第35話 そのとき歴史が動いたかも!?

「やあ、奇遇きぐうだね、津流城♪」


 壁に多数の入り口がならぶ丸い部屋で、黒髪の少年が柔和にゅうわに笑んだ。


水代みずしろ……煌路こうじ……!」


 対して総髪そうはつの少年は、既視感と悪寒にとらわれつつうめくように言った――直後、


「ひさしぶりなのれすよ~ツルギ~♪」

不登校サボリ・男子……イコール……反乱サボタージュ分子ぶんし………」

「ここで会ったが百年目……左様に申すのじゃったか、この星では」


 煌路が現れた入り口から3人の少女が飛び出し、津流城を囲んでその身を強張こわばらさせる……が、


「お、裏切り者を捕まえたのか♪」


 3人と同じ入り口からタンクトップとホットパンツの少女が現れると、津流城は一縷いちるの希望をいだく……だが、


「裏切り者なんて言っては、彼が可哀想かわいそうですよ、六音さん」


 六音の後に白金色の髪の少女が現れ津流城は絶望に沈む……さらに、


「安易な情けは身を滅ぼすぞ、ウィステリア」


 ウィステリアの後に現れた、青い髪をヒザまで伸ばし純白のスリーピーススーツを着た美女を見て、津流城は奈落の底に落ちた気分になる。勝ち目どころか、生き残る目も根こそぎ刈り取られたと悟って……しかし、


「まあまあ、デュロータ。彼にも事情があったんだよ」 


 意外にも煌路が笑んだまま津流城を擁護ようごする……が、


信賞しんしょう必罰ひつばつ叛臣はんしんに慈悲をほどこすなぞ、君主にあるまじき愚行じゃぞ」


 燕尾服テールコート姿の少女……ハクハトウが険しい顔で頭頂の一本角いっぽんづのを輝かせ、


「フクカイチョーにイタズラしたら~星に代わってオシオキなのれすよ~♪」


 パトラも優しく笑みつつ、ヒザまで伸びる12本の三つ編みの先のリビアングラスを光らせ、


「反乱者ノ・末路まつろ……イコール……打チ首・獄門ごくもん………」


 シューニャもヒザを抱えて浮きつつ、無表情のまま床に届く赤銅色しゃくどういろの髪に火花を散らす。


「くっ……!」


 津流城が自分を囲む少女たちの重圧に身をすくめる。

 六音を見た時には、彼女を人質にして脱出を図ろうとも考えた。

 大恩ある女性を救うためならば、一時いっときの恥など如何いかほどのものか。

 だがウィステリアとデュロータが六音のそばにいてはそれも出来ず、進退きわまった津流城は未練を込めて六音をにらむ……と、


「今どき打ち首はないだろ♪」


 当の六音がイタズラっぽく笑み、


「せめて武士の情けで切腹せっぷくにしてやれって。〝殺人記録マーダースコア〟最下位のヘナチョコだとしてもな♪」

「……っ!!」


 津流城が殺気を込めて六音をにらむ。同時にパトラが首をかしげて、


「〝記録スコア〟がイチバン少ないのは~わたしなのれすよ~?」

数が一番少ないのはな。の数は、お前の方がはるかに多いだろ」


 六音はわざとらしく溜め息して、


「お前の技を……〝づくり〟を見るたびに実感するぞ。マジで世の中にゃ『死んだ方がマシ』って状況ことがあるんだってな」

「わたしは命をすくうお医者さんれすから~むやみに人を殺さないのれすよ~♪」

「『ヒポクラテスの誓い』って知ってるか? 体をバラバラにされて生き続けるのが〝救い〟なのか、じ~~~っくり話し合おうか〝おっとりカッター〟……いや、〝おっとり呪術医カーサー〟よ」


 パトラの無邪気に輝く優しい笑みを六音が冷ややかに見た……その時、


「元より、全ては覚悟の上につかまつる」


 不意に津流城が刀を抜いた。

 その鬼気せまる表情と迫力に部屋が緊張に包まれる……が、津流城は両ヒザを地につくと、左手に握る刀を自分の右腕に向け、


此度こたびめ、ことが済んだあかつきにはつつしんでこの首を献上けんじょうつかまつる。なれば――」


 覚悟を決めた〝おとこ〟が刀を振り下ろし、


「この場は腕一本にて御容赦ごようしゃいただきたく願い申し上げつかまつる」


 想いを貫く〝男〟が己の右腕を斬り落とす……


「早まらなくていいよ」


 寸前、煌路が津流城の前に移動し、刀を右の人差し指と親指でまんで止めた。


「……!?」


 津流城は動揺しつつも渾身こんしんの力で刀を振り下ろそうとするが、2本の指に軽くままれているだけの刀はピクリとも動かない。


「事情は聞いているよ、津流城」


 指2本で地球トップクラスのエヴォリューターの渾身を止めつつ、煌路はりきみも無く柔和に笑み、


「今回の君の行動は、姉や母にも等しい恩人を助けるためのものだったんだよね」


 津流城が目を見開いた。


「それなら何も責めることは無いよ。さっき言ったよね。僕だって姉さんを助けるためなら、地球の1つや2つ滅ぼしちゃうって♪」


 煌路の言葉と微苦笑するウィステリアに再び既視感に囚われつつ、津流城は苦渋くじゅうに顔を歪め、


「……なれど、それがしが貴殿にやいばを向けたるは事実なれば、これを不問とすれば他の者への示しがつかぬは必定ひつじょうにつかまつる」

「……それなら、こう考えればいいよ」


 一瞬『真面目まじめだね』と苦笑した煌路は、一転寛容かんような〝支配者〟の笑みを浮かべ、


「僕は君を助けるんじゃない。君が死ぬことの悲しみから、君の恩人を助けるんだってね」


 津流城が息をのみ、刀を握る手から力が抜ける。


「だから片手をくすなんて、早まった真似まねはやめた方がいいよ。恩人が……姉に等しい人が帰ってきた時、一方の手で刀を、もう一方の手でその人の手を握って……大切な人を守り、二度と手離さないためにね」

