第33話 炎上! 草薙の里!!

 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


 大きな円形闘技場が割れるような熱狂にいている。


〔さあ本日のメインイベント! グランドチャンピオンマッチの始まりだあ!!〕


 そこに興奮したアナウンスが響き渡る……と、歓声が薄れ観客席がざわめき出し、


「いきなりメインイベントだと?」

「前座の試合は無いのか?」

「なんでも、メインイベントに出る以外の闘士がいなくなっちまったそうだぞ」

「いなくなったって、なんだよ?」

「闘士の控え室がブッ壊れて、闘士がみんな死んじまったらしい……」

「噂の幽霊に取り殺されたって話も聞いたぞ………」


 急速に冷めていく観客にアナウンサーはあわてて、


〔ゆ…勇気ある挑戦者! 出てこいやあ!!〕

 

 あせった声が闘技場に響くと、その中央に広がる円形の試合場をかこむ高い壁の一部が開いていき……


〔かつて南極海を荒らし回った伝説の海賊! その名も〝黒い氷ブラックアイス〟マウジャド・バーレええええええええええええっ!!〕


 波打つ紺碧こんぺきの髪を胸まで伸ばす、アフリカ系の野生的な美形の少年が現れた。


「だっぜえええええええええええええええいっ!!」


 少年がアイスホッケーのスティックを高々とかかげ雄叫びした。

 身長190センチを超える黒くたくましい肉体にまとうのは、毛皮の腰巻きとサンダルのような簡素なき物という古代ローマの剣闘士のごとき衣装。

 その胸には横一文字の古傷が戦士の勲章のように走る一方、銀色の金属の首輪がわずかな違和感を感じさせる。


〔そしてえ! 我らがグランドチャンピオン出てこいやあ!!〕


 試合場をかこむ壁のうち、マウジャドの向かい側の一部が開き……


〔300戦無敗の最強のチャンピオン! その名は〝猛虫皇帝インセクトエンペラー〟チュ・バギシームだああああああああああああああああああっ!!〕


 身長20メートルを超える、虫のような異星人が現れた。

 6本のあしのうち後の2本で直立し、残る4本の肢に剣、おのやりむちを持っている。

 背には無数のトゲが生えた甲羅があり、ギラギラ光る青い複眼でマウジャドを見おろしつつ、牙のようなアゴからあざける声を吐く。


「ゲッゲッゲッ、オマエが今日の挑戦者か。そんなチビっこい体でオレ様とろうってのか虫ケラめ」

「ガハハ、虫ケラに虫ケラって言われたんだぜい♪」


 自分の10倍以上の巨体を見あげたマウジャドが、ガチンガチンとサメのような歯を打ち鳴らしつつ獰猛どうもうに笑み、


「なぁに、害虫退治は海賊船でも大事な仕事でやがるから、キッチリ潰してやるんだぜい♪」

「……虫ケラがあああああああああああああああああああああああああっ!!」


 虫のような巨人――バギシームが4つの武器でマウジャドを攻撃し、

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 狂おしい悲鳴が闘技場に木霊こだました……武器を持つ4本の肢のうち、鞭を持った左の肢の1本を失ったバギシームの悲鳴が。


「ガハハハハ! 虫だってのに雑魚ザコなんだぜい♪」

「ギ…ギザマァァ……ブッ殺してやるああああああああああああああっ!!」


 スティックを振るいつつ豪快に笑うマウジャドに、複眼を真っ赤にした巨人が残る3本の肢の武器で襲いかかる──寸前、両者の間の地面が爆発するように砕け、大量の砂ケムリが試合場を覆い……


〔お~っと! これは予想外の乱入だ~~~~~っ!!〕


 ほどなく砂ケムリが晴れると、身長20メートル近い、禿頭とくとう筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうとした巨人が試合場に現れた。思わぬ展開に観客席が興奮に沸き返る一方、マウジャドは視線を鋭くして、


「ボー・ジックだったか……負け犬が何の用だぜい?」

「何の用だあ? 決まってんだろう………」


 先刻の試合でマウジャドに敗れた対戦相手が、の機械の義手に力を込め……


「テメエをすり潰しに来たんだぜえええええええええええええええええええっ!!」


 憎悪に目を血走らせつつ、鎖につないだ10メートル近い鉄球をマウジャドへ振り下ろす。が、マウジャドは素早く避け、鉄球は地面に50メートル近いクレーターを作った。直後、バギシームもボー・ジックに襲いかかり、


「ゲゲゲッ、でしゃばんじゃ──」

「ひっこんでろ虫ケラあっ!!」

「グゲッ!?」


 振り回される鉄球を武器で跳ね返そうとしたバギシームが、逆に吹き飛ばされ試合場をかこむ壁に激突した。


「ゲゲ……この、チカラは………」


 今までは一撃に吹き飛ばされグランドチャンピオンが呆然とする。同時にマウジャドは険しい視線をボー・ジックの義手へ向け、


「その腕……さっきより強くなってるんだぜい?」

「驚くのは早いぜえっ!!」


 優越感に顔を歪めるボー・ジックが、破壊された物と形は同じだが、色が金色に変わった義手のてのひらから金色の光線を撃った。


「〝暗黒ブラック光線ライト〟なんだぜい!?」


 攻撃に目をむくマウジャドへ光線が連射される。が、マウジャドが全て避けたため光線は観客席のあちこちを爆散させ、悲鳴と血飛沫ちしぶきを闘技場にあふれさせる。


〔ボ…ボー・ジック! 観客への攻撃は反則だぞ!!〕

「ぐおあああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 うわずったアナウンスの声が響くと、ボー・ジックの金属の首輪から強烈な電流が流れ20メートル近い巨体が倒れる……が、


