第18話
昼の弁当時間。
「一曲目は、しなやかな音の運びの中に冷えた熱情を秘めていて、抑制されたなかに冷徹で鋭利な刃を閃かし、しめやかに見せかけながら、その裏では鋭く突刺す瞬間をまちかまえているようで、また砥石に叩きつけて折ってしまいたい衝動も見え隠れするのに、思わず抱きしめたくなるようにしなだれかかってくるから、怪しく艶かしく、ついつい誘われて歩み寄ろうとすると、ぐさっ! 悲しげに泣いていると思えば、首を振って土を蹴り、裾をはらはら後姿をぼかしていく、そんな一曲目の印象だったね、うん、悪くないんだけど、なんだかひねこびたようにも思えるからね、中学三年生の演奏にしては、人生知らないくせに変にとんがっているように思えてね、ああ、ああ、ぼくの主観的な感想だからあまり気にしないでよ、ぼくだってまだ中学三年生なんだからねえ、まあ、大人も混じっているけど、同級生にはちょっと伝わりづらい選曲と解釈じゃないかな? まあぼくは嫌いじゃないけどね、お笑い番組ばかり見ている連中には、ちょっと陰鬱に思えたり、でっ、二曲目は、豪勢だね、豪華だね、扇を仰いでマダムは大喜びだね、きらきらてかてか、ポマードべっとり髪の毛かちんかちん、シャンパンの雫を飛ばしてワイングラスはとんぼ返りしていたよ、あれは気取った女性には大うけじゃない? ぼくもあんな曲調が好きさ、優雅な気持ちになれるからね、時には雄々しく雄大に、ダンスフロアの中心に陣取って、見詰め合いながらくるくるくるってね、ああ思い出しても良いよ、手も上下左右に華やかに飛び違うしね、あれは見ものだったよ、満面の笑みを浮かべて上方を見やり、顔を小刻みに動かして大喜びさ、大きな輪を描いて腕を振って、愉悦に浸って天使が降臨するような、ああ、どっかいっちゃいそうだよぉぉ、ああ、いい、いい、とにかく二曲目は素晴らしかったよ、でっ、三曲目は、だだっぴろい草原をまわりに、舗装されていない黄土の一本道を延々と馬車が走っていてさぁ、レースのお嬢さんが窓枠に手をかけて遠くを見つめ、『おじさま、素敵な場所ね』ってな具合で、桃色蝶々がふぅわふわ、天道虫がのこのこのこ、青空一杯にそよ風吹いて、麦藁帽子は心地良く飛んでいくんだけど、『そうかい? 殺戮するにはうってつけかね? ぎゃはは!』なんて調子で、漆黒の糞爺が臭い吐息を臓腑から漏らして大笑い! そんな裏切りかただったよ、展開は悪くないんだけど、歪すぎるね、極端だよ、あれは聴いている人に不快な気持ちを起こすよ? だってさ、容姿端麗な青年がいます、性格も素晴らしいです、立派な人です、でも裸になってみれば、毛虫の湧き出る胸毛をしています! 股間までびっしりです! それもゴキブリの節足も混ざっています! ああっ! そんなフェチを好む人は稀だよ、稀、大抵の人が残念と同時に憎たらしさを覚えるよ、『あぁあ、だいなしだぁ』これが正直な感想、ちょっと冒険しすぎたね、いいんだけ……」
「なに言ってんだかちっともわかんないや、まったく昼飯がまずくなるよなぁ、常盤、おれも二曲目が良かったよ、なんかびっくり箱のようでさ、下手な手品を見るよりも……」
「へ、下手な手品、そっ、そうだよね……」兎の卵焼きに視線を落し、頬をだらしなく緩ませる。
その日の放課後、日暮どきにポグスワフの稽古があるので、ブービートラップ同好会に顔は出さず、常盤は一人早々と校門を後にした。
学校指定の伽羅色のスラックスとスカートに、各々自由に選んだ原色のボタンダウンシャツを着こなして、半袖から腕を伸ばし、生徒達は中央駅へ向かって流れる。その群れの中に常盤ただ一人がアラベスク模様の長袖を着て、袖口の目立って膨らんだ両手をポケットに、墓石に似たリュックサックに潰れてか、それとも内気な性格のせいか、窮屈そうに背を丸く刻み足に歩く。
(ハアァ、手品カァ……) 囂しく歩く女生徒四人を追い越す。
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