第3話 目覚めは姉と愛人と共に!?

ペろ……ペろ……ペろ………


「う……んん………」


 頬をなめられる感触に、少年は布団の中で目を覚ます。

 そして横になったまま、わずかに左右に目をやると……


「姉さん……? 六音……!?」


 左からウィステリアが、右から六音が、同じ布団の中で煌路に抱きつき頬をなめていた。


「おはようございます、コロちゃん♡」

「おはよーございます、ダンナさま♡」


 密着する2つの女体を包むのは、煌路とがらが違う浴衣ゆかたのような寝間着ねまき。その胸元は大きく開き、こぼれ落ちそうになっている特大の柔肉やわにくと平均以上の柔肉が、それぞれの深い谷間に左右から1本ずつ少年の腕をはさんでいる。


「……なにしてるの、二人とも………」


 かすれる声にウィステリアは艶っぽく微笑み、


「もちろん、〝妻〟の務めを果たしているのですよ。私がコロちゃんのお嫁さんになることは、初めて逢った時から決められている運命なのですから♡」

「運命のヨメをめとったあとは、運命の愛人も養ってくれダンナさま♡」


 髪をストレートにした六音も可憐な素顔を妖艶に笑ませる。と、2つの女体が一層密着し、甘美な熱と香りと柔らかさを一段と絡みつかせてくる。


 どくん、どくん、どくん……!


 動悸どうきが激しくなって全身に熱い汗が噴き出し、目眩めまいがして頭も焼き切れそうに沸騰していく。


「ね…ねえさん……りくね……もう、やめ………」


 歯を食いしばり理性を保とうとするが、体は煮えたぎるように熱くなり、甘えるようにまとわりつく女体の熱と柔らかさを貪欲に吸収しようとしてしまう。


「うふふ、私たちの体にドキドキしてくれているんですね、コロちゃん♡」

「んっふっふ、自分が世界一の幸せ者だと思い知るがイイ♡」


 ぺろ……ペろ……ぺろ………


 妖しくなめられる頬がとろけるように熱くなり、瑞々みずみずしい柔肌になでられる体も焼けつくように火照っていき……


 どくんどくんどくんどくんどくん!!


 動悸が早鐘はやがねのように乱れ、全身が爆発寸前にうずいていき――


「う……あ……あああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 情欲ケモノが理性のおりを喰い破りみだらな獲物たちに襲いかかる!!


