第31話 1つの終わりと1つの始まり

「おのれえっ!!」


 激昂する津流城が刀を振り上げ突進する。と、他の少年少女たちやデュロータ、機械の巨人となったミゲルも獅子に攻撃を始める……ただ1人、離れた所でたたずむハクハトウを除いて。


「…………………………………」


 黒いシルクハットと燕尾服テールコートを身につけた少女のそばには、20メートルを超える朱色の虎が寄り添い、主人を気づかうようにのどを鳴らす。一方、同じ四足獣でも荒野の中心に陣取る、70メートル近い漆黒の獅子は……


〔断じて……虫螻むしけらてつは踏みません………〕


 そばの光あふれる穴から再び光の奔流ほんりゅうを噴き出させ、それを浴びるとまばゆい光の中で形を変えていき……


〔必ずや……〝悲願〟を成就じょうじゅさせ………〕


 身長70メートルを超える、胸に獅子の顔を付け、多数の鋭い突起を生やす鎧をまとったような、刺々とげとげしく禍々まがまがしい漆黒の機械の巨人となり……


〔故郷の再生を……成しとげてやるぜ虫螻どもおおおおおおおっ!!〕


 姿と共に性格まで変わったように口汚く叫んだ。


「亡霊が本性をあらわしましたか!!」


 巨人と化したミゲルが自分より一回ひとまわり大きな巨人へ向かって行く──が、


〔落ちぶれた野良犬のらいぬが! 地獄で親父が待ってやがるぜ!!〕


 漆黒の巨人が胸の獅子の口からうずく光の奔流を放ち、60メートルを超える白銀の機体を弾き飛ばす──と、


「ケトン殿のかたきちにつかまつる!!」


 津流城が高々と跳躍し漆黒の巨人に斬りかかるが、


〔返り討ちだサムライかぶれのクソガキめ!!〕


 胸の獅子の顔のたてがみから灼熱の熱波を放射し、巨人は空中で刀をにぎる少年を焼き尽くす──寸前、少年の左足に地上から伸びた赤いネクタイが絡みつき、その身を荒野に引き落とし熱波から救った。


「弱イのなラ、下がっテいテくだサい」


 巨人から距離を取った荒野の一角いっかくで、片ヒザをつく津流城へ奇妙な車イスに座る少女がネクタイを片手に言った。


「まったくなのである」


 そこにサテンゴールドの髪と爪を輝かせる少女が現れ、


「〝殺人記録マーダースコア〟ワースト2位……否、実質最下位の〝妹のしぼかす〟は、身のほどをわきまえるが良いのである」


 億劫おっくうそうに少年を一瞥いちべつすると、背を向けて漆黒の巨人へ駆け出そうとする。


「ま…待つのでつかまつる!」

「足手まといは不要と言っているのである」


 冷たく言い放つと車イスの少女を見て、


「〝レプティリアン〟、この〝搾り滓〟を見張っているのである」

「承知シまシた、〝博士ドクトル〟」


 頭を下げる車イスの少女に、サテンゴールドの髪の少女は偉そうにうなずく。そして悔しそうにうつむく少年を置き捨て、両手のサテンゴールドの爪を1メートルも伸ばすと漆黒の巨人へ駆け出し、


「〝暗転〟!!」


 かけ声と共に爪は広がって薄い膜となり、少女を包んで特撮ヒーローのような戦闘装甲を形成……少女はサテンゴールドに輝くメタルヒーローに変身した!!


「愛と悲しみの暗黒錬金戦士! 〝アンダーコクーン〟見参なのである!! とうっ!」


 メタルヒーローは空高くジャンプすると激しく回転しつつキックをり出し、


「必殺! アンダーコークスクリューキイイイイイイイイイイイイイイイイック!!」

〔サムライかぶれの次は偶像ぐうぞうかぶれか!!〕


 黄金の矢のごとく迫るメタルヒーローを漆黒の巨人が迎撃げいげきしようとする──が、周囲の空間にしめ付けられ体が動かない。


〔こ…こいつは!?〕

空間圧搾くうかんあっさく


 漆黒の巨人から離れた所で、白い機体に青いラインを流す鋼の巨人――トロニック人の姿のデュロータが両肩のプロペラを高速回転させていた。


〔クソの役にも立たねえプロテクスがあ!!〕


 漆黒の巨人が全身の突起から空気の圧縮弾を撃ち、空間のくびきを破ると共にトロニック人とメタルヒーローを吹き飛ばす。


「皆さん!」


 ウィステリアが編み針を出し、その先端から白金色の光の糸を多数のばして漆黒の巨人を包もうとする──しかし、


鬱陶うっとうしいぜ!!〕


 巨人は胸の獅子の顔を咆哮ほうこうさせ、その衝撃波で光糸を跳ね返すと少女へ圧縮弾を撃とうとする――が、ミゲルが後から巨人を羽交はがいじめにして発射を止めた。


「ウィステリアさんには指1本ふれさせません!!」

〔野良犬が飼い犬になりやがったか! 鬱陶うっとうしい虫螻もろともピンで刺して標本にしてやらあ!!〕

「があっ!?」


 漆黒の巨人が全身の突起をミサイルのように発射、背後のミゲルの全身を貫く。だが苦鳴しつつもミゲルは羽交いじめを解かず、同時にミゲルを襲った以外の突起は周囲の〝虫螻〟たちに襲いかかり、1本が離れた所にいるハクハトウへ向かう。


「危ない!」


 だが逸早いちやはく煌路が飛来し突起を光剣で斬り捨て、


「ぼうっとしていると危ないよ、ハクハトウ」


 少女のそばに降り立つが、少女は荒野の中心で羽交いじめを解こうと暴れる漆黒の巨人を見つめたまま、


「あれが……復讐に……過去にとらわれた者の末路じゃと申すか……」


 身を焼くような苛立いらだちに震える声で、


「なんとみにくいのじゃ……!」


 ギリッと歯ぎしりして、


「ケトンなる者も左様じゃった……同胞はらからの復讐に血道ちみちをあげた果てに……みじめな最期を迎えておった………」


 苛立ちと……自己嫌悪に顔を歪め、


「わらわも……あれらと同じなのか……!?」


 あやうい緊張感に張り詰める身をはかなげに震わせ、


「わらわも……怨敵おんてきへの復讐と、故国の再興さいこうかなえんと生きてきた……ならば、わらわも……あのような末路をたどるのか……過去に囚われておる限り……!」


 意地で屹立きつりつしながらも、どこか泣きじゃくる子供のようなたたずまい。


「〝過去〟を乗り越えて〝未来〟を開くのは、素晴らしいことだよ」


 その時、煌路が柔和にゅうわな笑顔と声で、


「Zクラスのみんなってさ、基本的に『約束』や『恩』は平気で無視するんだよね。でも、それは彼ら彼女らが薄情だからじゃなくて、『約束』や『恩』とは〝過去〟の遺物でしかないからなんだよ」


