第18話 14年前の真実、そして再来

「早くお逃げください姫殿下!!」


 世界が氷に閉ざされた中、最後に残った王城に敵が迫っていた。

 それは長大な牙を生やした、鋼の巨獣の大軍団。

 とがった6本の足を凍った大地に突き立て、王城を陥落せんと押し寄せてくる。


「乱心しおったか! わらわは王家の血を引く最後の者なるぞ! 敵に背を向け落ちのびるなぞ、出来ようはずがないのじゃ!!」

「ごもっともにござりまする! なれど叛臣はんしんに〝三宝獣〟を奪われた今、我らに打つ手はござりませぬ!!」


 無念の思いが場に満ちる。


「……七千年に及ぶシーカイ王朝の歴史と栄光が、かような形で幕を下ろすなど……あっては、ならぬのじゃ……!」

心中しんちゅう、お察し申し上げたてまつりまする! なれど叛臣を討ち果たし、〝三宝獣〟を取り戻し、いつの日か王朝を再興させるためにも、何卒なにとぞ、何卒ここは……!!」

「……おのれ、必ずや怨讐おんしゅうを果たしてくれるのじゃ……ドミネイドめ!!」


                  ◆


「……ドミネイドめ!!」

「お、気がついたか、ハクハトウ」


 叫びつつ身を起こした白拍子しらびょうしに、メガネをかけた少女が言った。


「うなされてたけど、怖い夢でも見てたのか?」

「……夢……じゃと……?」


 もやがかかったような頭を、白拍子ハクハトウは徐々に覚醒させていく。そして――


「……六音……どこなのじゃ、ここは……?」


 いぶかしげに周りを見回すと、長いトンネルの中のような所にいると分かった。

 のたうつような曲線を描き生きているように脈動する、不気味な機械に内壁を覆われたトンネルの中に……


「……わらわたちは、我が故国の転送術に取り込まれたはずじゃが……」

「ああ。札幌基地の正門から、ここに飛ばされたみたいだな。にしても……」


 メガネを下げて、六音も周りに目をやる。


「この機械、形はとにかく、色はメチャクチャ見覚えあんだよな………」


 の周囲の機械に、六音は眉をひそめた。


                  ◆


「ガハハハハッ! そろそろトドメをくれてやるぜえっ!!」


 砂漠の〝異元領域〟で、砂色の鋼の巨人が凶悪に吼えた。

 50メートルを超える巨体の前には、170センチをようやく超える少年が1人。


「……勝利宣言は、ちょっと早いんじゃないかな♪」


 強気に笑む煌路だが、肩で大きく息をして、無限と思えた光剣も右手に握る1本が残るのみ。


「まだ、あきらめてねえのか? 〝オトモダチ〟が助けに来てくれるってなあ♪」


 凶悪に笑み巨大なハンマーを振り上げて、


「安心しな! 〝オトモダチ〟なら先にあの世で待ってるぜえっ!!」


 天からくだる隕石のごとく、巨大なハンマーが振り下ろされた。


                  ◆


 ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


 金属をこすり合わせるような咆哮を、夜空を泳ぐ白金色の大蛇が吐きだした。

 150メートルを超える機体が目指すのは、無数の山をへだてた先の巨大な平屋。  

 ダムのような10枚の壁に囲まれる、ミズシロ財団が東の本家の本拠地〝水代邸〟だった。


「くっ……あの式獣機を、これ以上進ませてはなりません!!」


 緋色の学生服を着た、烏羽色からすばいろの髪の少女が叫んだ。

 大蛇を見あげる霧と雪が覆う山岳地帯に、緋色の学生服の少年少女たちがいる。

 だが、純人教団の軍隊を難なく排した面々が……最凶の〝封印災害指定〟たちが、今はボロボロに傷ついていた。


「言われるまでもありませんわ! なれど、あの力は――」

 ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


 大蛇の全身からの光の糸が無数に伸び、山岳地帯の少年少女たちを襲う。


「ぐっ!」

「うぉあっ!?」

「きゃひっ!」


 それぞれの異能で身を守ろうとするも、光糸に異能をかき消され少年少女たちは新たな傷を刻まれた。……一撃ごとに、少しずつ深くなっていく傷を。


Holy shitちくしょう! 段々、アタックがジャストフィットしてきてるじゃねーのよ!!」

「慣れてきやがったのですよ。の力を使いやがるのに」


 最凶の悪魔たちが息をのんで震えた………1年前の〝あの日〟のように。


                  ◆


「やっぱり、これが動力源か……!」


 六音がメガネを外した素顔をしかめた。

 目の前にあるのは、透明な卵型の大型容器。

 そして、無数のチューブがつながれ、心臓のように脈動する容器の中で眠る――


「ウィス先輩……!!」

 

