おそらくは、彼の平穏な世界征服

第19話 おそらくは、彼の平穏な世界征服……の、第一歩

「ぬおっ！？　この重圧は……東の本家の跡取（あとと）りか！！」

　白金色のトンネル内で、強大な重圧を感じたハクハトウが顔をしかめた。

「……ハッ、来たか大魔王……！」

　ビリビリと空気を震わせる重圧に六音（フラッター）でさえ震えて脂汗（あぶらあせ）する……が、

「なら、こんなトコに長居（ながい）は無用だ！！　やれ！　あおい！！」

　直後、トンネル内のあちこちで爆発が起きウィステリアが目を見張る。

〔な…なんだ、これは！？〕

「ハハッ♪　ミズシロ財団軍需（ぐんじゅ）部門（ぶもん）謹製（きんせい）の超小型（マイクロ）爆弾、気に入ってもらえたか？」

　爆発で少女たちを縛るケーブルも切れ、自由になった六音が自慢げに笑んだ。

〔爆弾だと！？　いつの間にそんな物を！？〕

「ウィス先輩の体を使ってんのに気づかなかったのか？　ま、あたしだって瞬間記憶で頭に収めたちょっと前の光景と、今の目の前の光景を重ねてようやく分かったんだけどな。爆弾と……コイツの存在を♪」

　六音が自分の横の何も無いはずの空間へ目をやり、ウィステリアも同じ箇所を注視する――と、紫色の髪をヒザに届くツインテールにした、メイド服の少女の姿がボンヤリと見えてきた。

〔馬鹿な……どうやって侵入したのだ！？〕

「やっぱ猫に小判、マヌケなテロリストにウィス先輩の体だな。あたしたちと一緒にお前がここに転送したんだろーが♪　……だよな、あおい？」

　胸を張って言ってから、不安そうに確認する六音。

「はぅぅ……そ…そうですぅ……六音さんたちが、転送術に吸い込まれそうになってたんでぇ……あ…あわてて、飛び込んだんですぅ………」

　マジか全然気づかなかったぞ……という言葉を六音はのみ込み、

「で、まんまとここに来て、気づかれないまま爆弾を仕掛けたワケだ♪　恐るべし〝天然ステルス娘〟、新たな〝必殺使用人〟の誕生だな♪」

〔おのれえ……！〕

　不遜（ふそん）な笑みも消え歯噛みするウィステリア――だったが、不利を悟ったか少女たちに背を向けトンネルの奥へ走り去る。それをハクハトウが追おうとするが、

「待て！　ウィス先輩は煌路に任せとけ。あたしたちはこの式獣機（デカブツ）から脱出するぞ」

「……良いのか？」

　訝（いぶか）しむハクハトウに、六音はイタズラっぽく笑んでお見合いの立会人（たちあいにん）のように、

「〝下準備〟は、しといたからな。あとは若い２人に任せときゃいーのさ♪」

　壊れたメガネを拾い、縮み始めている白金色のトンネルを見ながら言った………

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◆

「……中で、何かありやがったのですか……？」

　片眼鏡（モノクル）の少女が、更地に倒れたまま夜空を見上げている。

　片眼鏡の奥で細められる目に映るのは、苦悶するようにのたうつ白金色の龍。

　１５０メートルの機体は各所から煙を噴き、心なしか縮んで見える――と、その背を突き破り〝何か〟が飛び出した。

「あれは……白拍子の式獣（ペット）でやがるのですか……？」

　それは翼長１０メートルを超える鳥と、その背に乗る少女たち。

「脱出しやがったのですか……だったら、あとは………」

　視線を水代邸の上空へやると、身長２５メートルの白い鋼の巨人がいた。

　スリムな機体は足の側面から航空機の主翼を伸ばし、黄金の大剣を持っている。

　５０メートルの大剣は刃の左右に複数の突起を生やし、『七支刀』と呼ばれる古代の宝剣を思わせる形をしている――が、不意に巨人と龍が光に包まれ姿を消した。

「〝異元領域〟に行きやがったのですか……ならば――」

　満足そうに頷きつつ、少女は神々しく笑み、

「女神サマを助けるため……あらゆるものを奪い、壊し、支配しやがるがイイのですよ……我らが〝指揮者（コンダクター）〟サマ♪」

　キラリ、と片眼鏡を光らせた………

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◆

　ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ

　静謐（せいひつ）な白い荒野の白い空で、白金色の龍がのたうっていた。

　その龍を同じ空に浮かぶ白い鋼の巨人が、距離を取って見つめている。

「そこにいるんだよね、姉さん……」

　沁（し）み入（い）るような優しい声。

「１４年前と同じだね……僕は２歳だったけど、あのとき見たものは人生最初の記憶として、今も頭に焼き付いているよ」

　のたうっていた龍が、ゆっくりと動きを止めた。

「キラキラと輝く、太陽みたいに綺麗な光……まあ、それが姉さんの髪だって知ったのは、もっと成長してからなんだけどね」

　停止した龍の機体が急速に縮んで……否、ブロック玩具を組み直すように形を変えて小さくなっていき……

「姉さんも覚えているかな？　〝聖域〟と呼ばれている、あの場所で……光の柱を出していた姉さんと、あそこに迷い込んでしまった僕は、初めて逢ったんだよね……」

　龍から戻った巨大な卵型の装置と、白い鋼の巨人が荒野に降りていく。

「あのとき出逢ってから、僕たちはいつも一緒にいたよね。一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に布団で眠って……〝太陽（ひかり）〟と〝闇（かげ）〟が一緒に大きくなるみたいに、一緒に成長してきたよね……」

