第4話 専属メイドは目立たない!?

「あたしの指示に決まってるだろうっ!!」


 突然ふすまがバァンッと開き、1人のスレンダー美女が部屋の入り口に現れた。

 常闇とこやみのような黒髪をヒザに届くポニーテールにした、20代なかばに見える女だ。

 妙に老成ろうせいした雰囲気をかもしつつイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべ、せつ老練ろうれんという相反あいはんする要素をそなえた不思議な空気をまとっている。


「リ…リオ、さん……?」


 加えてかち性分しょうぶんを美貌ににじませる女――『鷹岡たかおかリオ』に煌路が目を向けた。

 それは煌路の祖母と並んで姉弟に武術を教える、水代邸最さいさんの客分である女傑じょけつ

 かつて煌路のそう祖父母そふぼと共に戦場に並びながら、姿が当時のままと言われる女怪じょかい

 そして〝水代家七不思議〟の1つに並べられる、人呼んで〝水代邸の影の女帝じょてい〟。


「この子もブレイクと同じに、あなたがうちで働く斡旋あっせんをしたわけですか、リオさん?」


 煌路が自分たちが座る布団のわきにいるメイドを見ると、〝女帝〟は意地いじわるく笑みつつ少年たちのそばにズンズン歩いてきて、


「そうだぞ♪ 天然ステルス娘の妙技みょうぎ、なかなか面白かったろう。しかも1年ぶりの専属メイドにしてあまっぱい歳下とししたの美少女となれば、文句はあるまい青少年♪」


 女は異様に存在感の薄いメイドの横に立ち、昨夜さくや地球軍の所属マークを付けた戦闘機から聞こえた声で、


「ま、ちょっとしたしゅがえしだ。どこぞのとどものが軍の新兵器のテストをすっぽかして、そのあとまつとくたいの権限でやらされるハメになったからな♪」


 地球軍の最精鋭さいせいえいである〝女が笑いながら瞳の温度を下げると、煌路は脱力して溜め息し、


「テストを中止させたのは反省していますよ………ところで六音、油断したね」

「なに……ぐふぅっ!?」


 六音が布団に倒れ込み、ピクピク痙攣けいれんしつつ苦しそうな声で、


「か…からだ、が……しびれ、て……まさ、か………」

「うん、久しぶりの〝抜き打ちテスト〟だね。麻痺まひけい呪毒じゅどくみたいだから、パトラが仕込しこんだものじゃないかな」


 煌路は再び溜め息すると、視線を最新の居候いそうろうから最古の居候いそうろうへ移し、


「これもリオさんの指示ですか?」

「うむ、しばらく間をけてやってみたが、まあ合格にしてやろう♪」


 ミズシロ財団の中枢である水代家の人間は常に暗殺の危険があるため、しんようの〝かん〟を鍛えるべく不定期に食事に毒を盛る行為が〝抜き打ちテスト〟である。


「毒なしの茶は普通に飲んでたが、毒入りの饅頭まんじゅうは見向きもしなかったからな……そこで感電したカエルみたいになってる、ピカピカの居候いそうろう一年生以外は」

「ふ…ふざけん、なぁ………」


 リオがぞんざいに見下みおろす先で、感電どころかえだに刺さった早贄はやにえのカエルのような顔色の六音が息もえになっていた。煌路はまたも溜め息しつつウィステリアにくばせし、


「姉さん」

「はい」


 ウィステリアがうなずくと、その白金色の髪の1本が伸び、わりとまっのチアノーゼっぽい六音の首筋くびすじに触れる――と、


「……こんの傲慢ゴーマン拷問官ゴーモンカンどもめ! 〝そうとう〟どころか〝さんの川〟が見えたぞ!! クソ親父のせいで古代遺跡の生贄いけにえにされかけたとき以来の経験だわ! 深く心が傷ついたから愛人にして一生責任とれ!!」


