第8話 常識なんて返り討ち!?
「やかましいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
教室の自動ドアが開き、
「何の騒ぎですか!? また風紀委員に苦情が来ていますよ!!」
キッチリ七・三に分けられた
加えて
「ハハッ! 生徒会長選挙でウィステリア会長に惨敗した風紀委員長なのサッ!!」
「一年生で副会長をしはって二年生で会長に立候補しはったら、一年生やった若様の姉君にボロ負けしとった風紀委員長どすな~♪」
「今年の会長選でも、ウィステリア会長に
「あはっ♪ ウィステリア会長に生徒会役員に選ばれなくってぇ、仕方なぁく『風紀委員長』ってオンボロステージで踊ってるぅ、
「誰が名も無きですか! 私にはソン・リーコウという立派な名前があります!!」
「そ…それと私は自分の意志で、誇りを持って風紀委員長を務めているのです! ですからミズシロさんに副会長に選ばれても断っていましたよ!!」
「委員長、話が脱線しています」
ソンの後に立つ女生徒が平坦な口調で言った。
赤茶色の髪をショートカットにした、左目を前髪で覆う以外は
その少女へ六音はメガネを目の下にずらして
「……お前は?」
「私は風紀委員会で副委員長をしている、高等部の第一学年Aクラスの
少女はこれまた平坦に言うと蓬色の髪の少年を見て、
「ソン委員長、そろそろ朝のホームルームの時間です。必要な警告をして、私たちも自分の教室に戻りましょう」
「……分かっていますよ」
不機嫌そうに答えたソンは、Zクラスの教室内をトゲトゲしくにらみ、
「いつもいつも騒ぎを起こす問題児の皆さん、いい加減に自覚して欲しいですね。自分たちが名誉ある万水嶺学院の
教室の空気が
「エヴォリューターとしてのレベルは高くても、人としての常識と品格が致命的に欠けています。知っていますか? このクラスがこの学院で何と呼ばれているのか」
「バッドドリームチーム……つまり〝夢〟のチームならぬ〝悪夢〟のチームだそうですよ。お分かりですか? 悪夢のごとき落ちこぼれの皆さん」
まるで似合わぬ
そして〝獲物〟を狩るべく、それぞれの〝得物〟を少年少女たちは構える。
アイスホッケーのスティックや新体操のリボンに乗馬用のムチ、さらには真紅の
「今の言葉、取り消してもらえますか」
しかし級友たちに
「彼ら彼女らは僕の大切な友人です。その友人たちへの侮辱は見過ごせません」
普段の温厚さを
そんな少年の様子に級友たちが空気を
「ふ…ふん……そんな暴力しか能がないチンピラたちを、かばうのですか……?」
プルプルと足を震わせ、負け惜しみのように、
「街を歩けば問答無用で警官に発砲されそうな、社会の常識を外れた……いえ、そもそも常識のレールに乗ろうともしない無法者……それが彼らでしょう……!」
「
「ニャハハ~、それでボコボコの返り討ちにされるまでがオシゴトなのにゃ~♪」
周りからの声に煌路は苦笑して肩をすくめ、ソンは目元を大きく歪めると、
「あ…あなたたちは、どんな常識で動いているんですか!?」
「ハッ、『常識を守れ』なんて言うヤツは、『常識』を盾にして自分の考えを他人に押し付けようとしてるだけですよ♪」
ソンの裏返った叫びを六音がさえぎり、
「なにしろ『常識』っていう他人が作った価値観に縛られた人間は、『常識と違う』って言われればナニもデキなくなっちゃいますからねえ♪」
ソンのお株を奪うような慇懃無礼な声。
「ひ…ひねくれたことを! 常識の何が悪いと言うんですか!!」
「あらあら、風紀委員長サマは
意地悪そうにニヤニヤしつつソンに迫り、
