第14話 さわらぬ姉にタタリなし!?

「行け行け行けえ! 悪魔の遣いどもをブチ殺せ!!」


 夕日に染まる万水嶺ばんすいれい学院がくいんが、〝純人教団〟の軍隊に襲撃されていた。


「〝支援者〟からの情報では世界三大エヴォリューターの2人は不在だ! 〝呪われた地〟もろとも全てを焼き払え!!」


 重装備の兵士たちと戦車や装甲車の大群が、学院の敷地を踏み荒らしていく。

「隊長! 人っ子1人見あたりませんが、奴ら、すでに避難したのでしょうか!?」

「無駄なことを! どこに逃げようと――ん?」


 軍隊の進む先に、複数の人影が現れた。

 いずれも上等なスーツを着こなした紳士しんし淑女しゅくじょである。

 当然と言うべきか、その手に武器のたぐいは見あたらない。


「降伏でもする気か!? 馬鹿め! ヒューマンアニマルにそんな権利などあるものか!! 1人残らず地獄へ送って――」


 気炎を吐く隊長が、乗り込んでいた装甲車ごと爆散した。

 スーツ姿の紳士が放った炎を喰らって。

 それを皮切りに紳士淑女たちが水流や光弾、超音波などを次々と放ち、一方的に軍隊を駆逐くちくしていく。


「た…退却だ! 退却しろおおおおおおおおおおお!!」


 たちまち半数以下に減った軍隊が、ほうほうのていで逃げていく。

 軍隊を蹴散けちらした紳士淑女たちは、万水嶺学院の教師だった。

 世界中から多くのエヴォリューターを生徒として集めた学院は、教師や職員も強力なエヴォリューターだったのだ。


「フラッターめ、私たちの未来を背負う子供たちには指1本も触れさせんぞ!」


 教師の1人が誇らしげに言った。

 自分の力で生徒たちを守ったという達成感があったのだろう――しかし、


「……ん? 奴らりもせず、また来たのか?」


 新たな気配を感じて、教師たちが再び戦闘態勢に入る――だが、


「き…機甲衛士きこうえいしだとぉ!?」


 現れたのは20メートルを超える、ダークグレーの機械人形の大群。

 卵型をした重装甲の胴体から屈強な手足を生やし、手首にカニのハサミに似た武骨な爪を付けた、凶悪な殺人兵器の大部隊だった。


「〝純人教団〟め……あんな物まで、自力で開発したのか……!?」


 現在、地球で機甲衛士を製造するのはミズシロ財団だけ……のはずだった。

 しかし目の前に現れたのは、明らかに財団製のそれとは異なる機体。


「ひ…ひるむな! ここで私たちが退けば、生徒たちに危険が及ぶんだぞ!!」


 気力をふるい起こし攻撃を始める教師たち。

 一撃必殺とはいかないが、複数の攻撃を当てれば敵機を撃破することが出来た。


「……よし! このまま、なんとか……!」


 光明が見え始めた……その時、


「な…なんだ、あれは!?」


 機甲衛士の周囲の大地に、雪の結晶のような光の紋様が無数に浮かび、それぞれから1つずつ、10メートル近い立方体が生え出すようにして現れる。


「あ…あれも〝純人教団〟の兵器なのか!?」


 驚く教師たちの見る先で、無数の立方体がブロック玩具を組み直すように変形、またたく間にオオカミ、鳥、ワニ、ゴリラなど様々な機械の獣になり……


 ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 金属をこすり合わせたような咆哮ほうこうが戦場と化した学院に響き、10メートルを超える機械の獣の大群が猛然と教師たちに迫って来る。


「う…うわああああああああああああああああっ!?」


 教師たちも必死に攻撃するが、獣たちには傷ひとつ付けられず……


「だ…駄目だ……撤退しろ! 第二防衛線まで下がるんだ!!」


 奮戦むなしく、教師たちは後退していった………


                   ◆


「学院に〝純人教団〟の軍隊が!?」


 札幌基地の正面入口でウィステリアが声を上げ、


「そうだ! 〝純人教団〟の全戦力に〝式獣機〟まで加えた最強の軍隊がな!!」


 エドワルドが痛々しい顔の火傷やけども気にせず勝ち誇り、


「この基地も我らに協力するトロニック人の軍団により殲滅せんめつされる!! そのあとは東の本家、そして西の本家だ! 全ての戦力を結集して焼き尽くしてやる!!」

「……どうして、そんなことをするのですか?」


 人が変わったように叫ぶエドワルドに、ウィステリアが顔を曇らせつつ、


「あなたもソルフォード家につらなる者なら、エヴォリューターであり、この星を守る責任を負うはずです。それなのにエヴォリューターを敵視する〝純人教団〟や、この星に侵攻するトロニック人と結託するなんて……」