「ぐおお……ちくしょう、めぇ……!」


 ボー・ジックは義手で首輪をつかみ……


「ざけんじゃ……ねえええええええええええええええええええええええええっ!!」


 首輪を引きちぎり自由の身となった──直後、


〔ぎゃわっ!?〕

「ぐへへへへ! いい気味だぜ!!」


 アナウンス席を光線で爆散させたボー・ジックが狂ったように笑む。次いでマウジャドをにらむと、


「次はテメエの番だぜえっ!!」


 左右の義手が膜のように広がり巨体を包み、何かの形を成していく。


「まさか……〝暗転〟なんだぜい!?」


 変化に息をのむマウジャドの前で、ボー・ジックを包んだ金属の膜が固まっていき………頭に一対の鋭いツノを生やし、たくましい胴から太い四肢を伸ばす、全長30メートルを超える金色の牡牛おうしとなった。


「さあ! 〝暴君タイラント〟の本当の力を見せてやるぜええええええええええええっ!!」


 阿鼻あび叫喚きょうかんおちいる闘技場に、巨大な金属の牡牛の咆哮が轟いた………


                   ◆


「先ほど、南米で事件があった」


 だだっ広い和室の上座で、草薙くさなぎ弥麻杜やまとうなるように言った。


「南米で……でござりまするか」


 上座のすぐ前で眉をひそめるのは、弥麻杜の側室、湖乃羽このはである。


「うむ、4つの州が謎の爆発で焦土しょうどと化したそうだ」

「なんと……!」

「その州の中に、今回の協力者ネブリーナ・テクノロジーが本拠を置く州もある」

「……それでは!?」

「ああ、ミズシロ財団の仕業しわざだろう。加えて現地にやった津流城や用心棒とも連絡が取れなくなっている……!」


 弥麻杜は苛立いらだちに顔を歪め、


「こうなった以上、猶予ゆうよは無い! 東の本家の次期当主が来るのは明日らしいが、急がなければ何が起きるか分からん! すぐに〝儀式〟を始めるぞ!!」

「お…お待ち下さい……〝儀式〟も明日に行う前提で準備をしているのでござりまする……それに……」

「それに、なんだ!?」


 弥麻杜の剣幕に湖乃羽は萎縮いしゅくしつつ、


「はい……〝儀式〟に必要な膨大ぼうだいな呪力の源を、〝にえ〟と共に、例の星の核から力を吸い出す術式にてまかなう算段だったのですが……」


 消え入りそうな声で、


「先ほどから、その術式が使えなくなっているのでござりまする……どうやら何者かが術式を上書きして、操作権を奪ったようで………」

「何者かだと……七里塚しちりづかの小娘か!!」


 激昂する弥麻杜に、さらに湖乃羽は萎縮しつつ、


「で…ですので……代わりになる呪力の源が無いと、〝儀式〟を行うことは………」

「ふざけるな! あれだけの力の代わりなど、あるわけないだろう!!」


 憤怒ふんぬそうで吐き捨てる弥麻杜……だったが、


「……いや、待て……いざとなれば……」


 妙案を思いついたようにくちを上げる……が、


「……いや、だが……いくら〝里〟のためとはいえ……いや、〝里〟のため、だからこそ………」


 悪魔との取り引きに懊悩おうのうするようにうなった末……


「……ええい、こうなった以上はむを得んか……む!?」


 弥麻杜が決断した口元に暗い微笑を浮かべた時、ふすまを押し倒し数人の男が部屋に雪崩れ込んできた。


太華琉たけるの取り巻きどもか。何をしている?」


 弥麻杜がにらみつけると、無駄に華美な和装の男たちは青ざめた顔で、


「お…お助けください! 太華琉様が…太華琉様が……」

「太華琉がどうしたと……ん?」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」


 折り重なって倒れていた男たちが逃げまどう後から、丸々太った体に白い長着ながぎを着た少年が現れた。


「太華琉……取り込んでいる最中だ、あとにしろ」


 部屋の入り口に立つ息子に、父は粗雑に言い放ち、母は驚きに目をみはる……と、


「チチ、ウエ……ハハ、ウエェェ………」


 息子は機械的につぶやいたかと思うと……


「チチウエエエエエエエエエエハハウエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」


 けたたましく叫びつつ、その身が長着を引き裂いてふくらんでいく。次いで肥大化する体のあちこちからねじれた腕や機械の腕が生え、顔もシワクチャのカエルのように醜く歪む。


「太華琉!?」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 目をむく父に〝怪物〟と化した息子が襲いかかる──が、


 ザバアアアアアアアアアアアッ!!