 それはさながら、白金色の髪の眠り姫。

 白金色のトンネルの先で見たものに、六音は舌打ちしつつ隣の少女へ向き、


「お前に重圧をたどらせて、ここまで来たけど大当たりだったな」

「わらわは、この女子おなごの重圧のみをたどってきたにあらずなのじゃ」


 古風な美貌に苛立いらだちをにじませつつ周りを見て、


「この絡繰仕掛からくりじかけ……おおかた大仰おおぎょうな式獣機じゃろうが、こ奴にはもう一つ〝しんぞう〟があるはずじゃ」


 常からある〝険〟をさらにキツくして、


「それこそは……わらわが故国を失って以来、探し求めてきたものじゃ……!」

〔あきらめが悪いな、亡国の姫様〕


 不意に、しとやかな少女の声による不遜な言葉が聞こえた。

 六音とハクハトウが声の聞こえた方――透明な大型容器を見ると、


〔だがまあ、お前の考えの通りだ。この大型式獣機の、もう1つの動力源……それはお前の星から持ち出された、〝三宝獣〟とやらの1つだ〕


 容器の中で、目を開けたウィステリアが似合わぬ不遜な笑みをしていた。


「なぜ我が故国のことを知っておるのじゃ!? 貴様、何者じゃ!?」

〔そうだな。お前たちに知れた名を名乗るなら……〝マスカレイド〟か〕


 ウィステリアの発した言葉に、六音は目をみはってから、


「……なるほどな。素顔も本名も分からない謎のテロリストなわけだ。事件のたびに、違う人間の体を乗り換えてたのか」

〔察しがいいな〕


 不遜な顔のウィステリアが、六音に目を向け、


〔そう言えば、お前には昨日も会っていたな。昨日の俺は、狂信者の記憶と人格を植えつけた異星人だったが〕

「やっぱり、昨日の三つ目の異星難民もお前だったのか。てか、もしかしてあの時に近くにいたウィス先輩の体に乗り換えたのか?」

〔その通りだ〕


 容器の中のウィステリアが、自慢げに口の端をつり上げ、


〔狂信者どもの目的にも興味はあったが、お前を誘拐すればこの女が来ると〝支援者〟から聞いていたのでな。あの時この体に移動し、先刻まで潜伏していたわけだ。久しぶりに使ってみたが、やはりこの体の性能は別格だな〕

「久しぶり……?」


 六音が怪訝けげんそうに眉をひそめると、


〔そうだ。この星の時間で言えば14年ぶりだ。前回は予想以上の性能のせいで制御を誤り、うっかり星の住人の半分を消してしまったぞ〕

「……まさか〝逮夜たいや曙光しょこう〟のことを言ってるのか!? お前がウィス先輩を操って、あの事件を……!?」


 愕然がくぜんと目をむく六音。


〔ああ、簡単な露払つゆはらいをするつもりだったのだが、とんだ失態だったな。潜伏していた同胞の多くまで消してしまったせいで、〝本隊〟の侵攻計画にも支障をきたしてしまった〕

「同胞? 本隊? お前、何が目的で――うわっ!?」


 突如、白金色のトンネルが激しく揺れた。


                  ◆


 ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


 巨大な炎の塊をぶつけられ、白金色の大蛇が夜空で激しくのたうっていた。


奥方様おくがたさまが捕らわれておられるなら、お救いするまでにござる」


 炎を放った少女が、刀を右手に震える声で語る。


「邪魔だてするならば悪鬼や神罰とて斬りふせ、お救いするまでにござる」


 真紅の火焔文様かえんもんようが輝く右半身も、声と同じく震えている。――だが、


「それこそは我が主君への揺るがぬ忠義にござる。しからば――」


 右の瞳と帯のほどけた髪も真紅に輝かせ、歯を食いしばって震えを振り払い、


「今こそ一命いちめいささたてまつるでござる!!」


 刀を夜空の大蛇に……震えの原因ものに向けた。


「……いえ、死んではダメでしょう」


 離れた地点で、烏羽色の髪の少女がずり落ちていたメガネを押し上げ、


「Zクラス! この程度で心折れるわけにはいきませんよ! 忘れたわけではないでしょう! 1年前の……入学初日の〝親睦会〟を!!」


 頭の中に響く声に、級友たちは震えを止め顔を引きしめる。


「そうです!! 今の私たちは手足の多くを失ったわけでも、内臓をブチ撒けたわけでも、ましてや体の半分を失ったわけでもありません! 御曹司と同等の力をお持ちな〝白金の女王プラチナムクイーン〟が本気になれば、私たちなどひと溜まりもないのに!!」