「全てにおいて自分は『正義』で、自分と違うモノは『悪』って決めつける自称正義の味方がね。で、そういうヤツらの『正義』ってのが、大抵『常識』なんですよねえ♪」
妙な説得力がソンを教室の外まで後退させ、
「そういうヤツらは、『常識の範囲』から出たことが無いから知らないんですよね。実は世の中で常識が通じる範囲なんてほんの少しで、その範囲の外には常識なんかに縛られない自由な世界が果てしなく広がってるって」
ニヤニヤしつつ、瞳だけは冷ややかに、
「ま、
「てか『常識の範囲』の外で生きてくには、常識を超える能力や才能が必要ですからねえ。結局『常識を守れ』なんて言うヤツは、自分に無い常識以上の力を持ってる人間をひがんでるだけですよね」
「よ…世の中を斜めに見るのも、そこまで極まると感心してしまいますね!」
悔しげに
「大体あなたはZクラス唯一のフラッターでしょう! まさに常識以上の才能も能力も無いあなたに、そんなことを言う資格があるんですか!?」
「フラッターって……確かにドミネイド側じゃあエヴォリューターじゃない普通の人間をそう言うらしいけど……地球じゃ差別用語ですよ風紀委員長サマ?」
「いいえ、私は差別などしていません」
悔しそうな顔から一転、自慢げに胸を張り、
「これは『差別』ではなく『区別』です。そう、
一瞬、教室の空気が真っ白になる。やがて……
「……フラッターと差別が嫌いって、それはギャグで言ってるんですか……?」
六音が声をしぼり出すが、ふんぞり返るソンは何のことかと眉をひそめるのみ。
「まあまあ、ソン先輩も少し落ち着いてください」
その時、生徒会の副会長が苦笑を深めつつ六音とソンの間に入り、
「常識を守ることと、常識を守ろうとする人を否定する気はありません。そういう人も、間違いなく世の中には必要ですからね」
穏やかながらも
「ですが結局、『常識』とは
生徒会の副会長……否、ミズシロ財団が東の本家の次期当主が淡々と、
「そして『停滞』とは緩やかな『衰退』でしかありません。そんな状況を打破して社会を進歩させていくには、常識に縛られた既存の範囲を超える〝公倍数〟が必要なんですよ。そして――」
淡々とした声に熱を
「ここにいる僕の友人たちこそは、発展と挑戦により新たな世界を創る〝公倍数〟に成り得る、勇気と実力と真理を
『僕の友人たち』が
開いた教室の入り口をはさみ、廊下にいるソンに教室内から
その姿は、友人たちからは背中しか見えない……
「わ…悪い冗談ですね! そんなあなたたちの『常識を超える行動』のせいで、先月もあなたたちの担任になった教師が
「ひどいれす~。あれは新しい先生を歓迎してあげようと思って~料理部れ作ったとっておきのお料理をご馳走してあげたんれすよ~」
ソンの苦しまぎれのような声に、Zクラスの少女がおっとりした声で応えた。
声と同様おっとりした顔に、優しい温もりを感じさせる柔らかい笑みを浮かべた小麦色の肌の少女である。
ヒザまで伸びるミッドナイトブルーの髪を12本の三つ編みにして、それぞれの先端にリビアングラスの小さな玉を3つずつ輝かせていた。
「……歓迎のために作ったのが、ナマコの
「すごいれすよねえ~日本料理って~♪ 活け造りなんて~ろうやって思いついたんれしょう~?」
ソンの冷淡な視線もお構いなく、見た限り
「わたしの御先祖サマは~ミイラ作りの研究のために大好きな女の人を生きたまま
おっとりした顔をうっとりさせる少女に、級友たちから『さすがエジプト生まれ』というつぶやきが漏れる。一方、ソンはさらに顔を渋くして、
「小日本にあったのはハラキリとカミカゼぐらいでしょう。まあ非常識さを言うなら、あなたが嫌がらせのように作ったゲテモノ料理も同じレベルでしょうけどね」
「嫌がらせなんて心外れす~」