 ハクハトウが眉をひそめて煌路を見るが、


「常に〝現在〟と、何より〝未来〟を重んじている彼ら彼女らは、〝過去〟に対して何の価値も感じないんだよ。〝過去〟のしがらみに囚われて〝未来〟を棒に振るなんて馬鹿らしいってね」


 少女が目元を険しくするも平然として、


「実際、彼ら彼女らが僕のそばにいるのも、僕に大きな〝未来〟の可能性を感じているからだよ。その可能性が無くなれば、あるいはもっと大きな可能性を他の人に感じれば、あっさり僕を見限るだろうね……今回の津流城みたいに」

「……ゆえに、此度こたびの件を企みおったのか? いずれこの星の〝王〟となる者として、己の可能性を示さんがために」

「〝王〟だなんて大げさだね。あくまで企業グループの〝当主〟だよ」

白々しらじらしいことを……!」


 端整たんせい瓜実顔うりざねがおが苛立ちでいかめしくなり、


「何を企んでおるのじゃ。あれほどの敵に対するならば、つねであれば〝異元領域〟をもちいるじゃろう……じゃが、なんじもウィステリアも左様な素振そぶりさえ見せず苦戦に甘んじておる」


 問いかけ、責めるようにハクハトウがにらんでくる。が、煌路はとてもさわやかな笑顔で、


「企むなんて酷いね。僕はえの無い〝幼馴染〟の助けになりたいだけだよ♪」

「……汝への恩義や忠義に傾倒けいとうしておる、〝守り刀〟とやらか」

「うん。6歳の時に出会って以来、彼女は僕に尽くしてくれているからね♪」


 不機嫌な少女の声に自慢げにうなずき、


「まあ恩義や忠義に囚われ過ぎて、いろいろ他人行儀になっちゃっているのは寂しくもあるんだけど……僕が彼女の〝主君〟であるなら、なおのこと教えてあげたいんだよ。君には囚われている過去だけじゃなく、輝かしい未来があるんだってね♪」

「そのために数多あまたの犠牲がしょうじようともか?」


 視線を強めるハクハトウ……だが、


「僕たちは〝戦争〟をしているんだよ。そして戦争で何の犠牲も出さずに勝てると思うほど、底ぬけの夢想家じゃないつもりだよ」

「……何かを成すならば、〝代償〟が欠かせぬと抜かすか……底なしの野心家め……」


 爽やかな笑顔の次期当主に、亡国の姫は唇を噛み、


「それが、この星の〝王〟となる汝の〝王道〟……否、〝覇道〟であるのか」

「君の『正義』には合わないかな? でも……」


 爽やかな笑みが〝支配者〟の冷徹な笑みになり、


「君の星では、どうだったのか知らないけどさ。この星の歴史では『正義』とは『勝者』の別名でしかなかったからね」

「……っ!?」


 落雷したように身震みぶるいするハクハトウ………だったが、


「く…くははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」


 突然、壊れたように大笑いすると、


「……わらわの国でも、同じであったのう」


 ほどなく、目じりに涙を溜めつつ笑いみ、


「国をおこすため数多の命を散らし、国を保つためさらに数多の命を散らしたのじゃ……〝弱肉強食〟なる、現世うつしよべることわりのっとってのう」


 積年のしがらみを破るように力強く、


「その末に『勝利』は過去を乗り越え『正義』に、〝覇道〟は未来へ繋がる〝王道〟となり、〝王〟を誕生させたのじゃ」


 苛立ちの消えた声で晴れ晴れと、


「なれば〝王族〟とは、国で最も多くの命をあやめし一族にかんせられる称号であり、国で最も血にまみれし醜い一族であったか」


 縛られた心を解き放ったように清々しく、


「なれば今さら〝醜さ〟を気に病むなぞ、滑稽こっけいきわまる愚行じゃのう。わらわの〝悲願〟こそは、国と〝醜い一族〟の再興であるがゆえ

「そしてその一族の頂点に立つ、国で最も多くの命を殺めさせ、その過去を〝代償〟として未来を成す者こそが〝王〟だよ」

「道理じゃが……汝は〝王〟にあらず〝魔王〟………否、〝大魔王〟じゃろうて」


 古風な美貌を悪戯いたずらっぽい笑みで輝かせ、


「なれば……此度の件、未来を成すべく〝大魔王〟が如何いかほどの〝代償いけにえ〟をささぐるか、覚悟のほどを見届けてくれるのじゃ」

「望むところだよ。それじゃ……」


 柔和の奥に獰猛どうもうさを秘めた笑みで荒野の中心を見やり、


「まずは、あの〝過去の遺物〟を掃除そうじするとしようか♪」


 漆黒の巨人を見ながら言い放った──直後、


「コロちゃん!」


 ウィステリアが肩を貸すように六音を抱えて現れ、


「コラお前ら! サボった分しっかり働け──ん?」


 荒野に下ろされた六音が清々しいハクハトウの顔をまじまじと見る。次いで煌路の顔をじっと見てから溜め息して……


「……使う予定がデキちまったか……てか予定がデキちまったか………」

「何のことだい、六音?」

「ナンでもないわ26世紀のテッド・バンディめ!!」

「どうして元祖シリアルキラー!? ……ん?」


 何かに気づいた煌路が再び荒野の中心を見ると──


〔しゃらくせえ! このままカルージャンを復活させてやるぜええええええっ!!〕


 銀色の巨人に羽交いじめにされる漆黒の巨人が絶叫し、そのそばの穴が目を焼くような光を放ち出す。


「ホラ見ろ、お前が女を毒牙にかけてる間にヤバイことになってんぞ!!」

「いつにも増して言いがかりが酷いね六音!!」

「さ…左様じゃ、わらわは毒牙にかけられてなぞ──ぬおっ!?」


 穴が放つ光が大量の落雷のように荒野に降りかかり、煌路は光剣に貫かれた〝正道派〟の機体を盾のように自分と少女たちの頭上に浮かべる。


 ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!


