第8話 常識なんて返り討ち!?

「やかましいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 教室の自動ドアが開き、細面ほそおもてに細いレンズのメガネをかけた男子生徒が現れた。


「何の騒ぎですか!? また風紀委員に苦情が来ていますよ!!」


 キッチリ七・三に分けられた蓬色よもぎいろの髪から、神経質な性分が感じられる男子だ。

 加えて酷薄こくはくそうな細い目をつり上げ、教室に踏み込む長身ちょうしん痩躯そうくは……


「ハハッ! 生徒会長選挙でウィステリア会長に惨敗した風紀委員長なのサッ!!」

「一年生で副会長をしはって二年生で会長に立候補しはったら、一年生やった若様の姉君にボロ負けしとった風紀委員長どすな~♪」

「今年の会長選でも、ウィステリア会長に一捻ひとひねりされた風紀委員長じゃのう」

「あはっ♪ ウィステリア会長に生徒会役員に選ばれなくってぇ、仕方なぁく『風紀委員長』ってオンボロステージで踊ってるぅ、名も無き最底辺の脇役コール・ド・バレエなのよぉん♪」

「誰が名も無きですか! 私にはソン・リーコウという立派な名前があります!!」


 忌憚きたんのない意見に逆上する風紀委員長。


「そ…それと私は自分の意志で、誇りを持って風紀委員長を務めているのです! ですからミズシロさんに副会長に選ばれても断っていましたよ!!」

「委員長、話が脱線しています」


 ソンの後に立つ女生徒が平坦な口調で言った。

 赤茶色の髪をショートカットにした、左目を前髪で覆う以外は凡庸ぼんような少女である。

 その少女へ六音はメガネを目の下にずらして怪訝けげんそうな目を向け、


「……お前は?」

「私は風紀委員会で副委員長をしている、高等部の第一学年Aクラスの忍足おしたりつばめです」

 

 少女はこれまた平坦に言うと蓬色の髪の少年を見て、


「ソン委員長、そろそろ朝のホームルームの時間です。必要な警告をして、私たちも自分の教室に戻りましょう」

「……分かっていますよ」


 不機嫌そうに答えたソンは、Zクラスの教室内をトゲトゲしくにらみ、


「いつもいつも騒ぎを起こす問題児の皆さん、いい加減に自覚して欲しいですね。自分たちが名誉ある万水嶺学院の恥部ちぶである、落ちこぼれの吹き溜まりであると」


 教室の空気が強張こわばった。


「エヴォリューターとしてのレベルは高くても、人としての常識と品格が致命的に欠けています。知っていますか? このクラスがこの学院で何と呼ばれているのか」


 慇懃いんぎん無礼ぶれいの手本のような声。


「バッドドリームチーム……つまり〝夢〟のチームならぬ〝悪夢〟のチームだそうですよ。お分かりですか? 悪夢のごとき落ちこぼれの皆さん」


 まるで似合わぬさわやかな笑顔に、Zクラスの生徒たちが気色けしきばむ。

 そして〝獲物〟を狩るべく、それぞれの〝得物〟を少年少女たちは構える。

 アイスホッケーのスティックや新体操のリボンに乗馬用のムチ、さらには真紅の薔薇ばらや左右の手首に1つずつはめた腕時計などなど………


「今の言葉、取り消してもらえますか」


 しかし級友たちに先駆さきがけ、煌路がソンの前に立ちはだかった。


「彼ら彼女らは僕の大切な友人です。その友人たちへの侮辱は見過ごせません」


 普段の温厚さをひるがえ厳峻げんしゅんな表情と重圧。

 そんな少年の様子に級友たちが空気をやわらげる一方、ソンは気圧けおされてあとずさる……が、どうにか引きつった笑みを作ると、


「ふ…ふん……そんな暴力しか能がないチンピラたちを、かばうのですか……?」


 プルプルと足を震わせ、負け惜しみのように、


「街を歩けば問答無用で警官に発砲されそうな、社会の常識を外れた……いえ、そもそも常識のレールに乗ろうともしない無法者……それが彼らでしょう……!」 

For realなんだって? ポリスメンって、もともと市民にシューティングすんのが仕事じゃねーのよ?」

「ニャハハ~、それでボコボコの返り討ちにされるまでがオシゴトなのにゃ~♪」


 周りからの声に煌路は苦笑して肩をすくめ、ソンは目元を大きく歪めると、


「あ…あなたたちは、どんな常識で動いているんですか!?」

「ハッ、『常識を守れ』なんて言うヤツは、『常識』を盾にして自分の考えを他人に押し付けようとしてるだけですよ♪」


 ソンの裏返った叫びを六音がさえぎり、


「なにしろ『常識』っていう他人が作った価値観に縛られた人間は、『常識と違う』って言われればナニもデキなくなっちゃいますからねえ♪」


 ソンのお株を奪うような慇懃無礼な声。


「ひ…ひねくれたことを! 常識の何が悪いと言うんですか!!」

「あらあら、風紀委員長サマは御存知ごぞんじない? 世の中には『悪の手先』よりもタチの悪い『正義の味方』ってのも、いるのでございますよ♪」


 意地悪そうにニヤニヤしつつソンに迫り、 


「全てにおいて自分は『正義』で、自分と違うモノは『悪』って決めつける正義の味方がね。で、そういうヤツらの『正義』ってのが、大抵『常識』なんですよねえ♪」 


 妙な説得力がソンを教室の外まで後退させ、


「そういうヤツらは、『常識の範囲』から出たことが無いから知らないんですよね。実は世の中で常識が通じる範囲なんてほんの少しで、その範囲の外には常識なんかに縛られない自由な世界が果てしなく広がってるって」


