第20話 エピローグ
「うぅ……若様に……たっぷり、しぼられたんどすえ………」
「しぼられた程度で済んで良かったではありませんか。西の本家の〝自覚なき協力者〟の情報を意図的に報告せず、
部屋で溜め息するのは、メガネをかけた
「そもそも何をしぼられたのか……しぼられたのか、しぼったのか知りませんが」
「うぅ……作戦を進行させるんに必要やったんどすえ……せやけど若様が知らはったら、ぜぇ~~~ったい反対しとったどすからな………」
「
メガネの少女――委員長は呆れたように肩をすくめ、
「まったく、『主のためなら主も
片や〝クズ参謀〟――
「……六音やって、道場で正座3時間ゆう
「今、この地域の気候調整装置が無いので、道場も御曹司のお部屋も室温が低いはずですからね。六音の場合は、寒さから避難する意味もあったのではありませんか」
不便ですねフラッターは……と委員長は苦笑しつつ、
「六音と言えば、彼女の協力で〝パソコン研――シューニャが御曹司の名前で書いていたブログが閉鎖されたようですよ」
「もう
溜め息する葛葉に委員長は不快に顔を歪め、
「あんなブログ、無くなって当然でしょう。あなたのエピソードにあった高速回転ベッドを使った
「あんさんのエピソードやって、メガネの脱着で『攻め』と『受け』が切り替わるスイッチプレイってなんどすえ? さらには糸を
「わーわーわー!! もういいです! この話は終了です!!」
委員長は真っ赤になったあと、深々と溜め息して、
「……本当に、なぜ御曹司があなたを
「若様も策士どすからな~。うちとは相性ピッタリなんどすえ~♪」
葛葉がはんなり笑む一方、委員長はどうにか気を取り直して、
「そういうことにしておきますか。それでは、今回の作戦の
「了解どすえ、
一連の事件が明け方に終わってから十数時間、時刻は夜の9時を過ぎていた。
水代邸内の広々とした和室で、
向かい合って畳に座る少女たちの間には、多数の資料が広げられており、
「まずは今回の成果ですね。〝純人教団〟の戦力は、ほぼ壊滅させたのですよね?」
「そうどすえ~♪ 今回、学院に来たんは〝純人教団〟の戦力のほぼ全てどすからな~。残るんは『純銀騎士団』ゆう、教団本部を守るわずかな戦力だけどすえ~♪」
「ふむ……」
委員長は人差し指をおとがいに当てつつ、
「とは言え人員の
「人員だけやなく、装備もごっそり無くなってもうたんどすえ~。ついでに財政面でも、これからどんどん締め付けてくどすからな~。再建できるんとしても、1年やそこらはかかるんどすえ~♪」
委員長はうなずくと、
「その人員や装備を今回かなり回収したわけですが、装備……特に〝式獣機〟はシューニャに分析させるとして、人員はどうしますか?」
「そっちはクララに任せるんどす。『
「……当分、あのマッド錬金術師の工房から悲鳴が絶えることは無さそうですね……とりあえず、実験の前に情報を取り出すことを忘れないように
委員長は
「それでは次に、今回の被害ですが……こちらも、ほぼ壊滅のようですね………」
「地球軍の評価実験場どすな。施設は、ほぼ全損。修理するんより作り直した方が早いレベルどすえ」
委員長は眉をしかめて、
「施設もですが、それ以上に人的被害が大きいですね……ドナンゴン戦団でしたか、異星人の戦闘部隊は全員一命を取りとめたそうですが……」
「実験場におったフラッターの兵士は壊滅……何より〝
葛葉は肩をすくめて、
「幸い、開発データは財団の研究所に納めてあらはったんで、今後の量産化に向けた開発に支障は無いんどすが……」
「他の基地施設でも、例の〝自覚なき協力者〟による被害があったそうですが……今回現れたトロニック人の傭兵団も、その〝協力者〟に接触していたそうですね?」
一瞬、メガネのレンズが鏡のように光った──が、
「実際は
「……………………………」
邪気なく笑う葛葉をにらむ委員長だったが、再び諦めたように溜め息し、
「評価実験場は再建するのではなく、財団で軍から土地を買い取るのですよね」
「〝第二のアラブの春〟があった州から、財団系列の会社の社員と家族がぎょうさん避難してきとるどすからな~。今は仮設の難民キャンプにおる人らの家を作るんに、土地がぎょうさん要るんどすえ」
資料を見つめつつ、
「それに〝ビリヤード計画〟の本格始動のためにも、どんどん土地を用意せなあかんどすからな~♪」
「そのために北海道にある地球軍の土地は、わざと開発を遅らせて更地のままにしているのですよね?」
「それについては、うちは引き継いだだけどすからな~。もともとの計画は、うちが来るずぅ~っと前から進められとったんどすえ~♪」
上機嫌で歌うように、
「それに今日、あの龍のガラクタがこのあたりの山を吹っ飛ばして更地にしてくれはったどすからな~。整地費用が浮いたんどすえ~♪」
「浮いたというか……私たちの〝命〟が整地費用になりかけましたよね……」
委員長は渋面になり、
「今回のことで、私たちも自分の未熟さを痛感しましたね。御師範の力で攻撃の大半を〝消滅〟させられていたとはいえ、あんなドーピングまがいの方法に頼ることになるとは……!」
「一応、他にも〝切り札〟は用意しとったんどすけどな~♪」
言いながら葛葉が短剣を取り出す。その表面には3種類の古代文字が刻まれていた。
「これは……
「そういうことどすえ~♪ 純人教団がこれを手に入れて今回の侵攻に使うと聞いたんで、回収を馴染みの工作……いんや、捜査員に頼んどったんどすえ~♪」