「成り上がりが調子に乗るな!!」


 男が火傷した顔を怒りに歪め、


「東の本家も西の本家も平民あがりの成り上がりに過ぎぬわ!! そんな奴らに名誉と伝統あるソルフォード家が下僕同然の扱いなど許せるものか! その過ちを正すべくミズシロ財団など撲滅ぼくめつせねばならん!! 手始めは次期当主のガキどもだ!!」


 ウィステリアがピクリとする一方、六音が呆れたように、


「そんなんだから、財団がデキた時の総裁にも見捨てられたんだろ」

「キサマぁ!!」

「ウルトラ・メガネーザーっ!!」


 男が腰の銃を抜いたが、六音のメガネの光線が男の手から銃を弾き飛ばした。


「必殺ウルトラ早撃ちクイックドロー、恐れ入ったか♪ エヴォリューター並みと東の本家の次期当主にお墨付きされた動態視力を使った必殺技だぞ♪」


 六音がふんぞり返りつつ、


「てか、さっきも気になったんだけどな。どうして銃なんか使うんだ? エヴォリューターなのに、なんで異能を使わないんだ?」

「ぐっ……!」


 六音の問いに男が声を詰まらせ……


「お前、異能が使えないんだろ………〝ジェイク・ザ・リッパ―〟」


 冷淡な六音の声に、火傷が痛々しい男の顔が引きつる。


「知ってるよなあ、エドワルド・・ソルフォード。4年前の〝ロンドン撤退戦〟で、お前に付けられたアダ名だ」


 侮蔑ぶべつを込めた六音の声に、男の肩がビクッと震えた。


「4年前、太陽系ドミネイドが西ヨーロッパ制圧の仕上げに、当時の世界政府の首都だったロンドンを陥落かんらくさせた戦い。その時に劣勢になった自分の部隊を見捨てて、自分だけ逃げた指揮官がいたんだよな。ねえ? ウィス先輩」

「はい。あの戦いには、コロちゃんと私も援軍として参戦していたのですが――」


 ウィステリアがうなずきつつ、


「現在〝黒死の重圧〟と呼ばれるトロニック人を始めとした、敵の圧倒的な戦力の前に私たちも市民を避難させるのが精一杯でした。結局、地球軍はロンドンからの撤退を余儀なくされてしまったのですが……」

「その撤退戦で自分の部隊と、部隊が避難させてた市民を見捨てて全滅させて、大昔のロンドンの殺人鬼になぞらえられた指揮官がいた………お前だよな、エドワルド・ジェイク・ソルフォード」


 うずくまる男がうなりながら顔をうつむけた。


「でも六音さん、首都を放棄した混乱もあって、あの戦いについての記録はほとんど残っていないはずです。その事件の指揮官についても、詳しいことはコロちゃんや私も知らないのに、どうして……」

「残ってないってより、『地球軍の恥だ』ってことでその指揮官の記録は消されたっぽいんですよね……ま、おかげで表立った処分も無かったみたいですけど」


 六音が呆れて溜め息しつつ、


「とにかく、あたしもその指揮官のことは、アダ名とボヤけた画像の記録ぐらいしか見てなかったんですよ……でも、さっき絶壁……じゃなくて〝鉄壁参謀〟の後にいたコイツを見た時、女のカンでピンときたんですよね♪」


 自慢げに胸を張り、


「だから吐きそうなフリしてトイレに駆け込んで、パソ研のヒキコモリに連絡して調べさせたら……大当たりでした♪ やっぱイイ女はカンもイイんですよね♪」


 得意満面でウインクする六音。


「そうだったんですか! 青ざめた顔や千鳥足ちどりあしは本当の乗り物酔いにしか見えなかったんですけど、調査を頼みに行くための演技だったんですね! 流石おばあさまにも認められたコロちゃんの秘書見習いですね、六音さん!」

