第30話 仲間は信じなきゃダメだよね!?

「さあ大団円と行こうか!!」


 空に浮く少年が、荒野を睥睨へいげいしつつ大音声だいおんじょうを発した。


「さっき町で〝吸収〟した電撃を増幅して撃ったんだけど、うまくいったね♪」


 白いポロシャツにベージュのチノパンという庶民スタイルながら、全身から〝王〟のごとき威厳を放ちつつ、ゆっくりと降りてくる。


「ナニが『うまくいった』だ。あたしは絶対死ぬレベルの爆発だったぞ、煌路」

「姉さんかクララがそばにいるはずだから大丈夫だと思ったんだよ、六音♪」


 言葉とがった笑顔の少女に、少年も笑顔で応える。そして……


「ありがとう、クララ。六音を守ってくれて」

「べ…別に貴様のために働いたわけではないのである。会長に託された以上、仕方が無かったのである。本当なのである」

「それでも、ありがとう、クララ。その様子だと、ここに来た目的は果たせたみたいだね」


 眉をしかめつつも口元がゆるむのを抑えられない少女に、少年は優しい笑顔で応える……と、


「今ごろ現れるとは良い身分じゃな、漁色家りょうしょくかめ」

「ひどい言いがかりだね、ハクハトウ。でも、君も無事みたいで良かったよ」


 本気で苛立いらだつ少女に苦笑して応えると、少年は奇妙な車イスに座る少女を見て、


「〝カメレオン〟、準備はどうだい?」

「完了シておリまス」

「ご苦労様。これで心おきなく行動できるよ」


 少年が荒野に着地する──と、その身から津波のように強烈な重圧が噴き出した。

 その様子を赤茶色の髪で左目を隠す少女がながめつつ、


「チッ、地球の王子サマは来ちまったか……我らが帝国の皇子サマはドコほっつき歩いて――うおっ!?」


 背後に気配を感じ横に跳ぶ──と、少女のいた位置に、細い金属の〝足〟のとがった先端が突き刺さった。


「ミュータントめぇぇぇ………」

「げ……コイツは………」


 振り返ったつばめが見たのは、全長30メートル近いサソリのような機械。

 胴体の左右から尖った細い足が何本も生え、後部からは先端にトゲの付いた長い尾が伸びている。

 胴の前部からは長い首が伸び……先端に、先ほど斬撃で斬り飛ばされた初老の男の頭が付いていた。


殲滅せんめつしてやる……ミュータントめぇぇぇ………」

「〝メタライザー〟を使ってやがったのか……どわっ!?」


 機械のサソリが無数の空気の圧縮弾を全身から放つ。が、白金色の光のツブが周辺に満ちると圧縮弾を全て〝消滅〟させてしまった。


「コロちゃんを傷つけるのは許しません」

「姉さん♪」


 破顔する煌路の前に、清楚な白いブラウスと上品な紫のレギンスを着たスーパーモデルのごとき9頭身が現れ、ブラウスを突き破らんばかりにエベレストのごとき胸元を揺らした。

 足首まで伸びる気品あふれる白金色の髪と、神がかった美貌を輝かせる最愛の姉が優雅に荒野に舞い降りたのだ。同時に……


「父さん!」


 身長60メートル近い体の半分が機械化され、背中に巨大な大砲を生やす獣頭の巨人がウィステリアの後に現れた。その目はサソリのような機械に……厳密には、機械の首の先端にある初老の男の頭に向けられ……


「父さん……なんて姿に……!」

〔裏切り者にばつを与えただけですよ……ミゲル・ダ・カブラル………〕


 荒野に機械的な声が響き、声を発した黄金のジャガーへミゲルは視線を移すと、


「その声……あの〝金属板プレート〟ですか……?」


 視線を鋭くして、


「裏切り者はあなたでしょう!! 先ほど世界が変化しかけたのは、どういうことですか!? エヴォリューターの殲滅に手を貸すと言いながら私たちをだましていたのですか!?」


