第13話 襲来! 純人教団!!

「来たか、3人とも……む? どうした、リクネ。顔色が悪いぞ」


 北海道最大の軍事拠点である札幌基地の、夕日に染まる正面入り口。

 地球人の姿のデュロータが眉をひそめ、青い顔の六音が眉じりを下げている。


「うぅ……た…種馬が、あたしに……美し過ぎる、ドンナに盛って……んぐぅ……さ…柵越さくごえの、大暴走を………」


 千鳥足ちどりあしで今にも倒れそうな挙動は、重度の乗り物酔いか、新歓コンパで飲み過ぎた大学1年生のよう。


「おや? あれくらいでリタイアなんて、だらしがないね♪ ねえ、シロ、モモ」


 にゃお~ん


 煌路のムダに溌剌はつらつとした声に、肩の子猫たちも元気いっぱいに鳴く。


「あいかわらずコントみたいな人生やってるな、お前ら」

「おつかれ様です、リオさん。おひねりなら、いつでも受け付けていますよ♪」


 次期当主サマが見事な営業スマイルで応えたのは、地球軍の特務部隊の軍服を着た参謀と、その後に控える一般の軍服を着た男。


「ちくしょお……いつもは、震度0なのに……うぉえ……震度7で、ゆさぶりやがって……うぷっ……やばい、マジで……」


 が近いらしい六音が、プルプル震えつつ潤む目をカッと開き、


「お…おすわりしてろ! 忠犬ハチ煌路コージ!!」


 やたら遠まわしな『ちょっと待ってろ』のあと、口元を押さえ(おそらくトイレへ)全力疾走していった。


「あ~……ごめん姉さん、ついて行ってあげてくれるかな。また誘拐されたりすると大変だから」

「はい、コロちゃん」


 ため息まじりの煌路の声に、ウィステリアは微苦笑して六音を追っていく。

 それらの様子にリオはあきれつつ、


「そういえば昨日一緒だったパソコン研究会の奴は、今日はいないのか?」

「はい。昨日はありがとうございました。急な見学の申請だったのに許可していただいて。財団の仕事も色々こなしてくれている彼女のお願いだったんで、なんとか叶えてあげたかったんですよ」


 優しく笑む煌路にリオは疲れた笑みを見せ、


「直前に起きた停電や誘拐事件のせいで、結局、肝心のテストは中止になったんだがな。ていうか、ついさっきまで停電の後始末に走り回ってたんだぞ」

「色々おつかれ様でした。ところで――」


 リオの後の一般の軍服の男を見て、


「そちらの方は、どなたですか?」

「お初にお目にかかります、コウジ・ミズシロ様。自分はエドワルド・J・ソルフォード少尉であります。本日はミズシロ財団の西の本家より遣わされて参りました」


 骨ばった顔とセンター分けの白髪が目を引く、20代後半の男が敬礼した。

 その容姿は軍人より事務職と言われた方が納得できるものだが、つり上がった細い目はギラギラした眼光を放ち、ただ者ではない雰囲気を漂わせてもいる。


「『ソルフォード』? もしかして……」

「は。ミズシロ財団の前身となった3つの企業体、ミズシロ食産、グラン・インダストリー、ソルフォード財閥、そのうちのソルフォード財閥にゆかりの者であります」

「なるほど。ところで西の本家から来たと言っていましたが、ヴィオ……ヴァイオレットはどうしていますか? あなたの姿を見ると、やはり戦況は厳しいように思えますが………」


 エドワルドと名乗った男は、顔の左半分を血のにじむ包帯で覆い、左腕もヒジから先をギプスで固めて首から三角巾さんかくきんで吊るしていた。


「は。ヴァイオレット・グラン・ミズシロ様におかれましては、西の本家の次期当主として、また地球軍の司令官として奮戦を続けておられます。しかしながら、厳しい戦況はいかんともしがたく………」

