第8話 常識なんて返り討ち!?
「やかましいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
キッチリ七・三に分けられた、よもぎ色の髪が神経質な性分を感じさせる。
「何の騒ぎですか!? また風紀委員に苦情が来ていますよ!!」
細い目をつり上げ、教室に踏み込む
「ハハッ! 生徒会長選挙でウィステリア会長に惨敗した風紀委員長なのサッ!!」
シュバッ
「一年生のとき副会長をしはって、二年生のとき会長に立候補しはったら、一年生やった若様の姉君にボロ負けしとった風紀委員長どすなあ~♪」
ペロリ
「今年の会長選でも、ウィステリア会長に
ムキムキ
「あはっ♪ ウィステリア会長に生徒会役員に選ばれなくってぇ、仕方なぁく『風紀委員長』ってオンボロステージで踊ってるぅ、名も無き
パチッ
「誰が名も無きですか! 私にはソン・リーコウという立派な名前があります!!」
『
「そ…それと私は自分の意志で、誇りをもって風紀委員長を務めているのですよ! ですからミズシロさんに選ばれたとしても断っていましたよ!!」
「委員長、話が脱線しています」
ソンの後に立つ女生徒が、平坦な口調で言った。
左目を覆う前髪以外は、赤茶色の髪をショートカットにした
その少女へ、六音がメガネを目の下にずらし
「……お前は?」
「私は高等部の第一学年Aクラスの
「……分かっていますよ」
不機嫌そうに答えたソンは、Zクラスの教室内をトゲトゲしくにらみ、
「いい加減に自覚してほしいですね、いつもいつも騒ぎを起こす問題児の皆さん。自分たちが名誉ある万水嶺学院の恥部である、落ちこぼれの吹き溜まりであると」
教室の空気がこわばる。
「確かにエヴォリューターとしてのレベルは高いようですが、人としての常識と品格が致命的に欠けています。知っていますか? このクラスが、この学院で何と呼ばれているのか」
「『バッドドリームチーム』……つまり〝夢〟のチームならぬ〝悪夢〟のチームだそうですよ。お分かりですか? 悪夢のごとき落ちこぼれの皆さん」
まるで似合わぬ
アイスホッケーのスティックや、新体操のリボンに乗馬用のムチ、さらには真紅の
「今の言葉、取り消してもらえますか」
しかし級友たちに先駆け、煌路がソンの前に立ちはだかった。
「彼ら彼女らは僕の大切な友人たちです。その友人たちへの侮辱は見過ごせません」
いつもの温厚さとは打って変わった、厳峻な表情と重圧。
そんな少年の様子に、気色ばんでいた級友たちの空気が和らぐ。
逆にソンは気おされてあとずさるが、どうにか引きつった笑みを作り、
「ふ…ふん……そんな暴力しか能がないチンピラたちを、かばうのですか……?」
プルプルと足を震わせ、負け惜しみのように、
「彼らなど、街を歩けば職務質問も抜きに警官に発砲されそうな、社会の常識を外れた……いえ、そもそも常識のレールに乗ろうともしない、無法者でしょう……!」
「
ピュ~
「ニャハハ~、それでボコボコの返り討ちにされるまでがオシゴトなのにゃ~♪」
ふりふり
まわりからの声に、煌路は苦笑して肩をすくめ、ソンは目元を大きく歪めると、
「あ…あなたたちは、どんな常識で動いているんですか!?」
「はっ、『常識を守れ』なんて言うヤツは、『常識』を盾にして自分の考えを他人に押し付けようとしてるだけですよ♪」
ソンの裏返った叫びを、六音がさえぎった。
「なにしろ『常識』っていう他人が作った価値観に縛られた人間は、『常識と違う』って言われれば、ナニもデキなくなっちゃいますからねえ♪」
ソンの
「ひ…ひねくれたことを! 常識の何が悪いと言うんですか!!」
「あらあら、風紀委員長サマは御存知ない? 世の中には『悪の手先』よりもタチの悪い『正義の味方』ってのも、いるのでございますよ♪」
意地悪そうにニヤニヤしつつソンに迫り、
「全てにおいて自分は『正義』で、自分と違うモノは『悪』って決めつける自称正義の味方がね。で、そういうヤツらの『正義』ってのが『常識』なんですよねえ♪」