 猛烈な水流が〝怪物〟を襲い、障子しょうじを突き破って屋形の最上階の和室から屋形をかこむ湖へと押し流してしまった……取り巻きの男たちもろとも。

 その様子に、弥麻杜は冷や汗しつつ水流を放った側室を見て、


「な…何なんだ、今のは……!?」

「それは……」

「クローンの技術わざを提供してぎょしとったもんが死んでもうたから、製造中のクローンが暴走したんどすな~♪」


 湖乃羽が言いよどんだ時、部屋の入り口に黒釉こくゆうのような髪を鼈甲べっこうの髪留めで束ねた少女が現れた。弥麻杜が険しい視線で少女をにらみ、


「七里塚の……!」

「ふふ、屋形のあちこちでクローンの群れが暴れとる――おんや?」


 少女──葛葉くずはが手にした筆から黒炎を放ち、背後に現れた複数の〝怪物〟を焼き払った。一方、弥麻杜が息をのみつつ耳をすますと、屋形の階下から多くの悲鳴が聞こえてくる──直後、


ものめ!!」


 湖乃羽が屋形をかこむ湖に竜巻のような水流を何本も発生させ、最上階をのぞく各階の窓から屋形の中へ流入させ〝怪物〟をすべて湖へ押し流してしまう……屋形にいた〝里〟の人間もろとも。

 その光景に唖然あぜんとする弥麻杜だったが、気を取り直すと再び葛葉をにらみ、


「……クローンだの暴走だの、どういうことだ?」

「うちより詳しいもんが、そこにおるんどすえ~♪」

「……!?」


 葛葉に目を向けられた湖乃羽が一瞬震え、弥麻杜も戸惑う視線を側室へ向けた。


「ま…まどわされては、ならぬのでござりまする御屋形様! この者はミズシロ財団の回し者なれば、身共みどもたちを離間りかんさせんと目論もくろんでいるのでござりまする!!」


 湖乃羽が葛葉を強くにらみ、屋形をかこむ湖に再び竜巻のような水流を何本も立ち昇らせる──が、


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 多数の竜巻が湖に降りそそぎ、水流を消し飛ばし湖にそそり立った。


「風は苦もなく吹き散らす。児戯じぎにも等しき水芸を」


 その竜巻の1つの上端に、1人の少女が立っていた。

 眉間にシワを刻む、鋭い目つきと若草色の髪が印象的な少女だ。

 緋色に染まったサイドベンツのブレザーとミニスカートの学生服をまとい、乗馬用のムチを手に竜巻の上で仁王立ちしている。


「財団の新手あらてか!?」


 弥麻杜は竜巻の上の少女に叫んでから葛葉を見やり、


「何が目的だ糞餓鬼くそがきども!?」

「殺生な言われようどすな~。〝儀式〟を手伝いに来てあげたんどすえ~♪」

「……なんだと?」

「そもそも、あんさんらだけやと〝瀬織津せおりつの儀式〟はでけへんのどすえ~♪」

「っ!?」


 はんなり笑む葛葉に弥麻杜が目をむいた……直後、窓から見える〝草薙の里〟の町の随所ずいしょで大きな爆発が起きる。


「な…何事なにごとだ!?」

「〝純人教団〟の襲撃どすな~。南米の事件にあせって、力づくで〝瀬織津〟をブン取りに来たんどすえ~♪」

「……くっ!」


 無数の爆炎を上げる町に弥麻杜はこぶしを握りしめ、


「どいつもこいつも、この〝里〟を……我々を、何だと思っている……!!」


 弥麻杜が怒りに震える一方、葛葉は竜巻の上の少女を見て、


「ほんなら、ここは頼むんどすえ、ペンテシレイア♪」

「風は奮起ふんきして吹きすさぶ。我らが〝王〟の〝覇道〟のために」


 小さな蹄鉄ていてつが付いた顔の左の三つ編みを揺らしつつ、竜巻の上の少女が気合いを込めて応える。と、葛葉ははんなりした笑みを深め、ケムリのように姿を消してしまった。


