第19話
長身に猫背は目立ち、唯一肌を見せる桃色の小顔も暗い衣類に浮き出て目立ち、いつからか青みを帯びた毛髪も目立つ。輝きを放つモザイク模様の紅眼は、なによりも人の目を惹きつける。奇異な風貌に、空飛ぶ両手、さらに手品のようなピアノ演奏に尾ひれがつき、全校生徒にその名を知られる常盤だが、真面に話しかけられることはほとんどない。
(ハアァ、ナンダカナァ……)腐敗したバナナの写真を手に持つ男子生徒二人を追い越す。
常盤は渋面を幾度も変えながら──耳元マデ口ノ裂ケタ聴衆ハ、ぴあのニ向カッテ座ル常盤ニ目ヲクレズ、ふぉるてぴあのノ鍵盤上ヲ踊ル飛手ニ喝采ヲ送ル──、凹凸レンズに組み込まれた携帯電話を操作して、学校から出たことをサバラに報告した。
(チャント聴イテイルノカナ?)袖に隠れる飛手が無意識に指を立てた。
頂点が高く底面の広い八角錐の中央駅は、側面ごとに異なった装飾に施され、一つは結晶模様、一つは渦巻模様、一つは万華模様、一つは細胞模様、一つは林立模様、一つは魚鱗模様、一つは八手模様、一つは弾丸模様、それぞれの壁面の二階部分に高架線路がつながる。鳥瞰すると路線が放射に伸びており、蜘蛛に見えないことはないが、先の見えない触手がうねり、街に張り付く姿はむしろ蛸に似ている。
駅を基点に多様な姿形は交差する。学校の制服ばかりの流れは何時の間に濁り、各階層の人々が入り混じって厚みを増し、働きの異なった粒は固まって駅に流れ込む。その駅の規則なのか、それともしきたりなのか、建物内に入ると人々の話し声は止み、切れることのない大群の足音をリズムに、予告や接近を伝える自動放送が方々から響く。話す場合はひそひそ話、上下の音に飲み込まれてあってないようなもの。ある種の礼拝に通じる暗黙の光景だ。
眼前の後れ毛を見ながら常盤は階段を上る。かっかっかっ(ヤッパリ最近ノ演奏ハ派手ニ見セスギ……)、小作りな女の襟ぐりは萎れていて、黄ばんだ雲脂が細かに散っている。
「三時五十七分到着、三時五十七分到着、鈍行、鈍行、ツウェッペン方面、ツウェッペン方面、七番ホーム、七番ホーム……」
(モット音色ニ注意スルベキナ……)鼈甲の笄を斜めに、女の頭部は左へ曲る。
「三時五十八分到着、三時五十八分到着、急行、急行、ドォヴィルゥ方面、ドォヴィルゥ方面、九番ホーム、九番ホーム……」
鳥打帽を深く被る後ろ髪の長い女について並び(ダイタイ、姉サンハ……)、旧型の筒状カプセルを大きくしただけの電車が停まるのを待つ。右手には辺りを見回してばかりの作業服姿の男が立ち、左手には両手を伸ばして獣の欠伸をする胸の大きな中年女性が伸び、後ろから酢漬けの玉葱臭さが漂う。
前部を白に、後部を赤に染めた筒状車両は停まり、人々は遠慮なく入れ替わる。手の甲が擦れ、肩がぶつかり、脹脛につま先が突き刺さるのも構いない。学帽を被る子供がぐずぐずしていると、怒り肩の中年男性が丸めた新聞紙で叩き抜く。ずれて落ちた学帽は数秒後には型崩れ、元に戻ることは決してない。子供は泣きそうに顔を歪めて、人々に流されるのみだ。
(デモ、下手ナ手品ハヒドイヨ……)常盤は十七両目の後方に乗り込み、混雑した中で一層背を丸めて、手すりの下部を掴んだ。背負うリュックサックは教科書に膨らんで角張り、肉厚に押し込まれてドアにへばり付く貧相な女学生の背中にめり込む。面輪の整ったにきび面をしかめ(超イテエンダケドォ、マジナンナノォ、死ネヨ……)、体をずらそうとするも(チョットォォ、ドケロヨォォ)、硬い圧迫からは逃れられない。
天井に備え付けられたシーリングファンは緩めたり早めたり、環刀を模した五枚の羽は不安定に旋回して空気をかき混ぜる。空いた天井スペースからは肉眼では見てとれない糸が何本も垂れ、般若の面をつけた赤毛の猿人形をぶら下げていた。車両の揺れに合わせているようで、また機械に動かされているように、意図の見えない半端な動きをしている。たまに気怠く頭を掻きもする。
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