「姉さん!! 六音えええええええええええええええええええええええええっ!!」




 ―――まぶたを開けば、見えるのは見慣れた自室の天井。


「………あれ?」


 だだっ広い和室に敷かれた布団に、煌路は仰向あおむけで横たわっていた。


 ペろ……ペろ……ペろ………


 片や白、片やピンクの毛なみがキレイな2匹の子猫が、左右から頬をなめている。

 室内の清白な空気に染み渡るのは、障子しょうじ越しの柔らかな朝日。

 心地よいスズメのさえずりも、さわやかに耳朶じだを震わせる。


「………夢? いや、でも………」


 布団の中で汗だくの少年が茫然とつぶやく……と、


 にゃお~ん


 目を覚ました主人の頬に、子猫たちが左右から頬ずりしてきた。

 ゴロゴロのどを鳴らして人なつっこく目を細める姿は、可愛いヌイグルミのよう。


「あ…ああ……おはよう、シロ、モモ………」


 煌路は子猫たちの頭をなでると、横になっている自分の胸の上に2匹を移す。

 そしてマクラに頭を置いたまま左を見ると………


「おはようございます、コロちゃん♡」 


 ちゅっ……と、あたたかく柔らかな唇が頬に触れた。

 目覚めたばかりで桜色に染まる温和な微笑が、視界いっぱいに映る。

 左隣で寄り添うように密着し、同じ布団の中で眠っていたウィステリアだ。


「……早速、おはようのチューですか、ウィス先輩………」


 右隣からも、六音が目をこすりながら声をかけてきた。

 少女たちは夢(?)と同じ柄の浴衣のような寝間着を着ている。


「あれ……? やっぱり、夢……? それとも……あれ……?」

「どーした煌路? また変な夢でも見たのか?」


 寝そべる煌路が頭をひねる横で、六音がアクビと伸びをしつつ上体を起こす。

 つややかな黒髪がサラサラと背中に流れ、そこはかとなくなまめかしい。 


「夢……やっぱり、そうなのかな………」


 納得しきれない様子で、煌路も布団の上で身を起こした。

 子猫たちが主人の胸から左右の肩に駆け上がる。


「僕と姉さんと君の、3人で一緒に寝ていた夢なんだけど……」


 あらためて周りを見れば、やはり住み慣れた家の見慣れた自室。


「……最後に、すごいことがあったような気がするんだけど……思い出せない……」


 その一間ひとまの和室は1人で使うに広過ぎるが、従姉ウィステリア居候りくね生活の大半を過ごすため過不足なく感じる。

 そんな部屋の四方の壁のうち、庭に接する南の面には障子が、廊下に接する北の面にはふすまが並び、残る面には多くの棚が置かれている。


「ハッ、すごい夢でも見たのか? ここんトコ毎晩見てたアニメみたいな♪」


 壁の一角には500インチを超える大型テレビが埋め込まれ、その周りの棚にはアニメや特撮番組の映像ソフト、それにマンガがぎっしり詰め込まれていた。

 煌路の曽祖父母のコレクションだったそれらは、棚からあふれ床に積み上げられている物も多数ある。


「僕が見ていたと言うより、僕の財団の仕事を手伝いながら君が勝手に流していたアニメだよね秘書見習い?」


 さらに床に散乱する経営学や経済学の専門書、それに表紙に『極秘』や『社外秘』とあるファイルの数々は、煌路の将来の秘書たる六音が煌路の祖母から家賃代わりの〝課題〟として読むよう渡された物である。