少女はわずかに口をとがらせて、
「ナマコのお刺身は~高級料亭にもある高級料理なんれすよ~。らったらお刺身よりも難しい活け造りは~高級料理を超える超高級料理ってことじゃないれすか~。新鮮なナマコを生きたままれ小さく切るのって~すっごく大変なんれすよ~」
しみじみと語る少女にソンは露骨に眉をひそめ、
「体を切り刻まれながらも、生きてツノや触手を動かすナマコの群れ……ホラー以外の何物でもありませんね」
「ナマコが痛そうれカワイソウっていうなら~大丈夫れすよ~。ちゃぁ~んとマヒさせてから切ったのれ~切られたってことも気づいてなかったんれすよ~。これこそ『おもてなし』の気持ちにあふれた~心あたたまるお料理れすよね~♪」
優しい笑顔満開の少女にソンは不快感も
「その心あたたまる料理を見た瞬間、かの女性教師は心が冷えきって失神し、保健室のベッドで目を覚ますなり辞表を書いてしまったのですがね。付け加えると、大きなトラウマを負った彼女は海産物を食べることはおろか、海に入ることさえ出来なくなったそうですが」
おっとりした少女に一層冷淡な
「ガハハッ、そのぐれえで逃げ出す腰抜けが俺様たちの上に立とうなんざ、ハナから無理だったんだぜい♪」
「あはっ♪ そういう時はぁ、『食べる方も食べられる方も
「風は白き
「た…食べ物を死体だなどと
「あいにくですが、彼女の言ったことは事実ですよ。僕も初等部のころには夏休みや冬休みのたびに、姉さんと山奥や大海原で自給自足の生活をしていたんですけどね」
煌路が懐かしそうに目を細め、
「その時は山では山菜からマンモスまで、海では
穏やかながらも断言した煌路に、『糧は亡骸』と語った少女は満足げに
底のすり減ったジョッパーブーツで床を踏み鳴らした時には眉間のシワと口元が緩み、サイドベンツ仕様の特注ブレザーの
「マ…マンモスや、クジラを狩って……食べていた!?」
一方、ソンは顔色を失くしつつ、
「初等部のころに、そんな危険なことをしていたんですか!?」
「まあ世間で『
「心の底から結構です!!」
ソンが青い顔を赤くして、
「まったく非常識にも程があります! そんな危険なことをミズシロさんにまでさせていたんですか!?」
「あはは、『過保護は本人のためにならない』が、うちのおばあちゃんの教育方針ですからね。それに姉さんの技は獲物を捕る罠を作るのに便利でしたから、すごく助けてもらっていたんですよ♪」
無邪気に笑う煌路の後で、クラス委員長が納得した顔で頷く――と、
「うふふ、懐かしいですね」
ザ・生徒会長、登場。
神がかった美貌に浮かぶ、柔和で包容力あふれる笑顔がまぶしい。
その美貌をさらに輝かせるのは、足首まで伸びるゴールドシルクのような髪。
その髪を毛先近くで束ねる薄い紫色のリボンも、清楚な雰囲気を盛り立てている。
「コロちゃんも私も、あのころは小さかったですからね」
そう言う少女の〝一部〟は、今や高等部の制服に覆われながら高校生のレベルをはるかに超えて大きくなっている。
だが、特製コルセットに包まれているのか、体を動かしてもパイロットスーツと使い捨て下着のみだった昨日ほどには揺れない……昨日ほどには。
「姉さん、どうしてここに?」
「ちょっと用事があって、職員室に行っていたんですよ。そうしたらZクラスが騒がしくなっているという連絡があったので、私が様子を見に来たんです」
廊下に
「ミズシロさん、いくらミズシロ財団のグランドマザーの指示とは言え、あなたはそれで良いのですか? 初等部のころから
「……う~ん、確かに最初は少し大変でしたね」
ウィステリアは小首をかしげ、
「
「だよね、姉さん♪」
煌路も深く頷きながら、