 今の今まで今にも死にそうだった六音が元気いっぱいに起き上がった。


なにに苦労人だよね。でも、その御条こじょうはくと世界を回っていた時に鍛えたかんで前は毒をさっできていたのに、勘がにぶったんじゃないのかな」

「……うっさい。誰のせいだと思ってんだ……!」


 首をかしげる煌路をにらむも、ほおを染め目をらしてしまう六音。

 脳裏に浮かぶのは自らが演じた先刻のたい……少年にしめられて密着し、全身をくるおしくなやましい熱にうずかせつつ、唇を重ねる寸前になった甘く鮮烈な記憶……


「あ…あれでパニクってなけりゃ、自分の頭にノロいの呪いをかけた〝おっとりカッター〟の毒なんかに………てか、そこの新人メイド!」


 布団わきのメイドへビシィッと指をきつけ、


「初仕事で毒饅頭どくまんじゅう持ってくるたぁイイ度胸だな! 前の専属メイドみたいに手段を選ばず御主人様の寵愛ちょうあいをもぎ取ろうってハラか!?」

「『毒饅頭』の意味が違っているよ、六音。まあ『メイドに手をつけるのは御主人様の義務でやがるのです』って、ブレイクがいろいろ手段を選ばなかったのは事実だけどさ……」 


 やつあたりする六音に煌路が嘆息たんそくする一方、メイド少女は目に見えて困惑こんわくし、


「はうう……す…すみませんん……お饅頭まんじゅうから、変な感じがするって思ったんですけどぉ……ま…まさか、呪いがかけられてたなんてぇ………」


 震える少女の声に、煌路は『へえ……』と感嘆かんたんして、


上京かみぎょうさんだったよね。呪術による毒は完全な無味むみ無臭むしゅうな上に、今日の毒を仕込んだ術者はレベルが高いからね。本職の呪術師でもない限りは、卓越たくえつしたかんか、卓越したエヴォリューターの感覚がないと毒を察知できなかったんだよ」


 好奇心を宿す御主人様の瞳に、さらにメイドはちぢこまり、


「はうう……か…『上京さん』なんて、もったいないですぅ……『あおい』で大丈夫です、煌路さまぁ………」

「それじゃあ、あおい。呪毒じゅどくを察知できたことに加えて、その紫色むらさきいろの髪、やっぱり君もエヴォリューターなのかい?」


 エヴォリューター……『ホモ・エクセルシオール』の学名を持つそれは、人類の中にまれに誕生する、常識を超える身体能力や知能、さらには超能力じみた異能などを持つ存在である。

 その能力により多方面で活躍する一方、多方面でうとまれる彼らは、異能を持った副作用として髪や瞳が普通と違う色になる例があるのだが……


「はぅぅ……た…確かにわたしは、エヴォリューターですけどぉ……やっぱりこの髪、変ですかぁ……? 変ですよねぇ……ぐす………」 

「大丈夫だよ、あおい。こんなに綺麗な髪を変だと思う人なんていないからさ。もしいたら、僕がらしめるのを手伝ってあげるよ。僕の親戚しんせきにも、同じ色をした髪の子がいることだしね……ほら、丁度いい」


 涙ぐむ少女を優しい笑顔でなだめつつ、煌路がテレビをす……と、


《――現在、太陽系ドミネイド帝国との戦闘が続いている西カザフスタン州に、地球軍の司令官であるヴァイオレット・ミズシロ・グラン氏が入られました。グラン氏は州都オラルを訪問し、兵士たちを鼓舞こぶすべく演説を――》


 テレビに煌路と同年代の、紫水晶のような髪をヒザまで伸ばす少女が映っていた。

 怜悧れいりな目元や一文字に引き結ばれた口元、つり上がった細い眉が冷厳な凛々しさに満ちたこおりざいのごとき美貌を形成している少女だ。

 一方でふく優艶ゆうえんたいは、肩章けんしょうや金モールの付いた堅苦かたくるしい地球軍の礼服でもおさえきれない、冷涼れいりょうながらも魅惑的な色香をあふれさせている。