「そうですか……やはり前線の負担を減らすためにも、今日の新兵器のテストは成功させないといけませんね」


 煌路が神妙な声をつむいだ……その時、


「まったくだぜ!」


 ズシンッという重い足音と野太い声がとどろき、煌路は声の主へ目を向けると、


「来てくれてありがとう、ダンガ。君たちが警備を手伝ってくれるのなら、今日のテストも安心だよ」

「おうよ、まかせとけ!」


 声の主を先頭に、武骨なよろいを着た身長30メートル近い巨人の一団がいた。

 それぞれサイやヒツジ、セイウチなど、動物のような頭をした巨人の一団だった。


「オレたちが『特別星間在留資格』を取る時、テメエにゃ世話になったからな。今日も気合いを入れて働いてやるぜ。ドナンゴン戦団の誇りにかけてな!」

「うん。頼りにしているよ、ダンガ」


 煌路と、一団の先頭にいるサイの頭の巨人が満足そうに笑みを交わす。


「その辺にしとけ。そろそろ実験場に行くぞ。開始予定時刻が近いんだからな」


 リオが冷ややかに言い、そばの身長20メートルを超えるトロニック人に目配せする。と、鋼の巨人は8つの球体車輪を備えた、全長20メートルを超える屋根の無い巨大装甲車に変形した。


「ソルフォード少尉、あたしと煌路は先に実験場に行くから、貴官はさっき走っていった女子たちを拾って、あとから来てくれるか」

「それじゃダンガ、またあとでね」


 軍人が敬礼して走り去り、獣頭の巨人たちが力強くうなずく。同時に巨大な装甲車が屋根を開いて搭乗席を露出させると、リオはあごで装甲車を指しつつ煌路とデュロータへ、


「さあ、さっさと乗れ、お前ら」


 だが巨大な装甲車は、席までの高さが10メートル近くある……が、リオと煌路とデュロータは軽くジャンプし、10メートルをあっさり飛び越えて屋根のない搭乗席に収まった。直後、装甲車はひとりでに走り出す。


「いつ見ても、だだっ広い道路ですね」


 煌路が吹きさらしの搭乗席から周りを見渡す。

 巨大な装甲車が走るのは、幅が20メートルを超える巨大な舗装路。

 その舗装路が片側3車線ずつ、合計6本も敷設され、全体では幅が150メートル近いだだっ広い道路が、地平線の先まで伸びている。


「東の本家の敷地にある私道だって、似たようなもんだろう」

「そうなんですけど、この基地の道路と建物は、多くが10年以上も建設途中なんですよね。一応プロテクスからの技術協力を受けているのに」


 その時、反対車線をクレーン車とダンプトラックが、20メートルを超える車体にプロテクスの紋章を輝かせながら走って行った。


「一応の技術協力だから、いまだに工事が終わんないんだろうが♪」


 皮肉げに笑みつつリオも周囲を見渡すと、地平線まで続く敷地にたつ様々な建物が目に入る。兵舎や練兵場に加え、戦車の格納庫や戦闘機用の滑走路など、当然すべて軍事施設だが――


「まるで絨毯爆撃じゅうたんばくげきされた町だな。地面にポツポツとしか建物がないから」


 広大な敷地のうち、各種の建物に埋められる面積は3割ほど、他は更地さらちだった。


「それとも、バブルに踊らされて大規模な開発を始めたはいいけど、途中でバブルが弾けて放り出された過疎地かそちか?」


 点在する建物も半数は建設途中で、むき出しの鉄骨がさびていたり、打ちっぱなしのコンクリートに雨水の流れた跡が付いていたりと、何年も放置されている様子が見て取れる。


「それもこれも、どっかの財団がプロテクスからの技術提供を独占してるせいだな」

「それってうちの財団のせいじゃなくて、地球の他の企業や統一政府がエヴォリューターへの差別をやめないせいですよね」


 皮肉げな笑みを深めるリオに、煌路が口をへの字に曲げる――と、


「その通りだ。我らプロテクスは、この星の現状を深く憂慮ゆうりょしている」


 同乗しているデュロータが非難めいた口調で、


「この星に蔓延まんえんする『エヴォリューター』と呼ばれる者たちへの迫害、それこそが多数のエヴォリューターをドミネイドの降順兵にさせ、同じ星を発祥とする同じ人類同士の内戦の原因となっているのだ」

「内戦、か……まあ地球人以外から見れば、そうなるんだろうな」


 苦笑するリオだったが、一転、意味深な笑みを浮かべ、


「だからプロテクスは、ドミネイド側が降順兵しか出さない限り、地球側に軍事支援はしないんだよな。まあ地球人を守りに来たのに、ドミネイドの手下とは言え地球人を傷つけるのはマズイか♪」