 視線に怒りがもり、


「地球の全てをあなたの星に改造する……それが本当の目的だったのですね!?」

〔目的は事実ですが……あなたたちを騙してはいませんよ………〕

「このに及んで……!」

〔この星の全ての民がカルージャンの民になれば……エヴォリューターもいなくなるでしょう………〕


 一瞬、目をむくミゲルだったが……


「おのれえ!!」


 目をつり上げ背中の大砲をジャガーへ発射する──寸前、ミゲルの背にレーザーが命中した。


「なっ……と…父さん……!?」

「邪魔者はぁ……殲滅するぅ………」


 レーザーはサソリのような機械の尾から放たれたものだった。

 煌路がジャガーをにらみつつ、


「姉さんが〝消滅〟させた圧縮弾と言い、例のナノマシン兵器だけじゃなく君の手も随分ずいぶん入っているようだね」

〔万一に備えた保険です……悲願を成就させるための〝仲間〟は多い方が良いでしょう………〕

「ふざけるな!!」


 ミゲルが叫ぶと、その背のケムリを上げる大砲が砕け、


「あの父さんの姿が〝仲間〟なのですか!!」


 獣毛と機械に覆われる巨体に亀裂が走り、


「自我も無く操られるだけの〝人形〟……いや、〝奴隷〟ですよ!!」


 爆発するように巨体が砕け散る……が、砕けた表面の下から新たな巨人が現れた。

 無数の鋭い刃を組み上げたように刺々とげとげしい獣頭の巨人は、銀色に輝く60メートルを超える機体を黄金のジャガーへ猛進させていき……


「これ以上あなたの好きにはさせません!!」

〔自分の意思でナノマシンと……〝環境改造テラフォーミング〟の構造を組み換えたのですか……やりなさい……ペドロ・ダ・カブラル………〕


 ジャガーの命令でサソリのような機械がミゲルへレーザーを乱射する。が、銀色に輝く金属の体に全て弾かれた。


〔少し力を与え過ぎましたか……それなら……む!?〕


 ジャンプしようとしたジャガーだが足が荒野から離れない。

 足首に金色の液体金属が絡みつき機体を荒野に固定しているのだ。

 それは先ほど圧縮弾に撃たれ飛び散った巨大人形の残骸であり……


けものを捕らえるなど原始的なわなで充分なのである♪」


 サテンゴールドの髪の少女が尊大に笑む──直後、


「はああああああああああっ!!」


 ミゲルがジャガーに鋭い爪による連撃を喰らわせていく。

 足を固定されたジャガーは避けることも出来ず攻撃を受け続け、機体に無数の亀裂が走っていく……が、


〔あなたに出来ることが……出来ないと思いますか………〕


 荒野に残った穴から再び光があふれ出し、猛烈な奔流ほんりゅうとなりジャガーに降りそそぐ。と、とっさに跳びのいて離れていたミゲルが見る先で、全身に書かれた文字が大きくなりジャガーの機体は漆黒に覆われ……爆発するように砕け散る……が、