 途端、落雷を受け多数の機体は木端微塵こっぱみじんに砕け散った。


「……ごめんデュロータ、機体は引き渡すつもりだったんだけど」

「まったくだ」


 直後、白いスリーピースのパンツスーツをまとう美女が現れ、大きな半球形の空間で自分と少年少女たちを覆い落雷から守る。


「デュロータ、助かったよ♪」

「ふ…ふん、手間のかかる奴だな」


 煌路のほがらかな笑みに、美女は青い髪を足首までなびかせつつ素っ気なく視線をそらす……ほのかに頬を染めながら――直後、


「この状況で女とむつみ合うとは、さすが〝恥獄ちごくの番犬ケルス〟であるな」


 しれっと半球形の空間内にいるサテンゴールドの髪の少女が、ふてくされたような声を出した。その背後には赤い全身タイツの戦闘員たちが控え、いつの間にか車イスの少女や津流城も空間内にいる。


「さすがだね、クララ。この空間が発生しかけた一瞬にも満たない時間にすべり込むなんて♪」

「ふ…ふん、その程度、吾輩わがはいにかかれば造作も無いのである」


 煌路の優しい笑顔の称賛に、少女はご機嫌きげんななめでそっぽを向く……あからさまに頬を染めながら――その時、降りかかる落雷が一層激しくなり、荒野の中心の穴も一際ひときわ凄烈せいれつな光を放つ。


〔ドミネイドに滅ぼされたカルージャンの民どもよ! 見てやがるか! 今こそ我らが故郷の復活だぜえええええええええええええええっ!!〕


 穴がさらに光を強めつつ荒野を砕いて広がり、直径100メートルを超えるまで大きくなる。と、煌路は顔を引きしめ、


「クララ、君の戦闘員たちがここにいるってことは、準備は出来たんだね?」

「無論なのである」

「そうか……おつかれ様」


 厳粛な顔で応えた少女に少年は優しくも冷徹な笑みを返す。次いで、その笑みのまま周りの女たちを見回し、


「姉さん、六音、デュロータ、クララ、〝カメレオン〟、それにハクハトウ……ここが正念場だよ」


 加えて、半球形の空間のはしにいる総髪の少年を見やり、


「津流城、協力しろとは言わないけど、最低限、邪魔はしないでくれるかな」

「……!」


 津流城は長着ながぎはかまに包まれる身をわずかに震わせる……が、それだけだった。

 その様子に煌路はうなずくと、漆黒の巨人をにらみつけ……


「君の〝悲願〟も、ここまでだよ」


〝王〟のごとき威厳をもって宣言した。


〔ふざけるな虫螻あ! 〝環境改造テラフォーミング〟が終わったら真っ先にブッ殺してやるぜえええええええええええええええええええええっ!!〕


 片や羽交いじめされた巨人が絶叫すると、穴の光は爆発するように強くなり………世界を改変すべく、世界を真っ白に染めあげた………



「このときを~待ってたのれすよ~♪」

「準備・完了……イコール……作戦・完了………」



 そのとき2人の少女の声が響き、広大な荒野が巨大な魔方陣に覆われた。途端、世界を染めた光がみるみる消えていく。


〔なにいっ……!?〕


 漆黒の巨人が驚愕きょうがくして硬直し、荒野に降っていた落雷もむ。そして少年少女たちを覆う半球形の空間が消えると、新たな2人の少女が荒野に降り立ち……


「2人とも、おつかれ様♪」


 煌路は2人を満面の笑みでむかえ、


「パトラ、集めたエネルギーは……」

「ちゃ~んと~もうひとつの所に送ったのれすよ~♪」


 ヒザに届くミッドナイトブルーの髪を12本の三つ編みにする少女が、おっとりした声で応えた。次いで──


「シューニャ、データの収集は……」

「準備・万端ばんたん……イコール……万事・成功………」


 ヒザを抱えて宙に浮く赤銅色しゃくどういろの髪の少女が、機械的に応えた。


「そうか……大変な仕事だったのに、ありがとう2人とも♪」

「えへへ~♪」

「単純・作業……イコール……至極しごく・容易………」


 煌路のまぶしい笑顔に、パトラはとろけるような笑みを浮かべ、シューニャは機械的に応えつつも宙に浮くままクルクル回転する……一方、


〔テメエら……何をしやがった………〕


 漆黒の巨人が羽交いじめを解くことも忘れ震え声をもらす。と、煌路が目をやり、


「うん、さっき準備が終わっていないのに、君が〝環境改造テラフォーミング〟を始めた時は驚いたよ。おかげで影響が出ていた一帯を吹き飛ばして、変化を止める羽目はめになっちゃったからね」

