第7話 クラスメイト注意報!!

 時は2583年。


〝ドミネイド〟と呼ばれる外宇宙の脅威が地球に現れてから、すでに半世紀以上。


 人類は総力を挙げて、鋼の巨人の大軍団に対抗しようとしていた。

 

 その一環として、北海道はアジアにおける地球軍の最大拠点となり、全土が軍の施設と水代家の私有地に占有されている。


 その北海道で唯一、軍にもミズシロ財団にも属さない一般人が立ち入ることができるのが、同財団に運営される万水嶺ばんすいれい学院だった。


 険しい山間部を開拓し、財団の私有地に創建された巨大な教育機関には、現在の地球で望みうる最高峰の設備と施設が用意されている。


 この恵まれた環境に、さまざまな才能や能力を持った生徒が世界中から集められ、幼稚部から大学院までの一貫した教育が行われているのだ。


 そして、その学院の高等部にある第一学年の一学級、ズィークラスでは――


「間に合ったーっ!!」


 少女が教室に駆けこむなり叫んだ。

 つややかな黒髪を1本の三つ編みにして、レンズの大きなメガネをかけた少女だ。

 緋色のブレザーとミニのプリーツスカートは、同学院高等部の女子の制服である。


「もうホームルームが始まる時間ですよ、六音。生徒会の書記が遅刻ギリギリだなんて、たるんでいるのではありませんか?」


 教室にいた同じ制服の少女が、メガネのレンズを光らせて言った。

 六音は顔を渋くして、


「しょーがなかったんだって、委員長。通学用の車が調子おかしくてさ」

「通学用の車って、僕のことを言っているのかい? そうだとしても、調子が悪かったのは君のせいだよね?」


 六音の後から視線を冷たくした煌路が現れた。

 緋色のブレザーにグレーのスラックスという同学院の男子の制服姿で。

 六音はさらに顔を渋くして、


「ざけんなコラ。時間ないのにウィス先輩の髪をしっかり洗うって駄々こねてたの誰だ!? 時はアネなりなのか、タイム・イズ・ーなのか!?」

「当たり前だよ。姉を大切に想うのは、ヒトに課せられた永遠の義務だからね」

「お前の〝ヒト〟の基準を一度じっくり話し合おうか!?」


 よどみない煌路の声に六音が眉をつり上げ、


「シスコン河を渡ってシスコン帝国パックス・シスコーナを樹立するシスコン執政官シスコンスルめ!! せめて全てのフェチは愛人ラマンに通じさせとけ愛人ラマンは一日にしてならずなんだぞ!」

「知っているかい、我が友よ? ローマ帝国パックス・ロマーナじゃ反逆者をはりつけの刑で処刑していたそうだよ。そう言えば君って、たまにはアクセサリーの1つも寄越せって、よく言っているよね」


 優し煌路の笑顔。


「それじゃあ今度、十字架のアクセサリーをプレゼントしてあげるよ。僕からの友情を込めて、僕の友情と同じくらい大きなの十字架をね」

「暴君ネロもビビる暴君め! 十字架に愛人あたしをハリツケて『愛の反逆者』という名のアクセサリーにする気か!!」

「ああ、十字架だけじゃ不満なら、旅行も一緒にプレゼントしてあげるよ」


 優し凄みを感じてしまう笑顔。


「イスラエルに『ゴルゴタの丘』ってローマ帝国の時代から伝わる名所があるんだ。そこに十字架と一緒に放りこんであげるから、ゆっくりと命の〝選択〟をしてくるといいよ」


 不毛な言い合いをしつつ煌路も教室に入る。――と、入ってすぐの入り口わきに、堅苦しい雰囲気の少女がひざまずいていた。


「殿、おはようござりゅぎぃっ!?」


 ひざまずく少女が、後から踏みつけられ床に突っ伏し、


「お~♪」「に~♪」「ちゃ~ん♪」「「「お~はよ~~~♪」」」


 チーンという澄んだ金属音と共に、5歳ほどの可愛い幼女3人が現れた。

 5歳児サイズの制服はコスプレまがいになりそうだが、非凡な仕立てによって体の一部のように馴染んでいる。

 金属音は3人がつけるペンダントのペンダントヘッド――長さ3センチほどの銀色の金属棒から鳴ったものだった。


「おはよう、ドミニク、レイア、ミリー。3人とも、今日もいい子にしていてね」

「「「は~~~い♪」」」


 優しく笑む煌路に『いい子』たちも無垢な笑顔で応えた。……床に突っ伏す少女の背中に立ちながら。


「……どくでござるよわっぱどもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 突っ伏していた少女が跳ね上がるように立ち上がり、その背にいた幼女たちが天井近くまで飛ばされる。が、幼女3人は空中で1回転して綺麗に着地、そのまま無邪気に笑いつつ教室の奥へと駆けていった。