〔さあ……お望み通り大団円と行きましょう………〕


 周囲の視線が集まる中、表面の砕けた機体の下から全長70メートル近い、全身から多数の鋭い突起を生やす、漆黒に染められた刺々しい機械の獅子ライオンが現れる……と、


〔いるのでしょう……〝砂漠の業火〟の使者よ………〕

「まあな」


 獅子の声を受け、少年たちから離れた荒野の一角に砂色の髪の女が現れた。


〔今度こそ〝環境改造テラフォーミング〟を完了させます……全力を供給しなさい………〕

「どうなっても知らないぞ♪」


 女が太々ふてぶてしく笑むと荒野の中央の穴はかつて無く強烈な光をあふれさせ、鎧武者のような巨人が顔色を変えて獅子をにらむ。


「貴様、また……!」

〔ケトン……あなたにも協力してもらいますよ………〕

「何を馬鹿な──ぐおっ!?」


 ケトンの背にサソリのような機械が取りつく。と、サソリの機体が溶けてケトンの機体と融合していく。


「ぐあああああああああああああああああっ!!」

「父さん!!」


 ケトンとミゲルが絶叫する中、サソリと鎧武者は溶け合いつつ巨大化していき……全長80メートルを超える、両腕が鋭利な剣になった漆黒のサソリとなった。


〔与えた〝力〟の分は働いてもらいましょう………〕


 獅子の声と共に漆黒のサソリがミゲルに襲いかかる。加えて……


〔念には念を入れておきましょう………〕


 光あふれる穴のそばに、雪の結晶のような光の紋様が浮かび、


「我が故国シーカイの転送術じゃと!?」


 瞠目するハクハトウが見る先で、紋様から生え出すようにして2つの〝物体〟が現れた。1つは刀を握る総髪の少年、もう1つは……


「チチウエ……ハハウエェェ………」


 多数の機械の手足を生やし、醜い顔が刻まれた直径20メートルの肉塊だった。

 六音が嫌悪感に目元を歪め、


「なんだ、あのホラーなハンプティ・ダンプティは……げっ!?」


 ハンプティ・ダンプティ……否、かつて『草薙太華瑠』だった肉塊が多数の機械の腕から大量の電撃を放ち、その1つが六音を襲う。が、煌路が六音を抱きかかえて電撃を避けた。