 ニヤニヤしつつ、瞳だけは冷ややかに、


「ま、養豚場ようとんじょうのブタが自分がいるおりの中だけが世界の全てと思ってて、檻の外に広い世界が広がってるなんて想像もできないって感じですか」


 あわれなブタを見るような冷ややかな瞳。


「てか『常識の範囲』ので生きてくには、常識を能力や才能が必要ですからねえ。結局『常識を守れ』なんて言うヤツは、常識以上の力を持ってる人間をひがんでるだけですよね」

「よ…世の中を斜めに見るのも、そこまで極まると感心してしまいますね!」


 悔しげにうなるようなソンの声。


「大体あなたはZクラス唯一のフラッターでしょう! まさに常識以上の才能も能力も無いあなたに、そんなことを言う資格があるんですか!?」

「フラッターって……確かにドミネイド側じゃあエヴォリューターじゃない普通の人間をそう言うらしいけど……地球じゃ差別用語ですよ風紀委員長サマ?」

「いいえ、私は差別などしていません」


 悔しそうな顔から一転、自慢げに胸を張り、


「これは『差別』ではなく『区別』です。そう、崇高すうこうなるエヴォリューターと下劣げれつなるフラッターを分ける、当然の区別なのですよ。何より私は、フラッターと同じぐらい差別が嫌いなのですから」


 一瞬、教室の空気が真っ白になる。やがて……


「……フラッターと差別が嫌いって、それはギャグで言ってるんですか……?」


 六音が声をしぼり出すが、ふんぞり返るソンは何のことかと眉をひそめるのみ。


「まあまあ、ソン先輩も少し落ち着いてください」


 その時、生徒会の副会長が苦笑を深めつつ六音とソンの間に入り、


「常識を守ることと、常識を守ろうとする人を否定する気はありません。そういう人も、間違いなく世の中には必要ですからね」


 穏やかながらも毅然きぜんとした顔になり、


「ですが結局、『常識』とは既存きぞんの世界の秩序の〝最大公約数〟でしかないんです。それに従うだけでは、未来への発展も未知への挑戦も無いままに、既存の慣例を繰り返すだけの『停滞した社会』を維持することしか出来ません」


 生徒会の副会長……否、ミズシロ財団が東の本家の次期当主が淡々と、


「そして『停滞』とは緩やかな『衰退』でしかありません。そんな状況を打破して社会を進歩させていくには、常識に縛られた既存の範囲を超える〝公倍数〟が必要なんですよ。そして――」


 淡々とした声に熱をめ、


「ここにいる僕の友人たちこそは、発展と挑戦により新たな世界を創る〝公倍数〟に成り得る、勇気と実力と真理をたずさえた人間であると信じています」


『僕の友人たち』が背筋せすじを伸ばす。

 開いた教室の入り口をはさみ、廊下にいるソンに教室内から相対あいたいしている煌路。

 その姿は、友人たちからは背中しか見えない……ゆえに、背中で語るような雄々しい後姿に友人たちは熱い視線を注ぐ。


「わ…悪い冗談ですね! そんなあなたたちの『常識を超える行動』のせいで、先月もあなたたちの担任になった教師が赴任ふにん初日に学院を去ってしまったのでしょう!」

「ひどいれす~。あれは新しい先生を歓迎してあげようと思って~料理部れ作ったとっておきのお料理をご馳走してあげたんれすよ~」


 ソンの苦しまぎれのような声に、Zクラスの少女がおっとりした声で応えた。

 声と同様おっとりした顔に、優しい温もりを感じさせる柔らかい笑みを浮かべた小麦色の肌の少女である。

 ヒザまで伸びるミッドナイトブルーの髪を12本の三つ編みにして、それぞれの先端にリビアングラスの小さな玉を3つずつ輝かせていた。


「……歓迎のために作ったのが、ナマコのづくりの盛り合わせですか?」

「すごいれすよねえ~日本料理って~♪ 活け造りなんて~ろうやって思いついたんれしょう~?」


 ソンの冷淡な視線もお構いなく、見た限り人畜じんちく無害むがいな少女は熱心に語る。


「わたしの御先祖サマは~ミイラ作りの研究のために大好きな女の人を生きたまま解剖かいぼうしたんれすよ~♪ もしかして日本にも~そういう伝説や風習があったんれしょうか~?」