「……!」


 刀から手が離れた津流城が、がっくりとつんいになって項垂うなだれた。


「そもそもZクラスの中で君の〝記録スコア〟が極端に低いのも、いつか大切な人の手をとる時に、自分の手が汚れているのを避けようとしたからじゃないのかな」


 津流城が四つん這いのままビクッと震えた。


「ある意味で、その覚悟は立派だと思うよ……でも」


 煌路がな〝支配者〟の顔になり、


「本当に大切な人を守りたいのなら、手離したくないのなら、綺麗事きれいごとや覚悟じゃダメなのは、そろそろ分かったんじゃないのかな」


 四つん這いのまま津流城はこぶしを握りしめ……


『お前も誰かのために覚悟を決め行動しているのだろう……』

『俺に代わって証明してくれ……』

『人は誰かのために大業を成せるのだと……』


 南米で散った鋼の巨人の言葉を反芻はんすうしつつ……


「なれば、某には……某たちには、何が欠けていたのでつかまつるか……」

「本当に大切な人を守るのなら、時には全てを犠牲にするほどの〝欲〟が必要なんだよ。それほどの〝欲〟こそが、どんな苦難も乗り越える強い意思の〝原動力〟になるんだよ」


 冷徹ながらもさわやかな〝支配者〟の声に、津流城は頭が真っ白になる……が、


「……それは世を乱し、滅ぼすのみの……鬼畜の所業につかまつる……!」

「それが、どうかしたのかい?」


 畏怖いふに震える津流城の声に〝支配者〟は爽やかな笑みを深め、


「たった今、言ったじゃないか。大切な人を守るには全てを犠牲にする〝欲〟が必要だって。それとも君には、鬼畜にならないことの方が大切な人を守ることよりも大事なのかな?」


 四つん這いの津流城が項垂うなだれたまま絶句した。


「少なくとも僕は、姉さんを引き換えにして世界を守るなんて絶対にしないよ。世界を守れても、そこに姉さんがいないんじゃ何の意味も無いからね♪」


 一点の迷いも曇りも無い〝暴君〟の爽やか笑みに、Zクラスの少女たちとデュロータがあきれるのを通り越してれ直すような空気をかもし出す……一方、


「……世界も大事なれど、それ以上に姉君あねぎみが大事だと………」


 津流城が戸惑とまどいに震える声をしぼり出すと、煌路は嬉しそうにうなずいて、


「さっき僕が言ったこと、覚えていてくれたんだね。そう言えば君も言っていたよね。世界の秩序を守るのが自分の使命だって……でもね」


 爽やかな笑みをまぶしく輝かせ、


「〝秩序〟なんてものは、強い者にどんどん更新されるものだよ」


 一片のよどみも無い溌剌はつらつとした声で、


「今の〝秩序〟だって、昔の強い者がそれまでの〝秩序〟を更新して出来たものだからね。そして今、あらためて〝秩序〟が、〝世界〟が更新される時が来たんだよ」


 四つん這いの津流城が息をのんだ。


「言い換えれば、今は絶好のチャンスなんだよ。世界の〝秩序〟を、大切な人を守れるよう自分で更新するためのね♪」

「……それで得心が出来るほど……己のために世を滅ぼせるほど……某は強くないのでつかまつる……!」


 項垂うなだれる津流城が嗚咽おえつするような声をらし、


「常に迷い、失うことにおびえる某は……まことに小心で非力な、〝無様〟であるがゆえに……!」


 四つん這いのまま握りしめられるこぶしの甲に、ぽたぽたと水滴が落ちる……


「非力なことは……弱いことは必ずしも悪いことじゃないよ」


 その時、威厳と慈愛にあふれる〝王〟の声が響き、


「人は〝弱い〟ことを自覚して、初めて〝強くなろう〟と向上心を持つことが出来るんだからね」


 声は打ちひしがれる津流城にるように降りそそぎ、


「だから〝弱い〟ことを自覚して、それを悔しく思っているのなら、君には強くなれる……成長できる〝未来〟があるってことだよ。それとも……」


 急に声が冷ややかになり、


「君にとっては自分のプライドの方が、大切な人よりも優先順位が上なのかな?」


 声がやいばとなって津流城の心に突き刺さる。


「ちっぽけなプライドのために、大切な人を手離して、また後悔するのかな?」


 グサグサと何度も突き刺さる。


「これも、さっき言ったよね。君にとって一番大切なものは何なのか、決められるのは君だけだって」


 ズタズタの心と四つん這いの体を津流城が震わせた。


「君にとって一番大切なのは……一番守りたいのは、秩序なのかな? 恩人なのかな? そもそも……」


 冷ややかながらも同志への〝親愛〟を声にめ、


「君は何のために、誰のために〝秩序〟を守ろうと決めたのかな?」


 威厳と慈愛に溢れた重圧に部屋が満たされる中、項垂うなだれていた津流城は四つん這いのままガバッと顔を上げ、


 「誰のために……守る………」


 その愕然がくぜんとしながらも長い夜を抜けたような顔に、寛容にして傲慢ごうまんなる〝王〟は柔和な笑みを一際ひときわまぶしく輝かせ、


「心は決まったかな? だったら〝秩序〟が、〝世界〟が更新される今──」


 指でまんでいた刀のつかをつかむと、横に向けて家臣へ下賜かしするように差し出し、


「更新をがわがわ、君はどちらになりたいのかな?」


 託宣たくせんがごとき〝王〟の声を受け、津流城はおごそかに正座する。そして差し出された横向きの刀を、左右のてのひらに刀身を乗せる形で神妙に受け取り……


「偉大にして強大なる……我が〝主君〟よ……!!」


 妹と同じ相手に忠義を誓った。

 先刻の大瀑布だいばくふをも大きく超える、爆発するような強烈な重圧をほとばしらせながら。

 その重圧に揺さぶられ崩れ始める部屋を、Zクラスの少女たちは驚嘆と感嘆の空気で満たしつつ……


「己のしがらみを破りおったのじゃな」

「破ったってかんじゃないか……Zクラスにゃ珍しい常識人ワクだったのに……」


 妙に実感のもったハクハトウの声に、六音フラッターがどこか同情的に語り、


「人は優しければ優しいほど、残酷になれるものですよ」


 六音をシャボン玉のような空間で包み、重圧と崩れる部屋の害から守っているウィステリアが慈愛あふれる笑みを浮かべる……と、


「……やっぱ、テッド・バンディですね我がダンナ様は………」


 六音は煌路を見て、深々と溜め息をついた………その時、


「次期……当主様………」


 部屋の壁に多数ある入り口の1つから少女が現れた。

 サッカーボール大の球体車輪をつけた一輪車のような車イスに座り、バイザー型のサングラスとカーキ色のロングコートを身につけた少女だ。


「〝カメレオン〟!」

 