「やっぱり最高の〝人間パワーアンクル〟だね君は」

「ふ…ふはっは……カラダを張ってダンナ様に奉仕する愛人に感謝するがいい♪」


 苦笑する煌路に涙目でムリヤリ笑顔を作る六音。

 その六音を左手にかかえたまま、煌路は右手に光剣を発生させ荒野で暴れる大量の電撃を全て〝吸収〟し……


「はあっ!」


 増幅した電撃が光剣から撃ち出され肉塊を直撃した。

 黒コゲになった肉塊が倒れるのを横目に、煌路は獅子へおどけて言う。


「あのミートボールも君の〝仲間〟なのかい? カブラル社長やケトンもだけど、イメージチェンジのサービスがすごいね」

「……やはり、あのサソリはケトン殿でつかまつるか……」


 総髪の少年が、ミゲルと戦っている巨大なサソリへ険しい視線を向け、


「重圧からして、もしやと思ったのでつかまつるが……」


 視線の先では、漆黒のサソリが知性も自我も無くけもののように暴れている。


仇敵きゅうてきを討たんと数知れぬ艱難かんなん辛苦しんくを乗り越え、この星に辿たどり着きながら……御無念ごむねん、察して余りあるのでつかまつる……!」

「やあ津流城つるぎ、君もこっちに来ちゃったんだね。あのミートボールの転送に巻き込まれちゃったのかな?」

「水代、煌路……!」


 軽口をたたく煌路を、刀を握る手に力を入れつつ津流城がにらむ……その時、


〔我が〝仲間〟を……この程度で倒せると思うのですか………〕


 光あふれる穴から光弾が発射され黒コゲの肉塊に命中する。と、かすり傷も残さず肉塊は再生し、多数の機械の足で立ち上がった。


〔我が〝仲間〟よ……我が悲願をはばむ者たちを排除しなさい………〕


 肉塊が醜い顔から咆哮し、多数の機械の腕から電撃を放つ──寸前、肉塊はぷたつに斬り裂かれ、黒い羽織はおりはかまの少年が荒野に降り立つ。


「クロ!! ドコほっつき歩いてやがった!?」

「この程度に手を焼くとは、我が妹分いもうとぶんとして不甲斐ふがいないと知れ、つばめよ」

「誰が妹だ!?」


 主人であり兄妹弟子でもある唯一皇子に女忍者が声を張り上げる。

 とがった声とは裏腹に、どこか嬉しそうな顔で……しかし、


「……ウソだろ?」


 一転、顔を引きつらせるつばめの見る先で、2つに斬られた肉塊が


小癪こしゃくな真似を……!」


 かすかに眉をしかめたオブシディアスが刀を抜いて高々と掲げる。と、刀の周りに白銀に輝く竜巻が発生し……


銀嵐破ぎんらんは!!」


 振り下ろされた刀から竜巻が放たれ、2体の肉塊を千々ちぢの肉片に引き裂いた。


「ウソだろ!?」


 だが千々の肉片はし、荒野にひしめき合う。

 その光景にウィステリアが眉をひそめ、


「同じですね……先ほどのミゲルさんと………う!?」


 無数の肉塊が多数の腕から大量の電撃を放つ。対してつばめは両手にクナイを構え肉塊の群れに突進し、


「オレの前で分身たあイイ度胸じゃねえか! どんだけ増えても全部カチ割ってやんぜタマゴ野郎!!」

〔もちろん……まともに戦っては……あなたたちを倒せないでしょう………〕


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ


 突如、無数の肉塊が次々に爆発していく。


「なっ……タマゴ野郎め、自分の電撃で電子レンジ爆発しやがったか!?」

「ぬう……〝環境改造テラフォーミング〟の技術わざで身体構成を生体爆薬に変えたのであるか……!」


 つばめが目をむきクララが冷静に分析する一方、肉塊たちは少年少女たちの間近で爆発していく。


「……クローンとは言え『自爆攻撃バンザイアタック』を強いるのが、カルージャン流の〝仲間〟の扱いなのかい?」


 だが六音をかかえる煌路を含め、少年少女たちはそれぞれの技で身を守っていた。


〔やはり威力が足りませんか……それなら………〕


 機械的な声が響くと、残っていた肉塊が集まり1つに融合していき………直径50メートルを超える、ドクンドクンと脈打つ巨大な肉塊となった。


〔単体の1000倍の爆発力になります……これなら……あなたたちも無事では済まないでしょう………〕


 獅子が話す間にも、肉塊は脈打ちを激しくしつつ赤熱していき………


「くだらん虚仮こけおどしだな」


 不意に強大な重圧が声となって荒野に響き、巨大な肉塊は白い閃光に斬り裂かれると白い雲のようになり、大気に溶け込むように消えてしまう。

 そして荒野に舞い降りるのは、雲のように純白の髪を足首まで伸ばし、2メートルの長身から圧倒的な重圧を放つ、さやに納めた日本刀をたずさえる絶世の美女。


「おお……我が師、ワイクナッソよ……!」

「げ……」


 兄妹弟子のうち少年は感銘に震えるが、少女は露骨に目元を歪め……


「一応きいとくが……カン違いししょおめ、その格好カッコはナンなんだ?」

ごうってはごうに従えだ!!」


 白地に真っ赤な椿つばきの花の模様の美女が、スーパーモデルも裸足はだしで逃げ出すスーパーグラマラスな肢体の胸を誇らしげに張る──と、


 ぶるるるるんっ!!