　白い荒野で、白い巨人と白金色の巨大な卵が向かい合い……

「それで……毎年の誕生日に、僕は姉さんに櫛（くし）をプレゼントしてきたよね」

　トクン……

「初めて贈ったのは、姉さんの５歳の誕生日だったよね。僕は４歳で大した物は贈れなかったから、オモチャの金色の櫛をあげたんだよね」

　トクン……トクン……

「それ以来、毎年誕生日には櫛を贈っているんだよね。他の物を贈ろうと思った時もあったけど、姉さんが櫛がいいって言うから、毎年新しい櫛を贈っているんだよね」

　胸が、熱い……ブレザーの……左胸が、熱い……

「今回も、ちゃんと用意しているよ。人間国宝の職人さんにお願いして、１年かけて作ってもらった素晴らしい櫛をね」

　ブレザーの、左胸が……左胸の、内ポケットに入れた……櫛が、熱い……

「もうすぐ１月１日……僕と姉さんの誕生日が来るよ。今回の櫛も、受け取ってもらえたら嬉しいな」

　……コロ……ちゃん………

「今回も一緒に……ううん、その次も、そのまた次も、その先もずっとずっと………一緒に誕生日を祝えたら、嬉しいな」

　わたしの……おとうと……世界で、いちばん……まぶしい、弟………

「さっき教室で、姉さんは言ったよね。いつか姉弟は、それぞれの道に進むものだって……でも、道が分かれることはあっても、姉と弟の〝縁（えん）〟が分かれることは絶対に無いよ……〝太陽（ひかり）〟と〝闇（かげ）〟が、分かれることは無いみたいに……」

　いちばん……まぶしくて……

「だから……僕と姉さんは、ずっと一緒だよ………一緒じゃなきゃ、ダメなんだ！」

　いつもわたしを……照らしてくれた………

「戻ってきてよおねえちゃん！！」

　ビキィッ

　白金色の巨大な卵に亀裂が走った。そして殻（から）が割れるように頂上が砕け……白金色の髪の少女の、緋色の学生服を着た上半身が現れた。

〔……また……お前か………〕

　だが、うつむいて顔の見えない少女からは怨嗟（えんさ）に満ちた低い声。

〔……なぜだ！？　この１４年で、どれだけ俺が力を増したと思っている！？　なのに１４年前も今も、なぜたった１人のガキに俺の精神制御が破られるのだ！！〕

「此度（こたび）は煌路の力だけではないのじゃ」

　不意に苛立（いらだ）つ声が聞こえると、巨大な卵の頂上がさらに砕けウィステリアの下半身をくわえた生身の竜の首が出てきた。

〔ぐうっ、貴様あっ！！〕

「我が故国の国宝、返してもらうのじゃ！！」

　猛々しい竜の額に、水干（すいかん）に緋袴（ひばかま）、黒い烏帽子（えぼし）という白拍子（しらびょうし）姿の少女が立っている。

〔ちぃっ！　やっぱり脱出してなかったか！！〕

「無論じゃ！！　我が式獣にて逃（の）がれたるは六音と下女のみよ！　過（す）ぐる忌まわしき亡国の日、わらわは誓ったのじゃ！　二度と敵を前にして逃げぬとな！！」

〔あきらめが悪すぎだぜ姫様あっ！！〕

　ウィステリアが人差し指から不可視の斬撃を放つが、少女の烏帽子を斬り裂くだけに終わり――

「隔世（かくせい）を経（へ）て覚醒（かくせい）せよ！！」

　烏帽子の下から頭頂に生えた一本角（いっぽんづの）が現れ、それを少女が輝かせると雛（ひな）が孵化（ふか）するように白金色の巨大な卵が砕け散り……

「汝、シーカイが守護者の一角……〝黒竜翼（こくりゅうよく）〟！！」

　３本の長大な首と尾に加え、４本のたくましい脚と４枚の雄大な翼を生やす、全高５０メートルに及ぶ黒金色の豪壮な多頭竜が白い荒野に現れた。

「さあ我が国宝を苛（さいな）みおった咎（とが）、命をもって贖（あがな）わせてくれるのじゃ！！」

　竜の額で憤怒（ふんぬ）する少女が、左の瞳に雪の結晶のような紋様を黒く輝かせる……一方、

〔図体だけのトカゲ１匹で調子に乗るなあっ！！〕

　ウィステリアはシャボン玉のような空間で身を包み、その空間を広げて竜の口を開け空に逃げる。

〔……とは言え精神制御が不安定な以上、ここは退却して――うぐっ！？〕

　飛び去ろうとしたウィステリアが、金縛（かなしば）りにあったように硬直し墜落（ついらく）する。が、白い鋼の巨人が荒野から飛び立ち、左の掌（てのひら）に少女を受け止め、

「大丈夫、姉さん！？」

「……『おねえちゃん』とは、呼んでくれないんですか……？」

　白い巨人の手の上で、少女が弱々しく微笑む――が、すぐに顔を引きしめ、

「……聞こえていますね、マスカレイドさん。この１４年で、確かにあなたは力を増したのでしょう。ですが、力を増したのは私も同じです。それに加えて、たくさんの人たちが力を貸してくれました」