 えかけていた重圧が息を吹き返し、山岳地帯に猛々たけだけしく渦巻うずまいていく。


「あのヘビが使っている力など〝女王クイーン〟の……我が御師範ごしはんの力のほんの一端に過ぎません! そんなものに負ける軟弱者に〝悲願〟を果たす資格はありません!!」


 そこで少女は顔をやわらげ………狂おしい愉悦ゆえつを浮かべると、


女子わたしたちは、御曹司の子を産むまで死ねませんからね。男子あなたたちだって、それぞれの〝悲願〟があるのでしょう? でしたら――」


 再び毅然きぜんと顔を引きしめ、


「自らの〝悲願〟を果たすを、自らの力で勝ち取りなさい!!」


 凍てついた胸を、女も男も熱い覚悟と勇気で燃え上がらせる。


「好き勝手言ってくれるのう。まあ、ええ。手伝ってやるけえ、感謝せえよ」


 げきを飛ばした少女の頭に、獰猛どうもうに笑うような声が響いた。


「あら、あなただって故郷の許婚を残して死ねないでしょう? 〝拷問研究会〟」

「じゃかあしいわ。で、手はあるんじゃろうな、〝委員長〟」


 烏羽色の髪の〝委員長〟はうなずくと、


「〝アロマ同好会〟! あなたの〝奥の手〟の出番ですよ!!」

「あはっ、オッケーなのよぉん♪」


 甘ったるい声が頭に響き、離れた山から薄紅色ピンクの光が夜空に飛び立った。


「あはっ、みぃんな覚悟はいいのよねぇん♪」


 薄紅色ピンクの翼を生やす少女が、夜空でフィギュアスケーターかバレリーナのようにクルクルと回転して踊り出す。と、翼から甘い香りのする薄紅色ピンクのケムリがわき出し、眼下の山岳地帯に広がっていく。

 

「うっ!?」

「ぐおっ!?」

「ひゃわっ!?」


 山岳地帯の少年少女たちは、薄紅色ピンクのケムリを吸うとビクッと震え……


「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「ぬあああああああああああああああああああああああっ!!」

「はあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 その重圧を、爆発的に増大させた。


「さあ! ここが正念場ですよ!!」


                   ◆


「潰れやがれ劣化生物ゴミがああああああああああっ!!」


 煌路を肉塊に変えんと巨大なハンマーが振り下ろされる。


 ピシィッ


 だが煌路の真上の空間に亀裂が入りハンマーを受け止めた。


「なにぃっ!?」


 驚く砂色の巨人の前で亀裂が破裂するように広がり、空間に開いた割れ目から4機の青い戦闘機が飛び出す。


「無事かコウジ!!」


 次いで白い機体に青いラインを流す、双発の航空機が割れ目から現れ、


「デュロータ!!」


 煌路の叫びと共に変形、白い機体に青いラインを流す鋼の巨人となる。


「テメエ、どうやってこの領域に――うおっ!?」


 砂色の巨人に4機の戦闘機が光弾を撃ち、煌路から離れさせた。片や、白と青の巨人は煌路を背後にして降り立ち、砂色の空を飛ぶ戦闘機を万感の思いで見つめ、


「仲間たちがおのが身と引きかえに起動させた〝充元じゅうげん端子たんし〟……そのおかげで、私はここに来ることができた……!」

「己が身と引きかえって……それじゃ基地や実験場のみんなは……」


 顔をこわばらせる煌路へ、顔だけデュロータは振り返り、


「……全滅は避けられたはずだ。予想外の〝援軍〟が来たからな………」

「援軍……?」


 顔をこわばらせたまま、煌路が眉をひそめた。


                   ◆


郎党ろうとうばかりで、〝ぞく〟の頭目はおらぬようだな」    


 夜空の下、随所から煙を上げる評価実験場で黒い羽織袴はおりはかまの少年が言った。


「まんまとガセネタにダマされたってか、皇子おーじサマ♪」


 少年の横で、黒い忍者装束にんじゃしょうぞくの少女が意地悪く笑む。

 2人の周りには多くの瓦礫がれきと共に、30メートルを超える砂色の鋼の巨人が何体も倒れていた。


「お…おのれ……太陽系ドミネイド……!」


 その時、地球軍の機甲衛士が1機、光剣を振りあげ少年と少女に迫ってきた。


 ドガアアアアアアアアアアアンッ


 だが少年がまばたきすると、まっぷたつになって爆発した。


「恩知らずなヤローだな♪ 一応たすけてやったってのに♪」

「こ奴らにして見れば、我らも〝賊〟も大差は無いのであろうよ」


 緊張感のない2人の周りに、同様の機甲衛士が複数、武器を手に集まってくる。


「ハッ、コイツらって変形もできない、フラッター用の古いタイプだよな。〝賊〟どもがいる間はブルブル震えて隠れてたのに、ガキだけ残ったら出てきたってか♪」


 緊張感のないまま、少年と少女は背中合わせになり戦闘態勢に入る。――が、


〈会いたかったぞ、愛弟子まなでしたちよ〉


 突如、強大な重圧が声となって一帯に響き、少年と少女をかこむ機甲衛士が残らず倒れた。


「……げ……ちょっと待て待て待て待て待て…………」


 機甲衛士のパイロットを重圧に、少女はダラダラ冷や汗を流し、少年も体をこわばらせる。――直後、


「なんだ2人とも、敬愛する師との再会をもっと喜ばんか♪」


 豪放な声を響かせつつ、1人の人物が夜空から舞い降りた。

 2メートルの長身に白い和服をまとい、白い髪を足首近くまで伸ばしている。

 和服のすそと肩、そでのたもとには真っ赤な椿つばきの花の模様をあしらい、腰の左右には日本刀をひと振りずつ差していた。

 