 おっとりした顔をうっとりさせる少女に、級友たちから『さすがエジプト生まれ』というつぶやきが漏れる。一方、ソンはさらに顔を渋くして、


「小日本にあったのはハラキリとカミカゼぐらいでしょう。まあ非常識さを言うなら、あなたが嫌がらせのように作ったゲテモノ料理も同じレベルでしょうけどね」

「嫌がらせなんて心外れす~」


 少女はわずかに口をとがらせて、


「ナマコのお刺身は~高級料亭にもある高級料理なんれすよ~。らったらお刺身よりも難しい活け造りは~高級料理を超える高級料理ってことじゃないれすか~。新鮮なナマコを生きたままれ小さく切るのって~すっごく大変なんれすよ~」


 しみじみと語る少女にソンは露骨に眉をひそめ、


「体を切り刻まれながらも、ツノや触手を動かすナマコの群れ……ホラー以外の何物でもありませんね」

「ナマコが痛そうれカワイソウっていうなら~大丈夫れすよ~。ちゃぁ~んとマヒさせてから切ったのれ~切られたってことも気づいてなかったんれすよ~。これこそ『おもてなし』の気持ちにあふれた~心あたたまるお料理れすよね~♪」


 優しい笑顔満開の少女にソンは不快感もあらわに、


「その心あたたまる料理を見た瞬間、かの女性教師は心が冷えきって失神し、保健室のベッドで目を覚ますなり辞表を書いてしまったのですがね。付け加えると、大きなトラウマを負った彼女は海産物を食べることはおろか、海に入ることさえ出来なくなったそうですが」


 おっとりした少女に一層冷淡な侮蔑ぶべつの瞳を向けるソン……すると、少女の後の級友たちが口々に、


「ガハハッ、そのぐれえで逃げ出す腰抜けが俺様たちの上に立とうなんざ、ハナから無理だったんだぜい♪」

「あはっ♪ そういう時はぁ、『食べる方も食べられる方も心臓ハートがドッキドキのエキサイティング・メニューよぉん♪』ぐらい言えないとねぇん♪ じゃないとあたくしたちの担任なんてぇ、百億回生まれ変わってもムリなのよぉん♪」

「風は白きやりにて刺し貫く。全てのかて亡骸なきがらせぬ弱輩じゃくはいを。風は白きひずめにて踏み砕く。現世うつしよは弱肉強食と解せぬ弱卒じゃくそつを。風は白き流星にてち滅ぼす。真理を解せぬ弱志じゃくしを」


 奔放ほんぽうな言葉の数々に、ソンはたじろぎつつも気力を振りしぼり、


「た…食べ物を死体だなどと不謹慎ふきんしんにもほどがあります!! こんな連中があなたの言う『社会を進歩させていく人間』なのですか水代君!?」

「あいにくですが、彼女の言ったことは事実ですよ。僕も初等部のころには夏休みや冬休みのたびに、姉さんと山奥や大海原で自給自足の生活をしていたんですけどね」


 煌路が懐かしそうに目を細め、


「その時は山では山菜からマンモスまで、海では海藻かいそうからクジラまで、自分たちで狩り取って食べていたんですよ。ですから肉や魚はもちろん野菜や果物に至るまで、人間が口にする物は全て命あった者の亡骸であると実体験から理解しています」


 穏やかながらも断言した煌路に、『糧は亡骸』と語った少女は満足げにうなずきダンッと床を踏み鳴らした。

 眉間みけんにシワを刻む鋭い目つきと若草色の髪、それに顔の左横の三つ編みに垂らす小さな蹄鉄ていてつが目を引く少女である。

 底のすり減ったジョッパーブーツで床を踏み鳴らした時には眉間のシワと口元が緩み、サイドベンツ仕様の特注ブレザーのすそが優雅に広がっていた。


「マ…マンモスや、クジラを狩って……食べていた!?」


 一方、ソンは顔色を失くしつつ、


「初等部のころに、そんな危険なことをしていたんですか!?」

「まあ世間で『食育しょくいく』と呼ばれる、食べ物は『命あった者』だからこそ無駄にしてはいけないって教育だったんでしょうね。ソン先輩もそれを実感したいのなら、うちの財団の食品会社にある食肉処理場のアルバイトを紹介してあげますよ?」

「心の底から結構です!!」


 ソンが青い顔を赤くして、


「まったく非常識にも程があります! そんな危険なことをミズシロさんにまでさせていたんですか!?」

「あはは、『過保護は本人のためにならない』が、うちのおばあちゃんの教育方針ですからね。それに姉さんの技は獲物を捕る罠を作るのに便利でしたから、すごく助けてもらっていたんですよ♪」