「軍事支援だけじゃないでしょう。科学や医療の分野でもプロテクスが地球への技術支援に消極的なのは、似たような理由のせいですよね」


 煌路が視線を険しくして、


「昔、地球軍に提供した技術が地球人のテロリストに流出して、何百人もの犠牲者を出したテロ事件に使われたことがありましたからね。それ以来、プロテクスは地球への技術提供を渋るようになったんですよね」

「その結果、系列会社でエヴォリューターの積極採用をしてたり、創設者一族がプロテクスと懇意こんいにしてるミズシロ財団が、事実上プロテクスからの技術提供を独占してるわけだ♪ 地球の他の企業はおろか、統一政府や軍も差しおいてな♪」


 地球軍参謀のなぜか痛快そうな物言いに、東の本家の次期当主は肩をすくめ、


「人聞きが悪いですね。まあ、ひいおじいちゃんたちが築いてくれたプロテクスとの個人的な友好関係が、財団の発展の一助いちじょになったのは事実ですけど。でも、そのせいで、うちの財団が諸悪の根源のように思われるのは心外です」


 煌路が目を細めて周囲を見回すと、巨大装甲車は基地の商業区を走っていた。


「やっぱり一番問題なのは、世間の反発を恐れる企業や、選挙で票が入らなくなると及び腰になる政治家たちの、エヴォリューターを突き放そうとする姿勢でしょう」

「その通りだ。我らも迫害や差別の是正ぜせいを長らく求めているが、政府も大多数の企業も応じる気配がない」


 デュロータが青い髪をかき上げつつ、


「長期的な視点で見れば、エヴォリューターへの迫害行為がドミネイドを利させ地球を衰亡すいぼうさせること、政治家や企業の経営者たちも分かっているであろうにな」

「常識で考えれば、そうなるよね。それとも『日本の常識は世界の非常識』って大昔の言葉みたいに、『地球の常識は宇宙の非常識』になっちゃったのかな」

「まあ、そう言ってやるな」


 デュロータと煌路の辛辣しんらつな言葉にリオは軽く失笑しつつ、


「普通の企業や政治家は、世間サマのご機嫌とらなきゃ生きられないからな。経済じゃゆりかごから墓場まで市場を牛耳ぎゅうじって、政治じゃ官僚から大統領までアゴで使って、軍事でも拳銃から機甲衛士まで兵站へいたんを握ってるミズシロ財団と違ってな♪」


 意地悪く笑むリオに、煌路は再び視線を険しくして、


「全ては、世界的な差別や迫害からエヴォリューターを守るためですよ。知っていますよね? 3ヶ月ほど前に中東の州で起きた『第二のアラブの春』と呼ばれる、反エヴォリューター主義者の大規模な暴動を」

「ああ、一時期マスコミが随分とり上げてたな。どっちかっていうとな論調で。ミズシロ財団系列のマスコミ以外は」


 煌路が渋面でうなずき、


「その暴動で、その州にあった財団の関連企業の施設が、のきなみ破壊されてしまいました。州にいた社員とその家族は避難させることが出来たので、人的被害が無かったのが不幸中の幸いでしたけど」

「確か、自分たちの生活がエヴォリューターに不当に支配されてるって、不満タラタラのヤツらが州全土で暴れまくったんだよな」


 言いながら周囲の商業区を見回すリオ。どの店にも水滴をモチーフにしたミズシロ財団のマークが付いていた。


「でも、きっちり仕返しはしたんだろう? 事件のあと、財団の関連企業はその州から1つ残らず撤退したんだよな。食品関連や製造はおろか、電気や水道なんかのインフラを担う企業まで」

「仕返しではなく、社員の安全を考えた当然の判断ですよ」


 東の本家の次期当主が毅然きぜんと言う。


「被害を受けた施設の防犯カメラの映像を見ると、暴徒たちは大量のバズーカ砲や、携行用のロケットランチャーまで使っていましたからね。そこまで反エヴォリューター感情が強い危険な地域に、エヴォリューターの社員を置いておけないでしょう」

「で、財団の関連企業が撤退した今、その州のヤツらは電気も水道もない、原始時代みたいな生活してるわけだ♪」

 