「……おのれ、童ども……殿の御寵愛ごちょうあいを、かさに着おってぇ……!」


 立ち上がった少女はゼエゼエと肩で息をしていたが、どうにか平静になると煌路の前に再度ひざまずき、


「殿、おはようござりまする」


 時代がかったうやうやしい声に乗せ、謹厳な忠義を主君に奉じた。


「うん……おはよう、火焚凪かたな


 苦笑気味に笑む煌路の目に、ひざまずく少女の姿が映る。

 眼光するどい切れ長の目と、涼やかな白皙はくせきの美貌、そして制服の中の引きしまった肢体がつむぐ、一分いちぶの隙もない実直な所作しょさ


「でも……学院で『殿』はやめてほしいって、いつも言っているじゃないか」


 優しく諭すような主の声に、少女の漆細工うるしざいくのごとき黒髪がわずかに揺れた。

 鋭利な刃で斬ったように横一線を描く前髪と、白いオビを巻いてたばねられた腰まで伸びる後ろ髪が。

 

「は……主君の御心をわずらわせし仕儀しぎ、まこと汗顔かんがんの至りにござりまする」


 だが、深くこうべを垂れる少女を何より象徴するのは――腰の左に差してある、白木しらきさやに収められた日本刀である。


「なれど……殿」


 少女がおごそかに顔を上げた。

 その真摯しんしな態度とわずかの乱れもない髪型、そして愚直の奥に燃えるような情熱を感じさせる瞳が生真面目きまじめな性格を語っている。


「おそれながら、不肖ふしょう八重垣やえがき火焚凪かたな――」


 雪渓せっけいを斬り裂く滝のごとく冷厳で、深淵しんえんな霊峰のごとく幽玄としたたたずまい。

 厳粛な威風いふうをまとう現代の〝サムライ〟が、いかめしい声で言上ごんじょうする。


「〝武人もののふ〟として、〝守り刀〟として、何より〝第一の臣〟として、忠義を誓う主君を『殿』とお呼びするのは当然のこひゃぴぃっ!?」


 ひざまずく〝サムライ〟が、オビを巻いた髪を後から引っぱられ尻モチをついた。

 クラスでも指折りの豊胸がぶるるんっと跳ね、ミニスカートが盛大にめくれ上がるが、黒いスパッツにより御開帳はまぬがれる。


「そこまでにしなさい、八重垣やえがきいもうと


 サムライを引っ張ったのは、深い烏羽色からすばいろの髪を後頭部で結い上げた少女。


「アイドルの追っかけじゃないんですからね。毎朝御曹司おんぞうしの入り待ちをしてクラスをドン引きさせるなって、私もいつも言っているでしょう」


 その髪型と細い黒縁くろぶちのメガネ、そして風格のただよう凛とした美貌。

 それらの理知的な要素が、毅然きぜんとした印象を与える少女である。


「おはようございます、御曹司。今日も、いいお天気ですね」


 烏羽色の髪の少女が、毅然としたまま優美に笑む。

 そして左手で小さくバイバイしつつ、右手でオビを巻いた黒髪を引っぱり、サムライを教室の奥へとズルズル引きずっていく。


「ほら、通報されないうちに行きますよ、ストーカー予備軍」

「ぬわっ!? うわたたっ!? は…離すでござるよ九十九つくもの! 拙者は〝守り刀〟として殿のお側に……と…とぉ~~~のぉ~~~~~~~~~~………」


 サムライが尻モチをついたまま、足をばたつかせて連れ去られていく。


「え~と……おはよう、委員長……それと、火焚凪……僕がいなくても、くじけずに強く生きるんだよ………」


 冷厳も幽玄も失せた少女を、煌路は力なく手を振って見送るしかできなかった。

 となりで六音が『ドナ●ナ』を口ずさんでいるのは放っておく。


「とにかく……みんなも、おはよう」


 気を取り直した煌路が、ゆっくり教室内を見回して言った。

 30人近い級友(男女比、3対7)は、すでに全員教室に来ている。――と、女生徒の1人が軽妙な声で、


「あれあれ~? 六音リッキーってば~、今日は三つ編みが雑になってないない~?」

「え? ああ、今朝は時間がなくて自分で編んだからな」

