第5話 入浴は姉と愛人と共に!?

 かぽーん………


 軽快な鹿威ししおどしの音が、白い玉砂利たまじゃりを敷きつめた枯山水かれさんすいのごとき洗い場に響いた。

 庭園のように広い洗い場の奥には、プールのように大きな浴槽が温泉のごとく床に埋めこまれ、清々しいひのきの香りを漂わせている。

 もうもうと湯気をわき上げる湯面には、鹿威しや竹の植えこみ、こけむした大石などで飾られた小島が浮かび、ぜいを尽くしつつも風流のかおる屋内浴場を創成していた。


「はあ……六音、本気で怒っていたよね………」

  

 しかし風流な湯船につかる少年は、無粋ぶすいうれいに顔を曇らせ……


「ちょっと、やり過ぎちゃったかな……ねえ、シロ、モモ………」


 深々ため息して、湯面に浮かぶ檜のおけの中の子猫たちを見る。

 広い浴場には少年1人、一緒に入るはずの少女たちの姿は無い。


「まあ……姉さん以外の女の子も、結構ここに来ていたんだけどさ………」


 憂いを忘れる現実逃避か、少年は脳裏に1年前までの日常が浮かべる………


                  ◆


「お背中を流してやりやがるのですよ、ボッチャマ♪」


 ナマイキそうに笑むメイドが、姉弟がくつろぐ浴場に侵入する。

 フリルの付いたヘッドドレスと右目の片眼鏡モノクル以外、一糸まとわぬ姿で。


不埒ふらちな! 殿の〝守り刀〟として今日こそ成敗してくれるでござる!!」


 メイドを追って、護衛の少女も浴場に突入する。

 日本刀を手に、白衣びゃくえ藍色あいいろはかまをきっちり身につけて。


「護衛風情がメイドのご奉仕の邪魔なんて、しつけがなってやがらないのですよ♪」


 主と同い歳の2人が、今日もまた衝突する。


「躾も礼儀も欠いた下女げじょ風情が殿のお情けにあずかろうなど、身の程をわきまえるでござる!!」


 洗い場を蹴立けたて、床や天井を跳ねまわり、時には湯面を疾駆しっくして技をぶつけ合う。


「そっちこそ毎晩ボッチャマの部屋のとなりで、お情けを狙ってやがるんですよ♪」

 

 共に主に次ぐレベルの、世界でも最高峰のエヴォリューター。


「せ…拙者は殿の第一の臣として、身をささげて務めにはげむべく隣室りんしつに控えているのでござるっ!!」


 どちらも1人で、軍隊の1つや2つ鎧袖一触がいしゅういっしょくにする力を持つ。


「なるほど、身を捧げて〝お務め〟に励みやがるワケですか♪」


 しかし2人の激突は、浴場の設備に傷ひとつ付けない。


「ふ…不埒不埒不埒ふらちふらちふらちふりゃちなあああああああああああっ!!」


 それは少女たちの、たゆまぬ研鑚けんさん精進しょうじんの証だった。


「2人とも、また腕を上げたね。やっぱり励みになる人が近くにいるって、いいことだよね♪」


 ゆえに弟と姉は、少女たちを優しく見守りつつ入浴を楽しむのだった……… 


                  ◆


「……火焚凪かたなと、ブレイクが……この家を離れて、そろそろ1年か………」


 ひとしきり回想し、湯船で感慨かんがい深く息を吐く煌路……だったが、


「さあ、行きましょう、六音さん」

 

 脱衣場から引き戸越しに声が聞こえ、ビクッと震え湯船に波紋を広げる。と、カララララ……と引き戸が開く軽やかな音がして、湯気の向こうに少女たちが脱衣場から洗い場に踏み入る気配がした。


「姉さん……六音………」


 ゴクリとのどが鳴り、かすれる声が広い浴場に反響する。

 湯船からの距離が離れていることと立ち込める湯気のため、脱衣場から出たばかりの少女たちの姿はぼんやりとしか見えない……が、


 ドクン……!


 豊満姉と寝床や入浴を共にする身は、姉より〝ひかえめ〟な裸体をメイドが浴場でさらそうと動じなかったものの……

 

 ドクンドクンドクンドクン!!