 特大の双丘が、透き通るように白い肢体を包むビキニのトップを引き裂かんばかりに激しく揺れた……一方、


「なん…だと……マジでエベレストを超える……火星のオリンポス山のごとき爆乳だと……!?」


 煌路の腕の中で、六音がウィステリアと美女を視界に収めつつ戦慄せんりつする。

 片やつばめはオブシディアスの横で冷笑しつつ、


「人生たのしそーだな、こじらせししょお」

「何を言うか。はるばる火星より愛弟子まなでしたちの危機に駆けつけた、深淵しんえんなる宇宙より深い師の情愛に海より深く感謝するがいい♪ ところで……」


 尊大に笑みつつ瞳の温度を下げ、


「誰が『20億年処女』だと?」


 つばめが真っ青になる……が、


「ホ…ホントのコトだろーが! 戦闘経験は豊富でも男性経験は絶無ぜつむ耳年増みみどしま!!」

「こんな時だけ語彙ごいが豊富になるな! お前とて生娘きむすめだろうに!!」


 窮鼠きゅうそ猫を噛むような弟子に、師も尊大な態度をかなぐり捨てる。


「オ…オレはまだ16歳だからフツーなんだよ20億歳の化石ババアめ!!」

「か…化石とは何だ! トロニック人は極めて長寿であるゆえ、俺とてこの星系の人間で言えば20歳程度なのだぞ!!」


 弟子も師もなく、1人の女同士のように、


「20歳で処女とか遅すぎだろき遅れ! 同期はとっくに結婚してガキまで生まれてるってパターンじゃねーのか!?」

「うぐっ!? お…俺に相応ふさわしい男がいなかっただけだ!! そうだ俺に非は無い! この宇宙の男どもが軟弱なのが悪いのだ!!」

「……だから、弟子を自分に相応しく育てようとしてやがんのか……?」


 急に死んだ魚の目になり冷めきった声をもらすつばめ………その時、


「……コノ、重圧ハ………」


 ミゲルと戦っていた漆黒のサソリが動きを止め……


「見ツケタ……見ツケたぞ……〝白閃刃びゃくせんじん〟!!」


 ミゲルを放り出し美女へ突進する!


怨敵おんてきを前にして……我が支配を打ち破ったのですか………〕

「我が兄と仲間たちのかたき! 死ね〝白閃刃〟……ワイクナッソ!!」


 驚嘆する獅子の視線の先でサソリは美女に迫り、剣と化した両腕を振り下ろす!!