「『今日は』ってナニナニ~♪ いつもは自分でやってないのないの~?」

「まあな~、いつもは煌路にやらせてあげてるから♪」

「うわうわ~、ミズシロ財団の後継ぎサマにそんなコトさせちゃって~、どうなっても知らないよないよ~♪」


 自慢げな六音の声に、クラスメイトも小気味よく笑った。

 すると六音は前のめりになり、さらに口角こうかくをつり上げ、


「いやいや、この後継ぎサマ、女の髪のあつかいがメッチャ上手いんだわ♪ 風呂あがりに髪を乾かしてもらう時も、ちゃーんと温風と冷風を小まめに使い分けて、毛先まですごく丁寧にブラッシングしてくれたりさ」


 自らを自慢するような声。


「ま、いまだにウィス先輩と一緒に風呂に入ってて、先輩のメッチャ長い髪を洗ったり乾かしたりしてて覚えたらしいけどさ♪」


 突如、教室が大きくどよめいた。


「Zクラス裁判召集!!」


 毅然とした女子の声が響き、級友たちが慌ただしく教室の机を並び替えていく。

 茫然と立ちつくす煌路と六音の周りで、30近い机が半分ずつに分けられ、左右の壁ぎわに2列ずつに並べられると………


「これより、Zクラス学級裁判を開廷します」


 壁を背にして左右にならぶ机の列の谷間、その前方にあるデジタル黒板の前で1人の女生徒が毅然と言った。


「なお、裁判長はクラス委員長である私、九十九つくも砂織さおりが務めます」


 教卓に両ヒジをつき、両手の指を口の前で組むのは、烏羽色の髪のクラス委員長。

 その華奢な体をかすかに震わせつつも、メガネのレンズをキラリと光らせ、


「被告、水代煌路は中央の被告席へ」

「え……一体、なにを……うわっ!?」


 困惑する煌路が、体格のいい男子2人に両わきから腕をつかまれ、教室中央にポツンと置かれた机に連行される。

 その机をはさむように左右にならぶ机からは、厳粛な裁判……否、裁判のような重苦しい緊張感がわき立ち、教室の空気をピリピリと張り詰めさせていく。


「それでは、被告の容疑を読み上げます」


 裁判長が、口の前で指を組んだまま冷然と言う。


「被告は親戚、あるいは家主の息子という立場を悪用し、万水嶺学院の至宝にして女王、そして偉大なる我が御師範ごしはん、〝白金の女王プラチナムクイーン〟ことウィステリア・H・ミズシロ高等部生徒会長に強引に入浴を共にさせ、淫らな行為におよんだ疑いがあります」

「み…淫らな行為って……そもそも『強引に入浴を共にさせた』ってところから間違っているよ!」


 煌路が血相を変えて訴えるも、裁判長はメガネの奥で怜悧に目を細め、


「それではまさか、被告と御師範は同意のうえで共に入浴に及んだとでも? 水代家に監視……いえ、御師範に編み物の御指導を受けに行った時に、もっと目を光らせていれば……!」


 一瞬、悔いるように瞳を揺らす少女だったが、ハッとして我に返り、


「……こ、こほん。ともかく、被告の主張はまったく馬鹿げており、信憑性しんぴょうせいに欠けています」

「今、いろいろと聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけど、委員長?」


 いぶかしげに煌路が眉をひそめるが……


「日本男児にあるまじき無様なれば、割腹かっぷくにて己を処するべきと存じつかまつる」

 キンッ

否定ネガティブ。会長を己の色にペイントするのは禁忌と心得たまえ。六音を淫靡いんびなピンクにペイントして肉奴隷にするのは自由であるが」

 ギラリッ

「や…やむを得ないのである! 我らが女王を穢されるくらいなら……か…代わりに、吾輩わがはい恥獄ちごくの番犬の生贄いけにえに……!」

 うるうる

「口をつつしむが良いのですわ! 婚姻前の男女が姦淫かんいんなど、もってのほかでしてよ。もっとも公妾こうしょうとなれば別ですから、ここは断腸の思いで高貴なるわたくしの薔薇を散らせることも……!」