 無邪気に笑う煌路の後で、クラス委員長が納得した顔で頷く――と、


「うふふ、懐かしいですね」


 ザ・生徒会長、登場。

 神がかった美貌に浮かぶ、柔和で包容力あふれる笑顔がまぶしい。

 その美貌をさらに輝かせるのは、足首まで伸びるゴールドシルクのような髪。

 その髪を毛先近くで束ねる薄い紫色のリボンも、清楚な雰囲気を盛り立てている。


「コロちゃんも私も、あのころは小さかったですからね」


 そう言う少女の〝一部〟は、今や高等部の制服に覆われながら高校生のレベルをはるかに超えて大きくなっている。

 だが、特製コルセットに包まれているのか、体を動かしてもパイロットスーツと使い捨て下着のみだった昨日ほどには揺れない……


「姉さん、どうしてここに?」

「ちょっと用事があって、職員室に行っていたんですよ。そうしたらZクラスが騒がしくなっているという連絡があったので、私が様子を見に来たんです」


 廊下にたたずむウィステリアが、ソンの肩越しに弟へ微笑む。と、ソンは顔をしかめて背後の金髪少女へ振り返り、


「ミズシロさん、いくらミズシロ財団のグランドマザーの指示とは言え、あなたはそれで良いのですか? 初等部のころから遠縁とおえん従弟いとこの巻き添えで、ロビンソン・クルーソーも裸足はだしで逃げ出すような目にわされて……!」

「……う~ん、確かに最初は少し大変でしたね」


 ウィステリアは小首をかしげ、


吹雪ふぶく雪山では防寒具も無しで、海の底では一ヶ月も息を止めて狩猟生活をしていましたから。ですが、その間は姉弟水入らずで一緒にいられましたからね。今となっては……いえ、当時としても、夏休みや冬休みの楽しい思い出でしたよ♪」

「だよね、姉さん♪」


 煌路も深く頷きながら、


「まあ時々、サーベルタイガーの群れとマンモスの乱戦とか、ダイオウイカとシロナガスクジラの死闘に巻き込まれたりして、ちょっとだけ大変だったりもしたけど……おいしかったし♪」

「おいしかったですよね、コロちゃん♪」


 あはは、うふふ、と2人だけの世界にひたる姉弟が曇りのない笑顔を咲かせる。

 対してソンはさらに顔をしかめ、六音は呆れたようにジト目で煌路を見ると、


「もうアレだな。『十五少年漂流記』ならぬ『二人姉弟漂流記』でも出したら売れんじゃないか……てか、一ヶ月も息を止めてた……?」

「うん、あのころはそれくらいが限界だったね。今なら1年はいけるよ」

「……ハッ、お前なら足をコンクリで固められて海に沈められても、平気で生きて帰ってきそうだな」


 煌路のマジボケに六音がかわいた笑いをもらす……と、


【それ わたしも されたことある】


 Zクラスの1人、乳白色の髪をヒザに届かせる表情に乏しい少女が、手帳サイズの液晶タブレットに文字を表示して見せてきた。それを皮切りに自慢げな声が続々と、


「ガハハハハ、俺様なんざいかりに鎖で縛りつけられて、真冬の南極の海に沈められたんだぜい♪」

That’s hilariousウケるぜ! オレっちはドラム缶にコンクリ詰めでスペシャル・スキューバダイビングだったじゃねーのよ♪」

「ふふん、無垢むくなるヨは生きたまま棺桶かんおけに入れられて、建設中のビルの下に埋められたっスよ。父親の手で♪」

「ニャハハ~、どいつもこいつもゲキ甘なのニャ~♪ アタシなんてハイジャックしたマフィアの飛行機ごと撃ち落とされて~、でっかい火山の火口にツッコまされたんだニャ~♪」

「どうしてそれで生きてるんですかああああああああああああああああああっ!?」


 ソンの裏返った叫びに、Zクラスは一瞬キョトンとしたものの、


否定ネガティブ。そんな最低警戒デフコン1程度の作戦行動で小官たちがブラックアウトするなど、有り得ぬと心得たまえ」

「でもでも~、風紀委員長だってエヴォリューターなのに~、それぐらいでステキなカクリヨにご招待されちゃうワケワケ~? おかしくないない~?」

「おかしいのはあなたたちでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 特殊コンクリートの校舎を震わせる絶叫。


「そもそも何をすればコンクリ詰めだのマフィアの飛行機を乗っ取ることになるんですか!? 水代君も水代君ですね! すっかり非常識な無法者に毒されてわっ!?」


 目を血走らせるソンの足下に、鈍く輝く青銅製の刀が突き刺さった。


愚劣ぐれつなるはなんじ堕落だらくせし日没ひぼっする国の一族なり」


 剣を投げたのは、みどりの黒髪を蝶結びのように結ったZクラスの少女。

 髪の先はヒザまで届き、頭頂の結び目に羽根を模した銀の髪留めをきらめかせる。

 引き結ばれた小さな唇は深紅の口紅に彩られ、引き締められた大きな目は薄桃色のアイシャドウにあやなされ、威厳のにじむ美貌に華やぎを加味している。


襤褸ぼろまとえど心も襤褸ぼろなる者よ、わきまえるは己が身の程と心得るべし」


 級友のものと比べ気品に満ちた光沢を放つ制服も、デザインはそのままに特別な生地で仕立てた特注品らしい。


「……堕落しただの襤褸ぼろだのと、好き勝手に言ってくれますね」


 そんな少女へ、ソンはたかぶる敵意を抑えつつ目を向け、


日出ひいずる国などと思い上がった日本鬼子リーペンクイズに名前も魂も売り渡した、裏切り者の家系が……!」

「愚の骨頂なるは我に言を重ねさせし醜態なり。汝こそは己が『ふらったあ』とさげすみし蒙昧もうまいにも劣る〝三弱〟、すなわち惰弱だじゃく軟弱なんじゃく脆弱ぜいじゃくと弁えるべし。いわんや万死に値する大罪こそは、我が大恩ある煌太子こうたいしへの愚弄ぐろうと肝に銘じるが道理なり」