それは〝聖域〟と呼ばれていた地下空間に来た、純人教団軍の指揮官が持っていた短剣。
「これの他にも、もう1つ〝切り札〟があったんどすが……ま、そっちは
「……それらも、あなたの〝計画〟のうちですか〝クズ参謀〟……?」
再びメガネのレンズを光らせる委員長……だが、
「『うちの〝計画〟』やのうて『うちらの〝計画〟』どすえ~♪」
〝クズ参謀〟は、はんなりした笑みを満開にして、
「
笑みには一点の邪気も無いものの、
「〝
言葉の
「全ては若様のためどすえ~♪」
「……今は、そういうことにしておきましょうか……」
少なくとも煌路への〝想い〟は本物と感じ、委員長は険を緩める。
「それにしても、プロテクスの元使まで引き込むつもりですか? 半年ほど前、地球に駐留しているプロテクスの幹部の女性が、地球人の男性と結婚した前例があるのは事実ですが」
「そうどすえ~♪ 『宇宙のロミオとジュリエット』ゆわれてワイドショーでもぎょうさん騒がれとったんどすえ~。愛は立場も種族の壁も超えるんどすえ~♪」
やたら上機嫌な葛葉に委員長は呆れたように溜め息し、
「立場や壁と言えば……八重垣妹も先ほど、今回の私たちの行動を『我らが計画のため』と言っていましたね」
「『計画のため』なんどすな……『殿のため』やのうて」
かすかに無元を険しくする葛葉に委員長はうなずき、
「例の〝
「一応、伝えたんどすえ。
委員長は眉をひそめ、
「気がかりですね……この1年、ずいぶん思い詰めていたようですし、馬鹿なことをしなければ良いのですが………」
「ま、なるようにしか、ならんのどすえ♪ それでも心配ゆうんなら、新しい担任に頼みはったらどうどすえ~?」
「ああ……そう言えば、ようやく都合がついたのでしたね……」
「今ごろ、クラスの連中を押し込めた部屋に行っているのでしょうか……転入生を連れて………」
何かもう、いろいろ吹っ切れた笑みを浮かべる委員長であった………
◆
それは〝戦争〟だった。
激しい怒号と無数の砲弾が飛び交う〝戦争〟だ。
人々は憎しみも
「〝
浴衣のような室内着の面々が、布団の敷かれた駄々っ広い和室で
「全員
飛び交うマクラは音速を超え、人を引き裂く
「Kiss my ass and pillow(オレっちのケツとマクラにキスしやがれ)!!」
少年少女たちが
「冷凍マグロにして
それは
「慈悲深いヨが神の
年中殺し合う連中を一ヶ所に押し込めた結果、凄絶なマクラ
「ドイツもコイツも暗黒マクラ怪人〝マックラ
強力なエヴォリューター用の部屋も、飛び交うマクラと衝撃波のため崩壊寸前。
「
このまま〝封印災害指定〟たちが暴れれば、被害は水代邸や北海道どころか……
「せっかく助けた人類を滅ぼす気かガキども!!」
突如ふすまを開けて女が部屋に現れた。
「常より横暴なるは鷹岡リオ。
「
マクラ投げの手を止めた一同が〝鉄壁参謀〟の絶壁な胸元に目を集める――刹那、
「人類の前にお前らを滅ぼすぞクソガキどもおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
部屋に〝鬼〟が現れた。
目をつり上げ、灼熱の気炎を吐き、〝封印災害指定〟さえ圧倒する重圧をまき散らす〝鬼〟が。
「〝教育〟してやるクソガキども! 新たなクラス担任の初仕事だ!!」
【わたしたちの あたらしい たんにん?】
液晶タブレットの文字と共にクラスメイトたちの雰囲気が張り詰め、
「風は試練となって吹き荒ぶ。我らに
「いい度胸だガキども! お前たちこそあたしに相応しい生徒か試してやる!!」
〝鬼〟がツノを生やす勢いで吼えた――が、
「人の上に立たんとする者が、自ら
その背後に、本当にツノを生やした少女が現れ、
「
「……ちっ、よく聞けクソガキども!」
気勢をそがれたリオが目元を歪めつつ、
「転入生を紹介してやる! 惑星シーカイから来たシーカイ・ハクハトウだ!!」
紹介された緋色の学生服を着た少女が胸を張りつつ歩み出て、
「わらわこそ
尊大きわまる
「ハハッ、どうしたガキども! 宇宙人だからってイジメなんか許さないからな♪ 腐ったミカンは箱ごと処分だ!!」
「同級生ガ・宇宙人……イコール……
変化は怒りではなく、
「副会長と会長に、何があったか……その女は、〝異元領域〟の証人、なの………」
「そうだっぺ! なにヤればあんなビッグ・ザ・
一心不乱に紙にエンピツを走らせる漫研部員はさておき、少年少女たち………否、少女たちが取り囲むように転入生に迫っていき……
「さあ〝
血走った多数の目に囲まれ、さすがの姫殿下もたじろぎ……
「な…汝ら、わらわを誰じゃと………ええい!
後頭部をはたかれ姫殿下がつんのめった。
「やめろクソガキ! こんな所で〝
「……お…おのれえ……父王にさえ手を上げられなんだ、わらわに……!」
転入生が涙目で
「
担任と生徒たちが
「お台所に高級食材があったのれ~お料理を作ってきたのれすよ~♪」
唐突な明るく柔らかい声に緊張が
「フグの
「世界でイチバン活け造りダメなサカナなのニャ!!」
「
「新鮮なお料理に~そんなのいらないのれすよ~。きっと~天にも昇るおいしさなのれすよ~♪」
「あはっ、生物学的に〝昇天〟しちゃうのよぉん……フラッターならねぇん♪」
「食べる方も食べられる方も
合格っ!!
生徒たちがサムズアップして唱和した。
……余談だが、教員免許が無かったとする異説があるとか無いとか……?