「まあ時々、サーベルタイガーの群れとマンモスの乱戦とか、ダイオウイカとシロナガスクジラの死闘に巻き込まれたりして、ちょっとだけ大変だったりもしたけど……おいしかったし♪」
「おいしかったですよね、コロちゃん♪」
あはは、うふふ、と2人だけの世界に
対してソンはさらに顔をしかめ、六音は呆れたようにジト目で煌路を見ると、
「もうアレだな。『十五少年漂流記』ならぬ『二人姉弟漂流記』でも出したら売れんじゃないか……てか、一ヶ月も息を止めてた……?」
「うん、あのころはそれくらいが限界だったね。今なら1年はいけるよ」
「……ハッ、お前なら足をコンクリで固められて海に沈められても、平気で生きて帰ってきそうだな」
煌路のマジボケに六音が
【それ わたしも されたことある】
Zクラスの1人、乳白色の髪をヒザに届かせる表情に乏しい少女が、手帳サイズの液晶タブレットに文字を表示して見せてきた。それを皮切りに自慢げな声が続々と、
「ガハハハハ、俺様なんざ
「
「ふふん、
「ニャハハ~、どいつもこいつもゲキ甘なのニャ~♪ アタシなんてハイジャックしたマフィアの飛行機ごと撃ち落とされて~、でっかい火山の火口にツッコまされたんだニャ~♪」
「どうしてそれで生きてるんですかああああああああああああああああああっ!?」
ソンの裏返った叫びに、Zクラスは一瞬キョトンとしたものの、
「
「でもでも~、風紀委員長だってエヴォリューターなのに~、それぐらいでステキなカクリヨにご招待されちゃうワケワケ~? おかしくないない~?」
「おかしいのはあなたたちでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
特殊コンクリートの校舎を震わせる絶叫。
「そもそも何をすればコンクリ詰めだのマフィアの飛行機を乗っ取ることになるんですか!? 水代君も水代君ですね! すっかり非常識な無法者に毒されてわっ!?」
目を血走らせるソンの足下に、鈍く輝く青銅製の刀が突き刺さった。
「
剣を投げたのは、みどりの黒髪を蝶結びのように結ったZクラスの少女。
髪の先はヒザまで届き、頭頂の結び目に羽根を模した銀の髪留めをきらめかせる。
引き結ばれた小さな唇は深紅の口紅に彩られ、引き締められた大きな目は薄桃色のアイシャドウに
「
級友のものと比べ気品に満ちた光沢を放つ制服も、デザインはそのままに特別な生地で仕立てた特注品らしい。
「……堕落しただの
そんな少女へ、ソンは
「
「愚の骨頂なるは我に言を重ねさせし醜態なり。汝こそは己が『ふらったあ』と
「まあまあ皆さん、そろそろホームルームですから、自分の教室に帰りましょう」
その時、生徒会長の声が緊迫した空気を優しく
「それでは皆さん、今日もお勉強に
会長はたおやかに微笑んで周りを見回し、
「それと今日、新しい気候調整装置が学院に届くのですが、前にお話ししたミズシロ財団の新製品の試作品も一緒に届くんですよ。ですので、そのテストを手伝ってくれる人は準備をしておいて下さいね」
一部の男子が色めくのを背に感じ煌路も微笑む。次いで姉の隣の何もない空間を見て、
「それで、あおいはどうしてここに?」
「………はいぃ」
何もない空間――否、何もないと思っていた空間から声がしてZクラスの面々が息をのむ。そして声の聞こえた空間を注視すると………腰まで伸びる紫の髪をツインテールにする、おどおどしたメイド服の少女がぼんやりと見えてきた。
「……!!」
地球トップクラスのエヴォリューターたちが視線を鋭くし、多数の険しい視線に一層おどおどするメイド……だったが、遠慮がちに主人に歩み寄ると肩に