「……当然デスヨ震度7グライデ吐クワケナイデスカラネ、ハハハハ………」


 ウィステリアの絶賛に明後日の方を向いて棒読みで応える六音――同時に、エドワルドがうつむく顔から上目でにらみ、


小賢こざかしい、フラッターめ……!」

「……ナニ言ってる。お前だって今はフラッターと変わんないだろ♪」

「……違う! 俺は……」

「部下と市民を見捨てて逃げたけど、結局ドミネイドの攻撃を喰らって重傷を負ったんだよな。で、その後遺症こういしょうで異能が使えなくなったと。ほれ、フラッターと何が違うんだ♪」


 男の顔が悪鬼のごとく歪んだ――直後、


「お前たち! さっきから何をしている!?」


 地球軍の兵士が20人ほど走ってきた。

 基地の正面入り口の警備兵が異変に気づいたらしい。

 銃を持った兵士たちはウィステリアと六音、そしてエドワルドを取り囲むと、


「動くな!」


 全員が一斉に銃を構えた――

 同時にニヤリとするエドワルドを見て、事態を察した六音がポツリと、


「内通者か……」


                  ◆


「……ふむ、第二防衛線も破られましたか………」


 万水嶺学院の一室でつぶやきが聞こえた。

 つぶやいた少女は烏羽色の髪を後頭部で結い上げ、黒縁のメガネをかけている……もっとも、身にメガネが必要かは疑問だが。


「それにしても機甲衛士はともかく、あの動物型の機械は……」

《〝式獣機〟どすえ~♪》


 目を閉じる少女の頭に、緊迫感のない声が響いた。


《昨日の誘拐事件でも使われとった、外宇宙の兵器どすな~♪》

「なるほど。それでは一般の教師や警備員に、これ以上の対処をさせるのは避けるべきですね」


 少女が目を閉じたままうなずいた。


《近くのプロテクスや地球軍からの応援は、どないな塩梅あんばいどすえ~?》

御曹司おんぞうしたちがおもむかれた新兵器の実験場も、トロニック人の襲撃を受けているそうです」


 少女が声を硬くして、


「周辺のプロテクスと地球軍の戦力の多くは、そちらの対処に動員されたとのことです。残る戦力も、この機に乗じた太陽系ドミネイドの侵攻を警戒して、待機状態に入っているようですね」

《学院までは手が回らんわけどすな~》


 頭に響く声に、少女は目を閉じたまま溜め息して、


「この空前とも言える純人教団の侵攻は、外宇宙の勢力との連携れんけいはもちろん、あきらかに財団や地球軍の内通者が漏洩ろうえいさせた情報に裏打ちされたものです……!」


 部屋が沈黙に包まれる……が、


《そうやとしても、うちらがやることは1つどすな~♪》

「無論です。身のほど知らずの襲撃者は断固として排除します」

 

