第20話 エピローグ

「うう……若様に……たっぷり、しぼられたんどすえ………」


 黒釉こくゆうのような髪を鼈甲べっこうの髪留めでたばねた少女が、ぐったりして部屋に入る。


「しぼられたで済んで良かったではありませんか。西の本家の〝自覚なき協力者〟の情報をに報告せず、御師範ごしはんを危険にさらす作戦を実行したのですから」


 部屋で溜め息するのは、メガネをかけた烏羽色の髪の少女。


「そもそも何をしぼられたのか……しぼられたのか、しぼったのか知りませんが」

「うう……作戦を進行させるんに、必要やったんどすえ……せやけど若様が知らはったら、ぜぇ~~~ったい反対されとったどすからな………」

「御曹司もそれがお分かりだったから、しぼる程度で許してくれたのでしょう。そうでなければ、命がありませんでしたよ


 メガネの少女――委員長はあきれたように肩をすくめ、


「まったく、『主のためなら主もたばかる』とは、よく言ったものですね」


 片や〝クズ参謀〟――葛葉くずははどんよりと顔を陰らせ、


「……六音やって、道場で正座3時間ゆう折檻せっかん――やなくてを若様とするはずやったのに、とっとと最高顧問のお部屋に逃げてもうたんどすえ………」

「今、この地域の気候調整装置が無いので、道場も御曹司のお部屋も室温が低いはずですからね。六音の場合は、寒さから避難する意味もあったのではありませんか」

 

 不便ですねフラッターは……と委員長は苦笑しつつ、


「六音と言えば、彼女の協力で〝パソコン研――シューニャが御曹司の名前で書いていたブログが閉鎖されたようですよ」

「もう部活名コードネームはいらんのどすえ……せやけど、そうなんどすか……あのブログがなくなってもうたんは、ちょい残念どすな………」


 溜め息する葛葉に委員長は不快に顔を歪め、


「あんなブログ、無くなって当然でしょう。あなたのエピソードにあった高速回転ベッドを使った轆轤ろくろプレイというのは何ですか!?」

「あんさんのエピソードやって、メガネの脱着で『攻め』と『受け』が切り替わるスイッチプレイってなんどすえ? さらには糸を使つこうた緊縛きんばくプレイやら若様にまたがって――」

「わーわーわー!! もういいです! この話は終了です!!」


 委員長は真っ赤になったあと、と溜め息して、


「……本当に、なぜ御曹司があなたを重用ちょうようしているのか理解に苦しみます………」

「若様も策士どすからなあ~。うちとは相性ピッタリなんどすえ~♪」


 葛葉がはんなり笑む一方、委員長はどうにか気を取り直して、


「そういうことにしておきますか。それでは今回の作戦の事後検討じごけんとうを始めますよ、七里塚しちりづか

「了解どすえ、九十九つくも殿♪」


 水代邸内の広々とした和室で、委員長の前に葛葉が座る。

 一連の事件が明け方に終わってから十数時間、時刻は夜の9時を過ぎていた。

 浴衣ゆかたのような室内着を着て、向かい合って畳に座る少女たちの間には、多数の資料が広げられている。


「まずは今回の成果ですね。純人教団の戦力は、ほぼ壊滅させたのですよね?」

「そうどすえ~♪ 今回、学院に来た軍隊は、純人教団の戦力のほぼ全てどすからな~。残るんは『純銀騎士団』ゆう、教団本部を守るわずかな戦力だけどすえ~♪」


 委員長は人差し指をおとがいに当てつつ、


「ふむ……とは言え人員の補充が容易なのが、宗教系の組織の強みですからね。今回失われた分の戦力も、遠からず再建されてしまうのではありませんか?」

「人員だけやなく、装備もごっそり無くなってもうたんどすえ~。ついでに財政面でも、これからどんどん締めつけてくどすからな~。再建できるんとしても、1年やそこらはかかるんどすえ~♪」


 委員長はうなずくと、


「その人員や装備を今回かなり回収したわけですが、装備……特に〝式獣機〟はシューニャに分析させるとして、人員はどうしますか?」

「そっちはクララに任せるんどす。『活きの良い実験台が大量に手に入ったのである』って御満悦ごまんえつやったんどすえ~♪」

「……当分、あのマッド錬金術師の工房から悲鳴が絶えることは無さそうですね……とりあえず、実験の前に情報を取り出すことを忘れないようにくぎを刺しておきましょう」


 委員長はあきらめたように溜め息して、


「それでは次に、今回の被害ですが……こちらも、ほぼ壊滅のようですね………」

「地球軍の評価実験場どすな。施設は、ほぼ全損。修理するんより作り直した方が早いレベルどすえ」


 委員長は眉をしかめて、


「施設もですが、それ以上に人的被害が大きいですね……ドナンゴン戦団でしたか、異星人の戦闘部隊は全員一命を取りとめたそうですが………」

「実験場のフラッターの兵士は壊滅……何より〝充元端子〟を開発しはった異星人の科学者は、文字通り『骨も残らない』有り様やったんどすえ……」


 葛葉は肩をすくめて、


「幸い、開発データは財団の研究所に納めてあらはったんで、今後の量産化に向けた開発に支障は無いんどすが……」

「他の基地施設でも、例の〝自覚なき協力者〟による被害があったそうですが……今回現れたトロニック人の傭兵団ようへいだんも、その〝協力者〟に接触していたそうですね?」


 一瞬、メガネのレンズが鏡のように光った──が、


「実際は粗悪品バッタモンを押しつけて、利用しはっただけみたいどすけどな~。ま、うちと同じ人間に目ぇつけるやなんて、なかなか見どころがあるんどすえ~♪」

「……………」


 邪気なく笑う葛葉をにらむ委員長だったが、再びあきらめたように溜め息し、


「評価実験場は再建するのではなく、財団で軍から土地を買い取るのですよね」

「〝第二のアラブの春〟があった州から、財団系列の社員と家族がぎょうさん避難してきとるどすからな~。今は仮設の難民キャンプにおる人らの家を作るんに、土地を買わなあかんのどすえ……」


 資料を見つめつつ、


「ま、もともと〝ビリヤード計画〟の本格始動のために、どんどん土地を用意せなあかんどすからな~♪」

「そのために北海道にある地球軍の土地は、開発を遅らせて更地のままにしているのですよね?」

「それについては、うちは引き継いだだけなんどす。もともとの計画は、うちが来るずぅ~っと前から進められとったんどすえ~♪」


 上機嫌で歌うように、


「それに今日、あの龍のガラクタがこのあたりの山を吹っ飛ばして更地にしてくれはったどすからな~。整地費用が浮いたんどすえ~♪」

「浮いたというか……私たちの〝命〟が整地費用になりかけましたよね……」


 委員長は渋面になり、


「今回のことで、私たちも自分の未熟さを痛感しましたね。あんなドーピングまがいの方法に頼ることになるなんて……!」

「一応、他にも〝切り札〟を用意しとったんどすけどな~♪」


 言いながら葛葉が短剣を取り出す。

 その表面には3種類の古代文字が刻まれていた。


「これは……楔形文字くさびがたもじにヒエログリフ、それに………そういうことですか……!」

「そうどすえ~♪ 純人教団がこれを手に入れて、今回の侵攻に使うと聞いたんで回収するよう馴染なじみの工作……いんや、捜査員に頼んどったんどすえ~♪」


 その短剣は〝聖域〟と呼ばれる地下空間に来た、純人教団軍の指揮官が持っていた物だった。


「これの他にも、もう1つ〝切り札〟があったんどすけど……ま、そっちは使つこうたら負けゆう代物しろものやったんで、使わずに済んで良かったんどすえ~♪」

「……それらも、あなたの〝計画〟のうちですか〝クズ参謀〟……?」


 再びメガネのレンズを光らせる委員長……しかし、


「『〝計画〟』やのうて『うちの〝計画〟』どすえ~♪」


〝クズ参謀〟は、はんなりした笑みを満開にして、


女子わたしたちは〝王〟の子を産むまで死ねません……さっき委員長が言わはった通りどすえ~♪ みんなで若様の御子おこを産まはって、みんなで幸せになるための〝計画〟どすえ~♪」


