第14話
週に二度の稽古の為、常盤とサバラは街へ出る。
村の外れを通る幹線道路は一段高く舗装され、黒いアスファルトと灰色に遮る壁が物々しく、色彩豊かな村の風景にのっぺりと人工線を示す。二人は道路脇の湾曲した壁の下に手をつないで立ち、ウイング付四トントラックの荷台を改造した乗合を待って閑談を散らす。
「ストルヅといったらひどくてねえ、えりあしともみあげばかり伸ばしちゃって、それでいて、真面目な顔つきで『みなさんの中で、この意見に賛成する人はいませんか?』なんて言うから、もう大笑いよ、大笑い、ふふふ、あれわざとよ、絶対わざと、あいつ天然の確信犯だから、やることがいちいち……」
「サバ姉ちゃん、手上げて賛成しなかったの? ぼくなら賛成して、肘を曲げずにぴんと手をあげるよ、それからそのまま、その、えりあしもみあげに手を向けて、そういえば、林田ももみあげが長いよ、それもカールしているんだよ、他の髪の毛はまっすぐに生えているのに、もみあげだけ、あれも……」
「林田も確信犯ね、ストルヅとはちょっと性格が違うけど、カールしているのは立派な証拠よ、あんなところの髪の毛カールしちゃだめよ、でしょ? そうじゃない? そうなのよ、きっとね、チャニン商店あるでしょ、あそこの医薬品コーナーに髪の毛用の漂白剤が売っているから、深夜ね、変装してね、買いに行ったのよ。他の人に見られたらどうしようと思って慌てているから、家に帰ってトイレで染色していると、うっかりパーマ液を買ったことに気がついて、その驚きで……」
落書きだらけの乗合が停まると、箱型の荷台の側面が開き、ひしめく乗客が一斉に乗車客を見下ろす。横長のベンチが二列並び、天井に手すりが据えつけられている。
「今日もおねがい、いつものところね」サバラは運転手に向かって声をかける。
「おねがします」続いて常盤も声を出す。
手すりと梯子を使って荷台に乗り込み、見知り合いの乗客に挨拶する。ウイングが閉まると太いベース音の続きが流れ、甘いオイルの臭いがむっと立ち込め、早いテンポに合わせて乗合は荒っぽく発車する。
「牛の右足が折れちまってな、あやうく下敷きに……」
「あの馬鹿息子、また女をはらませちまって、どうして……」
「母ちゃんテレビばっかで、なんかよくわからねえ外国の男に……」
「あと二週間もすれば、きゅうりの価格は落ち着くとおれは……」
「縮れているのもおかしいけど、やっぱりカールはわざとね、笑う分にはいいけど、ちゃんと付き合うには危険すぎるから、常盤は近づいちゃだめよ、いい? こう、遠くから見るだけにしとくのよ、うっかり話しかけて食いつかれたりしたら大変、常盤のもみあげもやたらめったら……」
「そんなへましないよ、わかってるもん、ぼくあんなの嫌だからね、『林田とおそろだ!』なんて言われるのがどんなに怖いか、ぼくすでに夢の中で体験済みだから、すきを見つけてね、こうもみ上げをつまんで、はさみでちょきん……」
人肌の押し合う車内を理由に、膨らみだしたサバラの胸に顔を押し付け、腰から腕をまわして大きくなった尻に手をあてる。サバラは片手で手すりに掴まり、もう一方で常盤の背中を押さえ込む。たわいもない会話を止めることなく、二人は常にこの姿勢を保って乗合に揺られる。
「あの子達、ほんとくっついてばかりよね、はじめはおませな子供同士かと思ったわ」毎週街へ買出しに行く隣村の女性は、手拭を被る頭でこう話す。
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