「あ…あの方はぁ……」

「うん、ミズシロ財団で『経済』の東の本家とついになる『軍事』の西の本家の次期当主、そして〝紫水晶の女王アメジストクイーン〟の異名を持つ〝地球三大エヴォリューター〟の1人、僕の従妹いとこ〝ヴィオ〟ことヴァイオレットだよ♪」

淫乱いんらんメイドに言わせりゃ〝怒りんぼ姫プリプリプリンセス〟だけどな♪」


 うるんだ両目をかすかに細めるあおいに、布団の上の煌路は誇らしげに答え、その右隣の六音は茶々ちゃちゃを入れて笑った。それから六音もテレビへ目をやり、頭に世界地図を浮かべつつ他人事ひとごとのように、


「にしても、西ヨーロッパを丸々られて、前線がカザフスタンまで下がっちゃったんだよな……この辺りが落ちると次はロシアか中華だから、そろそろアジアもヤバくなってきたな。政府も首都をヌサンタラに移して、まだ4年なのに」

「そうですね……」


 煌路の左隣に座るウィステリアも、太腿ふとももに置くこぶしを握りしめ、


「4年前の〝ロンドン撤退戦てったいせん〟でアフリカ大陸に続き西ヨーロッパ全域ぜんいき陥落かんらくしたことで、地球の3分の1は太陽系ドミネイド帝国に制圧され……現地に住んでいた多くの人たちが、難民として他の地域に流入して様々な問題が起きているんです………」

「そっか……ウィス先輩も本来は西の本家の所属ですから、このいえに来てなきゃ向こうでドミネイド相手に戦ってたんですよね………」


 神妙な顔になる六音……だったが急にイタズラっぽく笑み、


「そーいや先輩の『世界級ワールドクラス用特注コルセット』も、フランスから逃げてきたデザイナーが作ってるんですよね。爆乳だけあって、イイ仕事してますよね♪」


 ピシィッ


 部屋の空気がこおりついた気がした。

 そして極寒ごっかん静寂せいじゃくの中、リオがウィステリアへはなやかに笑み、


「おやおや、その歳でちちれ防止コルセットだと? うちのバカ娘や亜久亜あくあといい、二十歳はたちにもならないうちに育ちまくってやがるなあ♪」

「リ…リオさん……きゃっ!?」

 

 ズカズカ歩み寄ったリオがウィステリアの襟首えりくびつかみ、力尽ちからづくで布団の上に立ち上がらせる。と、浴衣ゆかたのような寝間着ねまき胸元むなもとが乱れ、特大の柔肉やわにくがこぼれ落ちそうになり……


「そういやミズシロ財団の前身ぜんしんの1つは、世界的な食品会社だったな。だったら是非ぜひとも、そんな〝特大スイカ〟を栽培さいばいできるけつを教えてもらいたいもんだなあ♪」


〝女帝〟が華やかな笑みからドス黒い気炎を放ち、金髪少女にみの肌色はだいろの〝特大スイカ〟を見据みすえる。その笑みから視線を少し下げれば、スイカどころかプチトマト1つ生えない絶望的スレンダーな平野……いや、〝絶壁ぜっぺき〟が目に入った。


「ひ…秘訣と、言われましても……一般的には、男性にまれると大きくなると……私も、中等部のころまでは……毎晩、お布団の中で……眠っているコロちゃんに、まれていましたから………」


 ウィステリア以外の女の目が煌路にそそがれる。


「え? ええ!? し…知らないよ僕、そんなの……!」

「そりゃあ、寝てる間にやってたんなら覚えてないだろうよ……………」


 寝たをして、実は起きててやってたんじゃないか……そんな疑念をはらんだ六音の声に、


「そ…そんなわけないじゃないか……って、あおい! どうして自分を抱きしめながら震えているんだい!?」

「はぅぅ……た…鷹岡たかおかさんがぁ……『水代みずしろの男はみんなケダモノだから、安心して喰われとけ』って、おっしゃってたんでぇ……や…やっぱり、煌路さまはぁ……女の人を食べちゃう、食虫植物なんですかぁ……? ぐすぐす………」