　六音が卵型の容器を破壊し、あおいが式獣機の内部にダメージを与え、Ｚクラスの面々とハクハトウが式獣機を粉砕した。

「何より、世界で一番まぶしい弟が……私の〝心〟を照らして暗闇から救い出してくれたのです。１４年前の、あの日と同じに……あの日から、ずっと私を照らし続けてくれたのと同じに……」

　巨人へ微笑む少女の左耳には、白金色の髪が１本、差し込まれていた。

「ですから私は、二度とあなたの思い通りにはなりません。あなたの言われた通り、葬送曲を奏でる時です……あなたを送る葬送曲を……！」

　決然とした宣言と共に髪が耳から抜かれる――と、その先端に小さな〝何か〟が絡められていた。

「初めまして……でしょうか？　マスカレイドさん」

　それは体長２ミリほどの、ちっぽけな〝虫〟。

「これが〝マスカレイド〟………」

　白い巨人が驚きに声をかすれさせ、

「１４年前の事件の〝黒幕〟として存在が仄（ほの）めかされていたけど、うちの財団の情報力でも正体が掴めなかったテロリスト……！」

　次いで視線に怒りを籠（こ）め、

「まさか、寄生虫タイプの異星人だったとはね……こんなものが、姉さんを操って、苦しめたなんて……！！」

　怒りに加え、射殺（いころ）すような殺気が視線に滾（たぎ）る………が、不意に〝虫〟が跡形（あとかた）もなく破裂してしまう。

「自爆……じゃないよね、姉さん」

「はい。〝端末（たんまつ）〟を処分したのでしょう。〝本体〟の位置を隠すために──え？」

　少女が空を見上げる。と、上空の空間が砕け、白い空に開いた割れ目から２つの〝物体〟が飛び出した。

「デュロータ！　〝充元（じゅうげん）端子（たんし）〟を使った〝重連（じゅうれん）元使（げんし）〟も成功したんだね！！」

　飛び出した〝物体〟の１つは、身長７０メートル超の青い鋼の巨人。

〝顕元（けんげん）〟したデュロータが変形した胴体に、４本の角柱が手足に変形して合体している巨人だ。

「傭兵（ようへい）は逃がしたが……テロリストは捕らえたぞ！！」

　もう１つの〝物体〟は、全長１００メートルを超える〝蟲〟だった。

　その姿を形容するなら……頭をカミキリムシにしたカマキリの上半身を先端に生やす、真っ黒なダンゴムシだろうか。

「まさか……あれが〝マスカレイド〟の本体……！」

　白い巨人がにらむ先で〝蟲〟は地響きを立てて荒野に落ちる……と、

〔おのれ……忌々（いまいま）しいガラクタもろとも片づけてやる！！〕

　耳障（みみざわ）りなしゃがれ声と共にダンゴムシの背に無数の穴が開き、黒い霞（かすみ）が放たれた――否、それは雲霞（うんか）のごとき大量の、イナゴのような虫の大群。

〔覚悟しろ！　欠片（かけら）も残さず喰われるがいい！！〕

　大量の１メートルを超えるイナゴが、凶悪なアゴをガチガチ鳴らしつつ翅（はね）を羽ばたかせ獲物たちに迫る――その時、空に真紅の穴が開き、

「黒嘴天蓋（くろばしてんがい）落としいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ！！」

　黒いクナイが白い空いっぱいに生え出し、夜空が丸ごと落ちてくるように落下、イナゴの大群を欠片も残さず斬り裂いた。

「〝賊（ぞく）〟にゃ逃げられちまったか！　だったらオレらの平和のために、せめてテメエはブッ潰してやるぜムシケラあ！！」

　空の穴から、赤茶色の鋼の鳥と黒い戦闘機が飛び出す。と、それぞれが変形、片や背に鳥の翼を生やす赤茶色の、片や背に航空機の主翼を生やす黒色の、身長２５メートルの鋼の巨人になる。