「ぐおぁっ!?」


 だが剣が届く寸前、美女がまばたきで放った斬撃でサソリは弾き飛ばされた。


「〝白閃刃〟か……この星でその異名を聞くとは思わなかったぞ。この星では〝黒死の重圧〟なる異名で呼ばれているからな」


 斬りかかられたのに泰然とする美女が、尊大きわまる態度に戻りブラジリアンビキニの身をサソリへ向け、


「俺を『仇』と呼んでいたが、どこの戦場でまみえた者だ?」

「ホラ、〝五大元脳〟の1人が作ったっつー〝ネタ兵器〟の話をしてくれたコトあったろ。ソレが出てきた星で、ししょおにやられたらしーぞ」

「……ああ、そのようなこともあったな」


 呆れるつばめの声にワイクナッソは記憶をたぐる。


「確かに、あの星でもプロテクスを斬り伏せたが……どのようなプロテクスだったかは覚えていないな」

「ふ…ふざける、な……!」


 斬撃でひっくり返っていたサソリが、ギシギシと機体をきしませつつ態勢を直し、


「プロテクスに生まれながらドミネイドに寝返り……かつての同胞を虐殺する裏切り者め……!!」

「この星の格言にあるそうだぞ。『昨日の敵は今日の友』とな♪」


 オリンポス山のごとき胸を揺らしつつ楽しそうに、


「俺にとっては、己の信条がプロテクスよりドミネイドに適していただけだ。おかげで尊敬する師に頼もしい弟弟子おとうとでし、それに……」


 尊大ながらも深い情愛をめた目をかたわらの少年少女へ向け、


「可愛い愛弟子まなでしを得ることが出来たぞ♪」

「……ふざける、なあああああああああああああああああああああああああっ!!」


 荒野に激しい絶叫がとどろくと、光あふれる穴から凄まじい光の奔流が放たれ絶叫を上げたサソリをのみ込んだ。そして光の中でサソリは形を変えていき……


「今日こそお前を滅してやる!! そのために俺は泥水をすすってきたのだ!!」


 両腕に鋭い剣を、背中に太いサソリの尾を生やす、身長60メートルを超える漆黒の鋼の巨人となった。


「……あの野郎、自分で星の核のエネルギーを引き出したのか……!」


 変わり果てたケトンを、離れた所から砂色の髪の女が険しい目で見る……と、


「〝砂漠の業火〟としては困った状況なのかな、使者さん」


 女の前に煌路が現れ、


「でも、この星に住む者としては、もっと困っちゃうんだよね……勝手にエネルギーを抜き取られたりしちゃうとさ」


 煌路と使者の女の間に緊張が走る……同時に、


「……良かろう。記憶に無いとは言え、討ち漏らしがあったのは俺の不覚だからな」


 ワイクナッソも目元を鋭くしてたずさえる刀を抜き、


「その不覚、ここで清算してくれよう」


 美女と漆黒の巨人の間にも緊張が走る。

 片や、ブラジリアンビキニに包まれる身長2メートルの生身の美女。

 片や、漆黒の装甲に包まれる身長60メートルの鋼の巨人。

 見た目だけなら巨人が圧倒的に有利だが……


「ぐ……!」


 うなる巨人こそが美女に圧倒されていた。

 それでも退くことは出来ぬと、巨人は両手の剣に黒い炎を発生させる。

 対する美女は右手に握る刀を高々と掲げる……と、剣と一体化した流麗な白い装甲に包まれる、巨大な鋼の右腕が頭上に現れた。


「〝本体〟の右手だけ〝顕元けんげん〟させやがったか……」

「相手が格下であろうと、やいばを交える以上はあなどらぬ……それが武人の〝礼儀〟であるからな」


 愛弟子たちが、師の一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくを注視する。

 無言の挙措きょそからも伝わる師の薫陶くんとうを、わずかたりとものがすまいとして……直後、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 雄叫ぶケトンが光あふれる穴から再び光の奔流を浴び、両手の剣の黒炎を一層激しく燃え上がらせる。その様子を横目に使者の女と対峙する煌路は、


「疑問だったんだよね。地球全体を〝環境改造テラフォーミング〟するほどの莫大なエネルギーを、どこから調達するのか……あの穴は、地球の核まで達しているんだよね」


 荒野の中央で光をあふれさせる穴を見て、


「日本の〝草薙の里〟と南米のこの地域は、ちょうど地球の反対側……つまり、核をはさんで地球の両側に位置しているからね。両側から術式を発動させて、核からエネルギーを取り出す算段だったんだろう?」


 使者の女へ目を戻し、


「〝砂漠の業火〟がこの作戦に協力したのも、そのエネルギーが目当てだったんじゃないのかな?」

「まあな♪」


 太々しく笑む女が光あふれる穴を見る。

 その穴の向こうでは、対峙する美女と漆黒の巨人が激突寸前になっていた。

 高まる緊張は不可侵ふかしんの〝結界〟のごとく張り詰め、その中でジリジリとあしで前進する巨人を美女が鷹揚おうように待ち構える一方、外では美女の愛弟子たちが息を殺して成り行きを見守っている。


「ししょお……」

「師よ………む?」


 オブシディアスが何かに気づく――刹那、ケトンが駆け出し黒炎をまとう剣を振り上げ、ワイクナッソは刀を握る右腕と頭上の巨大な腕を振り下ろす――寸前、


「なにいっ!?」

「ぐおっ!?」


 足元の荒野から無数のレーザーが噴き出し、対戦相手に集中していた2人は反応が遅れ──


「ぐぉあっ!?」


 ケトンが全身を貫かれ、


「ぐふっ!?」


 オブシディアスも数発のレーザーを浴びてしまう。


「我らこそ〝造物主〟の御心みこころの体現者なり!! 〝背信者〟たちよ裁きを受けるがいい!!」


 直後、黒いトロニック人の一団が荒野を砕いて地中から出現し、倒れ伏すケトンがかすれる声で、


「ぐ……せ…〝正道派〟か………」

「クロ!!」


 同時に、血まみれで倒れるオブシディアスにつばめが泣きそうな顔で駆け寄る。

 片やワイクナッソは茫然として、立ち尽くすままオブシディアスを見つめるのみ。

 そんな太陽系ドミネイド最強戦力の無防備な姿と唯一皇子の無惨な姿を、離れた所で〝砂漠の業火〟の使者は笑いとばし、


「〝白銀の斬晶〟の弟子や〝金と銀〟の末裔まつえい他愛たわいないな♪ ま、うちも最近多くの団員を亡くして、団長までプロテクスの小娘にボロクソにやられたからな。その穴埋めに今回、大量のエネルギーをせしめようとしたんだよ」