「俺の留守中、修練をなまけてはいないだろうな? オブシディアス、つばめ」


 さながら快晴の空を舞う白雲のごとき人物が、寒気がするほど整った顔に高飛車な笑みを浮かべた。


 ガキィンッ


 刹那、人物の刀とオブシディアスの刀が激しく刃をぶつけ合う。


 ぶるるるんっ


 その衝撃で、人物の豊満胸元が激しく震え、


「どうやら怠けてはいなかったようだな♪」


 テストとばかりに愛弟子に斬りかかったは、高飛車な笑みを深めた。


「……宇宙には、上には上がいるんだぞ……エベレスト級天然ビッチ………」


 かたわらで、ウィステリアをも超える胸元を冷めた目で見るつばめ。

 一方、気が済んだのか女が刀を納めると、オブシディアスも刀を納め、えりを正して深々と頭を下げる。


「遠征よりの無事の御帰還、寿ことほぎ申し上げます、我が師ワイクナッソ」

「うむ。此度こたびはプロテクスに残る愚弟と、久方ぶりに刃を交えたのでな。少々羽目を外して、引き際を誤るところだったぞ♪」


 会心の笑みを見せる師に、少年はかすかに顔を硬直させる。――と、師は弟子たちの頭をガバッと抱き寄せ、


「うはははは! 愛する師に嫉妬しているのか? 心配するな。愚弟などよりお前たちの方がよほど可愛いぞ♪」

「ぶふっ!? は、離しやがれ! 子供あつかいすんなワガママししょおめ!!」


 世界級ワールドクラスを超える宇宙級スペースクラス爆乳に頭を埋められ、つばめがジタバタ暴れる。


「ふふん、照れることはないぞ小童こわっぱめ♪ 幼いころより修練を終えたあとは、風呂で共に汗を流しているだろうが♪」

「ざけんな! ボロボロにしごいたオレらを風呂に放り込んで、問答無用で背中流させてんだろーが!!」

「うはははは! 師の背中を流せるなど光栄の極みであろう♪」


 豪快に笑った師は、腕の中のもう1人の弟子を見て、 


「そうそう、〝大帝都〟より帰る際には〝御老公ごろうこう〟にも御目通おめどうりしてきたぞ」

「……ひいおじい様は何か?」

「お前への御言葉をたまわってきたぞ。『精進せよ』とのことだ」


 女が高飛車な笑みの奥に深い慈愛をにじませる。――が、


「その〝御老公〟からの〝下賜品かしひん〟をかすめた〝賊〟の始末、どうなった?」


 不意に氷点下に冷えた師の笑みに、弟子たちの顔が凍りつく。


「〝課題〟の期限は俺が遠征から戻るまで。確かに言い渡したよな?」

「……は、昨日さくじつ〝賊〟に関わりありとおぼしき外宇宙の者を捕らえ、つばめの術にて情報を引き出そうと試みたのですが……」

「なんか……他のヤツに操られてただけで、〝賊〟のことは全然知らなかったんだよな………」


 滝のような汗と共に、弟子たちはかすかに震えつつ、


「加えて本日、我らが帝国でも一部の上層部のみが使う通信網より、この地に〝賊〟の一党が現れるとの情報がもたらされたのですが……」

「来てみたら……下っ端ばっかで、親玉はいないっぽいんだよな………ひっ!?」


 師の腕に力が入り、ギリギリと頭を締めつけられ青ざめる弟子たち。


「つまり、〝下賜品〟を取り戻せていないわけだな」


 弟子たちの頭を抱きつつ、師が氷点下の笑みのまま重圧を強める………が、唐突に何かに気づいて、師弟は北海道の中央方向へ目をやる。


「ほう……この星系の者にしては、なかなかの重圧だな」


 強力な重圧に、師は獲物を見つけた肉食獣のごとく口元を歪めた。


                   ◆


「まずは地上に降りてもらいましょうか!」


 メガネを鏡のように光らせ、〝委員長〟が黒い砂に包まれる。

 砂はまたたく間に量を増やし、黒く、巨大な、〝異形〟の蜘蛛くもになる。

 頭の代わりに蜘蛛は、無数の黒い糸を射出して夜空を泳ぐ大蛇に絡めた。


「うちも手伝うどすえ~♪」


〝クズ参謀〟――いや〝陶芸部とうげいぶ〟が筆を地面に突き刺す。と、土は大きく盛り上がり高さ30メートル近い火焔型土器かえんがたどきを形成、口から黒い炎を吐いて大蛇に絡める。


「貴様たちだけに、任せてはおけなくてよ」


〝園芸部〟も大木のように太いいばらを多数、大地から伸ばし上空の大蛇に絡めた。


「ふんっ!!」

「よいしょ~♪」

「はああっ!!」


 3人の少女の気合いと共に、糸と炎と茨に引っぱられ大蛇は轟音を上げて霧と雪に覆われる山に落下、自分を縛るいましめを解くため暴れようとするが、


「逃がさないんだよだよ~♪」


〝心霊学研究会〟が両手の腕時計を重ね合わせ、キインッと共鳴音を奏でた。途端、山肌を突き破って機甲衛士をわしづかみ出来るほど巨大なが多数現れ、大蛇をガッチリつかんで地上に固定した。


「今です! 〝料理部〟、〝占い同好会〟、〝人形劇同好会〟、〝催眠術研究会〟、御師範の力を全力で抑えなさい!!」

「ヘビさんには~、負けられないのれすよ~♪」

「この世は人形がごときなのサッ!!」

「すべては、お告げのままにっス!」

「世界は、あまねく……千変万化せんぺんばんか、なの………」


 大蛇の機体が、文字のような紋様に覆われ、多数の吸盤が付いた複数の触手に巻きつかれ、降りそそぐ多くの光線に貫かれ、連続する鈴の音を浴びて抑えつけられる。


 ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


 微動だに出来ない大蛇は苦悶するように吼え、機体のあちこちから5メートルほどの機械の小蛇を大量に放出した。


「む!? 直接、術者を攻撃する気ですか!?」


 山岳地帯に散らばっていく小蛇の大群に〝委員長〟が目元を険しくする……が、


「今一度立ち上がるは、我が〝銅条どうじょう兵馬俑へいばよう〟なり」


 蝶結びのような髪型の少女が青銅の刀をひと振りすると、山岳地帯に散乱する青銅の破片が結合し……高さ20メートルに届く、多数の騎馬きば武者むしゃの銅像に戻っていく。


煌太子こうたいしへの恩義がため、武勇を示すは〝銀煌ぎんこう兵馬俑へいばよう〟なり!!」


 少女の頭の、羽根を模した銀の髪留めが光を放つと、きらめく銀色になった銅像が隊伍たいごを組んで進軍を開始。山々に散らばった小蛇たちを馬のひずめで踏みつぶし、弓矢で打ち取り、刀で斬り捨てていく。


「はっ、ちょうどええ材料じゃわい〝美術部〟!」


 あえなく全滅した小蛇に〝拷問研究会〟が気炎を吐き、その筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの肉体が引き寄せられて溶け合う小蛇たちの残骸に包まれ……筋骨隆々とした身長25メートルの、首のない黒鉄色の巨人になった。


「しごうしたるけえ観念せえやああああああああああああああああああああっ!!」


 首なし巨人の雄叫おたけびを号砲に、Zクラス渾身こんしんの攻撃が大蛇を襲う。

 竜巻と落雷が空を裂き、流水と氷塊が地を砕き、はちのように敵を刺す必殺パンチとサテンゴールドに輝くメタルヒーローの必殺キックが炸裂する。

 暴走する力に一同だが、手を緩めず死にもの狂いで攻め続ける。


 ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


 しかし、攻撃は大蛇を着実に傷つけるが決定打には至らない。――その時、


「主役は遅れてやって来るっぺよ!!」

 