 ふぁさっ

「ふ…不埒な! かくなる上は拙者が側室となりねやでも殿の〝守り刀〟に……!」

 キンッ

「女とお宝は男のロマンだからって、本妻から愛人から公妾から側室まで喰い散らかすたぁ、つくづく太え野郎だぜい!! 北海道生まれならエゾオオカミみてえに絶滅しちまえオオカミめい!!」

 ガチンガチン

「やっぱりビッグ・ザ・外道ゲドーことベロチューキングだっぺ! ちょっと顔がよくて金持ちで世界最強のエヴォリューターだからって慢心するなっぺよ! ……ぐはっ!? な…なんというダメージだっぺ。指1本も動かさずに、これだけの攻撃をくり出すとは……水代煌路、やはりオメエを天才と認めざるを得ないっぺか……!? ぐおっ、こんな時なのにインスピレーションがああああああっ!!」

 カリカリカリ

「風評被害が群れでブレイクダンスをしているよ!! 恥獄の番犬とかエロオオカミとかビッグ・ザ・外道って何!?」


 左右の机からの暴論に、煌路が裏返った叫びをあげた。


「そ…そうだぞ! あたしはミズシロ財団フーゾク部門の正式な愛人なんだからな! 非正規雇用の肉奴隷なんかと一緒にすんな!!」

「うちの財団にそんな部門ないよ六音! そろそろ秘書の採用内定を取り消してもいいかな!?」


 秘書見習いの暴言も重なり、頭痛を覚える煌路だったが……


「静粛に」


 不意に、裁判長が鏡のようにメガネを光らせ教室内を一瞥いちべつ

 途端、騒いでいた級友たちが、縛り上げられたように直立して固まった。

 左右にならぶ30近い人間の柱に、煌路は小さく肩をすくめ、六音は頬に冷たい汗を流す。


「本件に関係のない発言は控えるように。いいですね?」


 裁判長の鋭い声と瞳に、級友たちは直立不動のまま首だけでコクコクうなずく。

 直後、彼らは金しばりが解けたようにくずおれ、荒い息を吐いて机に突っ伏した。


「それでは、検察官の論告に入ります。リエン・ヤワラー検察官、所定の席へ」

「お…おう……法科の主席の実力、見せてやるけえのう」


 冷徹な裁判長の声に、黒鉄色の髪を角刈りにした男子が荒い息の中から答えた。

 いかつい美形を浅黒く日焼けさせ、身長190センチを超える頑強な巨躯の男子は息を整えつつ、煌路がいる机の右前に置かれた机に歩み寄り、


「あ~、被告、水代煌路は………騒乱罪および淫行罪で死刑じゃ!!」

「本日2度目の死刑宣告!? 死刑なんて今じゃ軍の敵前逃亡罪くらいでしか執行されないのに!! というか論告なのに、いきなり求刑っておかしいよね!?」


 煌路が机をたたいて反論するも、


「異議ありじゃ平等主義者め! 法の下に国民は平等じゃからいうて正妻から愛人からメイドから護衛まで〝平等〟に手籠めにしてワイらの心の法律を乱したヤツは、極刑に決まっとるじゃろうが!!」

