第32話 炎の想い 其の三

〝彼〟は私の、初めての〝主君ひと〟になった………


 出逢ってより数年、〝彼〟は日々成長していた。

 よわい10を超えたばかりで、〝次期当主〟の頭角を現していた。

 そんな〝彼〟を誇りに思いながら、私はその後を歩いていた。


〝彼〟にあだなす者の討滅とうめつは、数を少なくしていた。

 討滅を成した私に〝彼〟が苦笑すると、かすかな痛みを胸に感じたからだ。

 

 ……やがて、〝彼〟の後を歩く者が増えた。

 右目に片眼鏡かためがねをつけた、緑の髪の女だった。

 その女と私は、ことごとくりが合わなかった。


 その女は下女げじょでありながら、〝彼〟への無礼ぶれいが絶えなかった。

〝彼〟に無意味に密着し、夜には寝所に忍び込もうとさえした。

 その女に、私は日課のごとく刀を抜いていた。


 ……討滅が減ったのは、それも理由だったかも知れない………


 しかし、そんな女の素行そこうに、いつしか私は〝ある感情〟をいだくようになった。

 胸の奥をき乱し、めつけるように苦しい感情だった。

 としるごとにその正体に気づきつつも、私は目をそらし続けた………


 それを認めてしまうと、もっと苦しくなると察していたから。

 それを認めてしまうと、私の〝忠義〟はいつわりになってしまうから………


〝彼〟に全てをささげる、と……

〝彼〟のためなら死ねる、と……

〝彼〟に一命いちめいを捧げたてまつる、と………


 そんな私の存在意義である〝忠義〟は、決して偽りにはできないから………


 だから、〝彼〟は私の初めての〝主君ひと〟になった。


〝主君〟であると、思い込もうとした…………



 それが私の、11歳から15歳までの生涯だった………




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