第33話 炎上! 草薙の里!!
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ
大きな円形闘技場が割れるような熱狂に
〔さあ本日のメインイベント! グランドチャンピオンマッチの始まりだあ!!〕
そこに興奮したアナウンスが響き渡る……と、歓声が薄れ観客席がざわめき出し、
「いきなりメインイベントだと?」
「前座の試合は無いのか?」
「なんでも、メインイベントに出る以外の闘士がいなくなっちまったそうだぞ」
「いなくなったって、なんだよ?」
「闘士の控え室がブッ壊れて、闘士がみんな死んじまったらしい……」
「噂の幽霊に取り殺されたって話も聞いたぞ………」
急速に冷めていく観客にアナウンサーは
〔ゆ…勇気ある挑戦者! 出てこいやあ!!〕
あせった声が闘技場に響くと、その中央に広がる円形の試合場をかこむ高い壁の一部が開いていき……
〔かつて南極海を荒らし回った伝説の海賊! その名も〝
波打つ
「だっぜえええええええええええええええいっ!!」
少年がアイスホッケーのスティックを高々と
身長190センチを超える黒くたくましい肉体にまとうのは、毛皮の腰巻きとサンダルのような簡素な
その胸には横一文字の古傷が戦士の勲章のように走る一方、銀色の金属の首輪がわずかな違和感を感じさせる。
〔そしてえ! 我らがグランドチャンピオン出てこいやあ!!〕
試合場をかこむ壁のうち、マウジャドの向かい側の一部が開き……
〔300戦無敗の最強のチャンピオン! その名は〝
身長20メートルを超える、虫のような異星人が現れた。
6本の
背には無数のトゲが生えた甲羅があり、ギラギラ光る青い複眼でマウジャドを見おろしつつ、牙のようなアゴから
「ゲッゲッゲッ、オマエが今日の挑戦者か。そんなチビっこい体でオレ様と
「ガハハ、虫ケラに虫ケラって言われたんだぜい♪」
自分の10倍以上の巨体を見あげたマウジャドが、ガチンガチンとサメのような歯を打ち鳴らしつつ
「なぁに、害虫退治は海賊船でも大事な仕事でやがるから、キッチリ潰してやるんだぜい♪」
「……虫ケラがあああああああああああああああああああああああああっ!!」
虫のような巨人――バギシームが4つの武器でマウジャドを攻撃し、
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
狂おしい悲鳴が闘技場に
「ガハハハハ! 虫だってのに
「ギ…ギザマァァ……ブッ殺してやるああああああああああああああっ!!」
バギシームの肢を砕いたスティックを振るいつつ豪快に笑うマウジャドに、複眼を真っ赤にした巨人が残る3本の肢の武器で襲いかかる──寸前、両者の間の地面が爆発するように砕け、大量の砂ケムリが試合場を覆い……
〔お~っと! これは予想外の乱入だ~~~~~っ!!〕
ほどなく砂ケムリが晴れると、身長20メートル近い、
「ボー・ジックだったか……負け犬が何の用だぜい?」
「何の用だあ? 決まってんだろう………」
先刻の試合でマウジャドに敗れた対戦相手が、マウジャドに破壊されたはずの機械の義手に力を込め……
「テメエをすり潰しに来たんだぜえええええええええええええええええええっ!!」
憎悪に目を血走らせつつ、鎖につないだ10メートル近い鉄球をマウジャドへ振り下ろす。が、マウジャドは素早く避け、鉄球は地面に50メートル近いクレーターを作った。直後、バギシームもボー・ジックに襲いかかり、
「ゲゲゲッ、でしゃばんじゃ──」
「ひっこんでろ虫ケラあっ!!」
「グゲッ!?」
振り回される鉄球を武器で跳ね返そうとしたバギシームが、逆に吹き飛ばされ試合場をかこむ壁に激突した。
「ゲゲ……この、チカラは………」
今までは余裕で跳ね返していた一撃に吹き飛ばされグランドチャンピオンが呆然とする。同時にマウジャドは険しい視線をボー・ジックの義手へ向け、