 笑みには一点の邪気も無いものの、


「〝女子わたしたち〟だけやと不安ゆうんなら、他に〝同志〟を招くんもいいどすなあ~♪ プロテクスの白スーツや、水代邸ここ居候いそうろうしとるフランセスの姉殿あねどの、それに西の本家の次期当主あたりが有望どすえ~♪ ま、なんにしても――」


 言葉の端々はしばしに、どこか胡散うさんくささを感じてしまう……しかし、


「全ては若様のためどすえ~♪」

「……今は、そういうことにしておきましょうか……」


 少なくとも煌路への〝想い〟は本物と感じて、委員長は険をゆるめる。


「それにしても、プロテクスの元使げんしまで引き込むつもりですか? 半年ほど前、地球に駐留しているプロテクスの幹部の女性が、地球人の男性と結婚した前例があるのは事実ですが」

「そうどすえ~♪ 『宇宙のロミオとジュリエット』ゆわれて、ワイドショーでも、ぎょうさん騒がれとったんどすえ~。愛は立場も種族の壁も超えるんどすえ~♪」


 やたら上機嫌な葛葉に、委員長はあきれたように溜め息して、


「立場や壁と言えば……八重垣やえがき妹も先ほど、今回の私たちの行動を『我らが計画のため』と言っていたのですよね」

「『のため』どすえ? 『殿のため』やのうて?」


 小首をかしげる葛葉に委員長はうなずいて、


「例の〝草薙の里〟の剣士たちのことは、あの兄妹に伝えたのですか?」

「一応、伝えたんどすえ。津流城あにどのは何も言わんかったけど、火焚凪いもうとどのは何やら考え込んどったどすな」


 委員長は眉をひそめ、


「気がかりですね……この1年、ずいぶん思い詰めていたようですし、馬鹿なことをしなければ良いのですが………」

「ま、なるようにしか、ならんのどす♪ どうしても心配ゆうんなら、新しい担任に頼みはったらどうどすえ~?」


 屈託くったくのない葛葉に委員長は苦笑して、


「ああ……そう言えば、ようやく都合がついたのでしたね。今ごろ、クラスの連中を押し込めた部屋に行っているのでしょうか………転入生をつれて」


 何かもう、いろいろ吹っ切れた笑みを浮かべる委員長であった………


                   ◆


 それは〝戦争〟だった。

 激しい怒号と無数の砲弾が飛び交う〝戦争〟だ。

 人々は憎しみもあらわに、敵を血祭りに上げんと殺意をまき散らし……


「〝見敵必殺サーチ&デストロイ〟だっぺよ!!」


 浴衣のような室内着の面々が、布団の敷かれた駄々っ広い和室で砲弾マクラを投げ合う。


「全員薔薇ばらの養分にしてあげますわ!!」


 飛び交うマクラは音速を超え、人を引き裂く衝撃波さついをまき散らす。


「Kiss my ass and pillow《オレっちのケツとマクラにキスしやがれ》!!」


 少年少女たちが水代邸ここに来た理由は、機械の龍に受けた傷の治療だったが、


「冷凍マグロにして初競はつせりに出してやるんだぜい!!」


 それはあとも残さず完了し、一応安静にと別室で横になっていた――が、


「慈悲深いヨが神の御許みもとに送ってやるっス!!」


 年中殺し合う連中を一所に押し込めた結果、凄絶なマクラ投げせんそう勃発ぼっぱつしたのだ。


「ドイツもコイツも暗黒マクラ怪人〝マックラやみ〟に改造してやるのである!!」


 の部屋も、飛び交うマクラと衝撃波のため崩壊寸前。


タマとったるけえ観念せえやあああああああああああああああああああああっ!!」


 このまま〝封印災害指定〟たちが暴れれば、被害は水代邸や北海道どころか……


「せっかく助けた人類を滅ぼす気かガキども!!」


 突如ふすまを開けて女が部屋に現れた。

 常闇とこやみのような黒髪をヒザに届くポニーテールにして、地球軍の特務部隊の軍服を着た、見た目20台半ばの女だ。


つねより横暴なるは鷹岡たかおかリオ。つつましき手本はおのが胸元と心得るべし」

肯定アファーマティブ。あるいは地球軍に悪名高き〝絶壁参謀ぜっぺきさんぼう〟と心得たまえ」


 マクラ投げの手を止めた一同が、〝参謀〟のな胸元に目を集める――刹那、


「人類の前にお前らを滅ぼしてやろうかクソガキどもおおおおおおおおおおっ!!」


 部屋に〝鬼〟が現れた。

 目をつり上げ、灼熱しゃくねつの気炎を吐き、〝重圧をまき散らす〝鬼〟が。


「〝教育〟してやるクソガキども! 新たなクラス担任の初仕事だ!!」

【わたしたちの あたらしい たんにん?】


 液晶タブレットの文字と共に、クラスメイトたちの雰囲気が張り詰める。


「風は試練となって吹きすさぶ。我らに相応ふさわしきを見極めんがため」

「いい度胸だガキども! お前たちこそあたしに相応しい生徒か試してやる!!」

 

〝鬼〟がつのを生やす勢いで吼えた――が、


「人の上に立たんとする者が、自らはんを乱して何とするのじゃ」


 その背後に、少女が現れ、


はよう己の務めを果たすが良いのじゃ、鷹岡リオよ」

「……ちっ、よく聞けクソガキども!」


 気勢をそがれたリオが目元を歪めつつ、


「転入生を紹介してやる! 惑星シーカイから来たシーカイ・ハクハトウだ!!」


 紹介された少女が胸を張りつつ歩み出て、


「わらわこそたっときシーカイ・ハクハトウなのじゃ。今日より貴様らの学友となってやるゆえむつまじくすることを許してやるのじゃ。一同、わらわの寛大かんだいさに存分に奉謝ほうしゃし、慎んで奉仕するが良いのじゃ」


 尊大極まる挨拶あいさつにクラスメイトたちが静まり返る。


「ハハッ、どうしたガキども! 宇宙人だからってイジメなんか許さないからな♪ 腐ったミカンは箱ごと処分だ!!」


 担任リオの威圧と共に、さらに部屋の空気が変わる……が、


「同級生ガ・宇宙人……イコール……些細ささいナ・問題………」


 変化は怒りではなく、いびつな〝好奇心〟によるもの。


「副会長と会長に、何があったか……その女は、〝異元領域〟の証人、なの………」

「そうだっぺ! なにヤればあんなビッグ・ザ・外道ゲドーキングとクイーンにメガ進化するっぺよ!? ……むむ!? スーパーエヴォリュ-ター、・ヤマトのインスピレーションがキタっぺよおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 一心不乱にエンピツを紙に走らせる漫研部員はさておき、少年少女たち………否、が転入生を取り囲むように迫っていき、


「さあ〝異元領域アダルトコーナー〟のエロゲイベントの記憶データを引きずり出してやるのサッ!!」


 血走った多数の目に囲まれ、さすがの姫殿下もたじろぎ……


「き…貴様ら、わらわを誰じゃと………ええい! 隔世かくせい覚醒かくせいせぶわっ!?」


 後頭部をはたかれ姫殿下がつんのめった。


「やめろクソガキ! こんな所で〝黒竜翼おくのて〟を出して日本を吹っ飛ばす気か!?」

「……お…おのれえ……父王にさえ手を上げられなんだ、わらわに……!」


 涙目で担任リオをにらむ転入生がはからずも同級生と思いを1つにし……『打倒クラス担任』という思いの下に、クラスが一丸となった……!!