 少女が目を開けて断言する。


「我らが〝王〟と〝女王〟のために!!」


                     ◆


「ここは……」


 煌路がひとり、つぶやいた。


「爆発の直前に〝異元領域〟に避難したはずなんだけど……」


 険しい目で周りを見回しつつ、


「どう見ても、ここって僕の〝異元領域〟じゃないよね……」


 少年が立っているのは、見渡す限りの灼熱の砂漠だった。


「というか、この〝異元領域〟って午前中の………」


 ジリジリと肌を焼くような砂漠にいながら、冷や汗が頬を伝う――その時、突風で砂が巻き上がり砂塵さじんのスクリーンに1つの人影が映り……


「……だから言ったじゃないですか、リオさん……僕や姉さんをどうにか誰かが来たら、どうするんですかって………」


 砂塵を抜けて現れたのは、身長50メートルを超える砂色の鋼の巨人だった………


                   ◆


「お前ら、フラッター……ってより〝純人教団〟の構成員か?」


 自分とウィステリアに銃を向ける兵士たちへ六音が言う。


「こんなに裏切り者がいたんじゃ、昨日だって誘拐されてもしゃーないか♪」


 なぜか楽しそうに20人の兵士を見ながら、


「で、今度はウィス先輩まで誘拐して、ハードでヌルヌルでグッチョングッチョンな拷問でもやる気か?」

「黙れ! お前こそ純粋人類の裏切り者だろうが! ヒューマンアニマルの親玉にシッポを振りやがって!!」


 兵士の1人が怒鳴った……が、


「なぁに、我々は悪魔の遣いみたいな外道じゃないからな。素直に情報を吐けば悪いようにはしないさ」

「すっげぇスケベそうな笑顔で言われても説得力ないぞ?」

「う…うるせえ!!」


 六音のツッコミに狼狽うろたえる兵士だったが、


「と…とにかく! お前は東の本家の次期当主の秘書なんだろう! 昨日は失敗したが今日こそは情報をいただくぞ………特に、〝ビリヤード計画〟の情報をな!!」


 目を見開く六音とウィステリアに、兵士は優越感に満ちた笑みを浮かべ、


「我々が知らないとでも思ったか? ミズシロ財団の最大にして最終計画と言われる〝ビリヤード計画〟……お前なら、情報を持っているはずだな?」

「よーするに、名前以外は全然知らないってコトだな?」

「う…うるせえ!!」


 再度うろたえる兵士に溜め息して、六音はエドワルドに目をやると、


「いーのか? こんなマヌケなテロリストに協力してたら、ソルフォード家の名が泣くぞ♪」

「誤解するな」


 うずくまるエドワルドが余裕に満ちた声を出す。


「こんな下賤げせんな犯罪者などに、名誉と伝統あるソルフォード家の人間が協力するわけがあるまい」


 六音とウィステリアはもちろん、周りの兵士たちも怪訝けげんな顔になる。


「こ奴らなど、使い捨ての道具に過ぎん。そして、その道具の役目も終わった」

「おい、それはどういう――がああああああああああああああっ!?」


 不意に多数の光弾が兵士たちを貫き、六音とウィステリアが絶句する……と、


「何を驚いている? 使い終わった道具を処分しただけだろう」


 うずくまっていた男が、兵士たちの死体の中心で冷笑しつつ立ち上がる。

 左腕には巻かれていた包帯を突き破り、失われた本来の手首にわる骨のように細い機械の手首が生えていた。


「ふふふ、これこそは――」

「ウルトラ・メガネーザーっ!!」

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 いきなり襲ってきた光線を男は機械の手で弾いた。


「チッ、寝ボケて作ったとはいえ、あのヒキコモリの武器が効かないなんて……その手も外宇宙の技術か……!」

「……ふ…ふはははは! その通りだ!!」


 悔しそうににらんでくる六音に、一瞬あせった男は歪んだ笑みを浮かべ、


「2ヶ月前、太陽系ドミネイドの使者であるトロニック人が現れ、今回の計画に協力すれば帝国の幹部として迎えると申し入れてきたのだ!!」

「……え? それって……」


 六音が眉をひそめるも男は揚々ようようと、


「そうだ! 俺の才能を正当に評価する者も存在したのだ! その証拠に異星いせい由来ゆらいの転送術式に式獣機、そしてこの素晴らしい力をも提供してきた!!」


 機械の手首を高々と振り上げ、


「今や俺に敵はない! 地球軍もミズシロ財団も、この力の前にひれ伏すのだ!!」

「『俺』じゃなくて『この力』にひれ伏すってのが小者感こものかんMAXだな。結局は他人に頼りっぱなしのサー・ダメ人間か」

「だ…黙れえっ!!」


 六音の冷めた視線に、歪んだ笑みが歪んだ怒りに変わり、


「俺は偉大なるソルフォード家の一員だぞ! それが無能な部下や愚民ごときを見捨てた程度で冷遇され……異能まで失うなど……あってはならんのだ!!」

「だったら地球軍なんか辞めて、ミズシロ財団に転職すれば良かったろ。異能が無くても他に優秀なトコがあれば、財団はちゃんと評価してくれるぞ。つっても――」