◆
「……む? 煌路の部屋にいなくて良いのですか?」
「
部屋の主が戻ってくると、暖房の効いた和室で1人の少女がコタツに入っていた。
「冷凍庫みたいに寒い道場で3時間も正座っていう、わりとマジで死ぬんじゃないかって拷問をされそうになりました。条約にもとづき犯人への厳罰を求めます」
浴衣のような室内着に厚いドテラを重ねる少女がコタツの中で身震いし、
「一昨日以上にポンポン投げ飛ばして道場の空を横断飛行させてから、リン●バーグじゃなくイ●ハートみたいにしちゃってください」
「ふむ、飛行中に行方不明にしろと? しかし体術は年の功で
質素ながら上品な和室で部屋の主が苦笑すると、少女は
「腐っても地球三大エロリューター――じゃなくてエヴォリューターですか……」
腰に届くストレートの黒髪を揺らしつつ、
「今、この辺りの担当の気候調整装置が無いじゃないですか。あいつの部屋って
コタツに入る少女――六音がメガネの無い目を険しくし、
「で、室温も氷点下に突入してんのに、三大エヴォリューターサマは部屋でも道場でもケロッとしてやがったんですよね……てかドレミトリオのチビどもまで、あの部屋で普通にはしゃいでたんですけど」
「ふむ、煌路とウィステリアさんにしても、初等部の冬休みには体ひとつで雪山で過ごしていましたからね」
和室の主にして煌路の祖母、
「Zクラスの水準のエヴォリューターには、冬の北海道本来の気温程度は行動の支障にならないのですよ」
「……今度あいつらに『八甲●山』って映画を見せてやりますよ………」
六音がむくれてコタツに体をあずける。
「にしても、そもそもの元凶は純人教団ですよね。よりによって気候調整装置に
「ふむ、明日には新しい装置が配備されますので、それまでの辛抱ですね」
ミズシロ財団の最高顧問は眉間に絆創膏を貼っている少女に優しく微笑み、
「あなたも今日は、いろいろと大変だったそうですね。その傷、Zクラスの他の生徒のように、うちの
「世界最高峰の術師をわずらわせる傷じゃないですよ。てか
「ふむ、まあ今晩は、ここでゆっくり休んでいくと良いのですよ」
「さすが水仙ばあちゃん、話が分かりますね♪」
コタツの熱を
コタツの上では片や白、片やピンクの子猫2匹も丸くなって寝ている。
「ふむ、あなたたちも、お疲れ様でしたね」
聞こえないだろう
にゃお~ん
あれぐらい、何でもない……そんな強がりを言うように、子猫たちは頭をもたげてひと鳴きした……そうして、すぐまた気持ち良さそうに寝てしまう。
その様子に暖かく笑み、流水文様の
「そんな
打掛同様の壮麗な
「ふむ、謁見などと大げさなものではなく、あくまで面会ですよ」
「おやおや、ミズシロ財団の〝
着替えを終えてコタツに入った水仙が苦笑してお茶の用意をしつつ、
「ふむ、あの客間の呼び名はともかく、面会の相手が大統領だと、よく分かりましたね」
「ハハッ、実はクラス全員で
水仙は緑茶を入れた湯飲みを六音に出しつつ、
「ふむ、この区画は水代家の人間の私的な居住区で、仕事上の関係のみの人間は大統領と言えども入れませんからね」
「でも、こんな時期に大統領が何しに来たんですか? 年末年始の挨拶にはちょっと早いですから……もしかして、例のインドネシアの発電所の件ですか?」
水仙はわずかに顔を引きしめ、
「ふむ、その件もありましたが、昨日、議会で異星難民についての議論がされたのは知っていますよね」
「ああ、煌路の親父さんもスピーチしたっていう議題ですよね」
「その議題に絡んで提出された法案に、支援を求めてきたのですよ」
「へえ……」
六音が優秀な秘書(見習い)の顔でコタツの上の端末をいじると、空中にディスプレイが現れ様々なニュースのヘッドラインが表示される。
「昨日からゴタゴタし過ぎてて、今日はニュースもチェックできてなかったんですけど……ああ、これか……………って、
法案の内容を見た未来の当主の秘書が裏返った声を上げた。
「ふむ、今年は選挙がある上に、最近は野党の支持率も上がっていますからね。選挙対策も兼ねた法案なのでしょう」
「これで票を集めようってんですか……? ま、使い方によっちゃ財団にもメリットありそうですけど……なりふり構わないにも、ほどがあるでしょう………」
盛大に眉をしかめる六音に水仙も顔を厳しくして、
「ふむ、悪名高い21世紀のアメリカの『市民権選挙』の再来ですね……まあ大統領が来た用件はそれだけではなく、昨夜の光の柱の件もだったのですが」
「……〝
気を取り直した六音がしたり顔で、
「ついでに今以上に〝間引き〟すんのも、さすがにマズイんですかね♪」
「そのようでしたね。ですから事件の収束と地球軍に内通者がいた事実を伝えて、お引き取りいただきました」
水仙は顔を穏やかにすると
「事件を収束させた我が孫と、その学友たちを誇りに思います。もちろん、あなたもですよ、六音さん。ところで──」
コタツの上に置いてあるメガネを見て、
「今回の活躍で、あなたの眼鏡は壊れてしまったと聞きましたが」
「ええ、それは無事だったレンズだけを普通のフレームに移したヤツですよ。元の特注フレームはブリッジのレーザーが壊れちゃったんで、『どーせヒマなんだから直しとけ!』ってシューニャに叩きつけときました♪」
湯飲みを手にする六音が息を白く曇らせつつニヤリ。
「ふむ、あのインド出身の子ですか。彼女にも財団の仕事をいろいろお願いしているので、ヒマではないと思うのですが」
「いやあ、ヒマでしょう。ブログでエロ小説を書きまくってたぐらいには♪」
「ふむ、そんなものもありましたね」
水仙は