赴任ふにん初日に学級崩壊かクソガキども!! いいだろう! だったらお前らの流儀通り、実力で担任の座を勝ち取って〝教育〟してやる! 最悪の悪夢を見せてやるから覚悟しろ!!」 


 担任と生徒たちが一触即発の緊張を高めていく――その時、


「お台所に高級食材があったのれ~お料理を作ってきたのれすよ~♪」


 唐突な明るく柔らかい声に緊張が霧散むさんした。そして部屋に現れるのは声を発したミッドナイトブルーの髪の少女と、その手に抱えられる大皿に盛りつけられた――


「フグのづくりなのれすよ~♪」

「世界でイチバン活け造りダメなサカナなのにゃ!!」

パトラパティってば~、味見はしたのかなかな~?」

「新鮮なお料理に~そんなのいらないのれすよ~。きっと~天にも昇るおいしさなのれすよ~♪」

「あはっ、に〝昇天〟しちゃうのよぉん……ねぇん♪」


 言外に自分たちのレベルのエヴォリュ-ターなら平気という言葉。

 一方リオは大皿に乗る、いまだ生きて動いている料理をじっと見てから……


「食べる方も食べられる方も心臓ハートがドキドキのエキサイティング・メニューだな」


 合格っ!!


 生徒たちがサムズアップして唱和した。

 後世に『双璧の女師』と語られる、Zクラスの新たな、そして最後の担任教師が誕生した瞬間だった………




 ……余談だが、教員免許が無かったとする異説があるとか無いとか……?


                   ◆


「……む? 煌路の部屋にいなくて良いのですか?」

拷問等ごうもんとう禁止きんし条約じょうやくにもとづき保護を求めに来ました」


 部屋の主が戻ってくると、和室で1人の少女がコタツに入っていた。


「冷凍庫みたいに寒い道場で3時間も正座っていう、わりとマジで死ぬんじゃないかって拷問をされそうになりました。条約にもとづき執行者への厳罰を求めます」


 浴衣のような室内着に厚いドテラを重ねる少女が、で身震いし、


一昨日おととい以上にポンポン投げ飛ばして道場の空を横断飛行させてから、リン●バーグじゃなくイ●ハートみたいにしちゃってください」

「ふむ、飛行中に行方不明にしろと? しかし、体術は年の功で私がいささひいでていますが、異能も含めた総合的な実力では、あの子たちに遠く及びませんからね」


 質素ながら上品な和室で部屋の主が苦笑すると、少女は不貞腐ふてくされて溜め息し、


「腐っても地球三大エロリュ-ター――じゃなくてエヴォリュ-ターですか……」


 腰に届くストレートの黒髪を揺らしつつ、


「今、このあたりの担当の気候調整装置が無いじゃないですか。あいつの部屋って障子しょうじ1枚で庭に……外に接してるんで、道場と同じでメチャクチャ寒いんですよ」


 コタツに入る少女――六音がメガネの無い目を険しくし、


「室温も氷点下に突入してたってのに、三大エヴォリュ-ターサマは部屋でも道場でもケロッとしてやがったんですよね……てかドレミトリオのチビどもまで、あの部屋で普通にはしゃいでたんですけど」

「ふむ、煌路とウィステリアさんにしても、初等部のころには体ひとつで冬休みを雪山で過ごしていましたからね」


 和室の主にして煌路の祖母、水代みずしろ水仙すいせんはどこか誇らしげに、


「Zクラスの水準のエヴォリュ-ターには、冬の北海道本来の気温程度は行動の支障にならないのですよ」

「……今度あいつらに『八甲●山』って映画を見せてやりますよ………」


 六音がむくれてコタツに体をあずける。


「にしても、そもそもの元凶は純人教団ですよね。よりによって気候調整装置に偽装して式獣機デカブツを運び込むなんて、それだけでも万死に値しますよ」

「ふむ、明日には新しい装置が配備されますので、それまでの辛抱ですね」


 ミズシロ財団の最高さいこう顧問こもん少女に優しく微笑み、


「あなたも今日は、いろいろと大変だったそうですね。その傷、Zクラスの他の生徒のように、うちの治癒術師に見せなかったのですか?」

「世界最高峰の術師をわずらわせる傷じゃないですよ。てかあとが残ったら残ったで、次期当主サマに責任とらせて愛人にしてもらえばいーだけですから♪」


 呑気のんきに笑う六音に、微笑んだまま水仙はうなずき、


「ふむ、まあ今晩は、ここでゆっくり休んでいくと良いのですよ」

「さすが水仙ばあちゃん、話が分かりますね♪」


 コタツの熱を堪能たんのうするように六音がとろけた笑みを浮かべた。

 コタツの上には、片や白、片やピンクの子猫2匹も丸くなって寝ている。

 

「ふむ、あなたたちも、お疲れ様でしたね」


 聞こえないだろういたわりを子猫にも告げる水仙……だったが、


 にゃお~ん


 あれぐらい、何でもない……そんな強がりを言うように、子猫たちは頭をもたげてひと鳴きした……そうして、すぐまた気持ち良さそうに寝てしまう。

 その様子に暖かく笑み、流水文様の打掛うちかけを脱いで衣桁いこうにかける水仙へ六音が、


「そんな高価たかそうな着物を着てるってことは、謁見えっけんしてた相手って、やっぱ大統領ですか?」


 打掛うちかけ同様の壮麗な留袖とめそでも衣桁にかけた水仙は、質素な浴衣のような室内着へ着替えつつ、


「ふむ、謁見などと大げさなものではなく、あくまで面会ですよ」

「おやおや、ミズシロ財団の〝偉大なる母グランドマザー〟が御存知ごぞんじありませんか? ばあちゃんグランドマザーが客とするダンスホールみたいにデッカイ部屋って、政財界の関係者にゃ『謁見の間』って言われてるんですよ♪」