 煌路が少女を見て目をむき、


沙久夜さくや様!!」


 少女が抱える、白い和服姿の女を見て津流城が叫んだ。


「何があったんだい……?」


 煌路がの少女と女に眉じりを下げる……と、


「申シ訳、あリませン……〝草薙〟ノ一党に、不覚ヲ取りマしタ………」


 少女は苦しい息の中から声をしぼり出し、


「デすガ……こレだケは、何トか……」


 女を床に下ろすと、さやに納められた1本の日本刀を差し出した。


「そうか……大変だったね。ご苦労様」


 煌路は慈愛に満ちた笑みで少女をねぎらうと、刀を受けとり鞘から抜いた。

 深い紫に輝く刀身が、崩落寸前の部屋に現れる。


「それは……」


 つぶやく津流城が、首からげるヒモにつないだ欠片かけらを……欠片を握りしめる。と、煌路は鋭い視線を向け、


「津流城、僕のために働いてくれるのなら、これから僕がすることをゆるしてほしい」

「何なりと、御屋形おやかた様」


 津流城が深々と頭を下げると、〝主君〟は紫の刀を逆手さかてに持ち変え、


「ありがとう……そして、ハッピーバースデー、津流城」


 部屋の崩落と同時、床に横たわる沙久夜の胸に刀を突き刺した………


                     ◆


七里塚しちりづか……葛葉くずは……!」


 広大な鍾乳洞しょうにゅうどうで、草薙くさなぎ弥麻杜やまとうなるように言った。


「〝草薙の里〟の……最期だと……!?」


 険しい視線の先では、巨大な地底湖のほとりに1人の少女が立ち、


「驚くことも無いどすえ~。どの道お先まっ暗やったんどすからな~♪」


 白釉はくゆうのような美貌をはんなり笑ませ、


「せやから財団を始め、あちこちに手ぇ伸ばしてしとったんどすえ~♪」


 右肩から胸に流す黒釉こくゆうのような髪を、緋色の学生服の胸元で勾玉まがたまを浮き彫りした鼈甲べっこうの髪留めでたばねている。


「そういうことですね」


 さらに少女のそばに別の少女が現れ、その姿に弥麻杜は目を見張り、


「お前……砂織さおりか……九十九つくもの……!?」

「お久しぶりですね、弥麻杜殿」


 やはり緋色の学生服を着た、烏羽色からすばいろの髪を後頭部でい上げる少女が目礼した。

 片や弥麻杜はさらに目元を険しくして、


「なぜ……お前が、ここに……!?」

「今はミズシロ財団が運営する学院の、御曹司おんぞうし在籍ざいせきするクラスでクラス委員長を務めているのですよ」


 理知的な美貌から風格をただよわせる少女が、細い黒縁くろぶちのメガネのレンズを鏡のように光らせた。


「そう言えば……九十九の者も東の本家の学舎まなびやにいると、七里塚が言っていたが……お前だったのか……!?」


 弥麻杜は逃げ道がたれていくような恐怖に囚われつつも、必死に笑顔を作り、


「はからずも……〝無道むどう三家さんけ〟の各家に連なる者が、そろったわけか♪」

「弥麻杜殿は……〝草薙〟は〝無道三家〟ではないでしょう。少なくとも本流では」

「かの〝壬申じんしんいくさ〟を忘れたわけやないどすえ~♪」

「……っ!!」


 相好そうごうを険しくする弥麻杜に、葛葉は邪気の無いはんなりした笑みを深め、


「7世紀に天智てんぢみかどがお隠れにならはったあと、皇子と皇弟が帝位をめぐって起こしたやまとと朝廷を二分にぶんする大戦おおいくさどす。結果としては皇弟が勝たれて天武てんむの帝にならはったんどすが……」


 はんなり笑むまま目元を鋭くし、


「問題なんは、当時皇弟が、どないにして皇子がようするの戦力を手に入れたかなんどすえ」

「そう言えば、帝が現人神あらひとがみであるとされていた20世紀の世界戦争のころには、いくさ自体が歴史の教科書から削除されていたそうですね。やはり皇室の本流が敗れたという事実が、世相的せそうてきに都合が悪かったのでしょうか」

「神様が負けてもうたら神風も吹かんくて、っくき鬼畜きちく米英べいえいにやられてまうんどすえ~♪」


 眉をひそめる砂織に笑みをほころばせる葛葉……だったが、


「ま、〝壬申の戦〟では神風が吹いたんどすけどな……〝瀬織津〟ゆう神風が」


 再び笑んだまま視線を鋭くし、


「皇弟が勝たれた理由を、専門家は色々こねくり回しとるようどすが……」

〝草薙〟が八重垣やえがき〟をたばかりり〝瀬織津〟を目覚めさせ、皇弟に協力して勝利を収めさせたのですよね。そして、その功により〝の里〟を乗っ取り、〝草薙〟は〝の里〟の主家に成り代わった」


 2人の少女の鋭い視線に、弥麻杜がビクッと肩を震わせた。


「情報操作もバッチリやったんどすな。当時編纂へんさんされた『古事記』や『日本書紀』で、伝承にあった〝八重垣〟の名を残らず〝草薙〟に変えさせたんどすえ」

今日こんにち〝草薙の剣〟の名が定着していることを思うと、『歴史は勝者が作る』のだと実感しますね。とは言えその後の状況を見ると、〝草薙〟も優遇され続けたわけではなかったようですが」


 弥麻杜がこぶしを握りしめた。


「古来、倭の神々は穏やかな〝和魂にぎみたま〟と荒々しい〝荒魂あらみたま〟の2つの面を持つとされとったんどすえ。〝瀬織津〟とは倭の主神たる〝天照あまてらす大神おおみかみ〟の〝荒魂〟の名称やったんどす」

「他にも〝瀬織津〟を〝天照大神〟の妻とする伝承もありますね。つまり現在は女神とされている〝天照大神〟は本来、男神おがみであったわけです」


 砂織の言葉に葛葉はうなずき、


「その変更がされたんも、『古事記』や『日本書紀』の編纂と同じころやったんどすえ。専門家は、当時の帝やった持統じとうの帝が女やったから、その権威を補強するために〝天照大神〟を女にしたゆうとるどすな」