「……チッ、やってくれたな」


 広大な荒野を見渡す煌路を、で姿を現した砂色の髪の女がにらんだ。さらにその女を漆黒の巨人がにらみ、


〔何やってやがる〝砂漠の業火〟! さっさと星の核のエネルギーを出しやがれ!!〕


 世界を染めた光が消えた時、荒野の中心の穴も光を失っていた……しかし、


「駄目だな。あれは核をはさんだ星の両端で発動させてエネルギーを吸い出す術式なんだが、さっきのコイツらの術式は我々の術式を上書きして発動してやがった」


 煌路をにらむ目に力を入れ、


「つまり、我々の術式を乗っ取りやがったワケだ。星の反対側でも同じコトをやってたはずだ。ここまでやられたら、術式の再発動は不可能だクソッたれめ」

「まあね。僕たちも苦労させられたよ」


 女のうらみがましい視線を煌路は笑顔で受け流し、


「とにかく大規模な工作が必要だったからね。彼女の戦闘員たちに走り回ってもらって、どうにか術式を完成させたんだよ」

「うむ、存分に感謝するが良いのである♪」


 煌路に目を向けられたクララがふんぞり返り、


「無論、我が〝サタンゴールド〟には造作も無いことであるが、〝クズ参謀〟も向こうで上手くことを運んだようであるな。めてやるのである♪」

「チッ……やっぱり、そうか……!」


 使者の女は砂色の髪をかきむしると、漆黒の巨人を見て、


「そういうコトだ。我々の術式は、もう使えん」

〔大事な時に使えねえな役立たずめ!!〕

「ふざけんな死にぞこない! こっちだって目当てのエネルギーが駄目になってクソ団長にどやされんだぞ!!」

〔……くっ、こうなったら!!〕


 巨人が忌々いまいましげに吐き捨てる……と、


「がはっ!?」


 ミゲルが鋭い刀に胸を貫かれ、とうとう羽交いじめを解いて荒野に倒れる。

 銀色の巨人を貫いた刀は、漆黒の巨人の背から生えた物だった。


〔コイツだけは使いたくなかったんだがなあっ!!〕


 漆黒の巨人が胸の獅子の顔を咆哮させる。と、その口の奥に光る物があった。その原子模型のような物を内包する光球に煌路は目をみはり、


「あれってトロニック人の〝司元核〟……しかも、この重圧は……」

「ケトン殿!!」


 津流城が叫ぶや〝司元核〟が激しく発光し、漆黒の巨人が形を変えていく。

 背や肩から鋭い刀の刃が何本も生え出し、漆黒の装甲も日本の武士のよろいのようになり各所に鮮血のごとき赤が入り混じる。

 そうして荒野の中心に現れたのは、身のたけ100メートルに達する鎧武者よろいむしゃ………否、荒れ果てた〝落ち武者〟のごとき、おぞましく禍々まがまがしい鋼の巨人。


「さっき元プロテクスの機体を破壊した時、光の奔流を通して〝司元核〟を取り込んでいたんだね。そして、その力を使って──」

〔驚くのは早いぜええええええええええええっ!!〕


 煌路の声をさえぎり落ち武者が叫ぶと、荒野のあちこちで土が盛り上がり……激しく損傷した死体が多数、うめき声を上げつつ大地からい出すようにして現れた。


「これって、工場にいた人たちの死体を操っているのかい?」

「財団がやってる映画テーマパークの、ゾンビ映画エリアでやったらウケんじゃないかコレ?」


 目元を険しくする煌路を、六音がおどけつつ冷ややかに見て、


「てか工場のヤツらの死体ってコトは、さっきオマエが工場ごと吹っ飛ばした──」

「地球人としての自我も記憶も無くして異星人になるくらいなら、地球人として死なせてあげるのが、せめてもの情けだよね」


 声をさえぎられた六音がさらに瞳を冷やすも、次期当主は動じず厳然と、


「そしてあやめる以上はトドメを刺すのが礼儀であり……多くの命を殺め、その過去を代償として未来を成す者の義務だよ」

「ハッ、Zクラスうちの〝死霊使い〟もトドメを〝優しさ〟って──うげっ!?」


 冷笑する六音にゾンビたちが襲いかかる──が、


 ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ


 雷鳴のごとき咆哮と共に、巨大な朱色の虎が爪でゾンビたちを引き裂き、


「よくぞ申した水代煌路!!」


 天啓のごとき声と共に、シルクハットと燕尾服テールコート姿の少女が虎の背から睥睨へいげいしつつ、


「なれば未来のため〝代償〟もいとわぬ覚悟! 存分に披露目ひろめするが良い!!」

「もちろんだよ、ハクハトウ。僕たちの未来を掴むには、この程度の障害につまずいているヒマなんて無いからね」


 威厳と自信に満ちた〝支配者こうじ〟の笑みに、お姫様ハクハトウも満足そうにうなずき、


重畳ちょうじょうじゃ。ならば結果如何いかんではシーカイ王朝を再興した際、我が〝王配〟に迎えてやっても良いぞ」


 ピシッ


 お姫様の『お前を婿むこにする』宣言にZクラスの女子たちが強張こわばり……


不遜ふそんナ・狼藉者ろうぜきもの……イコール……抹殺・対象………」


 シューニャが髪に火花を散らしつつ、落雷でゾンビたちを焼き払い、


「こ~ゆ~ときは~トドメをさしてあげるのが優しさなのれすよ~♪」


 パトラが優しい笑みを浮かべると、ゾンビたちがみじん切りになり、


「〝暗転〟! アンパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンチ!!」


 クララがメタルヒーローに変身、必殺パンチの衝撃波でゾンビたちを粉砕し、


「空間圧殺!!」


 デュロータが空間を圧縮し、ゾンビたちを荒野に押しつけ押し潰した。


「デュロータよ、オマエもか」

「皆さん、コロちゃんのためにがんばってくださって、お姉ちゃんも嬉しいです♪」


 かくして視線の冷えきった六音と顔をほころばせるウィステリアの前で、ゾンビの大群は全滅した……直後、


天晴あっぱれじゃ!! なれば、わらわも……」


 虎の背に立つ少女が、雪の結晶のような紋様が描かれたを取り出す──と、虎の周りの荒野に、雪の結晶のような5つの光の紋様が浮かび、


顕身けんしん献身けんしんせよ〝式獣しきじゅう〟ども!!」


 少女の号令と共に、5つの光の紋様から10メートルを超える4匹の四足獣と1匹の蛇が飛び出した。そして──


「〝式獣混生〟!!」


 さらなる少女の号令で、4匹の四足獣が足に、1匹の蛇が尾となって朱色の虎と融合し、30メートルを超える異形の四足獣が誕生した。


「とくと見よ! これぞ〝混生凱獣こんせいかいじゅう〟なり!!」


 少女の名乗りと共に、異形の獣が6つの口から雄叫びを上げた。

 それは本来の位置の頭の他、4本の足の付け根と尾の先にも頭がある異形の獣。

 それは朱色と青の入り混じる針金のような体毛を逆立さかだうなりつつ、つり上がった目に獰猛な光を宿し〝敵〟をにらみつける……己の背に立つ〝主〟と共に。


「わらわも覚悟を決めたのじゃ!!」


 その〝主〟が凛とした声を荒野に響かせ、


「汝を〝悲願〟のための〝代償いけにえ〟としてくれよう!! 所詮〝王族〟とは血にまみれる宿命さだめを背負う一族であるがゆえ………否!」