 着替えを終えてコタツに入った水仙が、苦笑してお茶の用意をしつつ、


「ふむ、あの客間の呼び名はともかく、面会に来ていたのが大統領だと、よく分かりましたね」

「ハハッ、実はクラス全員で水代邸ここに押しかけた時、ボロボロの高校生が30人近くも水奥殿すいおうでんに入ってくのを驚いて見つめてんのを見たんですよ♪」


 水仙は緑茶を入れた湯飲みを六音に出しつつ、


「ふむ、この区画は水代家の人間の私的な居住区で、仕事上の関係のみの人間は大統領と言えども入れませんからね」

「でも、こんな時期に大統領が何しに来たんですか? 年末年始の挨拶にはちょっと早いですから、もしかして例のインドネシアの発電所の件ですか?」


 水仙はわずかに顔を引きしめ、


「ふむ、その件もありましたが、昨日、議会で異星難民についての議論がされたのは知っていますよね」

「ああ、煌路の親父さんもスピーチしたっていう議題ですよね」

「その議題に絡んで提出された法案に、支援を求めてきたのですよ」

「へえ……」


 六音が優秀な秘書(見習い)の顔でコタツの上の端末をいじると、空中にディスプレイが現れ様々なニュースのヘッドラインが表示される。


「昨日から今日にかけては、ゴタゴタしててニュースもチェックできてなかったんですけど……ああ、これか………って、本気マジですかコレ? ってか正気ですか!?」


 法案の内容を見た未来の当主の秘書が裏返った声を上げた。


「ふむ、今年は選挙がある上に、最近は野党の指示率も上がっていますからね。選挙対策も兼ねた法案なのでしょう」

「これで票を集めようってんですか……? なりふり構わないにも、ほどがあるでしょう………」


 盛大に眉をしかめる六音に、水仙も顔を厳しくして、


「ふむ、悪名高い21世紀のアメリカの『市民権選挙』の再来ですね……まあ大統領が来た一番の用件はそれではなく、昨夜の光の柱の件だったのですが」

「……〝逮夜たいや曙光しょこう〟再び、ですか……選挙以上にマジの世界の危機ですし、14年前の犯人は死んだって発表してた政府としても、いろいろマズイんですかね♪」


 気を取り直した六音がしたり顔で、


「ついでに今以上に〝間引き〟すんのも、さすがにマズイんですかね♪」

「そのようでしたね。ですから事件の収束と、地球軍に内通者がいた事実を伝えて、お引き取りいただきました」


 水仙は顔を穏やかにすると鷹揚おうように笑み、


「事件を収束させた我が孫と、その学友たちを誇りに思います。もちろん、あなたもですよ、六音さん。ところで──」


 コタツの上に置いてあるメガネを見て、


「今回の活躍で、あなたの眼鏡は壊れてしまったと聞きましたが」

「ええ、それは無事だったレンズだけを、普通のフレームに移したヤツですよ。元のフレームはブリッジのレーザーが壊れちゃったんで、『どーせヒマなんだから直しとけ!』ってシューニャに叩きつけときました♪」


 湯飲みを手にする六音が、息を白く曇らせつつ笑んだ。


「ふむ、あのインド出身の子ですか。彼女にも財団の仕事をいろいろお願いしているので、ヒマではないと思うのですが」

「いやあ、ヒマでしょう。ブログでエロ小説を書きまくってたぐらいには♪」

「ふむ、そんなものもありましたね」


 水仙は微苦笑しつつ、


「とは言え、あの内容がZクラスの女子の願望の反映であったなら、私としては将来に希望を持てるのですけどね。彼女たちは煌路の伴侶はんりょ候補でもありますから」

「〝候補〟ってより、〝本命〟に何かあった時の〝予備〟じゃないんですか? ま、ほとんどのヤツはヨメ候補ってコトも知らないんですけどね♪」


 揶揄やゆするような六音に、水仙は笑みにかすかな威圧感をにじませ、


「ふむ……〝予備〟では不満ですか?」

「まさか♪ 気楽な愛人ポジションねらいですからね、あたしは。仕事で4年も家に帰れない〝正妻〟なんてゴメンですよ♪」


 軽く肩をすくめつつ、


「てか、煌路に〝ム街の悪夢〟を見せたり、ウィス先輩にエロい下着を着させて〝秘密淫行作戦ミッション・インコーシブル〟をやらせてんのも、その辺に理由があんですか? ぶっちゃけ効果は薄いっぽいですけど」

「ふむ、構いません」


 水仙は老獪ろうかいに微笑み、


「思春期の男子の無意識下に少しずつ欲求不満を蓄積させていき、やがて限界を超えた時――」

「……ケダモノが獲物に襲いかかるって寸法ですか? それってあたしも一緒に寝てたら、一緒に襲われるんじゃ………ま、いーんですけどね♪」

 

 望むところだ、と笑みを輝かせ、


「大切な〝初めて〟は、愛するダンナ様のためにちゃーんと取ってありますから♪ てか、うちのクラスの女って、そんなんばっかなんですよね。1人ぐらい男に縁のあるヤツいなかったのかって」

「ふむ、縁ではなく関心が無かったのでしょう。知っていますよね? 自然界では食物しょくもつ連鎖れんさの下位の生き物ほど子供が多く、上位の生き物ほど子供が少ない……つまり弱い生き物ほど子供が多く、強い生き物ほど子供が少ないと」

 

 なるほど、と六音はうなずき、


「〝種族保護本能〟ってヤツですか。逆に『自分こそ世界最強』なんて思い上がるほど強いヤツらは、種を残すために子供を作る必要がなかった………てか、子供を作るワケですか」


 悟ったような笑みを浮かべ、


「でも煌路に負けてに〝弱い生き物〟になった結果、子供を作る本能が目覚めちゃったワケですね。だから、うちの女どもって子作りにこだわってんですか」


 ひとつ嘆息して……


「イロケもナニもない初恋ですね」


 冷えきった目の六音に、水仙は老成した笑みを見せ、


「ふむ、そもそも多くの生き物の中で人間だけが、種を残すための本能に過ぎない『発情』や『繁殖衝動』を、『愛情』や『恋愛』と呼称しているのですよ」

「そりゃそうですけど……」


 六音が困ったように口のをつり上げ、


「恋愛映画や恋愛小説を『映画』とか『小説』なんて言っても、売れそうにないですからね………てか、それって『18歳未満よいこは見ちゃダメ』な別のジャンルの作品になってません?」


 再び嘆息する六音だったが、ふと思い出したように、


「ジャンルって言えば……最近、財団の系列会社がの人材を大量にやとってましたよね」


 瞳にかすかな疑問の光を浮かべ、


「しかも、その人材の出どころが……ちょっと前の政財界のパーティーで、ウィス先輩をナンパしようとしたり煌路をなぐろうとしたりして、火焚凪かたなに両腕をダメにされたドラ息子の親父が社長をやってた会社なんですよね」


 疑問の光はどんどん大きくなり、


「その会社って〝『あるジャンル』で有名なトコで、パーティーの事件のあとに潰れた途端、その会社の『あるジャンル』の部署にいた人材を財団が根こそぎ雇ったんですよね」


 確信に近い光を瞳に宿して、


「もしかして、それが目的で最初から仕組んでたんですか?」

「ふむ、その人材採用は、煌路と葛葉さんの提案による案件だったのですが――」


 最高顧問は満足げな声で、


「故意か偶然か、心のうちは誰にも分からないのですよ。神ならぬ人の身には」

「カミサマですか……そんなのがホントにいるなら、もー少し乙女の想いを気づかってくれてもいーと思うんですけどね♪ ま、最高で最強で最愛の女が、物心ついた時からそばにいたら、他の女にってのも仕方ないとは思うんですけど」


 妙に清々しく六音が笑んだ。


「ふむ、だからと言って無神論に走るのは早くありませんか? 毎日お祈りを捧げていれば、いつか良いことがあるかもしれませんよ」

「う~ん……少なくても物語に出てくるような実物には、お目にかかったコトが無いですからね。てか実在したとしても、人間が思ってるほど人間に都合がいい存在じゃないだろって思ってますよ♪」


 今度は水仙が清々しく感心したように笑み、


「ふむ……あなたなら、いつか知る日が来るかもしれませんね………なぜ、あれほど常識を超えた力を持つ存在が何十人も、それも煌路の誕生と同じ年にだけ、この世に生まれ落ちたのか………」


 さらに消え入るような声で、


「……もっとも当のZクラスには、真実に触れている者もいるようですが」

「……何か言いました?」


 聞き取れなかった水仙のつぶやきに六音が眉をひそめるが、


「ふむ、我が孫は優秀な級友に恵まれていると言ったのですよ。実際、Zクラスから選ぶのなら誰を伴侶にするのかも、すでに考えてあるようですしね」


 六音が眉をピクリとさせて、


「それって、ウィス先輩じゃあないんですよね? ま、そもそも先輩はZクラスじゃないんですけど」

「む……本当に煌路とウィステリアさんには困ったものですよね。仲が良いのは結構ですが──」


 深く溜め息して、


「高校生の男女が、毎日一緒の部屋で過ごし、一緒に入浴し、一緒の布団で眠っているのに、いまだに〝姉弟〟の関係から脱せられないのは、あまりに不自然でしょう」

「ははっ、そーゆー水仙ばあちゃんはどーだったんですか? 〝武勇伝〟は知ってますよ? ダンナだった西の本家の初代当主の次男坊の♪」


 下世話に笑みつつ、


「飛び級で入った大学の卒業式で、卒業生代表のスピーチの最後に、卒業式に呼んでた水仙に公開プロポーズしたんですよね♪」

「ふむ……あれは、してやられましたね。幼いころから『大きくなったらスイセンをヨメにする』と言ってはいたのですが、私にとっての彼は、あくまで歳下の幼馴染であり弟のような存在だったのですよ……」