「それもあったのかも知れませんが、その持統の帝は奇妙なみことのりを発しているのですよね。〝瀬織津〟をまつっていた全国の神社に、祭神を変えよという詔なのですが……それこそが、朝廷が〝草薙〟を遠ざけようとするきざしだったのですよね」


 少女たちは神妙な顔になり、


「〝壬申の戦〟で勝利に貢献したものの、〝瀬織津〟は強すぎたんどすな。せやからその力を恐れた朝廷は、〝瀬織津〟をすべての神社の祭神から外させて、歴史書にも一切の記述を残さなかったんどすえ」

「〝瀬織津〟の存在を表舞台から消し、世間から隔離かくりするためですね。過ぎた力が恐れられるのは、いつの時代も同じですか……まあ、この場合〝草薙〟が遠ざけられたのは自業自得なのですが」

「……ふざけるな!!」


 弥麻杜が真っ赤になってわめく。


「どいつもこいつも〝草薙〟がどれだけこの国に尽くしたと思っている!? 〝壬申の戦〟のあとも多くの戦で刃を振るい、多くの血を我らは流してきたんだぞ! 国と国の民のために!!」

「確かに白兵戦が戦の主流だった時代には、それなりに活躍していたのでしょうが」

「20世紀に入って飛び道具が主流になってからは、さっぱりやったんどすえ」

「黙れ餓鬼がきども!!」


 自分が白熱するほど白けていく少女たちを弥麻杜はにらみ、


「そう言うお前らは何をしていた〝九十九〟! 〝七里塚〟!! これまでの度重たびかさなる国難から国を守るため何をしたのだ!?」

「それを言われると弱いですね……特に〝九十九うち〟は……」

「〝七里塚うち〟はちゃんと働いとったんどすえ~。20世紀と23世紀に核攻撃された時の後処理やら~、〝起源の文字〟を守ったりやら~♪」


 渋い顔になる砂織と笑みをほころばせる葛葉。対して弥麻杜はさらに激昂し、


「働いてむくわれたのか!? 国が何かしてくれたのか!? かつて〝里〟が〝暗黒節あんこくせつ〟に沈み民の六割が非業ひごうの死を遂げた時も、何度救援をおうと国はなしつぶてだった!!」

「〝暗黒節〟についても、あなたたちの自業自得だったのではありませんか? ともあれ、そういった累代るいだいの不満が今回、あなたたちが純人教団や太陽系ドミネイドに通じた理由になったわけですか……早まったことをしましたね」

「地球政府が悪いのだ!!」


 あきれて溜め息する砂織に火を吐くように癇癪かんしゃくし、


「数千年にも渡り国と民に尽くしてきた我らを、奴らはむくいるどころか切り捨てたんだぞ! それが民の意思だと……『民意』だと言ってな!!」


 弥麻杜の頭に世界政府の議員との会話が浮かぶ……が、


「国がむくいてくれんのなら、むくいてくれる国を自分で作ればええんどすえ」


 弥麻杜が呆気に取られた……直後、


御屋形おやかた様!」


 紫の羽織はおりはかまを着て刀をにぎる男が8人、通路から鍾乳洞に現れた。


「〝八鱗刀はちりんとう〟!! なぜ、ここに……!?」

「神聖な〝儀式〟の場に踏み入りし我らにお怒りはごもっとも! なれど未曾有みぞうの危機に見舞われし〝里〟を救うため、今は〝瀬織津〟の早々の復活をお願い申し上げたてまつりまする!!」


〝八鱗刀〟と呼ばれた男たちは弥麻杜を囲んで片ヒザをつき、深々と頭を下げた。

 その必死さに〝里〟の状況を察した弥麻杜が少女たちをにらむと、男たちも少女たちをにらみつつ立ち上がり、


「貴様らが邪魔じゃまてしていたのか!! 〝七里塚〟の小娘と……」

「初めまして。九十九砂織です」

「〝九十九〟だと!? 〝無道三家〟のか!?」


 軽く会釈えしゃくする砂織に男たちは目をむき、


「同じ〝無道三家〟でありながら我らの道に立ちふさがる狼藉者ろうぜきものめ! 刀のさびにしてくれる!!」


 刀を抜いて殺気を立ち昇らせる男たち。対して葛葉は首をかしげ、


「〝八鱗刀〟ゆわはっとったどすが、新しいもんを選んだんどすえ?」

「……なんだと?」


 男たちは眉をひそめるが、はっと何かに気づいて、


「よもや先代の〝八鱗刀〟を……昨年の暮れに東の本家に攻め入った兄者あにじゃたちを知っているのか!?」

「ああ……あれは、あんさんらの身内やったんどすえ?」


 うなずいた葛葉がはんなりと笑み、


「知っとるも何も、うちが〝掃除〟したんどすえ~♪」


 男たちの殺気がふくれ上がる……が、


「ゆうとくけど、殺してはおらんのどす」


 男たちの顔に希望が浮かぶ……が、砂織が葛葉を見て、


「確か、気を失わせてクララに引き渡したんですよね」

「そうどすえ~。『暗黒剣士〝暗剣くらけん〟に改造するのである』って笑っとったんどすえ~♪」

「ああ、そうなると……」


 あわれむように男たちを見て、


「確かに、死んではいないのかも知れませんが……あなたたちの〝家族〟では、なくなっているでしょうね……」

「そもそも〝人間〟やなくなっとるんどすえ~♪」

「……外道が!!」


 男たちが刀を振りあげ少女たちに斬りかかる……しかし、


「うちは、おつとめをしただけどすえ~♪」


 歩み出た葛葉が舞うように多数の斬撃をいなしつつ、よけた刀身に筆で線を書いていく──刹那、


「ぐはあっ!?」


 男たちが倒れ、葛葉ははんなり笑んで地にした8人を見回しつつ、


「やっぱり先代には及ばんどすな~。あん人らは〝しゅ〟を打ち込まれたあとも、少しは立ってしゃべっとったどすえ~♪」


 倒れた男たちの刀に書かれた線が、刀をにぎる手まで伸びていた。


「ま、本来の武器の無い名ばかりの最強部隊やし、しゃあないどすな~♪」

「お…おのれぇ…………」


 くやしそうに歯噛みして、気を失う男たち。

 その様子に葛葉は嘆息し、


「ほんまにおとろえとるんどすな……仮にも〝八〟に属するもんが、チャンバラしかでけへんくなっとるやなんて。さすがに各家のトップは異能を残しとるようどすが」


 どこかさびしげな瞳で、


「〝起源〟の時代に比べて、見る影も無い落ちぶれようなんどすえ。ま、衰えたんは〝七里塚うち〟も同じなんどすが……やっぱり、これだけ代が下がると……時間がたつと血が薄くなってまうんどすえ? なあ〝九十九〟殿?」