 最早もはやしらけきった声で、


「残念ながら『家柄いえがら』って評価ひょうか項目こうもくは無いけどな」

「キサマあっ!!」


 男が怒髪天どはつてんくようにえた。同時に機械の左手首からおびただしい金属片と電線があふれ出し、その全身をむしばむように機械に変えつつ巨大化させていき……


「減らず口の代償を払わせてやるぞ! キサマの命でなあ!!」


 怒りに猛る男は、20メートルを超える機械の巨人に変貌した………


                   ◆


「怯むな! なんとしても持ちこたえるんだ!!」


 シャッターの開いた格納庫の前で、群青色ぐんじょういろの鋼の巨人が発砲しつつ叫んだ。

 押し寄せる砂色の巨人の大群に対し、警備主任を中心にプロテクスたちは防御陣形を組んで背後の格納庫を守ろうとしている。


「ミパーツォ博士! 〝充元じゅうげん端子たんし〟と一緒に早く避難してくれ!!」


 群青色の巨人――ブラットーチが格納庫の中にいる白衣の男に叫んだ。

 男のそばには荷台でほろふくらませる大型輸送車が4台ならんでいる。


「し…しかし、それでは、あなたたちは……」


 白衣の男が緑色の顔を強張こわばらせ、耳の位置から生える触角を震わせつつ言うが、


「ここで〝充元端子〟を失うことは出来ん! それは我々の未来を築く希望だ!!」


 ブラットーチの叫びに緑の肌の異星人は息を詰まらせる。そして意を決し輸送車を動かすよう他の研究員たちに指示する――寸前、


「ぐあっ!」


 プロテクスの陣形が一部突破され、砂色の巨人の1人が格納庫に迫り爆発性の砂を発射しようとする。


「やらせんぞお!!」


 だが砂の発射直前、サイの頭の巨人の体当たりで砂色の巨人が吹き飛ばされた。


「ドナンゴン戦団参上!!」


 大音声だいおんじょうを上げるサイの頭の巨人に続き、獣頭の巨人たちが戦場になだれ込む。


「ダンガ! 間に合ったか!!」

「つれねえじゃねえかブラットーチ! オレたち抜きで盛り上がるなんざよお!!」


 獣頭の巨人たちが雄叫びを上げ、剣や斧を手に砂色の巨人たちに襲いかかる。

 形勢不利と見た砂色の巨人たちは、威嚇いかくのため小刻みに砂を発射しつつ敵から距離をとり1ヶ所に集まり……


「……む? まずい! 全員さがれ!!」


 ブラットーチが叫ぶと同時、砂色の巨人たちが一斉に砂を発射。大量の砂が津波のようにプロテクスとドナンゴン戦団、さらにその後の〝充元端子〟に迫る。


「空間障壁」


 だがプロテクスとドナンゴン戦団の前に、空間を凝縮した巨大な壁がそびえ立つ。

 砂の津波は壁に跳ね返され砂色の巨人たちをのみ込んで爆発、その盛大な爆炎が戦場に舞い降りた白い機体に青いラインを流す鋼の巨人を照らした。


「デュロータ! 助かったぞ!!」

「ブラットーチ、〝充元端子〟を使うぞ。すぐに準備をしろ」

「……なに?」


 いぶかしむブラットーチにデュロータは激情をこらえるような声で、


「コウジが拉致らちされた。敵の〝異元領域〟に引き込まれたと思われるが、細工をしているようで位置がつかめない」

「それで〝充元端子〟を使う気か。だが、最終テストがまだ――」

「コウジの無事が最優先だ!! 早く準備しろ!! 司命しめいを果たせ!!」


 プロテクスの祈言いのりごとを叩き付けてくるデュロータに場が静まり返る……が、


「そういうことなら、ただちに準備をしましょう」


 緑の肌の異星人が決然と言った。


「ミパーツォ博士!? だが……」

「わはははは! 仕方ねえだろう!!」


 とまどうブラットーチの声をサイの頭の巨人が豪快にさえぎり、


「なんせあいつにゃあ、しこたま借りがあるからなあ!!」

「はい。『特別星間在留資格』の認可をはじめ、あの方には様々な件で御尽力ごじんりょくいただきました。その御恩ごおんを少しでもお返し出来るのなら、迷うことはありません」

「……すまない。だが、頼む……!」


 頭が冷えたのか、わずかにデュロータはうなだれるが、それでも要請を貫いた。

 その『健気』とさえ言える神妙な面持ちと、ひたすら一途いちずな声に、


「……たしかに、仕方がないか………」


 ブラットーチも周り同様うなずいた………


                   ◆


「はあっ!!」


 煌路が気合いを砂漠に響かせ、背後の光の壁から砂色の巨人へ無数の光剣を射出。


「しゃらくせえ!!」


 だが巨人はハンマーで光剣を粉砕し、光の壁で自分を覆う煌路に一瞬で肉薄する。


「ぐうっ!?」


 光の壁をハンマーで砕かれ吹き飛ぶ煌路に、砂漠の砂が先端のとがった複数の触手となり襲いかかる。が、複数の光剣が空中に現れ触手をすべて斬り裂いた。


「なかなかねばるじゃねえか! だが、そろそろ観念したらどうだあ!? さっきと違って仲間は来ねえんだからよお!!」

 