 射抜くような視線で〝落ち武者〟を貫きつつ、


「血を浴びる覚悟も無い者には背負えぬのじゃ!〝王族〟の宿命さだめと重責は!!」


傲慢ごうまん〟とさえ言える威厳と重圧を少女が全身から放ち、異形の獣も雄叫びで荒野を震わせる。


〔上等だ姫様! だったらテメエらをブッ殺してから術式を直して、何が何でもこの星をカルージャンにしてやらあああああああああああ!!〕


 かたや落ち武者は凶悪な重圧で荒野を席巻せっけんすると、左右の手で肩に生える刀の刃を1本ずつ折って握り、二刀流の構えで少女を背に乗せる獣に突進する。


えよ〝混生凱獣〟!!」


 対するハクハトウの号令に獣は6つの口の雄叫びを共鳴させ、強力な破壊音波にして落ち武者へ撃ち出す。


「飼い犬がやかましいぜ!!」


 だが落ち武者は刀の一振ひとふりで音波を散らし、少女と獣に刀を振り下ろす。


「そう言えば、さっきもミゲルを『飼い犬』や『野良犬』と言っていたね」


 しかし異形の四足獣を背に煌路が立ちはだかり、落ち武者の60メートルを超える刀を宙に浮く60メートルを超える光剣で受け止めた。


「でも彼が『野良犬』なら、君は『狂犬』だよ。それも危険な病原菌をまき散らす厄介やっかいな狂犬だから、早く処分しないとね」

〔なにぃ……!?〕


 落ち武者が目元を歪めた──刹那、


「狂犬ト・泥棒猫……イコール……殺処分さっしょぶん………」

「星にかわってオシオキなのれすよ~♪」

暗黒ブラック光線ライトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「空間大砲!!」


 空を斬り裂く電撃、空から降りそそぐ光条、サテンゴールドのまばゆい光線、空間を圧縮した巨大な砲弾が〝敵〟に襲いかかる!!


「……ってオマエらドコねらって――」

〔クソガキどもがあああああああああああああああああああああっ!!〕


 六音が青ざめる一方、落ち武者が背の刀の刃から衝撃波を放ち攻撃を跳ね返した。


「さすが、仮にも姉さんの〝糸〟を防いだだけはあるね」

「……それより、あの烏合うごうの衆ども、ハクハトウを狙ってなかったか?」


 神妙な顔をする煌路に、クラスメイトとデュロータの攻撃の余波からウィステリアに守られた六音がささやいた。


「おかしなことを言うね。この状況で、どうして味方を攻撃するんだい?」

「……ま、ある意味〝恋敵てき〟を攻撃したのかもしんないけどな………」


 首をかしげる煌路を六音が氷河期のごとき瞳で見た──途端、


〔こっちの番だぜ虫螻むしけらどもおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!〕


 落ち武者が背と肩に生えた刀の刃を禍々まがまがしく輝かせる──が、


「みんな!!」


 煌路が叫ぶとZクラスの3人とデュロータが先刻と同じ攻撃を放つ……60メートルを超える光剣に向けて。


「はあああああああああああああっ!!」


 光剣は4人の攻撃を〝吸収〟し、煌路の気合いと共にその威力を増幅していき……


「家臣はたばねておるようじゃな〝王〟よ」


 姫様がつぶやくと同時、宙に浮く巨大な光剣が振り下ろされ凄まじい〝光撃〟が落ち武者へ撃ち出された。


〔虫螻があああああああああああああああっ!!〕


 落ち武者が再び衝撃波を放ち〝光撃〟を受け止める──が、


「はあああああああああああああああああああああああああっ!!」

〔ぐがっ……!?〕


 たけり立つ煌路の〝光撃〟が衝撃波を蹴散けちらし、


〔がああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!〕


 落ち武者が〝光撃〟に全身を焼かれる!!


〔が……ぁ…………〕


 ほどなく〝光撃〟が消えると、あとには背や肩の刃が折れ、全身の装甲も無惨むざんに歪んだ鋼の巨人が残り……


 ズウウウウウウウウウン………


 地響きを立てて、100メートルの機体が荒野に倒れた………


「大事な時に使えないな役立たずめ」


 その様子に砂色の髪の女が溜め息し、パチンッと指を鳴らした──瞬間、


〔ぐああああああああああああああああああああああっ!?〕


 倒れた落ち武者が絶叫し、漆黒の装甲に入り混じる赤が禍々まがまがしい紫に変色、同じ色の火花を散らし出す。


「その色……まさかプロジリウム!?」

「ああ、こんなコトもあろうかと仕込んどいたんだよ♪」


 目をみはる煌路に砂色の髪の女は自慢げに応えると、落ち武者に目をやり、


「オイ、勝てないなら、せめてソイツらを道連れにくたばりやがれ」

〔テ…テメエェェ……!〕


 苦悶しつつ女をにらむ落ち武者に、煌路も目をやり……


「……まずいね。今の彼は、100メートルのプロジリウム爆弾と同じだよ」


 外宇宙の強力爆薬は、地球の常識をはるかに超える威力を持つ。


「そんな物が爆発したら……」

「……おそらく、南米大陸が消滅しますね………」


 ウィステリアも深刻な表情で落ち武者を見る……と、


「貴様の好きにはさせぬのである!!」


 Zクラスの少女たちが落ち武者を攻撃しようとする。が、砂色の髪の女が爆発性の砂を放ち少女たちを牽制けんせいし、


「なめるな劣化れっか生物せいぶつども! 断空だんくう砂嵐すなあらし!!」


 巨大な落ち武者を巨大な砂の竜巻で包む。直後、デュロータが空間を圧縮した砲弾を撃つが、竜巻にはじかれ落ち武者には届かない。


「なんだと!?」

「無駄だぞプロテクスの小娘!! この竜巻は空間を遮断する特製の〝結界〟だからな! テメエらの攻撃も異元領域に引き込むのも諦めやがれ!!」


 女が豪語する間にも、竜巻の中では巨人の装甲があやしく紫に輝き出し、同じ色の火花を激しくしていく。


「すぐに爆発だからくたばれ!! あばよ──ぐはっ!?」


 高笑いして荒野を去ろうとした女を、60メートルを超える銀色の機械の巨人がつかみ砂の竜巻へ駆けていく。


「ここは私に任せてもらいましょう!!」

「ミゲルさん!?」


 驚くウィステリアの見る先で、銀色の巨人はつかんだ女を竜巻に押しつけた。


「ぎあああああああああああああああああああああああっ!!」


 自分の作った竜巻に背を焼かれ女は絶叫し、たまらず自分が接する竜巻の一部分に穴を開ける──と、ミゲルは女を放り捨て、竜巻に開いた穴に手をかけ……


「ぬああああああああああああああああああああっ!!」


 強引に穴を広げる。と、竜巻の力に耐えられず両腕が砕け散るが、ミゲルは構わず広げた穴から竜巻の中に飛び込んだ。が、全身が竜巻に入る前に穴は閉じ、ヒザから下も竜巻に巻き込まれ砕け散る……しかし、


「ぐっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ミゲルはひるまず、竜巻の中で倒れている落ち武者の背に手足を失ったまま取りついた。直後、銀色の機体が溶けて落ち武者の機体に融合していく。