「君は法律を学ぶ前に『法律』って言葉を辞書で調べるべきだよ!!」


 血涙するようなリエンの怒声と、血を吐くような煌路の咆哮ほうこう


「2人とも静粛に。それでは次に弁護人の主張に入ります。弁護人は所定の席へ」


 裁判長の粛々とした声に、1人の女生徒が煌路の左前の机に進む。


「六音……僕の弁護をしてくれるのかい? やっぱり持つべきものは、信頼できる〝友達〟だね……!」

「まかせとけ煌路。みんなにお前の本当の姿を分かってもらえるように、全力でがんばるからな」


 歓喜に打ち震える煌路に、六音は聖母のように微笑みつつ弁護席に立つ。

 そして、ゆっくり教室内を見渡すと……


「皆さん、彼こそは……エロという山に挑む登山家、〝エロピニスト〟なのです!」


 煌路のアゴがカクンと落ちた。


「被告は一見、ひからびたドライフラワーのようにエロに無関心な顔をしています。しかし裏では世界ワールドクラ……ウィス先輩と毎日一緒に入浴し、ヒマラヤ山脈のごとく起伏に富んだ豊満な肉体を、素手でロッククライミングしているのです! なぜ山に登るのか、それはそこに肌色の山があるからだと言わんばかりに!!」


「だ…だから、それは〝姉弟〟として体を洗ってあげてるだけで――」


「さらに! 貪欲なエロピニストは毎晩布団の中でも豊満なヒマラヤ山脈に挑み続けているのです! その精強ぶりたるや、小学生にして肌色のエベレストを素手で征服し、山頂の初々しいピンクの花を口で摘み取っていたほどに!!」


「そ…それは寝ぼけていた時のことだから覚えていないって……というか一緒に寝ているのは君も同じ――」


「そして!! ついにエロピニストは日本の山にも挑み……け…今朝、言葉たくみにあたしまで風呂場に連れ込んで……は…肌色の富士山を噴火させようと、ひしゃげさせたり……ふ…ふもとの樹海を伐採ばっさいさせて、顔をうずめたり……あぅぅっ! こ…これ以上は、もう無理!!」


「自分も恥ずかしいなら言わなきゃいいじゃないか!! どんな自爆攻撃バンザイアタックだよ! 大体、最後のお風呂のことは君の方からしたことだよね!?」


「ふ…ふざけんなエロピニスト!! 知らないのか!? 自然の山に土足で踏み入ると、それだけで外界の菌や種が侵入して生態系が壊れるんだぞ!! お前も清らかな乙女の生態系を壊して、悪い子種バッドシードを侵入させようとしたんだろう!! ま…万一の時は一生かけて責任とらせるから覚悟しとけっ!!」


 互いに真っ赤で喧々囂々けんけんごうごう。――しかし、


「乙女の生態系を壊してって~、とうとう膜を切開されちゃったのれすか~?」

 ゆらゆら

「一生カケテ・責任トラセル……イコール……副会長ノ・ヨメ宣言………」

 ふわふわ

Holy crapマジかよ! さすが入学式の日に副会長とボーイ・ミーツ・ガールするなりオーディエンスの前で愛人宣言、アーンドその日のうちに東の本家オクタゴンにホーム・ステイしたスーパービッチじゃねーのよ♪」

 ピュ~

「びっち~♪」「ぴ~ち~♪」「すももももももももたろ~♪」「「「ど~んぶらこ~~~♪」」」

 チーン

「そうか今のは現実じゃなくてボクがやってるエロゲーの話なのサっ!! そうに決まってるのサっ!!」

 シュバッ

「しゃらくさいストロング・ザ・外道ゲドーこと超人エロ魔だっぺよ! ここでイチャつくなんて恐ろしいダイレクトアタックだっぺ! ボクチンのライフはゼロだっぺよ……だが! 何人ヨメを持とうが三次元の女なんてクソだっぺ! ち…ちっとも羨ましくなんてないっぺよエロピニストめ!! ……ぐおおっ、なぜペンが止まらないんだっぺかああああああっ!?」

 カリカリカリ

「ドミニク、レイア、ミリー、食品部門から初物の桃が届いているから………じゃなくて! その子たちに変な言葉を教えるのも、未成年で成人指定のゲームをやるのも禁止だからね!!」