「その腕……さっきより強くなってるんだぜい?」
「驚くのは早いぜえっ!!」
優越感に顔を歪めるボー・ジックが、破壊された物と形は同じだが、色が金色に変わった義手の
「〝
クラスメイトの技に似た攻撃に目をむくマウジャドへ光線が連射される。が、マウジャドが全て避けたため光線は観客席のあちこちを爆散させ、悲鳴と
〔ボ…ボー・ジック! 観客への攻撃は反則だぞ!!〕
「ぐおあああああああああああああああああああああああああああっ!?」
うわずったアナウンスの声が響くと、ボー・ジックの金属の首輪から強烈な電流が流れ20メートル近い巨体が倒れる……が、
「ぐおお……ちくしょう、めぇ……!」
ボー・ジックは強化された義手で首輪をつかみ……
「ざけんじゃ……ねえええええええええええええええええええええええええっ!!」
首輪を引きちぎり自由の身となった──直後、
〔ぎゃわっ!?〕
「ぐへへへへ! いい気味だぜ!!」
アナウンス席を光線で爆散させたボー・ジックが狂ったように笑む。次いでマウジャドをにらむと、
「次はテメエの番だぜえっ!!」
左右の義手が膜のように広がり巨体を包み、何かの形を成していく。
「まさか……〝暗転〟なんだぜい!?」
クラスメイトの技に似た変化に息をのむマウジャドの前で、ボー・ジックを包んだ金属の膜が固まっていき………頭に一対の鋭いツノを生やし、たくましい胴から太い四肢を伸ばす、全長30メートルを超える金色の
「さあ! 〝
◆
「先ほど、南米で事件があった」
だだっ広い和室の上座で、
「南米で……でござりまするか」
上座のすぐ前で眉をひそめるのは、弥麻杜の側室、
「うむ、4つの州が謎の爆発で
「なんと……!」
「その州の中に、今回の協力者ネブリーナ・テクノロジーが本拠を置く州もある」
「……それでは!?」
「ああ、ミズシロ財団の
弥麻杜は
「こうなった以上、
「お…お待ち下さい……〝儀式〟も明日に行う前提で準備をしているのでござりまする……それに……」
「それに、なんだ!?」
弥麻杜の剣幕に湖乃羽は
「はい……〝儀式〟に必要な
消え入りそうな声で、
「先ほどから、その術式が使えなくなっているのでござりまする……どうやら何者かが術式を上書きして、操作権を奪ったようで………」
「何者かだと……
激昂する弥麻杜に、さらに湖乃羽は萎縮しつつ、
「で…ですので……代わりになる呪力の源が無いと、〝儀式〟を行うことは………」
「ふざけるな! あれだけの力の代わりなど、あるわけないだろう!!」
「……いや、待て……いざとなれば……」
妙案を思いついたように
「……いや、だが……いくら〝里〟のためとはいえ……いや、〝里〟のため、だからこそ………」
悪魔との取り引きに
「……ええい、こうなった以上は
弥麻杜が決断した口元に暗い微笑を浮かべた時、
「
弥麻杜がにらみつけると、無駄に華美な和装の男たちは青ざめた顔で、
「お…お助けください! 太華琉様が…太華琉様が……」
「太華琉がどうしたと……ん?」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」
折り重なって倒れていた男たちが逃げまどう後から、丸々太った体に白い
「太華琉……取り込んでいる最中だ、あとにしろ」
部屋の入り口に立つ息子に、父は粗雑に言い放ち、母は驚きに目をみはる……と、
「チチ、ウエ……ハハ、ウエェェ………」
息子は機械的につぶやいたかと思うと……
「チチウエエエエエエエエエエハハウエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
けたたましく叫びつつ、その身が長着を引き裂いて
「太華琉!?」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
目をむく父に〝怪物〟と化した息子が襲いかかる──が、
ザバアアアアアアアアアアアッ!!