「去年の年末の事件でのことだね。ところで……」


 なぜか煌路が自慢げに笑みつつ上を見る……一方、


「〝背信者〟め、トドメを刺してやるぞ! 聖士たちよ司命を果たせ!!」


〝正道派〟が〝背信者〟たちへ銃を向けた……その時、


「君たちの団長を撃退した『プロテクスの小娘』って……彼女のことかな?」


 煌路の見る先……上空から多数の光弾が降りそそぎ〝正道派〟を後退させると、


「そこまでだ〝正道派〟!!」


 白い機体に青いラインを流す双発機が空から急降下、地面スレスレで変形し、


「今度こそ逃がさんぞ!!」


 白地に青いラインを流すパンツスーツのような装甲に包まれた、身長25メートルを超えるスリムな鋼の巨人が荒野に降り立った。


「やあ、デュロータ。君が来てくれたなら百人力だよ♪」


 知己ちきの登場に煌路が相好を崩すかたわら、


「また罪人の郎党が増えたか!!」


 気色けしきばむ黒いプロテクスに、新たに表れた白いプロテクスは眉をひそめるようにして、


「罪人だと? 何のことを言っているのだ」

とぼけるな!! 貴様の母の姉の大罪! 知らぬとは言わせぬぞ!!」

「貴様らの狼藉ろうぜきこそ大罪だ! 首魁しゅかいも捕縛されたというのに、いつまで迷妄に捕らわれているのだ!!」

「貴様の言葉こそ迷妄だ! 我らが神聖なる司命しめいを果たし始めて以来、我らの信念と体制には微塵みじんの揺るぎも無い!!」

「……なに?」


 声高こわだかに叫ぶ〝正道派〟にデュロータは怪訝けげんそうに、


「どういう意味だ? お前たちの首魁は──うおっ!?」

 

 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 突如ブラジリアンビキニの美女から絶大な重圧が噴き出し荒野を揺るがす。

 その圧力にZクラスの少女たちさえ威圧され、六音はウィステリアの作ったシャボン玉のような空間に保護されショック死をまぬがれていた。


「……つばめ、オブシディアスを連れて〝帝都〟に戻れ。すぐに治癒を受けさせろ」

「し…ししょお……でも……」


 静かだが迫力に満ちた師の声に、倒れている兄妹弟子に涙目ですがりつく少女は気圧けおされる……が、


「やれ。オブシディアスが死んだらお前も殺すぞ」


 殺気に満ちた師の瞳に、少女が顔を引きつらせ絶句する……と、しゃらんと鈴の音がして、愛弟子たちのそばの空間に2メートルほどの穴が開き、笑い仮面と真紅の衣装に身を包む道化師ピエロが現れた。


