第12話 天高く愛人肥ゆる冬!?

「こーゆーのを既視感デジャヴって言うのかね……ひゃひっ!?」


 愛人(志望)の少女が、ダンナ様(予定)の少年の腕の中で舌を噛んだ。


「しゃべっていると舌を噛むよ……って、手遅れか」


 少女をお姫様だっこする少年の、昨日も発した言葉にまた既視感がつのる――が、


「ひゃわあああああああっ!? も…もっと急げ煌路! すぐ後まで来てる! 追いつかれるぞ!!」


 背後に迫る巨大な機械の狼たちに、メガネを鼻の頭にずり落とす少女は既視感より危機感に震えつつ少年の腕の中で身をすくめた。


「おや、これくらいでを上げるなんて僕の愛人失格だね♪ ねえ、シロ、モモ」


 にゃお~ん


 朗らかな少年の声に、その肩で丸くなっている子猫たちが愛くるしく応えた。

 雪と夕日に覆われる森の中で、少年は少女を抱えて姉と一緒に木々の枝から枝へと飛び移って前進し、彼らが通り過ぎた木々を巨大な獣たちがぎ倒しつつ追ってきている。


「ふむ……あれって昨日のテロリストが使っていた〝式獣機〟の同類だよね」


 太陽系ドミネイドの皇子やクノイチと小競り合いをしたあとの放課後。

 地球軍の基地へ向かっていた煌路、ウィステリア、六音の3人は、その途上で全長10メートルを超える5体の機械の狼に襲われていた。


「大きさは昨日の物より小さいけど、そのぶん機動性と俊敏性に優れたタイプかな」

「れ…冷静に分析してる場合か! オオカミ同士なんとかしろエロオオカミ!!」

「エロオオカミって誰のことかな? あんまり口を滑らせていると、僕も手を滑らせて君を落っことしちゃうかもしれないよ♪」

「つまんないシャレすべらせんなボケえええええええええええええええええっ!!」

          

 争いは同じレベルの者同士で発生する。

 ちなみに煌路が六音を抱えて移動するのは今のような非常時だけでなく、3人が学院や地球軍の基地へ向かう際のいつもの風景である。


「くっそお! だいたい東の本家の土地が広すぎんだよ!!」


 北海道の中央に広がる、北海道全土の五分の一を占める東の本家の私有地。

 その広大な敷地の中心には水代邸が、そこから山をいくつも越えた場所に万水嶺学院が、そこからさらに何十キロも離れた政府の公有地に地球軍の基地があった。


「てかこの距離を足で移動すんのも、おかしーだろお!!」


 水代邸から学院や基地へ行くには険しい山岳地帯を越える必要がある。

 その普通の人間なら何時間もかかる道程を、煌路とウィステリアは十数分という短時間でいつも走破していた。


「ああ分かってるよ! これも鍛錬たんれんの1つなんだろチクショオオオオオオオオ!!」


 六音を抱えての長距離トレイルランニングにして、六音いわくの『通学用の車』。

 それが六音が水代邸に住みついてから、煌路に新たに課せられた鍛錬だった。


「ひぃっ!? 牙が! 牙が髪の先に触ったあああああああああああああああ!!」


 涙目の六音が振り向くと、後にたなびく三つ編みが触れる距離に地響きと雪煙ゆきけむりを上げる機械の狼が迫っていた。


「も…もっと早く! 走れエロスうううううううううううううううううううっ!!」


 狼が地獄への隧道トンネルがごとき口を開け、轟く咆哮ほうこうと吐きかけられる熱やオイルの臭いが少女をビリビリ震わせ肌を粟立あわだたせる。


「悪かった!! もう寝る前にお菓子食べないから! 今日からダイエットするからもっと急いでくれえええええええええええええええええええええっ!!」


 六音が半狂乱で叫ぶ――が、


「大丈夫だよ六音。むしろ軽すぎるから、もう少し重くなってくれても構わないよ」

「あらあら、それでは厨房ちゅうぼう当番とうばんの方たちにお願いして、六音さんの食事だけカロリーを増やしてもらいましょうか」

「余裕ぶっこいてんじゃねえええええええっ!! てか知らないうちに体重コントロールされてる!? 競走馬かあたしはああああああああああああああああああああああああっ!!」