 副会長の教育的指導。


「というか早くも『エロピニスト』が定着してる!? お嫁さんを何人ももらうほど僕は外道でもエロ魔でもないよ!!」

「そ…そうだぞ誰が嫁だ! あたしは気楽な愛人ポジション志望……てかビッチってなんだ、あたしはまだ処女――ゲフン、ゲフン………」


 学舎まなびやの一角が混乱の坩堝るつぼと化す。

 その喧噪の中、常に毅然としていたクラス委員長は、教卓にヒジをついたまま華奢な体を震わせていたが………


「これまでの関係者の発言をかんがみるに、被告には余罪があると思われます。よって、この場で改めて尋問をとり行うこととします。――検察官」

「まかせとけや裁判長!」


 冷えきった委員長の声に、黒鉄色の角刈り――リエンが無駄に熱く応え、煌路は自分を被告人席に連行した男子たちに、左右から拘束される。

 するとリエンは、バサッとマントを取るようにブレザーを脱ぎ捨て………黒いタンクトップに包まれた、ムキムキと音がするような筋骨隆々の上半身を現した。


「うはははは! 覚悟せえや全世界の男の敵め!!」

「異議ありだよ! さっきから僕のことを淫行罪とか男の敵とか言っているけど、君だって故郷に可愛い許嫁がいるんだよねリエン! 人を責める前に自分をかえりみたらどうなんだい!?」


 一瞬、周囲の生徒たちが静まり返る。――が、


「……ふっ、今のワイは1人の男じゃのうて、全世界の男の代表として、ここにおるんじゃい」

「もう異議が積もって山になっちゃうよ!! 無駄に男前でなにを言って……って、男子一同! どうして『よくぞ言ってくれた』みたいに感涙しているんだい!?」


 クラスの数少ない男子たちが、肩を震わせ男泣きしていた。

 そんな(ごく一部の)悲痛な空気を背に、タンクトップの検察官は……


「さあ全世界の男の敵よ、この法科のエースにしてムエタイ部のホープ、そして拷問研究会の精鋭リエン・ヤワラーが思い知らせてくれるわい!! おどれの罪を、我が研究会が歴史の闇からよみがえらせた拷問方法でのう!!」

「何をする気だい!? そもそも思い知らされる罪なんて僕には無いよ!!」

「無自覚なのが悪質なんじゃ、女を入れ食いしよる地球三大エロリューターめ!!」


 拘束された煌路の背後に移動しつつ、リエンが腹の底から声を出す。


「それに女以外でもおどれには、うちの研究会の部への昇格申請を何度も却下されとる恨みがあるけえのう!」

「100パーセント私怨しえんだよね!? いくらうちの学院が生徒の個性を重んじるからって、『拷問研究会』なんて怪し過ぎる研究会を部にはできないよ! 他にも『催眠術研究会』とか『心霊学研究会』とか怪しいのが多いのに!!」


 生徒会の副会長が叫んだ時、


「ひどいひど~い。副会長フクチョーってば~、うちの研究会をそんなふうに思ってたワケワケ~?」

 カチカチ

「偉大なるヨも、副会長の性根を叩き直してやれと告げるっス!」

 ちり~ん


 左右の机からの女子の声に、煌路は思い出す。

『怪しい研究会』の部員が自分のクラスにいたことを……否、むしろ自分の級友たちが、怪しい研究会や同好会や部のことを。


 リエンが冷ややかな瞳で言う。


「少しはおどれの罪を自覚したかのう? じゃが、まだ足りんのう。ならばムエタイ部と拷問研究会の真髄を1つにした、究極の拷問奥儀をもって思い知らせてくれるけえ覚悟せえや」

「きゅ…究極の拷問奥義……!?」


 ごくり……とのどを鳴らす煌路の背後で、いわおのような筋肉をまとった男が、ゆっくりと腰を落として構えをとる。


「喰らうがええ……あえて罪人に様々な快楽を与え、罪人が希望の絶頂に達して笑った時、必殺のタイキックで絶望のドン底にたたき落とす………あまりの残虐さゆえに歴史の闇に葬られた、非道極まる拷問奥儀をのう……!」

「……え? それってあはははははははははははははは!?」


 自分を拘束する男子たちに、左右からわき腹をくすぐられる煌路。同時にリエンが不敵に笑みつつ、タンクトップを盛り上げる筋肉に力と怒りをみなぎらせ……


「さあ罪深き咎人とがびとよ、しごうしたるけえ観念せえや! 奥儀ムエティック・ギルティいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