猛烈な水流が〝怪物〟を襲い、
その様子に、弥麻杜は冷や汗しつつ水流を放った側室を見て、
「な…何なんだ、今のは……!?」
「それは……」
「クローンの
湖乃羽が言いよどんだ時、部屋の入り口に
「七里塚の……!」
「ふふ、屋形のあちこちでクローンの群れが暴れとる――おんや?」
少女──
「
湖乃羽が屋形をかこむ湖に竜巻のような水流を何本も発生させ、最上階をのぞく各階の窓から屋形の中へ流入させ〝怪物〟をすべて湖へ押し流してしまう……屋形にいた〝里〟の人間もろとも。
その光景に
「……クローンだの暴走だの、どういうことだ?」
「うちより詳しい
「……!?」
葛葉に目を向けられた湖乃羽が一瞬震え、弥麻杜も戸惑う視線を側室へ向けた。
「ま…
湖乃羽が葛葉を強くにらみ、屋形をかこむ湖に再び竜巻のような水流を何本も立ち昇らせる──が、
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
多数の竜巻が湖に降りそそぎ、水流を消し飛ばし湖にそそり立った。
「風は苦もなく吹き散らす。
その竜巻の1つの上端に、1人の少女が立っていた。
眉間にシワを刻む、鋭い目つきと若草色の髪が印象的な少女だ。
緋色に染まったサイドベンツのブレザーとミニスカートの学生服をまとい、乗馬用のムチを手に竜巻の上で仁王立ちしている。
「財団の
弥麻杜は竜巻の上の少女に叫んでから葛葉を見やり、
「何が目的だ
「殺生な言われようどすな~。〝儀式〟を手伝いに来てあげたんどすえ~♪」
「……なんだと?」
「そもそも、あんさんらだけやと〝
「っ!?」
はんなり笑む葛葉に弥麻杜が目をむいた……直後、窓から見える〝草薙の里〟の町の
「な…
「〝純人教団〟の襲撃どすな~。南米の事件にあせって、力づくで〝瀬織津〟をブン取りに来たんどすえ~♪」
「……くっ!」
無数の爆炎を上げる町に弥麻杜は
「どいつもこいつも、この〝里〟を……我々を、何だと思っている……!!」
弥麻杜が怒りに震える一方、葛葉は竜巻の上の少女を見て、
「ほんなら、ここは頼むんどすえ、ペンテシレイア♪」
「風は
小さな
「〝儀式〟の場へ行ったのでござりまするか!?」
湖乃羽は血相を変えて叫んでから弥麻杜を見ると、
「お早く〝儀式〟の場へ! あの財団の新手を仕留めたのち、身共もすぐに向かうのでござりまする!!」
「………頼んだぞ」
クローンの件で釈然としないものを残す弥麻杜だったが、今は〝儀式〟が最優先だと考え和室を出ていく。そうして広い和室で1人になった湖乃羽は、
「……もはや、身共は用済みなのでござりまするか……!?」
やはり釈然としない顔で、窓の外の竜巻の上に立つ少女をにらんだ………
◆
「〝純人教団〟の連中、派手にやっているようですね」
30代なかばの上品な物腰の女が、爆発音が響いてくる
「〝瀬織津〟のことは彼らに任せて、早くこの〝里〟を離れますよ」
ハニーブロンドをショートボブにして、高級ブランドのレディーススーツを着た地球統一政府の中央議会議員、フランソワーズ・ジュジュマンである。
その彼女を守るように周りを囲んで進むのは、闘技場の控え室でマウジャドに襲いかかった〝回し者〟の闘士たちだった……が、
「ぐああっ!?」「うごっ!?」「がふっ!?」
不意に闘士たちが多数の弾丸に撃ち抜かれ倒れた。
「な…
倒れた闘士たちの中心で目をむくフランソワーズだが、その身に傷は無い。
ブラックスーツと銀色の首輪を身につけた、くすんだ金髪の少女がフランソワーズに飛来した弾丸……のような植物の種を全て細剣で
「逃がしはしないのですわ、フランソワーズ・A・ジュジュマン」
フランソワーズとくすんだ金髪の少女の前に、豪華なハニーブロンドを腰までなびかせる少女が現れた。
尊大に笑むフランス人形のような美貌に、ルネサンス絵画の貴婦人のような気品と、バロック彫刻の暴君のごとき
「我がノブレス・オブリージュの
黄金比さえ影をひそめる極上の肢体は、ブレザーの
弾丸のような種を放った
その少女にフランソワーズは顔をしかめ、
「あなたまで来たのですか、フランセス・A・ジュジュマン……」
「我が娘よ………」
◆
「〝純人教団〟め、追い詰められて強硬手段に出たか」
炎をまとわせた剣で、男が20メートルを超える機械人形を斬り裂く。
「とは言え〝機甲衛士〟は
炎上する町で剣を振るいつつキザったらしい声をもらすのは、燃えるようなオレンジ色の髪をパーマにして、オレンジ色の革ジャンと革ズボンを着た20代後半の男。
「殿下たちの南米での行動が功を奏したか」
ベルトのバックルに刻んだ『Ⅳ』の文字がまぶしい、太陽系ドミネイド帝国が誇る〝
「しかし……だからと言って戦闘員ではなく、一般信徒を動員するとはな」
ファルコが目を向ける町の広場で、雪の結晶のような巨大な光の紋様から多くの人が
途切れることなく次々と現れるのは、やせ細った男をはじめ女や子供や老人など、見るからに荒事に無縁な人たち。
しかし着衣のどこかに〝純人教団〟の紋章を付けた人々は、叫びながら巨大な骨格標本のごとき機械人形に……外宇宙の超兵器に変身し、二度と人に戻れぬ体から光弾を撃ちつつ町へ歩を進めていく。
「文字通り信仰に身を捧げるか……狂信者め」
不快感のままに吐き捨てつつ、ついさっきまで人間だった機械人形たちを斬り捨てていくファルコ。
「〝瀬織津〟の奪取を
また1体、機械人形を斬り伏せると、
「
全身を炎に包んで巨大な炎の鳥となり、猛然と町を飛翔し機械人形を残らず焼き払う。次いで大きく羽ばたくと、雪の結晶のような紋様へ突撃する!!