「オブシディアス……！」

　大剣で自分と姉をクナイから守った白い鋼の巨人が、空に浮かぶ黒い鋼の巨人を見て、

「その機体……〝纏元装甲（てんげんそうこう）〟だよね？」

「驚くことはあるまい。元来、我らドミネイドの手による技術（わざ）であるのだからな」

「ああ……そうらしいね………」

　白い巨人が肩をすくめた……直後、

〔次から次へと鬱陶（うっとう）しい！！〕

　クナイで全身に切り傷を負うも、未だ健在な〝蟲〟が黒い煙を吐いて白い空を濁らせていく――否、空を覆っていくそれは、２ミリほどの小虫の大群だった。

「あれって姉さんに取り付いていた寄生虫！？　今度は僕たち全員を操る気か！？」

　白い巨人は一瞬目をむくが、すぐに目元を引きしめると右手の大剣を握りしめ、

「……許さない！　僕の前で二度とそんなことは許さないよ！！」

　空へ向け大剣を振るい、刃から膨大（ぼうだい）な白金色の光のツブを放出する。

　それは先ほど大剣に吸収された光のツブだったが、吸収前より輝きと量を増して空に広がる夥（おびただ）しい小虫を包み……１匹残らず消滅させた。

「それが……貴様の能力か、水代煌路……！」

　眼前の破壊的かつ幻想的な光景に、黒い巨人は畏怖（いふ）と感嘆を織（お）り交（ま）ぜつつ、

「他者の能力を吸収し、増幅して撃ち出す能力か……！！」

　竜の額に立つ白拍子も戦慄（せんりつ）しつつ、

「あれが……〝ノ吸（ス）イトルダムスの大魔王〟なのじゃな……！」

「ちょっと！　それって六音が勝手に言っているだけ――ぐっ！？」

　白い巨人が倒れるように片ヒザをつき、左手に乗る少女が顔を曇らせ、

「コロちゃん……いくら能力を強化すると言っても、やっぱりその剣は………」

「……うん、ごっそり生命力を持っていかれた感じだよ……でも、ひいおじいちゃんは、１４歳でこれを使いこなしていたって――」

〔苦しいなら楽にしてやるぞ！！〕

　白い巨人の隙を突き〝蟲〟がカマキリのような腕から衝撃波を放つ。

「させるか！！」

　だが青い巨人が白い巨人の前に立ち、空間操作の障壁で衝撃波を弾くと、

「立てコウジ！　まだ〝義務〟を果たしていないだろう！！」

「デュロータ……」

　７０メートル超の巨大な背を見上げる白い巨人――その時、

〔しゃらくさい！！〕

〝蟲〟が長大な触角を震わせ、敵を粉々（こなごな）にしようと強烈な振動波を生み出す。

「あきらめが悪いのじゃ！！」

　しかし黒金色の三つ首の竜が、雄大な翼を羽ばたかせ振動波を掻（か）き消すと、

「屹立（きつりつ）せよ水代煌路！　世を統（す）べる者がヒザを地に着けるなぞ愚の骨頂じゃぞ！！」

「ハクハトウ……」

　青い巨人の横に降り立った竜と、その額に立つ少女を見やる白い巨人――刹那、

〔おのれえっ！！〕

〝蟲〟が背に翅を出し、強力な超音波を発生させ敵を荒野ごと引き裂こうとする。

「銀嵐破（ぎんらんは）！」

　されど上空の黒い巨人が刀から白銀に輝く竜巻を放ち、超音波を打ち消した上〝蟲〟を縛り上げた。

「次に見（まみ）える時は雌雄（しゆう）を決する時……我が領域で申し合わせたことを忘れたか？　立ち上がるが良い、水代煌路」

「オブシディアス……」

　竜巻で〝蟲〟を封じる黒い巨人を、意外そうに見つめる白い巨人……やがて、

「……まったく、どうして僕の周りは、厳しい人ばっかりなのかな………」

　白い巨人は歯を食いしばるように笑み、渾身（こんしん）の力で立ち上がって左手の姉を見る。

「本当に……姉さんが、いつもそばにいてくれなかったら……姉さんの優しさがなかったら……とっくの昔に、非行に走っていた自信があるよ」

「はい……コロちゃんが望んでくれる限り、私はコロちゃんのそばにいます」

「あはは、それじゃ一生、僕のそばから離れられなくなっちゃうよ」

「コロちゃんが、それを望んでくれるのなら」

　とても優しく深い笑みを交わす姉弟。

　その後そろって〝蟲〟へ目を向ける２人には、

「姉さん」

「はい」

　意思の疎通（そつう）に、それ以上は要（い）らなかった……そして、

「起動、〝纏元装甲（てんげんそうこう）〟」

　静かに言った少女が、静かに空に昇っていく。と、足元に魔法陣のような光の円が浮かんで水銀のような液体金属を噴き出し、少女を包んで直径３０メートルの金属球になると――木端微塵（こっぱみじん）に砕け散り、白金色のヘリコプターが現れ……

「さあ……１４年の因縁（いんねん）に終止符（しゅうしふ）を打ちましょう」

　ヘリコプターが変形、たたんだローターが足元まで伸びる髪を思わせる、白金色の優雅な鋼の巨人になる。同時に周囲の風景が、白い荒野から白金色の草原に塗り替わると……

〔……いいだろう！　最早（もはや）お前の力など必要ないと思い知らせてやる！！〕

〝蟲〟が自分を縛っていた白銀の竜巻を破り、全身を赤熱させる。さらに腕と触角と翅の力も発生させ、衝撃波と振動波と超音波が混然となって〝蟲〟を包み……直径２００メートルを超える、紅蓮（ぐれん）の火球となった。