 夜空に1機の戦闘機が現れた。


「気候調整装置と一緒に届いたミズシロ財団の〝新製品〟、その中でもボクチン用にカスタムされた専用機だっぺよ! 『専用機』……なんといい響きだっぺ!!」


 戦闘機に乗るのは、真ん中で分けた黒髪を肩まで伸ばす、メガネをかけた少年。

 前を開けたブレザーの下のシャツには、世界的に人気のカードゲーム『マスターズ・オブ・ギャラクシー』のレアカードが多数プリントされていた。


「無駄口たたいてやがらないで、さっさとボッチャマのパクリ技で攻撃しやがれなのです〝漫画研究会〟」

「パクリじゃなくてオマージュだっぺよ!! ……って、違うっぺ! ボクチンのオリジナルスキルだっぺよ!!」


 逆ギレ気味の叫びと共に戦闘機が変形、従来の機甲衛士よりひと回り大きな細身の機械人形となる。


「目ん玉に焼き付けるがいいっぺよ! ボクチンの最強コンボを!!」


 少年が30枚近いカードを操縦席のカードスロットに入れる。と、機甲衛士は自分の身長より長い銃を地上に固定された大蛇へ向け……


「喰らえっぺ! ミラクルレクイエムブラスタあああああああああああああっ!!」


 太陽が爆発したかのような閃光が、夜空を白く染めあげた。


                   ◆


「……とは言え、予断を許さぬ状況であることは確かだ」


 煌路を背後に置くデュロータは、前方の砂色の巨人を警戒しつつ、


「コウジ、この場は私に任せて通常空間へ戻れ。お前の〝義務〟を果たすためにな。〝道〟が開いた今なら、例の新兵器を使えば戻れるはずだ」


 デュロータが煌路の真上にある、空間に開いた割れ目を視線で指す。――が、


「私に任せろだあ!? 実戦じゃ親の七光りは効かねえぞ!!」

 

 の砂色の巨人がハンマーを振り上げ、の白と青の巨人に迫ってきた。が、デュロータは泰然とした態度で、


顕元けんげん


 おごそかな声と共に、25メートルの機体は光に包まれ大きくなり、50メートルの機体はシャボン玉のような空間に捕らわれる。そして光が弾けの鋼の巨人となったデュロータは、足止めされている砂色の巨人へ、