 軽口めいたリオの言葉に、煌路も肩の力を抜き、


「それはほら、いわゆる『スローライフ』ですよ。都会のいそがしい日常を離れて、ゆっくり息抜きをしようって生活ですね」

スローライフに耐えかねて、日常じゃなく州を離れようと引っ越すヤツが続出してるらしいけどな♪」


 煌路は小さく肩をすくめ、


「うちの財団からも人道的な支援として、いろいろな物資を現地に送っていますよ。キャンプ用品やミネラルウォーターが3倍の値段でも、すぐに売り切れるという報告が来ています」

「カネ取ってんのか? しかも、ぼったくりで♪」


 からかうようなリオの声に、煌路はため息して、


「財団の施設を破壊した人たちに無料支援をすることには、財団の内部から少なくない反対の声があるんですよ」

「一応訊くが、困ってる人たちに無料支援をするべきって声はないのか♪」


 茶化すようなリオの声に、煌路は深くため息して、


「反対している人たちの中心は、その州にいた財団の関連企業の社員たちなんです。体ひとつで命からがら逃げてきて、家も仕事も財産も失った」


 現地の現状を『自業自得』とほのめかす少年に、リオはひとしきり笑ってから、


「まあ、いいか。真冬も真っ盛りだが、凍死の心配はないだろうしな♪」

「その点については、プロテクスに感謝ですね。彼らから提供された気候調整技術がなければ、12月のこの時期、暖房を使えない人たちは大変でしょうから」


 気候調整技術とは、人類に大きな恩恵を与えている外宇宙の技術である。

 仕組みとしては、気温の高い地域の熱を、気温の低い地域に転送する技術だ。

 その技術により造られた気候調整装置が、今や地球の各地に設置され、人類が住む地域を1年を通して温暖にしているのだ。


「でも、世の中にはプロテクスを非難する人も少なくないんですよね。それに例の技術流出を始めとした問題もあって、うちの財団が仲介役になって引き留めていなければ、プロテクスが地球人を見限って太陽系を去っていたことも有り得たんですよ」


 怒り半分あきれ半分の煌路の声に、デュロータも厳しい顔でうなずき、


「地球人の中には、プロテクスの存在こそがドミネイドを招いているとして、我らのこの星系からの撤退を主張する者もいる。そのようなことが現実となれば、この星は為す術もなくドミネイドに制圧されるであろうに」


 煌路とデュロータの非難に、リオは鼻で笑うような声で、


「まあ戦争が何十年も続いて、地球の3分の1が敵に制圧されてる息苦しい御時世ごじせいだからな。どっかに八つ当たりしたいヤツも多いんだろうよ。で、内容はどうあれ、多くの国民の意見が国策になるのが民主主義だからな♪」

「確かに、民主主義とは多数決で物事が決まる制度ですからね……」


 次期当主が冷めた目で淡々と、


「その制度では、フラッターに対して絶対的に数で劣るエヴォリューターは、意見を政治に反映させられません。どんなに優秀でも……むしろ、優秀であればあるほど、社会的弱者の立場を強いられてきました」

ヤツほどになるなんざ、さぞ鬱憤うっぷんが溜まるだろうな♪」


 リオの茶々に、淡々とした声が冷淡になり、


「フラッターは考えていたんでしょうね。どれだけしいたげようと、エヴォリューターは逃げ場もなく、何の抵抗もできないと。でも……」

「火星のドミネイドがエヴォリューターの逃げ場となり、フラッターに抵抗する手段を与えたことで状況は一変したのだな」


 デュロータの指摘に煌路はうなずき、


「『狩る者』だったはずが『狩られる者』になって、肝が冷えたんだろうね。一応、政府が講和をめざして、今も太陽系ドミネイドと交渉を続けているけど……」

「あちらさんは『地球の無条件降伏しか受け入れない』の一点張りだからな♪」


 リオがあっけらかんと、


「まあ、このまま戦って地球全部を制圧できるなら、譲歩する必要なんてないしな。ついでにフラッターへの長年の恨みを晴らしてやるって、向こうに行ったエヴォリューターが張り切ってるんだろ♪」