 因縁いんねんめいた視線をぶつけ合いつつ静かな舌戦が繰り広げられる。その周りでは、いつになく感情的な化粧けしょうの少女を級友たちが珍しそうに見ていた。


「まあまあ皆さん、そろそろホームルームですから、自分の教室に帰りましょう」


 その時、生徒会長の声が緊迫した空気を優しくいやすように響き、舌戦をしていた2人を始め、その場の全員が肩から力を抜く。


「それでは皆さん、今日もお勉強にいそしみましょう」


 会長はたおやかに微笑んで周りを見回し、


「それと今日、新しい気候調整装置が学院に届くのですが、前にお話ししたミズシロ財団の新製品の試作品も一緒に届くんですよ。ですので、そのテストを手伝ってくれる人は準備をしておいて下さいね」


 一部の男子が色めくのを背に感じ煌路も微笑む。次いで姉の隣の何もない空間を見て、


「それで、あおいはどうしてここに?」

「………はいぃ」


 何もない空間――否、空間から声がしてZクラスの面々が息をのむ。そして声の聞こえた空間を注視すると………腰まで伸びる紫の髪をツインテールにする、おどおどしたメイド服の少女がぼんやりと見えてきた。


「……!!」


 地球トップクラスのエヴォリューターたちが視線を鋭くし、多数の険しい視線に一層おどおどするメイド……だったが、遠慮がちに主人に歩み寄ると肩にげたトートバッグから四角い包みを取り出し、おずおずと差し出した。


「あ、これって僕たちのお弁当? そういえば今朝はドタバタしていて、忘れちゃったんだっけ。そうか、これを届けに来てくれたんだね。ありがとう、あおい」

「はぅぅ……い…いえ……これも、お仕事ですからぁ………」


 ニッコリして包みを受け取る煌路に、メイドは赤面してうつむいてしまう。と、教室にいた右目に片眼鏡モノクルを付けた少女が硬い声で煌路に、


「……ボッチャマ、誰なんでやがりますかね、そのチビメイドは?」

「うん、彼女は上京かみぎょうあおいって言ってね、今日からうちで、僕のお付きとして働いてくれる子だよ」


 片眼鏡の少女は眉をピクリとさせつつ、煌路のそばに歩いてくると、


「ほうほう、つまりアタシサマの後輩でやがるのですか。でも、よくその格好をラシェルの姐御あねごが許してくれやがったのですよ」


 片眼鏡越しに探るような視線をあおいに浴びせつつ、


「水代家の女中って和服が標準装備でやがるのですから、アタシサマがメイド服を着る時もいろいろモメやがったのですよ。だから、あの家でその格好をしやがるのは、アタシサマが最初で最後って思ってやがったのです」

「はぅぅ……あ…あたしのぉ……先輩さん、ですかぁ……?」


 あおいが挙動きょうどう不審ふしんなほどビクビクし、赤い顔を青くして瞳を潤ませる。と、片眼鏡の少女は気が抜けたように肩を落とし溜め息をひとつ………したかと思うと、


「ふふん、その通りでやがるのですよ♪」


 ナマイキそうな顔にふてぶてしい笑みを刻み、


「1年前まで、朝は身をすり寄せて布団の中でモーニングコール、昼は身をにして大きなお世話の身の周りのお世話、夜は身をささげて思春期の欲望を受け止めていた煌路ボッチャマ専属メイド、有言実行のブレイク・ザ・ハスラーとはアタシサマでやがるのです♪」

「また流言りゅうげん飛語ひごかい〝実行〟のブレイク!! というか大きなお世話って自覚してやっていたのかい!?」


 煌路が声を張り上げるもブレイクはふんぞり返り、ヘッドドレスを付けたショートカットの緑の髪と、火焚凪ライバルに勝るとも劣らぬ豊かな胸を揺らし、


「ならば後輩よ、親切な先輩のありがた~いアドバイスを聞きやがるがイイのです♪」


 後輩に右の人差し指をビシィッと突き付け、


けビリヤードでボッチャマの小遣こづかいを巻き上げる方法からボッチャマの細かい性癖せいへきまでさいり。そして1番大事なメイドの心得こころえとは……1にエロく、2にドエロく、3に超ドエロくでやがるのですっ!!」