妙な説得力が、ソンを教室の外まで後退させる。
「そういうヤツらは、『常識の範囲』から出たことが無いから知らないんですよね。実は世の中で常識が通じる範囲なんてほんの少しで、その範囲の外には、常識なんかに縛られない自由な世界が果てしなく広がってるって」
ニヤニヤしつつ、瞳だけは冷ややかに、
「ま、
哀れなブタを見るような、冷ややかな瞳。
「てか、『常識の範囲』の外で生きてくには、常識を超える能力や才能が必要ですからねえ。結局『常識を守れ』なんて言うヤツは、自分に無い常識以上の力を持ってる人間をひがんでるだけですよね」
「よ…世の中を斜めに見るのも、そこまで極まると感心してしまいますね!」
悔しげにうなるようなソンの声。
「大体あなたはZクラス唯一のフラッターでしょう! まさに常識以上の才能も能力も無いあなたに、そんなことを言う資格があるんですか!?」
「フラッターって……確かにドミネイド側じゃあ、エヴォリューターじゃない普通の人間をそう言うらしいけど……地球じゃ差別用語ですよ風紀委員長サマ?」
「いいえ、私は差別などしていません」
悔しそうな顔から一転、自慢げに胸を張り、
「これは『差別』ではなく『区別』です。そう、崇高なるエヴォリューターと下劣なるフラッターを分ける、当然の区別なのですよ。何より私は、フラッターと同じぐらい差別が嫌いなのですから」
一瞬、教室の空気が真っ白になる。やがて――
「……フラッターと差別が嫌いって、それはギャグで言ってるんですか……?」
しぼり出すような六音の声だったが、ふんぞり返るソンは何のことか分からないと眉をひそめるのみ。
「まあまあ、ソン先輩も少し落ち着いてください」
その時、事態を見守っていた生徒会の副会長が、苦笑を深めつつ六音とソンの間に入ってきた。
「常識を守ることと、常識を守ろうとする人を否定する気はありません。そういう人も、間違いなく世の中には必要ですからね」
苦笑していた顔が、穏やかながらも毅然としたものになり、
「ですが結局、『常識』とは既存の世界の秩序の〝最大公約数〟でしかないんです。それに従うだけでは、未来への発展も未知への挑戦も無いままに、既存の慣例を繰り返すだけの『停滞した社会』を維持することしか出来ません」
生徒会の副会長……否、ミズシロ財団が東の本家の次期当主が淡々と、
「そして『停滞』とは、ゆるやかな『衰退』でしかありません。そんな状況を打破して社会を進歩させていくには、常識に縛られた既存の範囲を超える〝公倍数〟が必要なんですよ。そして――」
淡々としていた声に熱がこもる。
「ここにいる僕のクラスメイトたちこそは、発展と挑戦により新たな世界を創る〝公倍数〟に成り得る、勇気と実力と真理を携えた人間であると信じています」
『僕のクラスメイトたち』が背すじを伸ばす。
開いた教室の入り口をはさみ、廊下にいるソンに教室内から相対している煌路。
その姿は、級友たちからは背中しか見えない……ゆえに、背中で語るような雄々しい後姿に、級友たちは熱い視線を注ぐ。
「わ…悪い冗談ですね! そんなあなたたちの『常識を超える行動』のせいで、先月もあなたたちの担任になった教師が
「ひどいれす~。あれは新しい先生を歓迎してあげようと思って~料理部れ作ったとっておきのお料理をご馳走してあげたんれすよ~」
ソンの苦しまぎれのような声に、Zクラスの少女がおっとりした声で応えた。
声と同様おっとりした顔に、優しい温もりを感じさせる柔らかい笑みを浮かべた、小麦色の肌の少女である。
ヒザまで伸びるミッドナイトブルーの髪を12本の三つ編みにして、ゆらゆら揺れるそれぞれの先端に、リビアングラスの小さな玉を3つずつ輝かせていた。
「歓迎のために作ったのが、ナマコの
「すごいれすよねえ~日本料理って~♪ 活け造りなんて~ろうやって思いついたんれしょう~?」