「あははは! そ…それ拷問じゃなくて大昔のバラエティ番組のわああああああああああっ!?」


 渾身のタイキックを背に受け、煌路が左右の拘束を振りきって前方へ吹っとんだ。


 ガッシャアアアアアアアアアンッ


 前方の煌路がつっこんだ。

 教卓をひっくり返して絡み合う煌路と裁判長に、級友たちが目を見張る中――


「いたた……ご…ごめん……大丈夫、委員長……え?」


 倒れた煌路が起き上がろうとした時、その手にグニュリと柔らかい感触があった。

 あお向けに倒れる少女の上に煌路が覆いかぶさり、右手で少女の左胸をわしづかみにしている。 

 着やせするタイプなのか、華奢な見た目に反する豊満なボリュームが右手いっぱいにあふれていた。


「「………………………………………………………………………………………」」


 空気と時間が凍りつく教室の中。

 重なり合って倒れる少年と少女が、頭を真っ白にして至近距離で見つめ合う。

 衝突の衝撃でメガネを飛ばした少女は、理知的な印象はそのままに普段の堅苦しさを脱ぎ捨て、人なつっこい美貌をあらわにしていた。――が、


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

「ご…ごめん! 誓ってわざとじゃなくて……事故……そう、事故なんだよ!!」


 反射的に少女の上から飛びのき、必死に弁解する煌路。

 一方で倒れたままの少女は、おびえるように自分を抱きしめつつ瞳を潤ませ、頬を真っ赤にして儚げに震えていた。 

 そんな少女のか弱げな姿に、煌路は自分の失態も忘れて見とれてしまう。


「……え~と……その……ほんとに、ごめん………」

「い…いいえ……わざとじゃないって、わかってますから……き…気にしないでください、御曹司………」


 いまだ頬を染めて目元に涙を溜めながらも、少女は精一杯の笑顔を煌路に見せた。

 それは常に毅然としているクラス委員長の、思いがけない素顔。

 

 ドクン……!


 その繊細で健気けなげ挙措きょそに、煌路の胸は大きく高鳴ってしまう。


 ドクンドクンドクンドクン!!


 そして四つんばいの六音に迫られた今朝と同じく、カチリと歯車が噛み合うような感覚が………


 にゃお~ん


「……え?」


 かすかな〝異音〟が聞こえた気がして、少年は冷静になる。


「……ナニいい雰囲気で見つめ合ってんだ2人とも」


 さらに横からの声にハッとして、煌路は委員長とまわりを見る。

 氷のような教室中の視線が2人に刺さる中、六音が忌々しそうに言葉を続ける。


「狙った獲物は、甘い毒で確実に仕留めるってか? さすがだなあ、クモサソリ」

「だ…誰が『クモサソリ』ですか! 私の名前は『ツクモサオリ』……い…いえ、そんなことより、私は別に……お…御曹司のことを狙ってるとか、そんなことは……」


 六音の言葉を否定しつつも、赤面する委員長は潤む瞳でチラリと煌路を見る。と、煌路も赤面して、互いに気まずそうに顔をそらしてしまう。


「お前ら付き合い始めたばっかの中学生カップルか!? あ…愛人のあたしだって、そんなコトしたことないのに!!」


 こちらは怒りで赤面する六音が、ムキーとうなりながら叫んだ。

 リエンも歯ぎしりしながら、うなるような声で言う。


「……このジゴロ野郎は、やっぱり生かしちゃおけんのう………ええじゃろう、裁判長が〝体調不良〟により職務を全うできなくなったけえ、検察官リエン・ヤワラーが陪審員ばいしんいんに問うてやるわい!!」


 ギラつく瞳が教室内を見渡す。

 左右にならぶ机の級友たちが陪審員らしい。


「同意する者は拍手せえ! 被告水代煌路の判決は………死刑!!」


 割れんばかりの拍手と雄叫びが教室を揺るがした。


「どうしてそうなるんだい!? 民主主義は死んだ! 万雷の拍手の中で!!」


 曽祖父のコレクションにあったSF映画のセリフと共に、煌路が天をあおぐと、


「し・け・い! し・け・い! し・け・い! し・け・い!」


 左右の列の級友たちが、着席のままドン、ドン、ドン、と足を踏み鳴らし大合唱。

 熱気と興奮は天井知らずに高まっていく。


「いつもはバラバラなのに、どうしてこんな時だけ一丸になるかな……」


 片や煌路はボヤきつつ渋面になる。――その時、


「やかましいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 教室の自動ドアが開き、1人の男子生徒が叫びながら現れた。




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