「ぐおっ!?」
だが半球形の障壁が紋様を覆い、炎の鳥をはじき返した。
「おのれ、あの転送術式も外宇宙のものか……!」
人の姿に戻ったファルコが唇を噛む。一方、なおも続々と紋様から現れる人々は次々と機械人形になり、再び町に広がっていく。加えて……
「なんだと!?」
目をむくファルコの見る先で、複数の機械人形が溶け合うように1つになり………6本の虫のような足を生やし、ナメクジのような頭を持つ、全高50メートルを超える異形の機械人形となり、巨大な銃と化した両腕から光弾を乱射する。
「おのれ、狂信者め……よかろう!!」
町の
「我が名誉と狂信者の
ひときわ激しい炎を剣にまとわせ、50メートルを超える機械人形たちへ突進する――寸前、町のはずれの空間に真紅の巨大な穴が開き、大型のビーム砲を装備した、20メートルを超える緑の装甲車が大量に出てくる。
「〝昇元陸兵〟だと!?」
ファルコが叫ぶと同時、装甲車たちは25メートルを超える鋼の巨人に変形。肩のビーム砲を発射し、町に
「よお〝
ファルコのそばに、
「オシタリ! 何のつもりだ、これは!? ドミネイドの……トロニック人の兵を出すとは!!」
「あー……まー……なんつーか………」
つばめは目をそらしつつ、
「ちょーっと弟子ばなれのデキないワガママ女の
あちこちへ目を泳がせた末、
「ぶっちゃけ、やつあたりだな♪」
開き直ったように清々しい笑顔を輝かせた。
「……殿下に何かあったのか?」
「ま、
素っ気ないようで、ほっとしたような声……だったが、急に目元を歪めると、
「ったく、オマエのカノジョやら〝
「……あいつを一緒にするな。大体、貴様も『我らが帝国の女』だろう」
「オ…オレはボケてなんかねーぞ!!」
自爆気味の流れ
「つってもアレだ。生まれつきのトロニック人じゃなくて〝昇元転生〟したヤツらを使うあたり、少しは冷静なんじゃねーかって思わない………か?」
「馬鹿を言うな!! 元は人間であろうと今は完全なトロニック人なのだぞ! プロテクスも黙っては――」
ゴバァッ!!
