれ半分でおどけると同時、緑色のカードが輝き、その光が霧に溶け込んでいく。そして霧は冷え冷えする広大な鍾乳洞に立ち込めていき……


「うっわ……こんな複雑な魔方陣、見たこと無いぞ……」


 息をのむ六音の前で、霧は文字らしき記号や複雑な曲線を大量に形成し、広大な鍾乳洞いっぱいに立体的で精緻せいちきわまる魔方陣を構築する。


「ありがとう、チロル、ジョクタウ。それに、ここにはいないみんなにも感謝しているよ。僕の我儘わがままに手を貸してくれて……」


 片や煌路は噛みしめるように語りつつ、湖へ向くと光剣を振り上げ、


「さあ火焚凪……君の誕生パーティーの始まりだよ」


 彼方かなたの幼馴染へ手を伸ばすように、湖へ光剣を振り下ろした………





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