ソンの冷淡な視線もお構いなく、見た限り人畜無害な少女は熱心に語る。
「わたしの御先祖サマは~ミイラ作りの研究のために~大好きな女の人を生きたまま解剖したんれすよ~♪ もしかして日本にも~そういう伝説や風習があったんれしょうか~?」
おっとりした顔をうっとりさせる少女に、級友たちから『さすがエジプト生まれ』というつぶやきが漏れる。一方、ソンはさらに顔を渋くして、
「小日本にあったのは、ハラキリとカミカゼぐらいでしょう。まあ非常識さを言うなら、あなたが嫌がらせのように作ったゲテモノ料理も同じレベルでしょうけどね」
「嫌がらせなんて心外れす~」
少女はわずかに口をとがらせて、
「ナマコのお刺身は~高級料亭にもある高級料理なんれすよ~。らったらお刺身よりも難しい活け造りは~高級料理を超える超高級料理ってことじゃないれすか~。新鮮なナマコを~生きたままれ小さく切るのって~すっごく大変なんれすよ~」
しみじみと語る少女に、ソンは露骨に眉をひそめ、
「体を切り刻まれながらも、ツノや触手をウネウネ動かす、ナマコの群れ……ホラー以外の何物でもありませんね」
「あ~ナマコが痛そうれカワイソウっていうなら~大丈夫れすよ~。ちゃぁ~んとマヒさせてから切ったのれ~切られたってことも気づいてなかったはずれす~。これこそ『おもてなし』の気持ちにあふれた~心あたたまるお料理れすよね~♪」
ソンが不快感もあらわに、
「その心あたたまる料理を見た瞬間、かの女性教師は心が冷えきって失神し、保健室のベッドで目を覚ますなり辞表を書いてしまったのですがね。付け加えると、大きなトラウマを負った彼女は海産物を食べることはおろか、海に入ることさえ出来なくなったそうですが」
おっとりした少女に、一層冷淡な侮蔑の瞳を向けるソン。――すると、少女の後の級友たちが口々に、
「ガハハッ、そのぐれえで逃げ出す腰抜けが俺様たちの上に立とうなんざ、ハナから無理だったんだぜい」
ガチンガチン
「あはっ♪ そういう時はぁ、『食べる方も食べられる方も
パチッ
「風は白き槍にて刺し貫く。全ての
ダンッ
「た…食べ物を死体だなどと不謹慎にもほどがあります!! こんな連中があなたの言う『社会を進歩させていく人間』なのですか水代君!?」
「あいにくですが、彼女の言ったことは事実ですよ。僕も初等部のころには夏休みや冬休みのたびに、姉さんと山奥や大海原で自給自足の生活をしていたんですけどね」
煌路がなつかしそうに目を細め、
「その時は山では山菜からマンモスまで、海では海藻からクジラまで、自分で狩りとって食べていたんですよ。ですから肉や魚はもちろん、野菜や果物に至るまで、人間が口にする物は全て命あった者の亡骸であると、実体験から理解しています」
穏やかながらも断言した煌路に、『糧は亡骸』と語った少女はうなずきつつジョッパーブーツでダンッと床を踏み鳴らした。
眉間にシワを刻む鋭い目つきと若草色の髪、それに顔の左横の三つ編みに垂らす小さな
床を踏み鳴らした時には眉間のシワと口元がゆるみ、特注ブレザーのサイドベンツが優雅に広がっていた。
「マ…マンモスやクジラを狩って、食べていた!?」
一方、ソンは顔色を失くしつつ、
「初等部のころに、そんな危険なことをしていたんですか!?」
「まあ世間で『食育』と呼ばれる、食べ物は『命あった者』だからこそ無駄にしてはいけないって教育だったんでしょうね。ソン先輩もそれを実感したいのなら、うちの財団の食品会社にある食肉処理場のアルバイトを紹介しましょうか?」
「心の底から結構です!!」
ソンが青い顔を赤くして、
「まったく非常識にも程があります! そんな危険なことをミズシロさんにまでさせていたんですか!?」
「あはは、『過保護は本人のためにならない』が、うちのおばあちゃんの教育方針ですからね。それに姉さんの技は獲物を捕る罠を作るのに便利でしたから、すごく助けてもらったんですよ♪」
無邪気に言う煌路の後で、クラス委員長が納得した顔でうなずく。――と、