 愉悦ゆえつのにじむ巨人の声に、砂漠に着地した煌路は密かに歯噛みしつつ、


(思った通り、異元領域の座標がつかめないように細工をしているか……でも……)


 吹き飛ばされて巨人から距離を取れた煌路は、あらためて敵を観察する。


(やっぱり、評価実験場を襲った傭兵ようへいの仲間だよね。色も同じだし……)


 色以外にも、太く長い腕やたくましい体型が先刻の傭兵と共通しているが、身長はふた回りは大きく50メートルを超えている。

 だが最も違う点は、その手に握られた持ち主の背丈ほどもある黄金のハンマーだ。


(午前中にこの領域に来た時も感じたけど……この重圧、やっぱり今の太陽系にいるトロニック人の中でもトップクラスに強い元使だ……!)


 灼熱の砂漠で冷や汗が全身をらす――しかし、


「……君にとって、仲間とは何なのかな?」


 表面上は、あくまで冷静に、


「僕をこの領域に引き込んだ君の仲間って、まだ息があったよね。でも、大量の砂を出した時に跡形あとかたもなく破裂していたから……トロニック人でも、さすがに生きていないよね?」

「それがどうした? テメエを狩れんなら、クズを1人や2人使い捨てるぐれえ安いもんだぜ。それともまさか、戦場で1人の犠牲者も出すなとか寝ボケたこと抜かす気じゃねえよな?」


 あざけるような巨人の声に、煌路は一瞬身を硬くしてから、


「まさか。僕は現実主義者だからね。でも指揮官なら不必要な犠牲は避けるべきだよね。犠牲になるのが、同じ苦難を歩んで、同じ目的へ進む仲間なら特に……!」

「オレ様に仲間なんざ不要だぜ! 予備部隊のクズどもも、故郷を裏切った劣化生物も、腐るほど代わりのいる鉄砲玉てっぽうだまでしかねえ!!」


 煌路が瞳に義憤ぎふんめいた光をともすが、巨人の〝ある言葉〟が引っかかり眉をひそめ、


「故郷を裏切った劣化生物って……もしかして、ソルフォード少尉のことかい?」

「ああ、そんな名前だったか? ちっぽけな力に目がくらんで自分の星を裏切るたあ、ロクでもねえヤツだよな♪」

「ちっぽけな力って……彼に何か与えたのかい?」

「ドミネイド自慢の〝五大元脳〟の1人が作ったイカレ兵器……の、デキの悪いニセモノだぜ。まあバカな劣化生物にゃあたけに合った代物しろものだろうよ♪」


 巨人が嘲笑あざわらうように言った――巨大なハンマーを振り上げながら………


                   ◆


「うがあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 機械の巨人となったエドワルドが周りに光弾を乱射する。


「だまされて偽造品パチモノつかまされたからって、やつ当たりすんなっつーの」


 障壁を張るウィステリアの後で六音が顔をしかめた。

 その目に映るのは、骨のようなフレームと血管のような電線を全身に露出させ、胴体にも内臓を思わせる様々な機械をき出しにする巨体。

 例えるなら、生物の授業で使われる人体模型をガラクタで作ったような、粗雑そざつな機械の巨人だった。


「おとなしくしてりゃ、うちの学院の生物室に置いてやってもいーのにな」

「……おばあさまに、聞かせていただいたことがあります……」


 やれやれと肩をすくめる六音に対し、ウィステリアは同情的な色も見せつつ、


「ひいおじいさまたちが地球軍に在籍されていた時代には、人間を機械に変えてしまう外宇宙のナノマシン兵器があったそうです。おそらく、それに似た物を使われたのではないでしょうか……」


『似た物』と言ったのは、聞いた〝前例〟はもっとマトモな姿になっていたからか。


「そして……その兵器で機械化した体は、二度と元には戻れないそうです……」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 巨人が一層光弾を乱射して基地の施設を破壊しつつ、大きく開けた口に特大の光弾を発生させ……少女たちを障壁ごと吹き飛ばそうと発射した。