「〝儀式〟の場へ行ったのでござりまするか!?」


 湖乃羽は血相を変えて叫んでから弥麻杜を見ると、


「お早く〝儀式〟の場へ! あの財団の新手を仕留めたのち、身共もすぐに向かうのでござりまする!!」

「………頼んだぞ」


 クローンの件で釈然としないものを残す弥麻杜だったが、今は〝儀式〟が最優先だと考え和室を出ていく。そうして広い和室で1人になった湖乃羽は、


「……もはや、身共は用済みなのでござりまするか……!?」


 やはり釈然としない顔で、窓の外の竜巻の上に立つ少女をにらんだ………


                   ◆


「〝純人教団〟の連中、派手にやっているようですね」


 30代なかばの上品な物腰の女が、爆発音が響いてくる洞窟どうくつ内を進んでいく。


「〝瀬織津〟のことは彼らに任せて、早くこの〝里〟を離れますよ」


 ハニーブロンドをショートボブにして、高級ブランドのレディーススーツを着た地球統一政府の中央議会議員、フランソワーズ・ジュジュマンである。

 その彼女を守るように周りを囲んで進むのは、闘技場の控え室でマウジャドに襲いかかった〝回し者〟の闘士たちだった……が、


「ぐああっ!?」「うごっ!?」「がふっ!?」


 不意に闘士たちが多数の弾丸に撃ち抜かれ倒れた。


「な…何事なにごとですか!?」


 倒れた闘士たちの中心で目をむくフランソワーズだが、その身に傷は無い。

 ブラックスーツと銀色の首輪を身につけた、くすんだ金髪の少女がフランソワーズに飛来した弾丸……のようなを全て細剣ではじいたからだ。


「逃がしはしないのですわ、フランソワーズ・A・ジュジュマン」


 フランソワーズとくすんだ金髪の少女の前に、豪華なハニーブロンドを腰までなびかせる少女が現れた。

 尊大に笑むフランス人形のような美貌に、ルネサンス絵画の貴婦人のような気品と、バロック彫刻の暴君のごとき傲慢ごうまんを同居させる少女だ。


「我がノブレス・オブリージュのもとに、今日こそは貴様との因縁を刈り取ってくれましてよ」


 黄金比さえ影をひそめる極上の肢体は、ブレザーの袖口そでぐちやミニスカートのすそを華やかな白いレースで飾る、優雅な光沢を発する緋色の学生服に包まれている。

 弾丸のような種を放った鳳仙花ほうせんかの花を携える右手は、手首の甲に真紅の薔薇の模様をひらめかせていた。

 その少女にフランソワーズは顔をしかめ、


「あなたまで来たのですか、フランセス・A・ジュジュマン……」


 のどの奥から、しゃがれた声をしぼり出す。


「我が娘よ………」


                   ◆


「〝純人教団〟め、追い詰められて強硬手段に出たか」


 炎をまとわせた剣で、男が20メートルを超える機械人形を斬り裂く。


「とは言え〝機甲衛士〟は勿論もちろん、〝式獣機〟とやらも底をついたようだな」


 炎上する町で剣を振るいつつキザったらしい声をもらすのは、燃えるようなオレンジ色の髪をパーマにして、オレンジ色の革ジャンと革ズボンを着た20代後半の男。


「殿下たちの南米での行動が功を奏したか」


 ベルトのバックルに刻んだ『Ⅳ』の文字がまぶしい、太陽系ドミネイド帝国が誇る〝嵐の騎士団ストームナイツ〟の〝四の太刀フォースエッジ〟、ファルコ・フゥオーコである。


「しかし……だからと言って戦闘員ではなく、一般信徒を動員するとはな」


 ファルコが目を向ける町の広場で、雪の結晶のような巨大な光の紋様から多くの人がき出てくる。

 途切れることなく次々と現れるのは、やせ細った男をはじめ女や子供や老人など、見るからに荒事に無縁な人たち。

 しかし着衣のどこかに〝純人教団〟の紋章を付けた人々は、叫びながら巨大な骨格標本のごとき機械人形に……外宇宙の超兵器に変身し、二度と人に戻れぬ体から光弾を撃ちつつ町へ歩を進めていく。


「文字通り信仰に身を捧げるか……狂信者め」


 不快感のままに吐き捨てつつ、ついさっきまで人間だった機械人形たちを斬り捨てていくファルコ。


「〝瀬織津〟の奪取をはばむのは勿論だが……」

 

 また1体、機械人形を斬り伏せると、


同胞エヴォリューター怨敵おんてきは全て討滅とうめつする! 〝嵐の騎士団ストームナイツ〟の名誉にかけてな!!」


 全身を炎に包んで巨大な炎の鳥となり、猛然と町を飛翔し機械人形を残らず焼き払う。次いで大きく羽ばたくと、雪の結晶のような紋様へ突撃する!!


「ぐおっ!?」


 だが半球形の障壁が紋様を覆い、炎の鳥をはじき返した。


「おのれ、あの転送術式も外宇宙のものか……!」


 人の姿に戻ったファルコが唇を噛む。一方、なおも続々と紋様から現れる人々は次々と機械人形になり、再び町に広がっていく。加えて……


「なんだと!?」


 目をむくファルコの見る先で、複数の機械人形が溶け合うように1つになり………6本の虫のような足を生やし、ナメクジのような頭を持つ、全高50メートルを超える異形の機械人形となり、巨大な銃と化した両腕から光弾を乱射する。


「おのれ、狂信者め……よかろう!!」


 町の随所ずいしょに現れる異形の機械人形たちをファルコはにらみつけ、


「我が名誉と狂信者の生贄いけにえ! どちらが先に尽き果てるか勝負だ!!」


 ひときわ激しい炎を剣にまとわせ、50メートルを超える機械人形たちへ突進する――寸前、町のはずれの空間に真紅の巨大な穴が開き、大型のビーム砲を装備した、20メートルを超える緑の装甲車が大量に出てくる。


「〝昇元陸兵〟だと!?」


 ファルコが叫ぶと同時、装甲車たちは25メートルを超える鋼の巨人に変形。肩のビーム砲を発射し、町に蔓延はびこる機械人形たちを次々に撃破していく……と、


「よお〝四の太刀フォースエッジ〟♪」


 ファルコのそばに、忍者にんじゃ装束しょうぞくをまとい赤茶色の髪で左目を隠す少女が現れた。


「オシタリ! 何のつもりだ、これは!? ドミネイドの……トロニック人の兵を出すとは!!」

「あー……まー……なんつーか………」


 つばめは目をそらしつつ、


「ちょーっと弟子ばなれのデキないワガママ女の逆鱗げきりんにストライクしやがったバカがいてな……ま、バカの〝親玉〟はツブしたハズなんだが……ワガママ女は、まだ収まりがつかないっつーか………」