「うふふ、なつかしいですね」
ザ・生徒会長、登場。
神がかった美貌に浮かぶ、柔和で包容力あふれる笑顔がまぶしい。
その美貌をさらに輝かせるのは、足首まで伸びるゴールドシルクのような髪。
その髪を毛先近くでたばねる薄い紫のリボンも、清楚な雰囲気を盛り立てている。
「コロちゃんも私も、あのころは小さかったですからね」
そう言う少女の〝一部〟は、今や高等部の制服に覆われながら、高校生のレベルをはるかに超えて大きくなっていた。
その〝一部〟は特製コルセットに包まれているのか、体を動かしてもパイロットスーツと使い捨て下着のみだった昨日ほどには揺れない……昨日ほどには。
「姉さん、どうしてここに?」
「ちょっと用事があって、職員室に行っていたんですよ。そうしたらZクラスが騒がしくなっているという連絡があったので、私が様子を見に来たんです」
廊下にたたずむウィステリアが、ソンの肩越しに弟へ微笑む。と、ソンは顔をしかめて背後の金髪少女へ振り返り、
「ミズシロさん、いくらミズシロ財団のグランドマザーの指示とは言え、あなたはそれでいいのですか? 初等部のころから遠縁の従弟の巻きぞえで、ロビンソン・クルーソーも
「……う~ん、確かに最初は少し大変でしたね」
ウィステリアは小首をかしげ、
「吹雪く雪山では防寒具もなしで、海の底では1ヶ月も息を止めて狩猟生活をしていましたから。ですが、その間は姉弟水入らずで一緒にいられましたからね。今となっては……いえ、当時としても、夏休みや冬休みの楽しい思い出でしたよ♪」
「だよね、姉さん♪」
煌路も深くうなずきながら、
「まあ時々、サーベルタイガーの群れとマンモスの乱戦とか、ダイオウイカとシロナガスクジラの死闘に巻き込まれたりして、ちょっとだけ大変だったりもしたけど……おいしかったし♪」
「おいしかったですよね、コロちゃん♪」
あはは、うふふ、と2人だけの世界にひたる姉弟が、曇りのない笑顔を咲かせる。
対してソンはさらに顔をしかめ、六音は呆れたようにジト目で煌路を見ると、
「もうアレだな。『15少年漂流記』ならぬ『2人姉弟漂流記』でも出したら売れんじゃないのか? てか、1ヶ月も息を止めてた……?」
「うん、あのころはそれくらいが限界だったね。今なら1年はいけるよ」
「……はっ、お前なら足をコンクリで固められて海に沈められても、平気で生きて帰ってきそうだな」
煌路のマジボケに六音が渇いた笑いをもらす。と、
【それ わたしも されたことある】
Zクラスの1人、乳白色の髪をヒザに届かせる表情に乏しい少女が、手帳サイズの液晶タブレットに文字を表示して見せてきた。それを皮切りに自慢げな声が続々と、
「ガハハハハ、俺様なんざ
ガチンガチン
「
ピュ~
「ふふん、無垢なるヨは生きたまま
ちり~ん
「ニャハハ~、どいつもこいつもゲキ
ふりふり
「どうしてそれで生きてるんですかああああああああああああああああああっ!?」
ソンの裏返った叫びに、Zクラスは一瞬キョトンとしたものの、
「
ギラリッ
「でもでも~、風紀委員長だってエヴォリューターなのに~、それぐらいでステキなカクリヨにご招待されちゃうワケワケ~? おかしくないない~?」
カチカチ
「おかしいのはあなたたちでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
特殊コンクリートの校舎を震わせる絶叫。
「そもそも何をすればコンクリ詰めだのマフィアの飛行機を乗っ取ることになるんですか!? 水代君も水代君ですね! すっかり非常識な無法者に毒されてわっ!?」
目を血走らせるソンの足下に、鈍く輝く青銅製の刀が突き刺さった。
「愚劣なるは汝、堕落せし
剣を投げたのは、みどりの黒髪を蝶結びのように結ったZクラスの少女。
髪の先はヒザまで届き、頭頂の結び目に羽根を模した銀の髪留めをきらめかせる。