「とは言え、あの内容がZクラスの女子の願望の反映であったなら、私としては将来に希望を持てるのですけどね。彼女たちは煌路の
「〝候補〟ってより、〝本命〟に何かあった時の〝予備〟じゃないんですか? ま、ほとんどのヤツはヨメ候補ってコトも知らないんですけどね♪」
「ふむ……〝予備〟では不満ですか?」
「まさか♪ 気楽な愛人ポジション狙いですからね、あたしは。仕事で4年も家に帰れない〝正妻〟なんてゴメンですよ♪」
軽く肩をすくめつつ、
「てか、煌路に〝エロム街の悪夢〟を見せたり、ウィス先輩にエロい下着を着させて〝
「ふむ、構いません」
水仙は
「思春期の男子の無意識下に少しずつ欲求不満を蓄積させていき、やがて限界を超えた時――」
「……ケダモノが獲物に襲いかかるって寸法ですか? それってあたしも一緒に寝てたら、一緒に襲われるんじゃ………ま、いーんですけどね♪」
望むところだ、と笑みを輝かせ、
「大切な〝初めて〟は、愛するダンナ様のために大事に取ってありますから♪ てか、うちのクラスの女って、そんなんばっかなんですよね。1人ぐらい男に縁のあるヤツいなかったのかって」
「ふむ、〝縁〟ではなく〝関心〟が無かったのでしょう。知っていますよね? 自然界では
なるほど、と六音はうなずき、
「〝種族保護本能〟ってヤツですか。つまり『自分こそ世界最強』なんて思い上がるほど強いヤツらは、命の危険を感じるコトが無くて、種を残すために子供を作る必要も無なかった………てか、子供を作る本能が眠っていたワケですか」
悟ったような笑みを浮かべ、
「でも、煌路に負けて相対的に〝弱い生き物〟になった結果、子供を作る本能が目覚めちゃったワケですね。だから、うちの女どもって子作りにこだわってんですか」
ひとつ嘆息して……
「まさに〝
冷えきった目の六音に、水仙は老成した笑みを見せ、
「ふむ、そもそも地球に生まれた多くの生き物の中で、人間だけが種を残すための本能に過ぎない『発情』や『
「そりゃそうですけど……」
六音が困ったように口の
「ま、恋愛映画や恋愛小説を『発情映画』とか『繁殖小説』なんて言っても、売れそうにないですからね……てか、それって『
再び嘆息する六音だったが、ふと思い出したように、
「ジャンルって言えば……最近、財団の系列会社があるジャンルの人材を大量に
瞳にかすかな疑問の光を浮かべ、
「しかも、その人材の
疑問の光はどんどん大きくなり、
「で、その会社ってのが〝ビリヤード計画〟にも関係した『あるジャンル』で有名なトコで、パーティーの事件のあとに潰れた途端、その会社の『あるジャンル』の部署にいた人材を財団が根こそぎ雇ったんですよね」
確信に近い光を瞳に宿して、
「もしかして、それが目的で最初から仕組んでたんですか?」
「ふむ、その人材採用は煌路と葛葉さんの提案による案件だったのですが――」
最高顧問は満足げな声で、
「
「……カミサマですか………そんなのがホントにいるなら、もー少し乙女の想いを気づかってくれてもいーと思うんですけどね♪ ま、最高で最強で最愛の女が物心ついた時からそばにいたら、他の女に関心が無いってのも仕方ないとは思うんですけど」
妙に清々しく六音が笑んだ。
「ふむ、だからと言って無神論に走るのは早くありませんか? 毎日お祈りを捧げていれば、いつか良いことがあるかもしれませんよ」
「う~ん……少なくても物語に出てくるような実物には、お目にかかったコトが無いですからね。てか実在したとしても、人間が思ってるほど人間に都合がいい存在じゃないだろって思ってますよ♪」
今度は水仙が清々しく感心したように笑み、
「ふむ……あなたなら、いつか知る日が来るかもしれませんね………なぜ、あれほど常識を超えた力を持つ存在が何十人も、それも煌路が生まれたのと同じ年にだけ、この世に生まれ落ちたのか………」
さらに消え入るような声で、
「……もっとも当のZクラスには、真実に触れている者もいるようですが」
「……何か言いました?」
聞き取れなかった水仙のつぶやきに六音が眉をひそめるが、
「ふむ、我が孫は優秀な学友に恵まれていると言ったのですよ。事実、Zクラスから選ぶのなら誰を伴侶にするのかも、すでに考えてあるようですしね」
六音が眉をピクリとさせて、
「それって、ウィス先輩じゃあないんですよね? ……ま、そもそも先輩はZクラスじゃないんですけど」
「ふむ……本当に煌路とウィステリアさんには困ったものですよね。仲が良いのは結構なのですが──」
深く溜め息して、
「高校生の男女が、毎日一緒の部屋で過ごし、一緒に入浴し、一緒の布団で眠っているのに、未だに〝姉弟〟の関係から脱せられないのは、あまりに不自然でしょう」
「ハハッ、そーゆー水仙ばあちゃんはどーだったんですか? 〝武勇伝〟は知ってますよ? ダンナだった西の本家の初代当主の次男坊の♪」
下世話に笑みつつ、
「飛び級で入った大学の卒業式で、卒業生代表のスピーチの最後に、卒業式に呼んでた水仙おねえちゃんに公開プロポーズしたんですよね♪」
「ふむ……あれは、してやられましたね。幼いころから『大きくなったらスイセンをヨメにする』と言ってはいたのですが、私にとっての彼はあくまで歳下の幼馴染であり、弟のような存在だったのですよ……」
苦笑して溜め息する〝おねえちゃん〟に六音が好奇心で目を輝かせつつ、
「でも、結局そのまま結婚して
「ふむ……そうですね。不覚ながら、彼があそこまで出来るとは予想外でした……」
なつかしそうに目を細め、
「突然の公開プロポーズにより、一瞬で会場すべての注目と絶大なプレッシャーが私に集中する状況を作り上げ、『YES』以外の返事をする余地を徹底的に刈り取っていましたからね………」