 あちこちへ目を泳がせた末、


「ぶっちゃけ、やつあたりだな♪」


 開き直ったように清々しい笑顔を輝かせた。


「……殿下に何かあったのか?」

「ま、治癒ちゆが間に合ったから死ぬ心配は無いんだけどな」


 素っ気ないようで、ほっとしたような声……だったが、急に目元を歪めると、


「ったく、オマエのカノジョやら〝二の太刀ブラコンマスク〟やら、我らが帝国の女って色ボケばっかか……!」

「……あいつを一緒にするな。大体、貴様も『我らが帝国の女』だろう」

「オ…オレはボケてなんかねーぞ!!」


 自爆気味の流れだまに頬を染めて狼狽うろたえるも、つばめは気を取り直し、


「つってもアレだ。生まれつきのトロニック人じゃなくて〝昇元転生〟したヤツらを使うあたり、少しは冷静なんじゃねーかって思わない………か?」

「馬鹿を言うな!! 元は人間であろうと今は完全なトロニック人なのだぞ! プロテクスも黙っては――」


 ゴバァッ!!


 その時〝里〟の大地に高速回転するドリルが突き出し、全長40メートルを超える土色のドリル戦車が地中から出現した。


「くっ、やはり来たかプロテクス!!」


 ファルコが険しい視線を向ける先で、ドリル戦車が大地に開けた穴からレーザー砲やビームポッドなどを装備した戦闘車両が次々と現れる。1本のツノを生やす騎士のかぶとのような紋章をつけた、20メートルを超える戦闘車両が。


坑道トンネル掘削くっさく、御苦労だったな、リズナッグ!」

「あとは任せるぞ、イムーファーザ!」


 最後に二門の大型ビーム砲を装備した赤い戦闘機が穴から飛び出し、ドリル戦車と声を交わすと、

 