「言ったそばから流言かい!? 後輩メイドまで手づからハンドメイドで堕落させないでよ!!」


 御主人様が再び声を張り上げる――と、先輩メイドはヨロヨロとくずおれ、


「あぁ……なんてヒドイお言葉でやがるのですか……異元領域〝次期当主の布団セクハラゾーン〟に引きずり込んで、アタシサマの純潔を奪いやがったクセに………」


 煌路が息をのみ、クラスの女子は殺気まじりにざわつく――が、


「そう……アタシサマの純潔を奪いやがったクセに♪」

「そろそろ名誉棄損めいよきそんで訴えてもいいかなブレイク!? ……って、女子一同! どうして『その手があったか』みたいにこぶしを握りしめているんだい!?」


 一方、あおいも目を潤ませて、


「はぅぅ……や…やっぱり、煌路さまはぁ……女の人を食べちゃう、食虫植物なんですかぁ……ぐす………」

「だまされないでよ、あおい! 変な保証人とかにされないか心配になるよ!!」


 煌路が沈痛に叫び、その横の六音はブレイクへ目をやると、


「そーいや、お前だったんだよな……我らが次期当主サマに〝消えるタマツキファントムショット〟とか〝増えるタマツキドッペルゲンガーショット〟とか〝審判の日の曙たるタマツキドゥームズデイブレイクショット〟とか、頭のおかしいビリヤードの必ず殺す技を教えたの」


 責めるような低い声。


「おかげであの家でビリヤードやるたびに、あたしがマジで死にかけてるんだが? てか、ふざけたモーニングコールとか小遣い巻き上げるとか、大きなお世話をやりまくってたらメイドをクビんなるのも当然だよな」

「……教えたワケじゃなくて、ボッチャマが勝手に覚えやがったのですよ。日本人はモノマネが得意とゆーのはホントでやがるのです」


 微妙に視線を泳がせつつ、


「オマケにクビになったワケでもなくて、学院に通うことになったから、ここの女子寮に引っ越して〝長期休暇〟を取ってるだけでやがるのです。護衛だって同じ理由で寮に移って、仕事をクビになったワケじゃないのと同じでやがるのですよ」


 専属メイドがわずかに口を尖らせてつぶやいた――直後、


「おぬしと同列に語られるなど恥辱ちじょくの極みにござる」


 サムライ少女――火焚凪かたなが刀をブレイクの背後から首すじに当てて苦々にがにがしく、


「水代の御屋敷おやしきにいた時分じぶん、おぬしが夜に殿の御部屋に闖入ちんにゅうせんとするたび、そのくびね飛ばさんとしたものでござったが……痛恨の極みにござる……!」

「だ~から護衛風情が口出しなんてしつけがなってやがらないのですよ。夜のご奉仕もメイドの仕事で、メイドにお手付きも御主人サマの義務でやがるのですから♪」


 鋭い刃と殺気を突き付けられつつも、ブレイクは余裕よゆう綽々しゃくしゃくでいやらしく笑む。

 同時に自分のスカートをつまむと、瑞々みずみずしい肌がまぶしいナマ足の付け根近く、ギリギリの高さまでスソを上げ、


「ついでに学院でもいつ手ぇ出されてもイイように、このクラスでアタシサマだけがスカートの下にスパッツもタイツもいてやがらないのですよ♪ 常にメイドの心得を忘れないアタシサマってばマジでメイドのカガミ――のわっ!?」


 腰を落としたブレイクの頭上を紙一重で刃が横切った。


不埒ふらちな! その素っ首、今日こそ我が刀のさびにしてくれるでござる!!」


 2人の少女が、床に壁に天井にと教室内を飛び回って衝突する。


「スナオにうらやましーって言いやがればイイのです側室ねらいのムッツリ刀♪」


 ブレイクもビリヤードのキューを出し日本刀に応戦。


「なんたる侮辱ぶじょく! 拙者は殿に生涯の忠義を捧げる〝守り刀〟にござる!!」


 キンキンキンキンキンと金属を叩く甲高かんだかい音が間断かんだんなく教室に響く。


「〝殿〟に大声で死刑コールするのが〝守り刀〟の忠義でやがるのですか♪」


 襲いくる刀身の側面をキューで突き、刀の軌道をずらして斬撃を避けるブレイク。


「あ…あれは殿に不埒を働いた九十九のをとがめていたのでござる!!」


 火焚凪がわずかにどもると、六音が茶化すような声で、


「こらこらムッツリ刀、委員長は被害者っつーかエロピニストに馬乗りマウントで征服されかかったマウント・クモサソおぉっ!?」


 六音が煌路に肩を掴まれ抱き寄せられるように体を横にずらされた。刹那、その肩があった位置を火焚凪とブレイクが風だけを残し通り過ぎる。


「ハハッ、今日も今日とてZクラス名物〝親睦会しんぼくかい〟の始まりだ。異元領域はやらなくていーのか副会長? 他のヤツらの〝親睦会〟みたいに北海道が丸ごと吹っ飛びそうになっても知らないぞ♪」


 メガネを鼻の頭にずり落とした六音が、抱き寄せられたまま煌路に密着して言う……『他のヤツら』のうち、女子が浴びせてくるとがった視線を楽しむような声で。


「まあ、あの2人にとっては、あの程度はいつものじゃれ合いだからね」


 親しみの込もった煌路の声。


「僕の家にいたころ、火焚凪もブレイクも非常時には〝東の本家の最終防衛線〟と一緒に働いてくれていたんだよ。その時も自分の能力を制御して、無駄な被害は一切出さず〝不具合〟だけに対応してくれていたからね」