「……さあ? 私には何とも」


 砂織が硬い顔で肩をすくめる。と、葛葉ははんなりした笑みを戻し、


「ま、〝九十九〟の系統は特別どすからな~♪ ほんで……」


 邪気の無い笑みを弥麻杜へ向け、


「特別や〝草薙〟には、ご退場願うんどすえ~♪」

「ふざけるな! お前らの好きにはさせんぞ餓鬼ども!!」


〝草薙〟の当主が広い鍾乳洞に怒声を響かせる……と、鍾乳洞の天井や地面に生える鍾乳管しょうにゅうかん石筍せきじゅんが生き物のようにうごめいて急速に伸び、大蛇の大群のようになって少女たちを襲う。


「そう言えば石を操るのが彼の異能でしたね」

鍾乳洞ここやと周りが全部あん人の武器ってことどすえ?」


 言いながら砂織は編み針を、葛葉は筆を取り出す。そして襲いくる鍾乳管や石筍を、編み針から伸びた黒い糸で切断し、筆から発した黒い炎で焼き払う……が、


「この程度で済むと思うな!!」


 さらなる弥麻杜の怒声が響くと一際ひときわ太い8本の石筍が伸び、8匹の〝大虬おおみずち〟となる。


「目にもの見せてくれるわ!!」


 続いて8匹の巨大なヘビは1つに絡まり合いつつ溶け合っていき……1つの体から8つの首を生やす、見上げるように巨大な石の大蛇となった。


「〝八岐大蛇やまたのおろち〟ですか」

「〝の剣〟にまつわる術式どすな」

「噛み砕いてやるぞ餓鬼ども!!」


 失笑する少女たちに巨大な蛇の首が牙をむいて迫る。


「〝女王〟直伝じきでんの〝手芸部〟の秘技、見せてあげましょう」


 だが、砂織は平然として編み針の先から多数の糸を伸ばす。と、糸は縦横じゅうおうに組み合わさり、巨大な黒い〝あみ〟と化して大蛇を包み……


「なんだと!?」


 目をむく弥麻杜の前で、巨大な石の八岐大蛇が〝網〟の目に切り刻まれ、無数のこまかな石片と成り果てた。


「さすが〝女王〟の弟子にして〝十試属じゅっしぞく〟の最後発とりどすな~♪」

「〝十試属〟は〝無道三家〟と呼ばれるまでに減ってしまいましたけどね」


 笑みをほころばせる葛葉に砂織が溜め息した……一方、


「……〝十試属〟だと? 何の話だ……〝無道三家〟と、何の関係が……?」


 八岐大蛇を倒されショックの残る弥麻杜がかすれる声をもらす。と、少女たちは眉をひそめ、


「我々の〝起源〟を失伝したのですか?」

「おおかた本当の当主やった〝八重垣〟にしか、〝起源〟が伝わっとらんかったんどすえ。んで、大火事で火焚凪いもうと殿と津流城あに殿を残して〝八重垣〟が滅んでもうたから、伝承も絶えてもうたんどすやろな」


 葛葉が呆れたように弥麻杜を見て、


「ま、今日で〝無道三家〟も〝無道家〟になるんやし、知る必要も無いんどすえ」

「ふざけるな! たとえ力を失おうと我らは〝里〟を守ろうと、生き延びようと努めてきた! その努力を、我らの生きる権利を踏みにじるというのか!?」


 もはや駄々っ子のごとき弥麻杜の叫びに、葛葉は深く嘆息して、


「確かに〝里〟を盛り返さんと、いろいろ策をしぼっとったようどすな。けど、どれも少しばかり滅亡を先に延ばすだけの悪あがきやったんどすえ」


 それは〝クズ参謀〟ではなく、


「闘技場にしても、自分らより遥かに強いもんらを、いつまでも飼い慣らせると思うとるんどすえ? 一応手立てだては講じとるようどすが、それかて、いつ破られるか」


 さながら名君に仕える〝賢者〟のごとく、


「自分を超えるもんを悪知恵で操ろうやなんて、必ずほころびが出るんどす。それは自分が成長して高みに昇るんやなく、高みにおる者を自分がおる低い場所に引きずり下ろそうゆう浅ましい考えどすからな」


 あるいは暴君にささやく〝道化〟のごとく、


「そないな志の低いもんには〝生きる権利〟なんて無いんどすえ。そもそも〝生きる権利〟も含めて、権利とは誰かに与えられるもんやなく、自分の力で勝ち取るもんどす。ほんで〝生きる権利〟があるんなら、当然〝死ぬ権利〟もあるんどすえ」


 もしくは大魔王にかしずくく〝奸物かんぶつ〟のごとく、


「〝死〟は、生きるの無いもんにとっては〝絶望〟ゆう終身刑を減刑させる〝権利〟なんどす。せやから、同じく〝運命〟ゆう地獄の中で死にきれんで苦しんどる〝里〟に、うちらは〝死ぬ権利〟をプレゼントしに来たんどすえ♪」


 はたまた魔神を奉じる〝狂信者〟のごとく、


「どのみち滅びるだけやった〝里〟どすが、最後にごっつい御奉公をしてくれはったから、その御褒美ごほうびなんどす。〝八重垣やえがき火焚凪かたな〟ゆう先祖返りもビックリな大傑作を、若様のために生み出してくれはったんどすからな♪」