 苦笑して溜め息する〝おねえちゃん〟に、六音が好奇心で目を輝かせつつ、


「でも、結局そのまま結婚して二十歳はたち前に子供産んじゃったんですよね♪ やっぱりアレですか? 予想外に優秀だった幼馴染に思わぬ敗北を喫して、相対的に弱い生き物になっちゃったから、子供を作る本能が目覚めちゃったワケですか?」

「ふむ……そうですね。不覚ながら、彼があそこまで出来るとは予想外でした……」


 水仙がなつかしそうに目を細め、


「突然の公開プロポーズにより生徒から父兄、来賓らいひんに至るまで、会場の全ての注目と絶大なプレッシャーが私に集中する状況を作り、断る余地を徹底的に刈り取っていましたからね………」

「あはははは♪ 完全にハメられてんじゃないですか♪ その辺の〝策士〟の血が煌路にも受け継がれちゃったんですかね♪」


 涙まじりに爆笑する六音……だったが、


「……でもまあ、水代家は代々早婚の家系ですから、あの2人も心配ないんじゃないですか♪」


 落ち着くと、深い息を吐きつつ目元をぬぐい、


「昔から言いますよね。夫婦は長く連れそえば連れそうほど、愛は薄くなるけど情が深くなるって♪」


 ニンマリと口元を緩め、


「そんな何十年も連れそって『愛』よりも『情』で深くつながった〝熟年夫婦〟……同じ部屋で暮らしてると、あの2人ってそんな感じなんですよね」


 口元を緩めたまま……目元を引きしめ、


「ばあちゃんとしては、あの2人をくっつけたいワケですよね?」

「ふむ、もちろんです。ウィステリアさんがいなければ、とうの昔に我が孫によって地球人類は滅びていましたからね」

「ま、本人もウィス先輩がいなかったら非行に走ってたって、よく言ってますしね。てかグレたら人類が滅びるなんて、まるで……」


 水仙が深くうなずき、感情の無い平坦な声で、


「異能もさることながら、あの子の生まれ持つ人としての資質は、武力をもって世を平定する〝覇王〟、もしくは………〝魔王〟ですからね」

「いやいや、あれは〝魔王〟どころか〝魔王〟ですよ♪」


 六音が邪気のない笑みで、


「1年間、Zクラスあいつらを見てきて分かったんですけどね……」


 遠い別の世界を見るような瞳で、


「アイツらにとって、普通の人間なんてシャボン玉みたいなもんなんですよ。ちょっと息を吹きかけただけで、跡形もなく壊れる。たまに向こうから向かってくるけど、何もしなくても、こっちに触れただけで勝手に壊れる」


 茶化すような、あるいはあきらめたような声で、


「そんなのを何億、何十億と壊したって罪悪感なんてくワケないし、ましてや自分と同じ存在にんげんと思って大事にするなんて、できるワケないですよね♪」

「ふむ、しかし人間はシャボン玉と違い肉体を持っていますし、言葉で意思を通わせることもできますよ?」


 ほのかな好奇心を瞳に宿す水仙に、六音は達観したようなよどみない声で、


「チンパンジーとか一部のサルだって、手話で人と意思を通わせられますよ。でも、そんなサルを見て人間が思うのは『手話のできる』であって、『人間と全く同等の存在』なんて思ったりはしないですよね」


 古代彫刻を思わせる、現世げんせからの隔絶感かくぜつかんがただよう無色の笑みアルカイックスマイルを浮かべ、


「それに、21世紀の前半にイスラエルがテロ組織への報復としてパレスチナに進攻した時、イスラエルの大臣が言ったんですよ。『我々は〝人間の姿をした動物ヒューマンアニマル〟と戦っている』って」


 責めるでも非難するでもない自然な声で、


「それでテロリストじゃない一般人も大量に殺したワケですから、サルどころか人間相手でも立場や思想が違えば人間あつかいしない、それが人間ですよね」


 それは、ある意味とても単純な事実。


Zクラスあいつらも同じですよ。フラッターは自分と見た目が似てるし、会話も出来る。でもシャボン玉がそれを出来て、何の意味があるんだって話ですね」


 単純ゆえに、底知れぬ〝恐怖〟を感じさせる……


「てか、アイツらってZクラスの生徒同士でも同じようなこと思ってますよ。基本的に『他人とは敵であり、敵とはブッ殺す対象でしかない』っていう、狂気と異能の闇鍋やみなべみたいなヤツらですからね♪」


 底知れぬ〝恐怖〟の奥にあるのは、底知れぬ〝狂気〟。あるいは……


「……だからこそ、そんな究極の『烏合うごうの衆』をまがりなりにも1つの『集団』として機能させてる、我らが次期当主サマがスゴイってコトなんですけどね♪」


 今までの〝世界じょうしき〟を破壊する、全く新しい〝世界じょうしき〟か……


「まさに〝大魔王〟ですよね………♪」


 は無色の笑みを喜悦きえつで塗りつぶし、


「でもフラッターにとっての〝大魔王〟も、フラッターに迫害されてるエヴォリュ-ターには〝英雄〟や〝救世主〟になるワケですよ♪ ま、〝クズ参謀〟の宣伝工作の効果もあるんでしょーけど」


 意地悪く口の端をつり上げ、


「今回の純人教団の件も、宣伝に使われるんでしょうね。テロ組織を撃退したんなら反エヴォリュ-ターのマスコミも非難しにくいでしょーし、『第二のアラブの春』と同じマッチポンプだったとは、さすがに気づかないでしょーし♪」


 次期当主の秘書見習いが、おどけつつも意味深に笑み、


「古代、人は自分の手に余る『自然』のうち、人の役に立つものを『神』と、人の害になるものを『悪魔』と呼んだ……原始宗教ができた大昔から、立場次第で『善悪』なんて簡単に変わっちゃうのが人間の世界ですからね♪」


 戦慄せんりつを押し殺すように笑みつつ、


「次期当主サマにも『お前の理想の世界は何だ?』って聞いてみたら、まあ悪くないなって答が来たんですけど……そのに気づいた時、あらためて興味がわきましたよ。〝大魔王〟と〝救世主〟、コイツはどっちになるんだろって♪」