「ハッ、鉄壁の防御ってヤツか。確かにな……」


 護衛とメイドの卓越たくえつした攻防を前に、六音が重い声をしぼり出し……


「……あんだけ飛んだり跳ねたりしてんのに、なんでブレイクはスカートの中が見えないんだ……!?」

「鉄壁って、そこ?」


 煌路が呆れて肩を落とす。

 飛び回る2人のうち、防備スパッツのある火焚凪はめくれるスカートも気にしていない。

 だが無防備なブレイクは息もつかせぬ攻撃をしのぎつつ、絶妙の体さばきでスカートがフトモモに貼り付いたようにして〝鉄壁の防御〟を固めていた。


「なんつーか……御主人サマ以外にサービスする気は無いって感じだな♪」

「……何のサービスか知らないけど、ブレイクも火焚凪もすごいのは確かだね。それに君も、あれくらいの動きは見えるのなら充分すごいよ六音」


 少女たちの空中戦は、常人では目で追うことも出来ない超高速で展開されていた。にもかかわらず、ブレイクのスカートがめくれないのを視認できるなら、それはエヴォリューター並みの視力を持っていることになる。


「ま、あくまで見えるで、避けろって言われたら絶対ムリだけどな♪」


 他の級友たちは空中戦を目で追いつつ、戦う2人が迫ってくれば避けている。

 すなわち煌路の『あれくらいの動き』という言葉は、2人の今の〝超高速〟もZクラスのエヴォリューターには大したものではないという事実を示していた……そう、エヴォリューターには。


「ぎゃわああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 風紀委員長エヴォリュ-ターが教室の空を舞う。

 様子を見ようと廊下からZクラスの教室に踏み入った途端、対決中の2人に跳ね飛ばされたのだ。


「「あ」」


 跳ね飛ばした2人が動きを止めた一方、ソンは回転しながら上昇し天井に激突。


「ぶぎゅっ!?」


 次いで落下し床に激突する――寸前、無数の真紅の薔薇ばらが飛来し、くきが体の輪郭りんかくをなぞるように制服のははしを貫き、その身を床ではなく壁に激突させはりつけにした。


「オーッホッホッホッ♪ 謝辞しゃじは不要でしてよ、風紀委員長♪」


 真紅の薔薇を手に、豪華なハニーブロンドを腰までなびかせる少女が尊大に笑む。

 フランス人形のような美貌には、ルネサンス絵画の貴婦人のような気品と、バロック彫刻の暴君のごとき傲慢ごうまんが同居していた。


下々しもじもの者に救いを与えることは、ノブレス・オブリージュ……すなわち、高貴なる者にとって当然の義務なのですわ♪」,


 その身に纏うのは、シルクやカシミヤはおろかビキューナも及ばぬ優雅な光沢を発し、ブレザーの袖口そでぐちやスカートのすそを華やかな白いレースで飾る制服。

 それは目もくらむような高級生地と、生地の魅力を最大限に引き出す繊細な仕立てにより織り成された、まさに芸術品と言える逸品いっぴんだった。


「ふふん、咲き誇る慈悲の薔薇の絢爛けんらんたるや、我が麗しさのごとしですわね♪」


 とは言え、高級生地も白いレースも明らかな校則違反である。

 だが、生来の気品と黄金比さえ影をひそめる極上の肢体したいで、少女は校則ごときねじ伏せてくれるとばかりに逸品を着こなし、右手の甲に真紅の薔薇の模様をひらめかせていた。


「さて、これ以上の醜態をさらす必要も無いのではなくて、風紀委員長?」

 

 薔薇色の瞳が細められ、豪華なハニーブロンドと豪勢な胸元が華麗に揺れる。

 そして壁に磔にされた風紀委員長に、スパイ衛星どころか月から地球を見下ろすような超絶上から目線で、


「愚民に過ぎぬ己の分を弁えわびしく引き下がるのであれば、今日のところはその首も見逃して差し上げましてよ。わたくしの寛大かんだいさにひれ伏して感涙にむせびながら、〝常識〟などという矮小わいしょうな世界の片すみで生涯震え続けるが良いのですわ」


 やんごとなき笑顔から、傲岸ごうがん不遜ふそんきわまる言葉。

 その威厳と風格に満ちた物言いにソンが口ごもると、Zクラスから1人の少女が歩み出て、寝言のようにぼんやりと言う。


「申し渡す、なの………」


 灰色の髪に目元が隠され、表情のよく見えない少女だ。

 うつらうつらと今にも寝落ちしそうで、よろよろと足元もおぼつかない。

 鼓動こどうするように明滅するリンゴ大の水晶玉を、左右の手のひらで包むようにして胸の前で持っている。


「汝……命運に、陰りあり……ともし火は、燃え尽き……もはや、明日を照らさず、なの………」

「おや、的中率99.9パーセントの占い同好会から、今日を最後に泉下せんかの客になるとの宣告でしてよ。幸運ですわね、風紀委員長。生涯最後の日を、身のほど知らずな己が愚行への懺悔ざんげついやせましてよ♪」