 今は胸の動悸どうき……いや、高鳴りを抑えられず、湯船の熱さと関係なく顔が熱くなっていく……直後、


「お待たせしました、コロちゃん♪」


 厚い湯気のカーテンを抜け、体の前面をタオルで覆う2人の少女が現れた。

 1人は、豊満過ぎる肢体と貞淑な気品をあわせ持つ、神がかった美貌の金髪少女。

 1人は、〝ひかえめ〟ながら平均以上の肢体を持つ、日本人形のような黒髪少女。


「う…うぅぅ……」


 黒髪少女が真っ赤な顔でうなった。

 少女たちがタオルで隠すのは、悩ましい肢体の胸元から脚の付け根まで。

 それ以外の部分は、文字通りの赤裸々せきららな裸体が露出している。すなわち――


「あ…あんまり……ジロジロ、見るな………」


 ほっそりした首や、鎖骨を含むなだらかな肩。

 華奢きゃしゃでしなやかな腕と、なまめかしい曲線を描く長い脚。

 みずみずしい張りとつやに満ちた、目もくらむような玉の肌。

 それらの眩暈めまいがするような甘く煽情的せんじょうてきな要素が、暴力的に目にねじ込まれ………


「え……あ……ご…ごめん………」


 少女同様かすれた声をもらしつつ、少年は少女から目を離せなくなる……と、その目の前、洗い場と同じ高さの浴槽のフチに2人の少女が並び立ち、


「ど…どどど……どうだ……き、き、き、きて……やった、ぞ………」


 黒髪少女が呂律ろれつの回らぬ声を必死につむぐ。

 震える手をタオルの上から胸と腰に押し付け、可憐な顔を室温と湿気の高い浴場にいることを差し引いても異常に赤くしながら。


「う…うん……よう、こそ……よく……いらっしゃい、まし…た………」


 応える少年の声も呂律の回らぬものになる。

 そして湯船の中の少年と浴槽のフチに立つ少女が無言で対峙たいじすること十数秒………少女はタオルを押さえる手の震えを止め、


「さ…さあ! 一緒に風呂に入ってやるぞ!! 覚悟はいいな煌路!!」


 むしろ自分の覚悟を決めるように叫び……その身からタオルをぎ取って宙に放る。と、そのタオルが少年の顔にかぶさり、人肌のナマあたたかさと甘いのこで身も心も硬直させる。が、すぐに少年は我に返りタオルを顔からむしり取る……と、


「……え?」


 忽然こつぜんと目の前にいた少女は消え、突然に背後から声がして、


「はっ! ど…どこを見てる!?」


 振り向くと黒髪の少女が、湯船に浮かぶ小島の苔むした大石の上に立っていた。

 赤裸々な女体の胸の先端と股間に、小さなシールを貼り付けたの姿で。


「………………………………………………………………………………………………」 


 頭が真っ白になり再び硬直する少年。

 片や顔を真っ赤にする少女は大石の上から湯船を見下ろしつつ、


「い…『一緒に入ってやる』とは、言ったが……ぜ…『全裸で入ってやる』とは、言ってないだろう………なに、残念そうな顔してんだ……ヒ…ヒツジの皮をかぶった、狼男エロチカンめ……!」


 声を震わせつつ引きつった笑みを浮かべ、


「さ…さ…さては……ウェットに富み過ぎる、エロチカンジョークや……硬くてぶっとい、エロチカンドッグで……お…女を、嬲者オモチャにしようとか……妄想、してたのか……?」


 大石の上で仁王立ちし、真っ赤になった肢体をふんぞり返らせる少女……だが、腰の横に当てた手はプルプル震え、必死に羞恥しゅうちに耐えているのが分かる。そんな懸命に虚勢きょせいを張る少女を見すえつつ、少年はどうにか頭を再起動させ……


「……まあ、この状況でに富んだジョークを言える度胸は、さすが僕の〝秘書〟になる人だってほめてあげるよ………」


 失った記憶を思い出すように、ぽつりぽつりと言葉をつづる。


「というか……それって、姉さんがパイロットスーツを着る時の、使い捨てタイプの下着だよね……もともとは、レオタードとかチャイナドレスみたいな、体にぴったりした薄手の服を着る時に、下着の線を出さないための………」


 六音がつけているのは、小さな布地をシールのように体に貼って使う下着。

 しかも極めてギリギリな極小タイプのものなので、胸の先端と股間の本当に大事な部分以外は全てを異性にさらけ出している。


「だ…だから、なんだ……あたしのセクシーな魅力に、やっと気づいたか……♪」


 加えて熱気と湿気が充満する浴場で、朱が差した肌は玉の汗に輝いている。

 平均以上の肉の果実も、張りに満ちてシール越しの先端をツンと突き出していた。

 しかし、当然ながら小さなシールにブラジャーのような補正効果は無く、果実はこころなしかズッシリと垂れ、生々しい肉感を漂わせてオスの劣情をあおる。


「ふ…ふん……エロい目で……どこを、見てるんだ……?」


 股間も最低限しか隠されておらず、恥丘ちきゅうのふっくらした盛り上がりが薄いシール越しにあらわになっている。

 さらには急な準備で〝処理〟が甘かったのか、湿気を吸って透けるシール越しに髪と同じ色の〝何か〟がっすらと見えるような見えないような………


「ゆ…湯につかって……元気になったか、ドライフラワー男子め……♪」


 この1年、同じ家で暮らす中で少年は少女のビキニ姿や、時には下着姿を見てしまうこともあった。だが、その時は何も感じなかった腰のくびれやフトモモが、今は妙に生々しく卑猥ひわいに見えてしまう………