 そして……恋する〝乙女〟のように、


「そう……全ては若様のためなんどすえ~♪」


 ペロリと髪留めをめつつ、はんなりした笑みをまぶしく輝かせた。


「…………………………………」


 片や弥麻杜は、微塵みじんも邪気の無い少女の笑みに茫然となる――と、


「ほんなら、若様のために……」


 笑みを深める葛葉をかこんで、地面から7本の刀身が突き出た。


「〝儀式〟を始めるんどすえ~♪」

「そ…その刀は……!?」


 地面から伸びる7本の刀身を、弥麻杜が愕然がくぜんとして凝視ぎょうしする。


「〝八鱗刀〟の本来の武器どすえ~、1本はレンタル中どすけどな~♪」


 葛葉がさらに笑みを深め、


「年末の騒動で先代の〝八鱗刀〟を〝掃除〟したあと、使い手は他に渡したんどすが得物えものはうちが預かったんどすえ。これも〝儀式〟に必要な祭具どすからな~♪」

「くっ……その刀の有無が、我々には〝儀式〟は出来ないと言った理由か……!」

「それだけでは、ありません」


 砂織も冷ややかに弥麻杜を見て、


「何のために私がここにいると思っているのですか? 〝起源〟だけでなく、自身の家の歴史すら失伝したのですか?」

「〝瀬織津〟の復活には〝無道三家〟全ての……正確には、〝十試属〟のうちの3つの系統の協力が必要なんどすえ」


 息をのむ弥麻杜に、少女たちは冷淡な視線を突き刺しつつ、


「それが〝壬申の戦〟以降、〝瀬織津〟の顕現けんげんが無かった理由なのですよ」

「〝壬申の戦〟のおり、〝草薙〟は他の系統を〝瀬織津〟の復活に協力させたんどす。そのせいで、それ以降ほかの系統の協力を得られなくなってもうたんどすえ」

「その屈辱ゆえ当時の〝草薙〟は、朝廷の歴史書どころか自身の家の記録すら改竄かいざんしたというところですか」

「……ふざけるな糞餓鬼くそがきども!!」


 屈辱的な視線と声に、弥麻杜が怒りにであがる。と、鍾乳洞に生える石筍の8本が生き物のように伸びて絡まり、再び巨大な八岐大蛇が誕生した。


性懲しょうこりもなく……!」

「ちょい待ち、今度はうちの番なんどす」


 編み針を構えた砂織を葛葉が止め、1本の短剣を取り出し……


「〝草薙〟に無い〝起源〟の力、見るがええんどすえ~♪」


 短剣がまばゆく輝くと、巨大な石の八岐大蛇は動きを止め粉々こなごなに崩れ去った。


「そ…その短剣は……」

「〝八鱗刀〟の刀と同じ、年末の騒動の戦利品どす。〝純人教団〟が遥々はるばるイースター島で見つけた逸品いっぴんどすえ~♪」


 ショックか異能の使いすぎか青ざめる弥麻杜に、得意満面の葛葉が3種類の古代文字が刻まれた短剣を見せびらかす。


「これが手に入ったんも、この〝里〟への進攻を決めた理由の1つやったんどす……いんや──」


 得意げな顔をおごそかに引きしめ、


「これが手に入ったんも含めて、全ては若様に授けられし恩寵おんちょうなんどすえ。ほんなら……」

 

 輝く短剣を地面に生えた紫の刀身へ向ける。と、呼応するように刀身が、さらに巨大な地底湖も神秘的に輝き出し、広大な鍾乳洞に満ちる神聖な空気が濃度を増していく。


「いい塩梅あんばいどすな」

「本当に、〝儀式〟を始める気か……!?」


 浮世離れした光景に弥麻杜は圧倒されつつ、


「ならば、やはり……星の核から力を得る術式を奪ったのは、お前だったのか七里塚……〝儀式〟に必要な呪力を、まかなうために……」

「奪ったのは確かどすが、その術式を使うつもりは無いんどすえ。これ以上力を抜き出すんは、地球に優しくないどすからな。せやから……」


 神聖な空気の中で神秘的な光に照らされつつ、神々しい笑みを少女は浮かべ、


「まずは、この〝里〟におる全ての人間と、太華瑠たけるはんの膨大ぼうだいなクローン……その命を全部いただくんどすえ~♪」


 神々しい笑みが悪魔の笑みに見えて弥麻杜が絶句した。


「小さな火の1つ分とは言え、太華瑠はんが〝呼び火〟の力を宿してたんは嬉しい誤算やったんどす。これもまた、若様の恩寵どすな~♪」


 少女は右手ににぎる短剣を輝かせつつ、


「加えて、さっき南米で吹っ飛んだ4つの州の人間フラッターの生命力……」


 左手に黒いビリヤードの球を出し、


「この玉にたくわえたその生命力も使えば、例の術式の分はもちろん〝瀬織津のにえ〟の……火焚凪いもうと殿の命で賄うはずやった分の呪力も、どうにか用意できるんどすえ」


 神々しい笑みを一層輝かせ、


「この生命力を集めるために、南米では若様に〝異元領域〟やのうて普通の世界で戦ってもらったんどす。女子おなごの頼みを二つ返事で聞いてくださる若様には、ほんまれ直してまうどすな~♪」


 恋する乙女の喜びを全身からあふれさせた。


「……正気か? 〝瀬織津〟の復活のためとは言え、そこまでの人間を踏みにじるのか……!?」


 一方、弥麻杜は恐怖に震えだす……が、


「あんさんかて〝里〟の民を生贄いけにえにしようと思わはったんやないんどすえ? さっき屋形で例の術式が奪われたと聞かはった時、悪い顔で思案しとったどすからな~♪」

「……!?」


 たじろぐ弥麻杜……しかし、


「お…お前たちが邪魔しなければ、そんなことをする必要も無いのだ!! ……そうだ、まだ間に合うぞ……八重垣の娘を使えば〝里〟の者は……」

「却下どすえ~♪」


 葛葉は輝く地底湖を見やりつつ、


「この湖は、火焚凪いもうと殿がおる水牢みずろうにつながっとるんどすえ。〝瀬織津〟を顕現させるため、この湖を祭壇さいだんとして〝贄〟の生命力を吸い取るんが〝瀬織津の儀式〟なわけどすが……」