「あ、これって僕たちのお弁当? そういえば今朝はドタバタしていて、忘れちゃったんだっけ。そうか、これを届けに来てくれたんだね。ありがとう、あおい」
「はぅぅ……い…いえ……これも、お仕事ですからぁ………」
ニッコリして包みを受け取る煌路に、メイドは赤面して
「……ボッチャマ、誰なんでやがりますかね、そのチビメイドは?」
「うん、彼女は
片眼鏡の少女は眉をピクリとさせつつ、煌路のそばに歩いてくると、
「ほうほう、つまりアタシサマの後輩でやがるのですか。でも、よくその格好をラシェルの
片眼鏡越しに探るような視線をあおいに浴びせつつ、
「水代家の女中って和服が標準装備でやがるのですから、アタシサマがメイド服を着る時もいろいろモメやがったのですよ。だから、あの家でその格好をしやがるのは、アタシサマが最初で最後って思ってやがったのです」
「はぅぅ……あ…あたしのぉ……先輩さん、ですかぁ……?」
あおいが
「ふふん、その通りでやがるのですよ♪」
ナマイキそうな顔にふてぶてしい笑みを刻み、
「1年前まで、朝は身をすり寄せて布団の中でモーニングコール、昼は身を
「また
煌路が声を張り上げるもブレイクはふんぞり返り、ヘッドドレスを付けたショートカットの緑の髪と、
「ならば後輩よ、親切な先輩のありがた~いアドバイスを聞きやがるがイイのです♪」
後輩に右の人差し指をビシィッと突き付け、
「
「言ったそばから流言かい!? 後輩メイドまで
御主人様が再び声を張り上げる――と、先輩メイドはヨロヨロとくずおれ、
「あぁ……なんてヒドイお言葉でやがるのですか……異元領域〝
煌路が息をのみ、クラスの女子は殺気まじりにざわつく――が、
「そう……アタシサマの心の純潔を奪いやがったクセに♪」
「そろそろ
一方、あおいも目を潤ませて、
「はぅぅ……や…やっぱり、煌路さまはぁ……女の人を食べちゃう、食虫植物なんですかぁ……ぐす………」
「だまされないでよ、あおい! 変な保証人とかにされないか心配になるよ!!」
煌路が沈痛に叫び、その横の六音はブレイクへ目をやると、
「そーいや、お前だったんだよな……我らが次期当主サマに〝
責めるような低い声。
「おかげであの家でビリヤードやるたびに、あたしがマジで死にかけてるんだが? てか、ふざけたモーニングコールとか小遣い巻き上げるとか、大きなお世話をやりまくってたらメイドをクビんなるのも当然だよな」
「……教えたワケじゃなくて、ボッチャマが勝手に覚えやがったのですよ。日本人はモノマネが得意とゆーのはホントでやがるのです」
微妙に視線を泳がせつつ、
「オマケにクビになったワケでもなくて、学院に通うことになったから、ここの女子寮に引っ越して〝長期休暇〟を取ってるだけでやがるのです。護衛だって同じ理由で寮に移って、仕事をクビになったワケじゃないのと同じでやがるのですよ」
元専属メイドがわずかに口を尖らせてつぶやいた――直後、
「おぬしと同列に語られるなど
サムライ少女――
「水代の
「だ~から護衛風情が口出しなんて
鋭い刃と殺気を突き付けられつつも、ブレイクは
同時に自分のスカートをつまむと、
「ついでに学院でもいつ手ぇ出されてもイイように、このクラスでアタシサマだけがスカートの下にスパッツもタイツも
腰を落としたブレイクの頭上を紙一重で刃が横切った。
「
2人の少女が、床に壁に天井にと教室内を飛び回って衝突する。
「スナオにうらやましーって言いやがればイイのです側室ねらいのムッツリ刀♪」
ブレイクもビリヤードのキューを出し日本刀に応戦。
「なんたる
キンキンキンキンキンと金属を叩く
「〝殿〟に大声で死刑コールするのが〝守り刀〟の忠義でやがるのですか♪」
襲いくる刀身の側面をキューで突き、刀の軌道をずらして斬撃を避けるブレイク。