「ん? 次期当主サマはアニメよりアナログな遊びがお好みか♪」


 棚によっては軍人将棋や一生ゲームなどの遊具を始め、ウィステリアの趣味である編み物に使う道具や毛糸、それに六音の私物の本や映画の映像ソフトも大量に収められている。


「それとも思春期のダンナ様は、アダルトな〝おたわむれ〟をお望みか♪」


 加えてタンスやクローゼットには少女たちの着替えが収められ、部屋が3人共有の生活空間と化している証になっていた。


「てか最近夢見が悪いってボヤいてっけど、3人で寝るなんていつものコトだろ♪」


 その部屋がある屋敷に昨夜の誘拐事件のあと、少年たちは巨大輸送機(に変形したプロテクス)に強制送還されたのである。


「そうなんだけど……昨夜、家に帰ってからの記憶が曖昧あいまいで……」


 その屋敷こそは〝水代邸みずしろてい〟、北海道の中央にある北海道全土の三割にも及ぶ〝ミズシロ財団〟の私有地の中心に建てられた、巨大な日本建築の平屋である。


「どこまでが夢で、どこまでが現実だったのか……でも……ちゃんと寝間着に着替えているし……布団の中で寝ていたし……」


 八角形の巨大な平屋は、巨大な10枚の八角形の壁に同心円状に囲まれ、そのダムのような壁と壁の間も1つ1つが大規模な居住区になっている。


「それとも、着替えこれは……ラシェルさんや女中じょちゅうさんたちが、してくれたのかな……」


 中心の平屋に住むのは、水代家の人間とその客分、そして厳選された使用人たち。

 平屋を囲む壁に区切られた区画には、中心に近い区画ほど重要な役職を持つ財団の職員が住居と職場を構えている。


「ハハッ、水仙ばあちゃんが……最高顧問がしてくれたのかもしんないぞ♪」


 その形から八角形オクタゴンとも呼ばれる巨大にして壮大な施設こそは、世界の経済と軍事を制覇するミズシロ財団の本拠地の1つだった。


「……その最高顧問に、昨夜はたっぷりお仕置きされたんだけどね……うぅ……思い出したら、また体が痛くなってきたよ……」


 その本拠地兼自宅に夜遅く帰った姉弟は、財団の捜査員と財団の最高顧問の祖母に誘拐事件の説明をしたのだが……


「確かに、軍のテストを中止にさせたのは悪かったんだけどさ……」


 説明のあと、祖母は屋敷にある道場で自分との格闘術の稽古けいこを姉弟に課した……歴然の実力差で、姉弟が一方的に投げ飛ばされる『おしおき』という名の稽古を。


「ちゃんと理由があったんだから、少しは手加減してくれてもいいのにね……でも、悪いことはしたけど、間違ったことはしなかったって認めてくれたんだよね……」


 水代家伝来の日本舞踊に似た格闘術で、散々孫たちを(宙に)舞わせた祖母だったが最後にはこう言ってくれた……


『ふむ、人の信頼に背くことは許されませんが、大切な人の信頼に背くことは、ゆめゆめ許されません』


 その言葉を思い出し、ほのかな誇らしさに口元を緩める煌路……だったが、


「なにニヤニヤしてんだ? 気色ワリーぞ次期当主」

「……君はいいよね、六音」


 一転、恨みがましい目つきになり、


「僕と姉さんが〝おしおき〟されていた間、それを道場のすみで見ていただけだったんだから……君が……!」 

「バカ言え、お前とウィス先輩が『翼よあれがパリのだ!』って道場の空をビュンビュン無着陸飛行してた三時間、あたしだってず~~~っと正座させられてたろ」


 並んで布団に座る六音も顔をしかめ、


「あれって立派な拷問だからな。変な汗ダラダラ流して、『パリの灯』じゃなくて『走馬灯』が見えちゃったぞ」

「ちょっと足がしびれただけだよね? 僕としては学院の〝拷問研究会〟から道具を借りてきて『石抱きの刑』……までは行かなくても、うちの女中さんの洗濯板を借りてきて、その上に正座くらいはしてほしかったんだけどな」


 ぶつかる視線が火花を散らし、


「ざけんなコラ。洗濯板に正座って大昔の中華のマジの拷問だろーが。ナチュラルに発想がエラーなんだよ、ナチュラルボーンエラーズめ」

「大丈夫だよ。その〝おしおき〟を毎日のようにさせられていたブレイクは、血行が良くなるって笑っていたからね。しかも夜には元気に僕の部屋に忍び込もうとして、それを火焚凪かたなに見つかっては、家中で飛んだり跳ねたりの鬼ごっこをしていたし」


 火花は徐々に勢いを増し、


「あんなド淫乱の〝必殺使用人〟どもと一緒にすんなや……ま、一番ヤバいのはそんな〝秘密のご奉仕ザ・シークレットサービス〟の淫乱メイドや〝錆びた絶対忠義ラストサムライ〟のムッツリ淫乱護衛にまで種付けしようとする、ナチュラルボーンエロースだけどな」

「何を言っているのか分からないな。そんな如何いかがわしいことを、僕が大切な友達にするわけがないじゃないか……


 ぶつかり合う火花が爆発寸前までヒートアップする……が、


「はぁ……もう、いいよ……というか六音、口元にヨダレがついているよ」


 不毛な対立に気疲れした煌路は、再度うつむき深々ため息。片や六音は『うっさい』と赤面して手の甲で口元をぬぐうと、メガネと一緒にマクラもとに置いてあったリモコンをふんだくり乱暴にテレビを点けた。


《おはようございます。2583年12月19日の金曜日、午前7時のニュースです》


 500インチを超える大画面の中で、若い女子アナがニッコリ。


《最初のニュースです。今日、ヌサンタラの世界政府臨時政庁で、異星難民の問題を話し合う会議が開かれます。この会議ではミズシロ財団の東の本家当主、水代閃みずしろせん氏がスピーチを行う予定で――》


「およ? 煌路、『今日の親父さんのコーナー』だぞ♪」

「本当だ。今日はインドネシアか。昨日はアラスカにいたのに随分飛んだね……でも、異星難民問題の会議か………」


 昨日の三つ目の異星人を思い出し、


「あの誘拐犯も異星難民だったのかな……でも、〝マスカレイド〟なんて名乗っていた以上、放ってはおけないからね……!」

「あくまで名乗ってただけどな。〝マスカレイド〟のクセに〝逮夜たいや曙光しょこう〟の犯人を恨んでるとか、矛盾しまくりだろ♪」


 口元はニヤけつつ目元を鋭くして、


「なんせ〝マスカレイド〟って言やあ、〝逮夜の曙光〟の黒幕って見られてるテロリストだかんな。パニックを避けるためだって、政府はホントのコトを発表しないで『犯人は死んだ』なんて言ってたから、一般には知られてないけどな♪」