 一点の曇りも無い笑顔で、


「それは若様の御意思にそぐわんのどすえ~♪」

「……たった1人の娘のために、この〝里〟の民と、4つもの州の人間を踏みにじるのが、東の本家の次期当主の意思だというのか……?」

「優先順位の問題どすな。若様におかれては何百万、何千万の赤の他人より、1人の幼馴染の方が優先順位が上なだけなんどすえ~♪」


 曇りの無い笑みが喜悦きえつで輝きを増し、


「ついでに戦闘力でも、1人の幼馴染の方が何百万、何千万のフラッターを合わせたよりも上どすからな~。そっちの方が若様のためになるんどすえ~♪」


 弥麻杜が滝のように冷や汗を流す。

 弥麻杜自身、〝草薙の里〟の当主として非情な決断を下したことはあった。

 だが、ここまでの非道など……


「悪魔め……!!」

「よく言われるんどすえ~♪」


 毛ほどの罪悪感もない少女に吐き気をこみ上げる弥麻杜……だったが、ふと疑問が浮かぶ。

 なぜ、こいつはここまで〝儀式〟について詳しいのか……


(〝儀式〟の内容は、〝里〟でも秘中の秘だというのに……)


〝疑問〟は〝不安〟となり……


(〝儀式〟に使う場所や祭具も、〝里〟にすら伝わっていない物があったというのに……しかもその祭具である〝八鱗刀〟の刀を、それもこの時期に合わせたように手に入れるなど、あまりに都合が良すぎないか……)


〝不安〟は不愉快ふゆかいな〝推測すいそく〟をき上がらせ……


(昨年末の〝純人教団〟の財団への侵攻に、〝八鱗刀〟の派遣を進言したのは……そもそも〝純人教団〟は勿論もちろん、太陽系ドミネイドに渡りをつけたのも……)


〝推測〟は信じていた〝常識〟を崩し……


(それに、ここに来る途中に出くわした太華瑠たけるそっくりの怪物……あれが屋形に現れたものと同じ太華瑠の複製体なら、それを作ったのも……)


〝常識〟にわりまわしい〝真実〟が現れる………その時、


「気づいたようどすな」


 少女の声に思考をさえぎられ、弥麻杜は苦渋の声をしぼり出す。


「〝里〟の中枢ちゅうすうに、〝内通者〟がいたのか……!」

「〝協力者〟どすえ、うちらにとっては♪」


 邪気の無い少女の笑みに弥麻杜は顔をしかめつつ、


「一体、いつから……いや、なぜ……!?」

「もちろん愛する人のためどすえ~♪」


 葛葉は陶酔とうすいするような声で、


「愛する者のため望まぬ相手にとつぐ悲劇……そのはかない運命に涙が止まらないんどすえ~♪」


 弥麻杜が大きく目をむいた。


「そうしておのが身を犠牲にささげながらも、まことに愛する人のため懸命けんめいに内助の功にいそしむ……その健気けなげにして悲壮なる覚悟、察して余りあるんどす……!」


 弥麻杜が渋面する一方、葛葉は感きわまったように、


「うちらも愛する人の一番になれないと知りながら、それでも愛する人のそばにいたい、役に立ちたいと日々胸をがしとるから、痛いほど気持ちが分かるんどすえ……」


 泣き笑いのようになる葛葉と口元を引き結ぶ砂織。


「……ま、1対1で勝てへんなら、人海戦術でハーレムを作ってムリヤリそばにいようってなってもうたんどすけどな……そう、逆境でこそはぐくまれ燃えあがる愛もあるんどすえ~♪」


 一転、声をはずませる葛葉とあきらめたように溜め息する砂織。


「今回の〝協力者〟も逆境をバネにしはって、いつか想いが叶うと信じて長い苦難に耐えとったんどすな。その儚くも健気な女性にょしょうこそ……」


 弥麻杜と葛葉が同時に言う。


都牟刈つむがり湖乃羽このはか……!」

都牟刈つむがり沙久夜さくやどすえ~♪」


 一瞬の沈黙。


「……なんだと?」

「……おんや?」


 眉をひそめる弥麻杜と小首をかしげる葛葉……だったが、


「ああ、沙久夜はんの妹どすな。確かに最初は姉妹を競わせて、優れとる方を今回の作戦にもちいた上で、うちの補佐として財団に迎えようと思っとったんどすが……」


 あきれたように溜め息しつつ、


「妹の方はちっぽけな自己じこ顕示けんじよくで動いとるだけやったんで、さっさと見切りをつけて姉の方を〝協力者〟にしたんどすえ」


 どこか自己嫌悪するように、


「自分のためにしか動かんもんは、すぐに限界が来てまうどすからな……ま、うちらも1年前までは同じやったんどすが」


 自省じせいするように苦笑して、


「うちのクラスの女子おなごも数人以外は、1年前に学院に入ったとき初めて若様においしたんどすが……」

「……待て!!」


 呆然としていた弥麻杜が我に返り、


「どういうことだ!? 沙久夜だと!? あいつはずっと〝石化のやまい〟にかかって動けなかったはずだぞ!!」

「〝やまい〟はあんさんの仕業しわざやって、もっぱらの噂やったそうどすな~♪」

「……違う! わしはやっていない!!」

「分かっとるんどすえ~♪」


 血相を変える弥麻杜に葛葉は笑いをこらえるようにして、


「〝病〟は〝天岩戸あまのいわと〟の術式を使つこうた、沙久夜はんの自演やったんどすからな。あれは、こないな小さい〝里〟に収まる〝器〟やないんどすえ……妹とちごうて♪」