「プロテクスの元使げんしたちよ、ドミネイドを蹴散けちらせ!!」


 戦闘車両に変形しているプロテクスたちに指示を出し、〝草薙の里〟の広大な地下空間でプロテクス、ドミネイド、純人教団のどもえの戦いが始まる……が、


「なにっ!?」


 不意に赤い戦闘機にが刀で斬りかかり、戦闘機は鋼の巨人となって障壁を張り斬撃を防いだ。


「……ちっ、お前は火星に戻ったって聞いたから来たんだがな」


 赤い鋼の巨人の前で、白い髪を足首まで伸ばす女が刀を手に宙に浮いている。

 すそと肩、それにそでたもとに真っ赤な椿つばきの花の模様をあしらう白い和服を2メートルの長身にまとう女だ……しかし、


「……お前、『イムーファーザ』だと? だが、その重圧は──む!?」


 眉をひそめた女──ブラジリアンビキニから着替えたワイクナッソは、赤い巨人が両肩のビーム砲から撃ったビームを刀ではじくと、


「問答無用か! 面白い! せっかく生きていたのなら、せいぜいらしに付き合ってもらおうか!!」


 寒気がするほどの美貌に高飛車な笑みを浮かべ、赤い鋼の巨人に斬りかかった。

 同時に地上では三つ巴の砲撃戦が激化し、おびただしい光弾が飛びかう下で〝草薙の里〟は炎に包まれていく。

 町の住民たちは右往左往うおうさおうしつつ町を焼く炎や流れ弾、それに崩れる建物から悲鳴を上げて逃げまどう………その時、


「うげっ!? なんだありゃ!?」


 つばめが目を丸くする。〝里〟のあちこちで高さ30メートルを超える黒い棒が多数、建物を下から突き崩しつつ大地より生え出したのだ。しかも……


「ひぃぃっ!?」

「ぎゃあああああああああああっ!?」


 多数の棒は無数の触手を伸ばして町の住民たちを捕え、えた猛獣のごとく自らに吸収し見る間に大きく、太くなっていく。そんな棒の表面をよく見ると……


「チチウエ……ハハウエ………」


 機械的につぶやく真っ黒に染まった少年が、丸々と太った体を1本1本の巨大な棒を形成しているのが分かった。


「まさか……あれが全部、クローンだってのか……!? 何万……何十万……いや、何千万あるんだ………」


 つばめが冷や汗してつぶやく……と、多数の巨大な棒が変化を始める。

 一対の太い腕が生えると同時、上端が盛り上がって2本の長いツノを伸ばす頭となり、その表面に吊り上がった2つの目と大きく裂けた口が現れた。

 そうして多数の巨大な棒はそれぞれが全長60メートルを超える、悪魔に似た黒く禍々まがまがしい上半身となって〝里〟にそそり立ち……一斉に声を発する。


余所者よそものめ……これ以上、俺の故郷をお前たちの好きにさせるか……!」

「この声……さっきのハンプティ・ダンプティか……げっ!?」


 つばめが眉をひそめた直後、〝里〟に乱立する悪魔の上半身たちが紅蓮の炎を吐いた。〝里〟を荒らす余所者を……トロニック人と機械人形を焼き払うために。


「させんぞ!!」

「ちぃっ!!」


 だがワイクナッソと赤い鋼の巨人が大型の障壁を張り、それぞれ仲間のトロニック人を炎から守った……純人教団の機械人形は、焼き払われたが。


「あの転送術式を障壁ごと破壊しただと!?」


 とっさにワイクナッソの障壁に入っていたファルコが目をむく。片や宙に浮くワイクナッソは信じられない物を見るように悪魔のごとき上半身をにらみ、


「この威力……何より、この重圧はまさか……!」


 さらに赤い鋼の巨人──イムーファーザも戦慄せんりつしつつ、


「この重圧……馬鹿な……しかし……!」


 声を震わせ、多数の巨大な黒い上半身を見つめる………同時に、


「ナハハ、ちびっとでも〝呼び火〟の力を取り込んでやがるのですか♪」


 地下空洞の天井近くで、右目に片眼鏡モノクルをつけた少女が宙に浮かんで〝里〟を見おろしつつ、


「これも作戦のうち……それともでやがるのですか〝クズ参謀〟♪」


 ナマイキそうに笑んで軽口をたたいた……直後、


「余所者どもめ! 思い知らせてやるぞおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 乱立する悪魔の上半身たちが、全身から荒れ狂う炎を周囲にまき散らした………