 戦慄と、それ以上の興奮に笑みを歪ませる瞬間記憶の少女は眼鏡めがねをかけ、


「この世の多くは、見る価値も覚える価値も無いって思ってるあたしですけど――」


 眼鏡やみに閉ざされた世界を気配でとらえ、湯飲みを取ってのどうるおし、


「アイツの行く末だけは、見届けようって思ってますよ♪」


 興奮に震えつつ、眼鏡を目の下にずらして言った。


「……ま、〝大魔王〟になろうと〝救世主〟になろうと、アイツには欠かせない存在ものがあんですけどね。宿敵、あるいは御主人サマになる存在ものが……そう――」


 託宣たくせんのような深い声で、


「最強であり最高の、女神様ですね♪」


                  ◆


「姉さん」

「コロちゃん」


 煌路の部屋の前で、姉弟が顔を逢わせた。


「もしかして、ドミニクとレイアとミリーをベッドに運んできてくれたの?」

「はい。3人とも『おにーちゃんをまってる』とがんばっていたんですけど、やっぱり疲れていたんでしょうね。8時を過ぎたころには眠ってしまったのですよ」

「そうか……悪いことをしちゃったね……」


 煌路は眉じりを下げて、


「でも、どうしても今日……いや、昨日の事件のことで、葛葉と話しておきたかったから」


 浴衣のような室内着を着た姉弟が、ふすまを開けて部屋に入る……と、


「お…お帰り、なさいませ……煌路さま……ウィステリアさま………」


 正座する紫の髪のメイドが、三つ指ついて頭を下げてきた。


「ただいま、あおい。……ああ、お茶の用意をしてくれたんだね。ありがとう」

「はうう……い…いえ……これが……わたしの、仕事ですから………」


 微笑みかける煌路にメイド少女が赤面する。

 広い和室の中央にちゃぶ台があり、その上に湯気の昇る湯飲みと茶菓子の入った木の器が置かれていた。そのちゃぶ台から、少し視線をずらして煌路が言う。


「フランシーヌさんも、お仕事ですか?」

「お疲れのところ申し訳ありません、煌路様、ウィステリア様……」


 ちゃぶ台の横で正座する女性が頭を下げた。


「ですが……今年のくしが届きましたので、新年会用の御召物おめしもの仮縫かりぬいをお願いできないかと………」


 歳のころは20代前半。

 あでやかなハニーブロンドを長く伸ばす、気品とはかなさをあわせ持つ女性だ。

 ルネサンス絵画の貴婦人を思わせる端整な美貌と、何かをこらえるように潤む瞳が目を引く。


「構いませんよ、フランシーヌさん。こちらこそ、アパレル部門の仕事がおいそがしいのに、無理なお願いをして申し訳ありません」


 煌路はウィステリアとあおいを連れ、フランシーヌと呼んだハニーブロンドの女性に歩み寄る……と、平然と室内着を脱いで、トランクス1枚になった。


「お気になさらないでください、煌路様」


 服の仕立てに慣れた〝お坊っちゃま〟の振る舞いに、仕立てる側も平然として浴衣のような室内着のすそを直しつつ立ち上がる。


「私こそ平素へいそからお世話に――きゃっ」


 体勢を崩して前に倒れこむ女。正座による足のしびれのせいで、室内着のすそを踏んでしまったのだ。


「フランシーヌさ――わっ!?」


 少年が女を受け止めようとするも、ほどけた女の室内着の帯が足に絡まり、一緒に倒れてしまう。


「はうう……こ…煌路、さま………」


 あおいが真っ赤な顔でうろたえる。

 その目に映るのは、トランクス1枚の少年を、半裸の女が押し倒している光景。

 女は半脱げになった室内着から、白い肌と白いレースの下着を露出させている。

 さらにスケスケのブラジャー1枚をはさむのみで、ウィステリアにも負けない爆乳を煌路の顔に押しつけ……否、爆乳の深谷間に、煌路の頭を丸々埋めていた。


「はうう……も…もしかして……昨日の朝に、鷹岡さんがおっしゃっていた……エ…エロハプニングの、巨乳ドジっ子デザイナーって………」


 あおいの震える声に、ウィステリアは苦笑してうなずき、


「こう言っては何ですが……これはフランシーヌさんの生活習慣のようなものなので、早めに慣れてしまった方がいいですよ」

「しゅ…習慣、なんですか……?」


 あおいが湯気を噴きそうに赤面して唖然あぜんとする……一方、


「も…申し訳ありません!!」


 煌路の上から飛びのいた本場オートクチュールのデザイナーにして仕立て師クチュリエールが、あわてて室内着の前を合わせる……と、規格外の爆乳が左右から腕に押しつぶされ、扇情的せんじょうてきに形を歪めた。


「そ…その……今日は、ずっと部屋で仕事をしていて……コルセットを、付け忘れてしまって………」


 ウィステリアの特製コルセットも作ったデザイナーが、端整な美貌を真っ赤にしていた。


「……お気になさらないでください。お待たせしてしまった僕が悪いんですから」


 煌路が身を起こしつつ〝華〟のある柔和な笑みを浮かべ、


「せっかくですから、少しお茶に御一緒していただけませんか? あおい、フランシーヌさんの分も、お茶を用意してくれるかな。それと、君の分もね」

「きょ…恐縮です………」

「はうう……わ…わかりました、煌路さま………」


 脱いだ室内着を再び着る煌路に、フランシーヌが深々と頭を下げた。

 自分の足のしびれや仕事の疲れをいやそうとする、煌路の気づかいに感謝して。

 そのあと、あおいも含めた4人はちゃぶ台を囲み、しばしお茶を飲みつつ談笑してから仮縫いを始めた。


「――肩は重くありませんか? 煌路様」


 羽織はおりはかま姿の煌路に、マチ針を持ったフランシーヌがたずねた。


「大丈夫です。いつもながら見事な出来ですね。何ヶ月か前のパーティーでの、僕のタキシードと姉さんのパーティードレスも、とても好評でしたよ」

「ありがとうございます。……でも、そのパーティーで事件があったと耳にはさみましたが……」


 一瞬、煌路は雰囲気をこわばらせるが、すぐに柔和な雰囲気をまとい直し、


「ええ、ちょっと無作法ぶさほうな人がいたんですよ。でも、それをキッカケに優秀な人材をたくさん確保できたんで、結果オーライでしたね。……ところで、僕のクラスメイトたちが今、この家に来ているんですよ。もちろん〝彼女〟も――」

「……申し訳ありません。お気づかいは嬉しく存じます……でも、今はまだ………」


 女が顔をうつむけ、忍従にんじゅうに震える声をもらした。

 作業を止めた右手の甲の、蝶のような黒い模様も震えている。


「お気になさらないでください。仮縫いもあと少しですから、がんばりましょう」


〝華〟のある柔和な笑みに、少年がさりげない思いやりをにじませた。

 すると女も薔薇のような笑みをほころばせ、さりげなく張りきって間もなく少年の仮縫いを終えると……


「それでは……お願いします、ウィステリア様」

「こちらこそ、よろしくお願いします、フランシーヌさん」


 続いてウィステリアの仮縫いが始まる。……余談だが、その際の着替えを手伝ったメイドは〝若奥様〟のな下着に赤面して絶句していた。ともあれ……


「今回も素晴らしい振袖ふりそでですね。コロちゃんの羽織はおりもそうでしたが、この生地きじは『トロワエフシルク』ですよね」

「はい。御二人おふたりの晴れの舞台の御召物ですから、できうる限り最高の生地を用意させていただきました」


 あおいが目を丸くして、


「はうう……ト…『トロワエフシルク』って……『世界最後の高級生地』って言われてる、あの………」

「そうだよ。世界でフランシーヌさんだけが作れる貴重な生地だね」


 ちゃぶ台であおいとお茶を飲む煌路が、姉の仮縫いをながめつつ、


「昔は貴重品だった高級生地や宝石も安く大量生産できる今だけど、あの生地は今の技術でも作れないんだよ。だからフランシーヌさんがフランスの高級ブランドにいたころから、法外な価値のつく貴重な生地だったんだ」


 藤の花の模様が描かれた淡い金色の振袖は、シルクやカシミヤはおろか、ビキューナもかくやという気品あふれる光沢を浮かべている。


「胸元は苦しくありませんか? ウィステリア様」


 その振袖を生地から作った仕立て師が、着手きてに『大丈夫です』と言われ微笑む。

 ちなみに振袖の着付けで帯をしめる際、バストとウエストの『段差』が大きい場合には、タオルなどをウエストに巻いて『段差』を埋める……しかし、


「今回の採寸さいすんでバストが大きくなっていると分かったので、コルセットも新調しようと思うのですが、よろしいでしょうか?」


 頭の小さなモデル体型とは言え、その頭を超えるほどのバストは今も成長中、加えてウエストとヒップにも大きな『段差』があるとなれば、安易にウエストにタオルを巻くと着手が太っているように見えてしまう。