〔なっ……テ…テメエ……!?〕

「ええ、先ほど父さんがケトンさんにしたのと同じことですよ。この機体にもあなたの手が入っているなら出来ると思いましてね」

〔クソが……ぐあっ!?〕


 倒れていた落ち武者が立ち上がった。


「ふむ……上手くあなたの機体を制御下に置けたようですね」


 落ち武者の背でミゲルが満足そうに笑む。その機体は肩から下が完全に溶け、ますます装甲を輝かせ火花を強くする落ち武者と一体化していた。


〔離れろ! 離れやがれ飼い犬があ!!〕

「飼い犬で結構ですよ」


 一片の迷いも無い力強い声で、


「どのみち私は長くないのでしょう。ならこの命、喜んで我が主……いえ、〝女神〟に捧げましょう」


 揺らがぬ声のミゲルに動かされ、落ち武者は荒野の中心へ……先刻まで光をあふれさせていた巨大な穴へと歩き出す。


〔テ…テメエ、まさか……!?〕

「あの穴は地球の核まで通じているのですよね。あの中に入れば、あなたの爆発の威力も抑えられるでしょう」


 瞳に一抹いちまつうれいを浮かべ、


「……自分の弱さゆえに、私を信じてくれた多くの人を苦しめてしまった私の、せめてもの〝つぐない〟です」

〔ふ…ふざけ──がああああああああああああああああっ!?〕


 歩く落ち武者が竜巻の内壁に接し機体を削られるが、そのまま竜巻を押して竜巻ごと穴へ進んでいく……と、ミゲルは顔を精悍せいかんに引きしめ煌路を見て、


くだんの星の核からエネルギーを吸い出す術式は、星の両端に設置された術式の間を移動する〝道〟……移動装置の機能も持っています。操作権を上書きしたのなら、術式を使って〝草薙の里〟に行けるでしょう……」


 覚悟を決めた〝男〟の目で、


「ウィステリアさんを、お願いします」

「僕の全てをけて約束するよ」


 やはり〝男〟の目で応えた煌路にうなずき、ミゲルは〝女神〟へ目を向ける。


「お先に失礼させていただきます」


 一片の悔いも無い晴れやかな声。


「ご苦労様でした」


 毅然きぜんとして深々と頭を下げるウィステリア。


〔……ふざけんなああああああああああああああああああああああっ!!〕


 そのとき装甲の紫を輝かせ、同じ色の火花をまき散らしつつ落ち武者が震える声で、


〔飼い犬め! 本気でくたばる気か!?〕

「ええ、あなたが言った通り私には父さんが待っていますし、あなたにもあなたを待っている仲間がいるでしょう。その場所に、一緒に行くとしましょうか」


 落ち武者の機体が竜巻ごと穴のフチにたどり着く。そして……


「我が〝女神〟よ……どうか、お幸せに………」

〔やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!〕


 ミゲルが安らかに笑み、100メートルの巨体は自分を包む竜巻もろとも巨大な穴に落ちていく………刹那、



 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!



 巨大な穴から巨大な紫の火柱が立ち昇り、荒野は激しく揺れて多数の地割れが発生する………だが、


「…………………………」


 揺れる荒野で仲間たちが体勢を崩す中、煌路は屹立きつりつして火柱を見つめていた。

 その横では揺れる大地につんいでしがみつく六音が、涙目ながらも会心の笑みを浮かべ、


「やったか!! ……って、どーした煌路、浮かない顔して……」

「……爆発が小さ過ぎるよ」


 煌路が目元を険しくして硬い声をもらす──直後、


〔ぐああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!〕


 火柱が消えたかと思うと、巨大な穴から機械の巨人が飛び出した。


「しまった! プロジリウムのエネルギーを吸収したのか!!」


 煌路が目をくと同時、煌路たちから離れた荒野の一角では、


「ケトン殿の重圧が……消えた………」


 津流城が茫然とつぶやいた。

 その瞳が見つめるのは、装甲のがれ落ちた、落ち武者機械の巨人。

 今や骨格標本のごとき細いフレームをあらわにして、すすけた真鍮しんちゅうのような色に全身を染め、随所ずいしょの亀裂から禍々まがまがしい紫のケムリを立ち昇らせる姿は……