「あ…あれは殿に不埒を働いた九十九のを
火焚凪がわずかにどもると、六音が茶化すような声で、
「こらこらムッツリ刀、委員長は被害者っつーかエロピニストに
六音が煌路に肩を掴まれ抱き寄せられるように体を横にずらされた。刹那、その肩があった位置を火焚凪とブレイクが風だけを残し通り過ぎる。
「ハハッ、今日も今日とてZクラス名物〝
メガネを鼻の頭にずり落とした六音が、抱き寄せられたまま煌路に密着して言う……『他のヤツら』のうち、女子が浴びせてくる
「まあ、あの2人にとっては、あの程度はいつものじゃれ合いだからね」
親しみの込もった煌路の声。
「僕の家にいたころ、火焚凪もブレイクも非常時には〝東の本家の最終防衛線〟と一緒に働いてくれていたんだよ。その時も自分の能力を制御して、無駄な被害は一切出さず〝不具合〟だけに対応してくれていたからね」
「ハッ、鉄壁の防御ってヤツか。確かにな……」
護衛とメイドの
「……あんだけ飛んだり跳ねたりしてんのに、なんでブレイクはスカートの中が見えないんだ……!?」
「鉄壁って、そこ?」
煌路が呆れて肩を落とす。
飛び回る2人のうち、
だが無防備なブレイクは息もつかせぬ攻撃をしのぎつつ、絶妙の体さばきでスカートがフトモモに貼り付いたようにして〝鉄壁の防御〟を固めていた。
「なんつーか……御主人サマ以外にサービスする気は無いって感じだな♪」
「……何のサービスか知らないけど、ブレイクも火焚凪もすごいのは確かだね。それに君も、あれくらいの動きは見えるのなら充分すごいよ六音」
少女たちの空中戦は、常人では目で追うことも出来ない超高速で展開されていた。にもかかわらず、ブレイクのスカートがめくれないのを視認できるなら、それはエヴォリューター並みの視力を持っていることになる。
「ま、あくまで見えるだけで、避けろって言われたら絶対ムリだけどな♪」
他の級友たちは空中戦を目で追いつつ、戦う2人が迫ってくれば避けている。
すなわち煌路の『あれくらいの動き』という言葉は、2人の今の〝超高速〟もZクラスのエヴォリューターには大したものではないという事実を示していた……そう、Zクラスのエヴォリューターには。
「ぎゃわああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
Zクラスではない
様子を見ようと廊下からZクラスの教室に踏み入った途端、対決中の2人に跳ね飛ばされたのだ。
「「あ」」
跳ね飛ばした2人が動きを止めた一方、ソンは回転しながら上昇し天井に激突。
「ぶぎゅっ!?」
次いで落下し床に激突する――寸前、無数の真紅の
「オーッホッホッホッ♪
真紅の薔薇を手に、豪華なハニーブロンドを腰までなびかせる少女が尊大に笑む。
フランス人形のような美貌には、ルネサンス絵画の貴婦人のような気品と、バロック彫刻の暴君のごとき
「
その身に纏うのは、シルクやカシミヤはおろかビキューナも及ばぬ優雅な光沢を発し、ブレザーの
それは目もくらむような高級生地と、生地の魅力を最大限に引き出す繊細な仕立てにより織り成された、まさに芸術品と言える
「ふふん、咲き誇る慈悲の薔薇の
とは言え、高級生地も白いレースも明らかな校則違反である。
だが、生来の気品と黄金比さえ影をひそめる極上の
「さて、これ以上の醜態をさらす必要も無いのではなくて、風紀委員長?」
薔薇色の瞳が細められ、豪華なハニーブロンドと豪勢な胸元が華麗に揺れる。
そして壁に磔にされた風紀委員長に、スパイ衛星どころか月から地球を見下ろすような超絶上から目線で、
「愚民に過ぎぬ己の分を弁え
やんごとなき笑顔から、