引き結ばれた小さな唇は深紅の口紅に彩られ、引き締められた大きな目は薄桃色のアイシャドウに綾なされ、威厳のにじむ美貌に華やぎを加味している。
「
華奢な身に纏う制服も、気品に満ちた光沢を浮かべている。
級友のものと比べ異彩を放つそれは、デザインはそのままに特別な生地で仕立てた特注品らしい。
「……堕落しただの襤褸だのと、好き勝手に言ってくれますね」
そんな少女へ、ソンは
「
「愚の骨頂なるは、我に言を重ねさせし醜態なり。汝こそは己が『ふらったあ』と蔑みし
因縁めいた視線をぶつけ合いながら、静かな舌戦が繰り広げられる。
その周りでは、いつになく感情的な蝶結びのような髪型の少女を、級友たちが珍しそうに見ていた。
「まあまあ皆さん、そろそろホームルームですから、自分の教室に帰りましょう」
その時、生徒会長の落ち着いた声が、緊迫した空気を優しく癒すように響いた。
舌戦を繰り広げていた2人をはじめ、その場の全員が肩から力を抜く。
「それでは皆さん、今日もお勉強に
たおやかに微笑んで周りを見回しつつ、
「それと今日、新しい気候調整装置が学院に届くんですが、前にお話ししたミズシロ財団の新製品の試作品も一緒に届くんです。ですので、そのテストを手伝ってくれる人は、準備をしておいて下さいね」
一部の男子が色めくのを背に感じ煌路も微笑むと、姉の隣の何もない空間を見て、
「それで、あおいはどうしてここに?」
「………はい」
Zクラスの面々が息をのむ。
何もない空間――否、何もないと思っていた空間から声が聞こえて。
そして声の聞こえた空間を注視すると………腰まで伸びる紫の髪をツインテールにする、おどおどしたメイド服の少女がぼんやりと見えてきた。
「……!!」
地球トップクラスのエヴォリューターたちが視線を鋭くする。
多数の険しい視線に一層おどおどするメイドだったが、遠慮がちに主人に歩み寄ると肩に提げたトートバッグから四角い包みを取り出し、おずおずと差し出した。
「あ、これって僕たちのお弁当? そういえば今朝はドタバタしていて、忘れちゃったんだっけ。そうか、これを届けに来てくれたんだね。ありがとう、あおい」
「はうう……い…いえ……これも、お仕事ですから………」
ニッコリして包みを受け取る煌路に、メイドは赤面してうつむいてしまう。と、教室にいた右目に
「……ボッチャマ、誰なんでやがりますかね、そのチビメイドは?」
「うん、彼女は上京あおいって言ってね、今日からうちで僕のお付きとして働いてくれる子だよ」
片眼鏡の少女は眉をピクリとさせつつ、煌路のそばに歩いてくると、
「ほうほう、つまりアタシサマの後輩でやがるのですか。でも、よくその格好をラシェルの
片眼鏡越しに探るような視線をあおいに浴びせつつ、
「水代家の女中って和服が標準装備でやがるから、アタシサマがメイド服を着る時もいろいろモメやがったのですよ。だから、あの家でその格好をしやがるのは、アタシサマが最初で最後って思ってやがったのです」
「はうう……あ…あたしの……先輩さん、ですか……?」
あおいが挙動不審なほどビクビクし、赤い顔を青くして瞳を潤ませる。と、片眼鏡の少女は気が抜けたように肩を落とし、溜め息をひとつ………したかと思うと、
「ふふん、その通りでやがるのですよ♪」
ナマイキそうな顔にふてぶてしい笑みを刻み、
「1年前まで、朝は身をすり寄せて布団の中でモーニングコール、昼は身を粉にして大きなお世話の身のまわりのお世話、夜は身を捧げて思春期の欲望を受け止めていた煌路ボッチャマ専属メイド、有言実行のブレイク・ザ・ハスラーとはアタシサマでやがるのです♪」
「また流言飛語かい『流言実行』のブレイク!! というか大きなお世話って自覚してやっていたのかい!?」
煌路が声を張り上げるもブレイクはふんぞり返り、ヘッドドレスを付けたショートカットの緑の髪と、
「ならば後輩よ、親切な先輩がありがた~いアドバイスをしてやるから聞きやがるがイイのです♪」
後輩に右の人差し指をビシィッと突きつけ、