「さながら鮮血の太陽じゃな」

「……だとしたら、ますます許せないね……！」

　ハクハトウの言葉に、白い巨人は静かな怒りを募（つの）らせるように、

「この世で『太陽』と名乗っていいのは、たった１人……姉さんだけだよ……！！」

「いや、ウィステリアも名乗っているわけでは――なあっ！？」

　あきれ気味のデュロータの声を強烈な熱波がさえぎった。太陽のごとき火球が真っ赤に輝き異常な高熱を発し始めたのだ。

「あ奴め！　この領域もろとも、わらわたちを焼き尽くす魂胆（こんたん）か！？」

　ハクハトウの竜が飛び立ち、鋼の巨人たちも空に昇っていき……

「させるものか！！」

　その途上、デュロータは右肩のローターを回転させ、頭上の空間を固めて特大の〝槍〟を作り出し太陽のごとき火球へ打ち出す……が、

「なんだと！？」

　火球は一瞬で〝槍〟を蒸発させ一段と強烈な熱を放ち出し、デュロータは悔しそうに歯噛みしつつ、

「おのれ……だが、あれほどの熱を放ち続けては、奴自身も無事では済まぬだろう」

「僕たちを焼くのが先か、自分が焼けるのが先か、命がけのチキンレースに出た……と言うより、完全に暴走しているね。自分でも止められないほどに……」

「世界の次代を担（にな）う者に、弱音など許されぬと知れ」

　目元を歪めた煌路を、同じ空にいるオブシディアスが窘（たしな）めた。そして刀を振り上げ……

「あれしきの慮外者（りょがいもの）など、我が師の名にかけ討ち倒してくれる！」

「ちょっと待った！　あれだけのエネルギーを刺激して暴発させたら、この〝異元領域〟どころか地球まで焼き尽くされるかもしれないよ！！」

　煌路が力強い瞳と声で、

「いま地球の３分の１は太陽系ドミネイドが制圧しているんだよ！　そこにいる仲間たちまで焼かれてもいいのかい！？」

「……ならば、貴様であれば対処が可能であるのか？」

　冷厳な皇子の声に煌路はうなずき、

「僕と姉さんなら出来るよ。ただ、準備に少し時間がかかるから、それまで君たちにニセ太陽を抑えておいてほしいんだ」

　言いながらデュロータとハクハトウにも視線を向けると、

「了解した」

「已（や）むを得ぬのじゃ」

　青い鋼の巨人と、三つ首の竜の額に立つ少女がうなずいた。

「良かろう」

　皇子もうなずき、

「臣（しん）の救済も、世界の次代を担う者の責務であるからな。加えて我が恥はすなわち、我が師の恥となる。左様な醜態（しゅうたい）、断じて許されぬ故（ゆえ）……つばめ！」

「チッ！　しくじったら、ししょおに折檻（せっかん）……じゃなくて愛の修練（ムチ）だかんな……ピエロ！！」

　黒い鋼の巨人に号令された赤茶色の鋼の巨人が、いつの間にか背後に浮かんでいた真紅の衣装の道化師に号令する。と、道化師は鈴の付いた長杖をひと回しさせ、しゃらんと音を鳴らして白金色の空に真紅の穴を開けた。

「来やがれ〝鳥〟ども！」

　再度つばめが号令すると、空の穴から鋼の鳥の群れが現れた。翼長１５メートルはある蒼穹（そうきゅう）のような深い青色の〝鳥〟たちだ。

「いくぜ！　忍足つばめ奥義〝蒼嘴天星乱舞（ブルースターダンス）〟うううううううううううううっ！！」

　少女の叫びに〝鳥〟たちが変形、１５メートルを超えるクナイとなり、刃先を前にそろえ紐（ひも）のように１列に並んだ――刹那、

「銀嵐破！」

　オブシディアスが刀から放った白銀の竜巻が、１列に並ぶクナイを筒（つつ）に紐を通すように包み、その色を青銀へ変え威力を増していき……

「吹き荒れよ！　〝銀帝（ぎんてい）蒼斬破（そうざんは）〟！！」

　竜巻は大気を斬り裂いて真空空間を纏いつつ伸びていき、球形の鳥籠（とりかご）のごとく紅蓮の火球を取り囲み、その熱を封じ込めようとする――直後、

「後（おく）れは取らぬのじゃ！」

　主の気合いとツノの輝きに呼応し、悠然と宙を舞う竜が三つの首から咆哮し、

「咆威（ほうい）をもって包囲（ほうい）と為（な）せ！　〝竜啼（りゅうてい）大結界（だいけっかい）〟！！」

　三つの咆哮が共鳴し、強力な〝音の結界〟となって鳥籠を覆った――途端、

「仕上げは私だな！　〝空間封鎖〟！！」

　デュロータが両肩のローターを猛烈な勢いで回転させ、直径３００メートルに及ぶシャボン玉のような空間を生み出して〝音の結界〟をさらに包み込み……〝鳥籠〟と〝結界〟と〝空間〟の三重の桎梏（しっこく）がニセ太陽を――巨大な紅蓮の火球を封印した。

「……上手く、やってくれたみたいだね」

　三重の封印から離れた空の一角で、煌路が口元を緩めつつ目元を引きしめ、

「さあ姉さん、僕たちの力も見せてあげようよ♪　特に今朝やったみたいに、六音が食べた毒を髪１本だけで消せるほど洗練された姉さんの力を――」

「コロちゃん、また〝奥の手〟を使うつもりですか？　今のその状態で……」

「……やっぱり、姉さんには分かっちゃうんだね」

　カラ元気の笑みを引っ込めた弟は、午前中のオブシディアスの〝異元領域〟と先刻の砂漠の〝異元領域〟で、すでに３度も〝奥の手〟を使っている。

　多大な体力と精神力をつぎこむ切り札を１日に４度も使えば、地球三大エヴォリューターと言えど……否、絶大な力を持つ三大エヴォリューターだからこそ、尋常ならざる負担を心身にかけることになる。