 混乱気味の涙声なみだごえ……一方、


「チッ、参謀はともかく使用人や秘書や爆乳ドジっ子デザイナーのエロハプニングにも無反応でやがるから〝暴君〟が暴発する前に歳下メイドで発散させてやろうと思ったのに……」


〝女帝〟も混乱して吐き捨てるように、


「結局はエロガキどもの系統か少年め!! 2人でもってイチャコラしまくったあげ小学校を留年りゅうねんした――」

「スト――――――――ップ!! 公式伝記でも闇にほうむったひいおじいちゃんたちの秘密のばくはやめてもらいましょうか! 22世紀の〝ロシア南進〟とならぶ水代家の最高機密ですからね!!」


 混乱は次期当主にも伝染し、


「大体、暴発とか発散って何ですか!? それにデザイナーってフランシーヌさんまで巻き込む気ですか!? ダメですよ! あなたや六音と違って居候いそうろう――いや、客分の中でも繊細せんさいな人なんですから!!」

「待ちやがれダンナ様! 繊細ってなんだ!? ウラオモテ無いのが絶対的なとくだなんて思うなよ!!」


 混乱の戦場に六音も飛び込むが、


「君には言われたくないよ六音!  それに僕がウラオモテく言うのは信頼する友達だけにだからね!!」


 赤面せきめんし言葉にまる六音――だったが、


「他には、ライバル企業や財団内の対立たいりつばつの人を挑発する時くらいかな」

「知ってるか!? 度を超えりゃ『純粋じゅんすい』も『悪意』と変わんないんだぞ!!」


 赤面する六音がまゆをつり上げ、


「そうやって特大スイカだけじゃらず、あたしやクラスの女どもまで美味おいしく育てて収穫しゅうかくする気か!! この園芸師ならぬエロ芸師め!!」

「エロ芸師って何!? いくら貧困ひんこんかく深刻しんこくでもそんなよう創出そうしゅつは却下だよ!!」


 煌路も顔を紅潮こうちょうさせ、


「君がそんなことばかり言うから、僕の如何いかがわしいうわさや僕と姉さんの変な誤解がクラスにまで広まっちゃうんだよ!!」

「そ…そうです……誤解なんです……」


 布団の上に立つ姉も、絶壁ぜっぺきおんな寝間着ねまきえりつかまれたまま声をしぼし、


「コロちゃんと私は、あくまで姉弟なのですから……それに初等部のころには、まれるどころか……吸いつかれてしまうことも、多々たたあったのですから……」


 再び部屋の空気が凍りつく。


「他にも、ようのころには……お互いの体を、って遊ぶこともありましたから……コロちゃんと私の体に、お互いの舌が触れていない所なんて無いくらいに………」


 部屋の空気が氷河期に突入する……しかし、


「ああ……それは覚えているよ………」


 極寒の視線にさらされる煌路が、温かい思い出にひたるように目を細め、


「よくシロとモモが、お互いの体をめて毛繕けづくろいをしていてさ。それがすごく気持ちよさそうだったから、僕たちも真似まねをしていたんだよね、お姉ちゃん♪」

「はい……なつかしいですね、コロちゃん……♪」


 肩に乗った子猫たちをでる弟が、お姉ちゃんと童心に帰り微笑み合う。直後、リオは突き飛ばすようにウィステリアの襟首えりくびから手を離し、


「……ちっ、これだから水代の系統は……所かまわずイチャつきやがって……!」


 限界以上に眉をつり上げつつ、何かをまねくように右の人差し指を曲げる。と、壁の本棚から一冊のアルバムが見えない糸にられるように飛び出した。

 アルバムは少年たちが座る布団の上に落ちると、ページが風に吹かれるようにパラパラめくれていき……が出てきたところで止まった。


「驚異の貧困ひんこんかくならぬ貧乳ひんにゅうかくいる、極悪非道の〝爆乳王女プリンセスメロン〟め……!」


 写真の中で微笑むのは、幼い煌路とウィステリア。