「お手数をおかけして申し訳ありません、フランシーヌさん」


 だが、そこは本場オートクチュールの高級ブランドで鍛えられたプロである。

 帯や振袖のすそ、履物はきものの高さをミリ単位で調整し、足長効果を最大限に強調。

 さらに帯を縦縞たてじま模様にし、振袖に描かれた藤の花の花序かじょをも縦縞に見立て、縦縞が物を細く見せる視覚効果も駆使して全体をスリムに見せている。


「お気になさらないでください。ウィステリア様のコルセットはバストの揺れを抑えることに注力すれば良いため、それほど手間はかかりませんので。なにしろ――」


 爆乳デザイナーは微笑に苦笑の色を混ぜ、


「〝消滅〟の力でバストにかかる重力を軽減して、バストの垂下すいかを防いでいるのですよね……大きなバストに悩む女性にとっては、うらやましい限りです………」


 あおいが再び目を丸くして、


「はうう……そ…そうなんですか……?」

「そうだよ。僕の姉さんが重力なんかに負けるわけが無いからね♪」

「もう……コロちゃんまで何を言っているんですか……」


 仮縫いで動けない中、姉も視線だけをよこしつつ苦笑気味に微笑み、


「これも訓練の一環なんですからね。能力を一定の強さで常に使い続けることで、能力の精度と、能力を制御する技術を高めているんですよ」


 特大の水風船のような、あるいは巨大なバケツプリンのようなバストが、振袖の下でぶるるんっと揺れた。それから少しして……


「――ひとまず、ここまでに致しましょう。あとは……」


 振袖の調整を終えたフランシーヌが、ちゃぶ台に置いてあった化粧箱を取り、


「今日とどいた、このくしを付けていただけますか?」


 布張りの小さな化粧箱を開けると……


「はぅぅ………」


 あおいが箱の中身に見とれ、うっとりした息をもらす。

 それは精緻せいちな藤の花の透かし彫りが施された、白金の飾り櫛。

 上品な輝きやみねの優美な曲線もあわせ、至高の芸術品と言える逸品いっぴんだった。


「あの職人さん、今年もいい仕事をしてくれたね。衣装合わせの都合で誕生日の前に姉さんに見せちゃうから、サプライズ感が薄れるのが本当に残念だよ♪」

「気にしないでください、コロちゃん。いつも、とても嬉しく思っていますから」


 姉は破顔しつつ、おどける弟へ向くと少しかがみ、


「それでは、お願いしますね、コロちゃん」

「うん。ちょっと、じっとしていてね、姉さん」


 弟が箱から櫛を取り出し、優しい手つきで、かがんだ姉の頭にす──と、


「はうう……きれいです、ウィステリアさま………」


 感嘆するあおいが、花園で少年が少女の頭に花輪を乗せる光景を幻視し――


「本当に価値のあるものは、しかるべき場所に収まってこそ輝くのですね………」


 感銘するフランシーヌも、花婿はなむこ花嫁はなよめの薬指に指輪をはめる光景を幻視する。

 その言葉通り、櫛は生来の居場所を得たかのように一層輝きを増し、少女も振袖や櫛と一体となり至高の芸術品に昇華したかのごとく、目もくらむような輝きを放つ。


「……結構です、ウィステリア様」


 ほどなく、まぶしそうに目を細めるフランシーヌが、


「もう何回か、仕上げの仮縫いをお願いすると思いますが、誕生日会を兼ねた新年会には必ず間に合わせますので、ご安心ください」

「はうう……お誕生会と、新年会を……一緒に、するんですか……?」

「そうだよ。僕と姉さんは誕生日が同じ1月1日だからね。もちろん、年は1年違うんだけど」


 どこか誇らしげな煌路の声。


「まあ僕と姉さんの誕生日の前に、六音とブレイクの誕生日があるんだけどね」

「その通りでやがるのです!!」


 突然ふすまがバァンッと開き1人の少女が部屋に現れた。


12月31日おおみそかこそはアタシサマの聖誕祭でやがるのです!! 遠慮なくプレゼントをみつぎやがるがいいのです!」


それは緑の髪をショートカットにして、右目に片眼鏡モノクルを付けた少女。

ミニスカートのメイド服を着て、頭にも白いフリルのヘッドドレスを付けている。


「やあ、ブレイク。その服を着ているってことは、また僕のそばで働いてくれるってことかな」


 ナマイキそうに笑む少女へ、煌路は〝華〟のある笑みを向け、


「ちょうど良かったよ。いよいよ〝ビリヤード計画〟を本格的に始動させるから、そのかなめである君には、学院のりょうからこの家に戻って来てほしかったんだ」

「ふふん、そういうことなら戻ってやるのでやがるのです♪ そんでもって──」


 ふんぞり返って、あおいを指さし、


「先輩メイドとして後輩メイドに、た~~~っぷりありがたい指導を――」

「あなたが指導とは、立派になったものですね」


 声をさえぎられたブレイクがビクッと震え、おそるおそる後を見ると……


「ラ…ラシェルの、姐御あねご………」


 青い着物を着て頭巾で顔を隠した女が、背後に立っていた。


「あいかわらず、神出鬼没でやがるのですよ……」

「1年ぶりですね、ブレイク。水代邸おやしきを離れてからの1年、どうせ修行をおこたっていたのでしょうから、後輩を指導する前に私があなたを特訓してあげましょう」


 ブレイクは顔を引きつらせ、


「ナ…ナニ言ってやがるのですか、女中頭じょちゅうがしらサマ……品行方正にして勉強熱心なアタシサマでやがるのですから、この1年だって、ち~ゃんと自分で修行してやがったのですよ………」