「確かにあの異星人の暴挙（ぼうきょ）を許せば、世界に大きな被害をもたらすかもしれません。でも、だからと言ってコロちゃんに何かあったら……」

「……僕はただ、１４年前に姉さんの心を傷つけた相手が許せないだけだよ」

　憂（うれ）う姉の声を、弟は笑顔でさえぎり、

「さっき教室で言ったよね？　姉さんが誰かに傷つけられたら、僕はどんなことをしてでも、世界中を敵に回すとしても姉さんを守るって」

　瞳に宿すは揺るぎない信念。

「だって……姉を助けるのは弟（ヒト）の義務だからね」

　息をのむ姉に、弟は笑みを深め、

「大丈夫だよ。何があろうと、僕は姉さんのところに帰ってくるからさ。太陽みたいに綺麗な、キラキラの光を目印にして必ずね。だから……」

　姉の憂いを吹き払うような爽（さわ）やかな笑み。

「この事件が終わったら、〝ご褒美（ほうび）〟をもらえないかな。『たいへん、よくできました』って〝ご褒美〟をね♪」

「……コロちゃんは、いつまでたっても甘えん坊さんですね」

　儚（はかな）くも嬉しさを抑えきれない、母性あふれる笑み。

「そんなに甘えん坊さんだと、お姉ちゃんは心配になって可愛い弟から離れられなくなってしまいますよ」

「大好きなお姉ちゃんがずっとそばにいてくれるなら、僕は大歓迎だよ」

　再び、とても優しく深い笑みを交わす姉弟。そして――

「姉さん」

「はい」

　心を通（かよ）わせるにも、それ以上は要（い）らなかった。

「〝金忌（きんき）の藤源郷（とうげんきょう）〟」

　姉の瞳が白金色に輝く。と、〝異元領域〟の天地が逆転、草原が頭上に、空が足元に移動する。次いで頭上の白金色の草原から、白金色の巨大な藤の花の花序（かじょ）が無数に垂れ下がってきて、白金色の巨大な藤棚（ふじだな）が出来あがった。続いて――

「〝煌刃絶壁（こうじんぜっぺき）〟」

　弟の瞳が白光を放つ。と、その背後に膨大な光の剣で構成される、世界を断絶するように広大な威容から、万物を焼き払うように壮大な輝きを放つ、この世の条理さえ圧倒するように雄大な光の〝絶壁〟がそびえ立った。さらに――

「万象（ばんしょう）あまねく我が元に」

　弟が構えた〝七支刀〟のごとき大剣は、藤棚の花から溢（あふ）れる夥（おびただ）しい光のツブと、絶壁を成す膨大な光剣を刃に吸収し輝きを増していく……と、

「……ぐっ……うああ……！」

　弟が苦悶（くもん）し、大剣を握る手を震わせる。

　４度目の〝奥の手〟の行使に加え、強大過ぎる〝力〟の吸収と増幅の負担が、苦痛となってその身を蝕（むしば）んでいるのだ――しかし、

「言いましたよね。コロちゃんが望んでくれる限り、私はそばにいると……うぅっ」

　弟の手に自分の手を重ねた姉が、自身も苦悶し……

「そばにいて……喜びも、怒りも、悲しみも……苦しみも分かち合うのが、姉の……私の、務めです……！」

　手と一緒に、苦しみも怒りも悲しみも……喜びも重なるよう……

「それに……コロちゃんは、いつも言ってくれますよね……私のことを、太陽みたいだって……でも……私にとってはコロちゃんこそが、まぶしい太陽でした……」

　されど喜びや眩（まぶ）しさは強いほどに、それを失う〝不安〟も強くなる……

「１４年前に、出逢った時から……コロちゃんが、いつも照らしてくれたから……私は今日まで、笑うことができたんです……でも……」

「……『今日まで』だけじゃ、ないよ………」

　だが、〝不安〟とは相手への〝不信〟から生まれるもの……

「明日も、明後日も、いつまでも……僕はすぐそばで、姉さんを照らすよ……」

〝不信〟により、相手が自分と異なる選択をすることへの〝不安〟が生まれる……

「姉さんが……すぐそばで、僕を照らしてくれるのと同じにね……！」

　ならば、相手を心から信じられれば〝不安〟など生まれ得ない……！！

「姉さん」

「はい」

　互いを太陽のような笑みで照らし合う姉弟が、一緒に大剣の柄（つか）を握る。

　同時に全ての光のツブと光剣を吸収した大剣が、太陽のようにまぶしく輝く。

〔ムシケラどもがああああああああああああああああああああああああああっ！！〕

　その時〝異元領域〟に怒りの絶叫が響き渡り、

〔お前ら全員、道づれだあああああああああああああああああああああああっ！！〕

　三重の封印が破壊され、解放された火球の熱が爆発的に膨（ふく）れ上がる――が、

「それは困るな。まだまだ〝義務〟を果たしていないからね。そう……」

　白い鋼の巨人と白金色の鋼の巨人が、一緒に握る大剣を振り上げ……

「「姉弟を助けるヒトの義務を！！」」

　振り下ろされた大剣から、太陽の光を凝縮したような〝光の矢〟が打ち出された。

　４０億人を葬る異能を２つ合わせて増幅したそれは、１００億人以上を葬る一撃。

　だが、その輝きは見る者を魅了し心酔させる、神がかった美しさに満ちており……

〔た…逮夜（たいや）の……曙光（しょこう）……！〕

　火球から呆然とした声がもれた。瞬間、太陽のごとき火球と太陽のような矢が激突、激しい閃光に〝異元領域〟が白く染められる。

〔……おのれええええええええええええええええええええええええええええっ！！〕

　矢を弾き返そうと火球が一層熱を強める――が、

　ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ

〝光の矢〟は火球の外殻（がいかく）を粉砕し、露出したカマキリのような上半身を貫いた。

〔ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………〕

〝蟲〟の上半身が白金色の光に包まれ消えていく。が、突如ダンゴムシのような下半身が上半身から分離し、長く伸びて巨大なムカデのようになり姉弟へ飛びかかった。今までの〝蟲〟は２匹の〝蟲〟の集合体だったのだ。