その時〝里〟の大地に高速回転するドリルが突き出し、全長40メートルを超える土色のドリル戦車が地中から出現した。
「くっ、やはり来たかプロテクス!!」
ファルコが険しい視線を向ける先で、ドリル戦車が大地に開けた穴からレーザー砲やビームポッドなどを装備した戦闘車両が次々と現れる。1本のツノを生やす騎士の
「
「あとは任せるぞ、イムーファーザ!」
最後に二門の大型ビーム砲を装備した赤い戦闘機が穴から飛び出し、ドリル戦車と声を交わすと、
「プロテクスの
戦闘車両に変形しているプロテクスたちに指示を出し、〝草薙の里〟の広大な地下空間でプロテクス、ドミネイド、純人教団の
「なにっ!?」
不意に赤い戦闘機に生身の人間が刀で斬りかかり、戦闘機は鋼の巨人となって障壁を張り斬撃を防いだ。
「……ちっ、お前は火星に戻ったって聞いたから来たんだがな」
赤い鋼の巨人の前で、白い髪を足首まで伸ばす女が刀を手に宙に浮いている。
「……お前、『イムーファーザ』だと? だが、その重圧は──む!?」
眉をひそめた女──ブラジリアンビキニから着替えたワイクナッソは、赤い巨人が両肩のビーム砲から撃ったビームを刀ではじくと、
「問答無用か! 面白い! せっかく生きていたのなら、せいぜい
寒気がするほどの美貌に高飛車な笑みを浮かべ、赤い鋼の巨人に斬りかかった。
同時に地上では三つ巴の砲撃戦が激化し、
町の住民たちは
「うげっ!? なんだありゃ!?」
つばめが目を丸くする。〝里〟のあちこちで高さ30メートルを超える黒い棒が多数、建物を下から突き崩しつつ大地より生え出したのだ。しかも……
「ひぃぃっ!?」
「ぎゃあああああああああああっ!?」
多数の棒は無数の触手を伸ばして町の住民たちを捕え、
「チチウエ……ハハウエ………」
機械的につぶやく真っ黒に染まった少年が、丸々と太った体を無数に溶け合わせて1本1本の巨大な棒を形成しているのが分かった。
「まさか……あれが全部、クローンだってのか……!? 何万……何十万……いや、何千万あるんだ………」
つばめが冷や汗してつぶやく……と、多数の巨大な棒が変化を始める。
一対の太い腕が生えると同時、上端が盛り上がって2本の長いツノを伸ばす頭となり、その表面に吊り上がった2つの目と大きく裂けた口が現れた。
そうして多数の巨大な棒はそれぞれが全長60メートルを超える、悪魔に似た黒く
「
「この声……さっきのハンプティ・ダンプティか……げっ!?」
つばめが眉をひそめた直後、〝里〟に乱立する悪魔の上半身たちが紅蓮の炎を吐いた。〝里〟を荒らす余所者を……トロニック人と機械人形を焼き払うために。
「させんぞ!!」
「ちぃっ!!」
だがワイクナッソと赤い鋼の巨人が大型の障壁を張り、それぞれ仲間のトロニック人を炎から守った……純人教団の機械人形は、雪の結晶のような紋様もろとも焼き払われたが。
「あの転送術式を障壁ごと破壊しただと!?」
とっさにワイクナッソの障壁に入っていたファルコが目をむく。片や宙に浮くワイクナッソは信じられない物を見るように悪魔のごとき上半身をにらみ、
「この威力……何より、この重圧はまさか……!」
さらに赤い鋼の巨人──イムーファーザも
「この重圧……馬鹿な……しかし……!」
声を震わせ、多数の巨大な黒い上半身を見つめる………同時に、
「ナハハ、ちびっとでも〝呼び火〟の力を取り込んでやがるのですか♪」
地下空洞の天井近くで、右目に
「これも作戦のうち……それともうれしい誤算でやがるのですか〝クズ参謀〟♪」
ナマイキそうに笑んで軽口をたたいた……直後、
「余所者どもめ! 思い知らせてやるぞおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
乱立する悪魔の上半身たちが、全身から荒れ狂う炎を周囲にまき散らした………
◆
「これは……」
激しく揺れる薄暗い部屋で、女がつぶやいた。
「〝時〟が来たのでございますね……〝草薙の里〟の……
部屋の壁や天井に亀裂が走る中、首から下が石になっている女は目だけを動かし、
「この有り様に、貴方は何を思う……いえ……何を、願うのでございますか……」
部屋のすみで、薄暗い空気に溶け込むように