 ちらりとウィステリアを見つつ茶化すように、


「ま、ミズシロ財団の情報力でも未だに正体が分かんないのは、さすが最上級の指名手配、『重要災害指定』を喰らったテロリストってトコか。てか宇宙人で純人教団でテロリストとかキャラ盛り過ぎだろ♪」


 六音の軽口に、煌路は引きしめていた目を緩め苦笑して、


「確かに、世界中のキナくさい地域で暗躍する正体不明のテロリストにしては、昨日の〝マスカレイド〟はあっさり姿を見せた上に、らしくない失態を重ねていたよね……」


 苦笑の奥にかすかな陰りが感じられた。ウィステリアも布団の上で身を起こしつつ同様の笑みを浮かべている……と、六音はあえて冷やかすように、


「ま、犯罪者も有名になれば、目立ちたいバカが『模倣犯もほうはん』なんてのになったりするからな。あれが最後の〝マスカレイド〟だとは思えない。いつか第二、第三の〝マスカレイド〟が……ってな♪」

「迷惑な話だね……でも、昨日の〝マスカレイド〟はともかく、葛葉くずはの話だと〝純人教団〟に関係した第二、第三のテロリストが日本に潜入した可能性があるそうだよ」


 警戒感のにじむ声。


「今も調べてもらっているけど、ちょっと……いや、かなり気になるよね………」

「ハッ、お前が気になんのはテロリストよりも、『主のためなら主もたばかる』って〝クズ参謀〟がナニ企んでるかじゃないのか?」


 おどけながらも視線を鋭くした六音に、煌路は淡く微笑んで肩をすくめるとテレビへ目を戻し、


「ともあれ、本当に異星難民の中からテロリストが出たとなると、また彼らへの風あたりが強くなるかもしれないね」


 湯飲みを受け取り、お茶をすすりつつ、


「彼らは着のみ着のままで地球に来て、生活も苦しいっていうから、中には思いあまって犯罪に走ってしまう人も……」

「はい。本来なら、そういった人たちにも援助をするべきなのでしょうけど……」


 ウィステリアが髪をかき上げ、寝間着の乱れを直しながら言った。

 布団の上で優雅に横座りする少女は何気ない仕草にも匂い立つ〝つや〟を感じさせ、そのしとやかな艶姿あですがたで見る者を魅了する。


(うわぁ……やっぱヤバイわ……)


 視線を吸い寄せられた六音が、ごくり……とのどを鳴らした。

 神がかった美貌は慈愛あふれる上品な輝きを放ち、歳にそぐわぬ豊満な肢体は近寄りがたい高貴な色香に満ちている。

 寝間着から伸びるガラス細工のごとき手足も、透き通るような白い肌をほんのり桜色に染めて瑞々みずみずしい精彩を放っていた。


(女のあたしでも……マジで、ドキドキする……)


 規格外の双丘は寝間着の胸元をはち切れんばかりに盛り上げ、えり合わせの隙間から深すぎる谷間を見せつつ大らかな母性を振りまいている。

 白金色の髪もウェディングベールのごとく布団の上に広がり、障子越しの柔らかな朝日に照らされ光のツブをまぶしたようにキラキラときらめいていた。


(でも……上品過ぎて、逆にエロい気持ちにはならないんだよな……)


 崇高すうこうな神話の一幕と見まごうような、壮麗で神秘的な光景に魅入られつつ、


(こーゆーのを、〝傾国けいこくの美女〟って言うんだろうな………)


 事実、『ミズシロ財団』という世界一安全な環境に〝保護〟されていなければ、世界の有力者たちが彼女をめぐり、世界を巻き込む血みどろの争奪戦をしていたとも言われる。


(実際、あんな事件もあったわけだし……)


 数ヶ月前、とある政財界のパーティーでのこと。

 ある大企業の御曹司がウィステリアに言い寄った上、煌路を殴ろうとした。

 結果、御曹司は煌路の護衛に〝おしおき〟され、その大企業は現在、会社更生法の適用を申請中だとか。 


(国までは行かなくても、世界的な大企業が潰れちゃったんだよな………)