〔くたばれえええええええええええええええええええええええええええええっ！！〕

　またたく間にムカデは距離を詰め、牙のような鋭いアゴで姉弟を斬り裂く。

〔ぐあっ！？〕

　――寸前、姉弟の鼻先でムカデが止まった。頭上の藤棚から無数の白金色の蔓（つる）が伸び、ムカデに絡みついて空中に固定したのだ。

「葬送曲に終止符を打つ時だよ………〝煌神葬掃玉（こうじんそうそうぎょく）〟」

　カマキリのような上半身を消滅させた〝光の矢〟が太陽のような〝光の玉〟となって〝異元領域〟に広がっていき、ムカデを呑（の）み込み眩（まぶ）しい光の中で消滅させていく。

〔ば…馬鹿な……この俺が……なぜ……！？〕

「なぜと問われるのなら、それは、あなたが最大の〝禁忌（きんき）〟を犯したからです」

　消えゆく〝蟲〟へ、心を１つにする姉弟は声をも１つにし……

「僕の大切な姉（ヒト）を傷つけようとしたからだよ」

「私の大切な弟（ヒト）を傷つけようとしたからです」

　優しいハーモニーが白金色の世界に響き、同時に世界に広がっていく太陽のような光の中で〝蟲〟が……１４年にわたる因縁が消え去った……そして――

「……偽神（ぎしん）、戦役（せんえき）……太陽の、消えた日………」

　デュロータのつぶやきと共に、〝異元領域（せかい）〟もまた光に満たされ消えていく………

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◆

「……ふむ。まあ、ギリギリ及第点（きゅうだいてん）をくれてやるか」

　騒ぎが収まりつつある評価実験場で、白い和服の女が言った。

　焼け焦げた建物の屋上に立ち、遠い異世界を見るような眼差（まなざ）しをしながら。

「俺も、まだまだ甘いな♪」

　弟子（つばめ）が猛抗議しそうな言葉と共に、高飛車（たかびしゃ）の奥に慈愛の潜む笑みが浮かぶ……と、

「〝白銀の斬晶〟の弟子が、『親バカ』ならぬ『師匠バカ』か？」

「うはははは！　我が師も孫の成長にお喜びであろうよ♪」

　不意に聞こえた声に和服の女――ワイクナッソは背後へ向き、

「貴様はどうなのだ？　あの姉弟は貴様の弟子なのだろう……〝調律士〟よ」

「その呼び方は、やめろ……〝黒死の重圧〟」

　地球軍の特務部隊の軍服を着て黒髪をポニーテールにした女――リオのムッとした声にワイクナッソもムッとして、

「それは俺の姿も知らぬ輩（やから）が、どこぞの疫病（えきびょう）になぞらえ勝手に付けた綽名（あだな）であろう」

「ハハッ、実物は真っ白なのにな。腹の中はともかく♪」

「ふふん♪」

　リオの軽口にワイクナッソは胸を張って高飛車に笑み、

「純真なる乙女は、腹の中も清廉潔白（せいれんけっぱく）に決まっているであろう♪」

「ハッ、２０億年も生きてて何が『乙女』だ」

「トロニック人では、まだまだ小娘だぞ。若作りの貴様と違ってな♪」

「誰が若作りだ！？」

「うはははは！　若作りの〝御母堂（ごぼどう）〟よ、〝鍵っ子〟のそばにいなくて良いのか♪」

「……それ、本人の前じゃ〝黒鍵〟って言えよ。どうなっても知らないぞ」

　リオが顔をしかめるも、ワイクナッソは高飛車な笑みを深め、

「『母』と言えばプロテクスの護空（ごくう）局（きょく）管領（かんれい）を母とする者も、この星系に来ていたのだな♪」

「……ん？　お前、デュロータに会ったことあったか？」

「いや。だが、母によく似た重圧を感じたからな」

　懐かしそうに目を細め、

「かつては共に戦場を翔けたあ奴が、今や一児（いちじ）の母とはな。あまりの感慨深（かんがいぶか）さに、俺も子を産んでみようかと思ってしまったぞ♪」

「ハッ、誰の子を産むつもりだ師匠バカめ」

「さあな♪　それより……」

　おどけつつ隣の建物を見て、

「ことは済んだのだから、あのチビどもを下げてくれるか？」

　隣の建物の屋上で、片や白、片やピンクの子猫たちが和服の女をにらんでいる。

「あれで俺を牽制（けんせい）しているつもりらしいな。あまりの健気（けなげ）さに心を打たれ、余計な手出しを控えてしまったぞ♪」

「あいつらがいなきゃ手出しする気だったのか？」

「やはり過保護か俺は。まあ、今日ぐらいはいいだろう。可愛い愛弟子どもが帰ってきたら、褒美に愛する師の背中を流させてやるか♪」

　ひときわ誇らしげに笑うと、リオへ背を向け、

「では、さらばだ〝御母堂〟よ♪　しっかり司壊（しかい）を開いておけよ！」

　リオが渋面（じゅうめん）で口を開きかけるも、姿を消してしまうワイクナッソだった………

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◆

「終わりやがったのですね……」

　広大な更地で片眼鏡（モノクル）の少女がつぶやいた――が、

　バリドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ

　不意に落雷のような轟音が響き、空に巨大な半透明のムカデが現れた。

「しくじりやがったのですかボッチャマ！？　……いや、あれは……」

「霊体……魂なんだよだよ～♪」

　一瞬目をむいた片眼鏡の少女に、翡翠色（ひすいいろ）の髪の少女が陽気に言った――刹那、