生憎あいにく、父はともかく私の母は、七光りなどで娘を甘やかすほど寛容ではないぞ」


 硬い声で語るデュロータは、目の覚めるような青色の装甲に覆われていた。

 姿を構築するのは、優雅で上品なプリンセススタイルのドレスのごとき装甲。

 つばの大きなボンネットのような頭をかこむ装甲と、大きくふくらみ足元まで届くスカートのような腰の装甲が、中世ヨーロッパの貴婦人を思い起こさせる。


「早く行け、コウジ。実験場を離れる寸前、ウィステリアの重圧の消失を感じたぞ」

「!?」


 背後で煌路が目をむくと、デュロータは前を見たまま努めて平静な声で、


「姉を守るのは、ヒトの〝義務〟なのだろう?」

「……ありがとう」


 強い決意を瞳に宿し、少年は頭上の割れ目に飛び込んだ。――直後、砂色の巨人はシャボン玉のような空間をハンマーで破り、あざ笑うように、


健気けなげだな。劣化生物ゴミを相手に一端いっぱしの乙女きどりか♪」

「……そうだな」


 デュロータはわずかな寂寥感せきりょうかんを漂わせうつむくが、


「ならば………せいぜい貴様に〝やつあたり〟させてもらおうか!!」


 吹っ切れたように、あるいは開き直ったように顔を上げ、


「〝充元端子たんし〟! 〝重連元使げんし〟発動だ!!」


 空を舞う4機の青い戦闘機が、4本の青い角柱になる。

 そして怒れる貴婦人のもとへ飛来し―――


                   ◆


 ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ


 太陽が墜落したかのような爆発が、山岳地帯を焼き尽くす。


「仕留めましたか……?」


〝委員長〟をはじめ、いち早く爆発から逃れていたZクラスの面々が、霧の中から山のように大きな爆炎を見つめている。


「はっはー♪ ボクチンの最強コンボを喰らってえええええええええええっ!?」


 爆炎から噴き出した白金色の炎に、夜空の機甲衛士が撃ち落とされた。次いで薄れていく爆炎の中から、白金色の巨大な細長いシルエットが現れ――


「Zクラス! 全員全力防御――きゃああっ!?」


〝それ〟が吐いた白金色の炎に、少年少女たちが薙ぎ払われた。


「ぐぅぅ……忌々しさ、極まれりにござる……奥方様の御力を、ここまで……!」


 満身まんしん創痍そういの少年少女たちが広大な更地さらちに……に倒れている。


「いや……若奥様の力だけじゃ、ないでやがるのです……あれは………」


 悠然と夜空を泳ぐ〝それ〟は、もはや〝大蛇〟ではなかった。

 新たに一対のつのと二対の足を生やした〝それ〟は―――荘厳な白金色の、巨大な〝龍〟だった。


                   ◆


「ぐおっ!?」


 白金色の龍の中で、ハクハトウが大きく顔を歪めた。

 そして透明容器の中のウィステリアをにらみつけ、


「貴様……〝三宝獣〟の力を使いおったな……!」

〔分かるか? 俺が使えるこの体の力だけでは、少しばかり苦しくなったんでな。お前の星の国宝の力も使わせてもらったぞ♪〕

れ者があっ!!」

 

 不遜に笑うウィステリアへハクハトウが駆け出す。が、周囲の機械から無数のケーブルが伸びて手足に巻きつき、動きを止められた。同時に六音はメガネをかけて、


「ウルトラ・メガネーザーあああああああああああああっ!!」


 ウィステリアの容器へメガネからレーザー光線を発射した。――が、


〔馬鹿め! こんな花火では、かすり傷も付かんぞ!!〕

「だったら……ウルトラ・メガネーザー・フルパワあああああああああああっ!!」


 光の奔流ほんりゅうが卵型の容器を襲う。――と、容器に亀裂が入り、


〔なにいっ!?〕


 容器が粉々に砕けるが、光線を発射したメガネも小さな爆発を起こし、ブリッジの真ん中から、まっぷたつに折れてしまう。


「六音! ……む?」


 足元に転がってきた折れたメガネの片割れに、ケーブルに縛られたハクハトウが眉根を寄せる。


「なんじゃ、これは!? 内側からじゃと何も見えぬではないか!!」


 メガネのレンズは、内側から見ると真っ黒になっていた。


「……マジックミラーって知ってるか? それの応用で作らせた特注品だよ。余計なものを見ないように……覚えないようにするためのな――うぉあっ!?」


 眉間から血を滴らせる六音が、ハクハトウ同様ケーブルに縛られ動けなくなった。


〔丁度いい。お前をここに転送した目的を遂げさせてもらおうか〕


 壊れた容器から出てきたウィステリアが、不遜ながら鋭い光を目に宿し、


〔〝ビリヤード計画〟。お前なら、その内容を知っているな? ミズシロ財団東の本家が次期当主の秘書……瞬間記憶能力者の、人間データバンクたるお前なら〕


 三つ編みもほどけた六音が目をむく。――が、すぐに図々しく笑み、


「瞬間記憶能力か……ま、記憶力がいーのはマジだけどな。エヴォリュ-ターが世間に認知される前からあった異能だから、これがあってもエヴォリュ-ターには分類されないんだけど」


 笑みを自嘲気味なものにして、


「ま、おかげでダンナ様のそばにいられるんだけどな♪ 頭に財団の重要機密をつめ込んだ『人間データバンク』と……か弱い乙女の体を張った『人間パワーアンクル』になってるおかげで♪」

「『ぱわぁあんくる』じゃと?」


 ハクハトウが再び眉根を寄せた。


「知らないか? 体を鍛えるために足首に巻きつける〝重り〟のことだぞ。ダンナ様は強すぎて普通の訓練じゃ効果が薄いからな。か弱い乙女を〝重り〟として連れ歩いて、行動に負荷をかけることで自分を鍛えてんのさ」


 ハクハトウが目を見張るも、六音は誇らしげに笑み、


「安っぽい同情なんてすんなよ? これってばZクラスで、あたしに出来る仕事なんだからな♪ さらわれたりしたら、ばあちゃんの言いつけを破ってでもダンナ様が助けに来てくれるんだぞ♪ ……そうだ、〝友達〟でもそうなんだから――」

 

 つややかな黒髪をなびかせつつ、ウィステリアを見て、


「大好きなお姉ちゃんが攫われたら、どーなると思う? テロリストさん、悪いことは言わないから、ウィス先輩を解放した方がいーぞ。グズグズしてると、怒り狂った〝シスコン帝国パックス・シスコーナ〟の〝シスコン執政官シスコンスル〟が、宝物おねえちゃんを取り返しに来るからな♪」