 その〝美女げんいん〟は今、陰る美貌にさえ〝艶〟を漂わせつつ……


「地球政府は現在、太陽系ドミネイドの侵攻で発生した地球人の難民の対応に手いっぱいで、宇宙からの難民は受け入れない方針を取っていますからね……」


 濡れた紅玉ルビーを思わせる唇が物憂ものうげに動く。


「そのため、各地に不法に住みついた異星難民が付近の住民とトラブルを起こして、それが世界的な問題になっているんですよね………」

「ああ、あたしも聞いたことありますよ。日本でも関東や関西に住みついた異星難民が、その土地の所有権を主張してる日系人たちとモメてるって」


 六音が差し出された饅頭まんじゅうを受け取りかじりつきながら言うと、ウィステリアも受け取った湯飲みを傾け苦笑しつつ、


「その件については、他の問題も絡んでいるんですよ……二十三世紀の世界統一直前、当時、他の国に占領されていた北海道と沖縄を除く日本全域が、核兵器の被害を受けたのはご存じですよね……」


 悲しげにまなじりを下げつつ、


「それ以来、被害を受けた地域は強い放射能の影響で、人が住めなくなっていたんです。もっとも、今世紀に入るとプロテクスから提供された技術により、放射能は全て除去されたんですけど……」


 再び湯飲みを傾け舌を湿らせ、


「20世紀の世界戦争以来、核兵器に汚染された危険な地域……そんな悪いイメージが日本に定着してしまっていたので、北海道と沖縄以外には放射能が除去されたあとも住む人がいなかったんですよ………」


 熱いお茶で温められたせいか、金髪少女の溜め息は白くなっていた。


「そうなんだよね。でも宇宙からの難民が本州に住み始めて、住んでも大丈夫だと思った日系人が土地の所有権を主張し始めた……そのことでも、葛葉が頭を悩ませていたよ」


 煌路も白い溜め息をつきながら言った。


「はい。ただ所有権を主張する人たちの中には日系人も多いそうで、そのことがさらに問題を難しくしているようですね………」

「なるほど……でもウィス先輩、昨日の誘拐犯ってそんな問題とは関係なしに最後の方、様子が変になってなかったですか?」


 マジメにウィステリアに応える六音――だったが、


「そうそう、変なクスリでもやってるみたいにブルブル震えたと思ったら……、悪い夢から覚めたみたいにハッとしてたよなあ♪」


 最後はニヤニヤしながら煌路を見て、


「なあ? いつも通りあたしやウィス先輩と寝てる夢を見ただけで、なんで汗びっしょりになってたんだ? そこんトコ、詳しく教えていただけませんかねダンナ様♪」


『うっ』と声をつまらせる煌路に、六音はいやらしく目を細め、


「もしかしてアレか? 『ム街の悪夢』に迷い込んじゃったのか? エロ本も持ってないスジガネ入りの草食系が、ついに野生の本能……い~や〝煩悩ぼんのう〟に目覚めちゃったのかぁ?」


 獲物を見つけたヘビのように舌なめずり。


「そーかそーか、美少女2人の毎日の添い寝にも無反応だった、ドライフラワーみたいに枯れ果てた草食系がなぁ♪ キャー、乙女の貞操の危機ですよウィス先輩!! ほれほれ、どうなんだ万年ドライフラワー男子め♪」

「そ…それは……というか変な本を持っていないって何を根拠に!?」


 うろたえる煌路に、六音の瞳が嗜虐的しぎゃくてきな光を放ち、


「そりゃあ愛するダンナ様がお留守の間に、愛人として本棚の裏からタンスの引き出しの奥まで、お部屋を〝お掃除〟して差し上げてるからでございますよ? おおう、あたしってば内助の功も素晴らしい、なんと気の利くイイ女♪」