「賭けビリヤードでボッチャマの小遣いを巻き上げる方法から、ボッチャマの細かい性癖まで微に入り細に入り。そして一番大事なメイドの心得とは………1にエロく、2にドエロく、3に超ドエロくでやがるのですっ!!」
「おかしなことを吹き込まないでよブレイク! 後輩メイドまで
ご主人様が再び声を張り上げる。と、先輩メイドはヨロヨロとくずおれて、
「あぁ……なんてヒドイお言葉でやがるのですか……異元領域〝
煌路が息をのみ、クラスの女子は殺気まじりにざわつく。――が、
「そう……アタシサマの心の純潔を奪いやがったクセに♪」
「そろそろ
一方、あおいも目を潤ませて、
「はうう……や…やっぱり、煌路さまは……女の人を食べちゃう、食虫植物なんですか……ぐす………」
「だまされないでよ、あおい! 変な保証人とかにされないか心配になるよ!!」
煌路が沈痛に叫び、その横の六音はブレイクへ目をやると、
「そーいや、お前だったんだよな……我らが次期当主サマに〝
責めるような低い声。
「おかげであの家でビリヤードやるたびに、あたしがマジで死にかけてるんだが? てか、ふざけたモーニングコールとか小遣い巻き上げるとか、大きなお世話をやりまくってたら、メイドをクビんなるのも当然だよな」
「……教えたワケじゃなくて、ボッチャマが勝手に覚えやがったのですよ。日本人はモノマネが得意というのはホントでやがるのです」
微妙に視線を泳がせるブレイク。
「オマケにクビになったワケでもないでやがるのですよ。学院に通うことになりやがったから、ここの女子寮に引っ越して〝長期休暇〟を取ってるだけでやがるのです。護衛だって同じ理由で寮に移りやがったけど、仕事をクビになったワケじゃないからそれと同じでやがるのですよ」
元専属メイドがわずかに口を尖らせてつぶやいた。――直後、
「おぬしと同列に語られるなど、恥辱の極みにござるな」
サムライ少女――
白木の鞘から抜いた刀を、ブレイクの背後から首すじに当てながら。
「水代の御屋敷にいた時分、夜におぬしが殿の御部屋に
「だ~から護衛風情が口出しなんて、躾がなってやがらないのですよ。夜のご奉仕もメイドの仕事で、メイドにお手付きも御主人サマの義務でやがるのですから♪」
鋭い刃と殺気を突き付けられつつも、ブレイクは
同時に自分のスカートをつまむと、瑞々しい肌がまぶしいナマ足の付け根近く、見えるか見えないかギリギリの高さまでスソを上げ、
「ついでに学院でもいつ手ぇ出されてもいいように、このクラスでアタシサマだけがスカートの下にスパッツもタイツも
腰を落としたブレイクの頭上を紙一重で刃が横切った。
「
2人の少女が、床に壁に天井にと教室内を飛び回って衝突する。
「うらやましいなら、そう言いやがればイイのです側室ねらいのムッツリ刀♪」
ブレイクもビリヤードのキューを出し日本刀に応戦。
「なんたる侮辱! 拙者は殿に生涯の忠義を捧げる〝守り刀〟にござる!!」
キンキンキンキンキンと金属をたたく甲高い音が、間断なく教室に鳴り響く。
「〝殿〟に大声で死刑コールするのが〝守り刀〟の忠義でやがるのですか♪」
襲いくる刀身の側面をキューで突き、刀の軌道をずらして斬撃を避けるブレイク。
「あ…あれは殿に不埒を働いた九十九のを
わずかにどもった火焚凪に、六音が茶化すような声で、
「こらこらムッツリ刀、委員長は被害者っつーかエロピニストに
六音が煌路に肩をつかまれ、抱き寄せられるように体を横にずらされた。刹那、その肩があった位置を火焚凪とブレイクが風だけを残し通り過ぎていく。
「ははっ、今日も今日とてZクラス名物〝親睦会〟の始まりだ。異元領域はやらなくていいのか副会長? 他のヤツらの〝親睦会〟みたいに北海道が丸ごと吹っとびそうになっても知らないぞ♪」
メガネを鼻の頭にずり落とした六音が、抱き寄せられたまま煌路に密着して言う。
『他のヤツら』のうち、女子が浴びせてくる尖った視線を楽しむような声で。