「まさに〝亡霊〟……いや、〝怨霊おんりょう〟だね………」

「言い得て妙じゃのう」


 厳しい顔の煌路にハクハトウが歩み寄ってきて、


「あれこそは過去に……否、過去に囚われし、あわれな怨霊じゃ」


 気高けだかい〝王族〟が憐憫れんびん眼差まなざしを巨人へ向け、


「なれば介錯かいしゃくほどこすが、せめてもの情けであり……〝王族〟の義務であるのじゃ」

「そうだね……」


 煌路も同様の眼差しでうなずく……と、


〔殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるううううううううっ!!〕


 骨格標本のごとき巨人が魂を削るように叫び、全身の亀裂から紫のケムリを大量に噴き出した。煌路が眉をひそめ、


「まずいね。さっきの爆発の規模を考えると使われなかったプロジリウムのエネルギーを爆発させれば、この大陸の8割は消滅させられるんじゃないかな……」

「上等だ! そういうことなら……断空砂嵐!!」


 凶悪に笑む砂色の髪の女は再び巨人を砂の竜巻で包み、


「これで手出し出来ないだろう! なぁに解いてやるから今度こそくたばれ劣化れっか生物せいぶつども!!」


 高笑いを上げて消えてしまう。


「おのれ……これ以上あ奴らの勝手にはさせぬのじゃ!!」

「落ち着いて、ハクハトウ」


 意気込いきごんでシルクハットのつばを掴む姫様に〝王〟が冷徹な声で、


「確かに君の〝奥の手〟なら、プロジリウムの爆発を抑えられるかも知れない……でも、今の君にそれが出来るのかい?」

「……確かに、さき使役しえきより一月ひとつき足らず……」


 シルクハットから手を離し唇を噛み、


遺憾いかんじゃが、今のわらわには難しいのじゃ……無理に使役せんとすらば暴走を引き起こし、この大陸を消し飛ばしてしまうやも知れぬ………」


 うつむいて肩を落とす姫様だったが、〝王〟の寛容な瞳と声がそれを包み、


「でも〝混生凱獣〟を通して力の一部を引き出すだけなら、問題なく出来るんじゃないかな。それを僕の力で増幅すれば……」

「!!」


 希望を瞳に顔を上げるハクハトウへ微笑むと、煌路はウィステリアへ向き、


「姉さん、ミゲルの言っていた〝道〟を使って、みんなと一緒に先に〝草薙の里〟へ行っていてくれるかな」

「はい、コロちゃん♪」


 姉と笑顔を交わすと、煌路はサテンゴールドの髪の少女を見て、


「すまないね、クララ」

「……構わぬのである。我が真の仇敵きゅうてきは、他にいるのであるからして」

「ありがとう、クララ♪」

「ふ…ふん、この程度、礼を言われるまでも無いのである」


 煌路の笑顔に、クララは素っ気ないていを装いつつ唇がゆるむのを必死に抑え、ハクハトウは胸の奥にかすかな痛みを覚える。

 それから煌路は荒野のはしへ目をやり、


「〝カメレオン〟、君も姉さんと一緒に行ってくれるかな。それと……津流城、君はどうする?」

「……!」


 総髪の少年はこぶしを握り瞳に葛藤かっとうを浮かべる……が、不意に駆け出すと荒野の中心の穴に……〝道〟に飛び込んだ。

 煌路は苦笑して溜め息すると、


「それじゃ、姉さん」

「はい。向こうで待っていますね、コロちゃん♪」


 笑顔で応えたウィステリアは肩を貸すように六音を抱えると、津流城が飛び込んだ穴を見て、


「それでは皆さん、行きましょう」

「………マジですか?」


 青ざめる六音の見る先には、直径100メートルを超える底も見えない穴が。

 それに飛び込むなど、普通に考えれば自殺行為でしかない………が、


「うふふ、女は度胸ですよ六音さん♪」

「……ああもう、いいですよ! あたしだって煌路の秘書兼愛人――ひゃわあああああああああああああああああああ!?」


 六音を抱えたウィステリアが穴に飛び込み、他のZクラスの少女たちやデュロータ、さらに奇妙な車イスの少女や赤い全身タイツの戦闘員たちも続いていく。


〔逃がさん逃がさん逃がさん逃がさん逃がさん逃がさんんんんんんんんんんっ!!〕


 そのとき骨格標本のごとき巨人が紫の炎を吐き、自分を包む竜巻を突き破って穴を攻撃する。


「させないよ!」


 だが煌路が巨人と穴の間に立ちふさがり炎を光剣に〝吸収〟し、少女たちは無事に穴の奥に消えた。


「……随分ずいぶんと姉思い……ではないようじゃのう」

「まあね。元々の作戦通りだよ」


 唯一荒野に残った少女の冷めた瞳に、少年は肩をすくめ屈託くったくなく笑む――直後、


〔がああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!〕


 竜巻の中の巨人が狂乱し、全身の亀裂から紫の光とケムリをまき散らす。


最早もはや自我も知能も残っておらぬか……まさしく怨霊じゃのう」

「うん、一刻も早く介錯してあげないとね……行くよ、ハクハトウ」


 ポロシャツとチノパンの少年が左右の手に一振ひとふりずつ光剣を握り、シルクハットと燕尾服テールコートの少女の隣に歩み寄る。と、少女は左の瞳に雪の結晶のような紋様を輝かせ、


隔世かくせい覚醒かくせいせよ!!」


 荒野に雪の結晶のような大きな光の紋様が浮かび、少年少女と、その後の異形の四足獣をかこむ――同時に、


〔カルージャン……再生再生再生再生再生再生再生再生いいいいいいいいいっ!!〕

滑稽こっけいじゃのう」


 足元の紋様に照らされつつ、少女は憐憫れんびん以上の軽蔑けいべつで瞳を冷やし、


「あくまで被害者を決め込みおるか……何故なにゆえわらわが、汝の星を知っておったと思うておるのじゃ」


 荒野の紋様から〝奥の手〟の力が注がれる〝混生凱獣〟の前で冷笑しつつ、


さかのぼること数千年、わらわの星に汝の星の軍勢が攻め寄せおったがゆえじゃ。無論、我がシーカイ王朝は狼藉者ろうぜきものを退散させたのじゃがのう」


 わずかに自慢げな主の声と共に、異形の四足獣が6つの口から振動波を放つ。


「元より汝らは他の星を攻め滅ぼすを生業なりわいとする蛮族ばんぞくであったのじゃろう……〝カルージャン〟よ」


 冷淡な瞳の少女の横で、四足獣の振動波が少年のの光剣に〝吸収〟される。


「じゃが、あるとき汝らの星間艦隊が、宇宙にてドミネイドの艦隊にはち合わせしおった。そして惨敗をきっした末に本星にまで攻め込まれ、滅ぼされたのじゃろう」

「……つまり、やったからやり返されたと言うか……見境みさかいなくケンカを売っていたら、ボコボコの返り討ちにされちゃったってことかな?」


〝吸収〟した振動波を光剣の中で増幅しつつ少年が眉をひそめた。


「左様じゃ。自業自得じごうじとくきわまれりじゃのう」

「そのパターンだったのか……宇宙じゃよくあることだって、リオさんに聞いたことがあるよ……力をつけて宇宙征服に乗り出した種族が、ドミネイドに遭遇そうぐうしてボコボコにされるって……あれ?」