「それだけフラッターへの鬱憤が溜まっていたわけですよね。『頭を下げるなら自分より優れた相手に』なんて言葉が生まれるくらいには」


 煌路は深々ため息して、


「そう……事実として、エヴォリューターはフラッターより優れているんですよ。それを考えると、もう民主主義は限界に来ている……と言うより、民主主義を成立させる〝前提〟が崩れていると思うことがあります」


 冷淡な声が、冷徹な声になり、


「全ての人が〝平等〟だとする民主主義は、全ての人の能力が〝平等〟であることを前提にしたものです。もちろん体力や知力などに個人差はありますが、たった1人が100人や1000人に勝てるほどの差はありませんでした………エヴォリューターが現れるまでは」


 それは、冷徹な支配者のごとく、


「特に今の優秀なエヴォリューターは、100人や1000人じゃ済まないフラッターを超える力を、たった1人で持っていますからね。なのに、その現実を無視して全ての人に〝平等〟を押しつければ、社会のひずみを大きくするだけです」


 あるいは、傲慢ごうまんな暴君のごとく。


「社会的なエヴォリューターへの差別や迫害こそは、その歪であり社会を崩壊させる愚行ですよ。他にも……世界統一がされてからトロニック人が地球に現れるまでの数百年、地球が平和ことも良くなかったのかも知れませんね」


 はたまた、非道な大魔王のごとく。


「平和や自由が何の代償も払わなくとも得られるものだと勘違かんちがいし、現実の脅威から目をそらして平和や自由を維持するための努力を国民が放棄した時、民主主義は……平和は国民自身の手で〝殺される〟んですよ」

「平和ボケが世を滅ぼすってか♪」


 笑いつつも冷めた瞳で同意するようなリオに、少年は冷徹かつ傲慢かつ非道に顔を引き締め、


「あるいは〝平和ボケ〟は、今やフラッターの現実逃避の手段になってしまっているのかも知れませんね。数千年に渡って自称してきた『万物の霊長』の座を、エヴォリューターやトロニック人に奪われることへの〝恐怖〟から現実逃避する手段です」

「自分が一番じゃなくなる恐怖か。宗教界の混乱を見ても分かる話だな♪」


 リオが楽しそうに口をはさんだ。


「確かにトロニック人の出現で、一番影響を受けたのは宗教だとも言われますよね。大抵の宗教では、神は自分に似せて人間を創った……つまり、人間こそ宇宙で最も優れた存在だとしていますけど……」

「人間より優秀な〝種〟であるトロニック人が現れて、どこの宗教も教義が根元からひっくり返されたからな。〝大手〟でさえ大ダメージを受けまくって、中小の宗教法人なんざ、あらかた収支が大往生だぞ♪」


 軽妙なリオの声に少年は表情を緩め、


「世界には、未だにトロニック人の存在を公式に認めていない宗教もありますしね。昔、かたくなに地動説を認めなかった宗教があったみたいに……でも、そんな状況で支持を広げている宗教もあるんですよね」

「純粋人類教団……純人教団か」


 わずかに低くなったリオの声に、煌路はゆっくりうなずき、


「実態は宗教ではなくテロ組織ですけど、特にこの半年は世界各地で活動を活発にしていますよね。昨日だって〝支援者〟から提供されたらしい転送術や巨大ロボットを使って、この基地から六音を誘拐しましたし」

「〝支援者〟か……どこのどいつなのか、見当ぐらいはつかないのか?」

「……まあ、つかなくないことも無いんですけど………ん?」


 煌路が前方を見ると、いつしか巨大装甲車は広大な平野を走っていた。

 その平野に伸びる舗装路の先に、広い平地を高いフェンスで囲った施設が見える。

 フェンスの上には監視カメラや機銃などが多数設置され、重要な施設であることが察せられる。


「到着したか」


 デュロータが評価実験場を見ながら言った。

 ほどなく実験場の入り口前に装甲車が止まると、リオが他の2人に、


「よし、降りろ、お前ら。すぐにテストを始めるぞ」


 巨大な装甲車の搭乗席から10メートルの高さを飛び降りる3人。直後、装甲車が鋼の巨人に変形すると同時、その足元に着地した3人は同じ方向に目を向ける。


「君は……」


 つぶやく煌路の視線の先に、ひとつの人影が現れた………


                   ◆


「うぅ……ギリギリ、間に合った………」


 札幌基地の正面入口そばにある、監視塔を兼ねた建物。

 その出入り口からメガネをずり落とした六音が、いまだ青い顔で出てきた。


「大丈夫ですか、六音さん」


 そんな六音を、ウィステリアが眉じりを下げて気づかうが、


「ウィス先輩……あの欲求不満の種馬を、ちゃんと世話しといてくださいよ……そろそろ子馬ポニー大人の馬サラブレッドに成長させるっていうか……〝卒業〟させちゃってもいいでしょう……ハゲタカどもも、にあずかるのを待ってるんですし………」