「ブレイクも同じことをしていたよ!! 小さな親切、大きなお世話! 君たちにはプライバシーとか個人情報の保護って概念はないのかい!?」

「気に食わないなら、お前もやり返せばいーだろ♪」


 一層ニヤニヤしつつ四つんばいになり、布団に座る少年に覆いかぶさって、


「この部屋には、あたしやウィス先輩のタンスだってあるんだぞ? エロ本なんかより、よっぽどステキな〝お宝〟が……この世の全ての夢と希望と煩悩が詰め込まれた、最強の〝宝箱〟みたいなタンスがなあ♪」


 少年に覆いかぶさる少女が、獲物を狙うヘビのようにジリジリにじり寄ってくる。対して少年は座ったまま布団の上をジリジリあとずさり、ヘビににらまれたカエルのように脂汗あぶらあせを浮かべつつ――


 ドクンドクンドクン……!


 鼓動を速めると共に、夢で見た少女たちの姿を脳裏に浮かべる。

 上気した色っぽい表情と、熱く湿った吐息。

 うねるように頬をなめる舌の、ねっとりした感触。

 寝間着の胸元からのぞく、ボリュームに満ちた柔肉とその谷間。

 まさぐるように全身に絡みつく女体の、蠱惑的こわくてきな熱と香りと柔らかさ………


「ま、ドライフラワー男子にそんな度胸があればの話だけどな。干からびた花じゃ、タンスの奥のヒミツの花園に根を張るなんてデキっこないか♪」


 ご満悦まんえつの少女が、四つんばいのまま妖艶に舌なめずり。

 その胸元では寝間着の合わせが緩み、しっとり汗ばんだ柔肌と、ボリュームたっぷりに垂れ下がる平均以上の双丘が見える。

 ブルンッと弾んで下に行くほどふくらみ、ピンクの〝種〟をギリギリ寝間着で隠す双丘は、熟した甘みと芳香ほうこうをあふれさせる特大の洋ナシのよう。


 ドクン!!


 少年の鼓動が跳ね上がる。

 扇情的な〝友達〟からかおる、背徳的な色気にあおられて……直後、


 カチリ……!


 少年の中で、長い間ずれていた歯車が噛み合うような感覚があり……


「……そうだね。やり返すわけじゃないけど、イタズラをした子には〝おしおき〟が必要だよね………」

「煌路……? ひゃわっ!?」


 少年が少女の腰に手を回し、その身を布団に座る自分へ密着させた。


「知っているかい? 宇宙の食虫植物の中には、カラカラに干からびてもエサを食べれば復活する種類もあるんだってさ………」


 傲然ごうぜんとしつつも自然体な余裕に満ちる次期当主。


「い…いや~、ハエトリグサとかウツボカズラとかトリフィオフィルム・ペルタトゥムとかなら一般教養として知ってっけど……さすがのあたしも、宇宙の食虫植物までは知らないな………」


 抱き寄せられた少女が、密着する引きしまった肉体に緊張しつつ鳥肌を立て……


「……ってか、目が怖いってか色が変だぞダンナ様!? 金色……いや、真っ赤になってる!?」


 黒から金色になった瞳は、みるみる色を濃くして鮮血のような真紅に成り果てた。


「自分から寄ってきたエサなら、食べられても文句は無いよね……♪」

「……!?」


 耳に流れ込むのは、本能的な恐怖と魅惑で人をとりこにする、生来の支配者の声。

 目に飛び込むのは、本能ごと畏怖いふと崇拝で人を征服する、生来の支配者の瞳。

 魂を籠絡ろうらくするような甘い声と、魂を束縛そくばくするような真紅の瞳に惹き込まれ、今度は少女が体を熱くして胸の鼓動を速める。


「こ…こう、じ………」


 ゴクリと生ツバをのみつつ、火照る肌に玉の汗を浮かべる少女は対面座位のように密着する少年から離れようと半分無意識に身をよじる。が、腰に回された腕は肢体を逃さず、頬を染める少女はもだえるように少年の上で腰をモゾモゾさせるのみ。