                   ◆


「これは……」


 激しく揺れる薄暗い部屋で、女がつぶやいた。


「〝時〟が来たのでございますね……〝草薙の里〟の……終焉しゅうえんの時が……」


 部屋の壁や天井に亀裂が走る中、女は目だけを動かし、


「この有り様に、貴方は何を思う……いえ……何を、願うのでございますか……」


 部屋のすみで、薄暗い空気に溶け込むようにたたずむ少女へ、


火焚凪かたなさん………」


 刹那、壁や天井が崩れ瓦礫がれきの雨が降る下で天をあおぎ……


津流城つるぎさん………」


 崩れ去る部屋で、いのるようにつぶやいた………


                  ◆


沙久夜さくや様……どうか、御無事で……!」


 長着ながぎはかまをまとう総髪の少年が、せまい通路を駆けていた。


「〝里〟は大難たいなんに見舞われている様子……」


 地震のように激しく揺れる通路から、少年は故郷の惨状をしはかる。


「……なれど、これこそは沙久夜様をお救いする千載一遇の好機につかまつる!!」


 少年が進むのは〝草薙の里〟の地下に走る、多数の通路の内の1つ。

 万一の時、〝里〟の中心にある草薙家の屋形から外界に脱出するための通路だ。

 それを少年は出口から逆に進み、草薙家の屋形へと向かっているのである……が、不意に通路の壁が砕け〝何か〟が飛び出した。


太華瑠たける殿!?」


 丸々と太った少年が襲いかかってくる……肌を真っ黒にして、ヘビのような下半身を壁から伸ばす〝異形〟の姿で。


「チチウエ……ハハウエ………」

「くっ、太華瑠殿の複製体につかまつるか!?」


 総髪の少年は刀を抜き、息もつかせぬ速業はやわざで〝異形〟たちを斬り伏せる。が、同じ〝異形〟が通路の壁を砕いて続々と現れ、口から炎を吐いて次々と襲ってくる。


「おのれ……一刻を争う時に……!」


 少年は一瞬足を止めるも、刀を強く握りしめると……


流水大砲ながれのおおづつっ!!」


 刀の刃から水の砲弾を放ち多数の〝異形〟を粉砕する……が、さらに多数の〝異形〟が壁を砕いて現れ、狂気のにじむ憤怒の形相ぎょうそうで襲ってくる。


「複製体となってまで、某への憎しみをたけらせるのでつかまつるか……!?」


 いくら倒しても続々と現れ通路を埋める〝異形〟の群れに、津流城がうなりながら歯噛みする……その時、


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


〝異形〟の群れが炎に包まれ1匹残らず燃え尽きた。そして目をむく津流城の前で炎は1人の人間の姿になり──


「か…火焚凪かたなでつかまつるか!?」


 兄の前に、白い着物を着た妹が現れた。

 その幻のようにたたずむ妹を、兄は一瞬硬直したあとにらみつけ……


流水大砲ながれのおおづつっ!!」


 水の砲弾を放とうと刀を振った──が、刀はくうを切っただけで一滴の水も出なかった。


「……っ!?」


 再び目をむき刀を見つめる津流城……だったが、


「……しかり……元来、この刀は……!」


 打ちのめされたように肩を落とすと、刀の刃先を床へ下ろし、


「左様な風体ふうていに成り果てようと、いまだ某をおびやかすのでつかまつるか……」


 通路に満ちる重圧に肌を粟立あわだたせつつ、あらためて妹を睨み落とした肩を震わせる……と、


 ……はあ……はあ……はあ…………


 佇む火焚凪の背後、通路の奥から数人の男が息を切らせて走ってきて……


「……ひぃっ!? か…火焚凪!? なぜ、ここに……!?」

「……太華瑠殿の取り巻き連中につかまつるか」

「ひぃぃっ!? つ…津流城まで、なぜ……!?」


 眉をひそめる津流城に、無駄に華美な和装の男たちは汗だくの顔をさらに冷や汗で濡らす……が、


「いや……ちょ…丁度いい! 2人とも、我々が〝里〟を離れるまで護衛せよ!!」

「〝里〟を離れる? よもや〝里〟や民を捨て、逃げるつもりにつかまつるか?」

「ぐっ……い…いたかたあるまい!」


 津流城の鋭い視線と重圧に男たちはたじろぎ、


「純人教団と太陽系ドミネイドとプロテクスが三つ巴で戦っているのだぞ! 〝草薙の里〟は、もう終わりだ!!」

「左様であろうと、〝里〟の名門に生まれし貴人であるなら〝里〟を、民を、何より秩序を率先そっせんして守るべきにつかまつろう。それが真っ先に逃げを打つとは、如何いかなる所存しょぞんにつかまつるか」

「うっ……」


 津流城の静かな怒りをめた声に男たちがあとずさる……が、


「ふ…ふざけるな! あんな化け物どもを相手に何をしろと言うのだ!?」


 長年、胸に溜まったにごりを吐き出すように、


「我々は、あんな奴らとは……お前とは違うんだ化け物め!!」

「……化け物? 某がでつかまつるか?」

「そうだ!!」


 声を硬くする津流城に男たちは一層声を張り上げ、


「純人教団も太陽系ドミネイドもプロテクスも……それにお前ら兄妹も、どいつもこいつも化け物ばかりだ!!」

「某が……火焚凪と同じ………」


 津流城が茫然としてつぶやくも男たちは気づかず、


「化け物が……超人類や異星の者が跋扈ばっこする〝弱肉強食〟の世で、〝草薙の里〟に往時おうじの権勢など見る影も無い……!」

「異能を残すのも草薙家と直系の2つの分家のみとなった今、我々も名ばかりの〝名門〟でしかない……」

「〝強者〟にむさぼられるだけの〝弱者〟となった我々は、日々、己の非力に耐え忍ぶのみよ……!」


 屈辱に震える男たちに、津流城は驚きの目を向けるが……


ゆえに権威に……太華瑠殿に取り入り、甘い汁を吸うのみの〝取り巻き〟に成り下がったのでつかまつるか」


 すぐに視線を鋭くし、冷たく突き放すような声で、


「〝無様ぶざま〟につかまつるな。現実うつしよより目を逸らし、じつともなわぬうつろなる〝力〟にすがったが故に、〝里〟も民も秩序もかなぐり捨てる……何ひとつ守ることの叶わぬ〝無様〟をさらしたのでつかまつる」

「……っ!?」


 男たちが眉をつり上げる……が、直後に肩を落とし……


「秩序を守れと言ったな……だが、〝里〟を離れ世界を回ったお前ならば、見てきたはずだ……世界を縛る古き秩序……いや、しがらみを……」

「純人教団も太陽系ドミネイドもプロテクスも、世界を揺るがす〝力〟はいにしえの黒船と同じよ……古き柵の中に鎖国していた者が、如何いか足掻あがこうとかなうものではない……」

「かつて我々が……〝草薙の里〟がかかげた〝秩序〟や〝正義〟、そしてそれらを支えた〝常識〟も、今となっては全て虚構……過去の遺物に過ぎぬのだ………」

「我らの秩序は、今や無意味だと……?」


 顔を強張こわばらせる津流城に、男たちは顔に無念をにじませ、


「我々とて、好んで逃げたわけでは……無様を晒したわけではない……」

「名ばかりになろうと、〝草薙の里〟の名門に生を受けた身……」

「〝里〟を、民を、秩序を守れるならば守りたい……だが、我々はあまりにも……あまりにも非力なのだ……!」


 男たちが己の不甲斐ふがいなさをやむように落とした肩を震わせ、その姿に津流城が数分前の自分を重ねる中……


「〝暗黒節あんこくせつ〟のおり……我々は多くの〝里〟の民が死にゆく様を、すべなく見届けるしか出来なかった……」

「その時、我々は思い知った……そして今日、悟った……」

「我々は、お前らのような〝化け物〟ではない……だが、お前らのような〝英雄〟でもないとな……〝清世せいせい利剣りけん〟よ………」


 男たちの目に、無念とは別の思いが感じられた。

 己が遠く及ばぬ〝力〟を持つ者への引け目と……強い〝憧憬あこがれ〟が。


「〝英雄〟……某が………」


 一方、津流城は再び茫然とつぶやき考える。

 自分は世界に多大な被害をもたらし、秩序を大きく乱してきた。

 しかし同時に、凶賊きょうぞくや圧政から救った人々には〝英雄〟とたたえられ……いつしか〝清世の利剣〟と呼ばれるようになった………


「古きしがらみとらわれた古き世は、新しき〝英雄〟により〝秩序〟も〝正義〟も〝常識〟も改められるだろう……」

「今となっては、我々自身もついえるべき過去の遺物であり……新しき〝英雄〟たちに世を……時代を明け渡す時が来たのだ……」

「どの道、滅ぶ定めにある我々ならば……新しき〝英雄〟の一人よ、斬りたくば斬るがいい……だが……」


 暗闇にす光明にすがるように、


「出来るならば……〝里〟と民を、守ってやってほしい……滅ぶしか出来ぬ、我々に代わって……!」


 いつしか、甘い汁を吸う〝取り巻き〟は覚悟を決めた〝貴人〟となっていた。

 胸の濁りを吐露とろしたせいか、その振る舞いはみそぎを受けたかのように清々しい。

 わずかな時間で真逆の存在になった男たちを見て津流城は……


(〝化け物〟と〝英雄〟……〝引け目〟と〝憧憬〟……対極にあるものは、全て表裏一体のものであったと……)