 の光剣が輝きを増すなか少年は首をかしげ、


「……どうしてプロテクスは、そんな星を助けようとしたんだろう……う!?」

〔殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すうううううううっ!!〕


 骨格標本のごとき巨体が、自分を包む竜巻を引き裂かんばかりの紫の光を放つ。


「……思ったよりも、プロジリウムのエネルギーが強いね……」


 煌路が目元を険しくし、光剣をにぎる手に力を込め、


「これは……爆発を完全に抑えるのは、無理かな……」

「汝であるならば、備えに抜かりはあるまいて」


 隣に立つ少女が、光剣をにぎる少年のに自分の手を重ねた。


「まあね。葛葉くずはが準備をしてくれているよ」

「学友どもが〝クズ参謀〟と呼んでおる、あの女子おなごか……」


 誇らしげに言う少年に、少女は再び胸の奥にかすかな痛みを覚えつつ、


「あ奴の忠節は確たるものであるのか? 腹の底に得体えたいの知れぬものを潜ませておるやに感ずるのじゃが……」

「それくらいじゃないと僕の参謀は務まらないよ♪」

「全て承知で、そばに置いておるのか………」


 戦場いくさばにそぐわぬ晴れやかな少年の笑みに、少女は胸の痛みを強くしつつ、


「それも、汝の〝王道〟であるのか……君側くんそくかんさえ利用しおるとは……」

「利用しているんじゃなくて、信じているんだよ♪」


 陰りを帯びた少女の声に、少年はとびきりさわやかな笑顔で、



「君を信じているのと同じにね♪」

「………っ!!」



 な少年の笑みに、少女は底知れぬ〝恐怖〟で全身を貫かれ──


戯言ざれごとを……」


 同時に、胸の痛みをとろけるような〝愉悦ゆえつ〟に変じさせ──


「わらわやドミネイドの皇子めに、互いに利用し合えば良いと抜かしておったではないか……〝大魔王〟め♪」


 初めての〝愉悦〟に心地ここちよく身をがし──


「なれば〝大魔王〟の〝王道〟を……〝生き様〟を、とくと見届けてくれるのじゃ」


 Zクラスの少女たちと同じに悟ってしまう──


「我が生涯をけてのう♪」


 一生、目の前の少年から〝逃げられない〟と………直後、


〔がああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!〕


 竜巻の中の巨人が輝いた。


「それじゃ見届けてもらうためにも、を何とかしないとね♪」


 少年が爽やかに笑んだままの光剣を振るい、先ほど〝吸収〟した紫の炎を増幅して撃ち出す。と、炎は竜巻を突き破り、さらに竜巻を消し飛ばし巨人を荒野に露出させる。

 

咆威ほういもって包囲とせ!」


 すかさず少女はシルクハットを投げ捨て、ヒザに届くつややかな黒髪と頭頂でまぶしく輝く一本角いっぽんづのを解き放ち、


「なれば、わらわも汝を利用するがゆえ……」


 少年のに重ねた手に力を入れると、


「汝も存分にわらわを利用するが良いのじゃ♪」


 笑顔で少年と共にの光剣を振り上げ──


「「竜啼りゅうてい大結界だいけっかい!!」」


 少年少女が声を重ねて光剣を振り下ろし、撃ち出された振動波が球となって巨人を包む。刹那、巨人が爆発するが、紫の爆炎は増幅された振動波の〝結界〟に封じられる………が、


 ミシ……ミシミシ………


 大陸を吹き飛ばすほどの爆発に〝結界〟も悲鳴を上げ始め……



 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!



〝結界〟が破れ、紫の爆炎が大地に広がっていった………


                    ◆


「〝第二次洗車作戦〟完了どすえ~」


 真っ黒な空間で、ペロリと髪留めをめて少女が言った。


「被害も想定通りどすな~」


 黒釉こくゆうのような黒髪を右肩から胸に流し、鼈甲べっこうの髪留めで束ねている少女だ。


「現場やった州の他に、周りの州も3つ吹っ飛んだんどすえ~」

「ま、欲しいモノは手に入ったからヨシとしやがるのですよ♪」


 右目に片眼鏡モノクルをつけた少女が、黒いビリヤードの球を左手でもてあそびつつ、


「それに、準備はしてやがったのですよね?」


 黒い空間に浮く少女たちがまとうのは、緋色ひいろのブレザーとミニスカートの学生服。


「もちろんどすえ~。子飼こがいの工作員と財団の情報部を使って~、該当がいとうする州のエヴォリューターは、み~んな避難させといたんどすえ~♪」

「エヴォリューターでやがるのですけどね♪」

どすえ~♪」

「どーせ早いか遅いかの違いだから、ヨシでやがるのですよ♪」


 白いヘッドドレスとショートカットの緑の髪を揺らしつつ、


「アタシサマとしては、思わぬ〝拾いモノ〟もありやがったコトですし♪」


 片眼鏡の少女は、原子模型のような物を内包したバスケットボール大の光球……トロニック人の〝司元核〟を、顔の横で伸ばした右の人差し指の先に浮かべていた。


「穴の中で様子を見てたらデカブツが落っこちてきたから、仕込みついでに引っこ抜いてやりやがったのですよ♪」

「そのせいで、ガイコツみたいになっとったどすな~♪」

「そのあと若奥様たちも穴に落ちてきたから、あわてて隠れやがったのですよ♪」


 片眼鏡の少女のナマイキな笑みに、髪留めの少女も邪気の無い笑みを浮かべ、


「これで〝ビリヤード計画〟の達成に、また一歩近づいたんどすえ~♪」

「オマエが勝手に手を入れて、イロイロ違う計画になりやがってるのですけどね♪」

殺生せっしょうどすな~。あんさんの希望を取り入れた結果でもあるんどすえ~♪」

「ナハハ、カーサマのムチャブリにも困ったモノでやがるのです♪」

「ふふ、ともあれ……」


 白釉はくゆうのように白い京美人ふうの美貌に、はんなりした笑みを浮かべ、


「〝第二陣あんさんら〟も来はったし、〝草薙の里こっち〟の〝第二次壬申じんしんの乱〟も本番なんどすえ~♪」

「今回も〝自覚なき協力者〟を仕込んでやがるのですか?」

「今回は〝自覚協力者〟なんどすえ~♪」

「全部わかってて仲間を裏切ってやがるのですか?」

「愛する者のため、あえて手を汚す悲壮なる覚悟……察して余りあるんどすえ……」

「ナハハ、類が呼んだ友が同病どうびょう相憐あいあわれんでやがるのですよ♪」


 髪留めの少女のわざとらしい寸劇に、片眼鏡の少女はナマイキそうに笑い、


「で、また主のために主をたばかりやがるのですか〝クズ参謀〟──んあ?」


 にゃお~ん


 片眼鏡の少女のブレザーにある腰の左右のポケットから、片や白、片やピンクの毛並みがキレイな子猫が1匹ずつ顔を出した。


「ナハハ、オマエらの出番ももーすぐだから待ってやがるのですよ♪」

「そうどすな~……」


 髪留めの少女も目を細めて子猫たちに笑むと、おもむろに横を見て、


「あんさんの出番も、もうすぐどすえ」


 視線の先では白い着物を着た黒髪の少女が1人、真っ黒な空間に幻影のようにたたずんでいた。


「こないな所にまで干渉かんしょうするやなんて、さすが〝呼び火〟どすな~♪」


 素直に感心しつつ笑みに好奇心を混ぜ、


「これも、〝忠義〟の成せるわざどすえ~?」


 一転、瞳を深い共感に満たし、

 

「いんや……これこそは〝愛〟の成せるわざ……」


 はんなりした笑みを満開に、


「あんさんも愛する者のため、あえて手を汚す悲壮な覚悟を決めとるんどすな~♪」


 いつに無く上機嫌で、


「全ては若様の……〝王〟のためどすえ~♪」


 真っ黒な空間で、ペロリと髪留めをめて少女は言った………




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