「や……い…いい加減にしろ、こぉじ……!」


 間近に迫る真紅の瞳から、震える柔肌を喰い破るように獰猛どうもうで、おびえる魂を喰い尽くすように貪欲な光が浴びせられる。


「ふふ……可愛いよ、六音……子ウサギみたいに震えちゃって……いつもそうしていれば、秘書と言わず愛人にしてあげてもいいのにね……♪」

「ふ…ふざけんな……メスしか喰わない、ハリグサが――あふぅ!?」


 少年の腕に力が入り、さらなる密着を強いられた少女が甘く切ない悲鳴を吐いた。

 寝間着越しながら少年と交わる全身の肌が、焼けつくように熱い。

 体の芯と下腹部も、全身をかき回すようにキュンキュンうずく。


「ふぁぁ……こ…こぉじぃ………」


 やがて少女は、プライドまで溶けたように涙ぐみ、魂まで屈したように脱力する。

 そして熱く切なげな息をもらす唇を、少年のそれとゆっくり重ねる―――寸前、


 にゃお~ん


 少年の両肩で子猫たちが鳴き、我に返った2人は互いに飛びのき身を離す。


「そうですね。確かにあの誘拐犯は、様子がおかしくなっていました」


 真っ赤な顔の年少者たちへウィステリアが淡く苦笑しつつ、


「それに……自分が地球人だと思い込んでいたりと、記憶まで書き換えられていた節がありましたからね……おそらくは強力な催眠術などによって、操られていたのではないでしょうか………」


 苦笑の奥に、深い陰りが見えた気がした……が、未だ胸の高鳴る六音は気づかず、


「さ…さ…催眠術、ですか……そ…そーいや、うちの学校にも……そんな部活が、ありましたっけ………」


 上ずった声で答えると、胸の内を隠そうとするように、


「こ…煌路は、どう思う?」

「……え? うん、そうだね………」


 話をふられた少年は、の黒い瞳と温和な声で言う。かすかな火照りを頬に残しつつ、二度寝の夢から覚めたように首をかしげながら……その時、


《次のニュースです。世界的に高名な放浪の画家、御条ごじょう五楼ごろう氏の個展が南ブラジル州の州立美術館で今日から開催されます》


「……あ。ほら六音、今日は君のところの『今日の親父さんのコーナー』もやっているよ」

「……あのクソ親父、まだ生きてやがったか……!」


 六音が差し出された2つめの饅頭を握り、切なげな余韻よいんもろとも噛み砕く。


「……君も変わらないよね」

「うっさい。こちとら高校に入るまで世界中つれ回されて、しょっちゅう死にかけてたんだぞ。大体お前だって人のコト言えんのか? 自分の親が毎日ナニしてるかニュースでしか分かんないんだろ。後に直接会ったのって、いつだ?」


 今や世界政府の力さえ凌駕りょうがし、世界の経済と軍事を支配するミズシロ財団。

 その頂点の1人である煌路の父は、常に世界を飛び回り滅多に帰宅しない。

 だが政府の大統領以上に注目されるその身は、常に一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくが報道される。

 結果、六音いわくの『今日の親父さんのコーナー』により息子は、父と父に連れ添っている母の動向を報道でいつも知ることになっていた。


「え~と……最後に、父さんと母さんに直接会ったのって……」


 煌路はおかわりの入った湯飲みを受け取り、バツが悪そうに首をかしげつつ、


「確か……5年くらい前だっけ……?」

「4年前にお会いしていますよ、コロちゃん。4年前の新年会を兼ねたコロちゃんのお誕生日パーティーの時に、おじさまもおばさまも、お帰りになっていましたから」


 ウィステリアが助け船を出すが、


「ほら見ろ。たった1年会ってないあたしより、よっぽど酷いだろーが。そーなると両親共働きの家庭内ぼっちホームアローンめ、さぞや〝孤独〟という名の冷えきったフルコースを毎日さびしく味わってたんだろう♪」

「そんな虚しい名前の食事をした覚えはないよ。〝姉さん〟という名の太陽が、あふれんばかりのぬくもりで僕と食卓をいつも包んでくれていたからね♪」


 誇らしげに胸を張る弟。


「……なるほどな。ぬくもりに包まれた食卓で、ウィス先輩特製の製品を貪り喰ってたワケか」


 六音が口元は笑ったまま目元を引きつらせ、


「理性まで飲みくだす『しぼりたてホカホカミルク』から、倫理観まで噛み砕く『とろふわバケツプリン』まで、男を惑わす甘~いミルクたっぷりの製品のフルコースを暴飲ボイン暴食してたんだな。甘党は甘党でも、お姉ちゃんに甘えたい党ってか?」