 

 ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ


 その時、獣の咆哮が一帯の空気を震わせ大小すべての光弾をき消し、驚く少女たちの前に20メートルを超える朱色の虎と、その背に立つ鬼の仮面を付けた白拍子しらびょうしが現れ、


「我が王朝の術の気配を感じおもむいたのじゃが、かような木偶でく人形にんぎょうに手を焼くなぞ目に余る醜態じゃな、ウィステリア」

「ハクハトウさん、ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるウィステリアに、冷淡な声を放った白拍子は嘆息して、


「まあ良いわ。かような木偶なぞ、わらわが――」

「待ってください」


 巨人に向き直ったハクハトウをウィステリアが決然とした声で止め、


「彼は私が相手をします」

「汝に務まるのか? 今の今まで手を焼いておった汝に」

「はい。その代わり、六音さんのことをお願いできますか?」

「ほう、そこな娘を守っておったがゆえに、手を焼いておったとでもほざくか」


 仮面越しの揶揄やゆするような声にウィステリアは真顔で、


「彼には、私が手を下さないといけないんです」


 いつになく厳しい顔のウィステリアが、一歩一歩に強い決意を込めるように巨人へ歩を進めていく。そしてブレザーの左胸の内ポケットがある位置に触れ、瞳を金色に輝かせると……巨人ともども光に包まれ姿を消した。