「まあ、あの2人にとっては、あの程度はいつものじゃれ合いだからね」
親しみの込もった煌路の声。
「僕の家にいたころ、火焚凪もブレイクも、非常時には〝東の本家の最終防衛線〟と一緒に働いてくれていたんだよ。その時も自分の能力を制御して、無駄な被害は一切出さず〝不具合〟だけに対応してくれていたからね」
「はっ、鉄壁の防御ってヤツか。確かにな……」
六音が2人の少女の卓越した攻防を見て、重い声をしぼり出す。
「……あんだけ飛んだり跳ねたりしてんのに、なんでブレイクはスカートの中が見えないんだ……!?」
「鉄壁って、そこ?」
煌路が呆れて肩を落とす。
飛び回る2人のうち、
「なんつーか……御主人サマ以外にサービスする気は無いって感じだな♪」
「……何のサービスか知らないけど、ブレイクも火焚凪もすごいのは確かだね。でもあれくらいの動きは見えるのなら、君も充分すごいよ六音」
少女たちの空中戦は、常人では目で追うこともできない超高速に達していた。にもかかわらず、ブレイクのスカートがめくれないのを視認できるなら、それはエヴォリューター並みの視力を持っていることになる。
「ま、あくまで見えるだけで、避けろって言われたら絶対ムリだけどな♪」
他の級友たちは空中戦を目で追いつつ、戦う2人が迫ってくれば避けている。
すなわち煌路の『あれくらいの動き』という言葉は、2人の今の速度もZクラスのエヴォリューターには取るに足りないものだという事実を示していた。――そう、Zクラスのエヴォリューターには。
「ぎゃわあああああああああああああああああああっ!?」
Zクラスではない
「「あ」」
はね飛ばした2人が動きを止めた一方、ソンは回転しながら上昇し天井に激突。
「ぶぎゅっ!?」
次いで落下し床に激突する――寸前、無数の真紅の薔薇が飛来し、
「おーっほっほっほっ♪ 謝辞は不要でしてよ、風紀委員長♪」
真紅の薔薇を手に、豪華なハニーブロンドを腰までなびかせる少女が尊大に笑む。
フランス人形のような美貌には、ルネサンス絵画の貴婦人のような気品と、バロック彫刻の暴君のごとき
「下々の者に救いを与えることは、ノブレス・オブリージュ……すなわち、高貴なる者にとって当然の義務なのですわ♪」,
制服はシルクやカシミヤはおろか、ビキューナも及ばぬ優雅な光沢を発し、ブレザーのそで口やスカートのスソは、華やかな白いレースで飾られている。
それは目もくらむような高級生地と、生地の魅力を最大限に引き出す繊細な仕立てにより織りなされた、まさに芸術品と言える
「おほほ、咲き誇る慈悲の薔薇の
とは言え、高級生地も白いレースも、明らかな校則違反である。が、生来の気品と黄金比さえ影をひそめる極上の肢体で、校則ごときねじ伏せてくれると少女は逸品を着こなし、右手の甲に真紅の薔薇の模様をひらめかせていた。
「さて、これ以上の醜態をさらす必要もないのではなくて、風紀委員長?」
薔薇色の瞳が細められ、豪華なハニーブロンドと豪勢な胸元が華麗に揺れる。
そして壁に磔にされた風紀委員長に、スパイ衛星どころか月から地球を見おろすような超絶上から目線で語りかける。
「愚民に過ぎぬ己の分をわきまえ、わびしく引き下がるのであれば、今日のところはその首も見逃して差し上げましてよ。わたくしの寛大さにひれ伏して感涙にむせびながら、〝常識〟などという矮小な世界の片すみで生涯震え続けるが良いですわ」
やんごとなき笑顔から、
その威厳と風格に満ちた物言いにソンが口ごもると、Zクラスから1人の少女が歩み出て、寝言のようにぼんやりと言う。
「申し渡す、なの………」
灰色の髪に目元が隠され、表情のよく見えない少女だ。
うつらうつらと今にも寝落ちしそうで、よろよろと足元もおぼつかない。
鼓動するように明滅するリンゴ大の水晶玉を、両手で包むように胸の前で持っている。
「
「おや、的中率99.9パーセントの占い同好会から、今日を最後に
「ば…馬鹿馬鹿しい! 私が今日、死ぬというんですか!?」