 共に初等部の制服を着て、卒業式の看板が立てかけられた校門の前に並んでいる。

 卒業証書の入ったつつを持つ姉は、弟ともども顔にあどけなさを残しつつ……制服という禁断の温室の中で、特大の〝メロン〟を2つも栽培さいばいしていた。


「温室育ちのくせに、ワガママに育ちやがって……!」


 それは小学生とは思えない、特大の肉のじつ

 リオのプチトマト(以下)もあおいのレモンも六音の洋梨ようなしも超える豊満な果実だ。

 あまっぱく瑞々しい芳香と同時に、まろやかで蕩けるようなフェロモンをも感じさせる早熟そうじゅくの果実である。


「邪神に愛された〝爆乳王女プリンセスメロン〟と〝淫乱王子プリンスエロン〟め……ええい! こうなったら特務部隊の権限で2人とも極刑きょっけいにしてやる!!」

「ま…待って下さい、リオさん……今も申し上げた通り、コロちゃんと私はあくまで姉弟で――」

「うるさい! お前らのひいじいさんとひいばあさんだって自分たちはタダの幼馴染だとか言ってたくせに、16歳の誕生日に結婚式あげた時には子供が……お前らのばあさんが生まれてたんだぞっ!!」


 煌路のそう祖父母そふぼ、ミズシロ財団の創設者である水代燦みずしろさん水代みずしろ亜久亜あくあ

 その生涯しょうがいは軍人としての常識はずれな活躍を始め、良くも悪くも様々な武勇伝にいろどられているのだが……


「……つまり、軍のイベントの編隊へんたいこうショーをやってた裏で………軍のタンHENTAIへんたいこう少年少女ショーネンショージョがヤっちゃってたワケですか………」


 六音の引きつった苦笑いの声が、部屋の空気を絶対零度にたたむ。が、興奮こうふんめやらぬリオはごこ悪そうな姉弟をばしった目でにらみ、


「さあ、さっさと来いHENTAI予備軍ども! 銃殺じゅうさつたいがお待ちだぞ!!」

職権しょっけん濫用らんようにもほどがあるでしょう特務部隊の参謀閣下! 僕たちっていろいろ軍に協力していますけど、あくまで民間人なんですよ!? 軍人として守るべき国民を無実の罪でばっする気ですか!?」


 煌路も布団の上で立ち上がり姉と並んで抗議するが、


「誰が無実だ公然猥褻罪こうぜんわいせつざい淫行罪いんこうざいの常習犯め!! ほっといたら〝淫乱王子プリンスエロン〟から〝淫乱大王キングエロン〟にランクアップして伝説の〝淫乱黄金郷エロ・ドラド〟をきずく気だろう!!」

「どんな伝説ですかあああああああああああああああああああああああああっ!!」


 煌路の荒い息づかいをのぞき、広い和室が気まずい静寂せいじゃくに支配される……が、不意にふすまが開き、


「いつまで油を売っておるのじゃ、鷹岡たかおか


 てんでありながら、どこか不安定でいらちを感じさせる声が静寂を破った。

 声の主は神社の巫女みこのような白い水干すいかんと赤いはかままとい、ヒザまで伸びる黒髪の上に黒い烏帽子えぼしをかぶっている。

 一見すると『白拍子しらびょうし』と呼ばれる平安時代のまいを思わせる姿だが、最も目立つのは顔を覆う般若はんにゃのような、しかしつのが1本だけの鬼の仮面だった。


早々そうそう出立しゅったつせねば、屯所とんしょへの出仕しゅっしを遅らせることとあいろうぞ。兵をたばねる重責を負う者が、自らりつを乱してなんとするのじゃ。はよたくをせい」

「……チッ、仕方ない。今回はのがしてやるぞエロガキどもめ。だが、どっちにしろ学校が終わったら、すぐに昨日の基地に来いよ」


 少年少女たちへげんな声で、


「お前らがすっぽかした〝アレ〟のテストは日を改めるが、デュロータがやる〝充元じゅうげんたん〟のテストに立ち会わせるからな。というか、あたしはこれから行ってその準備だ。ったく、昨日の停電の復旧も終わってないってのに……!」