「……何のお話ですか?」


 小首をかしげるウィステリアに、六音は深々ため息して、


「あんまり油断してると、キャロットスティックならぬットスティックで子馬ポニーをかっさらわれて、つまみ食いされちゃう……ん?」


 何かに気づいた六音が、ウィステリアの肩越しにその後を見る――と、


「ウィステリア・H・ミズシロさんと、リクネ・ゴジョウさんでありますか。自分はミズシロ財団西の本家より遣わされた、エドワルド・J・ソルフォード少尉であります。お2人を新兵器のテストが行われる評価実験場まで、ご案内いたします」


 顔の左半分を包帯で覆い、左腕をギプスで固めた軍人が敬礼して立っていた。

 ウィステリアが軍人へ振り向いて微笑み、


「ソルフォード少尉、お手間をおかけしてしまい、すみません。それでは――どうかしましたか、六音さん?」


 軍人をにらむ六音の姿に、ウィステリアが再び首をかしげた………


                   ◆


「オ待ちしてオりましタ、次期当主様」


 煌路たちの前に煌路と同年代の、奇妙な発音でしゃべる少女が現れた。

 バイザー型のサングラスをかけ、見る角度によって色が変わる玉虫色の髪をベリーショートにした少女だ。

 首元には赤いネクタイをしめつつ、カーキ色のロングコートの前を閉じて一輪車のような奇妙な車イス(?)に座っている。

 

「昨夜ノ事件にツいて、報告がゴざいまス」


 頭を下げる少女が座るのは、サッカーボール大の球体車輪の上に漏斗ろうとを細く伸ばしたような物体を取り付け、上部の広がった部分が座面になっている車イス(?)。

 

「さすが仕事が速いね。ご苦労様、カメレオン」


 煌路が微笑みかけたのは〝カメレオン〟のコードネームを持つミズシロ財団の捜査員。昨夜、水代邸に戻った煌路が六音の誘拐事件について説明をした相手だった。


「たダ、オそれなガら報告の前ニ、確認したイことがゴざいまス」


 少女が頭を上げるが、不安定に見える車イスは全くバランスを崩さない。


「昨夜ノ誘拐犯のグループにツいてですガ、人数は12人デ間違いナいでしょうカ」

「うん、六音がそう言っていたからね。間違いないよ」


 少女は、ひとつうなずいてから、


「サらに、犯人ノ1人はドミネイドに拉致らちサれたト」

「その通りだよ」


 少女は再度うなずくと、


「現場ヲ調査しマしたガ、誘拐犯の死体ガ確認でキませんでしタ」


 合わない計算に煌路が眉をひそめた。


「正確ニは、10人の死体ト、11人目ノ体の一部ガ確認さレましタ」

「一部って、どういうことだい?」


 眉をひそめたままの煌路の問いに、少女は淡々と……


「10人ノ死体とハ別の人間ノ、が現場ニ残されテいましタ」


                  ◆


「ソルフォード少尉だあ? もしかしてソルフォード財閥の残りカスか?」


 ずり落ちていたメガネを直しつつ、六音が挑発するように言った。


「『残りカス』とは穏やかではありませんな。ソルフォード財閥の関係者は、今もミズシロ財団の各部署で要職を務めております」

「ハッ、お前の辞書じゃ『要職』と『閑職』って言葉が入れ替わって載ってんのか?」


 軍人の目元が一瞬ゆがむが、六音はさらに口の端をつり上げ、


「ミズシロ食産、グラン・インダストリー、そしてソルフォード財閥がミズシロ財団に統合された時、財閥の創業者一族は、財団の中枢から遠ざけられたんだよな。当時の財閥の総裁が、『これからは新しい者たちの時代だ』って言ったから♪」