 無言で佇む妹へ目をやり、


(ならば……某の、火焚凪へのわだかまりも……)


 刀を手から取り落とし、


(某とて、〝里〟の混乱に乗じ沙久夜様をお救いせんとした身……己の内のしがらみに……弱さに囚われ、現実うつしよより逃げていたならば……)


 胸の奥をえぐられると同時、どこか納得しつつ……


(某も……非力なる〝無様〟につかまつったか……)


 納得を感じつつ……


(常に迷い……失うことにおびえる某が〝英雄〟などと、笑いぐさにつかまつるな……)


 虚しく自嘲する津流城……だったが、ふと妹と目が合うと……



 津流城さん………



 どこからか、祈るようなつぶやきが聞こえた気がした。

 それは幻聴とも思える微かな声だったが……


(……否、否、否! 某は斯様かような所でひざを折るなど許されぬのでつかまつる!!)


 声は天啓のごとく抉られた胸を貫き、


(如何に迷い怯えようと、非力なる〝無様〟を晒そうと、某には成さねばならぬ大業があるのでつかまつる!!)


 魂を奮い起こさせ、強烈な覇気と重圧を全身からほとばしらせる!!


(沙久夜様……!!)


 それは雄大な大瀑布だいばくふのごとき、覚悟を決めた益荒男ますらおの威容……対して、妹は幻のように消えてしまう。しかし津流城は気にせず、鋭い視線を男たちへ向け、


「護衛はせぬのでつかまつるが、逃げを打つこと、止めはせぬのでつかまつる」


 刀を拾い上げ、男たちの横を抜ける。 

 視界のすみに重圧に怯える男たちの顔が入ったが、構わず走り出す。

 全ての迷いを振り払い、通路の奥へと一直線に。


(沙久夜様……八重垣津流城、只今ただいま参るのでつかまつりまする!!)


 足取りにも迷いは無く、一陣いちじん疾風かぜのごとく駆けて行く………しかし、


 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 ほどなく、走り去った通路の後方から悲鳴が聞こえた。

 咄嗟とっさに足を止め振り返ると……


「太華瑠殿!?」


 肌を黒くしてヘビのような下半身を伸ばす〝異形〟が大群で追いかけてくる……鋭い牙を生やす口の周りを


「くっ……複製体め、まだ残っていたのでつかまつるか!!」


 取り巻きたちの末路まつろを察しつつ津流城は刀を構え、


流水大砲ながれのおおづつっ!!」


 大きく刀を振る──と、刃から水の砲弾が放たれ多数の〝異形〟を粉砕した。


「……愚妹め、某を見放してはおらぬのでつかまつるか……なれど………」


 兄が苦い顔で見る先では、粉砕された数を超える〝異形〟が通路の壁を破って現れ、勢いを増した大群が奇声を上げつつ迫ってくる。


らちが明かぬのでつかまつる……!」


 津流城が大群に背を向け走り出す。そして時折ときおり刀から後方へ水の刃を放ち〝異形〟たちを牽制けんせいしつつ、空いた手でペンダントのように首から下げる紫の欠片かけらを握り通路の出口を目指す。


「沙久夜様……我が身に御加護ごかごを……!」


 時間の進みを異様に遅く感じる中……ついに通路を抜ける。と、周囲の壁に多数の入り口がならぶ、円形の広い部屋に出た──途端、


「ぐっ!?」


 津流城は強力な重圧を浴びて硬直する。

 同時に壁にならぶ入り口の1つから、カツーン、カツーンと足音が響いてきた。

 足音が部屋に近づくにつれ重圧は強くなり、部屋の空気がビリビリと震える。


「この……重圧は……!!」


 重圧に冷や汗で全身を濡らす津流城。

 その背後の入り口から〝異形〟の大群も部屋に入ろうとするが、重圧を浴びると自我も知性も無い身を本能的な恐怖に震わせ、通路に引っ込み姿を消してしまう。


「なぜ……よりにもよって、この時に……!!」


 津流城が紫の欠片を握りしめ、青ざめた顔で奥歯を噛みしめた。

 直後、足音を響かせる入り口から強大な重圧があふれ出す。

 益荒男の大瀑布のごとき重圧が小波さざなみほどに思えてしまう、大津波のごとき強大で威厳にあふれた重圧が……そして、


「どこへ急いでいるのかな?」


 入り口から1つの人影が現れ、重圧にそぐわぬ柔和にゅうわな笑みを輝かせ……


「やあ、奇遇きぐうだね、津流城♪」


 ミズシロ財団が東の本家の次期当主、水代煌路である………




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