その威厳と風格に満ちた物言いにソンが口ごもると、Zクラスから1人の少女が歩み出て、寝言のようにぼんやりと言う。
「申し渡す、なの………」
灰色の髪に目元が隠され、表情のよく見えない少女だ。
うつらうつらと今にも寝落ちしそうで、よろよろと足元もおぼつかない。
「汝……命運に、陰りあり……ともし火は、燃え尽き……もはや、明日を照らさず、なの………」
「おや、的中率99.9パーセントの占い同好会から、今日を最後に
「ば…馬鹿馬鹿しい! 私が今日、死ぬというんですか!?」
磔のソンが顔を引きつらせ、
「そんな怪しげな占いを真に受けるなど、まさに非常識です!! 水代君、君からも言ってやってください!!」
「……悪いことは言いません。ソン先輩、今日はこのまま寮に帰って、静かに過ごすことをお勧めします」
曇ったその顔は十字架の上で処刑を待つだけの罪人を
「な…なんですか水代君まで
ソンの額に一輪の薔薇が突き刺さった。
「手が滑ってしまったので、許すが良いのですわ。なれど、それ以上我らが副会長を
薔薇を投げた少女の瞳の薔薇色が、今は燃え盛る
「……『我らが副会長』? 『わたくしの副会長』の間違いではないのですか?」
対して、薔薇の刺さる額から血を
「さっきの裏切り者といいあなたといい、まったく
怒りか
「図星ですか」
ソンは満足そうに
「……ほう」
薔薇の少女が気品と傲慢を甦らせ、鋭い視線と微かな嘆息を見せた。
一方、磔を脱して床に降り立った風紀委員長は、右肩と額の傷が消えた頭を、固まった体をほぐすようにコキコキと大げさに回す。
「それではホームルームの時間も近いことですし、失礼させていただきましょう。Zクラスの皆さん、くれぐれも身の程を弁えて、無用な騒動は控えていただくようお願いしますよ。それでは、行きましょうか
置き
「ちょっと待て」
「なんですか、御条さん。私も忙しい身なので、これ以上あなたたちに関わっているヒマは無いのですけどね」
「お前じゃない。用があるのは、そっちの副委員長だ」
ムッとするソンには目もくれず、煌路に密着したままの六音はずり落ちていたメガネを外しブレザーの内ポケットにしまうと、
「お前、『忍足つばめ』とか言ったっけ?」
「誰だよ、お前」
Zクラスが緊張し、ソンは首をひねる。が、当の副委員長は淡々と、
「誰だも何も、さっき言った通り、高等部第一学年Aクラスの忍足つばめですが?」
「へえ……うちの学院の高等部に、そんなヤツいたっけ?」
六音が煌路とウィステリアに横目で問いかけると、2人は重々しく頷き、
「そうだね。高等部の生徒会役員として、高等部の生徒の顔と名前は全部覚えているけど……」
「忍足つばめさん、あなたのような生徒は、当学院の高等部には在籍していません」
「だとさ。ちなみに万水嶺学院高等部生徒会の書記にしてミズシロ財団東の本家次期当主の秘書兼愛人たるあたしは、高等部どころか幼稚部から大学院までの全部の生徒を覚えてっけど……」
自慢げに笑みつつ、少年に抱きつく腕に力を込め、
「この学院のどこにも、お前みたいな生徒はいないぞ」
教室の空気が張り詰める。が、ソンだけは
「水代君やミズシロさんまで何を言っているのですか? この1年、私は忍足さんと一緒に風紀委員の仕事を――」
「だよなあ。フツーはそのヘッポコ委員長みたいにオレのこと認識すんだがなあ」
凡庸な少女が一転して
「これは……!」
気がつくと煌路、ウィステリア、六音の3人は、赤茶けた空の下に広がる草1本も生えない荒野に立っており……
「……異元領域!!」
煌路がありったけの警戒感を
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