「ば…馬鹿馬鹿しい! 私が今日、死ぬというんですか!?」


 磔のソンが顔を引きつらせ、


「そんな怪しげな占いを真に受けるなど、まさに非常識です!! 水代君、君からも言ってやってください!!」

「……悪いことは言いません。ソン先輩、今日はこのまま寮に帰って、静かに過ごすことをお勧めします」 


 一縷いちるの希望を求めるようなソンに、煌路が予想外に真剣な声で応えた。

 曇ったその顔は十字架の上で処刑を待つだけの罪人をうれうよう。


「な…なんですか水代君までなげかわしい!! すっかり無法者たちに毒されてしまったようですね! 跡取あととりがこれではミズシロ財団の未来もぼぉっ!?」


 ソンの額に一輪の薔薇が突き刺さった。


「手が滑ってしまったので、許すが良いのですわ。なれど、それ以上我らが副会長をおとしめようというのであらば、この場で占いの結果を成就じょうじゅさせてあげましてよ」


 薔薇を投げた少女の瞳の薔薇色が、今は燃え盛る劫火ごうかの色に見える。


「……『我らが副会長』? 『わたくしの副会長』の間違いではないのですか?」


 対して、薔薇の刺さる額から血をしたたらせつつ磔の風紀委員長は冷笑し、


「さっきの裏切り者といいあなたといい、まったく無様ぶざまな本性ですね。散々偉そうなことを言いながら、そのじつ不純異性交遊に身を焦がし学院の風紀を乱そうとする、愚かで卑猥ひわいなメスの本性ですよ」


 怒りか羞恥しゅうちか、薔薇の少女が気品も傲慢ごうまんも抜けた無防備な顔を瞳と同じ色に染める。


「図星ですか」


 ソンは満足そうにうなずくと蓬色よもぎいろの髪をわずかに逆立さかだたせる――と、額に刺さった薔薇と、その身を壁にめる薔薇が見る見るしおれ、ついにはちりとなって消えてしまう。


「……ほう」


 薔薇の少女が気品と傲慢を甦らせ、鋭い視線と微かな嘆息を見せた。

 一方、磔を脱して床に降り立った風紀委員長は、右肩と額の傷が消えた頭を、固まった体をほぐすようにコキコキと大げさに回す。


「それではホームルームの時間も近いことですし、失礼させていただきましょう。Zクラスの皆さん、くれぐれも身の程を弁えて、無用な騒動は控えていただくようお願いしますよ。それでは、行きましょうか忍足おしたりさん」


 置き土産みやげの皮肉を吐き、副委員長を連れZクラスを去ろうとする風紀委員長……だったが、


「ちょっと待て」 

「なんですか、御条さん。私も忙しい身なので、これ以上あなたたちに関わっているヒマは無いのですけどね」

「お前じゃない。用があるのは、そっちの副委員長だ」


 ムッとするソンには目もくれず、煌路に密着したままの六音はずり落ちていたメガネを外しブレザーの内ポケットにしまうと、


「お前、『忍足つばめ』とか言ったっけ?」


 凡庸ぼんような少女をにらみつつ、一層煌路に抱きつき……


「誰だよ、お前」


 Zクラスが緊張し、ソンは首をひねる。が、当の副委員長は淡々と、


「誰だも何も、さっき言った通り、高等部第一学年Aクラスの忍足つばめですが?」

「へえ……うちの学院の高等部に、そんなヤツいたっけ?」


 六音が煌路とウィステリアに横目で問いかけると、2人は重々しく頷き、


「そうだね。高等部の生徒会役員として、高等部の生徒の顔と名前は全部覚えているけど……」

「忍足つばめさん、あなたのような生徒は、当学院の高等部には在籍していません」

「だとさ。ちなみに万水嶺学院高等部生徒会の書記にしてミズシロ財団東の本家次期当主の秘書兼愛人たるあたしは、高等部どころか幼稚部から大学院までの全部の生徒を覚えてっけど……」


 自慢げに笑みつつ、少年に抱きつく腕に力を込め、


「この学院のどこにも、お前みたいな生徒はいないぞ」


 教室の空気が張り詰める。が、ソンだけは怪訝けげんそうな顔になり、


「水代君やミズシロさんまで何を言っているのですか? この1年、私は忍足さんと一緒に風紀委員の仕事を――」

「だよなあ。フツーはそのヘッポコ委員長みたいにオレのこと認識すんだがなあ」


 凡庸な少女が一転して小憎こにくらしく笑んだ――刹那、露出ろしゅつする右の瞳が金色に輝き、周囲の風景が壁に映した映像を切り替えるように変化する。


「これは……!」


 気がつくと煌路、ウィステリア、六音の3人は、赤茶けた空の下に広がる草1本も生えない荒野に立っており……


「……異元領域!!」


 煌路がありったけの警戒感をめて叫んだ………




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