 恐怖と疑惑が少女を狂乱の坩堝るつぼに叩き込む……そして、すぐ後の狼たちが木々を薙ぎ倒しつつ牙をき、3匹の獲物を口腔こうくうに吸い込んで嚙み砕く――


「こ…煌路ぃ……!」


 六音が固く目を閉じて少年の首にしがみつく。と、3人の前方に1枚の紙きれ……否、雪の結晶のような紋様を描いたが舞い降り――


顕身けんしん献身けんしんせよ〝あけしま〟!」


 張り詰めた声が響くや、符から20メートルを超える虎のような四足獣が現れた。

 鮮やかな朱色の虎は針金のような体毛を逆立て、雷鳴のごとく咆哮しつつ狼たちに襲いかかり噛み砕かれる寸前だった3人を救った。


「…………へ?」


 六音がおそるおそる目を開け、六音を抱える煌路もウィステリアと共に1本の枝の上で足を止めると、後方で繰り広げられる機械の狼たちと朱色の虎の格闘へ目をやる――直後、


「愚かな叛臣はんしんどもに仕立てられしまがものめらが! シーカイ王朝の栄光と伝統を地にとさんとする魂なき傀儡くぐつめらが! 我が王朝の正統なる血統と力の前に、その身をち果てさせるが良いのじゃ!!」

「この声……君なのかい? ハクハトウ」


 再度の張り詰めた声に煌路が周囲の気配を探る……と、背後の空中に人影が現れ、


「うつけ者めが。殿上人てんじょうびとにあるまじき手落ちじゃのう」


 それは額のツノが1本だけの般若はんにゃのような仮面をかぶり、神社の巫女のような白い水干すいかんと赤いはかまをまとう人物。

 荘重そうちょうな黒髪はヒザまで伸びて典雅なおもむきかもす一方、黒い烏帽子えぼしがその姿を巫女よりも『白拍子しらびょうし』と呼ばれる平安時代の舞手を思わせるものにしている。


「あのような絡繰からくり仕掛けにおくれを取るとは、不甲斐ふがいないものじゃ」

「基地から迎えを寄越してくれるって聞いていたからね。それなら、その人に任せた方がいいかなって思ってさ♪」

「ぬぅ……」


 おどける煌路に対し、かすかにうなる白拍子が仮面を取る。

 あらわになるのは、煌路と同世代のいかめしくも眉目びもく秀麗しゅうれいな少女の顔。

 雪のように白く、どこか古風な瓜実顔うりざねがおは高貴な血筋ちすじと気高さを感じさせるが、眉と共につり上がる麗しい目元が何かを思い詰めた危うさをも漂わせている。


「ああ……時々、東の本家や地球軍の基地をうろついてる、シーカイとかいう星から来た異星難民だよな」

「うん。ただし彼女は合法な難民だよ。『特別星間在留資格』の認可が下りたからね」


 うなずく煌路の肩越しに、お姫様だっこされる六音が後を見つつ、


「『余人よじんに代えがたい能力や技能を持つ異星人に限り、特別に地球への在留を許可する』ってアレか」

「うん、異星難民でその資格を取れる人も、この数年で結構増えているよね。今日テストをする新兵器を開発したのも、その資格を持っている異星人の科学者だし」


 煌路が六音を抱えたまま、枝の上で体を後の少女へ向け、


「ありがとう。助かったよ、ハクハトウ。でも、いくら君の召喚獣でも5対1で大丈夫なのかい?」

「申すに及ばず。絡繰仕掛けの紛い物なぞ、真なる〝式獣〟の敵にはならぬのじゃ」


 空中に浮く少女の苛立いらだつ声。


 バキャァァァァァァァァァァァンッ


 直後、耳をつんざく金属音がして煌路と六音が目をやると、20メートルの朱色の虎が10メートルの機械の狼の首を口でもぎ取っていた。その勢いのままに、虎は他の狼たちも牙で噛み千切ちぎり爪で引き裂いていく。