 愚痴ぐちるリオが部屋を出ようとすると、ウィステリアがすがるような声で、


「あの……私たちも、来週に学院で行われる卒業式と終業式の準備が……」

ぎわだけはいいお前らだ。だんりは終わってて、残ってるのは退屈たいくつな練習ぐらいなんだろう。分かったら遅れるんじゃないぞ生徒会長に副会長、ついでに書記!」


 リオはビームのような視線をウィステリア、煌路、六音の順に浴びせると、乱暴にふすまを閉めて白拍子しらびょうしと共に部屋から立ち去った。

 しばしの沈黙のあと、生徒会役員の3人は布団にすわんで嘆息たんそくしつつ、


「……まあ、参謀閣下の要請ようせいじゃしょうがないか……練習だけなら先生たちに任せて大丈夫だろうから、僕たちは放課後、基地に行こうか………」

「僕って、あたしもか? 軍に協力もしてないマジの民間人だぞ!?」

「また僕たちから離れて、1週間の誘拐ゆうかいろく更新こうしんしたいのかい?」

「……くっ、これが三食さんしょくひるつきグータラ生活の代償だいしょう……東の本家の次期当主の愛人に課せられたいばらの道なのか……!」


 世界にかんたるミズシロ財団の内部情報には、非常に大きな価値が生まれる。

 だが、財団の中枢をめる強力なエヴォリューターから情報を奪うのは難しい。

 ならば『東の本家の次期当主』という財団の最重要人物の1人のそばながら、非力な存在である六音がねらわれるのは当然のことだった……が、


「……ま、食いもんに毒を盛られたり殺人ビリヤードで弾丸みたいな玉に襲われたり超リアルVRゲームでショック死しかけたり……犯罪者に狙われる外より、家の中の方が茨の道なんだけどな………あれ? 全然グータラできてない……?」


 世界の真理に気づいてしまう六音……だったが、


「ま、いっか。ヤバくなったら例え火の中、水の中……い~や、この世の果てまでも助けに来てくれるんだよな♪ で、一生やしなってくれダンナ様♡」

「なにそのスパイ衛星なみの超々ちょうちょううえから目線の理屈!?」

「それがお前の宿命と書いてサダメだっ!!」

「そう言う君は愛人と書いてサー・ダメ人間(英国貴族風)だよねっ!?」

「あらあら、コロちゃん。〝サー〟の称号は、男性だけに与えられるものですよ♡」


 弟たちの微笑ましいやりとりを前に、ウィステリアはニッコリしつつ立ち上がり、


「さて、そろそろ登校の用意をしましょうか。ああ、でも、その前にお風呂に入っておきましょうか。昨夜はいそがしくて入れませんでしたし、コロちゃんは目が覚めた時に、六音さんも先ほど随分ずいぶんと汗をかいていましたからね」

「「うぐ……」」


 それぞれ気まずい夢とたいを思い出して赤面する2人に、金髪少女はさらに微笑むと着替きがえを用意しようと壁際かべぎわのタンスに向かう。


「はぅぅ……そ…そういうことはぁ……わたしがやります、ウィステリアさまぁ………」

「そうですか? それではお願いしますね、あおいさん。ですけど、私にまで『さま』を付けることはありませんよ」


 あわててってきたメイド少女に、奥ゆかしく微笑むウィステリア。


「はぅぅ……で…でもぉ……ウィステリアさまは、煌路さまの奥さまになられる方だと聞きましたしぃ……他の女中じょちゅうの人たちも、『若奥様』とお呼びしてたのでぇ……ぶ…れいなことは、できないですぅ………」