「あはははは♪ 完全にハメられてんじゃないですか♪ その辺の〝策士〟の血が煌路にも受け継がれちゃったんですかね♪」
涙まじりに爆笑する六音……だったが、
「……でもまあ、水代家は代々早婚の家系なのが証明されたワケですし、あの2人も心配ないんじゃないですか♪」
落ち着くと、深い息を吐きつつ目元をぬぐい、
「てか……昔から言いますよね。夫婦は長く連れ添うほど〝愛〟は薄くなるけど〝情〟が深くなるって♪」
ニンマリと口元を緩め、
「そんな何十年も連れ添って、〝愛〟よりも〝情〟で深く繋がった〝熟年夫婦〟……同じ部屋で一緒に暮らしてると、あの2人ってそんな感じなんですよね」
口元を緩めたまま……目元を引きしめ、
「ばあちゃんとしては、あの2人をくっつけたいワケですよね?」
「ふむ、もちろんです。ウィステリアさんがいなければ、とうの昔に我が孫によって地球人類は滅びていましたからね」
「ま、本人もウィス先輩がいなかったら非行に走ってたって、よく言ってますしね。てかグレたら人類が滅びるなんて、まるで……」
水仙が深くうなずき、感情の抜け落ちた平坦な声で、
「異能もさることながら、あの子の生まれ持つ人としての資質は、武力をもって世を平定する〝覇王〟、もしくは………〝魔王〟ですからね」
「いやいや、あれは〝魔王〟どころか〝大魔王〟ですよ♪」
六音が邪気のない笑みで、
「1年間、
遠い別の世界を見るような瞳で、
「アイツらにとって、普通の人間なんてシャボン玉みたいなもんなんですよ。ちょっと息を吹きかけただけで、
茶化すような、あるいは
「そんなのを何億、何十億と壊したって罪悪感なんて
「ふむ、しかし人間はシャボン玉と違い肉体を持っていますし、言葉で意思を通わせることもできますよ?」
ほのかな好奇心を瞳に宿す水仙に、六音は達観したような
「チンパンジーとか一部のサルだって、手話で人と意思を通わせられますよ。でも、そんなサルを見て人間が思うのは『手話のデキるちょっと頭のいいサル』であって、『人間と全く同等の存在』なんて思ったりはしないですよね」
古代彫刻を思わせる、人の秩序や常識を超越した
「それに……21世紀の前半に、イスラエルがテロ組織への報復を名目にパレスチナに進攻したことがありましたよね。その時にイスラエルの大臣が言った言葉、『我々は〝人間に似た
責めるでも非難するでもない自然な声で、
「それでテロリストじゃない一般人も大量に殺したワケですから、サルどころか人間相手でも立場や思想が違えば人間あつかいしない……それが〝人間〟ですよね」
それは、ある意味とても単純な事実。
「
単純ゆえに、底知れぬ〝恐怖〟を感じさせる……
「てか、アイツらってZクラスの生徒同士でも同じようなこと思ってますからね。基本的に『他人とは敵であり、敵とはブッ殺す対象でしかない』っていう、狂気と異能の
底知れぬ〝恐怖〟の奥にあるのは、底知れぬ〝狂気〟……あるいは……
「だからこそ、そんな究極の『
今までの〝
「まさに〝大魔王〟ですよね………フラッターにとっては♪」
フラッターの少女は無色の笑みを喜悦で塗り潰し、
「でもフラッターにとっての〝大魔王〟も、フラッターに迫害されてるエヴォリューターには〝英雄〟や〝救世主〟になるワケですよ♪ ま、〝クズ参謀〟の宣伝工作の効果もあるんでしょーけど」
意地悪く口の端をつり上げ、
「今回の純人教団の件も、宣伝に使われるんでしょうね。テロ組織を撃退したんなら反エヴォリューターのマスコミも非難しにくいでしょーし、まさか『第二のアラブの春』と同じ財団のマッチポンプだったとは、さすがに気づかないでしょーし♪」
次期当主の秘書見習いが、おどけつつも意味深に笑み、
「古代、人は自分の手に余る『自然』のうち、人の役に立つものを『神』と、人の害になるものを『悪魔』と呼んだ……原始宗教がデキた大昔から、立場や思想次第で『善悪』なんて簡単に変わっちゃうのが〝人間〟の世界ですからね♪」
「次期当主サマにも『お前の理想の世界は何だ?』って聞いてみたら、まあ悪くないなって答が来たんですけど……その本当の意味に気づいた時、あらためて興味が湧きましたよ。〝大魔王〟と〝救世主〟、コイツはどっちになるんだろって♪」
戦慄と、それ以上の興奮に笑みを歪ませる瞬間記憶の少女は
「この世の多くは、見る価値も覚える価値も無いって思ってるあたしですけど――」
「アイツの行く末だけは、見届けようって思ってますよ♪」
興奮に震えつつ、眼鏡を目の下にずらして言った。
「……ま、〝大魔王〟になろうと〝救世主〟になろうと、アイツには欠かせない
「最強であり最高の、女神様ですね♪」
◆
「姉さん」
「コロちゃん」
煌路の部屋の前で、姉弟が顔を
「もしかして、ドミニクとレイアとミリーをベッドに運んできてくれたの?」
「はい。3人とも『おにーちゃんをまってる』とがんばっていたんですけど、やっぱり疲れていたんでしょうね。8時を過ぎたころには眠ってしまったのですよ」
「そうか……悪いことをしちゃったね……」
煌路は眉じりを下げ、
「でも、どうしても昨日の事件のことで葛葉と話しておきたかったから」
浴衣のような室内着を着た姉弟が
「お…お帰り、なさいませぇ……煌路さまぁ……ウィステリアさまぁ………」
正座する紫の髪のメイドが三つ指ついて頭を下げてきた。
「ただいま、あおい。……ああ、お茶の用意をしてくれたんだね。ありがとう」
「はぅぅ……い…いえぇ……これがぁ……わたしの、仕事ですからぁ………」
微笑みかける煌路にメイド少女が赤面する。