「あ~〝異元領域〟に行っちゃったか……んなっ!?」


 不意に六音とハクハトウの足元に、雪の結晶のような大きな光の紋様が浮かび、


「こ…これは我が王朝の……!?」


 残された2人もまた、夕日に染まる基地から消えてしまった………


                   ◆


「〝充元端子〟の起動準備、完了しました!」


 格納庫の中で緑の肌の異星人が、格納庫の外の爆音に負けない大声で言った。


「感謝するぞ、ミパーツォ博士。デュロータも準備はいいな」


 ブラットーチが格納庫の中央に目をやると、白と青の鋼の巨人と、その周りに立つ四本の青い柱があった。それぞれが高さが40メートルを超える四角い柱である。


「〝充元端子〟予備起動開始!」


 ブラットーチの指示と共に、四本の柱から木の根のような光が放射されデュロータに絡みつく。


「〝充元端子〟、同調率10パーセント……15パーセント……20パーセント……」


 ミパーツォが制御盤に映るデータを読み上げるにつれ、デュロータに絡みつく光が強くなっていく。


「30パーセント……35パーセント……40パーセント……」

「ぐ……うああああああああああああああああああ!!」


 柱からの光に蝕まれるようにデュロータが苦悶の声を上げた。


「いかん! 起動を中止しろ!!」

「このまま続けろ!!」


 動揺したブラットーチの指示をデュロータが歯を食いしばりつつ止め、


「言ったはずだ……コウジの無事が、最優先だと……中止など、許さん……!」

「……分かった。ならば、このまま――うおっ!?」


 格納庫の壁を突き破り、サイの頭の巨人が砂色の巨人とみ合いながら現れた。


「ダンガ! 防衛陣が破られたか!!」

「すまねえブラットーチ! 奴らここに戦力を集めてきやがった!!」


 サイの頭の巨人が叫ぶや四方の壁が一斉に破壊され、格納庫の中に多数の獣頭の巨人とプロテクス、そしてそれ以上の数の砂色の巨人がなだれ込んでくる。


「いかん! デュロータと〝充元端子〟を守れ!!」


 とっさにブラットーチが指示するが、数で勝る砂色の巨人たちはデュロータや青い柱に加え、ミパーツォにも襲いかかっていき……


「くっ、あと少しなのに……!」


 ミパーツォが無念にうなった直後、格納庫は紅蓮の炎に包まれ爆散した………


                   ◆


「……なんだ、ここは………」


 人体模型のような機械の巨人が、骸骨のような顔からつぶやいた。

 その足元に広がるのは、地平線まで続く白金色の草原。


「ここは、あなたが最後に見る光景です、エドワルドさん」


 荘厳な白金色の草原に、天女のような白金色の髪の少女が舞い降りた。

 普段の柔和な雰囲気に替わり、いかめしい表情と冷厳な空気をまといながら。


「……ウィステリア・H・ミズシロ……!」


 その冷厳な空気に、エドワルドは機械の体には有り得ない悪寒を感じつつ、


「おのれ……本性を現したか〝〟め……!」

「……私の名の〝H〟の意味を知っているのですか?」

「ああ、知っているとも……グランドマザーも何を考えているのだろうな。自分たちにあだなす者を次期当主のそばに置くとは♪」


 エドワルドの引きつった嘲笑ちょうしょうに、ウィステリアはかすかに眉を動かし……


「……私自身、感じることがあります。得体の知れない〝何か〟が、自分の中にひそんでいることを……かつて、私の両親と弟をはじめ多くの人を死に追いやった、得体の知れない〝何か〟が………」


 厳めしい表情に一抹いちまつの陰りが混じった気がした。


「その〝何か〟が、また家族を……新しい〝おとうと〟を傷つけてしまうのなら……その前に、私は彼のそばから消えましょう……でも、だからこそ……」


 厳めしい表情と冷厳な空気が強くなり、


「今の……彼のそばにいられる、えの無い太陽のような時間を奪う人は………絶対に、許しません……!!」

「災厄の種がほざくな!!」


 巨人が手負いの獣のように放った光弾を、少女は瞳を白金色に輝かせき消した――直後、天地が逆転し草原が頭上に、空が足元に移動する。


「……うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 空に落下していく機械の巨人――だったが白金色の草原から白金色のつるが何本も伸びて機体に絡みつき、空中に固定される……と、


「さあ、終幕としましょう、エドワルドさん」


 白金色の髪の少女が、同じ色の空に身を浮かべ巨人の前に現れた。

 神がかった美貌が、今は死神の顔に見える。


「な…なぜだ……偉大な、ソルフォード家に連なる俺が……なぜ……し…死ななければ、ならんのだ………」


 有り得ないはずの悪寒は、今や明確な〝恐怖〟となって機械の体を震わせる。

 片や少女は、落ちつき払った声で、


「なぜと問われるのなら、それは、あなたが3つの〝禁忌きんき〟を犯したからです」


 機械的に淡々と、


「1つは、彼のそばにいられる私の時間を奪おうとしたこと。2つは、私を〝忌み子〟と呼んだこと。そして、3つ……これが、一番大きな〝禁忌〟なのですが……」


 淡々とした声に、冷徹な怒気が含まれ、


おっしゃいましたよね……『ミズシロ財団など、この手で撲滅してくれる。手始めは次期当主のガキどもだ』……つまり、私の最愛の〝おとうと〟を傷つけると」


 声だけでなく、少女の全身から怒気があふれ……


「この〝禁忌〟を犯した人は……私が全力で消し去ると決めているんです!!」


 頭上の白金色の草原に、白金色の巨大な藤の花の花序かじょが無数に垂れ下がってくる。


「私が〝藤の花ウィステリア〟と名乗っている理由が、おわかりになりましたか?」


 頭上に浮かぶ見渡す限りの白金色の草原は、白金色の巨大な藤棚ふじだなと化していた。


「そしてこれが、私の〝奥の手〟………〝金忌きんき藤源郷とうげんきょう〟」


 無数の花序に咲く無数の花からおびただしい光の粒があふれ出す。

 視界を埋める桃源郷とうげんきょうのような絶景に、巨人のうつろな機械の目も輝きを取り戻し、


「お……おお……おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………」


 感嘆するエドワルドを光のツブが覆っていく―――そして、光に溶け込むように機械の巨体が消滅していき……


「ぉぉぉぉぉぉ…………」


 恍惚こうこつとする声がかすれて消えた時、巨人もまたちりひとつ残さず消え去っていた……


「………………………………………………」


 巨人のいた虚空こくうを、冷淡の奥にうれいのにじむ瞳で見つめるウィステリア。


〔……久しいな……〕


 その時、少女の頭に〝声〟が響いた。


〔14年ぶりか……待っていたぞ、この時を………〕

「な……この声は……まさか、そんな……」


 うろたえるウィステリアの意識が、声に侵蝕しんしょくされるように薄れていき……


〔再び葬送曲を奏でる時だ……〝逮夜たいや曙光しょこう〟よ……!〕


 少女の意識が、完全に消えた………




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