「行け……司壊しかいを開け………」

「し…司壊を、開け………」


 師の声につばめは一瞬ビクッとすると、オブシディアスを抱え穴に入って行こうとする。が、〝正道派〟がそれを見とがめ、


「待て! 〝背信者〟め逃がしはしなごぶぁっ!?」


 発砲しようとした黒いトロニック人たちが白い閃光に斬り裂かれた。

 その様子を煌路は離れた所で見ながら、


「君の出番は無いみたいだね、デュロータ。でも……」


 視線を鋭くしつつ10メートルを超える光剣を複数発生させ、斬り裂かれたトロニック人たちを貫いて自分のそばに移動させる。


「彼らはプロテクスの〝おたずね者〟だからね。こちらで引き取らせてもらうよ」


 絶大な重圧に気圧けおされつつも、両足を踏んばり美女に言う煌路。


「〝親玉〟は譲ってあげるから、それで納得してくれないかな?」

「……好きにしろ」


 煌路を一瞥いちべつして言い捨てるワイクナッソ。

 斬り裂かれたトロニック人は、腕に大型銃を付けた〝正道派〟の戦士のみ。

 両肩に大型銃を付けたリーダーは健在だった。

 そんな煌路とワイクナッソのやり取りにデュロータはあせり、


「待て、勝手にことを進めるな――ぐっ!?」


 だが、ワイクナッソから重圧を浴びせられ動けなくなってしまう……と、ワイクナッソがデュロータへ顔を向け、


「……お前、シグロータの娘だな」

「……なに? なぜ、母上のことを……まさか!?」


 目をむくデュロータにワイクナッソは自嘲めいた笑みを浮かべ、


「あの生粋きっすい堅物かたぶつが、略奪愛に走ってまで〝欲しいもの〟を手に入れようとした気持ちが……今なら、分かる気がするぞ………」

「……待て。母上の所業はどれほど広まって――うっ!?」


 冷めて不機嫌になるデュロータの前で、ワイクナッソと〝正道派〟のリーダーは光に包まれ消えてしまった。


「〝親玉〟を連れて〝異元領域〟へ行ったみたいだね」


 煌路が思い出したように深い息を吐いた。

 美女がいなくなったことで荒野から絶大な重圧が消え、愛弟子たちも道化師と共に空間の穴に消えていた……しかし、


「……ま…待て……〝白閃刃びゃくせんじん〟………」


 荒野に倒れ伏す漆黒の鋼の巨人が、うめくような声をもらした。

 そのそばでは、黒髪を総髪にした和装の少年が眉じりを下げ、


「ケトン殿……これ以上は、もう………」

「ぐぅぅ………」


 くやしそうにうなる巨人は全身の装甲がヒビ割れ、両腕の剣も粉々に砕け、背中に生えていたサソリの尾も千切ちぎれていた……


「……これで……終わりなのか………」


 やがて、巨人は無念のにじむ声で、


「仲間のかたきを討とうと……全てを捨て……外道に落ちてまで邁進まいしんしてきたが……何も成せぬまま、ついえるのか………」


 全身の装甲が割れてがれ落ちていき……


「一体……何が欠けていたのだ………」


 60メートルを超える漆黒の機体が崩れ……


「いや……誰かのためと、言い訳して……信念を曲げた時……俺は、もう……」


 40メートル足らずの、鎧武者のような機体に戻る……


「誰かのために、行動していたはずが……行動自体が、目的になり……道を、あやまったか………」


 荒野の中心で光をあふれさせる穴を見て……


「結局、俺は……最善の道を、進んだつもりで……まっすぐ、〝落とし穴〟に向かっていたのか………」


 悲壮な瞳を総髪の少年へ向け、


「ツルギ……お前は、俺のようになるなよ………」


 一瞬肩を震わせる少年へ消え入りそうな声で、


「お前も……誰かのために覚悟を決め、行動しているのだろう……なら……決して、俺のてつを踏むな………」


 声と瞳から、わずかに残っていた力もせていき……


「その上で……俺に代わって、証明してくれ……人は……誰かのために、大業を成せるのだと………」

「……必ずや……!!」


 津流城の力強い答えに、巨人は淡い笑みを浮かべる。

 そして津流城と……遠巻きにハクハトウが見る中で、伏したまま空をあおぎ……


「我らが〝造物主〟よ……許されるならば……兄と……同志たちのもとへ………」


 最後に祈ると……その体から力が抜け……


「司命を……果たせ…………」


 二度と動かなくなった──刹那、


 ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!


 うずく光の奔流に襲われ、鎧武者のごとき機体が粉々に砕け散った。

 無数の鋼の欠片かけらが飛び散るなか、一瞬茫然とする津流城だったが目をむいて奔流が飛来した方向を向くと………荒野の中心に、巨大な機械の獅子がいた。


〔所詮は……身に余る〝悲願〟に自らを焼き尽くされる……身のほど知らずの虫螻むしけらでしたか………〕

「……おのれえっ!!」


 激昂する津流城が刀を振り上げ、漆黒の獅子へ突進していく………





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