 軍人が右のこぶしを握りしめる。


「ま、ソルフォード財閥を牛耳ってた創業者一族は、歴史の長さのぶん腐りまくってたっていうからな。〝太陽の消えた日〟で荒れ果てた世界を復興させるのを機会に、賢明な総裁サマとしちゃあ組織を一新させたかったんだろ♪」


 軍人がギリッと奥歯を噛みしめる。


「おかげで旧財閥の創業者一族は、ごくごく一部の優秀なヤツ以外、いまだに冷や飯を食わされてんだよな。ま、家柄いえがらしか取りのないヤツらが実力勝負の世界に放り込まれりゃ当然か♪」


 軍人の眉が危険な角度につり上がる………が、


「……ご意見は、つつしんで参考にさせていただきます」


 軍人――エドワルド・J・ソルフォードは一転して表情を和らげ、


「事実、当時のソルフォード財閥の中枢を占めていた者たちは、自らの地位におごり節度を失っていたと聞き及んでおります。現代のソルフォード財閥の縁者としては、それを教訓として日々精進をしていく所存であります」


 堂々としながらも謙虚な物腰。


「さ、それでは実験場へ参りましょう。東の本家の次期当主をはじめ、関係者の方々もすでにお集まりになっているはずです」

「……そうだな。早く行かないとマズイか」


 拍子抜けしたような六音の声に、エドワルドも目元をゆるめる。


「……なーんて言うと思ったか!? そんなこと言ってあたしとウィス先輩を誘拐してハードでヌルヌルでグッチョングッチョンな拷問する気じゃないのか!?」

「ご冗談を。昨日も誘拐されて神経質になられるのも分かりますが、地球軍としても二度と昨日のような失態は犯さないとお約束します。どうか、ご安心ください」


 苦笑しつつも真面目まじめで紳士的なエドワルドの挙措きょそ――しかし、


「ハッ、気を抜いてシッポを出したな!!」


 六音が鬼の首を取ったように勝ち誇り、ウィステリアも視線を鋭くして、


「ソルフォード少尉、どうして昨日の誘拐事件のことをご存じなのですか?」


 エドワルドが息をのむ。


「あの事件は公表されておらず、ミズシロ財団と地球軍の中でも知っているのは10人にも満たない、ごく一部の関係者だけです。それ以外で知っている人は……」

「あたしを誘拐した犯人だけだな♪」


 エドワルドが腰の銃に手を伸ばす――が、


「〝ウルトラ・メガネーザー〟あああああああああああああああああああああ!!」


 六音のメガネのブリッジからレーザー光線が発射され、エドワルドは左腕のギプスで頭をかばいつつ避けようとする。が、かすっただけで光線はギプスを砕き、顔の左半分を覆う包帯を焼き切った。


「解説しよう! 〝ウルトラ・メガネーザー〟とはZクラスのパソコン研究会のヒキコモリが寝ボケて作ったウルトラな護身用の殺人兵器なのである!!」


 六音が胸を張る一方、エドワルドはうずくまって憤怒ふんぬに顔を歪め、


「……なぜ、わかった……!?」

「ふふん、機械で声は変えられても、しゃべり方のクセまでは変えられないからな。万水嶺学院高等部生徒会書記にしてミズシロ財団東の本家の次期当主の秘書兼愛人の記憶力なめんなよ♪」