広い和室の中央にちゃぶ台があり、その上に湯気の昇る湯飲みと茶菓子の入った木の器が置かれていた。そのちゃぶ台から煌路は少し視線をずらし、
「フランシーヌさんも、お仕事ですか?」
「お疲れのところ申し訳ありません、煌路様、ウィステリア様……」
ちゃぶ台の横で正座する20代前半の女が頭を下げた。
「ですが……今年の
気品と
ルネサンス絵画の貴婦人を思わせる端整な美貌と、何かをこらえるように潤む瞳が見る者の目を引く。
「構いませんよ、フランシーヌさん。こちらこそ、アパレル部門の仕事がお忙しいのに無理なお願いをして申し訳ありません」
煌路はウィステリアとあおいを連れ、フランシーヌと呼んだハニーブロンドの女に歩み寄る……と、平然と室内着を脱いでトランクス1枚になった……しかし、
「お気になさらないでください、煌路様」
服の仕立てに慣れた〝お坊っちゃま〟の振る舞いに、仕立てる側も平然としていた。そして女も浴衣のような室内着のすそを直しつつ立ち上がり、
「私こそ
女が室内着のすそを踏んで倒れ込む。瞳を潤ませてこらえていた正座の足のしびれのせいで。
「フランシーヌさ――わっ!?」
倒れる女を少年が受け止めようとしたが、すそを引っ張られた女の室内着は
「はぅぅ……こ…煌路、さまぁ………」
再び赤面のメイドの前で、トランクス1枚の少年が半裸の女に押し倒されていた。
女は
「はぅぅ……も…もしかしてぇ……昨日の朝に、鷹岡さんがおっしゃってたぁ……エ…エロハプニングの、巨乳ドジっ子デザイナーってぇ………」
あおいの震える声にウィステリアは苦笑してうなずき、
「こう言っては何ですが……これはフランシーヌさんの生活習慣のようなものなので、早めに慣れてしまった方がいいですよ」
「しゅ…習慣、なんですかぁ……?」
あおいが湯気を噴きそうに真っ赤になり唖然とする……一方、
「も…申し訳ありません!!」
煌路の上から飛びのいた本場オートクチュールのデザイナーにして
「そ…その……今日は、ずっと部屋で仕事をしていて……コ…コルセットを、つけ忘れてしまって………」
自分の経験を活かしてウィステリアの特製コルセットも作った爆乳デザイナーは、特大の胸を腕で押さえきれず
「……お気になさらないでください。足がしびれるほど、お待たせしてしまった僕が悪いんですから」
だが、煌路は身を起こしつつ〝華〟のある
「せっかくですから、少しお茶に御一緒していただけませんか? あおい、フランシーヌさんの分もお茶を用意してくれるかな。それと、君の分もね」
「きょ…恐縮です………」
「はぅぅ……わ…わかりました、煌路さまぁ………」
脱いだ室内着を再び着る煌路に、フランシーヌが深々と頭を下げた。
自分の足のしびれや仕事の疲れを
そのあと、あおいも含めた4人はちゃぶ台を囲み、しばしお茶を飲みつつ談笑したあと、仮縫いを始める……
「――肩は重くありませんか? 煌路様」
「大丈夫です。いつもながら見事な出来ですね。何ヶ月か前のパーティーでの、僕のタキシードと姉さんのイブニングドレスもとても好評でしたよ」
「ありがとうございます……でも、そのパーティーで事件があったと耳に
一瞬、煌路は雰囲気を
「ええ、ちょっと
仮縫い中で動けない煌路は、柔和に笑みつつ視線だけを背後のフランシーヌにやり、
「今、この家に僕のクラスメイトたちが来ているんです。もちろん〝彼女〟も――」
「……申し訳ありません。お気づかいは嬉しく存じます……でも、今はまだ………」
女が顔をうつむけ、
「お気になさらないでください。仮縫いもあと少しですから、がんばりましょう」
〝華〟のある柔和な笑みに、少年がさりげない思いやりを
「それでは……お願いします、ウィステリア様」
「こちらこそ、よろしくお願いします、フランシーヌさん」
続いてウィステリアの仮縫いが始まる。
……余談だが、その際の着替えを手伝ったメイドは〝若奥様〟の過激な下着に赤面し絶句していた。ともあれ……
「今回も素晴らしい
「はい。
あおいが目を丸くして、
「はぅぅ……ト…『トロワエフシルク』ってぇ……『世界最後の高級生地』って言われてる、あのぉ………」
「そうだよ。世界でフランシーヌさんだけが作れる貴重な生地だね」
ちゃぶ台でお茶を飲む煌路が、あおいと共に姉の仮縫いをながめつつ、
「昔は貴重品だった高級生地や、宝石と呼ばれていた鉱物も安く量産できる今だけど、あの生地は今の技術でも量産できないんだよ。だからフランシーヌさんがフランスの高級ブランドにいたころから、法外な価値のつく貴重な生地だったんだ」
藤の花の模様が描かれた淡い金色の振袖は、シルクやカシミヤはおろかビキューナもかくやという気品あふれる光沢を浮かべている。
「胸元は苦しくありませんか? ウィステリア様」
その振袖を生地から作った
ちなみに振袖の着付けで帯を締める際、バストとウエストの『段差』が大きい場合にはタオルなどをウエストに巻いて『段差』を埋める……しかし、
「今回の
頭の小さなモデル体型とは言え、その頭を超えるほどのバストは今も成長中、当然ながら細過ぎるウエストとは大きな『段差』が生まれるが、胸の大きさもあり安易にウエストにタオルを巻くと着手が太っているように見えてしまう。
「お
だが、そこは本場オートクチュールの高級ブランドで鍛えられたプロである。
帯や振袖のすそ、
さらに帯を
「お気になさらないでください。ウィステリア様のコルセットはバストの揺れを抑えることに注力すれば良いため、それほど手間はかかりませんので。なにしろ――」
爆乳デザイナーは微笑に苦笑の色を混ぜ、