「では、その修行の成果を見てあげましょう。不合格だったら特訓です」

「いぃぃやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」


 えり首をつかまれズルズル引きずられていくブレイク。

 六音がいたら『ドナ●ナ』を口ずさんでいただろう。


「……さすがだね、ラシェルさん……〝東の本家の最終防衛線〟や〝対ブレイク用最終兵器〟の異名はダテじゃないよ………」


 悲しい瞳で連れられていく少女を見ながら、煌路がつぶやいた。

 六音がいたら『そんな異名ダテにしとけ!!』とツッこんでいただろう。


「……ともかく、今年のブレイクの誕生日プレゼントは、六音と同じに辞書で決まりだね。『品行方正』とか『勉強熱心』って言葉の意味を、すぐに調べられるように」

「「「……………………………………………………」」」


 そんなブレイクや煌路の様子を、3人の女が無言で見つめていた……が、


「そ…それでは……仮縫いも終わりましたので、私は失礼させていただきます……」


 ほどなくフランシーヌが言うと、再び赤面するあおいに手伝われ、ウィステリアは仮縫いの振袖から元の室内着へ着替える。その振袖を持ってデザイナーが部屋を去ると、


「はうう……わ…わたしも……失礼、します………」


 顔に火照ほてりを残しつつメイドも部屋を離れ、静かになった部屋には姉弟の2人だけが残された。


「ふう……今年も、いそがしくなりそうだね………」


 弟が苦笑気味に深く嘆息した。


「きっと大丈夫ですよ。Zクラスの皆さんをはじめ、たくさんの人たちが助けてくださるでしょうから」


 姉は優しく微笑んで髪から飾り櫛をはずし、大切そうに胸にいだくと、


「もちろん私もお姉ちゃんとして、精いっぱい可愛い弟のお手伝いをしますよ」


 染み入るような声で言うと、姉は櫛をちゃぶ台の化粧箱に戻す。

 少し名残惜しそうな少女だったが、ふと何かを思い出したように壁際の棚の1つに向かうと、幅が40センチほどの布張りの箱を持って戻ってきた。


「今夜は少し、昔のことをお話ししましょうか」


 姉は箱をちゃぶ台に置き、そのフタを開ける。


「昔っていうか……僕と姉さんの歴史だね」


 箱の中には白金色の櫛が十数個、丁寧に並べられていた。

 多くは芸術的な細工物だが、1つ、プラスチックのオモチャの櫛が混じっている。

 なかなかの年代物らしく、細かな傷がいくつも付き、歯が何本か欠けていた。


「はい、コロちゃんと私の歴史です……」


 繊細なガラス細工に触れるように、そっとプラスチックの櫛を手に取る姉。


「私の5歳の誕生日に、初めてコロちゃんにもらった誕生日のプレゼント……歴史の〝はじまり〟の足跡あしあとですね………」

「足跡であり……未来への道標みちしるべでもあるよ」


 弟もプラスチックの櫛を優しく見つめつつ、


「今度の誕生日はもちろん、次の年も、そのまた次の年も、ずっとずっとプレゼントしていくからね。それはきっと、僕と姉さんの未来への道標になってくれるよ」


 櫛を持つ姉の手に、弟がそっと手を重ねた……直後、姉弟は何かに気づいて部屋の南側の面に歩み寄り、並んだ障子しょうじの1つを開ける……と、


「「わあ……!」」


 縁側えんがわに並び、白い息と共に感嘆する姉弟。

 夜闇に包まれる広大な日本庭園に、しんしんと雪が降っていた。


「この時期、山間部さんかんぶでは普通だけど、この家で見るのは初めてだよね……!」


 声を弾ませる煌路……だったが、


「まあ、明日には新しい気候調整装置が届くそうだから、最初で最後かもしれないけど………たった1つの出来事で、世の中は大きく変わってしまうのを実感するよ」


 一転、東の本家の次期当主は淡々と、


「さっき、昔は貴重品だった宝石も、今は安く大量生産できるって言ったよね。その技術が発表された時、宝飾品業界の関係者は、技術を開発した会社に申し入れをしたそうだよ。天然の宝石と人工物で、区別がつくようにしろってね」


 次期当主は冷徹に微笑み、


「でも、その会社は申し入れを一蹴いっしゅうしたそうだよ。『宝石と呼ばれる鉱物が特別な価値を持つ時代は終わった。あなたたちも新しい時代に合わせて頭を切り替えるべきだ』ってね」

「フラッターの人たちも、頭を切り替えるべきだと?」

「生き残りたいのならね」


 冷徹な微笑のまま肩をすくめ、


「どんなに嫌だと泣きわめいても、一度変わった時代は元には戻らないからね。しかも政治家や経営者までが、古い常識が断末魔を上げる時代を悲観して泣きわめいているんだよ」


 微笑がさらに温度を下げて、


「他人に従うだけの人は『理想』を見ていればいいけど、他人を導く人は『現実』を見なきゃいけないのにね。そんな人たちを見ていると、民意に民主主義は、やっぱり限界なのかなって思っちゃうよ」


 大きく溜め息する〝次期当主〟……否、


「世界は今、大きな変化の時なんだよ。ある宗教の『無常』って教えみたいに、あらゆるものが一瞬の停滞もなく、どんどん変わっていく時なんだ。その変化に対応できないものは………滅びるしかない」


 それは〝王〟の裁定さいていがごとき宣言。


「ですけど……フラッターの人たちが戸惑うのも、無理は無いのではありませんか? 〝万物の霊長〟の座を退しりぞく時がくるなんて、考えもしなかったでしょうから」


 慈愛の〝女王〟の慈愛のにじむ声……しかし、


「民主主義の国ができる未来なんて、封建主義の時代の人は考えていなかったと思うよ。結局は世界でさえ『無常』からは逃げられずに、絶えず新しい時代を……未来をつむぎ出していくんだよ」

「未来ですか……コロちゃんが考える未来……コロちゃんの理想の世界とは……」

「うん、姉さんには何度も話したことがあるよね……」


 語り口は静かながら、瞳に確固とした決意を込めて、


「『1人1人の実力が正当に評価される世界』……それが僕の理想の未来だよ」


 六音がいたら思うだろう……


「今の不当にエヴォリュ-ターが差別される世界を是正ぜせいして――」

 

 それは、有能な者エヴォリュ-ターは優遇される反面……


「誰もが実力にふさわしい待遇を得られる世界だよ」


 無能な者フラッターは冷遇され零落れいらくする世界……


「フラッターには悪魔みたいに嫌われるだろうけど――」


 それは〝大魔王〟が支配する弱肉強食の世界……


「エヴォリュ-ターを……同胞なかまを救えるのなら――」


 一方で〝救世主〟が統治する希望の世界……


「僕は、どんな罪でも背負って見せるよ……!」


〝大魔王〟と〝救世主〟……少年はどちらの未来へ進むのか………


「……〝異元領域〟で言いましたよね……そばにいて、喜びも、怒りも、悲しみも、そして苦しみも分かち合うのが姉の……私の務めだと……ですから、コロちゃんだけに罪を背負わせたりはしませんよ………」


 少年の壮烈な決意を、優しく包み込むような少女の声………だったが、


「何より……私はすでに、はかり知れない罪を背負っていますからね……操られていたとは言え、40億もの人をあやめた罪を………」


 悲壮な覚悟をにじませる少女に、少年は決然とした声で、

 

「僕だってこれからは、多くを救うために、多くの犠牲を積み上げていくよ。でも、分かち合っていけば〝罪〟もまた、僕と姉さんをつなぐ〝絆〟になってくれるよ」


 一片の迷いも無い瞳で、


「『無常』の世界で僕と姉さんの関係も、いつかは変わるんだろうね。でも――」

 

 肩を寄せ合いつつ少女の手の櫛に触れ、


「どんな関係になっても、僕と姉さんは一緒にいるって信じているよ。どんな試練や運命が襲ってきても、僕と姉さんの〝絆〟は絶対に断ち切れないってね」

「やっぱり、コロちゃんは私の太陽ですね。いつも私を照らしてくれる、世界で一番まぶしい太陽です」


 やはり迷いの無い瞳で笑む少女が、隣に寄りそう少年の肩に頭をあずけ、


「ですから、コロちゃんが望んでくれる限り、私はコロちゃんのそばにいますし……私の全ては、コロちゃんのものです」

「僕も姉さんが望んでくれるなら、僕の全部を姉さんにあげるよ。だから僕と姉さんは、ずっと一緒なんだよ♪」


 ぴったり寄りいつつ喜色満面に笑む2人。


「昔のお話をしましょうと言ったのに、未来のお話ばかりですね」

「いいんじゃないかな。さっき言った理想の世界もウソじゃないけど、それ以上に僕が未来に望むのは………『僕と姉さんが幸せに暮らせる世界』だからね♪」


 少年は〝はじまりオモチャ〟の櫛を少女の髪にすと、その身を正面から抱きしめ、


「ちょっと早いけど、姉さんからの誕生日プレゼントも、もらえないかな♪」

「本当に、いつまでも甘えん坊さんですね……♪」

 

 少女も少年を抱きしめ、喜悦きえつに笑む唇を少年のそれに近づけていき……


「〝お誕生日おめでとうのチュー〟ですよ……♡」


 ふたつの唇が重なった。

 同時に、ふたつの体も互いを強く抱きしめ合う。

 互いの存在こそが、かけがえのないプレゼントだと言うように。


「ねえさん………」

「コロ…ちゃん………」


 舌をからめ貪るように重ねられる唇の隙間から、熱い吐息と声がもれる。

 互いを支え、求め合う声が。

 その姿は無邪気な幼い姉弟にも、数十年を連れそった熟年夫婦にも見えた。


「「……いつまでも、一緒に………」」


 しんしんと雪が降る夜、少年と少女の影は、いつまでも重なっていた………



 第一章、完




 第二章『武士の接吻せっぷん』、あるいは『少女は、おカタイのがお好き』に続く………




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