「ふ…ふふん……ようやく、あたしを……あ…愛人にする気に、なったか……?」


 涙目になりつつも、いじらしく虚勢を張り続ける少女……しかし、羞恥と緊張に潤む瞳や震える声の奥に、一途な覚悟が感じられた……想い人に全てを捧げようとするような、一途で健気な〝覚悟〟が………


「……ひとつだけ、いいかな六音………」


 ほどなく湯船から声が聞こえ、少女は身を硬くして続きを待つ。

 広大な浴場が重苦しい静寂せいじゃくに支配され、一瞬のようにも何時間のようにも思える息苦しい沈黙に胸がしめつけられる………そして、


「ちゃんとしたブラジャーを付けないと、将来、垂れるよ」

「ざけんな覚悟ドロボーがああああああああああああああああああああああっ!!」


 両手で胸元を隠す少女に少年は呑気のんきに笑み、


「ひどいな。〝友達〟として親切に忠告してあげたのに♪」


 気安い声と晴れ晴れした笑顔は、身近な知己ちきのみに見せる〝16歳の少年〟のそれだった。対して少女は悔しそうに歯噛みして、


「ナニが忠告だセクハラ大魔王め! ってか、あたしが垂れんならもっとなウィス先輩はどうなんだ!? 万有引力はリンゴは落とせてもスイカは落とせないってかミスター乳豚ニュートン!!」

「もちろんだよ。僕の姉さんが万有引力ごときに負けるわけがないからね♪」


 無邪気な信頼に満ちた声。


「まあ、それでも万一の時は………ヒトに課せられた義務を果たすべく、僕がこの手で支えてあげるだけだよ……!!」

「名言っぽく変態発言すんなシスコン原理主義者! やっぱウィス先輩の胸を揉んだり吸ったりって起きててやってたんだろ〝ノイトルダムスの大魔王〟め!!」


 髪を振り乱す六音は浴槽のフチの金髪爆乳少女をにらみ、


「先輩はいいんですか!? 弟がこんな変態で……って、なんでくずおれて感極かんきわまったみたいに、そっと目元をぬぐってんですか!?」

「うぅ……コロちゃんが私のことを、そんなに大切に思ってくれているなんて……お姉ちゃんは、感激してしまいました………」

「だああああああああああああっ!! コッチはコッチでブラコン原理主義者か! グラビアもビックリの手ブラならぬ手ブラコンでもやる気かあああああああああああああああああひゃひっ!?」


 頭を抱え大石の上でのけぞった少女が苔に滑って宙を舞い……湯船の少年の上に落下して、


「ひゃわああああああああああっ!?」

「り…六音――ぶひゅっ!?」


 広い湯面に盛大な飛沫しぶきが吹き上がり、子猫たちの入った桶を高々と舞い上げた……数瞬後、波打つ湯面からザバッと六音が顔を出し、


「プハッ……って、あれ? どこ行った、煌路………え?」


 訪ね人は湯船の底で仰向けに倒れ、その顔に自分がまたがっている……つまり、小さな薄いシール1枚だけを挟み、煌路の顔に六音の股間が押し付けられていた。


「……きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 燃えるように赤面し打ち上げ花火のように湯面から飛び上がる六音。直後、煌路が大きく息を吐いて湯面に出ると、その首が後から絞め上げられ、


「お前はナニも覚えてない! そうだな!? そうだよなっ!?」

「う…うん……薄布の、向こうに……やわらかくも、プリプリした感触なんて覚えてなぐふぅっ!?」


 涙目の六音の腕が流れるようにチョークスリーパーに変化。後から煌路に密着しつつ、その首を一層絞め上げる。


「スケベ、変態、変質者! せ・き・に・ん・と・れええええええええええっ!!」

「い…今のは、君が勝手に……というか……今度は背中に、あたって……」


 うめくような煌路の声に、六音は沸騰ふっとうしていた頭を冷やしに気づく。

 平均以上の2つの柔肉が、先端の小さな薄いシールだけを挟んで少年の背に押し付けられ、ゴムマリのようにひしゃげていた。


「あ……あああああ………」


 少女は全身を紅潮させてワナワナ震え――


「……あててんのよっ!!」


 こきっ


 少女がうわずった声で叫ぶや、絞め上げられる少年の首から致命的な音がした。


「コ、コロちゃん!?」


 姉が狼狽ろうばいする中、少年は白目をむいて骨が抜けたようにグニャリとなる。

 そして子猫たちが悠々と泳ぐ湯船の底に、ブクブクと沈んでいくのだった………




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る