「う~ん……そういう噂があることは私も知っていますけど、正式にコロちゃんの婚約者や許婚いいなずけに決められているわけではありませんからね」


 おどおど恐縮きょうしゅくするあおいに、ウィステリアは微笑に苦笑を混ぜつつ、


「何よりコロちゃんと私自身の認識では、私たちはあくまでも『姉弟』なのですよ」

「そうだよ、あおい。僕と姉さんは、小さいころから一緒に育ってきた『姉弟』なんだよ」


 タンスの前で話す少女たちのそばに、優しく微笑む煌路が両肩に子猫を乗せたまま歩み寄ってくる。


「そもそも姉さんが『若奥様』って呼ばれるのは、君の前任者のイタズラの名残なごりみたいなものだからね。僕や姉さんの〝技〟にも勝手に名前を付けたり、ヴィオや僕の父さんにまで変なアダ名を付けて遊んでいた子だから、気にすることはないよ」


 子供をあやすように言いつつ煌路はメイドから着替えを受け取り、


「それじゃあ、行こうか姉さん。昨夜ゆうべの分までしっかり髪を洗ってあげるよ。太陽みたいに綺麗な姉さんの髪が、少しでも輝きを曇らせているのは許せないからね」

「はぅぅ……髪を、洗うってぇ……い…一緒にお風呂に、入るんですかぁ……?」


 一点の曇りも迷いもない少年の笑顔にメイド少女は目をみはり、


「み…水代家の方たち用のお風呂場も、見せてもらいましたけどぉ……すごく、広かったですけどぉ……お…男湯おとこゆと、女湯おんなゆにぃ……分かれたりは、してなかったと思うんですけどぉ……はぅぅ………」 

「あ~、気にすんな新人メイド」


 になってあたふたするメイドに六音がめた声で、


「ダンナ様と若奥様は、一緒に風呂に入るなんてちっともずかしいコトじゃないんだとさ。なあ? 万水嶺ばんすいれい学院高等部の生徒会長に副会長サマ?」

「うん。それも小さいころから、ずっとしてきたことだからね」


 何が変なのかとキョトンとする煌路……だったが、不意に悪戯いたずらっぽく笑むと、


「よかったら書記も一緒に入るかい? たまにはお風呂で生徒会の親睦しんぼくを深めるのも、いいと思うんだけどな♪」

「なっ……!?」

「あれあれ、どうしたのかな? 君は僕の愛人になるんだよね? だったら一緒にお風呂に入るくらい、何でもないと思うんだけどな♪」


 赤面して絶句する六音に、普段からかわれているお礼とばかりに煌路が意地悪そうに言う……瞳は黒いままで。


「ふっふっふ。さあ、どうするのかな、おませさん♪ やっぱり16歳で愛人なんて無理だったのかな? ブレイクだったら『お背中を流してやりやがるのですよ』って嬉々ききとして一緒に入ろうとするんだけどね♪」

「む……ぐ……ぐぅぅぅ~~~~~……!」


 声のトーンを上げる煌路と、真っ赤なままくやしげにうなる六音。


「ふふ、これにりたら少しは姉さんを見習って、つつしみを心がけるようにしてよね。それじゃあ、行こうよ姉さん」


 唇を噛むだけの六音に表情をやわらげて言うと、煌路は肩に子猫を乗せたままふすまへ足を向ける。


「ふ……ふはははははははははははははははははははははははははははははっ!!」


 その時、広い和室に壊れたような哄笑こうしょうが響き、


「上等だ! お望みどーり一緒に入ってやるぞダンナ様!! お…男と風呂に入るぐらいヨユーだヨユー! なんなら背中どころか体のスミズミまで洗って……い~やめまくってやろうか〝お姉ちゃん〟みたいになあ!!」

「り…りく、ね……?」


 ブチ切れた少女に少年があとずさる。


「あおい! あたしの着替えも用意しろ! さあ、さっさと行くぞ2人とも!!」


 ふんだくるように着替えを手にした六音が、姉弟の手をり部屋を出た。

 そして高速道路のように広く長いいたりの廊下をズンズンとあるいていく。


「見せてやるぞ女の意地いじを!!」


 部屋には茫然ぼうぜんとするメイドと、マクラもとのメガネだけが残されていた………


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