「
刹那、壁や天井が崩れ
「
崩れ去る部屋で、
◆
「
「〝里〟は
地震のように激しく揺れる通路から、少年は故郷の惨状を
「……なれど、これこそは沙久夜様をお救いする千載一遇の好機につかまつる!!」
少年が進むのは〝草薙の里〟の地下に走る、多数の通路の内の1つ。
万一の時、〝里〟の中心にある草薙家の屋形から外界に脱出するための通路だ。
それを少年は出口から逆に進み、草薙家の屋形へと向かっているのである……が、不意に通路の壁が砕け〝何か〟が複数飛び出した。
「
丸々と太った少年が複数襲いかかってくる……肌を真っ黒にして、ヘビのような下半身を壁から伸ばす〝異形〟の姿で。
「チチウエ……ハハウエ………」
「くっ、太華瑠殿の複製体につかまつるか!?」
総髪の少年は刀を抜き、息もつかせぬ
「おのれ……一刻を争う時に……!」
少年は一瞬足を止めるも、刀を強く握りしめると……
「
刀の刃から水の砲弾を放ち多数の〝異形〟を粉砕する……が、さらに多数の〝異形〟が壁を砕いて現れ、狂気のにじむ憤怒の
「複製体となってまで、某への憎しみを
いくら倒しても続々と現れ通路を埋める〝異形〟の群れに、津流城が
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
〝異形〟の群れが炎に包まれ1匹残らず燃え尽きた。そして目をむく津流城の前で炎は1人の人間の姿になり──
「か…
兄の前に、白い着物を着た妹が現れた。
その幻のように
「
水の砲弾を放とうと刀を振った──が、刀は
「……っ!?」
再び目をむき刀を見つめる津流城……だったが、
「……
打ちのめされたように肩を落とすと、刀の刃先を床へ下ろし、
「左様な
通路に満ちる重圧に肌を
……はあ……はあ……はあ…………
佇む火焚凪の背後、通路の奥から数人の男が息を切らせて走ってきて……
「……ひぃっ!? か…火焚凪!? なぜ、ここに……!?」
「……太華瑠殿の取り巻き連中につかまつるか」
「ひぃぃっ!? つ…津流城まで、なぜ……!?」
眉をひそめる津流城に、無駄に華美な和装の男たちは汗だくの顔をさらに冷や汗で濡らす……が、
「いや……ちょ…丁度いい! 2人とも、我々が〝里〟を離れるまで護衛せよ!!」
「〝里〟を離れる? よもや〝里〟や民を捨て、逃げるつもりにつかまつるか?」
「ぐっ……い…
津流城の鋭い視線と重圧に男たちはたじろぎ、
「純人教団と太陽系ドミネイドとプロテクスが三つ巴で戦っているのだぞ! 〝草薙の里〟は、もう終わりだ!!」
「左様であろうと、〝里〟の名門に生まれし貴人であるなら〝里〟を、民を、何より秩序を
「うっ……」
津流城の静かな怒りを
「ふ…ふざけるな! あんな化け物どもを相手に何をしろと言うのだ!?」
長年、胸に溜まった
「我々は、あんな奴らとは……お前とは違うんだ化け物め!!」
「……化け物? 某がでつかまつるか?」
「そうだ!!」
声を硬くする津流城に男たちは一層声を張り上げ、
「純人教団も太陽系ドミネイドもプロテクスも……それにお前ら兄妹も、どいつもこいつも化け物ばかりだ!!」
「某が……火焚凪と同じ………」
津流城が茫然としてつぶやくも男たちは気づかず、
「化け物が……超人類や異星の者が
「異能を残すのも草薙家と直系の2つの分家のみとなった今、我々も名ばかりの〝名門〟でしかない……」
「〝強者〟に
屈辱に震える男たちに、津流城は驚きの目を向けるが……
「
すぐに視線を鋭くし、冷たく突き放すような声で、
「〝
「……っ!?」
男たちが眉をつり上げる……が、直後に肩を落とし……
「秩序を守れと言ったな……だが、〝里〟を離れ世界を回ったお前ならば、見てきたはずだ……世界を縛る古き秩序……いや、
「純人教団も太陽系ドミネイドもプロテクスも、世界を揺るがす〝力〟は
「かつて我々が……〝草薙の里〟が
「我らの秩序は、今や無意味だと……?」
顔を
「我々とて、好んで逃げたわけでは……無様を晒したわけではない……」
「名ばかりになろうと、〝草薙の里〟の名門に生を受けた身……」
「〝里〟を、民を、秩序を守れるならば守りたい……だが、我々はあまりにも……あまりにも非力なのだ……!」
男たちが己の