　ズババババッ

　巨大な〝蟲〟の霊体が、無数の光の剣に斬り刻まれ消滅した。

「当家に伝わる霊剣術、〝魂斬（たまぎり）〟にござるか……」

「魂まで消されちゃったら～、二度と転生もデキないんだよだよ～♪」

「八（や）つ裂（ざ）きじゃなくて、みじん切りにされたか……」

　六音が白み始めた夜空を飛ぶ巨大な鳥の背で溜め息した……直後、

　ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ

　空の一部が砕け、空間に大きな割れ目が口を開けると……

「わらわたちが討伐（とうばつ）をしくじるわけがあるまい」

　割れ目から雄大な翼を羽ばたかせる三つ首の竜が出現し、その額に立つ白拍子姿の少女が尊大に言い放ち、

「これで今回の任務も完了だな」

　続いて割れ目から飛び出した、７０メートルを超える白と青の鋼の巨人が実直な口調で語り、

「ただいま、みんな」

　最後に白い鋼の巨人が白金色の鋼の巨人を連れて割れ目から現れ、威厳と優しさの籠（こ）もった声を更地に響かせる……と、更地に散らばるボロボロの少年少女たちは肩の力を抜き、その中の１人が日本刀を鞘（さや）に納め恭（うやうや）しく頭を下げ、

「見事仇敵（きゅうてき）を征伐（せいばつ）された御様子（ごようす）、謹（つつし）んで寿（ことほ）ぎ奉（たてまつ）るでござりまする」

「ありがとう、火焚凪（かたな）。君もがんばってくれたみたいだね。他のみんなも、ご苦労様……そして、ありがとう」

　夜明け間近な空から、壮大な笑顔が広大な更地を照らす――と、白い機体と白金色の機体が水銀のような液体金属になり、頭上に浮かんだ魔法陣のような光の円に吸い込まれていく。

「ぶっつけ本番だったけど、〝纏元装甲（てんげんそうこう）〟も上手くいったね」

　液体金属が全て光の円に吸い込まれると、白み始めた空には緋色の学生服の少年と少女が残り、

「おつかれ様、姉さん」

「おつかれ様でした、コロちゃん」

　支え合うように身を寄せる姉弟は、深い充足感（じゅうそくかん）と慈愛に満ちた笑みを浮かべている。そして熱い瞳で見つめ合い……

「それじゃ事件も終わったし、〝ご褒美（ほうび）〟をもらってもいいかな♪」

「やっぱりコロちゃんは、甘えん坊さんですね……」

　姉は苦笑気味に笑みつつも包容力あふれる声で……

「〝たいへん、よくできました〟……♡」

　姉弟は抱きしめ合うと一緒に目を閉じ、ゆっくりと………唇を重ねた。

　折（おり）しも遥かな山の稜線（りょうせん）から日が昇り、清新な光に照らされつつ互いに抱擁（ほうよう）して唇を交わす２人の姿は、崇高な神話の一幕のよう……

　クチュリ……

　……かと思いきや、交わされるのは額や頬への軽いキスとは違い、互いに強く押しつける、あるいは貪（むさぼ）るような激しいキス。

　クチュクチュと唾液（だえき）と舌の絡まる音をさせつつ両者の頬は火照り、唇と唇のわずかな隙間からも興奮したような熱く湿った吐息（といき）がもれる。

「……それが〝たいへん、よくできましたのチュー〟か………」

　いつの間にか姉弟のそばに、巨大な鳥に乗る六音とあおいがいた。

「人前でそーゆーコトすんなって言ったろ！　エロリストのムッツリ姉弟め！！」

「はぅぅ……しょ…食虫、植物ぅ………」

　真っ赤な顔でがなる六音と、真っ赤な顔を両手で覆いつつ指の間から濡（ぬ）れ場（ば）（？）を凝視するあおい。

　クチュ……チュ……チュパ………

　――だが、姉弟はさらに抱擁を強め互いの唇を貪り続ける。

「待ちやがれコラ！！　どんだけ２人の世界に浸（ひた）ってんだ！？　それともわざと見せつけてんのかキスの暗黒卿（あんこくきょう）め！！　キスの復讐なのかエロスの覚醒なのかエロスと共にあらんことをなのか！？」

　火を噴く勢いの六音に、ようやく姉弟は名残（なご）り惜しそうに唇を離し、

「そんなに興奮して、どうしたんだい六音」

「ざけんなよ暴君エロ！！　民衆を苦しめてそんなに楽しいか！？」

　３０人近い〝民衆〟が眼下の更地から様々な視線を向けてきている。

　あきれる者、冷やかす者、何かをこらえる者、決意を新たにする者………しかし、

「苦しめるって何のことだい？」

　姉弟はキョトンと首をかしげ、

「はい。コロちゃんと私がしているのは──」

　声を一緒に平然と、

「「普通の姉弟のスキンシップだよ」

　　　　　　　　　　　　　　です」

「ウソつけえええええええええええええええええええええええええええええっ！！」

〝民衆〟を代表する絶叫が空を震わせ、

「もう結婚しちゃえっぺよ」

　大地でも同様のつぶやきが冷えきった声で放たれた……が、

「おに～ちゃんと～♪」「おね～ちゃんが～♪」「なかよしで～♪」「「「めでたしめでたし～～～♪」」」

　冷えきった〝民衆〟から、ほのかな祝福を感じたのは気のせいだろうか。

　少年少女たちを照らす朝日に似た、清々しく温かな祝福を………

　――ともあれ、後世に『ホモ・エクセルシオールの曙（あかつき）』と記（しる）される、波瀾（はらん）の１日は幕を閉じた。

　この日、地球と地球人類は、新たな進化の時代に突入したのである………