 エドワルドがさらに顔を歪める……と、その顔の左半分から包帯ががれ落ち、左腕のギプスも粉々になり足下に落ちる。そして包帯の下から痛々しい火傷やけどが現れ……


「クソガキがぁ……!!」


 ギプスの下からは、包帯を巻かれた左腕が現れた………


                   ◆


「ソルフォード中尉が昨日の誘拐犯の1人!?」


 評価実験場の入口で煌路が叫んだ。


「はイ。現場ニ残さレていた手首ト、地球軍に登録シてあっタ彼ノ遺伝子のパターンが一致シましタ」

「いけない! いま彼は姉さんと六音と一緒に――うわっ!?」


 突如、実験場の広大な敷地のあちこちで爆発が起きた。

 リオが軍服に内蔵された通信機を起動させ、


「鷹岡リオだ! 何が起きた!?」

《ほ…報告します! 実験場内の各所に複数のトロニック人の襲撃が……!》

「なんだと!? みすみす侵入を許したのか!?」

《そ…それが……昨夜の停電の際に、警備システムに細工をされたようで……》


 通信士の動揺に震える声に、リオは顔を険しくして、


「……昨日の誘拐は前座で、今日のテストが本命のターゲットだったってことか……にしても純人教団の奴ら、とうとうドミネイドと手を組んだのか……?」


 夕日に染まる実験場が、無数の爆炎で紅蓮に塗り替えられていく。

 停電中に行われた昨夜の誘拐が純人教団の仕業しわざなら、停電中に行われた細工を利した今の襲撃も同じだろう。

 そして、プロテクスも参加するテストを襲撃するトロニック人となれば、ドミネイド以外にいるだろうか。


「リオさん、ここはお願いします! 僕は姉さんたちの所へ――ん?」


 駆け出そうとした煌路が何かに気づいた直後、


 ズシィンッ!!


 空から身長30メートルを超える鋼の巨人が降ってきた。

 その太く長い腕を持つ砂色のたくましい巨人に、煌路たちを運んできた装甲車から変形したプロテクスが剣で斬りかかる。


「なめた真似まねを! 覚悟しろ!!」


 対する砂色の巨人は腕から砂を噴き出しプロテクスに浴びせた。刹那、全身に浴びた砂が爆発しプロテクスは黒コゲになってくずおれる。


「なにぃっ!? その攻撃は……!」


 目をむくリオにも、砂色の巨人が砂を浴びせようとする。


 ドォンッ!


 爆炎に胸を貫かれ、轟音を上げて倒れた。


「無事か、リオ・タカオカ!?」


 身長30メートル近い、群青色ぐんじょういろの鋼の巨人が現れた。

 右腕にはの大砲のような大型銃を装備している。


「ブラットーチ! 遅いぞ警備主任!!」

「すまん! 思った以上に敵の数が多いのでな!!」


 リオに喝破かっぱされたトロニック人が、胸のプロテクスの紋章を輝かせつつ応えた。 


「迷惑な団体客だな! だが、コイツらってドミネイドじゃないんじゃないか?」

《そ奴らはドミネイドではなく、〝砂漠の業火ごうか〟にくみしおる元使だ》


 倒れた砂色の巨人を見るリオに、通信機から重厚ながらもれた声が応えた。


「やっぱりか。だがビニフッド、あの傭兵団ようへいだんなら第二次大戦の初期にブッ潰されただろう」

《かつて壊滅しおったのは〝砂漠の業火〟の本隊だけだ。いま来襲しておるのは、かの傭兵団で補給や偵察を担っておった予備部隊だな》

「偵察隊でも、地球人には充分な脅威になるか……」


 リオが唇を噛む……が、そのリオに群青色の巨人が、


「リオ・タカオカ! 私は〝充元じゅうげん端子たんし〟の保管庫に行く! 大事な新兵器を守らねばならんからな!! それに、あそこには兵器を開発した科学者たちもいる! 彼らも失うわけにはいかん!!」

「……わかった! そっちは頼んだぞ、ブラットーチ!!」


 各所で爆音のとどろく実験場を前に、リオが決然と顔を上げた。


「ビニフッド! いま実験場の管制室にいるな!? そこから全体の指揮をとれ! プロテクスと地球軍の警備隊はもちろんだが、ドナンゴン人の戦士団も来ているからな! そいつらも迎撃に当たらせろ!!」


 指示を出したリオは煌路に向き、


「煌路、デュロータ、お前たちも〝充元端子〟を守りに行け!」

「!? でも……」

「ウィステリアなら心配いらん! 今の太陽系にアイツをどうにか出来るヤツなんて10人もいないぞ!!」

「その10人の誰かが来たら、どうするんですか!? 今日の午前中だって――」

「傭兵から離れろコウジ!!」


 不意にデュロータが叫んだ。瞬間、倒れていた砂色の機体が破裂して大量の砂が噴き出し、逃げる間も与えず煌路をのみ込むと――


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!


 天に届くような火柱を上げて爆発し、


「コウジ!!」


 髪1本も残っていない爆心地を見ながら、デュロータが青ざめて叫んだ………


 


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