「〝消滅〟の力でバストにかかる重力を軽減して、バストの
あおいが再び目を丸くして、
「はぅぅ……そ…そうなんですかぁ……?」
「そうだよ。僕の姉さんが重力なんかに負けるわけが無いからね♪」
「もう……コロちゃんまで何を言っているんですか……」
姉も仮縫いで動けない中、視線だけを
「これも修練の一環なんですからね。能力を一定の強さで常に使い続けることで、能力の精度と、能力を制御する技術を高めているんですよ」
特大の水風船のような、あるいは巨大なバケツプリンのようなバストが振袖の下でぶるるんっと揺れた。それから少しして……
「――ひとまず、ここまでに致しましょう。あとは……」
振袖の調整を終えたフランシーヌが、ちゃぶ台に置いてあった
「今日とどいた、この
布張りの小さな化粧箱を開けると……
「はぅぅ………」
あおいが箱の中身に見とれ、うっとりした息をもらす。
それは
上品な輝きや
「あの職人さん、今年もいい仕事をしてくれたね。衣装合わせの都合で誕生日の前に姉さんに見せちゃうから、サプライズ感が薄れるのが本当に残念だよ♪」
「気にしないでください、コロちゃん。いつも、とても嬉しく思っていますから」
姉は奥ゆかしくも破顔すると、おどける弟へ向いて少しかがみ、
「それでは、お願いしますね、コロちゃん」
「うん。ちょっと、じっとしていてね、姉さん」
弟が箱から櫛を取り出し、優しい手つきで、かがんだ姉の頭に
「はぅぅ……きれいです、ウィステリアさまぁ………」
感嘆するあおいが、花園で少年が少女の頭に
「本当に価値のあるものは、しかるべき場所に収まってこそ輝くのですね………」
感銘するフランシーヌも、
その言葉通り、櫛は生来の居場所を得たかのように一層輝きを増し、少女も振袖や櫛と一体となり至高の芸術品に昇華したかのごとく、目も
「……結構です、ウィステリア様」
ほどなく、まぶしそうに目を細めるフランシーヌが、
「もう何回か仕上げの仮縫いをお願いすると思いますが、誕生日会を兼ねた新年会には必ず間に合わせますので、ご安心ください」
「はぅぅ……お誕生会と、新年会をぉ……一緒に、するんですかぁ……?」
「そうだよ。僕と姉さんは誕生日が同じ1月1日だからね。もちろん、年は1年違うんだけど」
どこか誇らしげな煌路の声。
「まあ僕と姉さんの誕生日の前に、六音とブレイクの誕生日があるんだけどね」
「その通りでやがるのです!!」
突然
「
それは緑の髪をショートカットにして、右目に
ミニスカートのメイド服を着て、頭にも白いフリルのヘッドドレスをつけている。
「やあ、ブレイク。その服を着ているってことは、また僕のそばで働いてくれるってことかな」
ナマイキそうに笑む少女へ煌路は〝華〟のある笑みを向け、
「ちょうど良かったよ。いよいよ〝ビリヤード計画〟を本格的に始動させるから、その
「ふふん、そういうことなら戻ってやるのでやがるのです♪ そんでもって──」
ふんぞり返って、ビシィッとあおいを指さし、
「先輩メイドとして後輩メイドに、た~~~っぷりありがたい指導を――」
「あなたが指導とは、立派になったものですね」
声をさえぎられたブレイクがビクッと震え、おそるおそる後を見ると……
「ラ…ラシェルの、
青い着物を着て
「あいかわらず、神出鬼没でやがるのですよ……」
「1年ぶりですね、ブレイク。
ブレイクは顔を引きつらせ、
「ナ…ナニ言ってやがるのですか、
「では、その修行の成果を見てあげましょう。不合格だったら特訓です」
「いぃぃやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」
えり首をつかまれズルズル引きずられていくブレイク。
六音がいたら『ドナ●ナ』を口ずさんでいただろう。
「……さすがだね、ラシェルさん……〝東の本家の最終防衛線〟や〝対ブレイク用最終兵器〟の異名はダテじゃないよ………」
悲しい瞳で連れられていく少女を見ながら煌路がつぶやいた。
六音がいたら『そんな異名ダテにしとけ!!』とツッこんでいただろう。
「……ともかく、今年のブレイクの誕生日プレゼントは、六音と同じに辞書で決まりだね。『品行方正』とか『勉強熱心』って言葉の意味を、すぐに調べられるように」
「……ま…まあ……ブレイクさんも、当主様におかしな
煌路のつぶやきに、フランシーヌはバツが悪そうに応えると……
「そ…それでは……仮縫いも終わりましたので、私も失礼させていただきます……」
フランシーヌの声に、再び赤面するあおいに手伝われウィステリアは仮縫いの振袖から元の室内着へ着替える。その振袖を持ってデザイナーが部屋を去ると……
「はぅぅ……わ…わたしもぉ……失礼、しますぅ………」
顔に火照りを残しつつメイドも部屋を離れ、静かになった部屋には姉弟の2人だけが残された……
「ふう……今年も、忙しくなりそうだね………」
ほどなく、弟が苦笑気味に嘆息し、
「きっと大丈夫ですよ。Zクラスの皆さんをはじめ、たくさんの人たちが助けてくださるでしょうから」
姉は優しく微笑んで髪から飾り櫛を外すと、大切そうに胸に
「もちろん私もお姉ちゃんとして、精いっぱい可愛い弟のお手伝いをしますよ」
少し
「今夜は少し、昔のことをお話ししましょうか」
姉は箱をちゃぶ台に置き、そのフタを開ける。
「昔って言うか……僕と姉さんの歴史だね」
箱の中には白金色の櫛が十数個、丁寧に並べられていた。
多くは芸術的な細工物だが、1つ、プラスチックのオモチャの櫛が混じっている。
なかなかの年代物らしく、細かな傷がいくつも付き、歯が何本か欠けていた。
「はい、コロちゃんと私の歴史です……」