磔のソンが顔を引きつらせ、
「そんな怪しげな占いを真に受けるなど、まさに非常識です!! 水代君、君からも言ってやってください!」
「……悪いことは言いません。ソン先輩、今日はこのまま寮に帰って、静かに過ごすことをお勧めします」
曇ったその顔は、十字架の上で処刑を待つだけの罪人を憂うよう。
「な…なんですか水代君まで嘆かわしい! すっかり無法者たちに毒されてしまったようですね! 跡取りがこれではミズシロ財団の未来もぼぉっ!?」
ソンの
「手が滑ってしまったので、許すが良いのですわ。なれど、それ以上我らが副会長を
薔薇を投げた少女の瞳の薔薇色が、今は燃え盛る
「……『我らが副会長』? 『わたくしの副会長』の間違いではないのですか?」
薔薇の刺さる額から血をしたたらせつつ、磔の風紀委員長が冷笑する。
「さっきの裏切り者といいあなたといい、まったく無様な本性ですね。散々偉そうなことを言いながら、そのじつ不純異性交遊に身を焦がし学院の風紀を乱そうとする、愚かで卑猥なメスの本性ですよ」
怒りか羞恥か、少女が気品も傲慢も抜けた無防備な顔を、瞳と同じ色に染める。
「図星ですか♪」
ソンは満足そうにうなずくと、よもぎ色の髪をわずかに逆立たせる。――と、額に刺さった薔薇と、その身を壁に縫いとめる薔薇が見る見る
「……ほう」
少女が気品と傲慢を甦らせ、鋭い視線とかすかな嘆息を見せた。
一方、磔を脱して床に降り立った風紀委員長は、額の傷が消えた頭と右肩を、固まった体をほぐすようにコキコキと大げさに回す。
「それではホームルームの時間も近いことですし、失礼させていただきましょう。Zクラスの皆さん、くれぐれも身の程をわきまえて、無用な騒動は控えていただくようお願いしますよ。それでは、行きましょうか忍足さん」
置き土産の皮肉を吐き、副委員長を連れZクラスを去る風紀委員長。
「ちょっと待て」
「なんですか、御条さん。私も忙しい身なので、これ以上あなたたちに関わっているヒマはないのですけどね」
「お前じゃない。用があるのは、そっちの副委員長だ」
ムッとするソンには目もくれず、六音は煌路に密着したまま、ずり落ちていたメガネを外してブレザーの内ポケットにしまうと、
「お前、『忍足つばめ』とか言ったっけ?」
凡庸な少女をにらみつつ……煌路に抱きつき、
「誰だよ、お前」
Zクラスが緊張し、ソンは首をひねる。が、当の副委員長は淡々と、
「誰だも何も、さっき言った通り、高等部第一学年Aクラスの忍足つばめですが?」
「へえ……うちの学院の高等部に、そんなヤツいたっけ?」
六音が煌路とウィステリアに横目で問いかけると、2人は重々しくうなずき、
「そうだね。高等部の生徒会役員として、高等部の生徒の顔と名前は全部おぼえているけど……」
「忍足つばめさん、あなたのような生徒は、当学院の高等部には在籍していません」
「だとさ。ちなみに万水嶺学院高等部が生徒会の書記にして、ミズシロ財団東の本家次期当主の秘書兼愛人たるあたしは、高等部どころか幼稚部から大学院までの全部の生徒をおぼえてっけど……」
少年を抱きつく震える腕に力をこめ、
「この学院のどこにも、お前みたいな生徒はいないぞ」
教室の空気が張り詰める。が、ソンだけは怪訝そうな顔になり、
「水代君やミズシロさんまで何を言っているのですか? この1年、私は忍足さんと一緒に風紀委員の仕事を――」
「だよなあ。普通はそのヘッポコ委員長みたいに、オレのこと認識すんだがなあ」
凡庸な少女が一転、不遜な顔を見せた。――刹那、露出する右の瞳が金色に輝き、周囲の風景が壁に映した映像を切り替えるように変化する。
「これは……」
気がつくと煌路、ウィステリア、六音の3人は、赤茶けた空の下に広がる草1本も生えない荒野に立っていた。
「……異元領域!!」
煌路がありったけの警戒感をこめて叫んだ。
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