「君ってせっかくの頭の良さを、間違った方向に使っているよね……」

「その前に、どうして乳製品だけなのでしょう?」


 眉をひそめる弟の横で姉が首をかしげる。と、特大の豊乳ボインがバケツプリンのようにブルルンッと揺れた。


「そもそも姉さんがご飯を作ってくれることが、ほとんど無いんだけどね。ワサビ梅干しとかヨーグルト味噌汁とか、ひいおばあちゃんから伝わる水代家の家庭料理を姉さんも教わっているんだけど」

「はい。私も作りたいとは思うのですけど、厨房ちゅうぼう当番とうばんになられた女中の方たちのお仕事に割り込むわけにはいきませんからね」


 慈母のように微笑むウィステリアに、六音は興覚めしたような声で、


「あ~、フランセスがよく言ってる『ノブリス・オブリージュ』ってヤツですか? 下々しもじもの者に仕事を与えるのも、高貴な人間の義務ってワケですか?」

「そんな大げさなことではなく、皆さんのお仕事の邪魔をしないようにしているだけですよ」


 やや困惑気味に微笑むウィステリア……だったが、


「ですから、私がお料理をするのは……コロちゃんのお誕生日などに、ちょっとしたお菓子を作るくらいでしょうか♪」


 一転、喜悦に瞳を輝かせ、


「他には初等部の頃、夏休みや冬休みにコロちゃんと海や山に行った時に、一緒にお料理を作ったこともありましたね♪」

「うん、楽しかったよね姉さん♪ マンモスの丸焼きとか………ん?」


 食の話題に絡んで〝あること〟に気づく煌路。

 自分たち3人は先ほどから、お茶や菓子を差し出され受け取っていたが……


(……一体、誰から?)


 ついさっき起きたばかりの3人以外、部屋には誰もいないはず。

 そう思い注意深く室内を見回すと………


「!?」


 煌路とウィステリアが六音を背にする位置に跳び、布団の上に片ヒザをつき身構える。六音は煌路の背にしがみつき、息をのみつつ一瞬前まで煌路がいた位置……の後に正座している1人の少女を見つめていた。


「誰だい、君は……いつから、そこに……!?」


 煌路が硬い声を向けたのは、歳は10代なかばの小柄こがらな少女。

 紫水晶のような深い紫色の髪を、ツインテールにして腰まで垂らしている。

 一方、幼さを残す愛らしい面差おもざしとはかなげに揺れる黒真珠のような大きな瞳は、どこか陰のあるアンティークドールを思い起こさせた……しかし、


(僕や姉さんでも気づけないほど気配を消していた……!?)


 煌路が全身に緊張を走らせる……が、


「はぅぅ……は…はじめまして、煌路さまぁ……今日から、住み込みで働かせていただくぅ……か…上京かみぎょうあおいと、言いますぅ……歳は、15歳ですぅ………」


 布団わきに正座する少女が、おどおどしつつ三つ指ついて頭を下げた。


「……え? 働くって……え……?」


 事態をのみ込めず戸惑う煌路が、とりあえず少女の服装に目をやる。

 黒いパフスリーブのブラウスと黒いミニスカートの上につけるのは、胸からスカートのすそまでを覆う白いエプロン。

 頭のヘッドドレスとスカートのすそ近くまで届くニーソックスも白く、それらの着衣の全てが白いフリルで飾り立てられている。

 

「メ…メイド服……? あ……働くって、うちで女中さんをしてくれるってこと?」


 煌路がウィステリアと共に構えを解き、一緒に布団に腰を下ろす。


「でも、うちの女中さんはみんな和服で、そんな格好の人はしばらくいなかったのに……今さらラシェルさんが、そんな格好を許してくれたとも思えないんだけど………」


〝水代家七不思議〟の1つに数えられる神出鬼没の女中頭じょちゅうがしら、その一分いちぶの隙もない和服姿を思い浮かべつつ煌路が頭をひねった時……


「あたしの指示に決まってるだろうっ!!」


 突然ふすまがバァンッと開き、1人の女が部屋の入り口に現れた………

 



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