〔なんだと……?〕


 眉をひそめる『おねえちゃん』へ、六音はさらに笑みを変化させ、


「それとも地雷原でタップダンスが趣味なのか? お姉ちゃんを攫うだけでも極刑なのに、〝逮夜の曙光〟の黒幕だったなんて……原子核ひとつ残さないで消されるぞ。〝シスコン執政官シスコンスル〟……いや、〝ノイトルダムスの大魔王〟にな♪」


 血の滴る美貌に、凄絶せいぜつな笑みが咲いた。


                  ◆


 ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ


 白金色の龍が咆哮しつつ、〝標的〟を目ざし夜空を泳いでいく。

 まとわり付く〝羽虫はむし〟は叩き落とし、要害のような山脈も薙ぎ払った。

 はばむ物の無い〝標的〟への……〝水代邸〟への道を、龍は悠然と進んでいき……


 ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ


 水代邸へ白金色の炎を吐いた。が、屋敷を囲むダムのような壁が光の防壁を展開し炎を弾いた。


「……トロニック人の攻撃も想定した、水代邸の防衛機構……簡単には、破れないでやがるのですよ……♪」


 更地に倒れる〝羽虫〟の1匹が、弱々しく口の端をつり上げた。

 一方の龍は悔しそうに長大な機体をくねらせると、全身からまばゆい白金色の光を放ち、再び白金色の炎を吐く。


 ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ


 ダムのような壁も光の防壁を再展開する。――が、白金色の炎にあぶられ………防壁は千々ちぢに砕け散り、龍は無防備になった水代邸へトドメの炎を吐こうとする。


「……ひょっとして、ヤバくなりやがってますか……? ええい、こうなったらアタシサマの〝審判の日の曙たるタマツキドゥームズデイブレイクショット〟で――ん?」


 片眼鏡モノクルをつけた〝羽虫〟が立ち上がろうとした時、水代邸の上空にひとつの人影が現れた。頭巾ずきんで顔を隠しているが、青い和服をまとう身は女であるらしい。


「ラシェルの、姐御あねご……!」


 少女が片眼鏡の奥で目をむくと同時、龍が炎を吐いた。が、頭巾の女は自分の前の空間に大きな穴を開け、白金色の炎をすべて吸い込む。刹那、龍の上空の空間に大きな穴が開き、噴き出した白金色の炎が龍を襲った。


 ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ


 苦鳴を吐きつつ龍は盛大な地響きを立てて更地に叩きつけられた。

 に襲われた龍は、更地に横たわったままピクリとも動かない。


「さっすが〝東の本家の最終防衛線〟でやがるのですよ♪ ……ん?」


 横たわる龍から白金色の光のツブが大量にわき出し、巨大な光の柱となって夜空にそそり立つ。


「……あれって、14年前と同じ……まさか〝逮夜たいや曙光しょこう〟をやる気でやがるのですか!?」


 それは当時の地球の人口の半分、40億の命を奪った惨劇。

 30億まで人口が落ちた地球で同じことが起これば、地球人類は〝逮夜〟どころか1人残らず〝葬送〟されるだろう。


「さすがの姐御も、あれは手に余りやがるのですよ……!」


 龍も再び動き出し、光の柱に巻きついて夜空へ昇っていく――と、龍に締めつけられるように柱が破裂、数十億の光のツブとなって夜空いっぱいに、さらには世界中へ広がっていこうとする。


「これが若奥様の〝本質〟の力……〝消滅〟の力でやがるのですか………」


 それは神がかった美しさに満ちた、人を希望に導く〝あかつきの光〟に見える。

 が、その真実は人を……人の命を黄昏たそがれに導く〝魔性の光〟だった。


〈そんなことは、させないよ〉


 その時、強力な重圧が声となって響くと、水代邸上空の空間がガラスのように割れ直径30メートルの金属球が飛び出した。さらに、


「起動! 〝纏元装甲てんげんそうこう〟!!」


 息をのむ頭巾の女の前で金属球が爆砕し、中から白い戦闘機が現れた。

 戦闘機は夜空に広がっていく光のツブへ飛びつつ変形、身長25メートルに届く、白い鋼の巨人となる。


万象ばんしょうあまねく我が元に! 〝吸滅きゅうめつ〟のやいばよ!!」


 巨人は機体の2倍もの大剣をかざし、その刀身に数十億の光のツブを全て吸収。

 そして夜空に浮かびつつ大剣の切っ先を龍へ向け、大音声だいおんじょうを浴びせかける。


「返してもらうよ姉さんを!! 僕の太陽を!!」


                  

                    

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