「……湖乃羽では、ないのか……だが……」


 弥麻杜は唖然としつつ、


「望まぬ相手に、とついだというのは……」

「沙久夜はんが石になっとる間に、勝手に祝言しゅうげんをあげてもうたんどすえ?」

「己が身を犠牲に捧げたと……」

「10年以上も自分を石にしとったなんて、半端はんぱやない自己犠牲精神どすな」

「……馬鹿な!! 何のためにそんなことを!?」

「せやから愛する人のためどすえ~♪」

「沙久夜の愛する者だと………まさか!?」


 困惑した弥麻杜が愕然がくぜんとなり、


津流城つるぎか!?」

「長らく石になっとったのは、津流城あに殿との歳の差を埋めようと老化を防ぐためでもあったらしいどすな~♪」


 嬉しそうにうなずきつつ、


「たった1人の殿方とのがたのために、自ら10年以上も石となり、己の故郷をも売り渡す……その〝欲〟の強さこそ、若様の手下に相応ふさわしいんどすえ~♪」

「〝欲〟……だと……?」


 呆気に取られる弥麻杜に、葛葉は朗々と歌うように、


「〝欲〟こそは人を動かす一番の原動力どすからな。そして若様こそは、それを最も理解し体現する偉大な御方なんどすえ~♪」

「ふざけるな!! たった1人の幼馴染のために何百万、何千万の人間を犠牲に……いや、生贄いけにえにする奴のどこが偉大だ!?」

「幼馴染のため、その程度で済むんどす。姉君あねぎみのためやったら、地球の1つや2つ平気で生贄になさるんどすえ~♪」


 喜色満面の少女に弥麻杜は蒼白となり……


「なぜだ……なぜ、そんな男に従うのだ!?」

「そんな男従うんどすえ。若様の〝欲〟に比べたら、うちらや沙久夜はんの〝欲〟なんぞ塵芥ちりあくたどすからな♪」


 笑んだまま瞳だけを鋭くし、


万象ばんしょうあまねく我が元に」


 再び瞳も笑ませつつ、


「若様が大技を使われる時の発動詞どすえ。『この世の全ては自分のもの』……この傲慢ごうまんきわまる言葉からも、心底しんそこ思い知らされるんどす♪」


 恋する乙女の笑みも満開に、


「若様こそは、うちらと世界の上に君臨して、うちらと世界を支配する、世界の誰よりも『残酷』で『』で『人でなし』な〝大魔王〟なんどすえ~♪」


 弥麻杜が異世界の言葉を聞いたように頭を真っ白にした。


「とは言え、〝欲〟も使いこなしてこその代物しろものどすからな。〝欲〟にられて自分の方が〝欲〟に使われとっては話にならんのどすえ」


 軽く溜め息して、


「『野心とは失敗した者の最後の逃げ場である』なんて言葉もあるどすからな。追い詰められたもんが一発逆転をねらって、身のたけ以上の〝野心〟を……〝欲〟をいだいても、先には破滅しか無いんどす。そう……」


 笑んだまま〝冷徹な瞳で、


「沙久夜はんの妹が、ぶんを超える〝欲〟で〝里〟を……己をついえさせてまうように」

「……そ…それも、沙久夜や……お前たちが、仕組んだんじゃないのか……!?」

「もちろんどすえ~♪」


 弥麻杜の追及にも葛葉は悪びれず、


「〝里〟における工作は、沙久夜はんの妹が沙久夜はんに仕向けられながら、仕向けられた自覚なしにやったんどす。あの沙久夜はんの手腕は、うちとの相性ピッタリどすからな。うちの補佐として、これからきばってもらうんどすえ~♪」


 満足そうにうなずきつつ、


「その相性を口の悪いもんは、類が呼んだ友が同病どうびょう相憐あいあわれんどるなんぞと言うとったどすけどな。うちと同じで沙久夜はんは、〝人を動かす極意〟を分かっとるだけなんどす♪ それ、すなわち……」


 欠片かけらも邪気の無い笑みで、


「自分の目的は見せぬまま、相手の目的や希望に沿うと思える指示をするんどすえ。兵法にも『罠とは相手の逃げ道に仕掛けるべし』とあるんどす。罠も指示も、相手の〝希望〟の中に仕掛けてこそ最も有効なんどすえ~♪」

「……っ!?」


 弥麻杜が絶望に沈みつつ理解した。

 全ては最初から仕組まれていたのだと。

内通者さくや〟を介し自分たちは利用されていたのだと。

〝里〟のためにとしたことも、全て操られた結果なのだと。

 その先に希望など……救いなど、最初から無かったのだと………


「悪魔め……!!」

「せやから、よく言われるんどすえ~♪」


 悪魔くずはが神々しい笑みを浮かべ、生贄やまとが全身をあわたせた……直後、


「お、若様が最後の準備をしてくれはったんどすな」


 葛葉の周りに生える7本の刀身が、一際ひときわまばゆい光を放ち出す。


が〝瀬織津の巫女みこ〟の生き血を吸ったんどすえ~♪」


 巨大な地底湖がさらに神秘的に輝き出し、広大な鍾乳洞に満ちる神聖な空気も一層濃度を増していく……と、


「ジョクタウ、チロル、出番どすえ」


 葛葉の声と共に鍾乳洞の地面に2つの波紋が生じ、黒髪を肩まで伸ばすメガネの少年と、乳白色の髪をヒザに届かせる表情のとぼしい少女が、それぞれの波紋から生え出すようにして現れた。


「解析した術式は使えるどすな、ジョクタウ」

「たっぷり仕事料ギャラはもらうっぺよ」


 メガネの少年が億劫おっくうそうに溜め息し、


「術式の拡大は頼むんどすえ、チロル」

【きりきりまい で がんばる】


 乳白色の髪の少女が手帳サイズの液晶タブレットに文字を表示させた。


「ほんなら……九十九つくも殿」


 葛葉に目を向けられた砂織が、メガネのレンズを鏡のように光らせつつ後頭部でっていた髪を下ろす。と、ヒザまで伸びる深い烏羽色からすばいろの髪から、黒いツブが大量にあふれ出した。次いで……


「〝十試属〟の3つの系統……その力を合わせる時どすえ~♪」


 葛葉が神々しい笑みを深め、筆を足元の鍾乳石しょうにゅうせきの地面に突き刺す。と、石が砂となって高さ1メートルほどの火焔型かえんがた土器どきを形成し、


「オマケどすえ~♪」


 黒いビリヤードの球を放り込むと、土器は燃えさかる黒炎を噴き出した。

 黒いツブと黒い炎はそれぞれ一筋ひとすじ奔流ほんりゅうとなり、同時に7本の刀身の光も一筋の紫の奔流となり、3本の奔流が天翔あまかける龍のごとく地底湖へ向かっていく……と、


「大いなる〝試祖しそ〟の〝遺産〟よ……新たなる聖戦の戦列にせ参じるんどすえ」


 葛葉が3種類の古代文字が刻まれた短剣を、神々しく輝かせつつ地底湖へ向け、


「〝壬申の戦〟以来、190年ぶりの〝瀬織津〟の顕現けんげんどす」


 ことさら神々しく笑み、祝詞のりとを唱えるようにおごそかな声をつむぐ。


「……〝我、カムイなり〟……!」


 刹那、3本の奔流を受けた地底湖が閃光を発し、広大な鍾乳洞を白く染めた………




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