「さすが君の自慢の〝式獣〟だね」


 煌路の感嘆と同時、雄々しい咆哮が夕暮れの雪山に木霊こだました。

 巨大な虎が5体の狼鉄クズの上にたたずみ、空に向かってえているのだ。

 ついでに煌路の肩の子猫たちも楽しそうに鳴いていた――しかし、


 ジャコンッ


 破壊された狼たちの背から金属製の円柱が飛び出した。


「あれって昨日のと同じプロジリウム爆弾か!? しかも5本も!!」


 六音が目をむく間にも、爆弾は紫の火花を散らしつつ表面のモニターに30秒を切ったカウントダウンを表示する。


「大きさは昨日の物より小さいけど、それでも1本で直径3キロの範囲は吹き飛ばせるだろうね。それが5本となると……」

「だからこんな時まで落ち着いてんな次期当主!! ……そうかナニか対策があるんだなそうなんだな!? そうだと言えってか言ってくださいお願いだから!!」


 再び半狂乱になる六音。


「そうだね……僕にできる対策となると、爆弾ごと異元領域に行って、この身と引き換えに世界を救うことくらいかな」

「いけません。コロちゃんには東の本家の次期当主としての大切な職務と未来があるのですから。その方法をとるのなら実行役は私が引き受けます」

「気持ちはすごく嬉しいけど、そんなこと絶対に駄目だよ、姉さん」


 熱く見つめ合う姉弟の熱い姉弟愛が絡み合う。


「たった1人の姉を犠牲にして生き延びるなんて、ヒトの義務に反すること僕にはできないよ。やっぱり、やるのなら僕が」

「いいえ、ここは私が」

「僕が」

「私が」

「僕が」

「いい加減にしろバカップル姉弟!! ええい、こうなったらあたしが……!」

「「どうぞどうぞ」」

「ざっけんな何百年前のコントだああああああああああああああ……って残り時間が3秒に!? もっとヒカリをコシヒカリをおおおおおおおおおおおっ!!」


 狂乱になる六音。


「空間閉鎖」


 その時、清爽せいそうな声と共に5本の爆弾が狼の残骸ざんがいごとシャボン玉のような空間に封じ込められた。爆弾が爆発。だが、爆炎は球状の空間内に全て封殺された。


「このような状況を、この星では『既視感デジャヴ』と呼ぶのだったか?」


 爆炎が収まり球状の空間も消えると、身長25メートルの鋼の巨人が空に現れた。

 その白い機体に青いラインを流し、両肩にプロペラを備えた巨人を煌路が見上げ、


「うん、昨日に続いてありがとう、デュロータ。君の重圧を近くに感じていたから、来てくれるって信じていたよ」

「はやく言えええええええええええええええええええええええええええええっ!!」


 六音がお姫様だっこのまま絶叫するも煌路はさらっと受け流し、


「でも、どうしてこの近くに?」

「お前たちの学院へ新型の気候調整装置などを輸送する任務があってな。その輸送部隊の護衛を務め、基地に帰還する途中だったのだ」


 腕の中で掴みかかってくる六音をいなしつつ煌路は空からの声にうなずき、


「そう言えば今朝、姉さんも教室でそのことを言っていたね」

「うむ。それで、お前たちも私が帰還する基地に向かうのだろう? 私が行う今日のテストに立ち会うと聞いているぞ。良ければ基地まで送るが、どうする?」


 肩で息する六音を抱えつつ煌路はわずかに首をひねると、


「そうだね……気持ちは嬉しいけど、僕たちは自分の足で行くよ。これも鍛錬の一環だからね。ズルしたってバレると、またおばあちゃんに怒られちゃうし♪」

「そうか」


 肩をすくめる煌路にうなずくと、鋼の巨人は空に浮かんだまま双発機に変形、左右の主翼のプロペラを回しつつ高度を上げていく。


「わらわは先に行くのじゃ」


 一方、ハクハトウは巨大な虎を符に吸い込むと、空に舞い上がり双発機の背に降り立った。 


「うん、それじゃあ先に行って、リオさんによろしく言っておいてくれるかな」


 双発機は眼下の煌路に応えるようにわずかに上下すると旋回ぜんかいし、夕焼けに染まる空を飛び去って行った。


「さて、僕たちも行こうか」


 六音をお姫様だっこする煌路が枝の上で足に力を入れる……が、


「その前に、説明してもらおーかダンナ様」


 六音がジト目で、


「この1年、知らない間にメシに細工して、あたしの体重を好き勝手してやがったのか? 天高く愛人ラ・マンゆる秋をやってやがったのか? 冬だけど今」 

「……何十年も戦争が続いている苦難の時代に、肥えられるほど御飯が食べられるって素晴らしいことだよね。今日の夕食は君のリクエストに応えて、コシヒカリのフルコースにしようか♪」

「ムダにイイ笑顔でナニ言ってやがる!」


 六音のジト目がツリ目になり、


「あの言葉のオリジナルって馬が肥えたら敵が攻めてくるって警告なんだぞ!! つーわけであたしも警告……いいや予言してやる〝ノイトルダムスの大魔王〟め!! お前も女をオモチャにしてると急に敵に攻め込まひゃあああああああああっ!?」


 六音が咄嗟とっさに煌路の首にしがみつく。少年が枝を蹴って跳躍し、姉と並んで弾丸のような速さで前進を始めたのだ。


「か…風になる! 風になって風と共に去っちゃうこの世からあああああああ!!」

 

 顔を引きつらせる少女を抱え、少年は雪と夕日に覆われる山岳地帯を猛進していくのだった………


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