「〝
「その時、我々は思い知った……そして今日、悟った……」
「我々は、お前らのような〝化け物〟ではない……だが、お前らのような〝英雄〟でもないとな……〝
男たちの目に、無念とは別の思いが感じられた。
己が遠く及ばぬ〝力〟を持つ者への引け目と……強い〝
「〝英雄〟……某が………」
一方、津流城は再び茫然とつぶやき考える。
自分は世界に多大な被害をもたらし、秩序を大きく乱してきた。
しかし同時に、
「古き
「今となっては、我々自身も
「どの道、滅ぶ定めにある我々ならば……新しき〝英雄〟の一人よ、斬りたくば斬るがいい……だが……」
暗闇に
「出来るならば……〝里〟と民を、守ってやってほしい……滅ぶしか出来ぬ、我々に代わって……!」
いつしか、甘い汁を吸う〝取り巻き〟は覚悟を決めた〝貴人〟となっていた。
胸の濁りを
わずかな時間で真逆の存在になった男たちを見て津流城は……
(〝化け物〟と〝英雄〟……〝引け目〟と〝憧憬〟……対極にあるものは、全て表裏一体のものであったと……)
無言で佇む妹へ目をやり、
(ならば……某の、火焚凪への
刀を手から取り落とし、
(某とて、〝里〟の混乱に乗じ沙久夜様をお救いせんとした身……己の内の
胸の奥を
(某も……非力なる〝無様〟につかまつったか……)
あきらめに近い納得を感じつつ……
(常に迷い……失うことに
虚しく自嘲する津流城……だったが、ふと妹と目が合うと……
津流城さん………
どこからか、祈るようなつぶやきが聞こえた気がした。
それは幻聴とも思える微かな声だったが……
(……否、否、否! 某は
声は天啓のごとく抉られた胸を貫き、
(如何に迷い怯えようと、非力なる〝無様〟を晒そうと、某には成さねばならぬ大業があるのでつかまつる!!)
魂を奮い起こさせ、強烈な覇気と重圧を全身から
(沙久夜様……!!)
それは雄大な
「護衛はせぬのでつかまつるが、逃げを打つこと、止めはせぬのでつかまつる」
刀を拾い上げ、男たちの横を抜ける。
視界のすみに重圧に怯える男たちの顔が入ったが、構わず走り出す。
全ての迷いを振り払い、通路の奥へと一直線に。
(沙久夜様……八重垣津流城、
足取りにも迷いは無く、
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
ほどなく、走り去った通路の後方から悲鳴が聞こえた。
「太華瑠殿!?」
肌を黒くしてヘビのような下半身を伸ばす〝異形〟が大群で追いかけてくる……鋭い牙を生やす口の周りを真っ赤な血で濡らしながら。
「くっ……複製体め、まだ残っていたのでつかまつるか!!」
取り巻きたちの
「
大きく刀を振る──と、刃から水の砲弾が放たれ多数の〝異形〟を粉砕した。
「……愚妹め、某を見放してはおらぬのでつかまつるか……なれど………」
兄が苦い顔で見る先では、粉砕された数を超える〝異形〟が通路の壁を破って現れ、勢いを増した大群が奇声を上げつつ迫ってくる。
「
津流城が大群に背を向け走り出す。そして
「沙久夜様……我が身に
時間の進みを異様に遅く感じる中……ついに通路を抜ける。と、周囲の壁に多数の入り口がならぶ、円形の広い部屋に出た──途端、
「ぐっ!?」
津流城は強力な重圧を浴びて硬直する。
同時に壁にならぶ入り口の1つから、カツーン、カツーンと足音が響いてきた。
足音が部屋に近づくにつれ重圧は強くなり、部屋の空気がビリビリと震える。
「この……重圧は……!!」
覚えのある重圧に冷や汗で全身を濡らす津流城。
その背後の入り口から〝異形〟の大群も部屋に入ろうとするが、重圧を浴びると自我も知性も無い身を本能的な恐怖に震わせ、通路に引っ込み姿を消してしまう。
「なぜ……よりにもよって、この時に……!!」
津流城が紫の欠片を握りしめ、青ざめた顔で奥歯を噛みしめた。
直後、足音を響かせる入り口から強大な重圧があふれ出す。
益荒男の大瀑布のごとき重圧が
「どこへ急いでいるのかな?」
入り口から1つの人影が現れ、重圧にそぐわぬ
「やあ、
ミズシロ財団が東の本家の次期当主、水代煌路である………
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