「私の5歳の誕生日に、初めてコロちゃんにもらった誕生日のプレゼント……歴史の〝はじまり〟の
「足跡であり……未来への
弟もプラスチックの櫛を優しく見つめつつ、
「今度の誕生日はもちろん、次の年も、そのまた次の年も、ずっとずっとプレゼントしていくからね。それはきっと、僕と姉さんの未来への道標になってくれるよ」
櫛を持つ姉の手に、弟がそっと手を重ねた……直後、姉弟は何かに気づいて部屋の南側の面に歩み寄り、並んだ
「「わあ……!」」
「この時期、山間部では普通だけど、この家で見るのは初めてだよね……!」
声をはずませる煌路……だったが、
「まあ、明日には新しい気候調整装置が届くそうだから、最初で最後かもしれないけど………たった1つの出来事で、世の中は大きく変わってしまうのを実感するよ」
一転、東の本家の次期当主は淡々と、
「さっき、昔は貴重品だった『宝石』と呼ばれていた鉱物も、今は安く量産できるって言ったよね。その技術が発表された時、宝飾品業界の関係者は技術を開発した会社に申し入れをしたそうだよ。天然の宝石と人工物で、区別がつくようにしろってね」
次期当主は冷徹に微笑み、
「でも、その会社は申し入れを
「フラッターの人たちも、頭を切り替えるべきだと?」
「生き残りたいのならね」
冷徹な微笑のまま肩をすくめ、
「どんなに嫌だと泣き
微笑がさらに温度を下げて、
「他人に従うだけの人は『理想』を見ていればいいけど、他人を導く人は『現実』を見なきゃいけないのにね。そんな人たちを見ていると、民意に流される民主主義は、やっぱり限界なのかなって思っちゃうよ」
大きく溜め息する〝次期当主〟……否、
「世界は今、大きな変化の時なんだよ。ある宗教の『無常』って教えみたいに、あらゆるものが一瞬の停滞もなく、どんどん変わっていく時なんだ。その変化に対応できないものは………滅びるしかない」
それは〝王〟の
「ですけど……フラッターの人たちが
慈愛の〝女王〟の慈愛の
「民主主義の国ができる未来なんて、封建主義の時代の人は考えもしなかったと思うよ。結局は世界でさえ『無常』からは逃げられずに、絶えず新しい時代を……未来をつむぎ出していくんだよ」
「未来ですか……コロちゃんが考える未来……コロちゃんの理想の世界とは……」
「うん、姉さんには何度も話しているよね……」
語り口は静かながら、瞳に
「『1人1人の実力が正当に評価される世界』……それが僕の理想の未来だよ」
六音がいたら思うだろう……
「今の不当にエヴォリューターが差別される世界を
それは、
「誰もが実力に
「フラッターには悪魔みたいに嫌われるだろうけど――」
それは〝大魔王〟が支配する弱肉強食の世界……
「エヴォリューターを……
一方で〝救世主〟が統治する希望の世界……
「僕は、どんな罪でも背負って見せるよ……!」
〝大魔王〟と〝救世主〟……少年はどちらの未来へ進むのか………
「……〝異元領域〟で、言っていましたよね………」
少年の壮烈な決意を、優しく包み込むような少女の声。
「そばにいて喜びも、怒りも、悲しみも、苦しみも分かち合うのが姉の……私の務めだと……ですから、コロちゃんだけに罪を背負わせはしませんよ……何より……」
優しい声の奥に悲壮な覚悟が滲み、
「私はすでに、はかり知れない罪を背負っていますからね……操られていたとは言え……40億もの人を、
「僕だってこれからは、多くを救うために多くの犠牲を積み上げていくよ」
少年は決然とした覚悟を
「でも、分かち合っていけば〝罪〟もまた、僕と姉さんを繋ぐ〝
隣に並ぶ少女へ迷いの無い瞳で、
「『無常』の世界で僕と姉さんの関係も、いつかは変わるんだろうね。でも――」
肩を寄せ合いつつ少女の手の櫛に触れ、
「どんな関係になっても、僕と姉さんは一緒にいるって信じているよ。どんな試練や運命が襲ってきても、僕と姉さんの〝絆〟は絶対に断ち切れないってね」
「……やっぱり、コロちゃんは私の太陽ですね」
少女もまた、瞳から迷いを消し、
「いつも私を照らしてくれる、世界で一番まぶしい太陽です」
身も心も満たされたように笑みつつ、隣に寄り添う少年の肩に頭をあずけ、
「ですから、コロちゃんが望んでくれる限り、私はコロちゃんのそばにいますし……私の全ては、コロちゃんのものです」
「僕も姉さんが望んでくれるなら、僕の全部を姉さんにあげるよ。だから僕と姉さんは、ずっと一緒なんだよ♪」
ぴったり寄り添いつつ喜色満面に笑む2人。
「昔のお話をしましょうと言ったのに、未来のお話ばかりですね」
「いいんじゃないかな。さっき言った理想の世界もウソじゃないけど、それ以上に僕が未来に望むのは………『僕と姉さんが幸せに暮らせる世界』だからね♪」
少年は〝
「ちょっと早いけど、姉さんからの誕生日プレゼントも
「やっぱり、コロちゃんは甘えん坊さんですね……♪」
少女も少年を抱きしめ、無邪気に笑む少年の唇に自分の唇を近づけていき……
「〝お誕生日おめでとうのチュー〟ですよ……♡」
ふたつの唇が重なった。
同時に、ふたつの体も互いを強く抱きしめ合う。
互いの存在こそが、かけがえのないプレゼントだと言うように。
「ねえさん………」
「コロ…ちゃん………」
舌を絡め
互いを支え、求め合う声が。
その姿は無邪気な幼い姉弟にも、数十年を連れ添った夫婦にも見えた。
「「……いつまでも、一緒に………」」
しんしんと雪が降る夜、少年と少女の影は、いつまでも重なっていた………
第一章、完
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